ネット小説 十津川 健也

某国のイージ○や、戦国自衛○をめざしたいものですね・・・
※ 携帯対応

殺意と復讐の房総13~14

2008-09-02 20:11:41 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
東京湾フェリーを降りた伊波たちは、京急の久里浜に着いていた。
その時、大塚から電話が来た。

「警部、滝沢は歌舞伎町の店に来ていません。店員に訊いたところ、急に用事が出来たので、休むと連絡があったそうです」
と、大塚は言った。

「なんだって!自宅にもいないのか?」
伊波は声を大きくして、訊いた。

「それが、最近になって今まで住んでいた永福のマンションを引き払ってます。店員たちも新しい住所を教えてもらってないので、分からないと言っています」

「何としても見つけ出してくれ」
伊波は電話を切ると、原田たちとホームに急いだ。

「滝沢の行方が分からないんですか?」
原田が、不安になって訊いた。

「そうなんです。、我々が見つける前に、滝沢が木原洋子と会っていなければいいんですが・・・」
伊波も狼狽していた。

品川行きの急行が来たので、伊波たちは乗り込んだ。
これならば40分で品川駅に着く。品川駅に岩崎が覆面パトカーで迎えに来る手筈になっていた。

「滝沢が、急に店を休んだ事が気になりますね」
坂本が言った。

「きっと、木原洋子に電話したんだ。恐らく、滝沢は彼女の会うつもりだ」
伊波は車窓の景色に眼を向けて、答えた。

「そうなると、彼女も危ないですよ」

「わかっている。その為にも一刻も早く二人を見つけなければならない」
伊波は青い顔で言った。
----------

洋子が気がつくと、手足を縛られて、ソファの上に寝かされていた。男物の香水の匂いがする。
眼を開けると、傍に滝沢が立っているのが見えた。

「ここは何処?それに、これは何の真似なの?」
洋子は、滝沢を睨んだ。

「気がついたのか?」
滝沢は、洋子に眼をやりながら小さく笑った。

「どこまで、俺の事を調べた?」
滝沢は目を吊り上げて、訊いた。

「やはり、あなたなのね。康子を殺したのは?」
洋子は、滝沢を睨んだ。

「どうせ、おまえも死ぬんだ。教えてやってもいいだろう」
また、滝沢が笑った。

「俺がやっちゃんを殺した。俺は、殺したくなかったけど、殺さなければならない状況に追い込まれた」

「康子が、あなたを強請っていたのね?」

「そうだ。やっちゃんが俺を強請りさえしなければ、殺す事もなかったんだ」

「松浦弘保という私立探偵を殺したのもあなたなの?」

「そうだ。松浦も殺したくなかった。だが、あいつも金が欲しくて、俺を強請って来た」
と、答えて、滝沢はタバコに火を着けた。

その行動は妙に落ち着き払っていた。

「だからって、殺したの?許せない」

「俺は元々、人殺しなんてしたくなかったんだ。元はと言えば、細谷が俺を首にして、江利を奪ったのがいけないんだ」

「上尾の事件もあなたなのね?」
洋子は訊いた。

「そうだ。あの時、俺は江利を細谷から取り戻そうとした。だが、江利は細谷と一緒になってからは、俺に振り向かなかった。ならば、細谷の犯行に見せかけて、江利を殺そうと考えた」

「あなたっていう人は・・・」
洋子は睨みつけて、言った。
----------

伊波たちは品川駅に着いた。
ホームに降りてから、原田は洋子の携帯に電話をかけたが、
「木原洋子の携帯、電源が入ってません!」

「本当ですか?」
伊波の不安が、一層濃くなった。

「木原洋子は、もう、滝沢に見つかって、殺されてしまったんではないでしょうか?」

「そうでない事を祈りたいよ」
と、伊波は言って、急いで改札口を出た。

駅の高輪口では、岩崎が覆面パトカーで迎えに来ていた。

「滝沢は、まだ見つからないか?」
伊波は、岩崎に訊いた。

「まだ、見つかってません」
岩崎は答えた。

「木原洋子は?」

「今、木村刑事が彼女のマンションに向かっています」

「無事でいてくれればいいんだが・・・」
伊波は狼狽しながら、覆面パトカーに乗った。

岩崎の運転する覆面パトカーは、第一京浜をサイレンを鳴らしながら北上し、首都高に入った。

「滝沢は、自分のアリバイが崩された事に気付いたんでしょうか?」
坂本が訊いた。

「滝沢が、まだ自分のアリバイに自信を持っていれば、彼女が無事である確率は高くなる。だが、アリバイに自信が無ければ、彼女の命は危ない」

「滝沢が行方不明なのが気になりますね」
と、坂本が言った。
----------

「俺は、あのホームセンターに勤務していた時が一番仕事に張り合いを感じていた。自分が充実出来る職場だった。行く行くは店長代理を経て店長への出世コースも開けていた。江利との交際も順調だった。それを細谷が店長として赴任して来てから、俺は奈落の底に突き落とされた。細谷がスケベ心を丸出しにして、江利にちょっかいを出して来て、俺が客にセクハラを働いたとでっち上げた。細谷は、俺を馘首にした上、江利を俺から奪い取った。俺の充実した日々は崩壊してしまった。それから俺は復讐する事を誓った。それには金が要る。俺は、歌舞伎町のホストクラブで働き、金を稼いだ。女性客からの人気も上がり、俺は店長を任される様になった。元々、俺はホストになりたかった訳じゃなかったんだッ!!」

滝沢は、いきなり叫んだ。

洋子は、鋭い眼で滝沢を睨んでいた。

「店長になった俺には予想以上の収入があった。そんな時、一人の平凡な女性が店に客として来た。俺の事を凄く気に入って、来店の度に俺を指名してくれた。時々、飲みに行ったり、ドライブする様になった。彼女は使える、利用出来ると思った」

「それが康子だったのね?」
洋子は訊いた。

「そうだ。それに彼女は、消費者金融に借金があった。それで、俺はヤッちゃんに金を与えて、細谷のマンションに電話をさせた。細谷が仕事で自宅に不在の時間帯にね。案の定、細谷と江利は不仲になった。そこで3年前の4月18日の朝、細谷のマンションに侵入し、江利の首を絞めて殺した。その後、細谷の携帯に電話し、奥さんが部屋に放火して自殺を図ったとウソを言って、自宅に呼び戻した。物陰に隠れていた俺は、細谷が部屋に入って来たところを、いきなり後頭部を殴り気絶させ、携帯を奪って、俺の着信履歴を消去してから近くの道路に捨てた」

「あなたの復讐に康子を利用するなんて、あなたって人は・・・」

「これで人殺しは終わりにするつもりだった。だが、最近、ヤッちゃんは俺を強請って来たんだ。前から金を与えたり、高価な洋服を買ってやったりしていた。それでも彼女は、もっと金が欲しくて、強請ってきやがった」

「あなたは金の力で康子を利用した。あなたの気に入らない人がいれば、康子の金を与えて、その人たちに復讐した。電車の件もそうみたいだし。それが逆に、今度は康子に利用されたのよ。上尾の事件をバラすって、強請られてね」

「そうだ。彼女は、上尾の事件で俺を強請って来た。それで、俺はヤッちゃんから逃れようと考えた。だが、上尾の事件の事をいつバラされるか不安だった。彼女を監視する必要もあった」

「それで松浦という私立探偵に、康子の監視を頼んだのね?」
洋子は訊いた。

「そうだ。松浦は、私立探偵を開業して客も来ないのに、クラブで遊んで金を使い、借金も出来て、マンションの家賃も滞納するありさまだった。そこで、俺は200万円を与えて、ヤッちゃんの監視を依頼した。その間にも彼女は俺を強請って来た。それで、君とヤッちゃんが『さざなみ7号』に乗って、房総方面に向かったと、松浦から連絡があり、俺は松浦の車を運転して、房総方面に急いだ」

「松浦は、『さざなみ7号』から私たちを付けていたのね?」
洋子は、再び訊いた。

「その通り。松浦は逐一、君たちの行動を俺に報告して来た。君たちが『くりはま丸』に乗った事もね」

「あの時、私に電話して来たのは、アリバイの証人にする為だったのね?」

「そうだ。でも、君は疑問を持ち始めたんだろう?」
滝沢が訊くと、洋子は眼をきつくした。

「そうよ。あなたは日暮里駅にいたと言っていた。バックに京浜東北線の電車が進入するアナウンスが流れてたけど、あの時間帯に京浜東北線の電車は日暮里駅には停まらないのよ。京浜東北線は、14時47分から15時45分の間は快速運転するから日暮里駅は通過するのよ。私が房総から帰ってから調べたから」
と、洋子が言うと、滝沢は驚きもせず、微笑した。

「わざわざ日暮里駅まで行って調べるとは、たいしたもんだな・・・」
滝沢が言うと、洋子はきつい眼で、

「あなたも私も日暮里駅を滅多に使わないから、京浜東北線があの時間帯に快速運転するのを知らなかったのよ」

「・・・・・」

「松浦から、私たちが鋸山のロープウェイに乗るのを知らされたあなたは、車で頂上まで先回りして、康子を殺したのね?」

「そうだ。俺は、松浦の車で頂上まで先回りした。ヤッちゃんがトイレに行こうと展望台から降りてきた。幸い、ウィークデイで客もほとんどいなかった。ヤッちゃんがトイレから出て来て、洗面所で手を洗っている時、背後から背中を刺した。それからすぐ、俺は車に戻り、松浦と一緒に逃げた。勿論、逃げる時は、松浦が車を運転し、俺は後部座席に身を隠した」

「許せない」
洋子は、滝沢を睨んだ。
---------------


14.

伊波たちの乗った覆面パトカーは、サイレンを鳴らしながら、夜の首都高速を吉祥寺方面に向かっていた。

木原洋子も滝沢成範も、依然、行方不明である。伊波たちが焦る中、木村紀子から無線連絡が入って来た。

----------『木原洋子は自宅マンションに、まだ、帰ってません』
紀子が報告したが、彼女の口調にも焦りの色が見られた。

「彼女が勤務するパブにも出勤していないのか?」

-----『荻窪の店にも来ていません』

紀子が答えた後、今度は東刑事から無線連絡が入った。
------『警部、滝沢は車を持っています』
と、報告して来た。

「どんな車だ。車種は?」

------『紺色の日産グロリアです。ナンバーおくります。多摩ふたもじ。数字のサンマルマル。世界のセ。46ハイフン5●です』

「わかった。直ちにこの車を手配するんだ」
と、伊波は命じた。

「警部、滝沢はその車で、木原洋子を拉致した可能性がありますね」
と、坂本が言った。

「だとしたら、既に殺されている可能性も高いですね」
後部座席から、原田が言った。

「彼女を殺害して、今頃、その車で何処かに運んでいるかもしれませんね」
関口も不安な表情で、言った。

「滝沢の居場所さえ掴めればいいんだが」
坂本も口惜しそうに言う。

「確か、久保康子は明大前駅で見かけたと木村君が言ってたね?」
腕を組んで考えていた伊波が、坂本に訊いた。

「はい。そう言ってました」
と、坂本は答えてから、
「ま、まさか警部、ひょっとして?」

「そうだよ。滝沢は明大前駅近辺に、新居を構えたたんだ、恐らく」
と、伊波は言った。

「久保康子は、滝沢が新しく借りたマンションに、時々出入りしていたんですね?」
坂本が訊いた。

「恐らくそうだよ。だから、同僚のホステスが、時々明大前で彼女を目撃していたんだ」

「木原洋子も、そこに監禁されている可能性がありますね?」
と、原田が言った。

「絶対、そこだよ。木原洋子は明大前駅近辺のマンションに監禁されている」
と、伊波は言ってから、

「急ごう。明大前駅近辺のマンションを捜すんだ」

その後、伊波は大塚や東に、明大前駅近辺で、滝沢のグロリアを見つけ出す様、無線で連絡した。

----------



滝沢は、灰皿の中にゆっくりと、タバコの吸殻を捨てた。
彼の表情は妙に落ち着いていた。その表情が、より恐怖感を募らせている。

「その後、松浦も俺を強請って来た。車の中で500万円を要求して来た。金を渡さなければ、今回の事件の事を全部バラすと。俺は已む無く、金を用意して来ると言って、松浦と別れて、電車に乗って千葉駅で降りた。そこで、駅近くでレンタカーを借りて、金谷に戻った」

「それであの夜、保田の海岸で松浦も殺したのね?」
洋子は訊いた。

「そうだ。金を用意したから、保田の海岸で待つように松浦に連絡した。夜の12時に保田の海岸で松浦に会ったら、金は用意できたかと訊いて来た。俺は、あっさりと金なら無いと答えてやった。すると、あいつは今までの事を全部バラしてやると言い残して車に戻って行った。無論、金など俺が用意する訳が無い。金を渡しに来たんじゃなくて、松浦を殺しに来たんだから」

「それで、背後から松浦を刺したのね?」

「松浦が車に乗ろうとしたところを、後ろかサバイバルナイフで刺した。あいつは命より金が欲しいっていうんだから、理解しがたい男だ」
滝沢は平然と言った。

洋子は、そんな滝沢に腹が立った。
「あの時、メールを送って来たのも、アリバイ工作の為なのね?」

「そうだ。目白駅にいると思わせる為に写メールで送った。でも、君は俺のアリバイトリックを見破ったんだろう?」

「ええ、あなたのアリバイトリックは見破ったわ。私もメールを受けた時は、目白駅に居る事を信用してた。画像も付いてたしね。でも、警察から3年前の上尾の事件を聞かされた時に、あなたに疑問を持つようになった。それで、私は房総から戻ってから日暮里駅と目白駅で確認したの。日暮里駅のトリックは、さっき私が言った通り。目白駅では、あなたは大きなミスをしたのよ」

「ほう、どんなミスをしたと言うんだ?」
滝沢は、声を荒げた。

洋子は、そんな滝沢を見つめながら、
「駅構内にあるMデパートの看板よ」

「看板がどうした?」

「あなたから送られて来た写メを、もう一度よく見てみたら、ホームに立っているあなたの背後に写っていたMデパートの看板には、夏物のワンピースを着たモデルたちが写ってた。これから冬を迎えるのに、夏のファッションなんか宣伝しないでしょう。勿論、目白駅に行って確認したら、看板は冬物のコート姿のモデルに替わっていた。滝沢さん、あなたのアリバイは崩れたのよ」
と、洋子は言った。

「君は、何が目的なんだ?君もヤッちゃんや松浦と同じで金か?」

「お金なんか要らないわ。滝沢さん、あなたに自首してもらいたいの」
と、洋子は答えた。

滝沢は、微笑した。
「君は、バカか?俺は、既に3人の人間を殺しているんだ。裁判になれば、俺は間違いなく死刑だ。そんな俺が自首などするか」

「どっちみち、あなたは逃げられないわ。警察だって、あなたのアリバイを崩して、もう、逮捕されるのも時間の問題よ」
と、洋子は言った。

滝沢は再び、ニヤッと笑って、
「このマンションを警察なんか分かりやしないよ。この部屋は、俺の店の従業員の名義で借りているだから」

「そんな事言ったって、逃げられないわよ!」
洋子は叫んだ。

滝沢は、洋子を見つめた。
「君は、これから死ぬんだよ。そんな事言ってる場合じゃないだろう」
と、滝沢は言って、隣の部屋に向かった。

それを見て、洋子の顔に怯えの色が走った。
滝沢が、隣の部屋からロープを持って、戻って来た。

「洋子ちゃん、君まで殺したくは無かったけど、俺が犯人だと知ってしまったんだ。死んでもらわなければならないな」
滝沢は、洋子に近づいて来た。

「助けてッ!」
洋子は叫んだ。

「うるさい!誰も助けになんか来ない」
滝沢は両手でロープを構え、洋子に襲い掛かろうとした。

その時、洋子は縛られている足をいきなり右に振った。洋子の足が、滝沢の向う脛を直撃した。
その弾みで、滝沢は床に倒れた。

「誰か!誰か助けてッ !」
再び、洋子は叫んだ。

滝沢は、ゆっくりと起き上がり頭を押さえながら洋子に眼を向けた。
「ぶっ殺してやる」

滝沢は洋子を睨んだ。その眼には狂気が宿っている。以前会った滝沢とは別人に洋子には思えた。
滝沢が、洋子に飛び掛った。

「助けてッ!殺されるッ!」

「うるさい!」
滝沢は怒鳴りながら、洋子のくびにロープを巻きつけた。手足を縛られているので、洋子は何の抵抗も出来なかった。
滝沢がロープを持った手に力を加えようとした時、ドアを蹴破る音がした。

「大丈夫かッ!」
と、いう聞き覚えのある声がして、4人の男たちが部屋に入って来た。
伊波や原田たちだ。

滝沢は、ロープから手を離し、狼狽した表情で、伊波たちを見つめた。

「滝沢。もう逃げられんぞ。馬鹿な真似はやめるんだ。一体、何人殺せば気が済むんだ」
伊波が言うと、滝沢の顔色が変わり、彼の手が小刻みに震えていた。

これを見た洋子の顔に、やっと安堵の色が浮かんだ。


 (完)

殺意と復讐の房総 連載を終えて

2008-09-01 19:28:16 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
南房総を舞台にした小説はどうでしたか。

房総で、推理小説の舞台になるといったら、鴨川シーワールドがよく出てきますが、私は千葉県外の人たちには、あまり知られていない鋸山、金谷~久里浜フェリーをメインに書きました。

東京湾アクアラインが開通してる今も、金谷~久里浜フェリーは健在です。
また、鋸山からの景色も素晴らしいものです。私の小説を読まれた方も、是非、房総に行ってみて下さいね。

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★いわ独立戦 入口★

2005-06-02 23:50:00 | いわき独立戦争 1章
ネット小説第二弾。「いわき独立戦争」
この作品は、今から10年前のものですが、当時、日本は本格的な不況の時代に入りました。当時の政府に不満を持った人たちも多くいます。政府に対する不満から、ある地方自治体が日本から独立したらどうなるか?現在の世の中の問題点などを浮彫りにして、この作品を書きました。

※各種コメント、頂戴できると嬉しいです。

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いわき独立戦争(1)1-6

2005-06-02 22:02:41 | いわき独立戦争 1章
第1章 内戦勃発

1.福島・茨城県境 6月2日 0200時

一台の乗用車が、茨城方面へ向けて走行していた。周囲は漆黒の闇に覆われている。民家はなく、周囲の低い山並みが黒く浮き上がっていた。

車を運転している内田拓巳は、ヘッドライトに照らされた視界の中に、検問所が現れたので、ブレーキを踏んだ。道路には、バリケードが張ってあり、哨所には、銃で武装した保安隊員が二名立哨していた。

「身分証明書になるものを見せよ」

内田が車を停車させると、保安隊員の一人が、そう言ってきた。

内田は、ウィンドーを開けて、自分の運転免許証を見せた。保安隊員は、内田の免許証をしばらく見て、
「行先は?」と、訊いた。

「東京の朝野新聞本社だ」

「車の中を点検する。トランクを開けろ」
保安隊員に言われて、内田は、車のトランクを開けた。
もう一人の保安隊員がやって来て、トランクの中を調べた。

「ダッシュボードも開けろ」
内田の傍らにいた保安隊員が言った。

内田は、面倒臭そうにダッシュボードを開けた。保安隊員は、ダッシュボードの中にある、総ての書類に眼を通した。
スパイ防止の為の検査だろう。

「行け」
保安隊員は、無愛想な顔で内田に命じた。
もう一人の保安隊員が、バリケードを開けると、車をスタートさせた。この先からは、茨城県に入る。

検問所を過ぎると、内田は、車のアクセルを思い切り踏んだ。

( 畜生! 絶対に、元の街に戻してやる! 同じ、日本人じゃないか!)

内田は、車のスピードを上げた。

* * * * *

2.

1994年4月。福島県いわき市は、相次ぐ汚職政治、増税、長引く不況の不満から、いわき人民共和国を建国し、日本からの独立を宣言した。
更に、旧ソ連の反ペレストロイカ派の軍部や守旧派の一部が加わり、日本政府を驚愕させた。いわき市長は、東京の永田町へ脱出、近野直人が国家主席となった。

いわき市内の鉄道、道路、港湾は、いわき人民共和国の国営となり、国道などの主要幹線道路には、国境警備用の検問所が設置された。

旧ソ連の反ペレストロイカ派の軍部は、不用になった兵器を無償で、いわき国に供与した。

いわき市の日本国からの分離独立に不満を持つ者は、本人の希望で、国外(市外)への移住が認められた。

朝野新聞社いわき支局に勤務していた、内田もその一人だった。彼も、いわきの独立には納得いかなかった。いくら、手続き上、成立したからと言っても、政治家は、すべて労働党、労働者で、自進党の議員たちは、強制的に国外退去になっていた。これでは、旧ソ連や独裁某国と同じことではないか。そんな事で、いわきの人たちが、平和で豊かな生活が出来る訳がない。内田は、その様に考えていた。

当然、日本政府がそんなことを認める訳がなかった。国内では、二年前にPKO(国連平和維持活動)協力法が成立して、カンボジアに自衛隊を派遣した。これを機に国際貢献すると共に、日米の友好を固く深めて行こうとする矢先だった。日本国内に、人口36万人の独立国家が出来た事は、日米関係を深める上で脅威となる。

事態を重視した日本政府は、近野主席に対して、いわき人民共和国の無効通知及び、解散を勧告すると同時に、自衛隊に治安出動を要請する閣議が開かれた。

* * * * *

3.福島県平田村・国道49号線 6月8日 2200時

2台のジープが、いわき方面に向かっていた。運転席と助手席、後部席に迷彩服姿の自衛隊員が、それぞれ3名乗車している。
郡山駐屯地の第6特科連隊の情報小隊である。彼らは、いわきの軍事情報を探る為、偵察任務で出動したのだ。
ジープの後部には、62式 7.62ミリ機関銃が搭載されている。

「横田二尉。まもなくいわきとの国境です」
先頭のジープを運転していた須藤三等陸曹が助手席の横田二等陸尉に言った。

「よし!車両を停車させろ!」
横田二尉が叫んだ。

須藤は、ブレーキを踏んで、ジープを道路脇に停車させ、ヘッドライトを消した。後続のジープも、須藤たちの後に停車した。

「下車っ!!」
横田二尉が全員に下命した。

須藤と後部席に乗っていた、佐々木陸士長が、64式小銃を手に持って、ジープを降りた。二台目のジープから、荒三曹、佐藤士長、久保士長が降りて来て、横田二尉の傍らに集まった。

「これより我々は、いわき人民共和国との国境の偵察を開始する。これより1km先に、国境警備隊の検問所があるが、保安隊員に気付かれん様に、偵察を行う」
横田二尉は全員に命令を伝達した。
「佐藤士長!」

「はい!佐藤士長」
横田二尉に呼ばれ、佐藤が返事した。

「君は、車両監視の為、ここに残れ」

「はい」

他の隊員たちは、一列の横隊に整列した。

「弾込めっ!」
横田二尉が命令すると、隊員たちは、20発入りの弾倉を、64式小銃に装填した。
横田二尉を先頭に、隊員たちは行動を始めた。隊員たちは、不安と緊張に包まれていた。
同じ日本人でも、相手は日本から独立したいわき人民共和国の保安隊員である。下手をすると発砲してくるかもしれない。だからといって、同じ日本人同士で撃ち合いにはなりたくない。
隊員たちは、複雑な心境だった。

横田二尉たちは、道路脇の草叢を身を低くして進んだ。

福島県内は既に梅雨に入っており、空はどんよりとした雲に覆われていた。
隊員たちは、周辺の岩場や潅木に身を伏せながら警戒の目を走らせた。

横田二尉は、草叢を200m進んだ所で、隊員に止まれの合図を出した。

「我が班は、この地点で、国境警備隊の検問所を監視する」
と、隊員に命令を伝達した。

荒三曹と久保士長が、暗視装置 JGVS-V4 を草叢にセットした。
JGVS-V4 は、JGVS-V1、V2の後継機で、探知距離は人員で1km以上、戦車で4km以上で探知する事が可能な高性能の暗視装置である。

久保士長は、荒三曹たちが暗視装置をセットしている間、検問所のある方向に64式小銃を構えて警戒していた。これは、演習ではない。実戦と同様なのである。久保は鋭い眼を光らせていた。

JGVS-V4 のセットが完了すると、須藤三曹がスコープの中を覗き込んだ。
スコープの中に、3,4人の人影が現れた。一人は立哨して、残りの人影が右へ左へと移動している。その動きからして、国境警備の保安隊員である事は間違いないだろう。
更に、スコープを右に回すと、装甲車の影が現れた。その形から、旧ソ連製のBRDM-2型の様だった。

「横田二尉。保安隊員らしい人影が、3、4人それに装甲車があります」
スコープを覗いていた須藤三曹が報告した。

「本当か!」
横田二尉は、眼を大きくした。

「はい。装甲車は、旧ソ連製のBRDM-2型の様です」

「奴ら、検問所に装甲車まで配備するとは・・・。ここは日本だ。奴らに勝手な真似はさせん」
横田二尉は、検問所の方を睨んだ。

「あそこの検問所は、郡山からいわきへの幹線道路である国道49号線を受け持っている。恐らく一個小隊程度の保安隊員が居るだろう」
横田が言った。

「同じ日本人なのに、日本から独立するなんて、奴ら何を考えているんでしょうね?」
荒三曹が言った。

「わからんな」
横田二尉が、そう答えた時だった。

いきなり発射音が響いて、前方の上空にスルスルと光が上がった。
照明弾だった。

「全員、伏せろ!!」
横田二尉が怒鳴った。

隊員たちは、草叢に身を伏せた。その直後、自動小銃の連射音が響いた。

「見つかったようですね」
荒三曹が言った。

「奴らも暗視装置を持っていたんだ」

自動小銃の曳光弾が、赤い尾を引いて、横田二尉たちの頭上を通過していく。弾は、彼らの周辺には、飛んでこなかった。威嚇射撃のようだ。奴らも我々とは戦いたくない様子だった。

「野郎、ふざけやがって!」
佐々木士長がいきなり立ち上がって、64式小銃を構え、銃の安全装置を解いた。

「おい!なにするんだっ!!」
荒三曹が怒鳴った。

「撃ち返してやるんです。なめたマネしやがって」

「馬鹿!奴らは威嚇射撃してんだ!それに、今の我々に交戦権は無い」

「わかりました・・」
荒三曹に言われ、佐々木は銃を降ろして、安全装置を元に戻した。

「今回は引き揚げる。急げ!奴らを刺激しないうちに退去するんだ」
横田二尉が怒鳴った。

隊員たちは、身を低くして、佐藤士長のいるジープまで退却した。
威嚇射撃は、まだ続いている。

「急げ!」
横田二尉が叫ぶ。

 * * * * *

4.東京都港区赤坂・防衛庁 6月9日 0830時

空は、厚い雲に覆われていた。

池田統合幕僚会議議長は、小野寺陸上幕僚長、江藤海上幕僚長、日野航空幕僚長と中央指揮所にいた。
郡山の第6特科連隊情報小隊の初動偵察班が、いわきとの国境付近で、保安隊員の威嚇射撃を受けたという情報が入ったのは、出勤して来る30分前のことであった。

池田統幕議長は、直ちに陸、海、空の幕僚長を中央指揮所に招集し、今後の対応を思案していた。

「いわきの連中は、我々を近づけさせないつもりですね」
江藤海幕長が、憮然とした顔で言った。

「要するに、我々の事はそっとしておいて欲しいと言っているんだろう。彼らは、彼らだけの理想国家を築いていくのだろう」
日野空幕長が、そう言って腕を組んだ。

「そんな事、日本政府が認める訳がない。第一、いわきの連中は、勝手に独立したと宣言して、海外から武器を購入したり、供与を受けたりしているんだ。これは、我が日本と在日米軍にとっては大きな脅威だ。東アジアの平和を脅かす事にもなりかねん」
小野寺陸幕長が言った。

「ところで、統幕議長。発砲を受けた郡山駐屯地の隊員たちは?」
江藤が、池田統幕議長に訊いた。

「全員、無事に駐屯地に帰隊した。幸い威嚇射撃を受けただけなので、双方とも負傷者は出ていない。それと、国境警備隊の検問所に装甲車が配備されているという連絡が入った」
池田が答えた。

「装甲車ですか?」
江藤が眼を大きくした。

「そうだ。旧ソ連のBDRM-2型の様だと言っていた。ペレストロイカ以来、旧ソ連では大規模な軍縮を行い、余剰となった兵器の処分に困惑していた。いわきの連中は、そこに眼を付けたんだ」

「統幕議長、ひょっとしたら奴ら、戦車も装備しているかもしれませんね」
小野寺が狼狽の色を見せた。

「その可能性はある」

「統幕議長、治安出動命令は、まだ出ないんですか?」
日野が訊いた。

「外相が、いわきの代表と交渉している。交渉が決裂すると、我々に出動要請が来る」

「日本に、もう一つ国が出来るのは、幕末の時の蝦夷共和国以来です。いわきの連中も、当時の榎本武揚たちと同じ様に、自分たちの理想の国を建国しようというんだろう」
日野が、そう言うと、情報本部の平野一等空佐が、狼狽した様子で入ってきた。

「たった今入りました情報をお伝えします。百里の第501偵察飛行隊のRF-4偵察機が、いわき上空で高射砲による威嚇射撃を受けました!」

「なんだって!」
池田は、声を大きくした。

「情報によりますと、いわき共和国の首都、平上空を偵察中、高射砲によるものとみられる威嚇射撃をされた模様です。また、いわき全域を偵察中、スカッドミサイルらしきもの数基、見受けられるとの事です」
平野は、メモを読みながら報告した。

「何!スカッドミサイルだと!」
小野寺は、驚いた表情になった。

「戦略兵器まで導入して、いわきは一体、何を企んでいるんだ」
日野が、腹立たしげに言った。

「あいつら、我々に喧嘩を売るつもりか」
江藤が言った。

「統幕議長、我々だけで自衛隊に準備命令を出しましょう。これ以上、待てません。このままでは、いわきは東アジアの軍事大国になりかねません」
小野寺が、池田に顔を向けた。

「落ち着きたまえ、陸幕長。我々だけで、勝手に命令を出したら、制服組の危険な暴走だと非難されるし、憲法違反でもある」

「ですが、統幕議長・・・・・」

「待つんだ。首相からの命令が来るまで」
池田は、小野寺に言い聞かせた。

自衛隊の指揮監督権は、内閣総理大臣にあり、内閣総理大臣の命令がなければ出動出来ない。
又、自衛隊は、国民の意思にその存立の基礎を置くものであり、国民の意思によって整備・運用されなければならない。自衛隊は、旧憲法下の体制とは全く異なり、厳格なシビリアン・コントロール(文民統制)の下になければならないのである。
わが国の場合は、終戦までの経緯に対する深い反省もあり、他の民主主義諸国と同様に厳格なシビリアン・コントロールの諸制度を採用した。

治安出動に当たっては、自衛隊法78条の、間接侵略その他の緊急事態に際し、一般の警察力で措置出来ないと認められる場合の命令による治安出動と、自衛隊法81条の都道府県知事の要請による治安出動がある。

「私としては、平和的に外交努力で解決したいと思っている。日本から独立したと言っても、彼らは元々日本人なんだから。双方に血を流すようなことだけは避けたいんだ」

池田は、そう言って、各幕僚長、幕僚たちの顔を見渡した。

 * * * * *

5.東京都新宿区市谷本村町・市谷駐屯地 6月9日 1600時

防衛庁の緊迫した情勢とは裏腹に、駐屯地では、いつも通りの平穏な日々を送っている。
一日の課業が終わり、営門からは、帰宅する幹部、営外居住の陸曹たちが続々と出てくる。

第32普通科連隊第2中隊の小銃小隊長の新妻二尉も一日の勤務を終え、営門から出ると、外堀通りへと向かって歩き出した。
彼も、福島県いわき市出身で、いわきが日本から独立した事に、強い反感を抱いていた。いわきが社会主義国として独立したとしても、いわきの人々が平和で豊かな生活を送れるとは、考えていなかった。

新妻が、総武線の市ヶ谷駅の入り口まで来た時、「おい、新妻じゃないか」と、背後から声を掛けられた。後を振り向くと、自分と同年代の男が立っていた。

「内田じゃないか」
新妻も、その男の顔を見て気付いた。
高校時代の同級生で、朝野新聞に勤めている内田だった。

「元気そうじゃないか。確か、いわき支局にいたんじゃなかったか?」
新妻は、内田に訊いた。

「脱出して来たよ。どうしても俺は、いわきが独立国家となるのには、不満だからね。今は、築地の東京本社に勤務しているよ」

「そうか。おまえも俺と同じ考えだな。いわきが日本から独立したって、豊かな暮らしは出来ないと思う」

「いわきの人々が近野に付いていってるが、俺は、彼には付いて行けないね」

「そうだろうな」

「新妻、どうだ一杯やらないか?」

「いいな、久しぶりに会ったことだし」
新妻は、内田に誘われ、近くの居酒屋に入って行った。店内に入ると、二人は生ビールの中ジョッキを注文した。

店に置いてあるテレビで、ニュースをやっていたが、いわきに関する事は報じられておらず、相変わらずユーゴ情勢が報じられていた。

「このままでは、わが国も第二のユーゴになってしまうな」
内田が、テレビを見ながら呟いた。

「そんな事にはさせないよ」
新妻は、そう言って、ビールを口に運んだ。
「いわきは、どんな様子だった?」

「狂っているよ。企業、銀行、テレビ局など、すべて国営になった。労働者の地位を守り、平等な生活を営む為の政策だそうだ。いわきの人々は近野の意見に賛成している。隣接する市町村や県の人たちの中にもいわきの独立に賛成しているのがいるよ」

「そうなのか。俺は反対だ。同じ日本人なのに、日本から独立するなんて、それに、日本全国には、いわきに実家がある人や家族、親類のいる人がたくさん居るんだ。その人たちはどうなるんだ!」

「いわきに家族や親戚が居る人は、いわきへ帰って来ているし、又、いわき以外の出身者は、いわきから脱出したよ」
内田は、そう言うと、ポケットからマイルドセブンを出した。

「いわきと戦争になったら、同じ日本人同士戦うことになるんだ」

「そうならない様、近野も考えているんだ」
内田は、そう答えると、一本の煙草を箱から取り出し、口にくわえてから火を点けた。

「それは、どう言う事だ?」
新妻は訊いた。

「いわきの軍隊は、外国人を雇っているんだ」

「外国人を?」

「そうだ。ロシア、イラン、フィリピン人を雇っている。最も多いのがロシア人だ。彼らは、ペレストロイカにより、ロシア国内で食えなくなった元軍人たちが多数応募して来た。又、いわきは、兵力削減で余剰となったロシア製の兵器を輸入している」
と、内田は言った。

「なるほど。それに、露助さんの新たな働く場所も出来るという訳だ。それなら、戦争になっても、日本人同士が血を流さないで済む訳だな」

「そうとは限らないよ」
と、内田は否定すると、一気にビールを飲んだ。
「いわきの人たちで、軍隊に入りたい人は、自分たちで応募して、軍に入隊している」

「そうか。自分たちの国を守るという愛国心があるんだな」

「その中には、元自衛隊員もたくさんいる。お前の中学時代の近藤一成も陸軍に入隊したよ」

「なんだって!」
新妻は、内田から近藤一成の名を聞いて、眼を大きくした。彼は、中学時代、ドイツ軍のマニアであった。新妻は、近藤からよくエアーガンで撃たれたり、お前は連合軍のスパイだと言われ、手錠を掛けられて体育館の物置に監禁されたりした。近藤に対する怨みは、今でも忘れられない。
(近藤め、戦争になったら、お前を真っ先にぶっ殺してやる)
新妻は、眼を鋭くさせた。

「いわきと戦争になったら、どうする?」

「そりゃ戦うさ。我々にも国民と国土を守るという義務がある」
新妻は、そう言って、一気にビールを飲んだ。

 * * * * *

6.東京都千代田区永田町・首相官邸  6月10日 0810時

小沢官房長官は、官邸のホットラインで、いわき人民共和国の大老 渡辺忠兵衛と会話していた。首相の和田は、腕組みをし、腰掛け椅子に深く腰を下ろしていた。

「わが国は、貴国が戦略兵器を保有した事に対し、遺憾の意を表明する」

『それで、わが国にどうしろとおっしゃりたいんです?』

「無論、廃棄していただきたい。貴国が戦略兵器を保有する事は、東アジアの平和と安全を脅かす事になる。速やかに廃棄していただきたい」

『断る。戦略兵器は、国土防衛の為、わが戦略ロケット軍が装備している。戦略兵器は、廃棄する訳にはいかない』

大老の渡辺は、落ち着いた声で答えた。
大老という役職は、国家主席の補佐役で、いわき人民共和国のナンバー2である。

「貴国が拒否されるのならば、自衛隊を治安出動させて、武装解除させる」
小沢は、眉をひそめた。

『わが国の領土に侵攻するつもりですか』

「言っておきますが、貴公は、わが国の領土とおっしゃっていますが、わが日本政府は、いわきを独立国として認めた訳ではない。わが国への帰属を強く求める」

『それは、お断り致します』
と、渡辺は、強い口調で答えた。当然、その様に拒否する事はわかっていた。

『貴公も御存知のことと思いますが、消費税、リクルート問題と、自進党がどれだけ国民に迷惑をかけたか。私たちいわき人民共和国は、自進党の独裁政治にはうんざりしているんだ』

「どうしても拒否されますか?」
小沢は、再度訊いた。

『無論です。貴国からの要求には譲歩出来ません。もし、わが国が、貴国から武力によって圧力をかけられた場合は、わが国も武力によって、貴国の自衛隊を排除する』

「そうですか。貴国のお気持ちは、よくわかりました」

小沢が電話を切ると、和田は渋面を作って、彼の顔を見た。

「大老の渡辺は、拒否したのか?」

「はい。残念ながら・・・」
小沢は、肩を落として答えた。

「総理、自衛隊を治安出動させましょう。このまま放っておいたら、いわきは軍事大国になってしまいます。それに、いわきには、ペレストロイカで職を失ったロシア人が、次々に流入しています。彼らにわが国土が踏み荒らされてしまいます」

小沢が、そう言うと、和田は腰掛椅子から立ち上がり、窓の方へ足を運ばせて、外の景色を見つめた。

「いわきが拒否したのなら、已むをえんな・・・」
和田は、窓の外に眼をやったまま呟いてから、

「自衛隊法、第78条に基き、自衛隊の治安出動を発令する。防衛長官に至急、その旨伝えよ」
和田が、そう言うと、小沢は、防衛庁長官とのホットラインに飛びついた。

ここに、自衛隊発足以来、初の治安出動命令が出されたのだ。

 * * * * *


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いわき独立戦争(1)7-13

2005-06-02 21:28:10 | いわき独立戦争 1章
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7.東京都台東区入谷・言問い通り 某喫茶店
  6月10日 1814時

佐久間裕子は、窓際のテーブルで、アイスティーを飲んでいた。
時々、店内の時計を気にしているのは、誰かと待ち合わせをしているからだろう。

彼女が、店内の時計から眼をそらして、煙草に火を点けた時、ドアが開いて、ジーンズ姿の若い女性が入って来た。

「恵美ちゃん」
裕子は、彼女の名を呼んだ。

「遅れて、すみません」
彼女は、裕子に詫びると、向かいの席に腰を降ろした。
名前を、青田恵美といい、いわきのある鉄工会社の専務の妻である。
彼女は、裕子と同じアイスティーを注文した。

「益男さん、元気?」
恵美は、裕子に訊いた。

「新妻さんは、市ヶ谷の自衛隊で元気にやっているわ」
と、裕子は答えた。

恵美は、コンパニオンをしている時に、新妻と知り合い、交際する様になった。だが、彼女は、いわきの鉄工会社の社長の息子と知り合ったのをきっかけに、新妻と別れてしまった。その後、新妻は恵美を憎むようになり、いわきに対しても、激しい憎悪を抱く様になった。
恵美の高校時代の先輩で、雑誌記者の裕子は、彼女から新妻の事で相談を受けていたのだ。

「これから、新妻さんに会って来ようと思っているの」
恵美が、そう言うと、裕子は手を横に振って、

「今はダメなの」

「どうして?」

「今日のニュースで、いわきを武装解除する為、政府は、自衛隊に治安出動命令を下すと同時に全国に緊急事態宣言を布告したと発表されたわ」

「ええっ、本当なの?」
恵美は、驚いて声を大きくした。

「本当よ」
と、裕子は答えて、アイスティーを口に運んだ。
「これから益男さんも、いわきへ向けて出動するわ。それに、今は一般の人は、自衛隊の基地の中には、入れてもらえないわ」

「そうなんだ・・・」

「恵美ちゃんも急いで、いわきに帰った方がいいわ。もうすぐ、いわきと戦争になるかも知れないから・・」

「私、益男さんに本当の事を伝えようと思って、いわきから来たの」

「どういう事なの?」
裕子は、恵美の顔を覗き込んだ。

「私、じつは、益男さんと知り合う前から、今の主人と知り合っていたの」

「益男さんには、その事を言わなかったの?」

「ええ。私が、いわきの人と結婚したから、そのことで、益男さんはいわきを凄く怨んでいると思うの」
恵美は、暗い表情で言った。

「益男さんの気持ちもわかるわ。彼もいわきの出身なんだけれど、いわきには悪い思い出だけしかないから、それなりの敵意を持っているのよ」
と、裕子は言った。

「私、今の主人と結婚して後悔してるの。主人が、いわきの鉄工会社の専務だから幸せになれると思った。でも、いわきが日本から独立して、私も日本人ではないんだなぁと思うと、この先が不安で怖いの」
恵美は、悲しげな表情で言った。

そんな恵美を見て、裕子は、
「恵美ちゃん、そんな事ないわ。いわきが独立したのは、人々が豊かな生活を営みたいという願いからでしょう?きっと、今のご主人といわきで上手くやって行けるわ」

「だって、戦争になるのよ」

「大丈夫よ。自衛隊は、民間人を攻撃したりしないわ。安心して」
裕子は、慰めるように言った。

「益男さんに会ったら、よろしく伝えてね」

「分かったわ。新妻さんには、恵美ちゃんが来た事をちゃんと伝えておくわ」
と、裕子は言った。

 * * * * *

8.いわき人民共和国首都 平・梅本町 いわき国会議事堂(旧いわき市役所)
  6月11日 0810時

議事堂前の広場は、多数の市民や議員で埋まっている。
広場の中央の演壇には、近野直人国家主席が立っていた。
梅雨時だというのに、いわきの上空は、すっきりと晴れわたっている。

「同志諸君!および人民諸君!今回、日本政府は、わが国の独立を認めないばかりか、武装解除まで勧告して来た。これは、我々に対する挑戦でもある。もう直ぐ、自進党の傀儡どもが圧力を掛けて来る事だろう。我々は、奴らが先に攻撃を仕掛けてきた場合、あらゆる手段を用いてこれを排除する」

今野主席は、眼の前の市民や議員たちを見渡し、声明文を読み上げた。そして、市民からの歓声がわきあがる。
近野主席の演壇の左右に立っている、大老 渡辺忠兵衛、三戸二三男 労働書記長、坪井正人 軍統合参謀総長から拍手が送られた。

「更に、わが国は、旧ソ連やイランの元軍人たちの援助を受け、国防の強化に取り組んでいます。彼らは、実戦の体験がある、つわもの達でもあります。彼らは、わが国四軍の部隊に入隊し、我々と苦楽を共にする意向であります。人民の豊かな暮らしと幸福を守る為にも、又、わが国の独立を保つ為にも、皆さんも共に日本と闘って行こうではありませんかっ!」
再び、歓声が上がる。

四軍というのは、陸軍、海軍、空軍、それにスカッドミサイルを装備する戦略ロケット軍で、いわき人民共和国の軍の編成は、旧ソ連軍を参考にしている。

「それでは、わが国の繁栄と発展を願って、いわき国歌を斉唱しようではありませんか」
近野が、そう言うと、市民や議員、政府首脳、軍参謀たちが、一斉に国旗に注目した。

いわきの国旗は、旧いわき市時代のシンボルマークをそのまま流用している。
鮮明なテーマ音楽が流れ、全員が歌い始める。
議事堂を守備している一部の近衛兵の声も加わる。

♪おいで 諸人よ 若き旅人よ
 空碧く 光る海 まぶしい太陽と
 碧の風にのせ ささやく希望の歌
 あなたへの贈り物 わたしのふるさと♪

♪いわき 核兵器廃絶の国
 いわき 平和と理想の国♪

この歌は、いわきにある、某デパートのイメージソングをいわき国歌にしたものである。

 * * * * *

9.東京都港区赤坂・防衛庁
  6月11日 0823時

この、いわき国会議事堂前の模様を衛星中継放送で観ていた池田統幕議長は、あきれていた。

「戦略ロケット軍まで編成して、何が”核兵器廃絶の国”だっ!笑わせるなっ!!」
テレビを観ていた小野寺陸幕長は、激昂して強く机を叩いた。

「各部隊の動きは、どうなっている?」
池田が、小野寺に訊いた。

「はい。福島の第44普通科連隊、郡山の第6特科連隊は順調にいわきへ向かって移動中です。多賀城の第22普通科連隊の二個普通科中隊も0600時にいわきへ向けて、駐屯地を出ました。大和の第6戦車大隊は、現在、国道4号線から6号線に入り、福島県原町市付近を移動中です」
と、小野寺が報告した。

「海自は、大湊から第23護衛隊のDD「あおくも」「ゆうぐも」を、横須賀から第33護衛隊の「はまゆき」「さわゆき」を出動させ、小名浜沖に展開させます」

「空自は、三沢第3航空団と百里第7航空団の各飛行隊を何時でも出動出来る様、待機させました。501偵察飛行隊は、いわき上空で、すでに偵察行動に入っています」

続いて、江藤海幕長、日野空幕長が池田に報告した。

「偵察機からの報告は?」

「いわきには、これといった動きはないとのことです」

「海幕長、小名浜港に入港する船舶はすべて停船させ、臨検するよう、護衛艦隊に伝えてくれ。いわきの連中が、兵器を陸揚げする場所は小名浜港以外にない」

「わかりました。直ちに、小名浜沖に向かっている護衛隊に伝えます」
江藤は、そう答えると、パネルにいわきの戦略地図を描いた状況表示板を睨んだ。

池田は、自分の席に戻り、腕を組んだ。
「これから、どうなるか・・だな」

「いわきが先に攻撃して来たら我々もやり返すだけです」
陸幕運用課員の岩崎二等陸佐が池田に言った。

「移動中の各部隊に命令。いわきが先に手を出すまでは、武器の使用はするなと、その旨、伝えよ」

「わかりました」
と、岩崎は肯いた。

 * * * * *

10.福島県双葉郡川内村・国道399号線
   6月11日 1320時

ジープを先頭に、82式指揮通信車、60式装甲車が続いて、いわき方面へと南下して行く。各車両には、迷彩服を着た隊員たちが乗車している。

治安出動の初動部隊である第44普通科連隊である。
既に、第6師団に治安出動命令が発令され、その初動部隊として、第44普通科連隊、第22普通科連隊の二個普通科中隊、第6特科連隊、第6戦車大隊が、それぞれ各ルートを通っていわきへと移動をしている。

第44普通科連隊の隊員たちは、60式装甲車の他に、73式大型トラックや無反動砲搭載のジープに乗り、国道4号線を南下、郡山で国道288号を東に向かい、更に国道399号線を南下して、いわきへ向かっていた。
それは、警備の手薄な小川町の検問所を突破して、いわきへ突入する作戦である。

先頭のジープ、82式通信車、60式装甲車には、それぞれ、12.7mm機関銃を搭載している。
連隊長の大野一等陸佐は、部隊に停止命令を出し、本部管理中隊の情報小隊に偵察を命じた。
直ちに、情報小隊の隊員2名がオートバイで、国境付近の偵察に出た。

「各中隊に、命令! 個人装備火器に弾薬を装填するよう伝えよ」

大野一佐は、82式指揮通信車上から、伝令に命じた。

第44普通科連隊は、いわきとの国境2キロの地点まで前進していた。
隊員たちは、装甲車やトラックの車内で、64式小銃に20発入りの弾倉を装填していた。大野一佐も、自分が装備するシグサワーP220拳銃に箱弾倉を装填した。

今まで戦闘経験のない隊員たちには、不安と緊張が漲っていた。


11.
情報小隊の蛭田二等陸曹と菅原三等陸曹は、国境警備隊の検問所近くまで来ていた。



すると、眼の前の道路に、コイル状の鉄条網が設置されていた。二人は、オートバイを急停車させた後、路側へ寄せた。

二人は、オートバイを降りると、草叢に身を隠した。そして、双眼鏡で、国境警備隊の検問所を覗いた。検問所には、突撃銃 AK-47を構えた保安隊員2名が立哨しており、その後方には、BRDM-2型装甲車があった。
更に、その付近には、一個小隊程度の部隊がいた。

「思ったより警戒が厳重だな」
双眼鏡を覗いていた蛭田が呟いた。

「蛭田二曹、左右の高地を見て下さい!」
傍らにいた菅原が叫んだ。

蛭田は、直に双眼鏡の向きを変えて、左右の高地を覗いた。高地には、大野一佐の予想とは裏腹に、迷彩服姿の兵たちがいた。一個中隊程度の規模で、AK-47の他に、RPG-7のランチャーを構えていた。

「菅原っ、至急、連隊本部に連絡!」
蛭田がこわばった表情で叫んだ。

「わかりました」
菅原は肯くと、無線機の受話器を取った。

「00、00、(マルマル)こちら 01(マルヒト)。送れっ」

受話器から、バリバリという空電音に混じって相手が出た。

『こちら00(マルマル)。01(マルヒト)。送れっ』

「え、こちら01(マルヒト)。目標地点に現着。尚、付近に装甲車1輌、一個中隊程度の敵兵を確認。送れっ」

『00(マルマル)了解。本隊が急行する。それまでは手を出すな』

「01(マルヒト)了解っ」
菅原は、緊張した表情で無線を切った。

* * * * *

12.東京都新宿区市谷・市ヶ谷駐屯地  6月11日 1356時

第32普通科連隊は、まだ、待機の状態にあった。駐屯地内の道路側には、ジープやトラック、73式装甲車、それに、60式自走無反動砲を搭載した輸送隊のトレーラーが縦列に並んで駐車している。

隊員たちは、隊舎内で迷彩服姿で待機していた。武器庫の扉の前には、木銃を持った隊員が立哨していた。

新妻二尉に、佐久間裕子から電話がかかって来たのは、彼が幹部室でコーヒーを飲んでいる時だった。

「こんな時に電話して来るな」
新妻は、怒った様な表情で言った。

『まだ、出動していなかったんだ』 

「まだ、我々は待機の状態にあるんだ。ところで用件はなんだ?」

『恵美ちゃんに会ったわ』
裕子が、彼女の名前を言うと、新妻の顔色が変わった。が、直ぐに気を取り直して、

「こんな時に、恵美の名前を出すな」

『恵美ちゃん、新妻さんに会いに来たのよ。でも、戦争になるからって、いわきへ帰って行ったわ』

「あいつは、俺を裏切った女だ。会いたくない」

『恵美ちゃんを恨まないで。恵美ちゃんは、新妻さんに申し訳ないと思っているの。だから恵美ちゃんの気持ちも分かってあげて。こんな時に、こんな電話してすみませんでした』
と、言って、裕子は電話を切った。

新妻の脳裏に再び、恵美の事が浮かんできた。
だが、裕子が何を言いたいのか、分かっていた。それは、いわきと戦争になった時、どさくさにまぎれて恵美の夫を殺してしまうんじゃないかと、裕子が懸念しているのだろう。
自分自身も、時々そんな考えが浮かんでくるからだ。恵美には会いたくないと言っても、まだ、自分の所に戻って来て欲しいという願望があるらしい。まだ、恵美に未練があるのか?

 * * * * *

13.福島県双葉郡川内村・国道399号線  6月11日 1500時

いわき人民共和国の国境付近では、第44普通科連隊といわき軍が睨み合いになっていた。
連隊長の大野一等陸佐は、82式指揮通信車のキューポラから身を乗り出し、スピーカーでいわき軍の兵士たちに、武装解除するよう勧告していた。他の隊員たちは、64式小銃や60式装甲車上の12.7ミリ機関銃を構えていた。

「日本政府は、いわきの独立を認めない。直ちに武装を解除しなさい。応じない場合は武力によって鎮圧する!」
大野は、正面にいるいわき軍の兵士たちに呼びかけたが、応じる様子はなかった。

「日本の自衛隊に告ぐ!我々は、武装を解除する気はない。武力で我々を鎮圧するなら、我々も実力を持って排除する。自衛隊は出て行け!ここは我々の国だ」
国境警備隊の哨所からも特大のスピーカーが、がなり続けていた。

「国賊モノだな」
大野は、正面の兵たちを睨みつけた。

「連隊長。このまま強行突破しますか?」
同じ指揮通信車に乗っていた松崎二等陸尉が訊いた。

「いや、もう少し待つんだ。それでも武装解除に応じない場合は、実力で国境を突破する」

14.
「見ろよ。日本の自衛隊なんか何も出来ないでいるよ」
浦部一等兵は、掩体壕の中から身を乗り出して、正面に展開している自衛隊員を見て、鼻で笑った。

「本当だよ。まったく。実戦経験のない自衛隊に何が出来る」
傍らの掩体にいた佐藤一等兵も侮蔑の目をやった。

「平和ボケした軍隊に、我々を武装解除することなんて出来ないよ。田中伍長もそう思うでしょう?」
浦部は、自分の左隣にいる田中伍長に眼を向けた。田中は返事もせず、双眼鏡で正面にいる自衛隊員たちを覗いていた。
隊員たちが、装甲車の傍らや草叢で小銃、機関銃を構えている。

「眼の前にいる部隊は、前に俺がいた部隊なんだ」
田中は、双眼鏡を眼に当てたまま、佐藤と浦部に言った。

「田中伍長は、前に自衛隊にいたんですか?」
佐藤は、意外だなあという表情で、田中に訊いた。

「自衛隊は、どうでした?」
浦部も訊いた。

「厭な思い出しかないよ」
田中は、そっけなく答えた。

田中伍長は、6年前まで福島の第44普通科連隊にいた。在任中は、成績が劣等だったので、いつもみんなからいじめられていた。
任期満了の際、みんなに見送られて営門を出る時にも、「早く、やめていけ!」と、怒号が飛んだ。田中にとっては、自衛隊は嫌な思い出しかない場所であった。

双眼鏡で、正面にいる自衛隊の部隊の隅から隅へと凝視していた田中の眼が止まった。
眼鏡の中に見覚えのある顔が飛び込んで来たからだ。装甲兵員輸送車の前で銃を構えている隊員たちだった。一人は、襟に二等陸曹の階級章を付けている。
土佐と沢田だ。
いきなり、田中の顔色が変わった。土佐と沢田は自衛隊時代の同期だった。田中は、彼らによくいじめられていた。営内班で縄で縛られたり、部隊の宴会の時には、よく殴られていた。その時の嫌な思い出が蘇り、今それが憎しみに変わろうとしていた。

(土佐の奴。なんであんなのが、二等陸曹になっているんだ!)

田中は、眼から双眼鏡を降ろすと、鋭い目つきでAK-47を構えた。

隣で見ていた佐藤一等兵が叫んだ。
「田中伍長!何をするんですっ!!」

「うるさい!あいつらには怨みがある。あいつらをぶっ殺してやるんだっ!!」
田中は、そう怒鳴ると、AK-47の引き金を引いた。

15.
突然、銃声がして、60式装甲車の前にいた3、4人の隊員が倒れた。

「発砲だ!」 「磐軍の発砲だ!」
隊員たちが叫んだ。

「誰がやられたっ!」
連隊長の大野一佐が、伝令の阿部陸士長に怒鳴った。

「二中隊の土佐二曹、沢田三曹、それに、長沢士長、奥野一士です!」

「畜生!やりやがったなぁ。各個に射撃開始!!」
大野一佐が各中隊に叫んだ。

直ぐに、44普通科連隊の隊員たちの64式小銃が、火を噴いた。
前方の援体壕にいる、いわき軍の兵たちに銃弾が浴びせられる。
62式7.62ミリ機関銃、それに60式装甲車の12.7ミリ機関銃も前方のいわき兵に向かって咆えた。

自衛隊発足以来、陸自の隊員が初めて、生身の人間を射撃した瞬間である。

「強行突破するぞ!」
大野一佐は怒鳴った。
一斉に82式指揮通信車や60式装甲車のエンジンが轟いた。

いわき陸軍の田中伍長の放った銃弾は、両者の思惑をよそに、日本といわき人民共和国の内戦へと発展して行く。

ここに、国内では、西南戦争以来、117年ぶりの内戦が勃発したのである。

(第1章おわり)

第2章へ

いわき独立戦争(2)1-7

2005-06-01 23:26:52 | いわき独立戦争 2章
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 第2章  希望の進撃

1.東京都赤坂檜町・防衛庁中央指揮所  6月11日 1530時

庁舎内の廊下は、隊員たちが慌しく行き交っていた。

池田統合幕僚会議議長は、制帽を手に持ち指揮所の部屋に入った。小野寺陸上幕僚長を始め、各幕僚たちが一斉に立ち上がって敬礼した。

「いわきと衝突したのか?」
池田は、幕僚たちに訊いた。

「はい。福島県川内村の国道399号線国境付近で、第44普通科連隊がいわきの軍隊と衝突した模様です」
陸幕運用(作戦)部長の百武一佐が、池田に振り向いて報告した。

「状況は!」

「先に発砲して来たのはいわき側だそうです。44普通科連隊も応戦して、現在、国境付近で戦闘中です」

「最悪の事態になって来たな」
池田は、福島県の戦略地図を描いた状況表示盤に眼をやった。国道399号線の国境付近の地点で赤いランプが点滅していた。

「郡山の第6特科連隊は?」

「古殿町に展開中で、戦闘状態には入っていません」
陸幕運用課員の岩崎二佐が答えた。

第6特科連隊は、二つのルートでいわきへ進んでいた。第1大隊と第2大隊は、県道14号を御斉所峠を抜けて、第3、第4、第5大隊は、国道49号から国境警備隊の検問所を突破して、いわきへ向かっていた。
治安出動なので、中砲などの火砲は携行せず、小銃、機関銃などの小火器で武装しているに過ぎなかった。それに、火砲を使用すると着弾がずれて、住宅に命中する恐れもあった。それらの事も考慮して、火砲はすべて駐屯地に置き、普通科部隊に準じた武装で出動したのである。

「統幕議長、待機中の第31普通科連隊、第32普通科連隊を出動させますか?」
小野寺陸幕長が訊いた。

「いいだろう。第31、第32普通科連隊を6師団の増援の為、いわきへ派遣する」
池田は、状況表示盤を眺め、小野寺に言った。

第6師団は、四個の普通科連隊、一個の特科連隊、戦車大隊、通信大隊、後方支援連隊で編成された定員9000人の甲師団で、秋田、山形、福島、宮城の部隊で成り立っている。
福島に駐屯する第44普通科連隊と郡山に駐屯する第6特科連隊、宮城県の多賀城に駐屯する第22普通科連隊二個中隊、同じく大和町に駐屯する第6戦車大隊一個中隊を治安出動の初動部隊として、いわきへ派遣する一方、第22普通科連隊の残りの中隊と山形の神町に駐屯する第20普通科連隊を仙台の防衛に回し、秋田に駐屯する第21普通科連隊を何時でも出動出来る様待機させた。

「統幕議長、百里の第7航空団と三沢の第3航空団の飛行隊を出動させますか?」
日野空幕長が訊いた。

「いや、まだ早い。いわきには、航空機を運用できる飛行場はないから航空機による脅威はない。出来るだけ、陸上部隊で鎮圧するんだ」

「わかりました」

「統幕議長、警戒航空隊のE-2Cからの報告です。ウラジオストック方面から、大船団が、わが国へ向かっているとの事です」
空幕運用課員の岩崎二等空佐が、こわばった表情で報告した。

「なんだって!大船団の現在位置は?」

「はっ、礼文島の沖合210キロの海域を航行中との事です。うち、大型空母一隻、駆逐艦他、多数を含むとの事です」
岩崎二佐が報告すると、池田を始め、小野寺陸幕長、江藤海幕長、日野空幕長の顔が引きつった。

「ロシアからいわきへ亡命する大船団です」
日野空幕長が言った。

「内戦では済まなくなるぞ」
池田統幕議長が、そう呟いた時、大久保防衛長官から電話が入った。

「統幕議長です」

『池田君。たった今、ロシア大使館から連絡が入った。六時間前にウラジオストックの海軍基地で反乱があり、将兵たちが最新鋭の空母、駆逐艦などを率いて、軍港を脱出し、いわきへ亡命を図ったとの事だ』

「やはりそうでしたか。ロシア側では食い止められなかったんですか?」

『それが、反乱が起きる前に、航空機、艦船の多数を破壊されてしまい、自国の軍では鎮圧不可能との事だ。反乱軍は、事前に、基地内の航空機、艦船などに爆薬を仕掛けていたらしい。ロシア政府から要請があった。いわきへ亡命を図る大船団を阻止してくれとの事だ』

「亡命したロシア軍の規模はどの位ですか?」

『ロシア政府の発表では、20万人程度だという事だ。ロシアの軍人たちは、ペレストロイカで国内では、食えなくなった。いわきの独立は、そんな彼らにも希望を与えたのだろう』

「亡命軍を阻止するに当たっての武器の使用については?」

『武器の使用については、出来るだけ威嚇射撃程度で抑えて欲しい。人的損害を出して、ロシアとわが国の間に大きな溝を作る訳にはいかないからな』

「分かりました。ただ、亡命軍側が攻撃をしてきた場合は、我々も自衛の為の戦闘を行います」
池田は、電話を切った。

「統幕議長、長官はなんとおっしゃっておられました?」
岩崎二佐が訊いた。

「ロシアのウラジオストックで反乱を起こした将兵たちが、いわきへ亡命する為、大船団を率いて日本へ向かっているとの事だ。自衛隊の総力を挙げて、大船団を阻止してくれとの要望があった」

「やはり、亡命が目的のようですね」
小野寺陸幕長が言った。

「付近を航行中の護衛艦を礼文島に急行させろ!千歳の第2航空団、三沢の第3航空団にスクランブル命令を出すんだ」
池田は、各幕僚長に命令した。

 * * * * *

2.東京都中央区築地・朝野新聞東京本社 6月11日 1606時

政治部は慌しい雰囲気に包まれていた。
記者たちは、電話の対応に追われている。
いわき軍と自衛隊が戦闘状態に入ったという情報が来てから、政治部では蜂の巣をつついたような騒ぎであった。

内田も電話の応対に追われていたが、やっと一息つけると思った時に、編集長の宇角安典に呼ばれた。
他の記者たちは、まだ、電話の応対に追われている。

「なんでしょうか?」
内田は、宇角に訊いた。

「直ぐに、永田町の首相官邸に行って来い。官房長の記者会見が始まる」

「内戦勃発に関する記者会見ですか?」

「それもあるが、実は、ロシアのウラジオストックで軍が反乱を起こして、日本への亡命を企図しているという情報が入った」

「それは、本当ですか!」
内田は、眼を大きくした。

「本当らしい。反乱軍の艦隊が、わが国へ向かっているという」

「それでは、内戦では済まなくなりますね」

「そうなんだ。それで君は、官房長官の記者会見に出て、詳しい情報を聞き出して来い」

「分かりました。首相官邸に行ってきます」
内田は、準備に取り掛かった。

 * * * * *

3.永田町・首相官邸記者会見室 6月11日 1650時

首相官邸の記者会見室は、外国人記者や、新聞雑誌各社、更に各テレビ・クルーで埋まっていた。
いわき人民共和国との内戦勃発に関する小沢官房長官の記者会見が、始まろうとしていた。
内田は、椅子に座って、官房長官が現れるのを待った。

「内戦が勃発して、これからどうなるんだ。日本全土が戦火に晒されるんではないか?」
内田の隣にいた毎朝新聞の記者たちが、ひそひそ声で話し合っている。

「あり得るね。いわき軍がわが国土に進攻してきた場合は、民間人も巻き込まれるよ。それに、いわき軍は湾岸戦争でイラク軍が使用して有名になったスカッド・ミサイルを入手しているって言う噂だ」

「冗談じゃない。俺には中学生の息子と娘がいるんだ。自分の家族を内戦に巻き込みたくないよ」

「内戦の引き金は、なんだったんだろう?」

「何でも、いわき側が先に、自衛隊に発砲してきたという噂だが、確かなことはわかっていないよ」

内田は聞くともなく、記者たちの話に耳を傾けていた。
急に話し声が止んで、壇上に小沢官房長官が現れた。テレビ・クルーのカメラが一斉に彼の顔に向けられた。
小沢官房長官は、背広の内ポケットから原稿を取り出し、席に着いた。

4.
「これから、いわき人民共和国との内戦勃発に関する記者会見を行います」
小沢が言うと、一斉にカメラのフラッシュが浴びせられた。

「本日、午後三時過ぎ、福島県川内村のいわき人民共和国との国境付近に於きまして、治安出動中の陸上自衛隊第44普通科連隊の部隊が、いわき軍の発砲を受けました。これに対し、第44普通科連隊側も応戦し、現在も戦闘中であります。更に本日、ロシアのウラジオストックに於きまして、ロシア軍の一部が反乱を起こし、基地を脱出、艦船により我国へ向かっております」

会見場の記者たちの間にざわめきが起こる。

「彼らの目的は、ペレストロイカによって、ロシア国内で生活困難となった為に、いわき人民共和国へ亡命を図ったものと思われます。わが政府は、我が国の独立と平和を守る為、憲法第九条に基づき、自衛隊に対し防衛出動命令を発動すると共に、陸、海、空の全部隊をもちまして、これらに対処する方針であります」

毎朝新聞の記者が立ち上がって質問をした。
「現在、いわきとの国境において戦闘中との事ですが、自衛隊側には、どの位の死傷者が出ているんですか?」

「詳細は、分かっていません」

「現在、我が国へ向かっているロシア軍の規模はどの位でしょうか?」
今度は、読込新聞の記者が質問をした。

「約20万人位の兵力と判断しています」

「現在の自衛隊の戦力で、ロシアからの反乱軍を阻止できますか?」

「それは、何とも言えませんが、自衛隊の総力を挙げて阻止します」

「いわき軍を鎮圧するのに、どの位の日程がかかりますか?」

「2、3日位を見込んでいます」

「ロシアからの反乱軍が日本に向かっているのにですか?」

「ロシア反乱軍側が、到着する前に鎮圧致します。いわきを鎮圧すれば、反乱軍の亡命の意味はなくなります」
小沢は張りのある声で応じた。

 * * * * *

5.

記者会見が終了して、内田は首相官邸を後にした。すると、ベージュのパンツスーツ姿の女性が、
「あら、内田さんじゃない」
と、声をかけてきた。週刊新春の記者、佐久間裕子だった。

「おや、裕子さん。君も記者会見に来ていたの?」

「ええ。内田さん、東京の本社に戻っていらしてたのね」

「いわきの独立によって、いわき支社が解体され、国営の新聞社に接収されたよ」

「いわきにあった企業は、全て国営になったんでしょう?」

「ああ。国営だとリストラが無いからね。特に、いわき市に進出して来たばかりの日進自動車は、真っ先に国営化されたよ。あそこは、膨大な赤字を出して、大量の労働者がリストラされ、関東工場を閉鎖したからね。その代わりに日進自動車いわき工場は、国営の軍需工場に転換するらしい」

「そうだったの。自動車工場が兵器工場になるなんて・・・」

「エンジンだけじゃなくて、ミサイルも生産するらしい。でも、工場の従業員たちは、満足しているよ。待遇も今まで以上ということらしいし、それに関東工場を追われた人たちもかなり雇用されてるって聞いたよ」
と、内田は言った。

「すべてが、今の日本政府が招いた結果なのね。このままだと、いわきとの戦争が長引きそうね」
裕子は、急に不安な表情になった。

「ロシアまで介入して来るとなると、戦争が長引くよ。新妻も出動して行ったんじゃないかな。市ヶ谷駐屯地の正門から、たくさんの装甲車、トラック等が出て来たから」

「新妻さん、いわきにいた時は、悪い想い出ばかりだったから、いわきをかなり恨んでいるわ」

「何か、新妻のことで心配事があるのか?」

「ええ」
と、裕子は肯いた。

「どんな事で?」
内田は、声を大きくして訊いた。

「戦争に関係ない、一般人にまで銃を向けるんじゃないかと心配なの」

「そんな事はないよ。新妻は、自衛官としての任務を全うするよ。君の考え過ぎだよ」
内田は、あっさりと否定した。

「それならいいんだけど」
と、裕子は言ってから、
「今度、暇な時に一緒に飲まない?内田さんにも聞いてもらいたい事があるの」

「いいよ」
と、内田は肯いた。

 * * * * *

6.小川道・戸渡 国道399号線
  6月11日 1710時

60式装甲車は猛烈な勢いで突進し、停車した。後部扉が開いて、カール・グスタフや64式小銃を手にした隊員たちが車外に走り出た。

「全員散開っ!」
第44普通科連隊第2中隊の小銃小隊第2分隊長の大平二等陸曹が怒鳴った。

隊員たちは、草叢や樹の陰に身を隠蔽させた。

第44普通科連隊は、国境警備隊の検問所を突破して、いわき人民共和国内に進出した。
二時間前に始まった戦闘で、第44普通科連隊は、24名の戦死者と43名の負傷者を出した。
また、いわき軍のRPG-7によって、2両のAPC(装甲兵員輸送車)を撃破された。

隊員たちは、木陰や草叢から銃やカール・グスタフを構え、向かいのいわき軍陣地を睨んだ。

「撃てーっ!」
大平が隊員たちに怒鳴る。

隊員たちは、64式小銃を敵陣地めがけて撃ちまくった。
機関銃手の62式7.62ミリ機関銃も吠えた。

敵陣からも、盛んに小銃や機関銃で応戦して来る。

60式装甲車が、車載7.62ミリ機関銃を撃ちながら前進した。

「APCの後に続け!」
大平は、分隊員にがなった。

隊員たちは身を低くして、60式装甲車の後についた。

60式装甲車は、1960年に制定された我が国初の国産のAPCで、全長4.85m、全幅2.40m、全高1.70m、キャタピラ式で最高速度45km、空冷4サイクル8気筒ディーゼルエンジンを採用している。
武装は、12.7ミリ機関銃と車載7.62ミリ機関銃のみで、主に各師団の戦車大隊、装甲輸送部隊、北海道の普通科部隊等に配備されている。

60式装甲車は、制式されてから30年以上経っているが、後継の73式装甲車が、あまりにも高価な為、北海道を除く各師団で使い続けている。

前方の陣地から爆発音が轟き、いたる所で煙が上がっている。
第1分隊が右翼の林から攻撃をかけているのだ。

それと同時に、対戦車小隊の60式106ミリ無反動砲、60式自走106ミリ無反動砲が、援護射撃をしている。

「大平二曹、無反動砲の射撃が止んだら、第1分隊と前方の陣地へ突撃を開始する」
小銃小隊長の本間二等陸尉が言った。

「わかりました」
大平が緊張した表情で答えた。

「どうした、怖いのか?」

「はい。自分も実戦は初めてなので・・・」
大平は、率直に言った。

「自分も同じだよ。だが、訓練通りにやれば生き残れるよ」
本間は、自分に言い聞かせるように言った。

「小隊長。無反動砲の射撃、間もなく終了とのことです」
小隊陸曹の佐々木一等陸曹が無線機を手にしたまま、本間に報告した。

「突撃準備をするぞ」
本間が隊員たちに言った。

すると、その時であった。前方の道路からエンジン音が響いた。
「何か来ます」
大平が本間に言って、前方を眼を鋭くさせて睨んだ。

エンジン音は徐々に近づき、道路の陰からT-72戦車が姿を現した。

「戦車だっ!!」
小坂一等陸士が叫んだ。

T-72は、旧ソ連軍の主力戦車で、125ミリ滑腔砲を搭載している。旧ソ連以外に旧東欧諸国やイラク、北朝鮮でも使用されている。
初めてT-72を眼にした隊員たちは、その車体の大きさに驚愕した。

「無反動砲用意!」
大平は、無反動砲手に怒鳴った。

直ぐに、無反動砲手の橘陸士長が対戦車兵器カール・グスタフを肩に載せて、T-72に砲身を向けた。

「撃てっ!」
大平が叫んだ。

カール・グスタフが轟音をたて、白い尾を曳いて砲弾がT-72めがけて飛んだ。

砲弾は、T-72の正面に命中して炸裂した。

「命中!」
「やったー」
隊員たちの間に歓声があがった。

だが、その喜びもつかの間だった。T-72は、カール・グスタフの砲弾をものともせず、再び前進を開始したのだ。

「クソっ、だめか」
大平が悔しがった。

「敵の戦車は、リアクティブ・アーマーを装着しています。無反動砲くらいでは、びくともしません」
副分隊長の内崎三等陸曹が、焦りながら言った。

いくらカール・グスタフと言えど、リアクティブ・アーマーを装着したT-72には歯が立たない。

突然、T-72の125ミリ滑腔砲が火を噴いた。耳をつんざく爆発音が轟き、前方の装甲車が撃破された。同時に同軸機銃も連射音を立てて、周囲の隊員たちをなぎ倒した。

「いかん。このままでは全滅だ。小隊はこれより後退するっ!」
本間二尉が叫んだ。

「後退しろーっ!」
大平二曹が隊員たちに怒鳴った。

隊員たちは、一斉に後方へと下がり出した。
それでも、T-72の機銃は鳴り止まない。
本間二尉の周囲にもバリバリと機関銃弾が土埃を上げて走り、隊員がまた一人、二人と倒れた。

「急げ!急ぐんだ。ここにいては殺されるぞ!」
本間は、がなった。

「吾妻21(アズマ、フタヒト)、吾妻21、こちら吾妻22(フタフタ)。敵戦車出現。無反動砲で応戦するも効果なし。APC一両撃破され、小隊に死傷者続出。これより小隊は後退する」
小隊陸曹の佐々木一等陸曹が必死の思いで、中隊本部に無線連絡した。

 * * * * *

7.いわき人民共和国首都 平・梅本町・労働会議室
  6月12日 0820時

近野直人国家主席は腕組みをしたまま、大老の渡辺忠兵衛、三戸二三男労働書記長、佐藤邦雄労働運営委員長、坪井正人軍統合参謀総長の顔を見渡した。

近野主席の背後には、いわきの軍事地図が立てかけてある。

「自進党の傀儡軍を撃退したそうだな」
近野は、坪井軍統合参謀総長の顔に眼を止めた。

「はい。昨日、小川道の国境付近の戦闘で、敵は我が軍の戦車に恐れをなし、後退したそうです」
坪井は、席から立ち上がり近野主席に報告した。

「ほう。それで敵の規模は?」

「我国への侵攻を謀ったのは、陸上自衛隊第6師団第44普通科連隊で、一部機械化された歩兵部隊です」

「再び侵攻してくる可能性もあるな」

「敵は後方へ下がって作戦を立て直して、再び我国へ侵攻してくると思われます」

「わかった」
と、近野主席は言ってから、
「現在、ウラジオストックから亡命軍が向かっている。正規空母を含んだ強力な海軍を率いて我国へ来る。兵力は26万人。だが、我国の面積は1,227平方キロメートルに過ぎない。26万人の亡命軍を受け入れるには、国土が過密になるだろう。それでだ。私の意見としては、国土を拡大したいと思っているんだがね」

渡辺や三戸は近野に注目した。

「日本へ侵攻するんですか?」
三戸が訊いた。

「その通りだ。だが、武力のみで侵攻するのではなく、その地域の住民に歓迎されなければならない。人心を捉えなければ反政府ゲリラが出てしまうからね」

「それに関しまして、私に提案があります」
佐藤邦雄労働運営委員長が、席から立ち上がった。

「それは何だね?」
近野は佐藤に眼を向けた。

「日滝市を我国へ併合する事です。日滝は皆様もご存知の様に日滝製作所のある企業都市であります。その日滝製作所は長引く不況によって、大量の労働者をリストラしています。それによって、日滝では失業した人々で溢れ、生活に苦しんでいます。日滝の市民の中にも、我国と同じく日本から独立したいと思っている人々がたくさんいます。この際、日滝とその手前の十王町、高萩、北茨城の各地区も併合してしまいましょう」

「なるほど。それはよい提案だ」
大老の渡辺が眼を輝かせて、賛成した。
「私は、なかなかの良策だと思います。日滝には、日滝製作所の他に日滝港があります。ここを軍港として亡命軍に提供出来ます。小名浜港だけでは亡命軍の全艦艇を入港させる事は不可能ですから。それに、日滝製作所を国営企業化すれば、リストラされた労働者も再び職に就けます」

近野は、渡辺を見つめて、微笑した。
「それは、いい案だ。それにもう一つある。我国には航空機の運用可能な飛行場がない。亡命軍を受け入れても、基地が無いと話にならない。空軍を編成してもヘリだけの部隊では自進党の傀儡軍を我国から撃退することは出来ないからね。それで、亡命軍の航空機が円滑に運用できる様、我国周辺にある日本の飛行場を武力で占領する。坪井参謀総長、作戦の準備は完了しているか?」

近野は、坪井参謀総長に眼を向けた。

「はい。我国に近い日本の飛行場は、仙台空港、福島空港、航空自衛隊の百里基地があります。我が軍は赤のA作戦を発令すべく、装甲歩兵戦闘車等で編成された機械化部隊、旧ソ連軍出身の軍人で編成された空挺部隊を待機させてあります。これらの部隊をもって、それぞれの飛行場を占領します」

「機械化部隊の将官は誰だね?」

「遠藤一成機甲総監です」

「あのドイツ軍オタクのか?」
渡辺が、遠藤一成機甲総監の顔を思い浮かべながら言った。

遠藤一成は、大のドイツ軍マニアで、自衛隊に在職中、ドイツ機械化部隊の電撃作戦の研究を行い、除隊後もそれらの作戦・運用の研究を続けてきた。それが縁で、30歳の若さでいわき人民軍の機甲総監に就任したのだ。

「彼は、ナチス・ドイツ軍のグーデリアンが行った電撃作戦が最高の戦術だと言っておりました。赤のA作戦は彼に一任します」

「いいだろう。坪井参謀総長、直ちに赤のA作戦を実行するのだ」
近野は、坪井に言った。

 * * * * *

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いわき独立戦争(2)8-10

2005-06-01 22:24:59 | いわき独立戦争 2章
最初から読む

8. 東京赤坂・防衛庁 中央指揮所
   6月12日  1020時

池田統幕議長は、いわきの戦略地図を描いた状況表示盤を睨んだ。時々、礼文島周辺の地図にも眼を向けている。

既に、防衛出動命令が発令され、陸、海、空の全自衛隊に出動命令が下されていた。
ロシアから亡命軍が日本に向かっているのだ。それに、いわき軍のスカッド・ミサイルから首都圏を守るべく、入間の第4高射隊、武山の第2高射隊、習志野の第1高射隊にペトリオットの発射準備をさせ、陸自第2高射特科群は、利根川付近に改良ホークを展開させていた。

問題は、亡命軍がどのルートを利用していわきに入るかだった。
最も近いルートは、新潟から上陸して、国道49号線を東に向かっていわきへ入るのがベストだろうが、いくら亡命軍とはいえど、他国の領土を土足で上がってまで、いわき入りはしないだろう。
だが、念の為に第12師団の第2普通科連隊と第30普通科連隊、第12戦車大隊の1個小隊を新潟の海岸線に配置させた。

残るは、日本海から津軽海峡を抜けて太平洋を南下するコースが考えられた。

「いわき七浜海岸・・ だ」
池田統幕議長が呟いた。

「自分もそう思います。亡命軍がいわきに上陸するには、いわき七浜海岸が一番適しています」
陸幕運用部の岩崎二佐も同意見だった。

「急いで、第31,32普通科連隊を七浜海岸に集結させましょう」
小野寺陸幕長が、そう言った時、空自の制服を着た二尉が慌しく、池田たちの傍らに寄って来た。

「偵察航空隊からの報告です。いわき軍の機甲化部隊が仙台、郡山に向かって動き始めたとの報告です」

「なんだって!」
池田の表情がこわばった。小野寺、岩崎も狼狽の色を見せた。

「いわき軍の目標は、仙台、福島両空港の占領です。いわきには、航空機の運用可能な飛行場がありません。亡命軍の上陸に合わせて、飛行場の占領を謀っています。それに、空自の百里基地も占領される危険があります」
小野寺が、池田に言った。

「いわき軍の狙いは飛行場か・・・」

「いわきへ移動中の第22普連二個中隊と第6戦車大隊を相馬まで後退させ、いわき軍を迎え撃ちます。それと、福島空港に向かっている機甲化部隊に対しては、御斉所街道で第6特科連隊と木更津の第4対戦車ヘリ隊で撃退します」

「分かった、それと、御斉所街道には第1空挺団を投入する」
池田は、焦りの色を隠しながら決断した。
「44普連は?」

「小川地区で敵戦車と遭遇、後退しました。尚、戦車はT-72で、44普連に多数の死傷者が出ています」
岩崎が池田統幕議長に報告した。

「なんてこった」
池田は、いらだっていた。

 * * * * *

9.いわき遠野地区・入遠野・久保目収容所
  6月12日  1030時

『・・・・・自進党の議員だった者、会社社長だった者たちよ。貴様たちは、人民や労働者が、どんなに喘いでいるか、わかっているのか。日本は民主政治とは名ばかりで、基本的人権の保障、国民の主権はまもられていない。我々人民が幸福な生活を営む事ができるかどうかは、国家の地方政策にかかっている・・・・・』
甲高い保安隊員の声が、壮大なマーチと共に拡声器から流れていた。篭内努は、うんざりするほど、同じ様な放送を何回聞いたかわからない。

久保目収容所には、元自進党員などの「反動分子」や労働者を長時間労働させたり、不当なリストラを行った経営者、資本家、消費者を苦しめる高利の金融会社の社員などが、収容されており、いわき人民共和国保安部が管理している。

篭内は、平の運送会社の社長であったが、いわき独立後、自分の会社の運転手を長時間働かせ、その上、不況に便乗し賃金の引き下げを行った、という理由で拘束された。

周囲には保安隊員たちが、自動小銃AK-47を構えて油断なく囚人たちを監視していた。

篭内に一人の保安隊員が近づいてきた。見覚えのある顔だった。
(武藤だ)
篭内は、その保安隊員が以前、自分の会社で働いていた運転手の武藤である事に気付いた。
皮肉にも、元社長と従業員の立場が逆転したのだ。

「どうだい。収容所に入れられた気分は?」
武藤は、微笑を浮かべながら、篭内に聞いた。

「貴様、こんな事してタダで済むと思っているのか!」
篭内が叫ぶと、武藤はいきなり彼の顔面を張り飛ばした。

「社長が威張れる時代は終わったんだよ。偉そうな事、言ってんじゃねえよ!」
武藤は、AK-47を構え、篭内を睨んだ。

「おまえ、昼も夜も長時間こき使いやがって。その上、旅費も削り、手当も下げ、ふざけるなよ。俺は、お前の会社で働いてる時は、何も言えなかったんだ。これからの会社はな、社長の持ち物じゃないんだ。労働者の労働者による労働者の為の会社だ。よく肝に銘じておけ。わかったか篭内社長。いや、囚人48号」
武藤は、それだけ言うと篭内の前から去っていった。

収容所では、番号で呼ばれるようになっていて、囚人服の上に番号の付いた黄色のゼッケンを着用する事になっている。

「大丈夫ですか?」
傍らにいた44番のゼッケンを付けた40代後半の男が声をかけて来た。磐東運輸社長の小池であった。

「磐東運輸の小池さんじゃないですか。お久しぶりです。お宅も私と同じ容疑で入れられたのですか?」
篭内は小池に訊いた。

「いわき市内の運送会社の社長は皆収容所に入れられたよ。大手は国営化された」

「社員たちは?」

「国営になった運送会社に就職したり、地方の役所の職員になったりと色々だよ」

「そうか。いわきは社会主義国として独立したから、学歴に関係なく誰でもが公務員になれるんだ。今、私を殴った保安隊員もウチの社員だった」

「社会主義国は支配階級が存在しないプロレタリアート(労働者階級)中心の国だ。皆、平等に扱われる訳だ。議員も公務員も元労働者が主流だ」

「よくそれで国が成り立つね。まるで下剋上の世の中だよ」

「そう長くは続かないよ。先程、チラッと聞いたんだが、いわきと自衛隊が小川で内戦に突入した様だ」

「本当か!それは?」
篭内は、驚いた表情で訊いた。

「そうらしい。近々自衛隊がいわきを解放するよ。そうしたら我々も晴れて自由の身だ」小池は笑顔になりながら言った。自衛隊がこの収容所から我々を解放してくれると思っているのだ。

『・・・日本は、民主主義国家とは名ばかりで自進党の独裁国家である。更に資本家共は、自分の利益のみの為、労働者をアゴで使い、自分の都合で勝手にリストラの名の下に首切りをしている。日本の民主主義とは金を所有する資本家と、これに隷属する労働者という構造の封建的国家である。又、自進党は、消費税、リクルート問題と国民の批判を浴びているにもかかわらず、悪政を布いている。消費税は高齢化社会への対応策と強弁し、その金を湾岸戦争の時、多国籍軍に貢いだのだ。自進党の横暴を許すな。街では凶悪犯罪が多発し、低年齢化している。更に教育界でもイジメが問題になっている・・・』
拡声器から、保安隊員の声が、まだ流れている。

篭内と小池は、聞きたくないという表情でフェンスの外に眼をやった。向うに入遠野川が流れている。

「外は自由だな・・・」
篭内は呟いた。

外には自由がある。規律だらけの活活もなければ強制労働もない。篭内はフェンスの外を見つめ、自由の有難さが初めて分かった。

収容所での生活は、朝6時に起床して点呼を行い、8時から夕方6時まで地下土木工事の強制労働、20時から22時まで収容所内で精神教育を受け、社会主義について学ばされる。その後、夜の点呼を行って23時に消灯となる。

食事は一日2回しかなく、握り飯とカップ麺といった粗末なもので、時々、副食として缶詰が支給される程度であった。当然、空腹を満たせるものではなく、栄養も少ない。

その上、篭内も小池も今まで肉体労働とは無縁だった為、不慣れな土木作業による過労もあり痩せこけていた。

「専務だった息子さんは?」
小池は、篭内に訊いた。

「旧いわき市長の後援会に入っていたので、保安部の厳しい取調べを受けているよ」
篭内は、苦い表情で答えた。

「それは、大変ですね」

「保安隊員に逆らったから、反逆罪にも問われているし、最悪の場合は、銃殺だそうだ」

「大丈夫ですよ、篭内さん。そうなる前に自衛隊が助けに来てくれますよ」
小池は、不安そうな表情の篭内の肩を叩いて、慰めるように言った。

 * * * * *

10.茨城県・谷和原村  常磐自動車道下り線
   6月12日  1110時

陸上自衛隊第1師団第32普通科連隊の車輌の列が、いわき人民共和国目指して北上して行く。連隊長が乗ったジープを先頭に、最近配備されたばかりの高機動車、73式大型トラック、60式自走無反動砲を積載した輸送隊のトラックが後に続く。また、空からの攻撃に対応する為、81式短距離地対空誘導弾も随伴している。

新妻二等陸尉もジープの助手席に座り、前方を鋭い目で凝視していた。100m先には、第1中隊の73式大型トラックが走り、後部の荷台で隊員がタバコを喫っているのが見える。
その頭上を,AH-1Sコブラの編隊が過ぎて行った。

防衛出動命令が発令され、第1師団の第31,第32の両普通科連隊は、いわき七浜海岸へと向かっていた。任務は、亡命軍の上陸阻止である。
第32普通科連隊の車両部隊は、しばらく走るとパーキングエリアに入って行った。

常磐自動車道は、防衛出動命令が出てから、自衛隊車両を除き、全面通行止めとなり、パーキングエリア内の売店も閉店していた。

新妻は、ジープの助手席から降りると、大きく背伸びをした。
73式大型トラックや高機動車から、続々と隊員たちが降りてきて、パーキングエリア内のトイレに向かって走り出した。

新妻も、トイレで用を済ませると、中隊長の飯島一等陸尉に、人員、車両の異常の有無を報告した。

「ご苦労」
と、飯島一尉は言ってから、
「ところで、新妻二尉。君は、いわきの出身で、家族もいわきにいるんだろう。磐軍と戦う事に何の迷いもないか?」

「はっ。何の迷いもありません。自分は、自衛官としての任務を全うする為、いわ軍と戦うまでです」
新妻は、はっきりと答えた。

「自分の郷里が戦火に晒されてもかね?」

「はい。自分はむしろ、近野直人の悪政からいわきの人々を解放する為に戦います。そして、いわきが日本に復帰する日が来るのを願っています」

「そうか。私は、君の正直な気持ちを聞きたかったんだ。それを聞いて安心したよ」
と、飯島一尉は言って、腕を組んだ。

「我々は、いわき七浜海岸の一部、新舞子海岸に展開することになった」

「新舞子ですか・・・」
ふと、新妻の脳裏に、懐かしい新舞子海岸の風景が甦った。彼が20代前半の頃、女性をナンパしにいった所だ。また、恵美とデートした場所でもあった。

「いわき七浜海岸のほとんどが、防潮堤で阻まれている為、車両等の揚陸は不可能だが、唯一、その新舞子海岸だけが防潮堤が未整備だ。更に、海岸から県道に抜ける道もある。亡命軍が上陸するには絶好の場所だ」

「自分もそう思います。新舞子以外の海岸は全て、防潮堤が障害となっています」

「そこで、福島の第11施設群が海岸線に地雷原を構成すべく出動したのだが、磐軍は国境線に兵力を集結させているから、奴等を突破して、新舞子海岸まで到達できるかが問題だ」

「44普通科連隊の状況は、どうなっているのですか?」
新妻は、飯島一尉に訊いた。

「小川地区の国境線で、いわ軍の戦車の攻撃を受けて、後退したそうだ」

「奴ら、戦車まで持っていたんですか!」
新妻は、大きい声を出した。

「そうらしい」
飯島一尉は、落ち着いた表情で答えたが、新妻は狼狽の色を見せて、

「いわ軍の兵力の規模はどの位か、分からないのですか?」
と、訊いた。

「空自の偵察機が、定期的にいわきを偵察しているが、いわ軍の総兵力については、どの位の規模なのかは、まだ判明していないようだ」

「そうですか・・・」

「だが、いわきが、我国から独立して二ヶ月しか経っていない。いわ軍の兵力だって、そう大規模な部隊はいないだろう。我々だけの部隊でも国境線を余裕で突破できるだろう」

新妻は、この飯島一尉の楽観的な見通しに不安を感じた。

10分間の休憩の後、部隊はパーキングエリアを出発した。ジープや高機動車、73式大型トラック、81式短SAM、73式装甲車が再び、いわきへ向かって北上して行った。

空には、どんよりと分厚い雲が低く垂れ込めて、今にも雨が降りそうだ。

 * * * * *

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いわき独立戦争(2)11-14

2005-06-01 21:42:27 | いわき独立戦争 2章
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11.福島県 相馬市郊外
   6月12日  1430時

陸上自衛隊第6師団第6戦者大隊第4中隊第2小隊の74式戦車四両は国道6号線沿いの荒地で待機していた。車体には偽装網が掛けられ、木の枝などで覆われていた。

小隊の指揮を執っている黒川二等陸尉は、国道6号線の下り車線を双眼鏡で凝視していた。
300m先の国道の両側には、対戦車誘導弾やカール・グスタフを装備した第22普通科連隊の対戦車部隊が配置に就いていた。
仙台空港に向かって進撃して来る、いわき人民軍機械化部隊を迎え撃つべく待機している部隊だ。

「大槻、いつでも徹甲弾を装填出来る様、準備しておけ」
黒川二尉は、砲塔内にいる装填手の大槻一等陸士に言った。

「了解しました」
と、大槻一士からの返事が砲塔内から返ってきた。

黒川二尉は、再び国道へ眼を向けて、双眼鏡を覗き込んだ。
黒川二等陸尉は、防衛大出身で、幹部候補生時代は体力、射撃の両面で優秀な成績を修め、彼の迷彩服の左胸には体力徽章が着けてある。

『花川21(フタヒト)。花川21。こちら花川20(フタマル)送れっ』
ヘッドセットを通して、第4中隊長原田一等陸尉の声が聞こえた。
中隊本部の車輌は後方2キロの荒地に展開している。

「花川20(フタマル)。こちら花川21(フタヒト)送れっ」
黒川二尉が応答した。

花川20とは第4中隊本部の事で、花川21は第4中隊第2小隊の事である。

『外哨より連絡あり。敵の機械化部隊がこちらへ向かっているとの事。敵兵力はT-62戦車20両,BMP-1歩兵戦闘車40両、BRDM-2装甲車2両。直ちに戦闘準備にかかれッ!』

「花川21了解ッ。行くぞ、戦闘だ。全員配置に着けッ!」
黒川二尉が車内の隊員たちに怒鳴った。

操縦手の芳賀三曹がエンジンに火を入れた。耳元で轟々とエンジン音が高鳴る。

「T-62か・・」
黒川は、緊張した表情で呟いた。

T-62は旧ソ連製のT-55の武装強化発展型で、世界初の115ミリ滑腔砲を採用した戦車である。
乗員4名。戦闘重量40t。580馬力液冷ディーゼルエンジンを搭載し、路上最高速度時速50キロ。行動距離450km。武装は115ミリU5TS滑腔砲と主砲同軸7.62ミリ機関銃を装備。更に砲塔上に7.62ミリ機関銃または、12.7ミリ機関銃を装備している。

一方、第6戦車大隊の74式戦車は乗員4名。戦闘重量38t。空冷2サイクル10気筒ディーゼルエンジンを搭載し、路上最高速度時速50キロ。武装は105ミリ戦車砲と主砲同軸機銃に74式車載7.62ミリ機銃を装備。砲塔上に12.7ミリ機関銃を装備している。
レーザー測遠機、弾道計算機、砲安定装置等を持ち、正確、迅速な射撃が出来る。また、姿勢変換の可能な油圧懸架装置により傾斜地での射撃も自由度が高い。
路上及び路外走行性能に優れ、潜水渡渉も可能である。

機動力の面では74式戦車の方が優れているが、火力の面ではT-62に劣っている。
74式戦車の主砲が105ミリ砲なのに対し、T-62は115ミリ滑腔砲である。侮れない相手だ。

それだけに、黒川二等陸尉も緊張している。
何しろ自衛隊創設以来、初の実戦で、陸自戦車部隊初の戦闘が今、始まろうとしているのだから。

車内の隊員や他の車両の隊員達も不安と緊張に包まれているいる事だろう。演習や検閲と違って、運が悪ければ戦死だ。
隊員たちは、家族の事、恋人の事、楽しかった事等を思い浮かべている事だろう。
前方に展開し、遮蔽物の陰で敵を待っている普通科の対戦車部隊の隊員たちも同じ思いだった。

国道の下り車線から戦車のエンジンの轟音がキャタピラの音に混じって聞こえてきた。

黒川二尉は再び双眼鏡を覗いた。
BRDM-2を先頭に、BMP-1歩兵戦闘車、T-62戦車が縦列になって向かって来た。その姿が徐々に大きくなってくる。来たぞ。

「各車、各車、弾種、徹甲弾!」「各車、射撃用意!」
黒川が、矢継ぎ早に無線で命令する。

砲塔内では大槻一士が徹甲弾を装填した。砲手の菅原二曹はレーザー測遠器の動作をチェックする。

敵の機械化部隊の中間の車両が対戦車部隊の陣地に到達した時点で、カール・グスタフや対戦車誘導弾で攻撃を開始し、パニックになったところを我が戦車部隊が駆逐する作戦だ。

先頭のBRDM-2が対戦車部隊の陣地前を通過した。その後をBMP-1が通り過ぎて行く。

黒川二尉は緊張した表情で見守る。

中間のT-62が対戦車陣地に達した、その時。

道路左側の陣地から発射音が響き、カール・グスタフの弾頭が、長い白煙の尾を曳いて、敵戦車に吸いこまれて行った。
間髪を入れず、64式対戦車誘導弾もワイヤーを曳きながら、次々と敵戦車に飛翔して行く。

T-62やBMP-1が黒煙を上げ爆発した。
砲塔を吹き飛ばされた戦車もある。

12.
「全員下車!散開ッ!」
いわき人民軍北部電撃機械化部隊43機械化大隊の児玉誠少佐は、BRDM-2から飛び降りて叫んだ。

北部電撃部隊第43機械化部隊は、仙台空港占領を目的に編成された緊急展開部隊である。
大隊といっても、戦車23両、歩兵戦闘車46両、BRDM-2装甲車4両のみで装備されているに過ぎなかった。独立してから、わずか二ヶ月ほどで、旧ソ連の反ペレストロイカ派の軍部から無償で供与された戦車、装甲車は、T-72が20両、T-62が83両、BMP-1、2型が126両で各部隊に余分には回って来ないのだ。
今月になって、ようやく大剣の元日進自動車の国営工場でT-72、BMP-2のライセンス生産が開始された。
また、第43機械化部隊は自国の兵以外に、ロシア人、イラン人で編成された混成部隊である。

児玉少佐は後方で黒煙や炎を上げて燃え上がっている戦車や歩兵戦闘車に眼をやった。
車両の殆どが撃破されている。特に、ペラペラの装甲板のBMP-1は対戦車ミサイルの攻撃で瞬く間に炎上した。黒煙を上げているBMP-1の後部扉から火達磨になった兵士が飛び出て来た。

「全員下車ッ!擲弾兵だッ」
児玉少佐が再び叫んだ。
擲弾兵(てきだんへい)とは、対戦車戦闘を主任務とする歩兵の事で、主にドイツ軍やスウェーデン軍で使用されている用語だ。

「自進党の傀儡軍め、ここで待ち伏せていやがったのか」
同じBRDM-2から降りて来た参謀長の磯辺武彦大尉は悔しがった。

対戦車部隊の攻撃は止まない。次々と対戦車ミサイルや無反動砲の弾が戦車、歩兵戦闘車に命中していった。

「装甲車から急いで出ろ!中にいては全滅してしまうぞッ」
磯辺参謀長は後方にいる兵たちに向かって叫んだ。

歩兵戦闘車から飛び出してきた兵たちはパニックになっていた。

「パマギーチェ(助けて)!」
火達磨になっているロシア人兵が叫んでいる。

「アッラー、アクバル(神は偉大なり)」
神に祈り始めているイラン人兵もいる。

「戦車を展開できないのか?」
児玉少佐は磯辺参謀長に聞いた。

「駄目です。道路の両側が土手になっていて展開は不可能です」
磯辺参謀長が後方の道路に眼を向けて答えた。

「なんという事だ・・」
児玉は撃破を免れた歩兵戦闘車から下車した兵たちの顔を見た。
兵たちはAK-47自動小銃やRPG-7対戦車ロケットを構え、敵陣地へと突撃して行った。

 * * * * *

「見ろ、敵は混乱しているぞ」
カール・グスタフや対戦車誘導弾の攻撃で擱座(かくざ)している戦車や歩兵戦闘車に眼をやりながら黒川二尉は砲手の菅原二曹に言った。

「いよいよ、自分たちの出番ですね」
菅原は胸がどきどきしていた。

「全員、気合を入れて行け」
黒川二尉は車内の隊員たちに声をかけた。

対戦車部隊の隊員たちは、小銃や機関銃を手にして普通科戦闘に切り換え、突撃して来る敵兵に銃弾を浴びせかけている。
敵の機械化部隊は、隊列の中央の戦車、歩兵戦闘車が撃破された為、後続の車両が前進出来ないでいる。

「ようし、行くぞッ!」
黒川二尉は、操縦手の芳賀三曹に出撃の合図を出した。

芳賀はアクセルを強く踏んだ。
四両の第2小隊の74式戦車は轟音を轟かせ、荒地から国道へと躍り出た。

敵兵たちが擱座した歩兵戦闘車の陰から応戦しているのが見える。

「ようし、残敵を掃討する!」
黒川は叫んだ。
他の戦車は、道路脇のパーキングや草叢に展開した。

「装填よしッ!」
装填手の大槻一士が叫んだ。

「各個に、徹甲弾、発射!」
黒川二尉は、マイクを通して各車両に命じた。

菅原二曹が105ミリ砲の引き金を引いた。耳をつんざく砲声が車体を揺すった。
他の車両からも砲声が聞こえて来る。

撃破を逃れた歩兵戦闘車に砲弾が命中し、黒煙を噴いて爆発した。敵兵の身体が四散する。

「お前らの目を覚まさせてやる」
黒川二尉は、車内から敵兵を睨んだ。

突然、爆発音が響き、車体を揺るがした。

「何だ、今のは!」
黒川が叫んだ。

「恐らく、RPG-7、旧ソ連製の対戦車ロケットでしょう」
菅原二曹が答えた。

「どこから撃って来た!」
黒川二尉はペリスコープを覗きながら、敵の対戦車兵の姿を捜した。

いきなり潅木の陰からスルスルと白煙の尾を曳いて黒い影が翔んで来た。
再び、爆発音が左後部に響き、車体が揺れた。

増着装甲を張り付けているので、一発や二発の対戦車ロケット弾に撃破される筈は無いと黒川は自信を持っていた。

「10時の方向に敵兵!弾種、榴弾!」
黒川二尉は叫んだ。

砲塔がぎりぎりと音を立て、敵兵のいる茂みに向かって回った。

「大槻、何やってんだ。榴弾だ、早く装填しろッ!」
焦る菅原二曹が大槻を怒鳴った。

「はいッ」
大槻一士が弾種交換を急ぐ。

「装填、よしッ!」

「撃てッ!」
黒川が命じる。砲弾は、轟音と共に敵兵の潜む茂みに命中した。白煙が上がる。

黒川は、キューポラのハッチを開けると、砲塔上の12.7ミリ重機関銃に飛び付いた。
その時、背後の上空からヘリのローター音が近づいてきた。
聞き覚えのある音だ。

東北方面航空隊のUH-1Hヘリであった。頭上をかすめるように通過して行く。
胴体の両側にロケット弾ポッドを装備している。

UH1-Hは、残った敵戦車や歩兵戦闘車、敵兵にロケット弾を浴びせた。
爆発音が轟き、白煙が上がる。

勇気付けられた黒川も、12.7ミリ機銃の槓桿(こうかん)を強く引いた。

「我々も、負けずに行くぞ!」
勝ち誇ったように黒川が隊員たちに叫んだ。

 * * * * *

13.東京 赤坂 某ビル レストラン
   6月 14日 1900時

雨が窓ガラスを濡らしていた。都内一円は低く垂れ込めた雨雲に覆われている。そんな中、新宿副都心の高層ビル群の夜景が煌々と輝いていた。

佐久間裕子は、内田拓巳をこのビルの展望レストランに誘ってワインを飲んでいた。
二人は窓際のテーブルに座り、時々外の夜景に目を遣っていた。
店内はカップルや若い男女のグループたちで賑っている。
内戦が始まっているのが嘘のようである。

「内戦中だというのに、現在(いま)の若者は何の不安も感じないのかね」
内田は、周りの客たちを見渡して言った。

「そうね。遠い国の出来事の様に思っているのね」
裕子は、そう言ってワインを口に運んだ。
「でもね、そんな事を気にしていては、現在の若者に何の楽しみもなくなってしまうじゃない。それに、こういう時に限って若者たちは自分の欲求や不満を爆発させるものよ。第二次大戦の時、ナチス・ドイツ占領下のパリでは夜になるとカフェやバーは大勢の若者たちで賑っていたそうよ」

「そんなもんかね。若い人達は、いわきの独立をどう思っているんだろう?」

「いまどきの人たちは、共産主義を嫌っている人が多いけど、不況で就職の決まらない大学生や高校生の中には、逆にいわきの独立を歓迎してるのもいるみたいね」

「みんな不況のせいだよ」
内田は、溜息まじりに言った。

「ねえ、内戦の方はどうなったの?」
裕子は、内田に訊いた。

「いわ軍の機械化部隊が仙台空港占領の為北上したが、途中、相馬で自衛隊に阻止されたそうだ。それと、福島空港占領に向かったいわきの部隊も陸自の空挺部隊と対戦車ヘリの攻撃を受けて退却したようだ」

「じゃ、いわき軍に死傷者が、かなり出たんじゃない?」

「いわ軍兵のほとんどがロシア人とイラン人だったそうだが、中にはいわきの人間も含まれていたそうだ」

「そう、惨いわね」
裕子は、顔をこわばらせた。

「何とか、内戦を終わらせる方法はないの?」
裕子は、内田の顔を見て訊いた。

「そうだなぁ、内戦を終結させる方法ねぇ」
内田は、裕子に言われ、腕を組んで考え込んでしまった。
「俺も内戦を早く終結させて、いわきを日本に復帰させて貰いたいと考えているんだ」

「でも無理なんでしょうね。だって、ロシアの反乱軍がいわきへ亡命する為、向かっているんでしょう?内戦を終結させるどころか逆に長引くようね」

「亡命軍は、自衛隊が阻止するんだが、肝心の在日米軍の主力が、朝鮮半島に展開しているからね。自衛隊だけで、いわ軍と亡命軍の両方を阻止するとなると、かなり長引きそうだよ・・」
内田は考え込んだ。これから起こる亡命軍との戦闘は、より惨く、より凄まじくなるだろうと、彼の脳裏に浮かんできた。

在日米軍は、4月4日に北朝鮮が、核査察完全実施を促す国連安保理議長声明を拒否した為、経済制裁と半島周辺の海上封鎖を実施すべく朝鮮半島周辺と韓国へ展開していた。
第7艦隊の空母インディペンデンスは、東朝鮮湾に展開中で、三沢基地の第432戦闘航空団のF-16戦闘機、嘉手納基地の第18航空団のF-15戦闘機が韓国の群山、光州、烏山の各基地に展開している。
現在、日本に残っている部隊は、岩国の第1海兵航空団、第12海兵航空団と座間の第9軍団、沖縄に駐留している海兵部隊、各基地の補給部隊に過ぎなかった。
これらの部隊も朝鮮半島情勢が緊迫して来ると韓国へ展開する事になるだろう。

「ねえ、いわきの人たちは独立に満足しているの?」
裕子は、訊いた。

「ほとんどの人が満足している様だよ」
内田は、そう答えて、ワインを飲み干した。

「だって、社会主義国でしょう?個人の財産は没収され、土地も国有化されてるんでしょう。経済活動だって計画経済で生産され、流通も計画に沿って行われるているんでしょう。工場、機械などの生産手段も国や協同組合なんかの所有でしょう。それに、計画経済の下では、国民の要求にきめ細かく応じた財やサービスの生産、提供だって行われにくいでしょう。そんなので、いわきの人たちが満足している訳?」
裕子は、いきなり強い口調で言った。酔いが回った様だった。

そんな裕子を見て、内田は慌てて手を横に振った。
「確かに、土地も国有化されて、経済も計画生産だよ。だからと言って、個人の財産までは没収していないよ。そんな事したら、いわきの人たち、誰も近野直人について来ないよ」

「そんな社会主義国なんてあるの?」

「いわきの場合は一種の修正社会主義国だよ。財産が没収されているのは資本家と大地主だけだよ。いわきでは社会保障や教育に力を入れているよ」

「そうなんだ」

「教育の面では学校でのいじめや学級崩壊が問題となっているだろう。それをなくす為に、いわきでは保安部直轄の教育警察を全学校に配置しているんだ。いじめや校内暴力を振るった生徒は、即、収容所行きになるんだ」

「子供までが収容所に送られる訳?」
裕子は驚いて、声を大きくした。

近くで食事をしていたカップルがこちらを見た。

「イジメや少年の非行をなくす為の最善の策だそうだ」
内田は答えた。
「近々、内戦を取材にいわきに行く事になった」

「本当なの?」
裕子は、再び驚いた表情で内田を見た。

「自衛隊の同行取材が許可されてね。いわきで新妻に会ったら、君の事を伝えておくよ」

「そうね。新妻さんに会ったら、よろしく伝えてね」
と、裕子は言ってから、

「内田さん、ご無事でね」
裕子は、急に悲しげな表情になった。

「無事に帰って来るよ」
内田は、自信を持って言った。

 * * * * *

14.日本海 秋田沖上空
   6月15日 0400時

『アン・ノウン(識別不明機)接近。AEW機からの報告により、機種は亡命軍のスホイ27と判明。マクロス1、マクロス2、速やかに排除行動に移れ』
北部航空方面隊司令部のオペレーターから国籍不明機が領空を侵犯して来たと言う報告が、ジェットヘルメット内のレシーバーを通して聞こえた。

「マクロス1、了解!」
関根三等空佐は答えた。

第2航空団第201飛行隊のF-15J要撃戦闘機二機は、ロシアの亡命軍の戦闘機が領空侵犯をしたとの報告を受け、千歳基地を緊急発進した。
関根三佐は、僚機の降矢二等空尉と亡命軍機を排除せよとの命令を受けた。
但し、命令があるまで攻撃はするなとの事だった。

F-15Jは、現存する制空戦闘機の中では、能力的に最も均衡の取れた最強の戦闘機で、航空自衛隊では1980年より取得を開始している。
現在入手可能な最強エンジンを搭載し、優れた運動性能を誇る。また、ヒューズ社製APG-63FCSの装備により、長距離索敵、下方監視、目標選択、空対空射撃管制を乗員1名で行う事が出来る。
武装は、M-16A1 20ミリ機関砲1、空対空ミサイル、スパロー、サイドワインダーをそれぞれ4発搭載出来る。

「AEW機からの報告だとアン・ノウンはスホイ27だ。多分、亡命軍の空母から発進した艦載機だな。降矢、緊張していないか?」
関根は、僚機の降矢に訊いた。

『大丈夫、緊張してませんよ』
余裕のある声が返って来た。

AEW機とは、早期警戒機の事だ。
スホイ27は、旧ソ連製の制空戦闘機で、全長21.9m、全幅14.7m、最大速度マッハ2.35、F-15と同じ二枚の垂直尾翼を持ち、空母艦載型もある。通称ブガチョフコブラと呼ばれている。

『ワン、10時の方向、敵機!』
レシーバーに降矢の声が聞こえた。

関根は、キャノピー越しに前方の上空を見た。
10時の方向に二枚の垂直尾翼を持つ一機の戦闘機が目に飛び込んできた。

敵機はたった一機か。どういう事なんだ?
関根は、無線機の周波数を国際共通波に合わせ、マイクのスイッチを入れた。

「貴殿は、我が国の領空を侵犯している。速やかに領空外へ退去されたし・・・ 繰り返す、貴殿は、我国の・・・・ 」
関根は、ロシア語で国外退去を求めた。

だが、スホイ27は、応じる様子がなく、関根たちの頭上を通過して行った。

「ふざけやがって!」
関根は、いきなり機を反転させた。続いて降矢も機を反転させる。下方には、どんよりとした雲海が広がっている。

「繰り返す。貴殿は我が国の領空を侵犯してる。速やかに領空外へ退去せよ」
関根は再度、勧告した。

それでも、スホイ27は本土に向かうのを止めなかった。

『関根三佐、このままだと、あと2,3分で本土上空に達します』
降矢が言って来た。

「わかってる」
と、関根は答えた。

「コマンドリーダー、こちらマクロスワン。敵機は、我が方の警告を無視。本土上空へ向かっている」
関根は、北部航空方面隊司令部へ無線を入れた。

『マクロスワン、マクロスツー。威嚇射撃を許可する』
オペレーターからの指令が聞こえた。

関根は操縦桿のトリガーにかけた指を軽く引いた。

一連射の20ミリ機関砲弾が機体から吐き出された。

スホイは、射撃に反応してか、目の前でアフターバーナーを焚いて、いきなり急上昇を開始した。そして、宙返りしたかと思うと、関根の背後に付いた。
同時に警報音が響く。
(しまった!)

『関根三佐、ロックオンされます。急いでブレイク(退避)してください!』
降矢が叫んでいるのが聞こえる。

関根は、急いで機体を反転させて、急旋回に入った。

「コマンドリーダー。敵は射撃に反応。我々に攻撃をかけて来ます」

『ミサイル使用を許可する』
オペレーターから交戦の許可が出た。

ようし。待ってました。
関根は、ロールして、機体を立て直した。

その間、降矢は敵機をロックオンしていた。
『関根三佐、ロックオンしました』

「降矢、頼んだぞ」

降矢の機の左翼から90式空対空誘導弾1発が噴射音をたて、白煙を噴きながら敵機に飛翔して行った。

だが、スホイは、フレア弾とチャフをばらまくと、機体をロールさせた後、急上昇した。
降矢の放った誘導弾は、フレアに吸い込まれる様に爆発した。

敵機は、急上昇した後、宙返りして背面飛行しながら、こちらへ向かってきた。

(いい腕をしているな)
関根は、敵のパイロットを褒めた。

スホイは、背面飛行のまま関根の機へ向かってくる。

(遊びはこれで終わりだ!)
関根は再び、操縦桿のトリガーを引いた。

スホイは、機関砲弾を避けようと、機体をロールさせ、急加速して、関根の頭上を過ぎて行った。

(なんて奴だ!)
関根と降矢は、急いで機を反転させた。

スホイは、領空外へ退去して行く。

(逃すか!)
関根は、操縦桿を引き、バーナーを焚いて急上昇を開始した。

『マクロス1、マクロス2、あまり深追いはするな』
北部航空方面司令部のオペレーターの指示が、レシーバーを通して聞こえてきたので、関根はやむなく追跡を諦めた。

(今度、奴と会ったら、もう一度勝負してやる)
関根は、自分に、そう言い聞かせた。

彼は、毎年行われる戦技競技会で優秀な成績を修めている。
露助さんのパイロットには自分の前に出る者はいないだろうと、自信を持っていた。だが、今日接敵したスホイ27のパイロットは相当な技量で腕もかなり熟達していた。
多分、実戦の経験者だろう。

 * * * * *

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いわき独立戦争(2)15-17

2005-06-01 20:39:58 | いわき独立戦争 2章
15.茨城県・日滝市郊外
   6月15日 1520時

雨が家の屋根を叩いていた。日滝市市内は低く垂れ込めた雨雲に覆われている。

安藤光二は、自宅の茶の間のテーブルの前に座り、タバコを喫っていた。

彼は、数ヶ月前に地元の大企業である日滝製作所をリストラされ、それ以降職に就いていなかった。
職安にも行ってみたが、この不況ではどの企業も雇ってくれそうな所はなかった。それに38歳という年齢もあり、待遇のいい企業は年齢制限で、入れそうにも無い。

ビルの警備などを行う警備会社の募集もあったが、賃金が安く、これでは妻と中学三年の娘と中学一年の息子を食わしていく事が出来ない。

来年は娘が高校受験で、またお金がかかる。
雇用保険だけが頼みの綱では、不安すぎる。
妻の節子が、近くのスーパーでパートで働いて何とか家計を補っているが、子供の教育までは、手が回らない状態だった。その上、住宅ローンだって、まだ残っているのだ。

(畜生、会社の上の連中、俺たち社員の事なんか全然考えていないじゃないか!)
安藤は、社長を始めとした重役に激しい怒りをぶつけた。

「ねえ。舞と達也の塾の月謝、今月どうするの?」
茶の間の引き戸が開いて、節子がそう言ってきた。

「俺に、泥棒でもしろって言うのか?」
安藤は、ムッとした顔で言い返した。

「そんな事、言ってないじゃない・・」
節子は、何と言っていいか分からないまま台所に引き返して行った。

そういえば、会社をリストラされて以来、子供の教育費も払っていなかった。

(職も無いのに何で金ばかりかかるんだ!)
安藤は、本気で泥棒でもやろうかと考えてしまう事が何度かある。だが、妻や子供の事を考えると、そんな事は出来ない。安藤は、そういう気持ちを何度も抑えようとしていた。

雨音に混じって、玄関からチャイムの音が聞こえた。

節子が玄関へ歩いて行く。
しばらくして、
「あなた、我孫子さんがお見えになっているんだけど」と言ってきた。

安藤は、玄関へ向かった。
我孫子は、同じ日滝製作所で働いていた同僚で、安藤と同様、会社をリストラされていた。

「よう、久しぶりだな」
安藤は、数ヶ月ぶりに見る我孫子の顔を見て、そう言った。

「実は、いいニュースを持ってきた。安藤さんにも聞いて貰いたくてね」
我孫子は、そう言った。

「そうか。上がれよ」
安藤は、我孫子を促し、茶の間に招いた。

節子は、残り少ないビールを一本冷蔵庫から取り出し、我孫子に勧めた。残りは、あと一本である。ビールを買う金もないのだ。

「二年前にバブルが崩壊して以来、失業者や倒産する企業が増えてきましたね」
我孫子は、そう言ってビールを口に運んだ。

「全くだ。それなのに、現在の政府は何の対策も立てようとしない。庶民の事など全然考えていないんだ」

「安藤さん。今の政治は自進党には任せられませんよ。現内閣だって連立政権だけど、大半が自進党出身者です。自進党は雇用と働く者の権利を守ろうとはしません。残業野放し、リストラ奨励ですからね。欧米では解雇規制法、サービス残業禁止令、労働時間短縮など、必要なルールをしっかりと作ります。我が国では、働く者の暮らしと権利を保障するルールが作られていないし、労基法ですら守られていない。これでは、雇用も拡大しないし、経済全体だって立ち直れませんよ」

「その上、金ばかり掛かるときてる」

「安藤さん。消費税も増税されるって言う噂ですよ。後、二、三年後に」

「なんだって!」
安藤は声を大きくした。

「何でも消費税を3%から5%に引き上げるらしいですよ」

「職も無いのに消費税まで引き上げようと言うのか!」
安藤は、そう叫んでビールを一気に飲んだ。

「でも、安心してください。いいニュースがあるから、こうして安藤さんを訪ねて来たんですよ」
我孫子が励ますように言った。

安藤は、すぐに気を取り直した。
「そうだったな。ところで、そのいいニュースって言うのは一体何なんだい?」
安藤は、我孫子に訊いた。

「我々は日滝製作所に戻れるんですよ」
我孫子が、そう答えると、安藤はキョトンとしてしまった。

「えっ、何だって・・・ もう一度・・・」

「だから、日製に帰れるんですよ。我々は」

「う、嘘だろう。俺たちはリストラされたんだぞ」

「福島の労組関係からの情報によると、いわき人民軍が日滝を日本の悪政から解放する為、近々進撃して来るらしいんですよ。いわき政府は日滝製作所を国有化し、軍需部門も新設するらしい。人手が足りない分、解雇された元社員も復職させるそうです」

「本当か、それは!」
安藤は眼を大きくして、笑顔になった。

「ええ。今の社長や重役は、全員更迭の上、収容所行きらしい」

「それが本当なら、我々もいわき人民軍の進撃に賛成しなきゃならんな・・」
安藤は、そう言って、我孫子の肩を叩いた。

「これからは、やっと我々の時代が来るんです」
我孫子は、にこやかな表情で続けた
「いわき軍の進撃の際には、組織的な宣伝活動も行われるらしい。これからは、働く者の為の会社が実現するんです。上の連中も思い知らされるでしょう」

安藤は、今まで耐えに耐えてきた不満が一挙に噴き出てくるのを感じた。

 * * * * *

16.いわき人民共和国 首都 平
   6月15日 1800時

議事堂内の大会議室で、近野直人国家主席は、ドンと机を叩いた。

「一体、我が人民軍機械化部隊はどうしたというのだ?仙台空港と福島空港に向かっていた機械化部隊が傀儡軍に敗退するとは何事かッ!」

「申し訳ありません。児玉少将の第43機械化部隊は、相馬に入ったところで、傀儡軍の擲弾兵に挟撃され、反撃する間も無く全滅に近い損害を受けました。また、福島空港に向かった第64機械化大隊も御斉所街道で敵空挺部隊と対戦車ヘリ部隊の攻撃を受けて後退しました」
坪井統合参謀総長は、頭を下げて報告した。

「なんだと!」
近野は坪井を睨んだ。

「遠藤機甲総監の電撃作戦には無理があったと思います。確かに、彼の理想としている電撃作戦は第二次大戦初期に、ナチス・ドイツのポーランド侵攻の際に威力を発揮しておりますが、対戦車兵器の発達した現代戦では既に時代遅れとなっています。その事は、第4次中東戦争でイスラエルの機械化部隊が、対戦車ロケットを装備したエジプト軍の歩兵部隊に惨敗した事によって証明されています。尚、今回の敗北のもう一つの要因は航空支援が無かった事にあります。航空支援があれば、少しは戦況も違っていたと思います」

近野は腕を組んだ。
「今回の作戦を実行するにあたり、航空支援が無かった事は残念だ。だが、空港は福島、仙台ばかりではない。百里基地があるではないか。坪井統合参謀総長、百里基地の占領作戦は、どうなっている?」

「亡命軍の空挺部隊と我が人民軍のヘリボーン部隊の共同作戦で占領を実行します」
坪井は答えた。

近野が肯いた。

「亡命軍も我が国を支援する為、参戦すると連絡が入って来た。彼らは圧倒的な航空兵力で我が軍を支援してくれるだろう。ところで、空軍大元帥、ヘリボーン作戦用の部隊の状況はどうなっている?」
近野は、木村秀巳空軍大元帥に眼を向けた。

「はい。我が空軍ヘリ部隊は既に練成訓練を終了し、実戦配備に就いています。我が空軍のヘリ部隊はMi-24ハインドD 46機、Mi-28ヘボック 26機を保有しています。ヘリボーン以外にも、陸軍部隊の航空支援にも一部を回す事が可能です」
木村は答えると、椅子に腰掛けた。

Mi-24は、アフガン戦争で有名になった旧ソ連の攻撃ヘリだ。乗員2名。タンデム式座席で、前席に射撃手、後席に操縦手が座る。
Mi-28は、旧ソ連の本格的な最新鋭の対戦車ヘリである。

「なるほどな。自進党の傀儡軍め、目にものを見せてやる」
近野は、軽い微笑を浮かべた。

「ところで諸君、赤のA作戦をいよいよ本格的に発動する。我々の目的は日滝市の占領と傀儡軍の撃退である。自進党の傀儡国家が我が国の独立を認めないばかりか、軍事挑発をしてくるなら、容赦なく叩くだけだ。坪井統合参謀総長、日滝占領の準備は整っているか?」
近野は、再び坪井統合参謀総長に眼を向けた。

「はい。既に滝沢中将の南部電撃軍を田人地区の山間部に隠蔽の上、待機させてます」

「そうか」

「だが、傀儡軍の偵察機が我が国の領土を偵察しているだろう。我々の動きが傀儡軍に丸見えではないか?」
大老の渡辺忠兵衛が口を開いた。

「我が国の領土に侵入して来る、傀儡軍の航空機は容赦なく撃墜します。防空大隊の地対空誘導弾SA9ガスキン,SA6ゲインフルを実戦配備しました。いつでも迎撃出来るよう態勢を整えました」

「段取りがいいな」
近野は、坪井を褒めた。

SA9ガスキンは、旧ソ連製の地対空ミサイルで、射程8キロ、BRDM2装甲車の車体に4連装の発射機を搭載している。
SA6ゲイフルも旧ソ連製の地対空誘導弾で、装軌式自走発射機に搭載されている。低空迎撃用のSAMで、低空で4~30キロメートルの射程を持つ。

「それに、傀儡軍の航空機も我が国の領空内では活動出来なくなります」

「それは、どういう事かね?」
佐藤邦雄労働運営委員長が訊いた。

「はい。三和地区の山中に、移動警戒隊のECM部隊を布陣しました。現在は機器の調整中ですが、活動を開始すれば傀儡空軍は我が国領空で行動出来なくなります」
坪井は答えた。

近野は、全員の顔に眼を向けた。

「諸君、聞いての通りだ。これより我が軍は日滝市への進撃を開始する。我々の進撃は、侵略ではない。あくまで”希望への進撃”なのだ。日滝市の人民たちは、我々を歓迎してくれる事だろう。軍、人民一体となって自進党の傀儡政権と闘って行こう」
近野は、全員に言い聞かせた。

その時、ドアが開き、伝令将校が慌しく入って来た。
彼は、会議室にいる全員に敬礼すると、一枚の報告書をポケットから取り出した。

「報告します。傀儡軍の地上部隊が我が国へ北上して来ます」
伝令将校は報告した。

「何だって!敵の規模は?」
大老の渡辺が訊いた。

「はッ、二個歩兵連隊程度で、現在茨城県の関本付近に集結中との事です」

「では、日滝への進撃はどうなるんだ?」
佐藤労働運営委員長が、坪井統合参謀総長に眼を向けた。

「ご心配なく。我が南部電撃軍は、山間部の田人地区に隠蔽の上、そのまま待機させ、敵をやり過ごします。北上する傀儡軍には、後藤少将の第26旅団を差し向け、これを引きつけます。そして、交戦中の隙に乗じて南部電撃軍を日滝に向かわせます」
坪井は胸を張って答えた。

「空軍のヘリ部隊も支援に向かわせます」
木村空軍大元帥も、続いて言った。

「傀儡軍の撃退は、君たちに任せる」
近野は、坪井と木村に眼を向けた。

「国家安全保衛部は、警察と協力して、南部地区の住民を大至急、避難させるんだ!それと、鮫川に架かる鉄道以外の橋梁を全て破壊するんだ。傀儡軍がそこまでやるなら、我々もやってやろうじゃないか」

近野国家主席は顔を紅潮させて、テーブルを叩いた。

 * * * * *

17.いわき 小名浜区・玉川
   6月15日 2216時

青田恵美は、自宅のベッドで夫の和雄の胸に抱かれていた。だが、気持ちは逸れていた。和雄の方からいきなり、恵美に抱きついて来たので已む無く身を任せたに過ぎない。
恵美は、新妻の事が気になっていた。先日、東京へ行ったが、新妻に会う事が出来なかった。上野から北茨城の大津港駅まで、日本のJRに乗り、大津港駅から湯本駅まで、いわき人民鉄道の列車に乗って帰って来たのだ。

キスを続けていた和雄の唇が離れた。

「どうした?今日はダメなのか?」

「ううん。いいけど・・」
恵美は答えた。

「それならいいんだが、ひょっとして、新妻の事、気になってるんじゃないかと思ってね」

「そんなこと、ないよ」
恵美は、はっきり答えた。

「そうか。あいつの事は忘れろ。もう敵国の軍人なんだ。それに、俺たちの関係を壊そうとした泥棒猫だ。あいつなんかにお前を渡したくない」
和雄は、恵美に眼を向けて言った。

「恵美、俺が付いてるから。俺について来てくれ。俺といれば、不幸にはしない」

恵美は心の中で、和雄は本当にそう思っているのだろうかと疑った。別に夫を信じていない訳ではなかったが。

「うちの会社が、軍の協力工場になった。その代わり財産の没収はなんとか免れたよ。今日、労働運営委員会から通達があったんだ」

和雄が、そう言った時、ヘリの爆音が自宅の上を駆け抜けた。

「ここも、いづれ戦火に巻き込まれるだろう。大熊の実家にでも疎開しようか・・」
和雄は、落ち着いた表情で言った。

窓の外からサイレンが聞こえた。

<こちらは、小名浜区役所の広報車です。本日、午後8時20分、日本軍が我が国に侵入してまいりました。住民の皆様は、落ち着いて、安全保衛部、安全員、警察、消防の指示に従って下さい>

区の広報車から、日本軍が侵入して来たと言うアナウンスが流れた。

益男さんも、来てるのかな?
恵美の脳裏に、再び新妻のことが浮かんだ。

 * * * * *

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いわき独立戦争(2)18-19

2005-06-01 19:12:47 | いわき独立戦争 2章
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18.いわき 勿来区・鮫川
   6月16日 0310時

上空に照明弾が上がり、鮫川の川面を煌々と照らし出した。
対岸から自動小銃の連射音が響いた。
渡河航行をしている73式装甲車の群れが、白日の下に晒された。

「撃てッ!渡河部隊を援護するんだ」
小隊長の新妻二等陸尉は、部下たちに怒鳴った。

隊員たちは、対岸の敵に向かって、小銃、機関銃を撃ちまくった。
同時に対戦車小隊のジープ搭載60式106ミリ無反動砲が火を噴く。対岸の敵の掩体壕に68式106ミリ粘着榴弾が命中し、吹き飛ぶ。

第32普通科連隊は、第32連隊戦闘団を編成。いわき人民共和国国境を突破して、鮫川の右岸に到達していた。だが、事前にそれを察知したいわき軍は、鮫川に架かる全ての橋梁を破壊してしまった。この為、強行渡河作戦を敢行するに至ったのだ。

対岸の植田地区への橋頭堡を確保すべく、その先遣隊として第2中隊が装甲兵員輸送車による敵前強行渡河を行った。第1、第4各小隊の隊員が分乗して、対岸の敵陣地に向かって進んで行った。

新妻の率いる第2小隊は、渡河中の各小隊を支援すべく援護射撃を行っている。第3小隊は、渡河ボートでの対岸への渡河を実行すべく待機している。
対岸の敵部隊を撃滅させ、橋頭堡を確保の後は、施設科部隊が軽門橋、重門橋を展開し、本隊を渡河させる事になっている。

敵陣地からは、小銃、機関銃の他、対戦車ロケット弾や、装甲車から機関砲を撃ちまくって来る。敵の反撃も相当のものだ。

浮航中の装甲兵員輸送車の脇に水柱が上がった。

「二階堂二曹、パンツァーファウスト用意!」
新妻は、分隊長の二階堂二曹に指示した。

「パンツァーファウスト、前へ!」
二階堂が対戦車要員に怒鳴る。

直ぐに、沢木陸士長がパンツァーファウスト3を構えて立ち上がった。

パンツァーファウスト3は、ドイツから導入した110ミリロケット対戦車榴弾である。全長1200ミリ、重量13キログラム、口径60ミリの使い捨て対戦車兵器である。

「目標ッ、正面の装甲車。距離200、パンツァーファウスト、撃てッ!」
二階堂が怒鳴った。

沢木がパンツァーファウスト3の引き金を引いた。轟音を立てて榴弾は飛び出した。弾頭は装甲車に吸い込まれるように命中した。
敵の攻撃も激しさを増す、対戦車誘導弾、対戦車ロケット弾を撃ち込んでくる。

浮航中の装甲兵員輸送車に誘導弾が命中し、粉砕された。それでも、第1、第4小隊を乗せた輸送車はひるむ事無く、対岸の敵陣地を目指し進んで行った。

「撃てーっ!敵を倒すんだ」
新妻は隊員たちに怒鳴る。

隊員たちは、対岸に向かって連射を繰り返している。

堤防から顔を出し、対岸を覗き込んでいた新妻の脳裏に、ふと恵美の顔が浮かんだ。

「うぉ!」
それを追い払うかのように、新妻は64式小銃を構え、引き金を引いた。

「くそぉーっ!」
新妻は、敵陣めがけ撃ちまくった。

対戦車小隊の60式無反動砲、60式106ミリ自走無反動砲も敵陣地に対して射撃を続けている。敵の掩体や塹壕に無反動砲の砲弾が容赦なく炸裂する。

「行けるぞッ。乗車用意!」
新妻は、部下たちに叫んだ。

隊員たちは、近くで待機していた73式装甲車に向かって走り出た。

73式装甲車は、戦後第2世代の装甲兵員輸送車で、車内から個人携行火器を射撃出来る。乗員12名。全備重量約13.3トン。全長5.80メートル。全幅2.90メートル。
最高速度約時速60キロ。浮航速度約時速6キロ。空冷2サイクル4気筒ディーゼルエンジン搭載の水陸両用の装甲兵員輸送車だ。武装は、74式車載7.62ミリ機関銃と12.7ミリ機関銃M2を装備している。

いきなり、前方の上空からヘリの爆音が聞こえた。聞き覚えのないローター音だ。航空隊のUH-1でもコブラでもない。

新妻は、空を見上げた。

超低空で2機のMi-24ハインド攻撃ヘリが飛び出してきた。

「ハ、ハインドだっ!」 「ハインドだ。逃げろッ!」

ハインドは旧ソ連製の世界で最も恐るべき武装ヘリである。隊員たちは、突然のハインドの出現に逃げ惑っていた。

「こらッ、逃げるな!」
二階堂が、隊員たちに怒鳴った。

ハインドは、対戦車誘導弾を浮航中の装甲兵員輸送車に向かって発射した。たちまち2両の兵員輸送車が吹き飛んだ。

「対空戦闘用意!」
新妻は叫んだ。

直ぐに、正木三等陸曹が兵員輸送車のM2重機関銃に飛びついた。
草野士長は携帯地対空誘導弾スティンガーを構える。

M2重機が咆えた。銃弾はハインドの機体に命中したが、なかなか落ちる気配が無かった。

「スティンガー、発射!」
新妻は、草野に怒鳴った。

スティンガーは、全長1.52メートル、重量10.1キログラムの肩掛け撃ちの対空誘導弾で、赤外線追尾方式の対空誘導弾だ。

スティンガーが噴煙をあげ、暗い虚空に飛び去った。誘導弾が、ハインドの胴体に命中した。

「やったー!」 「命中!」
隊員たちは、はしゃいだ。

だが、それも束の間。ハインドは何事もなかったかのように、機首をこちらに向けて来た。

「こっ、今度はこっちへ向かって来るぞ!」
正木が叫んだ。

新妻は、額に汗が湧き出すのを覚えた。
(そんな馬鹿なッ、地対空誘導弾(SAM)が命中しても、無傷で飛び続けられるヘリなんてあるのだろうか?)

「退避ーッ!!」
新妻は、声の限りに叫んだ。

隊員たちは、無我夢中で装甲車や自走無反動砲の陰に身を伏せた。

ハインドからロケット弾が発射された。
周囲の装甲兵員輸送車や装輪のトラックが吹き飛んだ。
鋼鉄板の破片がヘルメットに当たる。周囲の車両が燃え上がっている。

「助けてくれぇ!」 「怖いよぅ」 「ちくしょー」 「痛ッ、痛いよぅ」

あちらこちらから悲痛な叫びや呻き声があがる。泣いている隊員もいる。

「衛生隊員ッ!衛生隊は、前へ!」

後方で、中隊長の飯島一尉が叫んだ。
「対空戦闘!対空戦闘、続行!」

飯島一尉の声で我に返った隊員たちは、小銃やスティンガーをハインドに向け直した。新妻も64式小銃を構え、銃口をハインドに向けた。
だが、連射で撃つわけには行かない。今回の出動で、隊員に配られた実弾は、一人あて40発だった。携帯対空誘導弾は小隊あて4発しか配られていない。

隊員たちは、小銃をヘリのコックピットに向けて単発で射撃した。だが、コックピットを狙っても効果はなかった。強力な防弾ガラスで防御されているのだろう。

ハインドは、機首にある機銃を掃射して来る。隊員たちが薙ぎ倒される。

(どうしたら、ヘリを撃破出来るんだ)
新妻は激しい苛立ちを覚えた。

「こ、の、や、ろぉーっ!」
正木三曹が真っ赤な顔をして、装甲兵員輸送車の重機関銃M2を撃ち続けている。銃弾が、機首の機銃に吸い込まれて行った。
ハインドの機銃の銃身が粉砕され、水面に落下した。

新妻二尉が、すかさず叫んだ。
「全員、ヘリの機銃を狙え!」

隊員たちは、残る一機のハインドの機銃に向けて、小銃や機関銃を撃ち続けた。再びスティンガーが発射された。今度は、弾頭が機銃に命中した。

ロケット弾、誘導弾も撃ちつくしたと見え、ヘリの反撃は止んだ。
攻撃力を失ったヘリは、爪を削がれた鷲同然である。

二機は、機首を立て直し、ローター音を残し反転して飛び去って行った。

「よし!ヘリは撃退した。これより中隊は対岸の敵を攻撃の上、橋頭堡を確保するッ!乗車ーッ!」
飯島一尉が怒鳴ると、隊員たちは急いで装甲兵員輸送車に駆け寄った。

新妻も小隊員が車内に乗り込むのを確認すると、自分も車内に飛び込んだ。
お手柄の正木三曹が親指を上に突き出した。新妻も応える。

第3小隊の隊員たちも渡河ボートで対岸の敵陣地を目指していた。

 * * * * *

19.いわき 三和区・某山中
   6月16日 0416時

トレーラーに搭載された大小様々のアンテナ群。電源車、制御車、指揮車、燃料車、等々どれもが山間部の景色に溶け込むよう巧みに擬装されている。
静寂の中、ジェネレーター(発電機)の低い唸る様な音だけが響いている。

軍用大型トラックの荷台に載せられた窓の無いコンテナ。明かりを落とした室内は、コンソールのディスプレイの発する青白い光に照らされていた。

いわき人民軍空軍防空将校の箱崎中尉は、慌しく機器を操作する下士官、兵たちを見渡した。
「傀儡軍のレーダーサイトの状況は?」

「はっ、通常どおりです」

「まだ、我々の作戦には気付いていない様だな・・」

いわきの三和区から航空自衛隊第27警戒群大滝根分屯基地までは目と鼻の先である。

小規模な基地で兵力的に脅威は無いが、現在制空権を持たない人民軍にとって航空自衛隊の最前線基地であるこの大滝根山は、目の上のコブになっていた。
いわきの上空を広く航空管制しているからだ。ここを叩けば空自の活動を著しく制限できる。

地上部隊による制圧も検討されたが、開戦と同時に応援派遣された陸自部隊により既に堅く防備されていた。

「箱崎中尉、調整完了。これよりセット動作に入ります」
機器を操作していた瀬谷軍曹が報告した。

「よし。引き続き、動作状況をモニタリングしろ。気を抜くな」
箱崎は、黒縁の眼鏡を押し上げ、コンソールを覗き込んだ。

「ふふっ。やったな。これで戦局は我が軍に有利になる。傀儡軍ども、覚悟しておけよ」
コンソールを凝視しながら箱崎は、微笑を浮かべた。

(第2章 終わり)

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いわき独立戦争(3)1-4

2005-05-31 22:59:56 | いわき独立戦争 3章
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 第3章 日滝占領

1.日本海・秋田沖
  6月18日 0600時

鉛色の雲が明るさを増していた。夜は明けていたが、今にも雨が降りそうである。

護衛艦DD131「せとゆき」は、灰色の海原を波を蹴立てて、航行していた。

「せとゆき」は昭和61年に就航した「はつゆき」型護衛艦である。基準排水量2950t。長さ130m。幅13.6m長艦首楼型。海上自衛隊の護衛艦として、初めてCOGO方式のガスタービンを搭載している。
主兵装は、前甲板に62口径76ミリ単装速射砲、その後部にアスロック発射機、01甲板上両舷に艦対艦誘導弾ハープーン発射機、その下の第1甲板に3連装短魚雷発射管、後部甲板に短SAMシースパロー発射機を搭載している。
「はつゆき」型は、いかなる海上戦闘にも対応出来る汎用護衛艦である。

艦長の甲賀二等海佐は、艦橋内にいる要員たちを見渡した。
既に警戒配置に就いた隊員たちはブルーの事業服に鉄帽姿でライフジャケットを着用していたが、どの要員も不安な表情を隠せずにいた。

甲賀には信じられなかった。冷戦が終結して、ソ連が解体し、これで戦争はしなくて済んだと安心した矢先の出来事だったからだ。
まさか、日本の一地方が独立を宣言し、旧ソ連の軍隊がそこに亡命を企てるとは、考えも及ばなかった。
しかし、それだけは、なんとしても阻止せねばならない。

亡命軍の艦隊は、「せとゆき」の北西200キロの海上で停滞したままである。
五日前、亡命軍の空母から一機の艦載機が、わが国領土に向けて飛び立ったが、それ以降、艦隊には何の動きもなかった。

「亡命軍艦隊に、変化ありません」
副艦長の岩井三等海佐が、甲賀に言った。

「他の艦艇と合流するのかも知れないな」

「艦長は、亡命軍の艦隊が日本へ向かって来たら、攻撃してでも阻止しますか?」

甲賀は、手を横に振った。

「相手が攻撃して来るまでは、先に手を出さない。針路の変更を要求し警告する。出来ればロシアとの戦闘だけは避けたいものだな」
甲賀艦長は答えた。

「せとゆき」の所属する第4護衛隊群第4護衛隊の2隻の護衛艦は、舞鶴地方隊の護衛艦4隻と共に、秋田沖の日本海に亡命軍の艦隊を阻止すべく展開していた。
10キロメートル離れて、僚艦の「はるゆき」がついている。

ブザーが鳴り、CIC(戦闘情報室)からの報告が艦橋に流れた。
『亡命軍の空母から艦載機が発進。機影40。日本本土に進行中』

「なんだって!至急、司令部に報告しろッ」
甲賀艦長は叫んだ。

「いよいよ、いわ軍への本格的支援が始まりましたね」
岩佐三佐が言った。

「艦載機は空自に任せよう。我々の任務は亡命艦隊の阻止だ。なんとしても上陸だけは食い止めなければならんからな」

岩佐三佐が肯いた。
「我が国を他国の軍隊に踏み荒らされたくないですからね」

再びブザーが鳴った。
『警報!敵艦が対艦ミサイルを発射!本艦に接近中。敵ミサイルレーダー波をキャッチ』

「なにっ!」
甲賀艦長が叫んだ。

「対艦ミサイル防空戦闘用意ッ!」
すかさず命令する。

「対艦ミサイル防空戦闘用意!」
伝令が復唱し、艦内に伝える。

『敵ミサイルなおも接近中!』
CICの拡声器が伝える。

艦内に警報ブザーが鳴り響く

「各員、非常配置。各員、非常配置」
「防水区画閉鎖。防水区画閉鎖」

対艦ミサイルの攻撃に備え、個艦防衛の非常態勢に入った。艦内の各隊員は、シースパローやCIWS機関砲の配置に就いた。艦内応急班も準備を完了した。

『ミサイル高速接近中!距離13キロッ』
CICの拡声器が甲高くなった。

「シースパロー発射!」「CIWS撃てッ」
甲賀艦長が叫ぶ。

『駄目です。間に合いませんッ!』
CICから悲痛な叫び声が伝わる。

「チャフ・ロケット発射!」
甲賀艦長は怒鳴った。当たらないでくれ。
胸の中で祈った。

だが、その時、艦が大きく揺れ動き、次いで鈍い爆発音が響いた。
艦橋が光で覆われ、防弾ガラスが割れた。甲賀艦長は爆風を受け転がった。

前甲板から黒煙が噴き出している

「総員、総員退艦!」
甲賀艦長は、床に倒れている負傷した部下たちに叫んだ。

 * * * * *
※「はつゆき」型画像(海自HPより)

2.東京赤坂檜町・防衛庁中央指揮所
  6月18日 0652時

中央指揮所内では、幕僚たちが、いわきと日本海沖の亡命艦隊の情報収集に全力を挙げていた。池田統幕議長は、腕を組んで幕僚たちからの情報を待っていた。

「統幕議長、秋田沖で亡命軍の艦隊を哨戒していた護衛艦”せとゆき”が撃沈された様です」
海自の制服を着た三佐が、池田統幕議長に報告した。

「なにぃ!」
池田統幕議長は、声を大きくした。

「統幕議長、百里501のRF-4E偵察機が行方不明です。撃墜された模様です」
今度は、空自の三佐が報告してきた。

「なんだと!」
池田統幕議長が狼狽していると、小野寺陸幕長が寄って来た。

「亡命軍が、いよいよ本格的な行動に出た様です」

「陸、海、空の全部隊を以て亡命軍に対処する。それと、予備自衛官を招集するんだ」
池田統幕議長は全幕僚に命じた。

「統幕議長、大変です。茨城県以北の東日本一帯で強力な電波障害が発生しています!」
空自の二佐が叫んだ。

「なんだと!どういう事なんだ?」

「空自の航空機が、いわき上空で活動出来なくなります。いわき側のECM(電子妨害)の可能性があります」

「なんて事だ」
池田統幕議長は、苦々しく思った。

「亡命軍の空母から艦載機が発進、領空を侵犯。機種はスホイ24戦闘機、スホイ25攻撃機です」
空自の二佐が再び報告した。

「各部隊の防空体制はどうなっている?」
池田統幕議長は空自の二佐に訊いた。

「はっ、車力の第21高射隊、第22高射隊のパトリオットが迎撃態勢を完了。陸自の第5高射特科群のホークが小泊に展開。第2航空団のF-15がCAP(空中警戒待機)中。第3航空団のF-1が爆装して待機。以上」

「なんとしても亡命軍の侵入を食い止めるんだ」
池田はそう言ってから、

「いわきの第31、第32戦闘団はどうなっている?」
と、小野寺陸幕長に訊いた。

小野寺陸幕長は、いわき人民共和国の状況表示盤に眼を向けた。

「いわき人民共和国に突入しました第31、第32連隊戦闘団は、いわき人民共和国南部、勿来区の鮫川付近で敵の歩兵部隊とヘリ部隊の攻撃を受けましたが、何とか撃退し鮫川の渡河に成功。現在、小浜町、後田町で部隊を再編成中。第31、32戦闘団にかなりの戦死傷者が出た模様です」

「どの位の戦死傷者が出たんだ?」

「現地からの報告では、両戦闘団合わせて約60名との事です」

「亡命軍の揚陸予想地点の新舞子海岸までは行けそうか?」

「はい。部隊を再編成しだい、新舞子へ向け移動します」

「第6師団第44普通科連隊はどうなっているのだ?」

「小川区で敵戦車の攻撃を受けて後退。現在、第44戦闘団を編成中。編成を完了しだい、新舞子に向け移動します」

「これからの闘いは、より壮烈に、苦しい状況になって来るぞ」
池田統幕議長は腕を組んだ。

 * * * * *

3.平・いわき人民共和国陸軍参謀本部
  6月18日 1045時

いわき人民陸軍機甲総監の遠藤一成は鋭い眼で児玉誠第43機械化大隊長を睨んでいた。
児玉は直立不動の姿勢で、顔を下げていた。

「貴様、俺の顔に泥を塗りやがって、ただで済むと思うなよ」

「申し訳ありません。今回の敗北の責任は私にあります」
児玉は頭を下げて、遠藤機甲総監に詫びた。

北部電撃機械化部隊第43機械化大隊は、福島県北部の相馬市郊外で傀儡軍の擲弾兵と戦車部隊の攻撃により全滅に近い損害を受け、敗退して来たのである。

「貴様、反ペレストロイカ派から供与された戦車、歩兵戦闘車の殆どを撃破され、その上、おめおめと逃げ帰ってくるとは何事か。偉大なる近野直人国家主席に何とお詫びをするのだ」

「本当に、申し訳ありませんでした」
児玉は、再び頭を下げた。

「申し訳なかったで済むなら国家安全保衛部も社会安全部もいらないんだ。この敗北主義者め」

「機甲総監殿、もう一度、もう一度機会を私に・・・」

「黙れ!貴様は敗北主義者であり、敵前逃亡者でもある。いわき人民陸軍の軍律では敵前逃亡は銃殺刑だ。よって貴様は即刻、銃殺刑をここで受けるのだ」

遠藤機甲総監はそう言って、ホルスターからルガーP-08自動拳銃を抜いて、児玉大隊長に向けた。

「チャンスを与えて下さい・・」
児玉大隊長は懇願する様に言った。

だが、遠藤機甲総監は銃口を児玉大隊長に向け、何も答えなかった。

「あの状況ではどうする事も出来なかったんです。両側から対戦車誘導弾や無反動砲の一斉攻撃を受け、避けようにも避けられなかった。その上、道路の両側は起伏のある林や土手になっていて、戦車が展開出来ない状況だった。機甲総監のおっしゃるグーデリアンの電撃作戦は、対戦車誘導弾の発達した現代では時代遅れなんです」

児玉は、遠藤機甲総監に戦闘時の状況を説明した。
だが、遠藤は冷酷な眼で児玉を見ている。言い訳なんか聞きたくないといった表情をしていた。

「許してくれないのか・・」

観念した児玉は遠藤を睨んだ。
「このドイツ軍オタ○野郎がっ!」

児玉大隊長が大声でそう叫んだその時、遠藤機甲総監はルガーP-08の引き金を引いた。
銃声が響き、児玉大隊長は頭から血の糸を引いて、床に崩れ落ちた。

遠藤機甲総監は足元の児玉を睨んだ。

「私の作戦にケチ付け、尊敬するグーデリアン将軍を侮辱するとは、このスイカ頭がっ」

遠藤は、そう呟いてルガー拳銃を腰のホルスターに戻した。

その時、机上の電話が鳴った。

遠藤は、受話器を手に取った。
「機甲総監遠藤中将です」

『ご機嫌いかがですかな?遠藤機甲総監同志』
電話の相手は、坪井軍統合参謀総長であった。

「たった今、敗北主義者を処刑したとこであります。坪井統合参謀総長同志」

遠藤一成と坪井正人は同じ中学の同級生ではあるが、坪井統合参謀総長の方が先任である。だが、遠藤機甲総監も坪井統合参謀総長も、同じ北区の久ノ浜の出身で、知らない仲でも無いので、互いに同期の様な会話をしている。

『そうか。ところで、これより日滝への進撃を開始するが、準備は出来ているか?』

「当然です。滝沢の南部電撃軍に出動命令を出すところです」

『よし。傀儡軍は後藤少将の第26旅団が勿来区と小名浜区の境界の小浜、金山、渡辺の各地区に引き付けている。今が日滝へ進撃するチャンスだ。それに、亡命軍の航空支援も開始された。いいな、日滝を自進党の傀儡政府から解放するのだ』

「わかりました。坪井統合参謀総長同志。これより滝沢に日滝解放の命令を下します」

遠藤機甲総監は電話を切ると、実直な性格の後藤良二少将の事を思い浮かべた。
彼は上からの命令には絶対服従の将校である。それ故、上のものに対しては反論などしない。
そんな性格の彼は、近野直人国家主席や大老渡辺忠兵衛からの信頼が厚い。しかし、その為に間違った命令でも黙然と遂行してしまう危険性があった。
これは前線の指揮官としては不適格である。部隊を全滅させかねないからだ。

それを危惧した坪井参謀総長は、第26旅団の参謀長に東條章を任命させ、後藤少将の下に就かせた。彼は、合理主義者で、自分が正しいと思った事については、正々堂々と反論するのだ。いわば東條章は、上からの命令を黙々と遂行する後藤良二旅団長へのブレーキ役なのだ。

上からの命令に忠実に服従してばかりいては、雄偉な前線指揮官とはいえない。
遠藤機甲総監は、そんな事を考えながら、制服のポケットから煙草を取り出し、火を点けた。

 * * * * *

4.いわき 小川区
  6月18日 1145時

木の枝や草で偽装した74式戦車が轟音を響かせ通過して行く。
大平二等陸曹は、64式小銃を構えながら、74式戦車の列の側を進んでいた。
その後を62式機関銃やカールグスタフを手にした班員たちが続く。

第44普通科連隊は、先刻の11日、治安出動の際に、いわき人民共和国軍と戦闘になり、突如出現したT-72戦車の攻撃を受け、多数の死傷者を出して後退した。
その後、第6師団の戦車1個中隊、特科1個大隊、高射特科1個中隊、対戦車1個小隊を以って、第44戦闘団を急遽編成し、いわき人民共和国への突入を再度試みた。

大平の所属する第2中隊第1小銃小隊第2小銃班も1名の戦死者と2名の負傷者を出してしまった。その為、自分の小銃班には他の中隊から補充員が回された。
殺された仲間の仇は、必ず取ってやる。
大平は、顔を紅潮させ、自分にそう言い聞かせた。

部下の小銃班員たちは、周囲を警戒しながら後について来ている。

「今度こそ、いわきの連中の目を覚まさせてやる。内崎三曹、隊員の士気はどうだ?」
大平は、自分の後を歩いている副分隊長の内崎三曹に訊いた。

「不安を隠しきれない様ですが、皆、ついて来ています」

「そうか。今時の若い隊員たちは戦争を知らないから、不安になるのも無理ないな。まぁ、俺も同じだがな」
大平は、13年前に陸上自衛隊に入隊した。東西冷戦の真っ只中であったが、無論、今まで実戦の経験は無い。それが、冷戦が終結してから、いわき人民共和国の独立戦争に巻き込まれる事になろうとは、予想もしていなかった。

後方から爆音が響いた。

「4時の方向、敵機!」
幹部の一人が叫んだ。

隊員たちは、一斉に潅木や草叢に飛び込んだ。大平も草叢に駆け込んだ。

「退避ーッ!退避ーッ!」
幹部が大声で叫ぶ。

近くで猛烈な爆発音が起こり、土煙が上がった。黒い影が轟音とともに過ぎ去った。
大平と内崎は顔を上げ、黒い影を眼で追った。

「スホイ25です」
内崎が言った。

「旧ソ連製の地上攻撃機だな」
大平が呟いた。

再び、黒い影が迫った。
周囲に爆発音が響き、数台の74式戦車、装甲兵員輸送車が吹き飛ばされた。
黒煙の中から、呻き声や叫び声が聞こえる。

「助けてくれ!」 「衛生隊員、衛生隊員!」

「畜生、空自は何やってんだっ!」
大平は、凄惨な周囲の状況を見て、怒りがこみ上げた。

道路の側や撃破された装甲兵員輸送車の近くには、手足や胴体が引き裂かれた隊員たちの死体が転がっていた。

「畜生、チクショーッ!」
大平は、敵機の飛び去った空に向かって叫んだ。

 * * * * *

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いわき独立戦争(3)5-7

2005-05-31 20:01:24 | いわき独立戦争 3章
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5.いわき 田人区 山間部
  6月18日 2216時

暗闇の林の中で、T-62戦車や装輪装甲車BTR80のエンジン音が響きわたっている。

南部電撃軍の軍団長滝沢達也中将は、BRDM-2のキューポラから身を乗り出し、右手を前に倒し、前進の合図を出した。

「我が南部電撃軍は、これより自進党の傀儡政権から日滝人民を解放し、資本家から抑圧された労働者を救うべく、日滝に向かって進撃を開始する」

滝沢中将は、無線を通して、全車両の将兵に伝達した。

林や掩体壕の中に隠蔽されていたT-62、BTR80等が動き出し、滝沢中将の座乗するコマンドカーの後に続いた。
南部電撃軍の装甲車両部隊は、幹線道路日滝いわき線を南下、傀儡国の茨城県北茨城市へ入ろうとしていた。

滝沢中将と参謀長の藤田功少将は、キューポラから暗闇に包まれた辺りを見渡した。

先日、傀儡軍の侵攻の際に破壊された国境警備隊の隊舎の残骸が、コマンドカーのヘッドライトに照らし出された。その側には擱座した傀儡軍の装甲兵員輸送車が2両あった。

「ここでの戦闘もかなり激しかった様ですね」
藤田少将は、滝沢中将に顔を向けながら言った。

「ここの戦闘には、第26旅団の前衛隊、国境警備隊の保安隊の他に、赤色労働隊もゲリラとして参戦していたからな。かなり多数の犠牲者が出たようだ。彼らの勇猛果敢な努力によって、我々は日滝に進撃する事が出来た。その犠牲に報いなければならんな」

「敵機の懸念は無いようですね」

「傀儡空軍は我が軍の妨害で、現在行動不能になっている。我々は安心して日滝へ行ける」
滝沢中将は微笑した。

いわき人民共和国国境付近での戦闘は、第26旅団の前衛隊、国境警備隊の保安隊、それに一般の民間人から志願した赤色労働隊のゲリラが防戦したが、善戦空しく傀儡軍の圧倒的火力によって、国境線を突破されたのだ。

それでも、赤色労働ゲリラ隊は、対戦車ロケットで数両の装甲兵員輸送車、装輪車両を撃破した。

「私は、今度こそはイラクの時の様には敗北はしない」
滝沢中将は、前方を見つめながら言った。

「軍団長閣下は湾岸戦争に参戦されたんですよね?」
藤田少将は訊いた。

「ああ。イラン・イラク戦争にも参戦した。イランとの戦いでは勝ったが、湾岸戦争では負けた。私は、その時、義勇軍として、イラク軍機甲部隊の戦車兵をしていた。T-72を操り、砂漠を縦横に走り回った。だが、多国籍軍のハイテク兵器には敵わなかった。M1A1戦車、チャレンジャー、A10、アパッチ、トルネード、F117ステルス機。あいつらは、寄って集って我々を攻撃して来た・・」

滝沢中将は、湾岸戦争の時の事を思い出しながら言った。

滝沢が、イラク軍に義勇兵として志願したのは1985年6月の冷戦末期の事であった。折りしもイラン・イラク戦争の最中で、彼は、イラン軍相手に善戦した。湾岸戦争の時は、戦車兵として勤務していたが、砂漠で多国籍軍の地上部隊を迎え撃つ時、アパッチ攻撃ヘリの襲撃を受け、彼の部隊は壊滅してしまった。

湾岸戦争終了後、いわき市の日本からの分離独立の噂を聞き、滝沢が日本に帰国して来たのは昨年の3月であった。
彼のその経歴に因み、軍の最高幹部からは「砂漠の古狸」という愛称を授けられていた。

「今回は航空機の脅威もなければ、多国籍軍の心配も無い。我々の勝利は確実だ」
滝沢中将は、余裕な表情を見せた。

「ですが、閣下。傀儡どもは米帝と安全保障条約を結んでいます。米帝の軍事介入の恐れは無いのでしょうか?」
藤田は危惧した。

「米帝の介入の心配はいらない。既に、ロシアの反ペレストロイカ派が手を打っている」
滝沢は、ニッと笑った。

 * * * * *

6.いわき 小川区
  6月19日 0310時

まだ夜明けには間があった。
田中伍長は、誰かに体を揺すられ、目を覚ました。暗がりに分隊長の植野軍曹の顔が浮かんだ。

「起床だぞ、田中伍長」
植野軍曹が小声で言った。

「植野軍曹、ありがとうございます」

「行動開始だ。佐藤一等兵と浦部一等兵も起こしてくれ」

「わかりました」

田中伍長は起き上がると、自分の隣で仮眠していた浦部一等兵と佐藤一等兵を起こした。
三人は装備を装着すると、AK-47を手に持ち、天幕から出た。

昨日までの銃撃音は止んでいた。傀儡軍も亡命軍の航空攻撃で兵力が減少したに違いない。

田中たちは、中隊の兵たちが集合している道路へ出た。他の小隊の兵たちは既に集合を完了している。田中たちは、植野軍曹の側に整列した。

「遅いぞッ!貴様ら」
小隊長の池田少尉が怒鳴った後、

「第2小隊、集合完了!」
と、挙手の礼をして、中隊長の川崎大尉に報告した。

川崎大尉は答礼した。

「これより中隊は、中部区の六十枚付近に移動する。我が人民軍を再び北から攻めて来た傀儡軍の歩兵連隊は、亡命軍の航空掩護によって壊滅に近い打撃を受けた。我が中隊の任務は、これから始まる亡命軍の上陸作戦を掩護すべく、六十枚付近を確保する事だ。いいな、六十枚は我が軍と亡命軍にとって重要な拠点となるのだ」
川崎大尉は、将兵たちに言い聞かせた。

六十枚は、夏井町を流れる夏井川の下流にある。

夏井川にかかる六十枚橋は、北区、中部区と小名浜区を結ぶ重要な連絡橋である。
小名浜港で陸揚げされた兵器が、六十枚橋を渡って北区に展開する各部隊に配備されるからだ。

「各小隊ごとに、乗車!」

川崎大尉の号令で、将兵たちは道路のそばに偽装の上、待機してあるBMP-1歩兵戦闘車に分乗した。

田中伍長も後部の扉から車内に入った。あとに続いて分隊長の植野軍曹も乗車した。
4両のBMP-1が唸りを上げて動き出した。

田中伍長は、軍服のポケットからタバコを取り出し、火を点けながら傀儡軍にいた時の事を思い出していた。

傀儡軍での生活は、気が変になりそうだった。兵舎では、二段ベッドの上に寝かされ、外出も自由に出来ない上、何か問題があれば、急に外出禁止になってしまう。
毎日が苛めの連続で、束縛が多く精神的にも参ってしまう状況だった。

最近、傀儡軍を除隊した後輩の話によると、今の傀儡軍の兵舎の部屋は広くなっていて、おまけに全部屋シングルベッドになっているという。中には、個室になった部隊まであるという。
その上、外出、外泊が自由に出来るというではないか。
自進党と米帝の傀儡共め、何で今頃になってから贅沢な生活に切り替えたんだ。

田中は、傀儡軍に対して羨望の混じった怒りを覚えた。

隣に座っていた小隊長の池田少尉が、肩を叩いた。

「先日、無許可で発砲した件は気にするな。大隊長も大目に見てくれるそうだ。どっちにしろ、傀儡軍は撃退しなければならなかったんだからな。処分はしないという事だ」

「ありがとうございます」
田中は頭を下げた。

「傀儡軍が憎いか?」

「はっ。憎いです。傀儡軍の同僚も上司も寄ってたかって、自分をいじめました。その恨みは、今でも消えません」

「そうか、つらかったろう。田中、その恨みを晴らすんだ。いいな」
池田は、田中に言った。

その時、前方で爆発音が響き、BMP-1歩兵戦闘車が停車した。

「なんだ、今の爆発音は!」
分隊長の植野軍曹が叫んだ。

銃弾が、車体を叩く音がした。

分隊員たちが銃を手に車内から飛び出した。

「ゲリラだ!」

前方の歩兵戦闘車に乗っていた兵員が叫んだ。

「ゲリラだ。全員、出ろ!」
池田少尉が指示を出す。

田中もAK-47を手に、歩兵戦闘車を降りた。

「自衛警戒戦闘用意!」
植野軍曹が叫んだ。

兵たちは周囲に散開し、銃を構えた。

「ゲリラって、いったい・・・?」
田中が植野軍曹に訊いた。

「ああ、いわき自由解放戦線の連中だ。傀儡の反共産ゲリラだ」
植野軍曹は答えた。

「ええっ!本当ですか」
田中は声を大きくした。

「我々は、自進党の悪政から解放する為、いわきを独立させたのに、まだ反対している連中がいるんですか?」

「ああ、あいつらは、前市長の下で勤務していた自進党派の旧市職員たちだ。連中は今回の独立で失職したからな。いわきの赤化が不愉快でしょうがないんだろう」

「なんという、わからずやな連中なんだ」
田中は、呆れた表情で呟いた。

「ゲリラは?」
池田が、先頭の歩兵戦闘車に乗っていた兵に訊いた。

「あそこの茂みから発砲して、逃げて行きました」
兵は、右手の林を手で指して報告した。

「第1分隊、右翼から。第2分隊は、左翼から、ゲリラを追撃せよ」
池田少尉が叫んだ。

田中たちは、AK-47を構え、灌木の中に入って行った。

「ゲリラを捕虜にしろ。あいつらを収容所にぶち込んでやる」
植野軍曹が怒鳴った。

 * * * * *

7.日滝市 郊外
  6月19日 0600時

安藤は外の騒がしい音で目が覚めた。
カーテンの隙間から陽が差し込んでいる。

「安藤さん、いますか!」

玄関の外で男の声が聞こえた。我孫子の声だった。

安藤は玄関へ急いで、戸を開けた。

「安藤さん、いわき人民軍が日滝を解放しに来ましたよ」
我孫子が大声で言って来た。

「本当か!」
安藤も目を輝かせ、声を大きくした。

「あなた、何かあったの?」
妻の節子も気になって、玄関へ来た。

「解放軍が来たんだ。自進党の悪政から我々を解放する為にね」
安藤は、ニッコリと笑った。

外では、サイレンの音が鳴り響き、銃声が聞こえる。県警の警官たちが応戦している様だったが、その抵抗が止むのも時間の問題だろう。

「よし、我孫子。自分たちも、いわき人民軍を歓迎しに行こう」
安藤は、我孫子に言った。

「勿論です、安藤さん。駅前大通りには我々の同志や労働者が集まって、いわき人民軍を歓迎しています」

「そうか。じゃ、急いで行こう」
安藤がそう言うと、節子が不安な表情で

「あなた、気をつけてね」
と、言った。

「心配するな。もうすぐ、元の生活に戻れるからな」
安藤は、節子の肩を軽く叩くと、我孫子のブルーバードの助手席に乗り込んだ。

我孫子が車をスタートさせた。
車は、郊外の道路から、国道6号線を南へ向かった。

道路の傍には、いわき人民軍に撃破された県警機動隊の車輌があった。

日立駅入口交差点の緩やかな坂道の手前まで来た時、道路に旧ソ連製の装甲車が停車していた。道路は、大勢の市民で埋めつくされていた。

「この先は、車で行けそうにもないな」
我孫子はそう言って、車を道の脇へ停めた。

安藤は、我孫子と一緒に車を降り、交差点へと歩いて行った。至るところから銃声が聞こえる。

市役所には、銃を構えた兵士たちが立哨しており、ポールには赤旗が翻っていた。
(市役所を占拠したのか?)

市民たちは、赤旗を手に持ち、打ち振りながら絶叫していた。
「日滝解放万歳!」
「自進党独裁政権打倒!」
「自進党や米帝の傀儡どもを日滝から叩き出せ!」

多くの声が沸きあがっていた。そのほとんどが、日滝製作所をリストラされた労働者、地元自営業者、中小企業関係者たちだった。

安藤と我孫子の周囲には、興奮した顔つきの労働者たちの熱気が、むんむんと立ち込めていた。自進党の独裁体制や資本家に抑圧された労働者の不満が一気に爆発したのだ。

「安藤さん、我々も急ごう」
我孫子に促され、安藤は群衆を掻き分けながら交差点へと向かった。

駅入口の交差点から駅に繋がる平和通りには、いわき人民軍の歩兵戦闘車や装甲車が集まっていた。
兵士たちは、周辺のサラ金会社の看板や窓ガラスに銃弾を浴びせていた。

装甲車の上には、指揮官らしい人物と、軍人では無いワイシャツ姿の男が立っていた。

「あの男は?」
安藤は我孫子に訊いた。

「佐藤典助。日滝解放連合協会の会長で、我々のリーダーです」
我孫子は説明した。

ワイシャツ姿の男は、右手にマイクを持った。演説を始める様だった。

「日滝市民、労働者諸君!いよいよ我が日滝市を自進党の独裁政治から解放する時が来た。今まで自進党の悪政に苦しめられ、諸君たちは、耐えがたきを耐えてきたと思う。だが今日から我々は変わるのだ。自進党の悪政から、人民及び労働者諸君が解放されるのだ。汚職三昧の一方で自進党がやってきた事は何なのか?自進党が景気対策と称してやってきた事は、暮らしの底上げにも生活と営業の支えにもならなかった。手取り収入や売上げは減り、失業や企業倒産は増えるばかりだ。それに景気対策は、大銀行、ゼネコンなどの大企業支援が中心で、中小企業や労働者、農民の事など考えていない」

「社会保障の連続改悪や労働法制の改悪で、将来不安、雇用不安を煽る。こんな腐敗と無責任の自進党政治はもう、うんざりだ。我が日滝市もいわきと同じ労働国家として生まれ変わるのだ」

「では、本日、我が日滝市を自進党の悪政から解放する為に来て頂いた、いわき人民軍の軍団長を紹介いたします。いわき人民軍南部電撃軍の軍団長滝沢達也中将です」
佐藤は、傍らにいる軍人を紹介した。

安藤と我孫子は、佐藤の隣にいる指揮官を凝視した。

(指揮官にしては、まだ若いな)

滝沢という軍団長は、三十代前半に見えた。

「私がいわき人民共和国陸軍南部電撃軍の軍団長滝沢達也であります。私たちは、自進党の悪政から日滝市民の皆様を解放する為にやってまいりました」

「みなさん、辛かったでしょう。苦しかったでしょう。職を失った労働者がどれだけ喘いでいたか。だが我々が来たからには、もう自進党に勝手な真似はさせません。どうぞ安心してください」

「日滝も我がいわき人民共和国同様、労働者主体の国家になるのです。私たちは、日滝市民の為に全力を尽くします」

滝沢軍団長の演説が終わると、市民から一斉に拍手が起こった。

「日滝市民万歳!」
「自進党政府打倒!」
「日滝解放万歳!」
周囲の市民たちは滝沢軍団長の演説に熱狂し、興奮した面持ちで、大声で唱和した。

滝沢軍団長に替わって、再び、佐藤がマイクの前に立った。

「労働者諸君、立ち上がるのです。我々が立ち上がるのは今しかありません。吉田松陰の言葉に『志定まれば、気さかんなリ』とあるように、皆様が決意さえすれば、意気も高まり、日滝を自進党の悪政から解放出来ます。我々が一致団結して、この日滝市を再建しようではありませんか!」

佐藤が、そう叫ぶと、市民たちから大きな声が沸きあがった。
「日滝解放万歳!」
「労働国家万歳!」

市民たちは、いわき人民軍の兵士たちと握手したり抱き合ったりして、互いに喜び合っていた。

「凄いじゃないか、我孫子」
安藤は、市民たちに歓迎されているいわき人民軍兵士たちを見て、感銘を受けた。

「安藤さん、俺たちも行こう」
我孫子に促され、安藤は、装甲車の上で手を振っている兵士たちの所へ向かった。

我孫子は、用意して来たワインの蓋を取ると、一口飲んで兵士たちに手を振った。

「ようこそ、日滝へ。いわき人民軍万歳!」

我孫子は、興奮した表情で叫んだ後、一人の兵士と握手した。

「よく来てくれました。心からあなた方いわき人民軍を歓迎します」
我孫子は、握手した兵士に笑顔で言い、手にしたワインを渡した。兵士は、笑顔で一口飲んだ。

安藤も、喜んで別の兵士と握手した。
「我々は、あなた方が来るのを待ち望んでいました。我々は、心の底からいわき人民軍の皆様を支援します」

「我々が来たからには、もう心配はいりません。豊かな人民の為の街にしてみせます」
三十代後半の兵士は、胸に手を当てて言った。

「日滝解放万歳!」
「いわき万歳!」
市民や労働者たちは、拳を突き上げ、大声で叫んだ。

「これより、日滝製作所及び、日滝電線を労働者に解放する。労働者諸君、我々に付いて来たい人は、付いて来なさい」
滝沢軍団長がそう言うと、労働者たちが口々に叫んだ。

「おーっ!」
「我々も行くぞ!」
そう叫びながら、それぞれ装甲車に飛び乗った。
皆、会社をリストラされた労働者たちだった。

その時だった。いきなりバイクの音が響いた。バイクに乗った茶髪の十代から二十代の男たちが現れたのだ。

滝沢軍団長を始め、兵士たちや市民、労働者たちが一斉に、その男たちに眼を向けた。

日滝市内を我が物顔で走り回る暴走族の連中だった。彼らは、兵士や装甲車の前で爆音を響かせ蛇行運転を繰り返した。

「解放だか何だか知らないが、ふざけんじゃねぇ。俺らの自由にさせてもらうからな」
茶髪の一人の男が叫んだ。

「この人民の敵がっ!構わん、威嚇しろ!」
滝沢軍団長は、兵たちに命じた。

兵たちは、暴走族の周囲にAK-47の銃弾を撃ち込んだ。
バイクが次々と転倒し、彼らはもんどりうって路上に転がった。

「ザマみろっ!」
「懲らしめてやれ」
「我々の静かな生活を脅かしやがって!」
その光景を見ていた市民たちの中から怒号が起こった。

暴走族たちは、たちまち市民たちに取り押さえられ、殴られ始めた。興奮した群集相手ではケンカにならず、路上で横になり、もがいていた。棒で殴られ悲鳴を上げる者もいる。

「イイ気になりやがって!」
「毎晩、毎晩、家の前でバイクの爆音を響かせて。やかましいんだよ!」

市民たちのリンチは止まなかった。
日頃からの暴走族の迷惑行為に対する鬱積した不満が一気に爆発した様だった。
顔面が血だらけになった十七、八の少年もいた。

安藤も、いわき人民軍の装甲車の上から、この光景を見て、薄ら笑いを浮かべていた。

 * * * * *

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いわき独立戦争(3)8-10

2005-05-31 18:14:34 | いわき独立戦争 3章
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8.東京 永田町・首相官邸
  6月19日 0840時

雲の隙間から太陽が覗いている。
梅雨らしくない天候である。

何という事態になってしまったのか!
一地方の自治体に過ぎないいわき市が、我が国から独立を宣言し、事もあろうに同胞同士が殺し合いをするはめになるとは!
戦後五十年、我が国は外敵から武力侵攻を受けた事も、戦渦に巻き込まれた事もない。平和に繁栄を続けてきた。
その我が国にまさか内戦が勃発するとは予想も出来なかった。

和田首相は、執務室のソファーにぐったりとした表情で座っていた。
傍らのソファーには、小沢官房長官が座っていた。

昨日の野党との会談は非常に疲れた。精神的にも参ってしまった。
連中の言う事は異口同音、「戦争反対!」「自衛隊をいわきから撤退させろ!」など、セリフは決まっている。

社平党の議員からは「憲法違反だ!」と、罵声を浴びせられた。
ある労働党議員に至っては、胸倉を掴んで来た。

「総理、少しお休みになられたらどうです?」
小沢は気を使って、言った。

「いや、いわきの事を考えると休む気には、なれないよ」
和田は答えた。

「いわきへ派遣した自衛隊の事が心配なのですか?」

「ああ。自衛隊員たちの事を思うと、とても休む気になどね・・。自衛隊の最高指揮官は私だからね、ましてや自衛隊に治安出動を命じたのもこの私なのだから」

和田はタバコを取り出し、自分のライターで火を点けた。

「今回の武力衝突で、自衛隊員にどの位の死傷者が出ているんだろう?」
和田は、小沢に訊いた。

「防衛庁長官が言うには、二、三十名の死傷者が出ているとの事ですが、戦闘は現在も継続中です。それに、ロシアからの亡命軍の空爆で、死傷者の数は更に増えています」
小沢は、困惑の表情で言った。

「私の決断は、正しかったのだろうか・・・」
和田は、腕を組んだ。

「何を弱気になっているのです総理、現にいわきは、我が国から勝手に独立して、その上旧ソ連の反ペレストロイカ派から武器を供与して貰っているんですぞ。ロシアからは、その守旧派の亡命軍が我が国に侵攻しようとしているんです。総理の治安、防衛出動の発令は間違ってなんかいません。我が国の平和と独立を守る為の当然の行為です。自分を責めないで下さい。総理」
小沢は、慰めるように言った。

「何はともあれ、これ以上多くの人々の血を流して貰いたくないものだ」
和田が溜息をついた時、ドアが開き大久保防衛庁長官と制服姿の池田統幕議長が入室して来た。

二人とも、いつになく緊張していた。

「防衛庁長官、どうしたのかね?」
和田は、大久保に眼を向けた。

「総理、大変な事態になりました」

「何があったのかね?」
和田は、大久保の顔を覗いた。

「先ほど、茨城地方連絡部と茨城県警本部から報告があり、いわき人民軍が今朝、茨城県日滝市に侵攻、市内の殆どを制圧した模様です」

「日滝に侵攻?」

「県警本部からの報告では、今朝4時半頃、日滝、高萩、北茨城、十王の各市内にいわき人民軍の機械化部隊が侵攻。日滝、高萩の各署の署員がこれに応戦、更に県警の機動隊を以って排除行動に出ましたが、特型警備車両などを破壊され、警備行動は不可能となりました。現在、日滝市役所には赤旗が上がっているそうです」

「いわきは独立にあき足らず日滝に侵攻までしてきたのか?」
和田は大きな目をギョロリと剥いた。

「それで、日滝市民にはどの位の死傷者が出たのか、分かるか?」
小沢は、狼狽した表情で大久保に訊いた。

「それが、日滝市民の多くは、いわき人民軍の日滝入城を歓迎している様で、民間人には殆ど死傷者は出ていない模様です。一部の暴走族と見られる者たちがいわき人民軍に抵抗し、これに反感を持った市民たちからリンチを受けた様です」
大久保は報告した。

「歓迎だと?なんで日滝を占領しに来たいわき人民軍を歓迎などするんだ」

「実は、皆様も知っての通り日滝市は日滝製作所のある工業都市です。その日滝製作所で、最近、大規模なリストラがあり、日滝市は多くの失業者で溢れておりました。自進党や資本家に大きな不満を持つ者たちが大勢います」

「いわきは、そこに目をつけて日滝に侵攻したのか・・」

「いわき人民軍は日滝市民にとってさしずめ、救世主といったところなのでしょう」

「どこが救世主なんだね。統幕議長、日滝に一番近い自衛隊の部隊は何処かね?」
小沢は、眉を寄せて、池田統幕議長を見た。

「勝田にある陸自の施設学校です」
池田は答えた。

「直ちに、そこの部隊を日滝に向かわせるんだ」

「待ってください。施設学校は、確かに陸自の部隊ですが、障害処理や築城、陣地構築など施設科職種の隊員に必要な知識及び技能を習得させる為の教育訓練を行っている機関です。戦闘職種ではありません」

「でも、施設学校と言っても自衛隊員なのだろう。銃を撃ったり、戦闘訓練の経験だってあるだろう」

「確かにありますが、施設科部隊は曲射火器に乏しく、対戦車火器に至っては全く装備されておりません。そんな施設科部隊で日滝へ侵攻して来たいわき人民軍の機械化部隊を撃退出来る訳がありません、無謀です」
池田は、率直に答えた。

確かに銃を射撃したり、戦闘訓練をするのは陸上自衛隊全職種共通である。
会計隊でも音楽隊でも銃を撃つし、戦闘訓練をする時がある。

施設科部隊は、対戦車誘導弾や無反動砲は装備していない。一部の部隊では、89ミリロケットランチャーを装備しているが、これは米軍供与の朝鮮戦争時の年代物である。施設科部隊とは、戦闘職種ではなく、あくまで第一戦部隊の後方支援職種なのである。

「それでは、どうしようと言うんだ?」
小沢は、眉を寄せて池田を見た。

「今は、日滝市に侵攻したいわき人民軍機械化部隊より我が国に向かいつつあるロシアからの亡命軍に対処する事が先決です」

「日滝を見捨てるのかね?」
和田が訊いた。

「はい。そうせざるを得ません。いわき人民軍は、日滝市をほぼ制圧しています。今から部隊を向かわせれば市街戦になり、民間人に多くの死傷者が出るのを避けられません。それに日滝市民の多くは、いわき軍を歓迎していますから、自衛隊を日滝へ向かわせたら日滝市民の反感を買ってしまいます」

「私も池田統幕議長の意見に賛成です」
大久保が口を開いた。

「今は、同胞同士が血を流している時ではありません。外敵が我が国に侵入しようとしています。我が国の平和と独立を守る為、ロシアからの亡命軍を阻止する事が先決です。日滝は亡命軍を撃退した後、対処した方が良いと思います」

和田と小沢は、大久保を見た。

しばらくして、和田はソファからゆっくりと立ち上がった。

「我が国は、もう戦争をしてはいけないんだよ。いわきであろうともロシアからの亡命軍であろうとも・・・・・」

和田が、そう言うと、小沢たちは彼を見たまま沈黙した。

 * * * * *

9.いわき 勿来区・鮫川付近
  6月19日 1110時

ボート3隻を組んだ軽門橋がジープを積載して鮫川を渡っている。その傍らには81式架柱橋によって架設された導板上を後方支援部隊の車輌が通過して行く。
周囲では、64式小銃を構えた隊員が警戒に当たっている。

第1師団第31、32連隊戦闘団は、鮫川の渡河作戦を敢行。16日の早朝には橋頭堡を対岸に確保した。翌17日は対岸の植田町を制圧、部隊は東田町、後田町まで前進していた。

新妻二等陸尉は、川原に座り部下たちと早めの昼食を摂っていた。昼食は、戦闘用糧食Ⅱ型というレトルトタイプのレーションである。

メニューは白飯、まぐろステーキ、きざみ昆布煮である。
戦闘用糧食Ⅱ型は、Ⅰ型の缶詰と違い、缶切を使わなくて済み、加熱時間も25分から10分に短縮された。

新妻が、食事をしていると、カメラのシャッターを切る音がした。
顔を上げると、88式鉄帽を被った私服姿のカメラマンが自分にレンズを向けていた。他の隊員たちも、カメラマンに注目した。
内田だった。

「内田じゃないか」
新妻は、声を掛けた。

「写真を撮らせてもらったよ。構わないかな?」
内田は、言った。

「ああ。これがお前の仕事なんだろうからな」
新妻は、笑顔で答えた。

「従軍記者になってたんだ?」

「築地の本社から同行取材の許可が出てね。俺が内戦の模様を記事にする事になった」

「そうだったのか」

「お前たちの邪魔にならない様、取材するよ」
内田は、そう言ってから周囲を見た。

後方支援部隊の補給物資を積んだ車輌が次々と導板上を通過して行く。
鮫川をクリアした車輌は、川原に物資を降ろし始めている。

「お前たちの中隊は、ここで何の任務に就いているんだ?」

周囲に眼を向けながら、内田は遠慮なく訊いた。

「俺たちの中隊は、補給部隊が補給処を設営するまで、この橋頭堡の警備だ。他の中隊は植田の先まで前進している。ウチの中隊は先の戦闘で八名の死傷者を出している。補充要員が来るまで、ここの警備を任されてる」

「そうか、お前も気を付けろよ」
内田は励ました。

「わかってる。いわ軍なんかに殺されてたまるか」

「そういえば、裕子さんが心配していたよ」

「裕子さんが?」
新妻の脳裏に、ふと、出動前に電話を掛けて来た裕子の事が浮かんだ。

「俺の事で何か言ってたか?」

「ああ、お前が、あまりにもいわきを憎んでいるから、暴走するんじゃないかってね」

「そうか」
新妻は、そう言って、部下たちを見回した。

部下の隊員たちは、レーションを頬張ったり、草叢に仰向けになって体を休めていた。

「俺は狂った独裁者の手からいわきの人々を解放したいだけだ。自衛官としての任務を全うするまでだ」

「それならいいんだが、裕子さん、かなり心配していたよ」
内田が、そう言った時、一等陸士の階級章を付けた隊員が駆けて来た。伝令の渡部一士だった。

「新妻二尉、中隊長がお呼びです」
渡部は、新妻に伝えた。

新妻が、中隊本部の飯島一尉のところへ行くと、ここで初めて、いわき人民軍に日滝を占領された事を知らされた。

「占領されたと言いますが、いわ軍はどうやって日滝へ向かったんです?勿来、錦の両地区は我々が制圧しています」

新妻は、飯島一尉に訊いた。

「恐らく敵は、国境付近の山中に部隊を隠蔽しておき、我々がいわきに入ったのを確認してから部隊を日滝へ向かわせたんだ」

飯島は、新妻に言った。

「なんてこった。中隊長、部隊を日滝に向かわせるべきです。いわ軍は、我々の領土に侵攻したんですよ」

新妻は、語調を強くして言った。

「いや、我々はこのまま新舞子海岸まで前進する」

「それでは日滝を見捨てるんですか?」

「我々の任務は、亡命軍の侵攻を阻止する事だ。日滝は亡命軍の侵攻を阻止した後に対処する。これが連隊本部からの命令だ」

飯島は落ち着いた表情で説明した。

「わかりました」

新妻は、こみ上げて来る怒りを抑えながら拳を握り肯いた。

軍隊は、命令によって動く。上官が右向けと言えば、右を向く組織なのである。無論、反論などは出来ないし、勝手に自分の小隊を動かす事は出来ない。尉官である新妻は、身をもって、その事を思い知らされた。

 * * * * *

10.日滝市郊外・小木津
   6月19日 2000時

秘書の細谷は、書類の入ったケースを黒塗りの日産プレジデントに積み込んでいる。

日滝製作所の会長、助間は落ち着きの無い表情で、ソファーに座りタバコを喫っていた。
今朝、いわき人民軍が日滝に侵攻し、それに便乗した不満労働者たちが決起し、市内各所にある工場は、いわき人民軍と労働者たちに、あっという間に占拠されてしまった。

いわき人民軍が、製作所経営陣の身柄を拘束するという噂が流れ、日滝から脱出する準備をしていた。社長、常務、人事部長とも、既に連絡が取れなくなっていた。

私にどうしろと言うんだ。従業員たちは私に何の不満があるというのだ?
私は、景気の低迷で、自分の会社を守る為、従業員の一部をリストラしただけだろう。一般社員には上に立つ者の苦しみは分からないとは言え、頭のイカれたいわき人民軍と手を組むとは。彼等だって、私と同じ立場になれば、きっと同じ事をするだろう。

景気の良い時には、賃金もアップするし、従業員も増やす。だが、どうだろう?この長引く不況で、生産も伸び悩み、売上げも落ちている。こんな状況で、自分に与えられた城を守る為には、切捨てるものは切捨てるしかない。
それが資本主義の基本である。

助間が、そんな事を胸の中で自問自答していると、部屋に秘書の細谷が入って来た。
脱出の準備が出来た様だ。

「会長、書類の積込み完了しました。急いで車にお乗り下さい」
細谷は、頭を下げて、丁重に報告した。

「そうか。それでは急いでここから立ち去ろう。この我が家ともお別れだな」

助間は、そう呟いて、書斎を見渡した。

築十八年になる四百坪の豪邸を見離す事に未練を捨て切れず、心が痛んでしまう。

この邸と別れる前に、この眼でじっくりとこの部屋を見たい。助間は、こういう願望に駆られ、部屋を離れ難くなっていた。

「会長、急いで下さい」
細谷が、再度促している。

「わかった、すぐに行く」

助間は立ち上がり、テーブルの前にある鞄を手にした。
後は、葉山の別荘まで逃れ、今後の対応を検討するしかない。
妻と息子、娘は専務と一緒に先に避難している。自分も急がなければと、思いながら部屋を出ようとした。

その時だった。ラフタークレーンの様なエンジン音が響いた。
細谷と助間は、エンジン音のする方向に顔を向けた。そのエンジン音は、こちらに近づいて来たかと思うと、ちょうど邸の前で停まった。

「なんでしょう?」
細谷が、不安な表情で訊いた。

「ちょっと見てきてくれないか」

「わかりました」
助間に命じられ、細谷は玄関の方へ向かって行った。

ドアの開く音がして、しばらくすると細谷が血相を変えて戻ってきた。

「あっ、あわっ!」
細谷は、落ち着きを失っている。

「どうしたんだ?」

「かっ、会長、外を!外を見てください」

「一体、何があったと言うんだ?」

助間は、細谷と一緒に玄関へ向かった。
玄関のドアを開け、外を見た瞬間、助間は驚愕した。

邸の前に、いわき人民軍の2両の装甲車が停止していた。

「何たる事だ」
助間は狼狽しながら眼の前の装甲車を見つめていた。

装甲車から、いわき人民軍の制服を着た二人の兵士が降りて来た。一人は、制帽を被っているから、将校であろう。
二人の兵士は、門の扉を開けて、助間と細谷に近付いて来た。

「お前ら、どういうつもりだ!」
細谷が、兵士たちに怒鳴った。

「お前は黙ってろ!」
兵士が、鋭い眼で細谷を睨んだ。

「日滝製作所会長助間敬二さんですね」
制帽姿の将校が、助間に向かって訊いた。
顔立ちからして、三十代前半の若い将校である。

「たしかに。私が会長の助間だが」
助間は、ぶっきらぼうに答えた。

「ご存知と思いますが、私たちが何故、あなたに会いに来たか分かりますね」
将校が、そう言うと助間には言葉が出なかった。
もう、終わりだな。心の奥で、そう呟く以外なかった。気力も体力も抜けてしまっていた。

「私たちは、いわき人民共和国国家安全保衛部日滝派遣隊の者です。助間さん、あなたは不況に便乗して、大量の労働者をリストラしましたね。その罪で、あなたの身柄を拘束します。覚悟は出来ていますね?」

将校は丁重な言葉で迫って来たが、助間は返す言葉がなかった。

「日滝製作所をリストラされた労働者がどんなに苦しんでいるか、分かりますか?特に中高年の人たちはリストラされた後も再就職できず喘いでいる。その中には育ち盛りの子供がいる人もたくさんいる。将来を悲観し自らの命を絶とうとした人までいる」

「あなたには、その人たちの気持ちが分かりますか?普通の労働者は、安い賃金で働かされ、風呂無し、共同トイレの安い木造アパートで暮らしているんですよ。所帯を持っている人も、狭い公営住宅で妻や子供たちと生活しています。その上、所得税、市県民税、自動車税など重い税金に抑圧されているんです」

「あなたの様に、こんな立派な邸に住んで、毎年多額の税金を支払っても痛くも痒くも無い生活をしている人なんていないんですよ。普通の労働者たちは、あなたの様に、いい思いをしていないんです」

将校の言葉には、思い込みの激しい部分が感じられた。

そばにいた細谷が、将校の言葉に耐えかねて、眼付きを鋭くし、将校に歩み寄った。

「今の言葉、撤回しろっ!」
細谷は将校を睨んで、思い切り叫んだ。

「労働者がみんなみんな、そうじゃないだろう。安いアパートで生活するのも、税金で苦しむのも、それは個人個人に問題があるからだろう!」

細谷が、そう叫ぶと将校の側にいた兵士が胸倉を掴んで来た。

「お前に聞いてるんじゃない。ひっこんでろ!」
兵士は、将校とは逆に乱暴な言葉で、細谷に怒鳴った。

「今度、偉そうな口を叩いたら、拳銃で撃ち殺すぞ。我々国家安全保衛部はナチス・ドイツのゲシュタポ並みに恐ろしい組織だという事を忘れるな」
兵士は、細谷の胸倉から手を離した。

「細谷君、逆らわない方が良い」
助間がたしなめた。

「わかりました」
細谷は、言われるままに頷いた。

「助間会長、よろしいですね」

「言い分はありません。君たちの命令に従います」
助間会長は、観念した様に答えた。

装甲車の背後から一台のベンツ300CEが走ってきた。ベンツは、助間たちの前で停車した。
後部ドアが開き、上級指揮官らしい男が出て来た。将校と兵士は直立不動の姿勢をとり敬礼した。

「本部長、日滝製作所会長の助間氏の身柄を拘束しました」
将校が報告した。やはり、上級指揮官らしい。

「こいつが、日滝製作所の会長か?」
本部長と呼ばれた上級指揮官は、冷たい眼で助間を見た。

「はい。紛れもなく、日滝製作所の助間会長であります」
将校が答えた。

「いかにも資本家らしい顔をしている」
本部長は、助間を睨んだ。

「これが、日滝製作所会長の邸です」
将校が、助間の自宅を指した。

「こんな贅沢な家に住んでいるのか!」

「はい、そうです」

「普通の労働者は、木造のボロアパートで暮らしているというのに、貧乏な人たちの事を考えた事があるのか、こいつは?」
本部長は、拳を握りしめていた。

助間の側で、細谷が怒りを抑え切れないでいた。それを助間が手で宥めた。

「この邸は、国家安全保衛部が接収する。この邸を軍団長閣下の官舎とする。こいつらを早く強制収容所に連れて行け!」
本部長は、そう怒鳴って、ベンツ300CEに乗って去って行った。

「そう言う事です。それでは、助間会長まいりましょう。強制収容所へ」

助間と細谷は将校に促されて、装甲車まで歩き出した。彼らの後から、兵士が小銃を突きつけ後に続いた。その鋭い銃口は、彼らの背中を睨んでいた。

二人は、兵士に押されるようにして、装甲車に乗り込んだ。
装甲車がゆっくりと動き出した。

助間は、後部ドアの小さな窓から未練がましく、自分の邸を見送った。

十八年間、住んで来た豪邸が徐々に小さく遠ざかって行った。

(第3章 終わり)

第4章へ

いわき独立戦争(4)1-3

2005-05-30 22:28:20 | いわき独立戦争 4章
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第4章 百里基地を狙え

1.いわき平・議事堂内大会議室
  6月28日 0818時

近野直人国家主席は満面の笑みで、大老渡部忠兵衛、坪井正人軍統合参謀総長、三戸二三男労働書記長、佐藤邦夫労働運営委員長、それに菊池司国家安全保衛部長たちの顔を見渡していた。

日滝市の占領に成功し、自進党の圧政から労働者たちを解放出来たことは、いわき人民共和国建国以来、初めての歴史的勝利であった。だが、自進党の傀儡軍は小川道と常磐南道から、我が国へ侵攻している。
ロシア亡命軍の航空部隊が支援して、傀儡軍も相当な損害を被っている様だが、予断の許されない状況である事には変わりなかった。

「坪井統合参謀同志、日滝占領おめでとう。よくやってくれた」
近野は、坪井統合参謀総長に眼を向けて言った。

「ありがとうございます。偉大なる首領同志」
坪井は近野に対して10度の敬礼をした。

「これで、日滝の労働者たちも安心して職に就けるし、我が国の軍需産業の生産能力も上がる。日滝占領に成功した南部電撃軍の指揮官は滝沢中将だったね?」

「はい、そうです」

「彼の功績は、いわきの歴史に残るだろう。そうだ、滝沢中将に桜葉騎士十字章を授与しよう」
近野は、にっこりして言った。

桜葉騎士十字章は、いわき人民軍の中で、任務遂行上の功績により授与される最高の勲章で、自衛隊でいえば第1号防衛記念章に相当する。

「三戸労働書記長、日滝製作所の運用プロジェクトの方はどうなっている?」
近野は目線を、三戸の顔に変えた。

「はい。以前、日滝製作所をリストラされた労働者たちを復帰させて、工場をいつでも稼働出来る態勢をとっています」

「それはよい事だ。そうなれば、戦車、装甲車、地対地誘導弾の生産も順調に進む訳だ」

「現在は、T-72の生産ラインを稼働させる計画に入っています。ライセンス生産でコストが高くつくのが悩みの種ですが」

「自進党の傀儡国家に対処するには、コストが高くつくのも止むを得ないだろう」
近野は、何の迷いもなくあっさりと言った。

他国の兵器の図面や生産方式を買い自国の兵器工場で生産を行う、いわゆるライセンス生産にはいくつものメリットがある。
一つは、軍事産業の技術育成が図られる点だ。例えば、最新鋭の戦闘機のライセンスを購入すれば、技術的なノウハウを吸収する事が出来、また、いざという時にパーツの供給にも不安を抱えずに済む。

これに対して、価格の高騰を理由に、ライセンス生産よりも直輸入の方が良いとする説もある。例えば、自国生産といっても100%ではなくブラックボックスなど重要パーツは国産化が許されないケースもある。

こういった各種制約の下で、傀儡国家はライセンス生産に拘っている。例を挙げると、傀儡空軍のF-15戦闘機。これは高価な戦闘機で、傀儡国家以外でF-15を保有している国は、イスラエルとサウジアラビアだけである。富裕な国家しか買う事が出来ず、イギリスやドイツはコストと独自性を狙って共同開発を選択している。

しかも傀儡国家の場合、3ヶ国の中で唯一、ライセンス生産が行われた結果、一機あたりの調達費が巨額となり、世界で最も高価なF-15となっている。

「それなら海外へ我が国で開発・生産した兵器を輸出すれば良いと思います」
佐藤労働運営委員長が口を開いた。

「武器を海外へ輸出するのか?」
大老の渡辺が訊いた。

「そうです。傀儡国家には武器禁輸三原則がありますが、傀儡国家から独立した我が国は武器禁輸三原則など関係ありません。我々の思い通り、何でも出来る訳です。主要武器はライセンス生産を行い、コストが高くついても国産の電子部品等の戦略物資を海外へ輸出すれば、それを補う事が出来ます」

「おう、そいつは名案だな。君もなかなかいい事を言うではないか。頭が柔らかい現場出身ならではの提案だな」
近野は微笑して、佐藤を褒めた。

傀儡国家日本では武器輸出三原則によって、共産圏諸国や国連決議によって武器の輸出が禁止されている国、国際紛争の当事国又はそのおそれのある国へは武器輸出を認めていない。

「我が国は傀儡国家日本ではありません。何でも出来るんです」

「現に武器輸出三原則で武器本体を輸出しなくても、彼らが共産圏や紛争の恐れのある危ない第三諸国に送っている自動車などは、兵器のキャリアーとして使われているではないですか」
三戸が、憮然として言った。

「本当かね?三戸同志」

「はい、そうです。近野首領同志」
三戸は、答えた。

「例えば、中国に輸出しているM菱Fそうのトラックは、人民解放軍の戦車輸送用トレーラーの牽引車として使用されてますし、インドではNサン自動車のパトロール四輪駆車を軍用として使用しています。私は、インド軍の対戦車誘導弾を装備したパトロールがパレードしている写真を見た事があります。他にもTヨタ自動車のラン○クルーザー四輪駆動車も第三諸国では軍用に使用されてます」

「初耳だな。私も、以前にトラックの運転手をしていたが、こんな事実など全く知らなかった」
近野は、右手で頭をかいた。

「ですから、我が国が武器を輸出しても誰も文句を言う権利はありません。例え、紛争当事国であっても武器輸出はすべきです」

「輸出するとして、どこの国々に輸出するんだ?」
渡辺が訊いた。

「イラン、イラク、ヨルダン、パキスタン、アフリカ諸国などです」

「イラクはやばくないか。あそこは、アメリカに目を付けられているぞ。イランだって武器の輸出を出来る保証はないぞ」
渡辺が不安な表情で訊いた。

「我々は、アメリカの言いなりで動いている訳ではありません」
佐藤がきっぱりと答えた。

「それでは、武器輸出を今後の外交施策のひとつとしよう。例え、イランであろうとイラクであろうと、やるとなったら遂行しなければならないからね」
近野が言った。

「イラクでは、湾岸戦争によって、戦力が弱体化しています。総兵力が大きく減り、戦車や戦闘機の装備数も半数以下となっています。イラクだって、兵力を必要としています。アメリカの監視の目をくぐってでも武器輸出は行うべきです」

「なるほどね。佐藤同志が、そう言うのなら武器輸出のプランを具体化する必要があるな」
近野は、溜め息をついてから、

「ところで、常磐南道と小川道の戦況はどうなっている?」
と、再び坪井に眼を向けた。

「はい」
坪井は返事をして立ち上がり、壁の状況板に眼を遣った。

「現在、小川道では傀儡陸軍の第44普通科連隊が、戦車や砲兵の掩護を受けながら十文字地区まで侵攻して来ましたが、日本海の亡命軍の空母から発艦した艦載機の攻撃によって、相当の損害を与えた模様です」

「それなら敵に攻撃力は残っていないな?」
近野は、微笑した。

「一方、常磐南道では傀儡軍第1師団が錦町で我が第26旅団の先遣隊と交戦、鮫川を渡河し、植田市を制圧した後、東田町、後田町まで進出、金山、早稲田に近づきつつあります。これに対し後藤良二少将の第26旅団は、小浜、泉町、黒須野、添野の線まで部隊を後退させ、防御戦に備えております」

「部隊を後退させたのか?」
三戸が、むっとした表情で訊いた。

「植田市を制圧されておいて、後退しただと?事実上の敵前逃亡ではないのか」
黒縁の眼鏡をかけた国家安全保衛部長の菊池が不機嫌な顔で口を開いた。

菊池は、元インテリやくざで、暴力と拷問しか頭にない、いわきで最も危険な男と恐れられている。
特に、拷問のやり方はナチス・ドイツの親衛隊長ヒムラー以上である。それが故に、周囲から”いわきのヒムラー”と言われていた。

以前は、大手運送会社でトラックの運転手をしていたが、会社の宴会の時、コンパニオンとカラオケをしていた同僚から、そのコンパニオンを横取りし、一緒にカラオケを歌い始めた。その際、抗議した同僚に暴行を加え全治一ヵ月の重傷を負わせた過去がある。誠に恐ろしい男である。

「いいえ。適確な状況判断だと思います」

「植田市を奪われ、その上、部隊を後退させておいて、どこが適確な状況判断なんだっ!」
菊池は、坪井を睨んだ。

「まあ待て、菊池安全保衛部長同志」
近野が、手で菊池を制した。

「部隊を後退させるのも戦術の一つだ。部隊を全滅させてしまったら、守るべきものも守れなくなってしまう。私は、旧日本軍のような戦いを我が人民軍にさせたくない」
近野は、菊池を宥めた。

「それに、後藤少将は我々に忠誠を誓う有望な指揮官である。敵前逃亡する様な男ではない」

「東條参謀長もついている事ですし、なんとかなるでしょう」
坪井が東條参謀長の名前を出すと、近野はむっとした。

「東條か。あいつはどうでもいい」

「彼が気に入らないんですか?」

「あいつは口だけは達者だからな」
近野は、不機嫌な表情で言った。

そもそも、近野は傀儡軍上がりの東條章参謀長を気に入っていない。元傀儡軍という経歴があるだけに、彼を信用していないのだ。それは、遠藤一成機甲総監についても同じである。

「ところで、常磐南道の傀儡軍は撃退できるのか?」

「部隊を再編成させ、重装甲攻撃ヘリの修理が完了すれば、再度、傀儡軍に攻撃をかけます」

「坪井参謀総長同志、吉報を待っているよ」

「わかりました。近野首領同志」
坪井は、再び10度の敬礼をした。

 * * * * *

2.茨城県北茨城市磯原沖・太平洋
  7月3日 1000時

海上自衛隊第21護衛隊の護衛艦DE220「ちとせ」は、那珂湊第3管区海上保安本部の巡視船PS「あかぎ」といわきへ入る船舶の臨検を行う為、碧い海原を波を蹴立てて、航行していた。

「ちとせ」は、昭和48年に竣工したDE「ちくご」型護衛艦である。
基準排水量1,500t。全長93m。全幅10.8m。平甲板型。ディーゼルエンジン4基2軸。速力25ノット。
主要兵装は、50口径3インチ連装速射砲1門。40ミリ連装速射砲1門。アスロック1基。3連装短魚雷発射管2基。乗員165名。
船団護衛、対潜哨戒・掃討を主任務として3次防計画で建造された地方隊配属の護衛艦である。

砲雷科の砲術士中川二等海曹は、射撃員の皆川海士長と後甲板で太平洋の水平線に眼を向けていた。海上警備行動が発令されてから磯原沖でいわきへ入る船舶の監視・臨検を行っているが、それらしい船舶は来ない。毎日、海を見続ける退屈な日々を送っていた。

右舷前方3キロには海上保安本部の巡視船「あかぎ」の白い船体が見える。

(地連にいた時の方がよかったな)
中川は海上警備行動についてから、時々、口癖のように呟くようになった。

彼は、福島地方連絡部いわき募集事務所で広報官をしていたが、いわき独立に伴って、その募集事務所がなくなり、第一戦の護衛艦勤務に戻ったのである。
それに、今回の勤務は演習でなく実戦である。緊張感も通常ではない。実戦になれば、こんな小型の護衛艦など1発の誘導弾や魚雷であえなく撃沈されてしまう。
実戦にならないよう何度、祈った事かわからない。

「碧い海を見てるのも暇だな、皆川」
中川は、皆川の顔をに眼を向けて言った。

「地連にいた時の方がよかったんじゃないですか?」
皆川は、後方の海を見つめながら言った。

「地連にいた時は、やりがいがあったな。隊員の募集、地域住民とのふれあい、艦艇の一般公開、いろいろと楽しい事があった。この『ちとせ』も小名浜に来て、一般公開をした事があったな。今では、その募集事務所もなくなってしまった」

「それで、また護衛艦勤務に?」

「ああ、護衛艦勤務というのも一度なじめば居心地のいいもんだよ」
中川がそう言った時、艦内スピーカーから不審な貨物船が接近したとの報告が流れた。

『右舷後方に不審な貨物船と思われる船影あり。距離8海里。いわきへ向かっていると思われる。総員配置に就け』
いわきへ向かっている貨物船らしい。

「皆川、配置に就け」

「はい」
中川の命令で、皆川は40ミリ連装機関砲に飛びついた。

40ミリ連装機関砲は、初速毎秒約2,900フィート、最大射程約10,000メートル、発射速度毎分約150発の機関砲である。

砲術士の竹中三等海尉が走って来た。

「不審な貨物船が接近して来た。配置はいいか!」
竹中が、叫ぶ。

「配置よしッ!」
中川が答える。

「いわきに入港する船でしょうか?」

「怪しげな荷でも積んでるのだろう。海保の『あかぎ』が向かった。我々も行動するぞ」
竹中がそう言うと、中川は右前方の海に眼を向け、双眼鏡を覗いた。

海保の「あかぎ」が反転して、不審船に向かって行った。

船を停船させてから臨検するのだろうが、もし停船せず臨検を拒否したら強制的に停船させるしかない。自衛隊法82条の海上警備行動では、刑法上の「正当防衛」又は、「緊急避難」の場合を除き、「人に危害を与えてはならい」という厳しい制約が課せられている。

「ちとせ」も反転して、不審船の方角へと向かった。

「あの船ですね」
中川が、双眼鏡を覗きながら言った。

水平線上に黒い船体が見えた。

「あれだな」
竹中三尉も肉眼で確認した。

8,000トンクラスの貨物船である。ローリングとピッチングを繰り返しながら北上している。「あかぎ」がスピードを上げながら不審船に近づいて行く。
「ちとせ」も海面をかき分けながら、不審船に向かう。

不審船との距離が2,000メートルまで縮んだ時、「あかぎ」は停船命令を出していた。

船尾旗竿には、ひらがなの「い」の文字を図案化した旗が翻っていた。いわき人民共和国の貨物船だった。船尾には「美光丸」と、書かれていた。

「竹中三尉、いわきの貨物船です」
中川が双眼鏡を降ろし、竹中に報告した。

「やはり、いわきの船だったか。国賊め」
竹中は、前方を航行している「美光丸」を睨んだ。

美光丸は、やや大型の貨物船である。海自の補給艦「とわだ」クラスと同じぐらいの大きさである。

「あかぎ」がさかんに停船命令を出している。だが、「美光丸」は停船しようとせず、航行を続けている。「ちとせ」からも、旗旒(きりゅう)信号、通常国際周波数、HF、緊急用UHFなどの電波で呼びかけるが、停船しようとはしない。

「停船しませんね」
中川が言った。

「海自だからといって、俺たちをおちょくっているんだ」
竹中は、憮然とした顔で呟いた。

その時、砲雷長からの命令が艦内放送で流れた。

「海保の『あかぎ』がこれより威嚇射撃に入る。本艦もこれより威嚇射撃の態勢をとる。連装速射砲、連装機関砲は、射撃準備の態勢をとれ!」

砲雷長の命令で、艦内が慌しくなった。

「機関砲をいわきの船に向けろッ!」
竹中が怒鳴った。

皆川が、40ミリ連装機関砲を「美光丸」に向けた。

「照準よしッ!」

艦の前方にある50口径3インチ連装速射砲も「美光丸」に向けられ、砲身が睨みを利かせた。

銃声が響き、「あかぎ」の13ミリ単装機銃が火を吹いた。曳光弾の火線が、いわき人民共和国の「美光丸」のブリッジの前を何発も飛翔した。

『威嚇射撃用意!』

「威嚇射撃用意!」
伝令が復唱して、伝えて来る。

その間にも、「美光丸」は停船しようとしない。

「速射砲、機関砲、撃てッ!」
伝令が伝えた。

皆川が、連装機関砲の射撃を開始した。
連装速射砲も火を吹いた。

水柱が、「美光丸」の前方に立ち昇った。

それでも「美光丸」は停まらない。

その時、「美光丸」の左舷の扉が3箇所開いた。

「なんだ、あれは?」
竹中が、扉を見つめた。
扉が開くと、船体から不気味な砲身が出て来た。

「対艦砲ではないか!」
竹中が叫んだ。

「武装商船だったのか」
中川が舌打ちした。

二人が狼狽していると、「美光丸」の船体から伸びた砲身が火を吹いた。
口径が8インチもある対艦砲である。

「あかぎ」の周囲で、巨大な水柱が上がる。

「いかん、『あかぎ』が危ない!」
中川が叫んだ。

「対艦砲も巡洋艦並みだ」
竹中も狼狽した。

対艦砲を喰らったら、189トンの「あかぎ」などひとたまりもない。
「あかぎ」は、砲弾を回避しようとジグザグ航行している。

『これより、船体射撃を実施する。速射砲射撃用意!』
砲雷長からの命令が、スピーカーから流れた。

50口径3インチ連装速射砲が、「美光丸」に向かって咆えた。
「美光丸」の船体に砲弾が命中し、小爆発が各所で起きた。

50口径3インチ連装速射砲は、初速毎秒約2,600フィート、最大射程14,400ヤードの米海軍制式砲で、対空防御が主目的だが対水上にも使用される連装速射砲である。

「我々も射撃するぞ。皆川、撃てッ!」
竹中が、皆川に怒鳴った。

皆川は、照準を「美光丸」に当て、40ミリ連装機関砲を撃ちまくった。
「美光丸」も「ちとせ」に向けて発砲して来た。艦の周囲で海面が小山のように盛り上がる。

「皆川、撃て!撃て!」
中川が、狼狽しながら怒鳴る。

皆川は、船体後部めがけて撃ちまくった。
その時、「美光丸」の後部から火が吹き出した。連装速射砲の砲弾も船橋に命中し、たちまちぶち抜かれた。

20分後、「美光丸」は大爆発を起こし、沈没した。


この海戦で、海上自衛隊の護衛艦「ちとせ」が撃沈したのは、いわき人民共和国の特務船「美光丸」である事が後に判明した。そして、この海戦は、北茨城沖海戦として記録される。

 * * * * *

3.東京都千代田区霞ヶ関・外務省
  7月5日 0930時

外来室では碓氷外務次官と前原外務次官が、いわき人民共和国の特使と睨みあっていた。
一昨日の特務船「美光丸」の撃沈で、いわき人民共和国の内河幹夫、佐藤正次両外交官が外務省に抗議に来たのだ。
内河、佐藤外交官も鋭い目つきで、碓氷と前原を睨んでいた。

「貴国は、何の恨みがあって無抵抗の『美光丸』を撃沈したのかね?」
内河が声を荒げて、訊いた。

「無抵抗ではなかった。『美光丸』がいきなり発砲してきたから、正当防衛で自衛隊側も応戦したまでだ。海自の記録映像を見れば、どっちが悪いかすぐわかる」
碓氷外務次官も負けずに反論した。

「信用できないね。それは貴国のでっちあげとしか言い様がない。何しろ『美光丸』は、普通の貨物船だよ。武装してる訳がないではないか」
「それに、あなた方の言う記録映像というのも前もって捏造したものではないのか?」
佐藤外交官も皮肉を込めて言った。

「我々が、捏造したというのかね!」
前原は、怒鳴った。

「いいですか、貴国のやった事は海賊的行為であり、テロだ!」

「海賊的行為、テロだと・・・ 品の悪い発言は撤回したまえ!」
前原は、佐藤を睨んだ。

「それに、我が国はいわきの独立など認めてないんだよ。あなた方のやった事の方がテロ行為ではないのかね」
碓氷外務次官も、落ち着いた表情で言った。

「何を言うか!いわきの独立は既に第三国が認めているんだ。大使館だってあるんだ!」

「我が国の何処に、いわきの大使館があるというのだね?」
碓氷が苦笑いした。

「新橋にある」

「いわき青年開館の事を言っているのかね!」
前原は、思わず笑い出してしまった。

すると、佐藤が顔を紅潮させ、テーブルをドンと叩いた。
「舐めてるのか、お前ら!」

「そういう口の利き方はやめなさい。外交官らしくない発言だよ」
碓氷が宥めた。

「喧嘩吹掛けて来たのは、お前らじゃねえのか!ふざけんなよ」
佐藤が食って掛かる。

「やめとけ!」
内河が手で制した。
「言っておきますが、我が国は、『美光丸』の撃沈を許せません。我が国としましては謝罪と『美光丸』を撃沈させた艦の責任者の処罰及び損害賠償を請求します」

「それは出来ません。海自の『ちとせ』のやった事は正当防衛です。憲法にも違反してませんし、自衛の為の行動です」

「そういう態度を取るんですね。それなら我々も貴国と戦って行きます。後はどうなっても知りません」

「どういう事かね?」

「スカッドミサイルをぶち込んでやる!」
佐藤が、強い口調で言った。

「やれるものならやってみろ!」
前原が、佐藤を睨んだ。

内河が、宥める。
「佐藤さん、帰りましょう。これではいくら話し合っても無理だ」
内河は、そう言って、佐藤を促した。

佐藤がドアを開けて部屋を出る時、
「覚えていろよ」と悪態をついて出て行った。

 * * * * *

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いわき独立戦争(4)4-6

2005-05-30 20:22:34 | いわき独立戦争 4章
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4.双葉南道大熊市(旧福島県双葉郡大熊町)・青田鉄工業本社
  7月8日 2000時

専務の青田和雄は、恵美と甘美な一時を過ごしていた。
恵美を引き寄せ、接吻を繰り返して、和雄の手は彼女の体に伸びて愛撫を始めた。
今夜の恵美は、Tシャツにデニムの短パン姿である。

「恵美、怖がる事はないよ。傀儡軍はここまで来やしないよ。人民軍が早稲田、金山の辺りで撃退するよ。何の不安もない」

「なぜ、そう言い切れるの?日本の自衛隊は鮫川を越えたのよ」

「夕方のニュースを見なかったのかい?傀儡軍は人民軍の反撃によって早稲田、黒須野の手前でかなりの損害を受けたと、そう報じてたよ。小川から侵入を図った部隊も亡命軍の空爆で全滅に近い損害を受けたそうだ。あいつらは、もう立ち直れないよ」

「そのニュース、信用できるの?」

「国営のテレビ放送が嘘を伝える筈がないだろう」
和雄は、眉を寄せて言った。

だが、いわき人民共和国は、人民の動揺とパニックを避ける為、一部、虚偽の報道を流していた。それは、先の大戦で旧日本軍がミッドウェーの敗北を隠す為に大袈裟な報道をしたのとは訳が違い、ほんの一部の報道のみを改竄したに過ぎなかった。

実際には、日本の陸上自衛隊は、この日の時点で常磐南道の金山、黒須野、小浜、添野町を制圧。泉市の手前まで進出していた。それでも、赤衛隊、赤色労働隊ゲリラと共に、第26旅団が粘り強い抵抗を示していた。

「それなら、ニュースは信用していいのね?」

「当たり前だ。だから恵美、安心してくれ」
和雄は恵美を慰めると、再び唇を恵美に近づけようとした。
その時、車のエンジン音がして、玄関の前で止まった。

「誰か来たみたい」
恵美がそう言うと、和雄は窓のカーテンの隙間から外を見た。

外には一台の日産セフィーロが停まって、二人の男が降りて来た。

「労働運営委員長と人民軍の姉葉設計技官だ」
和雄は、外を見ながら言った。

訪ねてきたのは、いわき人民共和国政府の佐藤邦夫労働運営院長と人民軍技術部の姉葉健技官であった。
佐藤労働運営委員長は、青田鉄工業に戦車やヘリの装甲板を発注していた。姉葉技官は、青田鉄工業の製品である装甲板を兵器に装着する際の設計を担当している。佐藤と姉葉は、いわきが独立する前からの顔見知りでもあった。

和雄と恵美は、玄関へと向かった。

ドアが開くと、「こんばんは。おじゃまします」と、佐藤が丁寧なあいさつをした。

「佐藤委員長、姉葉技官、ようこそ」
和雄は、玄関に招き入れた。

「佐藤さん、姉葉さん、こんばんは」
恵美も丁寧にあいさつした。

和雄は、二人を応接間に案内した。

「綺麗で、色っぽい奥さんですね」
佐藤が、羨ましそうに褒めた。

「こんな綺麗な奥さんを射止めるなんて羨ましいですよ」
姉葉も、恵美の顔に向けながら言った。

恵美は、茶の間でコーヒーを淹れている。

「ちょっと無愛想になるのが欠点ですがね」
和雄が、照れ臭そうに答える。

「実は、近々我が軍は百里にある傀儡空軍の基地を制圧するつもりなのですが、青田さん、あなたにも協力して頂きたいのです」
佐藤が、言った。

「百里というと、茨城県の百里基地?」

「そうです」
佐藤が答えると、恵美がコーヒーを運んで来た。

「百里基地を制圧して、ロシアから来る亡命軍の航空部隊に飛行場を提供したいのです」
佐藤が、コーヒーをゆっくり掻き回しながら説明した。

和雄は、コーヒーを口に運びながら、佐藤と姉葉の顔を見た。

「それで、百里基地制圧を人民空軍も支援するのだが、青田さんにまた、ヘリの装甲板を製作してもらいたいのです」
佐藤は、依頼した。

「前回、製作したMi-24ハインドの装甲板と同じ様な装甲板ですね」
和雄は訊いた。

「そうです。青田さんの会社で製作したヘリ用の装甲板は、鮫川の戦闘で効果を発揮しました。地対空誘導弾が命中しても落ちないヘリ。これは、まさに傀儡軍にとっては驚異であります。あなた方の技術には感謝していますよ」
姉葉は、眼鏡を押し上げてニヤッと微笑んだ。

「我々の製作している『青田超特殊合金』は、アンゴラ、ザイール、ザンビアから採掘される、金、ダイアモンド、レアメタルなどを原料としています」

「アフリカから輸入しているのか」
佐藤が感心した様に聞いた。

「そうです。ですが、傀儡国家が海上封鎖をしていますので、輸入が滞っています。我が国の港は、今の所、小名浜港だけですからね」

「その心配は御無用です。青田さんもご存知の様に、我が国が日滝を併合して、日滝港も我が国の港として押さえました。日滝港も間もなく我が国の貿易港として運営出来るようになりますよ。それに、北の原町、相馬も自進党の圧政から解放し、併合する予定です。そうしたら、相馬港も我々の港になります。悪くない話でしょう」

「それはいい。名案だ。双葉郡も併合した事だしね、これから面白い事がいろいろ起きそうな気がするよ」
和雄は、いきなり笑い出してから、
「ところで、装甲板は何機分必要なのかな?」

「Mi-24八機分、Mi-28二機分あればよいです」

「計10機分ですね。それならよかった。まだ、在庫がありますので、明日からでも生産ラインをフル稼働させますよ。小名浜の工場は、傀儡軍が迫って来て危険なので、大熊、浪江の工場を24時間体制で動かし、労働者も二交替制で勤務させます」

「そうか、ありがとう。お礼はたっぷりとしますよ」
佐藤は、にっこりして礼を言った。

「私は、いわきの独立と発展の為なら喜んで貢献しますよ」

「ありがとう。それにヘリの改良は、この姉葉さんが引き受けてくれますよ」
佐藤は、姉葉に顔を向けた。

「兵器の設計ならいわき一です」
姉葉は自信を持って、アピールした。

「ヘリだけでなく、戦車や戦闘機の設計も担当しています。兵器の開発に姉葉さんは無くてはならない存在です」
続いて、佐藤が言った。

「ところで、トイレをお借りしてもよろしいですか?トイレに行きたくなって来たので」
姉葉がそう言うと、和雄は恵美に顔を向けた。

「恵美、姉葉技官にトイレを御案内して差し上げろ」

「わかりました。姉葉さん、こちらです」
恵美に案内され、姉葉は部屋を出た。

それを見届けると、和雄は佐藤に眼を向け、
「彼、時々、設計ミスをやるというんだが、大丈夫なのかね?」
と、小さい声で訊いた。

「彼は、H大学の工学部を優秀な成績で出ているんだ。そんな事はしないよ」

「それならいいんだが、いや、いろいろそんな噂があったから・・・」

「それは、彼を妬んでいる人がいっぱいいるから、そんな人たちが姉葉さんの評判を下げようとしてしているんですよ。青田さんが聞いたのもそんな人たちの中から出たものでしょう。姉葉さんは優秀な技術者ですよ」
佐藤は、はっきりと言った。

 * * * * *

5.いわき人民共和国首都・平駅前(いわき駅)
  7月8日 1800時

駅前の大通り、通称30メートル通りには、路線バスやタクシーが行き交っているが、乗用車の数は少ない。いわき独立後、車に乗る人が少なくなって来たという噂もある。

駅の周りのビルからはケバケバしいスナックや消費者金融の看板が消えて、替わりに英会話教室などの塾の看板が目立つ様になった。
駅から直ぐの繁華街、田町からもスナックやクラブの看板は消えていた。

交差点のいたる所に社会安全部の警官が立哨している。中には、携帯地対空誘導弾を構えている者もいる。

(自ら制空権を握っていて、なんで携帯SAMを構えて立哨しているんだろう。いわきも意味の無い事するな)
香川は、そんな事を頭の中で考えて苦笑しながら、駅前を歩いた。

日本の自衛隊が迫って来ているというのに、市民たちは何事も無いように歩いたり、笑いながら会話したりしている。

香川は、小さな路地を入ってすぐの所にある居酒屋に足を踏み入れた。
赤提灯だけが微かに輝いてる年期の入った居酒屋である。店前の引き戸には、”準備中”の札が掛かっている。中に入ると40代後半のマスターがカウンター越しに立っていた。

「いらっしゃい、香川さん」
マスターは香川の顔を見るなり、挨拶した。

「生ビールを一つ頼むよ」
香川はそう言って、カウンターに腰を掛けた。

「それにしても地味な街になりましたね。スナックやクラブのネオンが消えて、繁華街のイメージがなくなりましたよ」
香川はそう言いながら、タバコに火を点けた。

「いわき人民共和国の人民憲章では、水商売は基本的に禁じられています。だから、キャバクラやスナックの営業は許可されません。営業が許可されているのは我々みたいな大衆居酒屋だけです」
と、マスターは答えた。

「何故、いわき人民共和国では水商売が禁止されているんだ?」

「ここ田町の繁華街は、独立前は、『暗黒街』の異名をとるほど悪徳スナックやぼったくりバーが多かったんですよ。それに地元のヤクザが勢力を誇ってたんですよ」

「そんなに酷い街だったんですか?」

「ああ、それに水商売の女たちは客から金を搾り取ったり、貢がせていましたからね」
と、マスターは言って、生ビールを香川に渡した。

香川は、その生ビールを口へ運んだ。

「金持ちの資本家からイロイロ物を買ってもらったり、貢いでもらうのはまだしも、普通のサラリーマンからも金を搾り取ったり、色々物を買ってもらったりしてましたからね。色気を見せてね。騙される方も悪いのかもしれませんがね。それで、客と揉め事があるとすぐに知り合いのヤクザに連絡を取っていました。客たちはヤクザに凄まれて、脅されたりしていましたよ」

「それで、いわき人民共和国では水商売を禁止にしたんですね」

「そういう事です。水商売というのは因果な商売ですよ。いや、私が言うのもなんですがああいう商売のやり方はどうもね。客と酒飲みながら、わいわいやるだけで、その上、おねだり三昧っていうのもね。彼女たちは強制収容所に入れられ、人民軍の従軍慰安婦として前線送りになったのもいるって噂ですよ」

「なるほどね」

「いわきで威張っていたヤクザたちは、国家安全保衛部の手によって、次々と処刑されて行きましたよ」

「ヤクザは粛清されていったんですね」

「そうです。ヤクザは市民の敵ですからね。ですが、それでいいんですよ。田町もほんとに平和になりましたからね。以前は酷い街だったんですから。後顧するとヤクザに殴られたり、水商売の女に貢ぎ過ぎる客も大勢いましたからね」
マスターは溜息をついたあと、つまみの枝豆をカウンターに置いた。

「なんか、マスターはいわきが独立してからのほうが良くなった様な言い方をしてますね?」
香川は、苦笑した。

「水商売の女に金を絞られた人たちの事を思うとね。ですが、いわきの独立には反対です。旧ソ連からスカッドミサイルを購入したり、戦車を購入するなんて行為は絶対許せません」
マスターは、眉を寄せた。

「それを聞いて、安心しました」
香川はそう言って、ビールを飲み干した。

「香川さん、もう一杯いかがですか?」
マスターは、香川に訊いた。

「じゃ、もう一杯貰えますか」
と、香川は答えた。

マスターは、香川の空けたジョッキを下げ、次のジョッキを渡した。

「そろそろ来る時間だな」
マスターが呟くと、引き戸が開いて、30代前半の男が二人入って来た。

「よう、来たな」
マスターはその二人に言った。

「香川さん、紹介します。自由解放戦線の上遠野君と、加藤君です」
マスターは、香川に二人の男を紹介した。

「上遠野です」

「加藤です」
二人は、香川に挨拶した。

「陸上自衛隊、陸上幕僚監部調査部の情報官、香川一等陸尉です」
香川も、二人に挨拶した。

「彼らは元いわき市役所の職員で、いわきの独立に不満を持って、いわき解放の為にゲリラ活動をしています。彼らが自衛隊を側面から援助します」
と、マスターは言った。

「私と加藤は高校時代からずっと一緒で、今まで共に活動して来ました。近野直人による独裁政治は許せません」
と、上遠野が言った。

「いわき人民軍に関する情報があれば、いつでも提供します。我々には武器もありますから」
続いて加藤が言った。

「武器って、一体どうやって手に入れたんです?」
香川は不思議がって、二人に訊いた。

「実は、在日米軍の幹部が隠密に武器を供与してくれまして、それでいわき人民軍と戦っています」
と、上遠野は答えた。

「在日米軍・・・ そうか」
香川が思い出した様に呟いた。
陸幕の上司たちが、一部の米軍がいわきの解放を支援活動を始めたと、言っていたのを思い出したからだ。
(この事だったのか)

「外の様子はどうかね?」
マスターは、二人に訊いた。

「国家安全保衛部の連中が、ヤクザの残党狩りをやってます。田町をうろうろしてますよ」
と、上遠野が答えた。

「店を一軒一軒回って歩いていますよ」
続いて、加藤が言った。

「いずれ、ここにも来るだろうな・・」
と、マスターは言ってから、

「ところで、お二人さんは、何を飲むんだい?」
と、訊いた。

「二人とも生ビールがいいですね」
と、上遠野が言った。

マスターは、二人に生ビールを渡してから、四人で乾杯した。

「早く、いわきが解放されるといいですね」
と、香川が言った。

「その為にも香川さんに協力しますよ」
加藤がそう言った時、いきなり店の引き戸が開き、オリーブドラブの軍服に赤腕章を付けた男が二人入って来た。

香川やマスターは、こわばった表情でその男たちに注目した。

「国家安全保衛部の者だ。こちらにヤクザらしい人物は入らなかったか?」
と、訊いてきた。

「そんなの来ておらんよ。うちの店はヤクザはお断りだから」
マスターは答えた。

「本当に来なかったか?」
国家安全保衛部の保安隊員は、語気を強めて念を押した。

「来てませんよ」

「わかった」
と、言うと、二名の保安隊員は引き戸を閉めて、去って行った。

「やれやれ・・・」
マスターは、緊張感がほぐれ、ビールを口に入れた。

「いつも、あんな感じなんですか?」
香川は訊いた。

「ヤクザを一掃しないと街に平和が来ないと、人民政府は言っているからね」
と、マスターは答えた。

「ところで、人民軍の様子はどうですか?」

「小川道に展開していた人民軍は何故か、四倉市大野を経由して、夏井の六十枚に移動しました」
上遠野が、答えた。

「六十枚にですか?」

「小川道の自衛隊が、旧ソ連からの亡命軍による航空攻撃で壊滅的打撃を受けたとして、部隊を転進させたんでしょう」

「ですが、第一師団が展開している植田、早稲田とは全く正反対の方角ですね」

「恐らく、新舞子海岸に上陸して来る亡命軍の支援の為だと思うよ」
と、加藤が言った。

「それで六十枚に移動したのか。すると、亡命軍の新舞子上陸も近いと言う事ですね」

「そういう事になります。人民軍参謀本部の参謀たちも新舞子海岸を視察に行ったみたいですから」

「参考までに、上陸する日時とかを予想出来ますか?」
香川は、上遠野に訊いた。

「早ければ7月の半ば、遅くとも8月の上旬と予想されます」
上遠野は、答えた。

「わかりました。ありがとう」
香川は、礼を言った。

その為には、第1師団の第31、32戦闘団を早く新舞子海岸まで展開させないと、亡命軍の上陸を許す事になってしまう。第6師団の第44戦闘団も、なんとか新舞子まで行ければよいのだが、亡命軍の航空攻撃でかなりの損害が出ている。

(早く、なんとかしなければ、日本の未来はなくなってしまう)
香川に、緊張感が走った。

 * * * * *

6.埼玉県所沢市 某所・技術研究本部格納庫
  7月7日 0830時

防衛庁特殊戦技作戦室の野呂正吾三等空佐はM菱重工の上尾開発部長と格納庫内を歩いていた。
二人の側には整備中の陸自のCH-47Jヘリがある。二人は、そのCH-47Jの前にある白い機体のうち胴体中央部、主翼両端、垂直尾翼上部だけが赤い試作機に眼を止めた。

「これがFS-Xか?」
野呂三佐は、感心した様に試作機を見上げた。

「来年、ロールアウトする予定です。その後、秋には初飛行の予定になっています。ですが技術実用試験には長く時間がかかり、部隊使用承認を受け、実戦配備になるのは5年後になりますね」
上尾部長が苦い顔で、説明した。

「5年後では戦争が終わってしまうな。まあ、5年後の我が国がどうなっているかだが・・・」
野呂は、苦笑した。

FS-Xとは、次期支援戦闘機の事であり、F-1支援戦闘機の後継となる機だ。
機体は、米空軍のF-16を基本ベースに日米共同改造開発された。FS-X選定にあたっては、米国から購入するか、国産にするかで異論がでていたが、紆余曲折の末、日米で共同開発する事で決着した。
FS-Xの機体各部には、先端技術を駆使した機器や複合素材、電波吸収材などが多く用いられ、機体の軽量化とステルス性がもたらされている。

「ところで例のモノは?」
野呂は、上尾に訊いた。

「隣の第2格納庫です」
上尾は野呂を促し、歩き出した。

扉を開け、第2格納庫に通じる渡り廊下に出る。第2格納庫の入口の前に来ると2名の隊員が歩哨に立っていた。上尾が胸のIDカードを見せると、2名の隊員は無言で挙手の敬礼をした。
上尾が入口のドアを開け、野呂が後に続く。
中に入るとすぐ、野呂が眼を大きくした。

「こっ、これは・・・・・」

二人が眼を向けた先には、全面OD色の見慣れない機体があった。
短い主翼に垂直尾翼が二枚付いていて、米軍のF-117ステルス機に似たデザインをしている。

「MSFX-J。多目的攻撃戦闘機です」
上尾開発部長は、答えた。
「まあ、攻撃戦闘機といっても空自で運用するのではなく、あなたたち特殊戦技作戦室で運用する装備ですが」

「なるほど」
野呂三佐は、機体を見上げてから、
「しかし、陸上自衛隊の文字が描かれていますが・・・」
と、不思議そうに言った。
機体の横に、陸上自衛隊の文字が描かれていたからだ。

「ああ、それは陸自の立川駐屯地をベースにするので、防諜上、陸上自衛隊と描いたものです。特殊戦技作戦室の装備である事には変わりありませんよ」
と、上尾は言った。

「それにしても、大きな機体ですね」
野呂は、機体を見回しながら歩いた。

「最大の特徴は、この機体の防御力にあります。チタン合金などの複合装甲で、敵の対空火力下でも攻撃行動をとれます。SA6ゲイフル、SA9ガスキン、SAM-2ガイドラインなどの対空誘導弾の攻撃に耐えられます。MSFX-Jは、まさに空飛ぶ要塞です」

「凄い。これさえあればいわ軍はもとより、旧ソ連の亡命軍も撃退可能だ」
野呂は、眼を大きくした。

「予算の事情により採用されるのは、この一機のみというのが残念ですが、この一機でもいわ軍に充分対抗出来ますよ」
上尾は、自信を持って言った。
「兵装は、主翼端にAAM-3空対空誘導弾各1発、主翼下にMk82通常爆弾6発、更に機首には20ミリバルカン砲1基を装備しています。また、ステルス性もありますので、レーダーに捕捉されないのも特徴です」

「実戦配備にはどの位かかりますか?」
野呂は、上尾に訊いた。

「先月、防衛庁から部隊使用承認が下りたので、来月には実戦配備が可能です」
上尾は、答えた。

「来月ですか?」

「装備品などの総合調整、配備する駐屯地での手続きなどがありますから、色々と時間が掛かるのが難点です」
上尾は、困惑した表情で言った。
「ですが、なんとか亡命軍の上陸するまでには、部隊配備出来る様、努力します」

「なんとか、お願いします」
野呂は言葉を強くして、懇願した。

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