Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

あかるい家とくらい家;二階のある家

2010-01-30 16:44:48 | 日記

二葉亭四迷の『浮雲』を読んだことがありますか?

ぼくはない、読みたいと思ったこともない。
二葉亭四迷という名や、『浮雲』という小説の名は、かなりのひとが知っていると思われるが、それを読んだ人がどれだけいるだろうか。

逆になぜ現在、『浮雲』を読みたいと、思わないのだろうか。
たぶん、漠然と<古い>と思う。
<古い>ということにも、様々な感覚がありえるが、“たぶんぼくらの生活感とかけ離れている”ということだ。

つまり、時代がちがい、意識がちがう。
なぜ明治時代の小説に<共感>できるだろうか。
しかし『浮雲』は、落語や坂本龍馬より、<新しい>のである。

ぼくは、前田愛『都市空間のなかの文学』に収められた「二階の下宿」という文章で、『浮雲』“について”読んだのである。

この文章は、“お二階”という言葉についての考察からはじまっている。
“落語”も出てくる(「宮戸川」)
それから、“二階に住む人”を描いた明治文学へと展開される。

この『都市空間のなかの文学』がぼくに魅力的なのは、まさに“それ”が、“都市空間のなか”という視点から記述されていること。
つまり、<記号論>とか<テクスト>とかいう方法が、文学を具体性において(その文学空間にあらわれる<モノ>の記述として、あるいは、その<モノ>への視線として)描かれていることだ。

つまりここでは<二階>である。

ぼくは一度も<二階のある家>に住んだことがない。
<二階のある家>というのは、<戸建住宅>のことである。

ぼくが子供の頃、唯一住んだ戸建住宅は、<平屋>であった。
その後は、もっぱら(形態はちがっても)<集合住宅>に住んでいる、すなわち“二階”はない(下の階や上の階があっても)
しかし明治期においては、あるいはその小説世界においては、<二階がある>のである。

ならば、まさに、この居住空間の<変化>が、ぼくたちの<意識とか内面>を変えたであろうか。
まさにここにおいて、今、明治期の文学や明治以降の<昔の>文学を、<解読する>スリルがある;

★ 島崎藤村は、長編『家』の末尾を「屋外(そと)はまだ暗かった」という暗示的な一句でしめくくったが、この一句が、「すべてを屋内の光景にのみ限ろうとした」『家』の方法を象徴していたとするならば、二階に通ずる梯子段をのぼっていく文三(注;『浮雲』主人公)の後姿を点出した『浮雲』の最後の一句も、その世界全体のありようを私たちにひらいてみせる暗喩であるかのように思われてくる。内側へ内側へととぐろを巻いて狭まってくる閉ざされた空間の構造だ。『浮雲』を読み終えた読者は、この作品の舞台が冒頭の髭づくしの場面や団子坂の菊見の場面をのぞけば、ほとんど園田家の屋内に限定されていたことに思い当たるのである。
<前田愛“二階の下宿”―『都市空間のなかの文学』>


しかしぼくらは、“二階さえない家”に住んでいる。
もちろん、“二階もある(3階も、4階もある)明るい家に住んでいらっしゃる方々もいるだろう。

実は問題は、“二階があるか否か”ではなかった(笑)

<問題>は、<家>である;

★ 文三の免職をきっかけに園田家をおおっていた日常性の皮膜がほころびはじめると、お政をはじめとしてお勢と昇も、彼の予測をこえたところで奇怪なエゴのかたちをむきだしにする。身内と信じていたお政は他人以上の冷酷さをあらわすし、文三から吹きこまれた新思想を鸚鵡がえしにくりかえしていた英学少女お勢は、昇に挑発されるままに性的に成熟したひとりの女として文三の手の届かないところへ遠ざかって行く。文三がその俗物性と無教養をひそかに軽蔑していた昇は、したたかな詭弁家の面目を発揮し、文三を論理的破産に追いこむことになるだろう。しかし、これらの登場人物の端倪すべからざる変貌をとおして、日常世界の解体をドラスティックに造型した『浮雲』には、それとパラレルに進行するもうひとつのかくされたドラマがある。日常的な世界を構成するもっとも基本的な仕掛けといってもいい生きられた家をめぐるドラマがそれだ。
<同書引用>


前田愛氏はこの文章において、“園田家”の間取りを復元している(笑)

まったくぼくのように、“3LDK”とやらに住んでいる<家族>というのには、<複雑さ>が欠けている(爆)

“だから”ぼくたちはいま、<文学>を失いつつあるのかもしれない。
あかるい、クリーンな<家>では。

いや、けっして、そんなことは、ない。

もしそうであるなら、ぼくらは、前田愛の言葉も二葉亭四迷の言葉も、一語も理解し得ない。

ぼくらこそ、<都市空間のなかに>住んでいるからである。




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