ペーパードライバー教習の車窓から

車の運転中や、練習中の車窓からの光景と感想をとりとめなく。

交通で見かけるオシャレ       フジドライビングスクール東京

2014-11-30 22:02:22 | ペーパードライバー


オシャレというと、今年の流行が、とか、この冬は、とか言う言葉が聞こえそうですが、交通の場面では少し違います。

オシャレな車というのもありますが、別の機会にして、今回は交通における行動について考えてみたいと思います。

右折で対向車の通過を待っていると、少し車間を空けている車が、こちらの渋滞具合を見て、譲ってくれたりします。

「オシャレだな」と思います。余裕のある運転に大人の香りがします。

また、左車線を走っている時に駐車車両を見つけて、車線変更をしようとした際、右後続車がスペースを空けてくれている事があり周囲への気配りが素晴らしいなと思うのです。

大抵の場合、わざと邪魔をするか、気が付かず並走してくる車が多いのです。

権利を主張し合う交通社会に措いて、譲り合うというのは確かに難しく、通常、野生の香りが普通なのですが、時折見かける人の理性的な行為は感動に値するのかもしれません。

先日、天王洲アイルの交差点で横断歩道を渡る女性を待っていたところ、歩行者信号が点滅しはじめたため、その女性は走って渡り、渡り終わると、こちらに向かい一礼したのです。

いやいや、あまりの感動に練習していた男性と一緒にWエンジンの漫才ばりに「惚れてまうやろ~」と二人で感動したのでした。

どんなに素敵な装いでも、素敵な行為にはかなわないというのを、まざまざと見せつけられた気分でした。

高級外車で割り込み、社名入りの社用車で暴走、某都営バスの煽り行為、オシャレとは品位がなければ成立しません。

まぁ、あんまり道路上で惚れまくって、恋があちこちで花咲くのも如何なものかと思いますので、時に見かける「惚れてまう」行為がちょうど良いのかもしれません。






オシャレな運転はフジドライビングスクール東京で

違反の流儀(赤しんごうと、赤さんご)                   フジドライビングスクール東京

2014-11-28 18:23:55 | ペーパードライバー


交通違反はいけません。しかし、歩行者や自転車の交通違反は、日常的に見かけます。

歩行者や自転車にも、ルールはあります。

しかも、小学生でも知ってるルールです。

車のルールは、ある程度知識がなければ判らないかもしれません。

どちらが優先か、どこは停車が許され、駐車は駄目かなど、知識がなければ難しいかもしれません。

最近、見かける、小学生でも知ってるルール違反を、堂々と行う輩には、困ったものです。

多くの人達の見ている前で、否、むしろ、多くの人達が見ているからかも、しれませんか、悪びれた様子の欠片も見られません。

「中途半端な道交法教育」でも書きましたが、子供たちの前で堂々とは、許されません。

悪い事をしているのに、堂々とは、日本も変わってしまったものだと思います。

近隣の国のマナーの悪さをテレビの報道で見て、笑っていますが、本当に笑っていられるのでしょうか。

赤信号を堂々と渡る人達に、赤珊瑚問題を論じる資格がない事は理解できているのでしょうか。

誰も近くに、居なかったから、うっかり赤珊瑚を、もしくは赤信号をなら解っては、ダメですが、僅かに理解できます。

しかし、どちらも堂々としているところに、「違反の流儀」を知らない、愚かさを感じずにはいられないのです。

昔、見た、(すいません、いつも昔話で)松本清張の「砂の器」という映画の犯人の動機は、実に悲しく、切ない動機でした。

ドラマと現実を同次元で語るのは、どうかとは思いますが、せめて、「家族が病気で急いでて、つい赤信号を」とか、「子供の病の治療費を赤珊瑚で」くらいの、切ない事情を秘めてなければ、違反は、ただの薄汚い戯れとしか世間には映らないのではないでしょうか。





運転しなければならない、切ない事情がある時は、フジドライビングスクール東京で

ペーパードライバー脱出が楽々、簡単?       フジドライビングスクール東京

2014-11-28 08:52:33 | ペーパードライバー


インターネットでペーパードライバーの記事を見ていると、簡単や、楽々、誰でも、どなたでも、と苦労なくペーパードライバーから抜け出せるような気分になります。


私は、30年近くペーパードライバーの方の練習をさせて頂いてますが、簡単に、または、楽々、と運転できるようになった方はごくわずかです。

大抵は、多少なりとも苦労の後、運転ができるようになっています。

運転の恐怖や、操作技術に悩み、やっとの想いでペーパードライバーから脱出されています。

どんな事でも、苦労しなければ達成できないのは皆さん理解しているはずなのに、どうしても心の片隅に、何か良い方法があるのではと、テレビの影響で思うのです。

ずっと昔に、テレビの撮影のお手伝いをしたことがありますが、ペーパードライバーとして撮影で運転していた、おばさまは、車庫入れを一発できめる程のペーパードライバー?だったのです。

しかし、プロの編集の腕は素晴らしく、放送を見たら、ちゃんとペーパードライバーっぽく映っていました。

まあ、その番組はバラティー色の強いモノでしたから、目くじら立てる事はありませんか、最近はニュース番組でも、似たような企画を見かけます。

1日だけで、こんなに上手に、みたいにやっています。娯楽としては面白いのですが、本気にしないで頂きたいのです。

多くの人達は1週間ダイエット等で、経験済みとは思いますが、テレビはあくまでも、娯楽なのです。

バナナダイエット、納豆ダイエット、りんごダイエット、いろいろありましたが、効果のほどは、程ほどで、しっかりリバウンドし、続けている方の話しもほとんど聞きません。

効果がないとは言いませんが、とても続けられるモノではないのでは、と思います。

しかし、娯楽としては、とても面白いので、つい、見てしまいます。

いろんな情報番組がありますが、娯楽として、考えなければ、無駄な時間を費やす事となります。

2年程前に、練習に来られた主婦の方が、数回車庫入れを練習した時に、「何で、私はバックのセンスがないのでしょうか」と、質問されるので、何故か聞いたところ、テレビで見た主婦は数回の練習で車庫入れをスイスイしてたから、という話しでした。

勿論、私のテレビ番組の経験談を話して、誤解を解きましたが、同時に、私は数え切れないほどの練習をした事と、未だに練習をしている事を話したことを覚えています。

そしたら、その方もピアノを子供たちに教えていて、上達しない悩みの相談をされるらしいのです。

私は、すごい時間、練習したのに、少し練習しただけで何で、悩むのか判らないと思っていました、と言われて、何でも達成するには、それなりの時間が必要な事を理解され、「練習をたくさんしなければと思います」と、話されていました。

練習は、必ず教習所に行かなくても、安全な所を選べば一人でも可能です。

どんな事でも、たくさん練習できる環境を作った人が上達が早いようです。

簡単、楽々、の溢れる世の中で、本当の方法に、出合うのは、大変難しいと思います。

是非、本物を見極める目を身に付けて、真実の方法に出合って下さい。






真実の車庫入れはフジドライビングスクール東京で

ジョギングで近道      フジドライビングスクール東京

2014-11-27 18:30:35 | ペーパードライバー


週末の早朝や、夜間にジョギングをしている方を見かけます。

せっかくの休みの日に朝早く起きて、もしくは仕事前や、終わってから走るのは、大変だなと思います。

東京マラソンを目指してなのか、単に健康の為なのかは判りませんが、偉いなと、思うのです。ただ、やはり、どんなに立派な事であっても、マナーやルールはあります。

ジョギングウェアは黒っぽいのが多く、夜の道では車から見えにくいのです。

できれば、白や黄色いウェアが流行ってくれれば、と日々願うばかりです。

それなのに、一部の心無い人達が、赤信号を無視したり、車道を走ったり、斜め横断をしたりで、危険なのです。

一番不思議なのは、ジョギングは走る事でエネルギーを消費し、健康に役立てようとするはずなのに、斜め横断で近道をしたり、車道を走る意味が、判りません。

なるべくたくさんの運動をしたいのかと思いきや、近道をする人の走る目的は何か別にあるのかなと思います。

また、なるべく空気の良い公園の中や、車の少ない道路でジョギングをした方が良いのでは、と思うのですが、意外にも交通量の多い道路で、見かけます。

やはり、健康の為ではない、違う理由があるようです。

心理分析したら、興味深い理由が見つかりそうですが、そこは専門家に委せるとして、ともかく、安全なジョギングをお願いしたいものです。







運転のストレスで少しだけダイエットは、フジドライビングスクール東京で

運転の劣等感      フジドライビングスクール東京

2014-11-26 10:02:06 | ペーパードライバー


男性の場合、運転できるのは当たり前という世間の認識が、ペーパードライバーの男性を、苦しめているのではないでしょうか。

誰にでも劣等感は、あります。泳ぐのが苦手や、球技が、数字が、英語が、と人それぞれです。

料理が苦手ならよいのでしょうかが、運転は、男性にとっては辛いようです。

劣等感は他人との比較の中で意識されるようですが、本当は自分にとっては必要がないから苦手のままでも一向に構わないのです。

しかし、周囲の目は冷たいようです。男のクセにと言わんばかりの視線を感じます。

そこで、劣等感を感じてしまうのかもしれません。

世の中の価値はたくさんあります。価値の多様化、個性化の時代という言葉はあっても、現実は多数者の価値を押し付けられてしまっています。

相変わらず個性は、認められず、人と違う個性は変わり者として、いじめの対象になるのです。

そのため、他人に苦手を悟られないように過ごすうちに大きな劣等感を抱くようになってしまいます。

まず、「個性」という言葉をプラスの意味だけで使用する事が多い気がします。

個性には、プラスのみならず、マイナスの個性も存在します。

本当なら「私は運転は苦手」という個性なのを主張しても良いはずなのですが、大抵、マイナスの個性を世間は認めてはくれないようです。

私は、漢字を覚えるのが苦手なのですが、かといって英語を覚えるのも苦手です。勿論、文字を書くのも酷く下手です。

学生の頃は、私が黒板に文字を書くと、皆が大笑いして、よくからかわれたものです。

そのために、パソコンの誕生を、大変歓迎しているのですが、未だに簡単な漢字が覚えられてなく、恥をかくことが、多いのです。

しかし、その学生の時に、私は愚かにも、下手な文字がウケたと勘違いして、上手になる事を諦めた記憶があります。

勿論、大人になって下手な文字がウケる訳もなく、完璧な劣等感となりました。

そこで、新たな手を考え、自ら苦手を先に告白する事にしたのです。

大きな恥をかく前に、小さな恥をかいておこうという作戦ですが、これが意外と効果的なのです。

皆さんも、是非、事柄にもよると思いますが、利用してみて下さい。

ただ、「私って、わがままだから」と言う女子の告白は劣等感のモノとは違うので、勘違いなくお願いします。

真の友情、なんて言葉をテレビ等で聞きますが、自分の劣等感を話せるようでなければ、友情とは言えないのかもしれません。

私の場合は、友達はいませんので、誰構わず、なるべく自分の劣等感を話し、気持ちを軽くして接するようにしています。





飾らない、気取らない教習はフジドライビングスクール東京で