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雑感録

福岡なるほどフシギ発見~おまけ3~ 奴国割譲!?

 
福岡市埋蔵文化財センター

福岡ってのは遺跡の多い街だとは思っていたが、福岡市だけでも950以上の遺跡があるそうな(もちろん時代はさまざまだろうけど)。
まあ、人の住みやすい場所ってのは、昔も今もそう大きく変わるもんではない。
福岡みたいに早くから人間が住み着いていたところには、戦乱や災害で一時的に人がいなくなることはあるにせよ、基本的には昔の人が住んでいたところの上に後の時代の人が次々入れ替わって住んでいるのだから、掘ればどこからでも遺跡が出てくるのかもしれない。
埋蔵文化財センターは、そんな福岡市の遺跡から出土した遺物に保存処理を施し、収蔵・管理をすることろ。
収蔵物は100万点近くもあるらしいが、それら全てを見られる訳ではない。
3階建ての建物だが、一般に公開されているのは1階の展示室のみ。
まあ、全部展示していてはとても3フロアぐらいでは足りないし、たぶん、調査中、復元中の遺物もまだ山ほどあるのだろう。

1階の展示は主に遺物の保存方法の説明と、奴国と中世博多の遺跡の説明と遺物の展示。
奴国の展示に入る前に、2万5000年前の旧石器時代のナイフ型石器の話(この頃はまだ氷河期で海面が低く、壱岐・対馬、五島列島あたりまで陸続きだったらしい。気候的には鹿児島で現在の青森のような感じ)や1万4000~1万年くらいまえの石器の展示、縄文期のことなどの説明がちょっとだけある。
奴国のことに関しては、周辺の遺跡の状況や、奴国の栄えた弥生時代の人々の暮らしはよくわかるのだが、奴国のなりたちとか、他のクニとの関係、どうやって奴国がなくなっていったのかなんてことは、とんと分からない。
場所柄、那珂遺跡群、比恵遺跡群の資料は細かく展示してあったりするんだけど(いささか小難しい)。
奴国は現在の福岡市と春日市にまたがっていて、王墓などは春日市の方から出ているので感知せずということなんだろうか。
那珂・比恵あたりは奴国の商業地域だったらしく、王都エリアに続く大きな道路跡も見つかったりしているのだが。
こういう文化財関係は市町村の教育委員会の管轄なので、市境からこっちは私、そっちはアナタときっちり分けているような感じは、奴国に限らずよく感じる。
見る側にとっては、市とかに関係なく奴国は奴国でくくってもらった方がよっぽど分かりやすいんだけどなあ。
ここにもさわれる銅鏡の見本があった。伊都国歴史博物館のものよりはるかに小さいが、裏の青銅色の感じなんか、こちらの方が本物っぽい(まさか本物つかってたりして…)。


福岡市埋蔵文化財センター
福岡市博多区井相田2-1-94
電話092-571-2921
開館時間:9:00~17;00(入館16;30まで)
休館日:月曜、12月28日~1月4日
入館料:無料
駐車場:あり
http://www.city.fukuoka.lg.jp/maibun/

関連スポット
板付遺跡(その1)
奴国の丘歴史公園(その2)
金隈遺跡(おまけ1)
福岡市博物館(おまけ4)


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