タマリンドの樹のしたで

東南アジアにて。ほどよい日陰 さわさわ音 そして甘酸っぱい果実。樹下に腰を下ろし ぼんやり考える。。

仏になったんだ

2011年12月03日 | つれづれ日記
まるで片づけ仕事のように 次から次へと焼かれた骨をとりあげる 紙に書かれた故人の名前を間違えないよう …○○様の遺骨がやきあがりましたのでこちらにお越しください あまりにとんとんと進む現代日本の火葬場で だから平素の心でいるはずだった ひどく熱そうな窯のなかへ すべるように祖母のお棺がはいっていく そのとき母は お棺のちっちゃな窓から祖母を覗き込み 全てのごたまぜになった想いをめぐらせて お棺の . . . 本文を読む
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想い出を煙にのせて

2011年11月27日 | つれづれ日記
おかしなことだけど わたしたちもわかっていたから 写真をたくさん撮った …「あちら」のひとに見せるから ちょっぴり長く生きて こんなことしてきたわよって… おばあちゃんもそういっていたっけ 今年の夏はたったの一度 祖母をつれて一緒にちいさな旅をした 軽井沢 体調がすぐれない日々が続いていた祖母に どこならいけるだろうかと母が考えに考えた 体力がつづかないそぼには 2時間ほどで休憩できる場所がい . . . 本文を読む
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日はまた昇る

2011年11月25日 | つれづれ日記
わたしは絶対に自殺しないから、安心しなさい 祖母は母にこういったという わたしの叔父は結果的に自殺した 祖母の息子だった 今でもくっきり覚えてる 大学周辺のスーパーにいたとき、突然祖母から電話がかかる 祖母から電話なんて初めてだから驚いた …あなたの叔父さん、○○ちゃん、死んじゃった 祖母は人の死について「死んだ」という いまでこそオブラートに包んだ言葉がいくつもあるが その時の祖母の直截の言葉 . . . 本文を読む
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2011年11月11日(金)14時34分

2011年11月25日 | つれづれ日記
享年101歳 明治43年1月1日生まれ おばあちゃんらしい、ちゃめっけたっぷりの逝き方だった なにもこんなに「1」をそろえなくてもいいのにな 2011年11月11日 わたしの祖母は旅立った 祖母を知らぬ人は言うかもしれない …まぁ、なんでも1等賞がすきだったのね よく知る人はそれにこういう …いいえ、なんでも1番になろうとするような人ではなかったですよ お葬式の時 祖母を慕うおばちゃんが 実際その . . . 本文を読む
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しあわせ

2011年11月06日 | つれづれ日記
あんなに食べることの好きだった祖母が もうなにも 食べることができなくなった 固形物はおろか 水分でさえも 口からなにも食べられなくなる ベッドの上に横たわり 「いま、なんじ?」 ・・・10時よ 「そう。じゃぁもう起きなきゃね。ねぼうしちゃった。」 動きたくて働きたくて 働いた後にきちんとおいしく食べたくて トイレにも自分でちゃんと行きたくて 何でもかんでも自分でやってきた祖母は 身体が利かな . . . 本文を読む
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熟した果実のように

2011年11月01日 | つれづれ日記
霊の月がやってきた 11月30日は祖父が逝き 過去をたどると祖母の母が逝ったのだった 祖母はいま、着々と、最期に向かって進んでいる 信じたくはないがでも いつかは別れなければならないのだから 徐々にその日を迎えられること それを幸せに思いたい 私が0歳、彼女が70歳 70年の開きのある祖母と孫 まだまだしゃんとしていた彼女の姿 和服を着てしゃきっと立っていた彼女の微笑み わたしを本気で怒ったこと . . . 本文を読む
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適当の掛け合い産物

2011年10月20日 | カンボジア
やっとこさ なんとか稲刈りにこぎつけた 今年はカンボジアをはじめ タイ、ラオスなどの一帯が洪水にみまわれた せっかく作り始めた稲たちが 多くの場所で水に浸かった もちろん 家の目前にメコン河が流れる村は ただごとでない 大丈夫だろうか 人伝いに それでもなんとか 稲刈りの季節がやってきたことを知る 村での稲刈りは 熟した順番にやっていく 一番乗りはもち米だ 次が黒米 つづいて早稲のうるち米 いろ . . . 本文を読む
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3度目の追悼

2011年10月11日 | つれづれ日記
また この日がやってきた あかがオレンジの樹のしたに眠った日(「あかの死」「果樹下にねむる小さなきみへ」参照) 村で涙を流したのは幾度かあったが あれほど泣いたのは1日だけだ 今日はフア・ファイとよばれる火舟をつくる日 明日は満月 毎月やってくる満月だ でも明日はちょっと特別 雨安居がようやく明ける 村の雨安居明けはメコンとともに。 火舟をつくって河に流す メコンの神に 水の神に平和と安寧、豊 . . . 本文を読む
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引き比べの誘惑

2011年09月23日 | つれづれ日記
スリランカの上座仏教寺院 大学から車で10分程度のところに 日本家屋を改築し、新たに建立された寺がある 夫と死別した知り合いのスリランカの女性が今日 3ヶ月目の節目の供養を行った 朝6時 わたしも調理の手伝いにでる 料理の香りも味も違うのに 始終思い出すのは村の寺 村での儀礼 戒律日の静かな動作…(「戒律日に」「諳んじて」参照) 新しい場所にいったとき 新しいものに触れたとき わたしたちは引き . . . 本文を読む
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チャイ・ディの呪縛

2011年09月19日 | つれづれ日記
あの人はいい人だよ あの人っていい人だよね たまにこんなセリフを耳にする いったい 「いい人」とはなんなのか 「だよ」と人に勧めるのはどういうわけか 「ね」と同意を期待する語尾も不思議である 基準なんてあるようでないものだ 価値観や美意識の在処がますます拡散していくこの世の中で 「いい人」なんて 勧めたり同意を期待するものになりえない 何をしたらいい人になり 何をしてしまったらいい人から落第す . . . 本文を読む
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