Yacht TEMARI blog  ヨットてまりのブログ

2011年スペインを出発、3年かけて地中海を一周。その後カリブ海へ渡り、ヨーロッパに戻って航海中のきままなヨットの旅です

6月20日~6月29日 フランス・ブルターニュからイギリス南部へ

2016-06-29 | 旅行

ブルターニュで一番人気の町Saint-Malo

6月20日 Treguierを朝6時半過ぎに出航、57マイル東のSaint-Maloへ向かう。Saint-Maloの目指すマリーナは堰の中にあるため、満潮の前後2時間半以内でないと出入りができない。今日午後の満潮は8時過ぎなので、その時間に合わせて時間調整をしながら走り、午後5時半過ぎに堰の入口に到着。午後6時過ぎマリーナに入港することができた。大潮の今日は干満の差が12mもある。ロックの中で待機すると、はるか見上げる位置にあった岸壁がみるみる目線の位置まできた。ロックの中で4階建ての高さを上がったことになる。

Saint-Maloはブルターニュ7聖人の一人の名前。我々が訪問したVannes,・Treguierとともにトロ・ブレイスと言われるブルターニュ地方の7つの巡礼地のひとつで、旧市街の真ん中にある大聖堂は、窓がすべてステンドグラスの美しいゴシック様式の教会だ。

てまりが停泊したマリーナPort du Vaubanは旧市街城壁のすぐ外側にありロケーションは抜群

日本からのフランス観光ツアーが例外なく訪れるモンサンミシェルは、ここから40kmほど東に行ったところにあるが、Saint-Maloはほとんど知られていないようだ。周囲を城壁で囲まれた旧市街にはおしゃれな店やレストランが立ち並び素敵な街並みを形成し、ブルターニュで最も人気の観光地となっている。イギリスからのフェリーも頻繁に往来しており、イギリスナンバーの車や観光客が目に付く。

最高の牛フィレステーキの部位に付けられる「シャトーブリアン」という名前は、18世紀にここSaint-Maloで生まれた美食家Chateaubriandが、自ら選んだ極上フィレ肉を好んだことから、その名前が付けられるようになったそうだ。

イギリス王室の属領Guernsey島へ。リフトキールで思わぬ恩恵

6月22日(水)ロックのオープンに合わせて朝7時過ぎSaint-Maloのマリーナを出航、53マイル北にある、チャネル諸島のひとつ、Guernsey島に向かう。午後5時過ぎ、無線で島のポートコントロールにコンタクト。午後6時指示された、首都St. Peter PortにあるVictoria marinaのウエイティングポンツーンに舫いを取る。ポンツーンにはすでに10艇以上のヨットが、潮が満ちるのを待って待機中だった。

約1時間後マリーナのテンダーが近づいてきて、ついて来いという。なんと一番後に到着したてまりが最初に指名されたのだ。理由は、てまりがリフティングキールで喫水を浅くできるためだった。キールを揚げるように指示され、我々よりはるか前から待っていた他艇の強い視線を感じながら一番乗りでマリーナに入港。

Guernsey島を含むチャネル諸島は、英王室の属領であるが英連邦の一部ではない。従ってEUにも加盟しておらず、ヨーロッパでは知られたタックスヘブンの島だそうだ。

マリーナでデンマークのヨットと再会

てまりを係留したポンツーンを歩いていると、「日本から来たのかい?」声がかかった。「我々は日本から来たけどヨットはスペインから」と答えると、以前に「てまり」と会ったことがあるという。船もオーナーカップルも見たことがあるようだが思い出せない。先方も何処で会ったか記憶が定かでなかったのだが、真理が日記を見て、2013年シチリアのマリーナで出会った船だということを思い出した。僕もブログを辿って記憶が蘇った。彼らにとっては、ヨットでヨーロッパを航海している日本人は珍しかったので記憶に残っていたという。

デンマーク人のNonneとJorgenは2006年から毎年9か月近くを船で過ごしており、大西洋を2度往復横断しているベテランセイラーだ。我々は今年デンマークに船を置いてくる予定なので、デンマークのマリーナ情報など色々と教えてもらうことができ大助かりだった。

イギリス海峡を横断してイギリス本土へ。

6月25日(土)早朝6時にGuernsey島を出航、進路を北に取りイギリス海峡を横断して、71マイル先のイギリス南部のWeymouthに向かう。Weymouthのマリーナは手前に橋があり、朝8時から夜9時の間、2時間ごとにしか開かないため午後6時のオープンに間に合うように早めに出航した。風も潮も順調で到着まであと2時間足らずという時にマリーンナビゲーションがさらに1時間も早い到着予定時間を示している。??と思い調べてみてイギリス標準時はヨーロッパ中央時間より1時間早いことに気が付いた。マリーンナビの機材はそれを理解していて到着予定時間を現地時間で表示していたのだ。Guernsey島もイギリスの領土なので、我々はこの3日間1時間早い時間で行動をしていたことになる。

Weymouthは前回のロンドンオリンピックでヨット競技が開催された場所。当たり前の話だが、街並みもレストランやパブなどの飲食店もイギリスそのもの。イギリスは真理にとっては初めて、僕も仕事で数十年前にロンドンに一度立ち寄っただけなので、ヨーロッパ本土の国々に慣れた目には新鮮だ。パブでビールを飲んでいると近くにいた人が読んでいる新聞の一面にキャメロン首相の顔写真が大きく掲載されていた。イギリス連邦の意見を2分したEU脱退の決断は国内でも大変な話題になっているようだ。

イギリス最大のヨット基地へ

6月27日(月)午前8時のブリッジオープンと共にWeymouthを出航、56マイル東のPortsmouthに向かう。途中通過するSolent海峡はすぐ南のWight島との間にある、潮の流れが速いので有名な場所。我々が通過した時は追い潮で最大10ノットのスピードを記録した。この周辺には沢山のマリーナがあり、イギリス最大のヨットベースとなっている。毎年8月にここで開催される世界最大のヨットレースCows Weekはヨットマンに知られたビッグイベント。ここSolent海峡で1826年たった7隻のヨットが200£の金杯を争って始まったレースが、今やサンデイセーラーからオリンピッククラスのヨットマンまで8000人を超える参加者を擁するビッグイベントになった。世界最高峰のヨットレースとされるAmerica’s Cupも1851年に開催されたWight島一周レースが始まりという、世界のヨットマン憧れの聖地だ。

Portsmouthのマリーナに舫いを取ると、すぐ前に日の丸が付いた巨大なレース艇が居る。よく見ると、現在世界一周単独無寄港レースに参加中の白石康次郎氏が2006年~2007年に開催された世界一周ヨットレースに参戦し、2位入賞を果たしたSpirit of Yukoだった。

大英帝国の誇り、ネルソン提督の軌跡とVictory号を見学

Portsmouth Historic Dockyardは、大英帝国が最強の海軍力を誇った時代の歴史がちりばめられている、かつての造船所。その中に19世紀初頭にナポレオンのイギリス本土進攻を阻止した、トラファルガー海戦の総指揮を取ったネルソン提督の旗艦Victory号が保存されている。Victory号は地中海からインド洋、カリブ海に至る広大なエリアを航海した巨大な帆船だが、実際に船の中を見て回ると、最大800名を超える乗員が乗り込んでいたという船上の生活は、想像を絶する厳しいものだった。

大西洋で沈没したタイタニック号が出航した町、Southamptonを訪問

6月29日(水)今日出航予定だったが天気予報で強風が予想されたため明日に延期し、Southamptonまで出かけた。電車で一時間のこの町もヨットの基地として有名な町。また、あのタイタニック号が最後に出航した港でもある。予報通りの雨と強風と寒さのため、町歩きもままならず、16世紀に建築されたこの地方の代表的な建物Tudor Houseなどを見学して早々に引き上げる。

明日は40マイルほど東にあるリゾート地Brightonに向かう予定。

てまりの現在地はこちらから、フォトギャラリーはこちらからご覧いただけます。


てまり、今年の航海にいよいよ出航

2016-06-19 | 旅行

6月10日((金)11時30分、Arzalのロックを通って出航する。ロックがオープンする時間はあらかじめ決められているが、潮の関係で毎日違うためガイドブックを見る必要がある。もらったガイドブックはフランス語だったのでうっかりと月を見間違えてしまい、10時にスタンバイしていたが一向に開かず、マリーナに無線で問い合わせて間違いに気が付いた。おかげで1時間のロス。今日の目的地までは32マイル。午後から風が強くなる予報で案の定午後3時ごろから西風が強まり、逆風の中今日の目的地Port Haliguen到着は夕方5時半になってしまった。

翌日はLoctudyまで53マイル。終日西の強風が予測されたため午前6時15分に出航したが、逆潮と逆風のためスピードが稼げない。ほぼ12時間かかり午後6時、Lactudyのマリーナに舫いを取る。

船に水を補給しているとき、前に係留している船から声がかかった。オーナーのJeanは現役時代仕事で頻繁に来日していたという親日家だった。我々の今後の航海予定を聞くと、「ブルターニュは潮の流れが速いところが多いから気を付けろ」と、チャートを広げて難所のポイントを教えてくれた。

6月11日(土)来週火曜日までは西寄りの強風が続くという予報のため、今日も朝6時に出航して51マイル先のMorgetに向かった。その途中通過する、Raz de Seinという海峡はJeanに言わせると「フランスで一番危険な海峡」。周辺の岩礁地帯と狭い海峡によって最大12ノットにも達するという潮の流れと大きな波が立つことがあるという。北に向かうなら満潮の前に通らないとダメだと言われたが、明日の満潮は午前11時なので間に合わない。潮は小潮なのでなんとかなるだろうと腹を括った。

翌12日(日)早起きしてLoctudyを午前6時出航。外は雨、どんよりとした雨雲が気持ちを暗くする。

予報どおり西の強風が続く。問題のRaz de Seinは12時半ごろの通過になりそう。その時の潮流は南流2ノットとなっていた。海峡に近づくにつれて艇速が落ちてきた。海峡通過時はエンジンの回転を上げ、セールも大きくして速度を増そうとするが、艇速は2ノット台まで落ちる。幸い波は大したこともなく、横風のため安定して走ることができ、午後1時10分無事「フランスで一番危険な海峡」を通過し、今日の目的地Morgatには午後4時過ぎに到着。

軍港の町Brestで日本のヨット仲間とランデヴー

6月13日(月)Alzal出航以来4日連続の移動だが、午後からの強風予報のため、午前7時前に出航しBrestに向かう。Brestはフランス最大の軍港である港湾都市だ。

午前11時過ぎBrest着。マリーナでは日本艇Crow’s Nestの若尾さんと長尾さんが迎えてくれた。長尾さんはてまりが一昨年カリブ海までの大西洋横断で助っ人として乗ってくれたベテランセイラー。若尾さんは一昨年Crow’s Nestでアメリカから大西洋を渡りそのままノルウェーまで北上、昨年はスウェーデンから下ってきてここBrestに船を置いて帰国、最近戻ってきたところ。これからは、我々と逆に南下して、てまりの母港であるスペインのAlmerimarまで行く予定。一方我々は、Crow’s Nestが昨年通ってきたルートを逆にたどってノルウェーまで行くので、色々と情報交換ができてありがたい。午後になると急に風が強くなり、夕方からは暴風に変わった。てまりは強風が吹き始める前に到着でき、ホッと胸をなでおろす。

フランスの寿司職人の手料理をごちそうになる

若尾さんが、こちらで知り合ったというBrestで人気の寿司店を経営するグザビエの自宅に招かれていて、我々もご相伴に与かることになった。グザビエは寿司の修行のため何度も来日しており、その時知り合ったのが奥さんのミカさん。今日の料理はすべてグザビエの手料理。えりすぐりのオーガニックワインとともに美味しい料理と楽しい時間を過ごすことができた。

6月16日(木)昨日からCrow’s Nestに2人のクルーが加わった、パリに住む橋本さんと季久代さんは現在42フィートのカタマラン艇をフランスのメーカーに発注しており、来年2月に進水予定とのこと。てまりもCrow’s Nestも明日出航するため、全員で肉が美味しいと評判の店でランチ。肉屋を兼ねたお店には、加工肉など美味しそうな肉が並んでいる。今日のランチはオードブルがスモークハムのサラダ。メインは牛肉のワイン煮込み。どちらもたっぷりの量と抜群のおいしさでおなか一杯になってしまい、夜は軽めの雑炊しか食べられなかった。

ブルターニュの潮に泣き、潮に笑う

6月17日(金)午前7時、4日間滞在したBrestを出航し北に向かう。早朝にもかかわらず長尾さんが見送りに出てくれた。途中ブルターニュのヨッティJeanから注意された、もう一つの海峡Chenal du Fourを通過するが、潮時が良かったため全く問題なく通過。その後も潮と風に恵まれて船足を延ばし、当初予定していた目的地を変更して62マイル先のRoscoffに向かうことにした。Roscoff到着は午後5時半。62マイルを10時間半で走破。平均時速6.3ノットはかなり速いペースだった。

6月18日(土)今日は40マイル先のTreguierという、Jaudy川を6マイルほど遡ったところにあるマリーナまで行く。7時半出航したが、午前11時の満潮までは逆潮で艇速は3-4ノットとなかなか延びない。ようやく目的地に入る河口にたどり着く少し前から追い潮になる。川を遡る間は2ノット以上の追い潮に乗って午後3時半Treguierのマリーナに舫いを取る。

川の途中には干上がった沿岸に停泊している船が随所に見られた。ブルターニュ地方の干満差は、大潮では12mに達するところもあるそうで、当然のことながら潮の流れも速いので十分な注意が必要と言われていたが、この数日で嫌というほど思い知らされた。

Treguierは小さいが、キリスト教巡礼地の一つになっているゴシック様式の壮大な大聖堂がある素敵な町。ここで一日休養して20日(月)ブルターニュの人気スポットSt. Maloに向かう。

てまりの現在地はこちらから、フォトギャラリーはこちらからご覧いただけます。


日本出発、てまりが待つフランス・Arzalへ

2016-06-07 | 旅行

5月28日(土)羽田発11:05の全日空便でフランス・シャルルドゴール空港へと飛び立った。日本の航空会社の国際線に乗るのは数十年ぶり。最新鋭の機体で驚いたのは、トイレが洗浄機付きだったこと。最近は公衆トイレでも付いているところが増えたが、まさか飛行機までとは・・・・あらためて日本のトイレ事情の良さに感心する。

同日16時半、雨模様のシャルルドゴール空港に到着。毎度のことながら食料品などで満杯のスーツケース2個と段ボール2個の大荷物のため、予約しておいたレンタカーに積み込んで18時少し前に出発。フランス北西部・ブルターニュ地方にあるArzalまではパリから500㎞近くあるので、今日は中間点にある、24時間耐久レースで有名なLe Mansに一泊する。

道に迷い到着が大幅に遅れる

Le Mansまではパリから200㎞ちょっと。午後8時過ぎに到着できると想定していたのだが、パリ周辺の渋滞と、Le Mansに入ってから道に迷い到着が午後9時近くになってしまった。オプションのカーナビをケチりGoogleマップで検索したドライブルートをプリントアウトして、真理にナビゲーターをやってもらったのだがLe Mansの町で道に迷い、店に飛び込んで教えてもらいようやくたどり着くことができた。真理からも何故カーナビを付けなかったと怒られてしまい反省。

5月29日(日)Arzal到着

雨が降り続くLe Mansでの観光をあきらめ、午前9時過ぎにホテルを出発一路Arzalに向かう。今日は昨日の反省から、しっかりとルートを頭に叩き込み、ipadの位置情報をバックアップにしてナビゲーションを行ったため、午後1時過ぎに無事Arzalに到着することができた。

Arzalは何もない小さな田舎町だが、大西洋から数マイル遡上しヨーロッパ全土を結ぶ運河網のひとつであるLa Vilaine運河の入口のロック周辺にはたくさんのヨットが係留され、沿岸には数多くのヨットの修理工場が立ち並び、フランスでも有数のヨットベースを形成している。

てまりはまだ修理が終わらないため、近くのコテージスタイルの宿泊施設にチェックイン。広大な庭を散策していると、なんと蕨の群生を発見。ちょっと時期が遅かったが、それでも食材に十分な量を採ることができた。食べてみると、日本のものより若干えぐみが強いが美味しくいただけた。

旧友と4年ぶりの再会

6月1日(水)、2012年にてまりが参加したEMYR(東地中海ラリー)で一緒だった、フランス人Marie-Christineが我々の居るすぐとなりのボートヤードで船を整備中と知り4年ぶりに再会、近くのレストランで美味しい夕食を食べながら、その後の近況などを語り合った。若いころからヨットレースに夢中だったという、我々と同年代の彼女は、10年ほど前までシングルハンドの長距離レースに参加していたバリバリのヨットウーマン。最近購入した船齢42年の旧船を整備中で、再びその船でエーゲ海に行く計画中という。尽きることのないヨットに対する情熱には頭が下がる。

ブルターニュの中心都市Vannes

6月2日(木)、パリの空港で借りたレンタカーを返すため、30kmほど離れたVannesに行く。人口13万人ほどの小都市だが、城壁に囲まれた旧市街や、独特の木組みをあしらった塗り壁が特徴の旧い家が立ち並ぶ素敵な町。町のレストランはブルターニュの郷土料理ガレットを売りにした店が多く我々も久しぶりに本場のガレットでランチ。

ここで日本人カップル、松崎ヒロさんとカコさんと落ち合う。彼らは20年以上前からヨットで世界中を回り、最近はArzalの少し上流域に船を置いている大ベテランだ。昨年Arzalに到着した時も色々とお世話になったが、今回もVannesからの帰りは松崎さんの車でArzalまで送ってもらい大助かりだった。

大がかりなてまりの修理

てまりの修理を依頼しているArzal Nautiqueはメーカーの指定修理工場で、ここで修理されているのはすべて、てまりと同型艇Alubat社のOVNIシリーズだ。この船固有の問題を熟知しているため、要修理個所のチェックと修理を依頼した。結果としてかなりの費用がかかったが、大きな問題点はほぼ解決したと思う。

エクゾーストパイプの周辺は完全に腐食。カリブ海で修理してもらったが再発し、周辺をすべて溶接して修理

エンジンを釣り上げて、海水で腐食した下回りをすべてクリーンアップ

6月7日(火)

今日船を修理工場からマリーナに戻し、大きな修理を行ったエンジン・ジェネレーターなどの最終チェックを行い、問題がなければあと数日で出航できそうだ。