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アイルランド Ireland 

2007-08-03 | 世界地理
北アイルランド問題
北アイルランドを除くアイルランドは面積7万k㎡、人口415万人の共和制国家であり、大統領はメアリー・マッカリース(2004年11月就任)。アイルランドはケルト系で、カトリックが88%を占める。
アイルランドが19世紀にイギリス植民地になってからは、独立運動の歴史であった。1949年に独立を達成したが、北アイルランドはイギリス植民地のまま取り残された。
北アイルランドのカトリック教徒が武装組織IRAを結成、北アイルランド独立をめざして激しい武力闘争を展開した(1968~98)。北アイルランドは面積14,139k㎡、人口168万人で、イギリス系プロテスタントが多数を占める。和平交渉が進んだが、北アイルランドの具体的行方については決まっていない。
2005年7月には、アイルランド共和軍(IRA)が武装闘争放棄を宣言した。アイルランドとイギリスが、北アイルランドを自治政府とする交渉を始めたが、交渉は難航している。


日本の外務省の地図(2007年)。
北アイルランドが「英国」と記載されている。


略史
1800年:イギリスがアイルランドを植民地化
1845~49年:じゃがいも飢饉で100万人が餓死
1919~1921年:アイルランドの独立戦争
1922年:英連邦内自治領。北アイルランドは英国領のまま
1937年:アイルランド憲法制定(大統領制)
1949年:共和制を宣言(英連邦離脱)
1955年:国連加盟
1968~98年:北アイルランドでイギリスからの武装独立運動
1973年:EC加盟(NATO未加盟)
1998年:北アイルランドの和平合意成立 
2005年:IRAが武装解除
2006年:北アイルランド自治政府成立交渉が難航


植民地アイルランドでじゃがいも飢饉
イギリス植民地アイルランドでは、農民は小麦の栽培が強制された。小麦は全量をイギリス人が買いたたいて本国に運び、アイルランドには食用の小麦は残らなかった。
アイルランドの主食は、アンデス原産のじゃがいもであった。栄養豊富で栽培も簡単であった。
1845~49年、アイルランド全域でじゃがいもに伝染病が発生した。じゃがいもの連作の農地で伝染病発生、翌年には周辺農地に拡大した。小麦をイギリス人地主に取り上げられて、じゃがいもを主食としていたアイルランド農民は、たちまち饑餓に陥った。当時の人口700万人のうち、餓死者は100万人といわれた。
饑餓を逃れて新大陸アメリカ・オーストラリアなどに移住する者は80万人を越えた。新大陸移住者の中には、のちにアメリカ大統領を輩出するケネディ一家がいた。また、反イギリス感情から、北アイルランドの独立戦争に資金・武器を提供してIRAの軍事活動を支援する者も少なくはなかった。



ケルティック・タイガー
「ケルティック・タイガー」(ケルトのトラ)とは、最近10年間のアイルランド経済の急成長を表す言葉である。低賃金・高学歴労働者が多く、コンピューター関連産業が発展した。アジアNIEs(台湾、韓国、香港、シンガポール)とよく似た、多国籍企業依存の工業化である。1980年代のアジアNIEsを威勢のあるトラと見て、アイルランドの経済発展を「ケルティック・タイガー」と呼んだのである。アイルランドの工業化が進んだ理由は、
①ケルト語と英語が公用語で、EUや米国との意志疎通が容易。
②教育水準が高いが、賃金がいわゆる先進国よりは安いこと。
③労使関係が良好であり、多国籍企業においてもトラブルがない。
④法人税が低いので、先進国企業の進出が盛んなこと。
⑤シリコンバレーと人・技術・資本が結びついていること。



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