あの日の空の青を・命ほど重たいものは他になし

2017-08-04 | 日記

8月5日(金)5865歩

今年2月亡くなられたまついのり子さん(絵本・紙芝居作家)

その著書「あの日の空の青を」の最後の章に書かれた一文を

ここに転載させていただきます。生前私がこの本をプレゼントされて

深い感動を伝え、10冊ほしいが書店にない事を手紙で伝えたとき、すぐに

10冊送ってくださいました。

そして私がその一文を紹介することも許していただきました。

 

 

 

あの日、空は限りなく青かった。美しかった。1945年8月15日、敗戦した

ことを知った正午過ぎ、11歳の私は縁側で空を見つめていた。

あの日までの日々、私には色がなかった。ただ一つ、こびりついているのは

焼夷弾の火に囲まれた時の炎の赤、それは色ではなく凍り付く恐怖そのもの

だった。60年前の8月15日、私の中で色がよみがえった。

 10月9日、雨が降っていた。この日は戦争に反対したため捕らえられた

父が政治犯釈放で帰ってくる日だった。父が1年7ケ月ぶりに戻ってくる。

その時間が一刻一刻近づいていた。私は玄関の横の小屋から外の格子戸を

息をつめるようにして見つめ続けた。植込みのヤツデの葉から雫が一滴一滴

落ちた。一滴一滴が時間を刻んだ。一滴一滴が命あるようにきらめいて私の

心に落ち続けた。美しかった。その雫は今も私の心の中にあって透明にきら

めいている。

 

 誰もが持つ人生の「あの日」

 生きて居ることが凝縮し、

 生きることの意味を示してくれる「あの日」。

 私は「あの日」を勇気づけ、次の一歩としてくれるために

 なんと多くの人々、子どもたちがいてくれたことでしょう。

 だからこそ、私はあの戦争が終わった日

 — 命と平和への希望が芽生えたあの日の空を

 心の空として歩くことができたのです。

 あの青い空を、さらに深く美しく輝かせることを

 求めることができたのです。

 今、そのたくさんの人たち、子どもたちに

 言い尽くせぬ感謝をささげます。

 そして私は信じます。

 次の世代に、あの青い空が引き継がれていることを。

                    まついのりこ

 8月は平和についての私の思いを伝えたいともいます。

 

 台風がのろのろとやってくる情報、明後日の全国障害研が気に

なります。離島からの参加者もそして全国からの参加の皆さんも

何とか収まってくれないものでしょうか。

 1年前のブログです。てんがらもんゲスト被爆2世の岡元さん・向井さんの涙

 http://blog.goo.ne.jp/chidori-t/d/20160804

 

コメント (12)
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