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早期離乳食の害悪について考える

「週刊現代」の現在発売中の11月4日号の高橋源一郎氏の「おじさんは白馬に乗って」という連載に「乳幼児アレルギーの秘密」と題する興味深い文章が載っていた。議論のための要点をまとめると、以下の通りだ。内容にご興味のある方は、是非、原文を(66~67ページ)読んでいただきたい。

(1)「日本免疫病治療研究会」の西原克成会長が二年前に発表した意見によると、乳幼児の腸は約1歳で完成するが、それ以前に離乳食を与えると、その蛋白質を分解できずに吸収して抗原になり、これが乳幼児アレルギーの源泉になっているので、1歳前後まで母乳かミルクを中心に育てることが望ましい。
(2)しかし、日本では、「スポック博士の育児書」刊行の1966年から早期の離乳食が広まりはじめ、1980年に旧厚生省が、と生後5ヶ月から「離乳ガイドライン」決めて、母子健康手帳で一斉に指導し始めた。そして、その結果、1980年から、乳幼児のアレルギー症状が急増し、アトピーなどに悩む子供が増えている。(上記の二点は、二年前の東京新聞の記事による、とのこと)
(3)西原氏は、早期離乳食の危険を厚労省に三度訴えたとのことだが、「意見はよく分かるが、離乳食で利益を得ている人が多く、方針を変えるには金がかかりすぎる。一度決めたことを簡単には変えられない」と却下されたという。
(4)つい先日、「厚生労働省が、母子健康手帳に記載されている「離乳食」の開始時期を5ヶ月から6ヶ月へと変更するかどうか、検討を開始した」という記事が小さく新聞に載った。
(5)高橋源一郎氏は、西原説の学問的根拠は自分に判断できないとしながらも、これが看過できない重要な意見であること、「離乳食で利益を得ている人」のために乳幼児アレルギーに苦しむ子供が増えている可能性があること、厚労省の役人が責任を取らずに済むように「ひっそりと」過ちを訂正しつつあるのだろうということを指摘されている。

この問題の医学的な当否は、私にも判断できないが、上記の(1)~(5)のような状況であるとしたときに、これをどう考えたらいいのか、と少々考えてみた。

業界の「利益」を野放しにしたために、このようなことが起こるのだから、これは、市場原理を導入すること、の失敗例なのだろうか。先般の「いじめ」をめぐる教育の話題でも、「経済原理を教育に持ち込むのは良くない」と解せるようなコメントを頂いたが、「市場」あるいは「経済原理」と、この種の政策の問題をどう考えたらいいのだろうか。

先ず、自由な市場を良しとする立場の基本的な考え方は、「完全な情報の下の、自発的な取引は、取引の両当事者の状態(効用、あるいは経済厚生)を改善する」ということだ。離乳食の問題に関しては、早期の離乳食が危険だ、ということの、「情報」が正しく親に伝わっていないために、「離乳食で利益を得ている人」の不当な利益が発生している一方、早期離乳食を選んだ親と子の経済厚生は著しく損なわれている。市場原理主義者(そう名乗る人は少ないでしょうが)の立場からすると、利益の追求が問題なのではなくて、情報の非対称性、不完全性によって、市場が正しく機能する環境を与えられていないことが、問題なのだ、ということになる。

すると、離乳食に関する「正しい情報」を伝えないことが悪い、ということになるが、正しい情報の伝達を達成するために、具体的にどうすればいいかが、問題になる。

「倫理の徹底」ということも大切だし、いかなる「市場」でも、参加者の倫理的動機は重要であり、市場の基礎的なインフラをなすとも言えるが、現実に鑑みるに、上記の(1)~(5)が正しいとすると、厚生労働省の官僚は行動を起こすに足ほどの倫理観を持っていないようだし、離乳食の業者も、離乳食業者からも広告が入るであろうメディアの方々も、この問題を何としてもつたえなければならない「インセンティブ」(行動の動機付けになる「誘因」)を持っていないようだ。

官僚の場合、離乳食政策の改定は、(a)離乳食業者と自分達との間の関係を悪くするので天下り先が減ったり(離乳食業者と天下りの関係は未確認だが)、(b)行政指導がスムーズでなくなって自分の仕事がしにくくなる、(c)或いは、政策変更によって業績が悪化した業者の保護が必要になるのが面倒だ、というような不利益を感じるのかも知れないし、(d)過去の政策の誤りを認める(先輩を否定する)ことの自らの出世への悪影響、(e)官庁の評判の悪化、(f)予算など裁量の及ぶ範囲の縮小、といった不利益があるのかも知れない。

上記に対する対策は、一つには、官僚個人が誤りを続ける(或いは、新たに手を染める)ことのコストを大きくすることだ。ただし、公務員は、職務上の行動に関してはこれを適正な手続きで行う限り個人的な責任は免責されているから、政策の誤りに対する官庁へのペナルティーを大きく設計し直して、これが個人に(組織内の評価を通じて)反映するようにすることだろう。

ただ、公務員の保護とはいっても、賠償責任を負わないというレベルの保護は必要かも知れないが、誤った政策に関わった(あるいはその可能性がある)公務員については、もっと実名報道を行うべきではないか、という方向のメディアの習慣改善という方向性もあるだろう。しかし、現実には、一つのメディアが官僚個人に対して批判的な記事を書くと、このメディアに対する情報の提供を制限するような形で官庁組織が圧力を掛けることができるので、例えば一サラリーマンである記者は、正義感の問題を別にすると(簡単に別になるのは寂しいが)、個人的には、官庁と仲良くしているのが好都合だ、ということになる。

また、「天下り」については、官民の癒着や不正の温床だと思われるのだが、安倍政権では、官民の人材交流のメリットを異様に強調して、規制を緩和する方針のようだ。将来の天下りにつながる、官民の隠れた取引は、十分情報が公開されにくいので、「天下り」は、緩和するよりは、「禁止」する方向に進める方が、フェアな世の中になるのではないかと思うが、どうか。幾らか好意的に解釈すると、官僚の人数削減すや、官僚人事を政治家がコントロールするための布石なのかも知れないが、私には、納得しがたい。

一方、離乳食業者に関してはどうか。たとえば、早期離乳食の被害に関して、補償を行わなければならないということになると、業者は、早期離乳食ビジネスから撤退するだろうが、早期離乳食を食べた子供の全てがアレルギーになるわけではないとすると、因果関係の立証は難しいだろうし、この方向は現実的ではなさそうだ。

低コストで且つ影響が大きそうなのは、やはり、メディアではっきりと取り上げることだろう。「正しい情報」の伝達である。

たとえば、みのもんた氏が昼の番組で一、二回取り上げたら、お孫さんのアレルギーを心配するお婆さんからお孫さんのお母さんに電話が殺到するだろう。或いは、もう何度もメディアに取り上げられているかも知れないのだが、「正しい情報」の伝達は価値が高い。たいていの場合、小悪党は、ちょいと光を当てただけで(実名で事実を報じられただけで)、悪事から撤退するものだ。

テレビマンよ、スポンサーのことなど気にしないで、どかんとやってみないか? 視聴者の支持と注目が集まれば、ビジネス的にも十分ペイする可能性はあると思う(もちろん、事実関係に関する周到な調査は必要だが)。

この例を考えてみても、実際におおっぴらに「市場」が形成されていないところでも、個人の損得勘定による行動は発生しており、これを正しくコントロールするためには、こうした経済的な利害を丁寧に明らかにして、対策を組み立てていく必要があることが分かると思う。

早期離乳食問題でも、単に厚労省の役人の倫理の退廃をなじっても、物事は解決しない。

ところで、我が家には、現在月例4ヶ月の赤ん坊(ほぼ母乳だけで丸々育って8キロ以上ある)がいるから、離乳食問題は他人事ではない。どなたか、正しい情報のソースをご存知の方があれば、ご教示を頂きたいところだ。
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