江利チエミファンのひとりごと

江利チエミという素晴らしい歌手がいた...ということ。
ただただそれを伝えたい...という趣旨のページです。

◆ 霧のロンドンブリッジ

2022年02月13日 | 江利チエミ(続編)

のロンドンブリッジ 初回テイク
美空ひばり 江利チエミ 雪村いづみ『大当り三色娘』 - どんぺり ...

昭和32年、映画「大当たり三色娘」でも歌われますが、
この曲はのちのちの江利チエミさんの舞台のなかで重要な役割をはたすことになります。

昭和46年「白狐の恋」...

コマ・スタジアム開場15周年記念/新宿コマ出演10周年記念
江利チエミ特別公演昭和46年度芸術祭参加 チエミの白狐の恋 葛の葉より

江利チエミ座長公演では、その後も「チエミ喜劇」でこの手法が取られましたが、一部が歌謡ショウ、2部がお芝居(場合によってはその逆)の二部構成となっている通常の歌手公演とは異なり、この江利チエミの舞台は二部構成になっていなかったのです。

いきなり江利チエミの歌謡ショーから舞台の幕が開いた。
開幕の合図と共にチエミのヒット曲でオープニングとなります。
カモンナ・マイ・ハウス セ・シ・ボン サイド・バイ・サイド チェンジング・パートナー スワニー ロック・アラウンド・ザ・クロック キャリオカ 霧のロンドンブリッジ ジャンバラヤ 踊り明かそう (※梅田コマ公演と新宿コマでは練り直しされ、演目が一部違うようです。)
このオープニング・ショーそのものが、すべて信太の森に住む動物達の演芸会だったということでそのまま芝居の物語に入って行ったのです。
物語のあらゆる場面で歌を挿入したミュージカル仕立てで進行していきました。
チエミさんのヒット曲や新曲など20曲...それはロックから義太夫まで、幅広いジャンルに渡っていました。
特に「霧のロンドンブリッジ」は要所要所にテーマ曲的に使われていました。この曲は、その年若くして急逝したチエミさんの長兄「トオル兄さん」が好きな曲で「チーちゃん!霧のロンドンはいいよ!今度の記念公演にはテーマ曲にしようよ!...と言われていて... 何が辛かったって舞台で霧のロンドンが流れると涙が出てきて...」と、後年ラジオで話されていたのを聞いたことがあります。

   

そしてこの「白狐の恋」舞台の評判は非常によく、新聞の批評も好意的な内容でした。

新宿コマ劇場チエミの「白狐の恋」
手際よい演出で熱演チエミが「スワニー」など得意な歌を十曲ほど唄い終ったところへ大勢の狐が登場する。そのなかに、いつの間にか衣装をかえたチエミの白狐が入っている。スマートな演出だ。
    ---->昭和46年11月17日、朝日新聞夕刊より 

チエミの健在ぶり・・・これは信太の森の白狐が、やさしい安倍保名によって女の幸せを知るという物語だが、保名の中村賀津雄がチエミをよく引き立てて、コマでは珍しい“本格舞台”になっている。演出・福田善之、美術・朝倉摂で、新劇畑のこの二人のコンビによる舞台処理も「コマ劇場に新風を吹き込んでいる」と好評だ。共演者とスタッフに恵まれたチエミは「離婚して仕事だけが『私のすべて』になったいま、こんな嬉しいことはありません」とごきげんな舞台を踏んでいる。
    ---->昭和46年11月9日、毎日新聞夕刊より

新宿コマ江利チエミ公演ツボを得た演出・・・日本調やロックの歌、踊り、立ち回り、早変わりなどお楽しみ趣向の盛り込み方はツボを得ている。・・・役者としては、中村賀津雄がセリフの明せきとともに目立ち、清元「保名」風の踊りも、近来のコマ劇中舞踏の出色。
    ---->昭和46年11月24日、東京新聞夕刊より

この舞台は、福田善之の演出による処が大きかったと思われる。そして芸術祭参加作品としての「白狐の恋」は、チエミの最優秀賞受賞という嬉しい結果となったのである。「新宿コマ出演十周年記念」でもあり、公演直前まで入院生活、公演も盲腸炎の痛みを注射で散らしながら通しただけにその喜びはひとしおだったに違いない。公演中はお医者さんもずっと付き添っての舞台だったとのことである。そして、舞台の終った翌12月に病院でこの受賞の喜びを述べると共に13日には盲腸の手術を受ける予定だと書かれてあった。・・江利チエミにとってこの年は離婚騒ぎ、体調の不調と目まぐるしい一年だっただけにほっとした表情。「これでやっと明るく今年の一年を締めくくれます」という言葉に実感がこもっていた。
    ---->昭和46年12月11日、日刊スポーツより


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。