東京湾フェリーを降りた伊波たちは、京急の久里浜に着いていた。
その時、大塚から電話が来た。
「警部、滝沢は歌舞伎町の店に来ていません。店員に訊いたところ、急に用事が出来たので、休むと連絡があったそうです」
と、大塚は言った。
「なんだって!自宅にもいないのか?」
伊波は声を大きくして、訊いた。
「それが、最近になって今まで住んでいた永福のマンションを引き払ってます。店員たちも新しい住所を教えてもらってないので、分からないと言っています」
「何としても見つけ出してくれ」
伊波は電話を切ると、原田たちとホームに急いだ。
「滝沢の行方が分からないんですか?」
原田が、不安になって訊いた。
「そうなんです。、我々が見つける前に、滝沢が木原洋子と会っていなければいいんですが・・・」
伊波も狼狽していた。
品川行きの急行が来たので、伊波たちは乗り込んだ。
これならば40分で品川駅に着く。品川駅に岩崎が覆面パトカーで迎えに来る手筈になっていた。
「滝沢が、急に店を休んだ事が気になりますね」
坂本が言った。
「きっと、木原洋子に電話したんだ。恐らく、滝沢は彼女の会うつもりだ」
伊波は車窓の景色に眼を向けて、答えた。
「そうなると、彼女も危ないですよ」
「わかっている。その為にも一刻も早く二人を見つけなければならない」
伊波は青い顔で言った。
----------
洋子が気がつくと、手足を縛られて、ソファの上に寝かされていた。男物の香水の匂いがする。
眼を開けると、傍に滝沢が立っているのが見えた。
「ここは何処?それに、これは何の真似なの?」
洋子は、滝沢を睨んだ。
「気がついたのか?」
滝沢は、洋子に眼をやりながら小さく笑った。
「どこまで、俺の事を調べた?」
滝沢は目を吊り上げて、訊いた。
「やはり、あなたなのね。康子を殺したのは?」
洋子は、滝沢を睨んだ。
「どうせ、おまえも死ぬんだ。教えてやってもいいだろう」
また、滝沢が笑った。
「俺がやっちゃんを殺した。俺は、殺したくなかったけど、殺さなければならない状況に追い込まれた」
「康子が、あなたを強請っていたのね?」
「そうだ。やっちゃんが俺を強請りさえしなければ、殺す事もなかったんだ」
「松浦弘保という私立探偵を殺したのもあなたなの?」
「そうだ。松浦も殺したくなかった。だが、あいつも金が欲しくて、俺を強請って来た」
と、答えて、滝沢はタバコに火を着けた。
その行動は妙に落ち着き払っていた。
「だからって、殺したの?許せない」
「俺は元々、人殺しなんてしたくなかったんだ。元はと言えば、細谷が俺を首にして、江利を奪ったのがいけないんだ」
「上尾の事件もあなたなのね?」
洋子は訊いた。
「そうだ。あの時、俺は江利を細谷から取り戻そうとした。だが、江利は細谷と一緒になってからは、俺に振り向かなかった。ならば、細谷の犯行に見せかけて、江利を殺そうと考えた」
「あなたっていう人は・・・」
洋子は睨みつけて、言った。
----------
伊波たちは品川駅に着いた。
ホームに降りてから、原田は洋子の携帯に電話をかけたが、
「木原洋子の携帯、電源が入ってません!」
「本当ですか?」
伊波の不安が、一層濃くなった。
「木原洋子は、もう、滝沢に見つかって、殺されてしまったんではないでしょうか?」
「そうでない事を祈りたいよ」
と、伊波は言って、急いで改札口を出た。
駅の高輪口では、岩崎が覆面パトカーで迎えに来ていた。
「滝沢は、まだ見つからないか?」
伊波は、岩崎に訊いた。
「まだ、見つかってません」
岩崎は答えた。
「木原洋子は?」
「今、木村刑事が彼女のマンションに向かっています」
「無事でいてくれればいいんだが・・・」
伊波は狼狽しながら、覆面パトカーに乗った。
岩崎の運転する覆面パトカーは、第一京浜をサイレンを鳴らしながら北上し、首都高に入った。
「滝沢は、自分のアリバイが崩された事に気付いたんでしょうか?」
坂本が訊いた。
「滝沢が、まだ自分のアリバイに自信を持っていれば、彼女が無事である確率は高くなる。だが、アリバイに自信が無ければ、彼女の命は危ない」
「滝沢が行方不明なのが気になりますね」
と、坂本が言った。
----------
「俺は、あのホームセンターに勤務していた時が一番仕事に張り合いを感じていた。自分が充実出来る職場だった。行く行くは店長代理を経て店長への出世コースも開けていた。江利との交際も順調だった。それを細谷が店長として赴任して来てから、俺は奈落の底に突き落とされた。細谷がスケベ心を丸出しにして、江利にちょっかいを出して来て、俺が客にセクハラを働いたとでっち上げた。細谷は、俺を馘首にした上、江利を俺から奪い取った。俺の充実した日々は崩壊してしまった。それから俺は復讐する事を誓った。それには金が要る。俺は、歌舞伎町のホストクラブで働き、金を稼いだ。女性客からの人気も上がり、俺は店長を任される様になった。元々、俺はホストになりたかった訳じゃなかったんだッ!!」
滝沢は、いきなり叫んだ。
洋子は、鋭い眼で滝沢を睨んでいた。
「店長になった俺には予想以上の収入があった。そんな時、一人の平凡な女性が店に客として来た。俺の事を凄く気に入って、来店の度に俺を指名してくれた。時々、飲みに行ったり、ドライブする様になった。彼女は使える、利用出来ると思った」
「それが康子だったのね?」
洋子は訊いた。
「そうだ。それに彼女は、消費者金融に借金があった。それで、俺はヤッちゃんに金を与えて、細谷のマンションに電話をさせた。細谷が仕事で自宅に不在の時間帯にね。案の定、細谷と江利は不仲になった。そこで3年前の4月18日の朝、細谷のマンションに侵入し、江利の首を絞めて殺した。その後、細谷の携帯に電話し、奥さんが部屋に放火して自殺を図ったとウソを言って、自宅に呼び戻した。物陰に隠れていた俺は、細谷が部屋に入って来たところを、いきなり後頭部を殴り気絶させ、携帯を奪って、俺の着信履歴を消去してから近くの道路に捨てた」
「あなたの復讐に康子を利用するなんて、あなたって人は・・・」
「これで人殺しは終わりにするつもりだった。だが、最近、ヤッちゃんは俺を強請って来たんだ。前から金を与えたり、高価な洋服を買ってやったりしていた。それでも彼女は、もっと金が欲しくて、強請ってきやがった」
「あなたは金の力で康子を利用した。あなたの気に入らない人がいれば、康子の金を与えて、その人たちに復讐した。電車の件もそうみたいだし。それが逆に、今度は康子に利用されたのよ。上尾の事件をバラすって、強請られてね」
「そうだ。彼女は、上尾の事件で俺を強請って来た。それで、俺はヤッちゃんから逃れようと考えた。だが、上尾の事件の事をいつバラされるか不安だった。彼女を監視する必要もあった」
「それで松浦という私立探偵に、康子の監視を頼んだのね?」
洋子は訊いた。
「そうだ。松浦は、私立探偵を開業して客も来ないのに、クラブで遊んで金を使い、借金も出来て、マンションの家賃も滞納するありさまだった。そこで、俺は200万円を与えて、ヤッちゃんの監視を依頼した。その間にも彼女は俺を強請って来た。それで、君とヤッちゃんが『さざなみ7号』に乗って、房総方面に向かったと、松浦から連絡があり、俺は松浦の車を運転して、房総方面に急いだ」
「松浦は、『さざなみ7号』から私たちを付けていたのね?」
洋子は、再び訊いた。
「その通り。松浦は逐一、君たちの行動を俺に報告して来た。君たちが『くりはま丸』に乗った事もね」
「あの時、私に電話して来たのは、アリバイの証人にする為だったのね?」
「そうだ。でも、君は疑問を持ち始めたんだろう?」
滝沢が訊くと、洋子は眼をきつくした。
「そうよ。あなたは日暮里駅にいたと言っていた。バックに京浜東北線の電車が進入するアナウンスが流れてたけど、あの時間帯に京浜東北線の電車は日暮里駅には停まらないのよ。京浜東北線は、14時47分から15時45分の間は快速運転するから日暮里駅は通過するのよ。私が房総から帰ってから調べたから」
と、洋子が言うと、滝沢は驚きもせず、微笑した。
「わざわざ日暮里駅まで行って調べるとは、たいしたもんだな・・・」
滝沢が言うと、洋子はきつい眼で、
「あなたも私も日暮里駅を滅多に使わないから、京浜東北線があの時間帯に快速運転するのを知らなかったのよ」
「・・・・・」
「松浦から、私たちが鋸山のロープウェイに乗るのを知らされたあなたは、車で頂上まで先回りして、康子を殺したのね?」
「そうだ。俺は、松浦の車で頂上まで先回りした。ヤッちゃんがトイレに行こうと展望台から降りてきた。幸い、ウィークデイで客もほとんどいなかった。ヤッちゃんがトイレから出て来て、洗面所で手を洗っている時、背後から背中を刺した。それからすぐ、俺は車に戻り、松浦と一緒に逃げた。勿論、逃げる時は、松浦が車を運転し、俺は後部座席に身を隠した」
「許せない」
洋子は、滝沢を睨んだ。
---------------
14.
伊波たちの乗った覆面パトカーは、サイレンを鳴らしながら、夜の首都高速を吉祥寺方面に向かっていた。
木原洋子も滝沢成範も、依然、行方不明である。伊波たちが焦る中、木村紀子から無線連絡が入って来た。
----------『木原洋子は自宅マンションに、まだ、帰ってません』
紀子が報告したが、彼女の口調にも焦りの色が見られた。
「彼女が勤務するパブにも出勤していないのか?」
-----『荻窪の店にも来ていません』
紀子が答えた後、今度は東刑事から無線連絡が入った。
------『警部、滝沢は車を持っています』
と、報告して来た。
「どんな車だ。車種は?」
------『紺色の日産グロリアです。ナンバーおくります。多摩ふたもじ。数字のサンマルマル。世界のセ。46ハイフン5●です』
「わかった。直ちにこの車を手配するんだ」
と、伊波は命じた。
「警部、滝沢はその車で、木原洋子を拉致した可能性がありますね」
と、坂本が言った。
「だとしたら、既に殺されている可能性も高いですね」
後部座席から、原田が言った。
「彼女を殺害して、今頃、その車で何処かに運んでいるかもしれませんね」
関口も不安な表情で、言った。
「滝沢の居場所さえ掴めればいいんだが」
坂本も口惜しそうに言う。
「確か、久保康子は明大前駅で見かけたと木村君が言ってたね?」
腕を組んで考えていた伊波が、坂本に訊いた。
「はい。そう言ってました」
と、坂本は答えてから、
「ま、まさか警部、ひょっとして?」
「そうだよ。滝沢は明大前駅近辺に、新居を構えたたんだ、恐らく」
と、伊波は言った。
「久保康子は、滝沢が新しく借りたマンションに、時々出入りしていたんですね?」
坂本が訊いた。
「恐らくそうだよ。だから、同僚のホステスが、時々明大前で彼女を目撃していたんだ」
「木原洋子も、そこに監禁されている可能性がありますね?」
と、原田が言った。
「絶対、そこだよ。木原洋子は明大前駅近辺のマンションに監禁されている」
と、伊波は言ってから、
「急ごう。明大前駅近辺のマンションを捜すんだ」
その後、伊波は大塚や東に、明大前駅近辺で、滝沢のグロリアを見つけ出す様、無線で連絡した。
----------
滝沢は、灰皿の中にゆっくりと、タバコの吸殻を捨てた。
彼の表情は妙に落ち着いていた。その表情が、より恐怖感を募らせている。
「その後、松浦も俺を強請って来た。車の中で500万円を要求して来た。金を渡さなければ、今回の事件の事を全部バラすと。俺は已む無く、金を用意して来ると言って、松浦と別れて、電車に乗って千葉駅で降りた。そこで、駅近くでレンタカーを借りて、金谷に戻った」
「それであの夜、保田の海岸で松浦も殺したのね?」
洋子は訊いた。
「そうだ。金を用意したから、保田の海岸で待つように松浦に連絡した。夜の12時に保田の海岸で松浦に会ったら、金は用意できたかと訊いて来た。俺は、あっさりと金なら無いと答えてやった。すると、あいつは今までの事を全部バラしてやると言い残して車に戻って行った。無論、金など俺が用意する訳が無い。金を渡しに来たんじゃなくて、松浦を殺しに来たんだから」
「それで、背後から松浦を刺したのね?」
「松浦が車に乗ろうとしたところを、後ろかサバイバルナイフで刺した。あいつは命より金が欲しいっていうんだから、理解しがたい男だ」
滝沢は平然と言った。
洋子は、そんな滝沢に腹が立った。
「あの時、メールを送って来たのも、アリバイ工作の為なのね?」
「そうだ。目白駅にいると思わせる為に写メールで送った。でも、君は俺のアリバイトリックを見破ったんだろう?」
「ええ、あなたのアリバイトリックは見破ったわ。私もメールを受けた時は、目白駅に居る事を信用してた。画像も付いてたしね。でも、警察から3年前の上尾の事件を聞かされた時に、あなたに疑問を持つようになった。それで、私は房総から戻ってから日暮里駅と目白駅で確認したの。日暮里駅のトリックは、さっき私が言った通り。目白駅では、あなたは大きなミスをしたのよ」
「ほう、どんなミスをしたと言うんだ?」
滝沢は、声を荒げた。
洋子は、そんな滝沢を見つめながら、
「駅構内にあるMデパートの看板よ」
「看板がどうした?」
「あなたから送られて来た写メを、もう一度よく見てみたら、ホームに立っているあなたの背後に写っていたMデパートの看板には、夏物のワンピースを着たモデルたちが写ってた。これから冬を迎えるのに、夏のファッションなんか宣伝しないでしょう。勿論、目白駅に行って確認したら、看板は冬物のコート姿のモデルに替わっていた。滝沢さん、あなたのアリバイは崩れたのよ」
と、洋子は言った。
「君は、何が目的なんだ?君もヤッちゃんや松浦と同じで金か?」
「お金なんか要らないわ。滝沢さん、あなたに自首してもらいたいの」
と、洋子は答えた。
滝沢は、微笑した。
「君は、バカか?俺は、既に3人の人間を殺しているんだ。裁判になれば、俺は間違いなく死刑だ。そんな俺が自首などするか」
「どっちみち、あなたは逃げられないわ。警察だって、あなたのアリバイを崩して、もう、逮捕されるのも時間の問題よ」
と、洋子は言った。
滝沢は再び、ニヤッと笑って、
「このマンションを警察なんか分かりやしないよ。この部屋は、俺の店の従業員の名義で借りているだから」
「そんな事言ったって、逃げられないわよ!」
洋子は叫んだ。
滝沢は、洋子を見つめた。
「君は、これから死ぬんだよ。そんな事言ってる場合じゃないだろう」
と、滝沢は言って、隣の部屋に向かった。
それを見て、洋子の顔に怯えの色が走った。
滝沢が、隣の部屋からロープを持って、戻って来た。
「洋子ちゃん、君まで殺したくは無かったけど、俺が犯人だと知ってしまったんだ。死んでもらわなければならないな」
滝沢は、洋子に近づいて来た。
「助けてッ!」
洋子は叫んだ。
「うるさい!誰も助けになんか来ない」
滝沢は両手でロープを構え、洋子に襲い掛かろうとした。
その時、洋子は縛られている足をいきなり右に振った。洋子の足が、滝沢の向う脛を直撃した。
その弾みで、滝沢は床に倒れた。
「誰か!誰か助けてッ !」
再び、洋子は叫んだ。
滝沢は、ゆっくりと起き上がり頭を押さえながら洋子に眼を向けた。
「ぶっ殺してやる」
滝沢は洋子を睨んだ。その眼には狂気が宿っている。以前会った滝沢とは別人に洋子には思えた。
滝沢が、洋子に飛び掛った。
「助けてッ!殺されるッ!」
「うるさい!」
滝沢は怒鳴りながら、洋子のくびにロープを巻きつけた。手足を縛られているので、洋子は何の抵抗も出来なかった。
滝沢がロープを持った手に力を加えようとした時、ドアを蹴破る音がした。
「大丈夫かッ!」
と、いう聞き覚えのある声がして、4人の男たちが部屋に入って来た。
伊波や原田たちだ。
滝沢は、ロープから手を離し、狼狽した表情で、伊波たちを見つめた。
「滝沢。もう逃げられんぞ。馬鹿な真似はやめるんだ。一体、何人殺せば気が済むんだ」
伊波が言うと、滝沢の顔色が変わり、彼の手が小刻みに震えていた。
これを見た洋子の顔に、やっと安堵の色が浮かんだ。
(完)
その時、大塚から電話が来た。
「警部、滝沢は歌舞伎町の店に来ていません。店員に訊いたところ、急に用事が出来たので、休むと連絡があったそうです」
と、大塚は言った。
「なんだって!自宅にもいないのか?」
伊波は声を大きくして、訊いた。
「それが、最近になって今まで住んでいた永福のマンションを引き払ってます。店員たちも新しい住所を教えてもらってないので、分からないと言っています」
「何としても見つけ出してくれ」
伊波は電話を切ると、原田たちとホームに急いだ。
「滝沢の行方が分からないんですか?」
原田が、不安になって訊いた。
「そうなんです。、我々が見つける前に、滝沢が木原洋子と会っていなければいいんですが・・・」
伊波も狼狽していた。
品川行きの急行が来たので、伊波たちは乗り込んだ。
これならば40分で品川駅に着く。品川駅に岩崎が覆面パトカーで迎えに来る手筈になっていた。
「滝沢が、急に店を休んだ事が気になりますね」
坂本が言った。
「きっと、木原洋子に電話したんだ。恐らく、滝沢は彼女の会うつもりだ」
伊波は車窓の景色に眼を向けて、答えた。
「そうなると、彼女も危ないですよ」
「わかっている。その為にも一刻も早く二人を見つけなければならない」
伊波は青い顔で言った。
----------
洋子が気がつくと、手足を縛られて、ソファの上に寝かされていた。男物の香水の匂いがする。
眼を開けると、傍に滝沢が立っているのが見えた。
「ここは何処?それに、これは何の真似なの?」
洋子は、滝沢を睨んだ。
「気がついたのか?」
滝沢は、洋子に眼をやりながら小さく笑った。
「どこまで、俺の事を調べた?」
滝沢は目を吊り上げて、訊いた。
「やはり、あなたなのね。康子を殺したのは?」
洋子は、滝沢を睨んだ。
「どうせ、おまえも死ぬんだ。教えてやってもいいだろう」
また、滝沢が笑った。
「俺がやっちゃんを殺した。俺は、殺したくなかったけど、殺さなければならない状況に追い込まれた」
「康子が、あなたを強請っていたのね?」
「そうだ。やっちゃんが俺を強請りさえしなければ、殺す事もなかったんだ」
「松浦弘保という私立探偵を殺したのもあなたなの?」
「そうだ。松浦も殺したくなかった。だが、あいつも金が欲しくて、俺を強請って来た」
と、答えて、滝沢はタバコに火を着けた。
その行動は妙に落ち着き払っていた。
「だからって、殺したの?許せない」
「俺は元々、人殺しなんてしたくなかったんだ。元はと言えば、細谷が俺を首にして、江利を奪ったのがいけないんだ」
「上尾の事件もあなたなのね?」
洋子は訊いた。
「そうだ。あの時、俺は江利を細谷から取り戻そうとした。だが、江利は細谷と一緒になってからは、俺に振り向かなかった。ならば、細谷の犯行に見せかけて、江利を殺そうと考えた」
「あなたっていう人は・・・」
洋子は睨みつけて、言った。
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伊波たちは品川駅に着いた。
ホームに降りてから、原田は洋子の携帯に電話をかけたが、
「木原洋子の携帯、電源が入ってません!」
「本当ですか?」
伊波の不安が、一層濃くなった。
「木原洋子は、もう、滝沢に見つかって、殺されてしまったんではないでしょうか?」
「そうでない事を祈りたいよ」
と、伊波は言って、急いで改札口を出た。
駅の高輪口では、岩崎が覆面パトカーで迎えに来ていた。
「滝沢は、まだ見つからないか?」
伊波は、岩崎に訊いた。
「まだ、見つかってません」
岩崎は答えた。
「木原洋子は?」
「今、木村刑事が彼女のマンションに向かっています」
「無事でいてくれればいいんだが・・・」
伊波は狼狽しながら、覆面パトカーに乗った。
岩崎の運転する覆面パトカーは、第一京浜をサイレンを鳴らしながら北上し、首都高に入った。
「滝沢は、自分のアリバイが崩された事に気付いたんでしょうか?」
坂本が訊いた。
「滝沢が、まだ自分のアリバイに自信を持っていれば、彼女が無事である確率は高くなる。だが、アリバイに自信が無ければ、彼女の命は危ない」
「滝沢が行方不明なのが気になりますね」
と、坂本が言った。
----------
「俺は、あのホームセンターに勤務していた時が一番仕事に張り合いを感じていた。自分が充実出来る職場だった。行く行くは店長代理を経て店長への出世コースも開けていた。江利との交際も順調だった。それを細谷が店長として赴任して来てから、俺は奈落の底に突き落とされた。細谷がスケベ心を丸出しにして、江利にちょっかいを出して来て、俺が客にセクハラを働いたとでっち上げた。細谷は、俺を馘首にした上、江利を俺から奪い取った。俺の充実した日々は崩壊してしまった。それから俺は復讐する事を誓った。それには金が要る。俺は、歌舞伎町のホストクラブで働き、金を稼いだ。女性客からの人気も上がり、俺は店長を任される様になった。元々、俺はホストになりたかった訳じゃなかったんだッ!!」
滝沢は、いきなり叫んだ。
洋子は、鋭い眼で滝沢を睨んでいた。
「店長になった俺には予想以上の収入があった。そんな時、一人の平凡な女性が店に客として来た。俺の事を凄く気に入って、来店の度に俺を指名してくれた。時々、飲みに行ったり、ドライブする様になった。彼女は使える、利用出来ると思った」
「それが康子だったのね?」
洋子は訊いた。
「そうだ。それに彼女は、消費者金融に借金があった。それで、俺はヤッちゃんに金を与えて、細谷のマンションに電話をさせた。細谷が仕事で自宅に不在の時間帯にね。案の定、細谷と江利は不仲になった。そこで3年前の4月18日の朝、細谷のマンションに侵入し、江利の首を絞めて殺した。その後、細谷の携帯に電話し、奥さんが部屋に放火して自殺を図ったとウソを言って、自宅に呼び戻した。物陰に隠れていた俺は、細谷が部屋に入って来たところを、いきなり後頭部を殴り気絶させ、携帯を奪って、俺の着信履歴を消去してから近くの道路に捨てた」
「あなたの復讐に康子を利用するなんて、あなたって人は・・・」
「これで人殺しは終わりにするつもりだった。だが、最近、ヤッちゃんは俺を強請って来たんだ。前から金を与えたり、高価な洋服を買ってやったりしていた。それでも彼女は、もっと金が欲しくて、強請ってきやがった」
「あなたは金の力で康子を利用した。あなたの気に入らない人がいれば、康子の金を与えて、その人たちに復讐した。電車の件もそうみたいだし。それが逆に、今度は康子に利用されたのよ。上尾の事件をバラすって、強請られてね」
「そうだ。彼女は、上尾の事件で俺を強請って来た。それで、俺はヤッちゃんから逃れようと考えた。だが、上尾の事件の事をいつバラされるか不安だった。彼女を監視する必要もあった」
「それで松浦という私立探偵に、康子の監視を頼んだのね?」
洋子は訊いた。
「そうだ。松浦は、私立探偵を開業して客も来ないのに、クラブで遊んで金を使い、借金も出来て、マンションの家賃も滞納するありさまだった。そこで、俺は200万円を与えて、ヤッちゃんの監視を依頼した。その間にも彼女は俺を強請って来た。それで、君とヤッちゃんが『さざなみ7号』に乗って、房総方面に向かったと、松浦から連絡があり、俺は松浦の車を運転して、房総方面に急いだ」
「松浦は、『さざなみ7号』から私たちを付けていたのね?」
洋子は、再び訊いた。
「その通り。松浦は逐一、君たちの行動を俺に報告して来た。君たちが『くりはま丸』に乗った事もね」
「あの時、私に電話して来たのは、アリバイの証人にする為だったのね?」
「そうだ。でも、君は疑問を持ち始めたんだろう?」
滝沢が訊くと、洋子は眼をきつくした。
「そうよ。あなたは日暮里駅にいたと言っていた。バックに京浜東北線の電車が進入するアナウンスが流れてたけど、あの時間帯に京浜東北線の電車は日暮里駅には停まらないのよ。京浜東北線は、14時47分から15時45分の間は快速運転するから日暮里駅は通過するのよ。私が房総から帰ってから調べたから」
と、洋子が言うと、滝沢は驚きもせず、微笑した。
「わざわざ日暮里駅まで行って調べるとは、たいしたもんだな・・・」
滝沢が言うと、洋子はきつい眼で、
「あなたも私も日暮里駅を滅多に使わないから、京浜東北線があの時間帯に快速運転するのを知らなかったのよ」
「・・・・・」
「松浦から、私たちが鋸山のロープウェイに乗るのを知らされたあなたは、車で頂上まで先回りして、康子を殺したのね?」
「そうだ。俺は、松浦の車で頂上まで先回りした。ヤッちゃんがトイレに行こうと展望台から降りてきた。幸い、ウィークデイで客もほとんどいなかった。ヤッちゃんがトイレから出て来て、洗面所で手を洗っている時、背後から背中を刺した。それからすぐ、俺は車に戻り、松浦と一緒に逃げた。勿論、逃げる時は、松浦が車を運転し、俺は後部座席に身を隠した」
「許せない」
洋子は、滝沢を睨んだ。
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14.
伊波たちの乗った覆面パトカーは、サイレンを鳴らしながら、夜の首都高速を吉祥寺方面に向かっていた。
木原洋子も滝沢成範も、依然、行方不明である。伊波たちが焦る中、木村紀子から無線連絡が入って来た。
----------『木原洋子は自宅マンションに、まだ、帰ってません』
紀子が報告したが、彼女の口調にも焦りの色が見られた。
「彼女が勤務するパブにも出勤していないのか?」
-----『荻窪の店にも来ていません』
紀子が答えた後、今度は東刑事から無線連絡が入った。
------『警部、滝沢は車を持っています』
と、報告して来た。
「どんな車だ。車種は?」
------『紺色の日産グロリアです。ナンバーおくります。多摩ふたもじ。数字のサンマルマル。世界のセ。46ハイフン5●です』
「わかった。直ちにこの車を手配するんだ」
と、伊波は命じた。
「警部、滝沢はその車で、木原洋子を拉致した可能性がありますね」
と、坂本が言った。
「だとしたら、既に殺されている可能性も高いですね」
後部座席から、原田が言った。
「彼女を殺害して、今頃、その車で何処かに運んでいるかもしれませんね」
関口も不安な表情で、言った。
「滝沢の居場所さえ掴めればいいんだが」
坂本も口惜しそうに言う。
「確か、久保康子は明大前駅で見かけたと木村君が言ってたね?」
腕を組んで考えていた伊波が、坂本に訊いた。
「はい。そう言ってました」
と、坂本は答えてから、
「ま、まさか警部、ひょっとして?」
「そうだよ。滝沢は明大前駅近辺に、新居を構えたたんだ、恐らく」
と、伊波は言った。
「久保康子は、滝沢が新しく借りたマンションに、時々出入りしていたんですね?」
坂本が訊いた。
「恐らくそうだよ。だから、同僚のホステスが、時々明大前で彼女を目撃していたんだ」
「木原洋子も、そこに監禁されている可能性がありますね?」
と、原田が言った。
「絶対、そこだよ。木原洋子は明大前駅近辺のマンションに監禁されている」
と、伊波は言ってから、
「急ごう。明大前駅近辺のマンションを捜すんだ」
その後、伊波は大塚や東に、明大前駅近辺で、滝沢のグロリアを見つけ出す様、無線で連絡した。
----------
滝沢は、灰皿の中にゆっくりと、タバコの吸殻を捨てた。
彼の表情は妙に落ち着いていた。その表情が、より恐怖感を募らせている。
「その後、松浦も俺を強請って来た。車の中で500万円を要求して来た。金を渡さなければ、今回の事件の事を全部バラすと。俺は已む無く、金を用意して来ると言って、松浦と別れて、電車に乗って千葉駅で降りた。そこで、駅近くでレンタカーを借りて、金谷に戻った」
「それであの夜、保田の海岸で松浦も殺したのね?」
洋子は訊いた。
「そうだ。金を用意したから、保田の海岸で待つように松浦に連絡した。夜の12時に保田の海岸で松浦に会ったら、金は用意できたかと訊いて来た。俺は、あっさりと金なら無いと答えてやった。すると、あいつは今までの事を全部バラしてやると言い残して車に戻って行った。無論、金など俺が用意する訳が無い。金を渡しに来たんじゃなくて、松浦を殺しに来たんだから」
「それで、背後から松浦を刺したのね?」
「松浦が車に乗ろうとしたところを、後ろかサバイバルナイフで刺した。あいつは命より金が欲しいっていうんだから、理解しがたい男だ」
滝沢は平然と言った。
洋子は、そんな滝沢に腹が立った。
「あの時、メールを送って来たのも、アリバイ工作の為なのね?」
「そうだ。目白駅にいると思わせる為に写メールで送った。でも、君は俺のアリバイトリックを見破ったんだろう?」
「ええ、あなたのアリバイトリックは見破ったわ。私もメールを受けた時は、目白駅に居る事を信用してた。画像も付いてたしね。でも、警察から3年前の上尾の事件を聞かされた時に、あなたに疑問を持つようになった。それで、私は房総から戻ってから日暮里駅と目白駅で確認したの。日暮里駅のトリックは、さっき私が言った通り。目白駅では、あなたは大きなミスをしたのよ」
「ほう、どんなミスをしたと言うんだ?」
滝沢は、声を荒げた。
洋子は、そんな滝沢を見つめながら、
「駅構内にあるMデパートの看板よ」
「看板がどうした?」
「あなたから送られて来た写メを、もう一度よく見てみたら、ホームに立っているあなたの背後に写っていたMデパートの看板には、夏物のワンピースを着たモデルたちが写ってた。これから冬を迎えるのに、夏のファッションなんか宣伝しないでしょう。勿論、目白駅に行って確認したら、看板は冬物のコート姿のモデルに替わっていた。滝沢さん、あなたのアリバイは崩れたのよ」
と、洋子は言った。
「君は、何が目的なんだ?君もヤッちゃんや松浦と同じで金か?」
「お金なんか要らないわ。滝沢さん、あなたに自首してもらいたいの」
と、洋子は答えた。
滝沢は、微笑した。
「君は、バカか?俺は、既に3人の人間を殺しているんだ。裁判になれば、俺は間違いなく死刑だ。そんな俺が自首などするか」
「どっちみち、あなたは逃げられないわ。警察だって、あなたのアリバイを崩して、もう、逮捕されるのも時間の問題よ」
と、洋子は言った。
滝沢は再び、ニヤッと笑って、
「このマンションを警察なんか分かりやしないよ。この部屋は、俺の店の従業員の名義で借りているだから」
「そんな事言ったって、逃げられないわよ!」
洋子は叫んだ。
滝沢は、洋子を見つめた。
「君は、これから死ぬんだよ。そんな事言ってる場合じゃないだろう」
と、滝沢は言って、隣の部屋に向かった。
それを見て、洋子の顔に怯えの色が走った。
滝沢が、隣の部屋からロープを持って、戻って来た。
「洋子ちゃん、君まで殺したくは無かったけど、俺が犯人だと知ってしまったんだ。死んでもらわなければならないな」
滝沢は、洋子に近づいて来た。
「助けてッ!」
洋子は叫んだ。
「うるさい!誰も助けになんか来ない」
滝沢は両手でロープを構え、洋子に襲い掛かろうとした。
その時、洋子は縛られている足をいきなり右に振った。洋子の足が、滝沢の向う脛を直撃した。
その弾みで、滝沢は床に倒れた。
「誰か!誰か助けてッ !」
再び、洋子は叫んだ。
滝沢は、ゆっくりと起き上がり頭を押さえながら洋子に眼を向けた。
「ぶっ殺してやる」
滝沢は洋子を睨んだ。その眼には狂気が宿っている。以前会った滝沢とは別人に洋子には思えた。
滝沢が、洋子に飛び掛った。
「助けてッ!殺されるッ!」
「うるさい!」
滝沢は怒鳴りながら、洋子のくびにロープを巻きつけた。手足を縛られているので、洋子は何の抵抗も出来なかった。
滝沢がロープを持った手に力を加えようとした時、ドアを蹴破る音がした。
「大丈夫かッ!」
と、いう聞き覚えのある声がして、4人の男たちが部屋に入って来た。
伊波や原田たちだ。
滝沢は、ロープから手を離し、狼狽した表情で、伊波たちを見つめた。
「滝沢。もう逃げられんぞ。馬鹿な真似はやめるんだ。一体、何人殺せば気が済むんだ」
伊波が言うと、滝沢の顔色が変わり、彼の手が小刻みに震えていた。
これを見た洋子の顔に、やっと安堵の色が浮かんだ。
(完)