阿片王 満州の夜と霧 新潮社 このアイテムの詳細を見る |
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佐野眞一の『阿片王』を読んでいる。満州国建設に歩調をあわせ,大陸で暗躍した里見甫(さとみはじめ)のルポルタージュである。里見は,大杉栄を撲殺した甘粕正彦(あまかすまさひこ)とならぶ謎多き人物で,その謎解きは,側面的に,満州というものの存在を浮き彫りにさせる。副題の満州の夜と霧とは,「日本にとって満州とは何だったのか」という問いかけでもある。
大連~ハルビン943kmを時速130km,13時間半で結ぶ夢の特急「あじあ号」をはじめ, 岸信介ら革新官僚の「満州で実践」した,壮大な社会実験は,戦後の日本の高度成長の青写真となるものであった。「満州国の首都新京には上下水道が整備され,東洋ではじめての水洗便所の敷設も新京からはじまった。大連には東洋一を誇る病院があり,市街地はアスファルトで舗装され,主だった住宅にはセントラルヒーティングが施された。主要都市のデパートには,日本内地でも入手できない高級舶来品があふれていた。(同書P105)」のである。
満州国建国のプランナーたる石原莞爾の企てが成功していたなら,東洋の一角に,五族(日・漢・朝・蒙・満)を中心とした東アジア諸民族が居住するアメリカ合衆国並みの他民族国家が誕生していた可能性もあったのである。
里見は,広田弘毅,中野正剛,緒方竹虎など錚々たる政治家を排出した福岡,修猷館に学んだあと,一高(すなわち東大),陸軍士官学校,海軍兵学校と肩を並べる超エリート校,東亜同文書院に進む。成績不良の彼は,エリートコースは歩めぬものの,中小貿易会社勤務を経て,京津日日新聞の記者,国通の主幹,満州鉄道や関東軍の嘱託などを経るなか,軍部との結びつきを強め,やがては,闇社会をしきる「阿片王」へとコマをすすめていくのである。そしてその金が,関東軍や東条英機の軍拡路線を支えていく。そこに暮らす人たちの心身を確実に蝕みながら,その犠牲の上で,五族協和の実現を夢見るのである。
この本を読みながら,昭和史を紐解く中で,石原莞爾や満州国建設プロセスとその功罪を押さえておくことは必要不可欠であると感じた。90頁ほどで読みさしている福田和也の『地ひらく』や,30頁ほどでやめている佐高信の『石原莞爾その虚飾』などを再開しなければと思った。それにしても,ちょっと何かを書こうと思うとき,手元に本がないのは痛い。専ら,借りて読むことの弊害である。まあ,買う金もなく,置くスペースもなく,即座に該当本と該当箇所を探し出せる整理力もないのだから仕方ないのである。この三無現象が三有現象に変わると,私でも多少はモノが書けそうな気もするのだが・・・。