初代吉右衛門を観た！その２ 『熊谷陣屋』篇

水曜日、京橋の国立フィルムセンターで、初代中村吉右衛門主演の記録映画『熊谷陣屋』の上映があったので行って参りました！（やっぱり、いたかといわれそうだ！！）

＜参考＞
・初代吉右衛門の映像が観れる！！
・初代吉右衛門を観た！『寺子屋』篇

初代中村吉右衛門という人や『熊谷陣屋』という芝居については、検索機能で見て頂くとして（手抜きだな！）、いきなり本題の感想を…。

まず、ひとこと、「これはよい！」っていうのがわたしの感想。前回『寺子屋』の感想で、遠まわしにネガティブなことを書きましたが、『熊谷陣屋』は全然違いますね。『寺子屋』の松王は、一応病人の役ではあるのだけど（といっても本当は仮病）、だいぶ弱ってる松王だなって気がしたのに、『熊谷』の方は声にも張りがあるし随分立派！

と、こういう風に書くと、初代吉右衛門も今の二代目のような立派な体格の役者なのかなと勘違いされる方もいるのでしょうが、意外にも、わたしが『寺子屋』・『熊谷』の２本から受けた印象は、「線の細い役者だな～」というもの。（あとになって吉之助さんのやってらっしゃるＨＰの記事を読んで、なるほどと納得した。）正直いって、はじめてみた時は「福田康夫のお父さんか？！」って感じがしたくらい。（福田赳夫と素直に書けって？）

実際、妻の相模を睨んで袴を叩くところなんかも、あんまり大げさではなかったし、芝居の所作もそんなに派手さはない。が、何やら渋い迫力みたいなものがあって、どんどん芝居に引き込まれる。中村富十郎さんが以前テレビのインタビューで、「子供の頃、（初代の）『地震加藤』という芝居を見て、加藤清正は本当にこういう人だったんじゃないかと思った。」と言っていたけど、義太夫物なのに変なリアル感がある。特に、最後の花道なんか、大げさでない空虚感の漂う芝居で凄い迫力だった。ここは花道七三を横から捉えたカメラのアングルもよかったし、花道にレールを敷いてトラックバックしながら撮ったと思われるアングルも鳥肌が立った。（さすがにレールは敷いてないかな？でも手持ちにしてはぶれてない気がしたんだけど…。）

わたしは、以前先代幸四郎がやった『熊谷陣屋』のモノクロのビデオを観たことがあるのだけれど、先代幸四郎の熊谷はまさに「英雄」って感じだなと思った。地声の大きさからくる立派さ（この人自体は割合小柄なので。）が圧倒的で。たぶん初代吉右衛門も似た感じなんだろうと推測していたのだけど、かなり違う。巧く言葉に表せないもどかしさがあるのだけど、敢えていうなら、初代吉右衛門の熊谷は「市井の英雄」であり、「悲劇の英雄」っていう印象だろうか？（「寺子屋」も「熊谷陣屋」も奇しくも、＜親の子殺し＞というテーマの芝居ですね…。）

芝居全体に関していうと、冒頭の「一枝を切らば、一指を切れ」の表札を巡るくだりから、通常省略されることも多い妻・相模（歌右衛門）と藤の方（宗十郎）の登場シーンが出てきて、ちょっと長いかなという感じもあった。（ただ、若い時の歌右衛門と又五郎のやりとりなんか、よかったりするんだけど。）

それと、藤の方が笛を吹くと、隣りの部屋に敦盛の影が写るくだり。さすがに当時のフィルムの解像度では、舞台照明の明暗で影が写る仕組みは画面に写らないとマキノ監督は判断したらしく、別撮りのインサートカットで影が写る様子を表現していた。因みに、『寺子屋』では何度か出てきた別撮りのインサートカットが『熊谷』ではここ一箇所だけだということも、舞台自体の充実を示していると思う。

歌右衛門の相模の愁嘆場なんかは、後年の＜手先クネクネ＞タイプの芸風がまだ確立されていなかったということなのか、くどくない程度に丁寧な身振り手振りという印象。義経役の先代勘三郎はまだ若くて、あごのラインがスッキリして、ちょっと美男。

おそらく舞台正面にあったと思われる、望遠レンズの画面が、黒澤明が望遠で撮った茶室なんかの芝居のシーンに似た効果をもたらしていて、なかなか映像的にも生っぽい。

とにかく、本音はもう１度じっくり吟味しながら家でみたいという心境。「寺子屋」の時もいったけど、やっぱりＤＶＤになりませんかね？上映終了後に前回同様、拍手が起こったのだけど、この人達は少々高くても買いますよ！貧乏なわたしですら、高くてもほしいと思っているくらいですから！！