壱岐国ルネッサンス

あちらも こちらも 想いは みな同じ・・地球平和祈願 「恨みは 恨みでは 解決できない」  

古里は・・。

2005-11-02 | Weblog
 壱岐国一ノ宮「タナガオ神社」がいつのころからか一の宮という社格が地元から忘れられ荒廃しつつあったのを全国一ノ宮巡拝会員たちが巡拝するようになって甦った。なぜ、忘れられていたのだろうと全国一ノ宮巡拝会代表世話人は想いをめぐらす中、・・・元寇の役の二度にわたる無残な島民の犠牲者の怨念によるのではないかと発想され、犠牲者の慰霊・鎮魂をすることにより壱岐国の本来の姿に戻るのではないかと感じられ、壱岐卜部の子孫ほか関係者と協議され壱岐国ルネッサンスに発展したのです。今では、一ノ宮巡拝者が年々増えているという。巡拝者は当然ながら元寇の役の遺跡(上陸地、千人塚、少弐公園、新城神社、壱岐神社、住吉神社)等にも大変興味をもって壱岐に渡っているという。また、この小さな島に延期式内社が24座もあることの意義も大変興味を示してもいます。  この話を代表世話人から聞き、東京事務所を担当してくださいと言われ、定年早々の私は、すばらしいことです、柄ではありませんがやります、人間として、やるべきことですと即答しました。そして、今日があるのです。古里を離れて42年・・・古里は・・!!??感慨深いものがありました。                      壱岐国ルネッサンス東京有志。 小景異情その二      室生犀星作 ふるさとは 遠きにありて 思うものそして 悲しく歌うものよしやうらぶれて 異土の乞食(かたい)となるとても帰るところにあるまじや一人都の夕暮れに故郷思い涙ぐむその心もて遠き都にかへらばや遠き都にかへらばや