研究生活の覚書

研究していて、論文にするには届かないながらも放置するには惜しい話を書いていきます。

Interests概念の変遷からみたアメリカ政治思想史(1)

2010-03-17 18:33:06 | Weblog
1.HighbrowとLowbrow

建国以来、アメリカの政治的言説にはある種の「ハイブロー」と「ローブロー」の微妙な組み合わせが存在していた。

ハイブローというのは、「国家」、「主権」、「政府」、「一般意志」、「共通善」、「コモン・マインド」といったジェントルマンが公的に論じることのできる概念的言葉である。一方、ローブローというのは、こういった高等概念に対してやや偽悪的にinterestsを問題にする言説で、面白いことに彼らはこれをpolitical realismと呼んだ(Van Wyck Brooks)。利益というのは現実の問題であり、諸利益の関係を考察する学問的概念として、interest group pluralismという言葉が後に形成される。つまり、interestsというのは、ハイブローな言説を「現実的ではない」と批判する文脈の中で使用された。もちろん何をもって「リアル」と認定するかは争いのあるところだが、とにかく現実主義とは利益の問題であるとアメリカでは認識され、かつこれはハイブローな言説へのアンチ・テーゼとして構成された。だからこれは「下品」な言葉である。

革新主義時代とニュー・ディール時代の大きな違いは、前者の人々はinterestsを「克服すべき対象」と認識していたことである。ホーフスタッターの整理によれば、アメリカ史において最初にむき出しの利益追求が行われた「金ピカ時代(Gilded Age)」は、経済権力が政治の実権を握り、ボス・マシーン政治が公権力を腐敗に満ちた方法で壟断していたとされた時代であり、マッグワンプ・タイプの古典的エリートはアメリカ社会の主流から疎外されていたという。例としては以前このブログでも論じたヘンリー・アダムズがいる。

後世の我々は、この「金ピカ時代」においてアメリカは近代的資本主義を確立し、ボス・マシーン政治が移民のアメリカ社会への同化を進めるとともに機能的な政党政治への橋渡しになったという側面を知っている。しかし同時代において疎外された古典的エリート階層からみるならばそれは腐敗に満ちた世界であり、事実アメリカにおいて本格的な社会問題が認識された時代であった。

それゆえ革新主義の担い手たちは、まずinterestsに対して、理念を主張することになる。ウッドロー・ウイルソンは、「政府の仕事とは、特定利益(special interests)に対して、共通の利益(common interest)を構成することである」と主張した。彼は政治を単なる権力の問題ではなく、commonでpublicなものとして考えた。つまり彼によれば、interestsに敗北するとき、政治は消滅するのである。こうしてinterestsという言葉の物語は、単にハイブローな抽象概念に対する抵抗ではなく、政治そのものへの深い懐疑の物語となった。

2.The Common Good

ダニエル・ロジャースによれば、革新主義の時代とはmorally ambitious Protestantismの時代と見ることができるという。こうした観点からたとえばマックレイカーたちの活動を再検討すると、「公的権力を私的目的に利用すること」を暴露していたわけである。これがジャーナリズムの一つの機能であることは間違いない。

この革新主義の時代の思潮から三つのことがいえる。
第一に、interestsをpublicに対する個別利益としてとらえ、前者の構造を暴露することによって、鋭い道徳的な要求を燃え上がらせる。
第二に、Common Goodという概念のリアリティを強調し、この概念をもとにした政治をpublicなものととらえる。まさに政治それ自体である。
第三に、アメリカ革命以来の分権的で弱い政府よりも、専門家による効率的な政府への権力の集中を望む。メリット・システム(猟官制批判)と連邦権限の拡大である。ここにおいてジェイムズ・マディソンの『フェデラリスト』第10論文が聖典としての価値を減退させることになった。

第一次世界大戦とは、アメリカ史の内部でみるならばそれは革新主義の時代を背景にしていることを忘れてはならない。植民地時代から常備軍を忌み嫌っていたアメリカ国民をあれほど外国に動員するには、「国家利益の衝突」という観念ではない道徳的衝動が背景になければならなかった。革新主義の時代という背景を抜きにアメリカ合衆国の第一次大戦参戦を説明することは本当はできない。

※Daniel T. Rodgers, Contested Truth: Keyword in American Politics since Independence(1998)をテキストにした教養課程学生への講義ノート。
無茶なことをしたものだ・・・・。