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薬学の勧め

薬学に興味のある方,医薬品の研究者,医療人、薬剤師を目指す方へ

パンデミック対策

2008年11月27日 11時26分38秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
朝晩の冷え込みがいっそう強くなった。

本格的な冬の到来である。

外来では、感冒症状を訴える患者さんが増えている。

それと、インフルエンザワクチンの予防接種を希望する患者さん。

外来の看護師さんは毎日目の回るような忙しさ。

看護師さん自身が風邪をひく事もあるが、休んでなんていられない。

必要最低限の人数でやっている、中小病院はどこも同じである。


そんなある日、一枚の紙切れが回ってきた。

A4の紙に、「院内感染対策委員会及び医療安全委員会のお知らせ」とある。

院内感染対策委員会と医療安全委員会は、全ての病院に設置が義務付けられて
いる委員会で、院内で発生した事故や感染症、抗生剤の使用状況などについて、
毎月1回の会議が開かれている。

仕事の段取りを付けて、私も参加しなければならない。

仕事の合間や家に帰って、抗生剤の使用状況や薬剤部に関する事故などを報告書
にまとめ、会議に参加した。


会議室に入ると、院長先生、医局長、総師長、各部看護師長、検査部長、検査部主任、
事務部長などが顔をそろえていた。

医局長の司会で会議が始まった。

「まず、第1号の議案ですが、今月院内で確認された感染症の症例について・・・」

検査部から症例報告があり、看護部から治療経過などが説明される。

薬剤部からは、使用された抗生剤の推移と偏りの有無などを述べる。

続いて事故報告、看護部から患者さんの転倒事故について説明と対策など
が述べられた。

会議も順調に進み、院長先生が早く終わりたそうな顔をしているのがわかった。

それを見て、司会をしていた医局長が、

「他に議題がなければ、この辺で・・・。」

と、言った所で、外来の看護師長が突然口を開いた。

「すいません、もう1ついいですか?テレビなどで新型インフルエンザの対策など
について、最近情報が流れていますが、当院では新型インフルエンザに対する
マニュアルがありません。是非、当院でもマニュアル化して欲しいのですが・・・。」

新型インフルエンザとは、人類のほとんどが免疫を持っていないために、容易に
人から人へ感染するものであり、世界的な大流行(パンデミック)が引き起こさ
れ、大きな健康被害とこれに伴う社会的影響が懸念されるインフルエンザである。

政府も新型インフルエンザの発生に備えた行動計画を定め、同計画に基づいた
準備を進めており、各施設でも具体的な対策を策定するよう求めていた。

いざという時のために、準備しておく必要があるのではないか、という提案である。

すると、院長先生がめんどくさそうな顔をしながら、口を開いた。

「うちみたいな小さな病院じゃあ、新型インフルエンザなんかに対応できないよ。
このあたりで新型が出たら、外来をやめてみんな家でじっとしておくしかないね。
新型にかかった患者はほとんど死んでしまうんだから、かかった患者が死んで
しまうのをじっと待つしかないさ。」

シーンとした空気が流れた。

確かにそうかも知れない。

一昔前の設備や機器しかない小さな病院では、パンデミックに対応できないこと
が皆想像できた。

外来をやめて患者を拒絶する。
法律に違反する行為であるが、感染の拡大を抑える最も有効な手段のように思えた。

しかし、頭では理解できるが、何か納得いかない感じもする。

「せめて、N95のマスクだけでも購入してもらえませんか?」

外来の看護師長が私の顔を見た。

N95のマスクは、新型インフルエンザ対策として厚生労働省が推奨している
マスクである。
20枚入りで4000円ほど、現在品切れで、予約注文となっており、(ネットでは、
20枚6000円で売られているものもある。)タイプも折りたたみのものから
カップ式のものまで様々で、現在数社から販売されているが、すでに品不足が
続いている。

「N95のマスクは既に品切れ状態でして・・・、注文してもいつ来るかわからない
状況です。」

再びシーンとした、冷たい空気が流れた。

「国や自治体が何とかしなければ、我々には何も出来ないよ。ハイ終わり。」

その一言で、会議が終了した。

皆席を立ち、職場へ戻ってゆく。

皆それぞれに暗い表情を浮かべていた。

現実に起こっていない事象に対して、真剣に準備が出来ない。

ただ、言い知れぬ不安だけが胸の中に渦巻いている、そんな表情である。


ふと思った。

院長先生の子供が感染した場合も、同じように見捨てることが出来るだろうか?

もちろん、将来は今より具体的な対策が考えられ、当院も少なからず対応
しなければならない状況にあると思う。

もし、自分の息子が感染したら・・・、と想像できないのでは、と思った。

対岸の火事・・・、どこかそういった感覚である。


会議室を出てゆく時、ふと後ろを振り返った。

離れの休館にある、広いが暗く冷たい会議室。

なぜか、この部屋に何台くらいベットを並べられるかな?・・・なんてことが頭をよぎった。

この時は、そんな日が本当に来るとは想像もしていなかった。


※ご注意
この物語はフィクションであり、登場する人名や場所、
事件などは実在するものと関係ありません。

なお、薬剤名は実在しますが、その使用方法は医師に
直接お尋ねになり、参考にすることはご遠慮下さい。
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患者は踊る

2008年11月23日 10時34分02秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
野山はすっかり紅葉し、晩秋の季節となった。

遅ればせながら上った朝日が、薄雲に隠れて肌寒さを際立たせる。

今日も始業前に病棟を回った。


当院は、急性期の患者さんが入院される一般病棟と長期間の入院を必要とする
患者さんが入院する療養病床がある。

今日は療養病棟から回ることにする。

療養病床の患者さんは殆どが高齢者。

寝たきりで意識がない方から、何とか動けるが認知に障害がある方まで様々。

会話が成立する患者さんもいれば、成立しない患者さんもいる。


まずは、オイナリさんのところへ行ってみた。

オイナリさんは高齢者の中ではお若いほうだが、重度の認知症があられる。

会話が成立しない方の一人。

薬も飲んでいただけないので、粉砕して食事に混ぜて服用している。

食事は自分で出来るから、看護師には楽な患者さんでもある。

しかし、問題がないわけではなかった・・・。


「オイナリさん、おはようございます。」

4人部屋の右奥がオイナリさんのベット。

部屋の入口にある名札を確認しなくても、一目でわかった。

なぜなら・・・・、全裸!

この肌寒い朝に、全裸であぐらをかいて座っておられる。

ボサボサの長い髪が肩まで伸びて、やせた体は浅黒い。

先月はまだ服を着ておられたが、今月は全く服を着ようとされなくなった。

着替えさせてもすぐに脱いでしまう。

認知症はあっても、お体に不自由が全くなかった。

私が挨拶すると、私の顔をじっと見つめられる。

「寒くないですか?」

「・・・・。」

「風邪ひきますよ。」

「・・・・・・・・。」

「お具合はどうですか?」

「・・・・・・・・・・・・・。」

会話が成立しない。

オイナリさんも、会話が成立していないことに気がついたのか、頭をかいて

私に背を向けると、ベットの上にごろんと横になってしまった。

服薬指導できる状態ではない。

先月まではお返事いただいていたのであるが、認知症が進んでいるようだ。

モニタリング状況と観察状況をメモしていると、突然ガバッと起き上がられて
驚いた。

ニ歩ほど下がってしまった。

私に背を向けたまま、窓の方を向いて仁王立ちされている。

「どうしました?」

と、尋ねると、それを合図に両手を合わせ、頭の上に持って行ったかと思うと
胸の前に持ってゆき、ブツブツをなにか唱え始められた。

わわわ、と私が驚いていると、後ろから看護師さんの声がした。

「あー、またお祈りが始まった。」

お祈り?

「オイナリさん、神主さんだったみたいよ。」

なるほど、神主さんの祈祷のようである。

私はその場にいることも出来ず、

「また来ますね。」と、声をかけて部屋を出ることにした。

部屋を出ようとすると、「エエイッ!」と、大きな声がしてまたビックリした。

風邪をひかないといいのだけれど・・・。



次はカネさん。

どこかの大金持ちだったらしいが、こちらも重度の認知症があられる。

ちょうど看護師に手を引かれ、廊下を歩いておられた。

「こんにちは、カネさん。」

かねさん、じっと私の顔を見つめ、

「あんた、だれ?」

「薬剤師のヤクタマです。お具合はどうですか?」

「どうして具合なんか尋ねる?あんたいったい何者だ!」

急に表情が変わり、ギラリと睨み返された。

「この病院の薬剤師です、別に怪しい者ではありません。」

焦る私。

「さては、この前うちに入った泥棒だな!このぬすっとぉーっ!!!!」

腕をつかんでいた看護師を振り解いて、ぶんっ!と右のパンチが私の顔の
前を通り過ぎた。

歯を食いしばり、ギラリと睨んだ目は殺意を感じさせる。

「暴れたら駄目ですよっ!」

急に暴れだしたため、必死に看護師さんが腕を掴み直そうとする。

姿勢を崩して倒れたら大変だ。

よろけるカネさんを支えようと、私も手を出そうとする。

すると、

「こらあっ!、このうじ虫め!、なぜよけるかぁ!」

今度は片足を上げたかと思うと、私のスネをめがけて飛んできた。

カネさんのかかとが、私の左スネにヒット。

「痛っ!」

老人のものとは思えない見事な蹴りであった。

そこへ駆けつけたもう一人の看護師さんと、三人で何とかベットまで連れて行き、
寝かしつけた。

「泥棒っ!離せぇ!、だれかぁ!殺される!!!!!助けてぇ!!!!!!」

ベットの上でも大きな声で暴れている。

「大丈夫ですよ、心配要りませんよ、ここは病院ですよ、・・・。」

必死に看護師さんがなだめ続けた。

しばらくすると、急に静かになり(死んだ?いや、違う違う。)

「あら?ここはどこだったかしら?お手伝いさんはどこ?」

人が変わったようである。

ともかく一安心した。


安心すると、スネがズキズキし始めた。

「先生、足、大丈夫だった?」

看護師さんが尋ねる。

「はははっ、これくらい大丈夫です。ちょっとズキズキしますが・・・。」

「インシデント・アクシデント報告書いて下さいね。」

「へ?」

「足をけられたでしょう?インシデントですよ。師長に報告しますから、
お願いしますね。」

「はい・・・・。」

「インシデント・アクシデント報告書」は、患者さんに何か起こったとき、
医療人が何かミスを起こしたときに提出する報告書である。

私も調剤ミスを起こしたときに、提出していた。

こんなことで提出する羽目になるとは・・・・。

「よろしくお願いしますね。」

・・・念を押された。

今日の病棟はこのくらいでやめておこう、そう思うしかなかった。



※ご注意
この物語はフィクションであり、登場する人名や場所、
事件などは実在するものと関係ありません。

なお、薬剤名は実在しますが、その使用方法は医師に
直接お尋ねになり、参考にすることはご遠慮下さい。
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回される患者

2008年11月20日 21時33分02秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
その日も全ての仕事を何とか終えて、調剤室の鍵を掛けようとしていた時であった。

誰もいなくなった待合室。

薄暗くて、寂しいくらいに静か。

すると、隣の受付に外線が入った。

「ハイ。国南病院受付です。・・・はい、はい、少々お待ち下さい。・・・
・・・受付ですが、救急隊から連絡です、先生、お願い致します。」

受付の女性が、当直医に電話をつないだ。

救急隊からの連絡ということは、救急搬入される患者さんがいるということ。
なんとなく、掛けかけた鍵を戻し、様子を伺うことにした。

しばらくして、外来の電話が鳴る。

「はい外来です。はい、はい、わかりました。」

外来の看護師さんがやってきて、近くの看護師さんに声をかける。

「あと5分で救急車が入ります!」

そういいながら、手早くストレッチャーを準備した。

やがて、遠くからサイレンの音が近づいてきたかと思うと、病院の前で
不意に音がしなくなり、病院の前に救急車が後ろ向きに付けられた。

まず救急隊員が書類を手に降りてくる。
もう一人の隊員が救急車から患者さんをストレッチャーごと引き出す。

そこへ看護師さんがストレッチャーをよせ、何やら尋ねたかと思うと
声を合わせて、

「せーのっ。」と、病院のストレッチャーに患者さんを移した。

やがて、救急治療室のカーテンの中へ消えてゆく。

食事中だったのか、当直医が口をもぐもぐさせながら救急治療室に
入っていった。

すると、看護師さんがやってきて、

「先生、まだいたの?補液お願いします。」

様子を伺っていた私に指示を投げかける。

はいはいはい、と、一バックを救急治療室に持っていった。


ご高齢の患者さんが、苦悶の表情を浮かべて横になっている。

医師がどこかに電話していた、

「CT室?ラッキー。急患なんだけど、もう一人お願いしていい?」

偶然残っていた放射線技師に連絡が付いたらしい。

点滴をつながれた患者さんが、ストレッチャーでCT室に運ばれてゆく。

10分ほど時間がたったろうか?もうそろそろ帰ろうかとしていると、
看護師さんが書類を手にやってきた。

「見てみて、コレ。」

救急隊員からの書類である。

紙の中ほどに時間とメモが書きなぐってあった。

18:20 現場着。バイタル・・・、レベル・・・。
18:35 県立病院×
18:38 市立病院×
18:40 国南総合病院×
18:45 ○○外科病院×
18:50 国南病院○
19:25 国南着。バイタル・・・

「これってさあ、いわゆるたらい回しじゃない?」

なるほど、大きな病院の名前が並んで、後ろに×と書いてある。

大きな病院から順に連絡して、どこも受け入れてくれなかったらしい。

大都会ならともかく、こんな田舎の町でも患者がたらい回しされることがあるのだ。

患者さんの住所を見ると、市の反対側であった。

気が付いた時、患者さんも何でこんなところまで運ばれているのか、不思議に
思うに違いなかった。

うちの病院も断ったら、どこまで行くつもりだったのだろう?

そんなことを考えていると、看護師さんがボツリと言った。

「うちの病院めったに断らないって、救急隊では評判らしいよ。」

医師も大変だが、看護師さんはもっと大変である。

処置が済んだら病棟に上げて入院してもらうが、家族への説明や応対、
検査や処置の指示をこなしてゆかなくてはならない。

もちろん、今夜は一時も目が離せない。

外来も、一晩に急患が3人も来ると、寝る暇なんて全く無いとのこと。
(遅出から当直し、そのまま早出のシフトである)

患者さんにはいいことかもしれないが・・・。

そんな看護師さん達をおいて、

「すいません、お先に失礼します・・・。」

何も出来ない私は、いそいそと帰るのであった。 

それは小さな病院の、長い長い夜の始まりである。


※ご注意
この物語はフィクションであり、登場する人名や場所、
事件などは実在するものと関係ありません。

なお、薬剤名は実在しますが、その使用方法は医師に
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麻薬Gメン

2008年11月16日 14時14分52秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
季節はもうすぐ冬だというのに、日中の日差しがポカポカと暖かいある日、
受付にスーツ姿の一行がやってきた。

「地方厚生局の者ですが、院長先生はいらっしゃいますか?」

「しばらくお待ち下さい。」

受付の女性は院長のPHSをコールする。

会議室で待ち構えていた院長、看護師長、事務長そして薬局長の私。

院長のPHSが鳴ったことで、一行の到着を知った。

「はい。はいはい、会議室へお連れして。」


ついにやってきた。

地方厚生局、通称「麻薬Gメン」の一行である。

地方厚生局とは、厚生労働省の地方支分部局であり、健康福祉を業務とする
健康福祉部や麻薬取締を業務とする麻薬取締部(麻薬Gメン)がある。

麻薬取締官(麻薬Gメン)は、麻薬や覚せい剤などの医療上有用な薬物の使用
促進を図るとともに、正規流通経路からの横流しや不正使用を防止する観点から、
規制薬物の取扱者や、けし、大麻の栽培者などに対して、必要な指導と監督も
行っている。


それは、先週の始め、一本の電話から始まった。

「ヤクタマ先生?私だけど、来週立ち入り検査があるから、台帳きれいに
しといてね。」

院長からの突然の連絡であった。
頭の中で「????」が並ぶ。

「ハイ、わかりました。」

それだけ言って、電話を切り、しばらくしてことの重大さがわかった。

麻薬Gメンの検査!!!!

年に一回ある保健所の検査と違い、カルテのサイン、現物の一錠、一本まで
見られる。

台帳は当たり前のこと、その中の患者カルテを引っ張り出し、サインや指示
があるか確認しなければならない。

・・・大変なことになった。

過去2年分のカルテを全部用意して確認し、サインや指示が無いところは
書き込んでもらわなければならない。

通常の業務をしながら、片手間でやれる仕事ではなかった。

それからの1週間、想像を絶する時間が過ごした。
毎日残業、医師をカルテを持ち歩き、医師を見つけてサインしてもらう。
通常の業務をしながらなので、なかなか進まない。

・・・ともかく、その日を迎えた。


会議室で一列になって、一行を迎えた。

思ったより若い面々。
中には女性もいる。

「院長のコタロウです。今日はよろしくお願い致します。」

そういって、院長は名刺を渡す。続いて事務長、総看護師長、私の順に
名刺を出していった。

「ご丁寧にどうも。」

だが、一行は名刺を出す様子も無い。

「すいませんが、仕事柄名刺は持ちませんので・・・、」

と、大きな手帳?を取り出した。

両手で縦に開くと、中の片方に写真と所属、もう片方に大きな「証票」が
あった。

テレビで見るより明らかに大きい。
証票というよりは、「盾」のようである。

一通り、挨拶を終えると、不意に院長が、

「じゃあ、あとは任せたから。」といって私を残し、みんな引き上げてしまった。

「では、始めましょうか。」

その一言で、重たい時間が始まった。

カルテを一冊ずつ引き出して、日付と指示の内容を、処方箋と台帳と合わせてゆく。

時々、「これは何とかいてあるんですか?」など聞かれる。

「それはですね・・・。」っと、そのたびに冷や汗がどっと出る。

小1時間ほどたって、一番ベテランらしい捜査官が口を開いた。

「ありがとうございました。良く管理されていますね。」

心のそこからほっとする。少しだけ笑顔がこぼれた。

「ところで、外部の医師が当直している時に、麻薬の施用はありますか?」

不意の質問であった。

麻薬の施用者は予め届出し、免許を得ておく必要がある。
当然、外部から臨時で当直した医師は免許がない。

しかし、免許が無い医師が当直していても麻薬が必要な場合はある。

そんな時どうするのか?ということだ。

「あります。」

そう答えた時、捜査官の顔色が変わった。

おいおい、ここまで面倒なことが無く、調子よく来ているんだ、いまさら
どんでん返しはやめてくれよ、と言いたげな顔をしている。

その顔を見た私は、すかさず、

「ありますが、臨時当直医は免許がないため、院長先生に施用して頂いて
います。」

「お近くにお住まいですか?」

「はい、裏に隣接しております。」

捜査官の顔が安堵に変わった。

「はい、ありがとうございました。現物を見せてください。」

私も安堵し、金庫まで案内した。

金庫を開けて箱を次々に開け、一錠ずつ数えてゆく。

やがて、捜査官は満足そうに、

「これで終了です。お忙しいところありがとうございました。」

「こちらこそありがとうございました。」

病院の入口まで送り、深々と頭を下げて一行を見送った。

やっと終わった。

長かった一週間がやっと終わった。

今夜はビールでも飲みたい、と思った。

やれやれ、と思っていると胸のPHSが鳴った。

「受付ですけど、ミッチャンから電話です。」

やれやれ、と思った。

どっと疲れが出てきた。


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プラミペキソール

2008年11月16日 09時40分49秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
日暮れの早さに「冬」の到来を覚えるある日の夕方、受付から電話が入った。

「ヤクタマ先生、患者さんから薬について尋ねたいそうです。」

時間は午後6時、外来の患者さんもいなくなり、ちょっと寂しい時間である。

「はい、わかりました。つないでください。」

赤いストラップにつながれた、胸のPHSにつないでもらった。

「はい、薬剤師のヤクタマと申しますが、どうされましたか?」

電話の主は若い?女性であった。

「あのう、母の薬についてお伺いしたいのですが・・・、先日、テキトー先生
に診察してもらって、お薬が増えたんですけれど・・、それから、母が幻覚を
見るようになったみたいで・・・。」

「チョットお待ちくださいね、カルテを見てみます。」

患者さんの名前を受付の女性に伝え、カルテを出してもらった。

既往歴を見ると、高血圧、不安神経症、パーキンソン病など書いてある。

1週間ほど前に受診されていた。追加されたのは・・・・プラミペキソール!

プラミペキソールはパーキンソン病の治療薬で、パーキンソン病の症状である
無動や固縮に対する改善作用がある。
同じくパーキンソン病の治療薬であるレボドパとの併用により、その作用が
増強することが知られている。

半年ほど前からレボドパ・カルビドパ水和物を服用されており、効果が不十分と
なったためプラミペキソールが追加されたようだ。

レプラミペキソールの主な副作用はジスキネジア、傾眠、嘔気、幻覚、妄想である。
本来、少量から開始し、幻覚等の精神症状等の観察を行いながら、慎重に増量
する必要がある。

テキトー先生、いきなり3錠(1.5mg/日)追加されていた。

「そうですか、少々お待ち下さい。」

電話を胸で押さえながら、受付の女性に尋ねた。

「テキトー先生は?」

「もう帰りましたよ。」

困った、とにかく早めに受診してもらいたい。

「申し訳ありませんが、担当医が只今不在でして・・・。とりあえずお薬を
中止して、明日受診してもらえませんか?」

今すぐ命に関わる副作用ではないが、やはり心配である。
認知症症状が出てきているのかも知れない。

電話の女性がまた口を開いた。

「・・・母は一人でいると、子供が見えるっていうんです・・・。『ほら、
そこに立っている!怖い目で私を見ている!助けて!』って叫ぶんです・・・。
私が、どこに?誰もいないじゃないって言っても、誰もいないところを
指差して、『ほら!そこ!』って言うんです・・・。」

子供の姿が目に浮かんで、背筋がゾッとして、鳥肌が立った。

「とにかく、明日必ず受診してください。もし、急に具合が悪くなるよう
でしたら、夜中でもかまいませんので、ご連絡下さい。よろしいですか?」

「・・・わかりました。明日受診します。ありがとうございました。」

電話が切れた。

外は真っ暗になり、通り過ぎる車のライトがたまに窓を照らしていた。

また、シーンと静まり返った。

とりあえず、カルテに今の記録をつけなくては・・・・。

ボールペンを取り出し、時間と内容を記録して・・・。

「先生。」

背後から突然声がして、心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。

看護師さんが処方箋を持って立っていた。

「時間外にすいません、入院さんのボルタレンお願いします。」

「は、はい。ボルタレンですね、ご苦労様です。」

心臓がバクバク音を立てて、指先が震えていたが、気付かれないように
変な笑顔を作って笑うしかなかった。


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嫌酒薬

2008年11月09日 14時18分11秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
山々の木々が紅葉し始めた。

朝晩と日中の気温差が大きく、体調を壊しやすい季節である。

外来の患者さんも、喘息発作や急性上気道炎などの症例が多くなった。

私も今朝からのどの痛みがあった。

風邪をひきかけているようである。

嗽でもしようか、と思っていると、胸の電話が鳴った。

「受付ですけど、お薬について薬剤師の先生にお尋ねしたいことがあるそう
です。」

なんだろう?いつものように不安に駆られながら、電話をつないでもらう。

「・・・先生か?・・・酒を止める薬があるって聞いたんだがよぉ、そこの病院
でも出してぇもらえるのか?・・・」

酔っ払っているらしい。多少呂律が回っていなかった。

まだ午前10時前であるが、あきれたことにもう酔っ払っているらしい。

「あるのかって聞いてんだよぉーーーっ!!!!」

「さあ、そういう薬があることはありますが、当院から処方できるかどうか、・・・
それは主治医と相談されないと、何とも申し上げられませんが。」


アルコール依存症の治療薬として、ノックビンやシアナミドがある。
内科の当院では、今までこのような薬は処方されたことがなかった。

これらの薬は、肝臓のアルデヒドデヒドロゲナーゼを阻害し、二日酔いの原因
となるアセトアルデヒドが分解されるのを抑えて、少量のお酒で悪酔いさせる
ことにより、徐々に節酒や禁酒させる薬である。

ただし、この薬を飲んでいるときに飲酒すると、急激なジスルフィラム―
アルコール反応(顔面潮紅,血圧降下、胸部圧迫感、頭痛、悪心・嘔吐、
めまい、幻覚、錯乱等)があらわれるため注意が必要である。

まあ、アルコール依存症の患者にはそのくらい必要なのかもしれないが。


「そうかぁ・・・、わかった・・・。」電話が切れた。

なんだろう?誰から聞いたのか、嫌酒薬なんて尋ねてくるとは。

さてさて、ノックビンってどんな薬だったかな?などと思い、今日の治療薬
を開いていると、いつの間にかトモゾー先生がやってきて後ろから覗きこんで
いた。

「ノックビンですか?どうしました?」

「実は・・・。」簡単に先ほどの内容を伝えた。

するとトモゾー先生はポケットに入れた右手を、顔の前で振りながら、

「この病院では無理ですよ。専門医に行かないと。」

精神科で?・・・でもなぜだろう?

「その薬を飲んだらどうなるかわかりますか?・・・文字通り地獄ですよ。」

トモゾー先生は少し笑っているようにも見えた。

「余程の精神力と体力がないと、その薬を飲み続けることは出来ません。
患者は、必ず隠れて飲酒します。飲酒するとどうなるか?地獄の苦しみを
味わうことになります。それで飲めなくなって、家族が食事に混ぜて飲ませ
たりして、それでも隠れて飲んでまた苦しんで・・・・。」

なるほど、アルコールは飲み続けるのも地獄だが、止めるのも地獄なのだ。

だから、それが依存症なのかもしれない。

「それから、その薬を飲んでいる間は、奈良漬やみりんなんかもいけません。
アフターシェーブローション等でも苦しくなりますから。下手をすれば命を
落としかねませんよ。まあ、うちみたいな内科病院では扱わないことですな。」

ベテランらしい、奥深い経験談であった。

「ありがとうございました。また電話がありましたら、その様に伝えます。」

「では、私はDI室に参りますので。」

トモゾー先生は、またポケットに右手を突っ込むと部屋を出て行った。

全ての薬が患者に幸福をもたらすとは限らない。

地獄の先にあるのが、新しい未来でありますように。


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グリカン(浣腸)

2008年10月26日 20時47分00秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
内科で処方される殆どの薬は、消化器の薬である。

まあ、高脂血症治療薬や高血圧の薬も多いかな?

消化器の薬と言っても、胃酸を抑える薬から下剤まで様々。

特に高齢者は、お通じの悩みが多いらしい。

カマグ(酸化マグネシウム)程度ならまだいいほうで、中にはセンノサイドの
錠剤やピコスルファートの液剤を大量に処方される患者さんも多い。

これらの腸管蠕動運動亢進作用を持つ薬は、使っているうちに効果が弱くなって、
次第に量が増えてしまうようだ。

処方医もわかっているのだが、排便のコントロールが旨くいっていない患者さん
からの強い要望で、仕方なく処方している。

なんでも、安易に薬に頼るのは良くないということである。


そんなある日の午前中、外来の看護師さんが薬剤部にやってきた。

「先生、グリカン1つお願い。」

グリカンはグリセリン浣腸のことで、便秘の患者さんや大腸の内視鏡検査の前処置
で用いられる。

当院でも、特に高齢者や寝たきりの患者さんに用いられることが多い。

便秘がひどくて外来を受診した患者さんがいるらしい。

外来のベットの上で横になり、看護師さんに少し暖めたグリカンを浣腸してもらう
のだ。

寝たきりの患者さんや、下肢が不自由な患者さんはベットの上で排泄することになる。

グリカンでも効果がない場合は、看護師さんが指で掻き出したり(摘便)もする。

トイレ以外での排泄の経験がない我々には信じられない状況だが、それほど排泄は
重要で、その患者さんは重症であるということだ。

とにかく、グリカンを一本払い出した。

ところが、看護師さんの表情がさえない。どうしたかしたのか?

「この患者さん、昨日も来てたんだよね。」

昨日も?どういうこと?

「指で出してもらわないと出ないとかいってさ、なんかさあ、摘便されるの
気に入っちゃてるんだよね。」

・・・それは困ったもんだ。

「おまけに、若い看護師指差して『あの人がいい。』なんて言い出すし。」

本当に困ったもんだ。
何かのサービスと勘違いしているらしい。

「何も出てこないのにねぇ~。」

と、捨て台詞を残して去っていった。

本当に大変な仕事だなあ、と同情してしまう。

そんなことで受診される病院は本当に迷惑なのだが、医療と言えば医療だし、
性癖なのか、病気なのか、その線引きは本当に難しい。

ともかく、人間の排泄は重要で、そのこだわりはとても大きく、多種多様という
ことでしょうか?


ちなみに、グリカンは薬局でも販売されているが、入れすぎたり、立ったまま
肛門に挿入すると、腸壁を傷つけることがわかっているため、必ず横になって
使用しなければならない。

ご家庭での使用は特にご注意を。


※ご注意
この物語はフィクションであり、登場する人名や場所、
事件などは実在するものと関係ありません。

なお、薬剤名は実在しますが、その使用方法は医師に
直接お尋ねになり、参考にすることはご遠慮下さい。
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授乳婦にファモチジン

2008年10月26日 15時05分04秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
朝晩の冷え込みがやっと秋らしくなり、インフルエンザの予防接種が始まった。

診察のついでに接種してゆく患者さんもいれば、「インフルエンザお願いします。」
と、飛び込みの方もおられる。

午前中は診察も満員のため、飛び込みで予防接種だけ希望された方は、1時間
くらい待たされることになる。

中には接種せずに「キレ」て帰る方も。

まあ、毎年の風物詩である。

そんな忙しい午前中、胸のピッチが鳴った。

「受付ですけど、お薬のことで尋ねたいことがあるらしいです。お願いします。」

ガチャ、という音と共に電話がつながる。

なんだろう?不安な気持ちを抑えつつ・・・。

「はい、お待たせしました。薬剤師のヤクタマと申します。どうなさいました?」

相手は若い女性であった。

「あのう、先日そちらでファモチジンをもらったのですが、アンケートに「妊婦」
かどうかは尋ねてあったので、「いいえ」を選んだんですけど、じつは授乳中
でして、薬を飲んだままおっぱいをあげてもいいものかと思いまして・・・。」

なるほど、当院の初診アンケート用紙には、「妊婦」であるかどうかは尋ねて
あったが、「授乳婦」出るかどうかは尋ねてなかった。

確かに、医薬品は妊婦と同様に授乳婦へも使用を控えるべきものがある。

そんな心配を持った患者さんからの電話であった。

「そうですか、少々お待ちください。」

添付文書集を引っ張り出す。
「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項目を探した。

「えーっと、確かに、ファモチジンは授乳婦への投与を避けることとなって
いますね。」

「ええっ!、今朝赤ちゃんにおっぱいあげたのですが、大丈夫でしょうか?
あのう、私は夜1錠だけだったら、朝はもう大丈夫かと思って・・・。でも
夫が『本当に大丈夫か?』なんて言うもんですから、私も心配になって・・・。」

若い女性は明らかに狼狽しているようだった。

「もしもし、確かにこの薬はおっぱいに出てくることがわかっていますので、
授乳婦への投与を避けることとなっています。しかし、12時間も経つとほとんど
排泄されますので、一回くらい飲ませたからと言ってすぐに赤ちゃんに何か影響
が出ることはないと思います。もちろん、ずっと飲ませてしまうと大丈夫と
言えるかどうかわかりませんが。」

「そうですか、良かった・・・。」

「かかかりつけの小児科か産婦人科はありますか?」

「あ、はい。近くの小児科がかかりつけです。」

「では、なるべく早めにかかりつけ医にご相談下さい。きっと、薬を飲む
タイミングやおっぱいをどうしたらいいか教えて頂けると思います。」

「そうですね、ありがとうございました。」

電話が切れた。

妊婦のみならず授乳婦も薬については敏感になる。

夫の手前、まずは安心させて欲しいに違いないと思った。

男性の内科医には、どこまでその気持ちが伝わるかわからないので、専門医に
問い合わせてみるべきだと思う。

気になったので、子育てもベテランの看護師さんに尋ねてみた。

「薬?私なら薬を飲む直前におっぱいあげるように言うわよ。それから半日は
搾乳だけして、赤ちゃんにミルクで我慢してもらって。」

薬にもよるが、まあ問題ない対応だと思う。
さすがに、私は搾乳まで気が回らなかったが。

しばらくすると、また胸のピッチが鳴った。

「ヤクタマ先生?受付ですけど、授乳婦はインフルエンザの予防接種しても
大丈夫?」

またか、と思ったが、「大丈夫です。特に注意するようには書かれていませんので。」

「そうですか、ありがとう。」

電話が切れた。

妊娠、出産、育児と女性は常に気を遣って生活している。
出来るだけ必要以上に心配したり、焦ったりしないでいいようにしてあげたい
ものだと思った。


※ご注意
この物語はフィクションであり、登場する人名や場所、
事件などは実在するものと関係ありません。

なお、薬剤名は実在しますが、その使用方法は医師に
直接お尋ねになり、参考にすることはご遠慮下さい。
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食事に行こう

2008年10月19日 11時30分35秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
10月も半ばを過ぎようかという季節であるが、朝晩の冷え込みとは対照的に、
昼間はまだまだ暑い日が続いていた。

喘息発作や上気道炎の救急患者が増えてくる季節である。

インフルエンザの予防接種も始まり、先月より忙しい日が続いていた。

そんなある日、受付嬢から電話が入る。

「ヤクタマ先生、ミッチャンから電話です。」

・・・またか、と思った。


ミッチャンは、先月から当院の外来受診されている初老の患者さんである。

なぜか、自分のことを「ミッチャン」と呼んで欲しい、らしい。

近所の精神科から、本人に内科受診の希望があるということで、先月紹介された
のであった。

内科とはいっても、「食事が喉を通らない。」という自覚症状があるだけで、
特に内科的な治療の必要はなさそうな患者さんであった。

いくつかの精神科に通院していたが、「あそこの薬を飲むと具合が悪くなる」と
いって、転々としているらしかった。

要するに、前の病院からも「見離された。」のである。

身寄りがなく、一人暮らしで生活保護を受けていた。

そういわれると、可哀想な患者さんであるが、実際は・・・・。


初めての来院の際、待合室から怒鳴り声が響いた。

「おりゃあ、診察はせんから、薬だけだせ!!!、どんなに診察してもオレの
病気は治らないんじゃ!!!、オレのことは手紙に書いてあるだろ?!!、
いいから早く出せ!!!!」

看護師が、受診しなければ薬は出せないことを説明するが、一向に納得しない。

「とにかく、診察してください。すぐに診察できますから。」

1時間以上待っている患者さんを差し置いて、すぐに受診させてもらった。

医「○○さん、こんにちは。どこが具合悪いの?」

ミ「・・・。」

医「一番、困っていることはなに?」

ミ「・・・・。」

医「痛かったり、苦しかったりするところはない?」

ミ「・・・・・。」

医「何もいってくれないとわからないじゃない。」

ミ「・・・・・・・。」

外来担当医は困ってしまった。

検査はおろか、検温も血圧も取らせてくれない。

「とにかく、前の病院と同じお薬を出しとくからね。具合が悪くなったら
すぐに連絡して来てください。」

診察室を出るミッちゃん。
まっすぐ受付に向かい、さっきの台詞をくり返す。

「早く薬を出せっ!!!!」

医師の前と、受付嬢の前とでは態度が全然違っていた。
(医者、特に男性が怖いとのことであるらしい。)

最優先で処方箋を用意し、お待たせしましたと渡すと、

「これじゃない!!!薬だ!!!!人をバカにするのか!!!!オレを
バカだと思っているんだろう!!!!薬を出せって言ってるんだ!!!!」

薬の処方箋であることを必死に説明するが、納得いかないらしい。

調剤薬局まで連れていって、ここで待つように説明した。

とりあえず終了。
大変な患者さんが紹介された、とみんな思った。


そんなミッチャンから、度々私に電話が掛かってくるようになった。

薬がなくなったから、家に送ってくれ、という内容である。

「患者さんがご自分で来院されないと、処方箋は準備できないんです。」

説明するが聞えないらしい。

「そうか、あんた、オレに死ねって言うわけだな。そうだよな、オレみたい
なバカはみんな死んだ方がいいと思っているんだ!!!あんたもそう思って
いるんだろう!!!!!」

本当に困った。

「受診されないと、医師が容態を把握できないんです。法律で決まっている
ことなんですよ。」

「あー、オレなんか早く死ねばいいんだ。わかった、俺を殺してくれ!
今から行くから。」

「困ります。病院は病気の患者さんを救うところで、死ぬ手伝いをするところ
ではありません!」

「そうやってあんたもオレをバカにするんだな!だいたいそこの病院もたいした
ことはないな!診察したってちっともよくならないじゃないか!!!!!
他にいい病院はいくらでもある!!!あんたに世話にならんでもいい!!!!」

ガチャ、・・・・電話が切れた。

とりあえず会話の内容をカルテに記録してゆく。


次の日また電話が鳴った。

「・・・先生か・・・死にたい・・・殺してくれ・・・・。」

「駄目ですよ、そんなこといっちゃ。」

「オレはな、このトシまでセッ○スしたことがないんだ。わかるか?ずーっ
と一人ぼっちで生きてきたんだ・・・。」

低いテンションで話は続く。

「オレはなあ、女の尻を触りたいんだ・・・。もちろん、触ったらつかまる
ことはしっている。こんなバカでもそれくらいはわかる・・・。尻を触りたい
・・・・。オレのチ○ポを触って欲しいんだ・・・・。なあ、なんでオレは
女の尻を触れないんだ?オレが尻を見ると女はみんな逃げるか、笑うかだ!!
オレはただ尻を見ているだけなんだよ!!!!!何もしていないのに!!!!
なあ!、こんなオレの気持ちがわかるか?!!!!!!!!。」

警察に連絡した方がよいだろうか・・・?
犯罪に結びつく可能性がないだろうか・・・?
そんなことを考えていたら、またガチャ、と突然電話が切れた。
カルテに、一方的な会話の内容を書いてゆく。

こんな調子で、この2週間ほど、毎日電話がかかってくるのだ。


今朝も一番忙しい時間に掛かってきた。

仕方なく、電話を取る。

「はい、ヤクタマです。どうしましたか?」

「あー、先生か?あんたさあ、何時まで仕事だ?」

「まあ、7時くらいですけど。なにか?」

「飯を食いに行こう。」

「は?」

「オレはよう、産まれてこれまでずっと一人ぼっちなんだ。そんなオレを
あんたはかわいそうだと思うだろう?なあ、一回だけでいいんだ。オレと
飯を一緒にくってくれんか?」

私を食事に誘っているらしい。

若い女性ならともかく(?)、とても無理だ。

なにより、患者と個人的な付き合いをするわけにはいかない。

食事になど行ける訳がなかった。

「申し分けありませんが、患者さんとの個人的な付き合いは禁止されています
ので・・・」

「なあ、一回だけでいいんだよ!。オレがおごるからさあ!!!、なあ、
いいだろう?!!!、なんなら、あんたの家の近くまで行ってもいいぞ!!
なあ、いいだろう?!」

よけいに無理な話である。

「本当にすいませんが、無理です。」

「そうか・・・。あんたもオレをばかにするんだな、あーあー、そこの
病院は気に入っていたんだが、食事に行ってくれないのなら、病院を変え
なきゃならんなあ・・・。」

だから?と思った。

「こんなに頼んでもだめか!!!!そうか、わかった!二度と行くものか!!!」

ガチャと、やっと電話が切れた。

忙しかったので、後からカルテに会話内容を書き込むことにする。

それにしても、食事に誘うとは・・・・。

家には妻も子供もいる。
家の住所を知られたら怖い、と思った。


翌日、院内の定期処方を準備しているとまた電話が鳴った。

「受付です、ヤクタマ先生にミッチャンから電話です。」

悪夢だ、と思った・・・。


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事件などは実在するものと関係ありません。

なお、薬剤名は実在しますが、その使用方法は医師に
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セイホ

2008年09月28日 18時03分00秒 | 大卒薬剤部長への道(フィクション)
窓を開けたままの部屋にやっと涼しい風が吹いてきた。

思えば今年はとんでもなく暑かった。

病院の駐車場に止めていたバイクのスタンドが、アスファルトにめり込んでいた。

病院の駐車場に穴を開けてしまって、しばらくはバイクで通勤することを止めることにした。

もうそろそろバイクで通勤しようかな、なんて思っていたある日、車椅子に乗ってキチキチさんがやってきた。

「キチキチさん、お久し振りですね。元気にしてましたか?」

体が不自由なキチキチさんは、目だけでうなずいた、ように見えた。


キチキチさんが最初に救急者で運ばれた時、カラカラであった。

もともとDM(糖尿病)であったが、そんなことに構わず毎日大酒を飲み続けていた。

50歳の半ばを過ぎたところで、脳梗塞を起こして最初の入院。

脳神経外科がある大きな病院に2年間ほど入院したが、入院料金の支払いが全くされず、全介助の状態のまま追い出されるように退院した。

二人の娘は嫁に行き、息子が一人いたはずだが、ほとんど家に帰っていないとのこと。

家の中でごろんと横になったまま、身の回りの世話をしてもらえることもなく、衰弱しきっているところを嫁に行った娘に発見され、救急車で当院に運ばれた。

広範囲の褥瘡と脱水症状、低血糖症状で入院となる。

抗生剤と輸液、インシュリンなどで治療してゆく。

全く動くことが出来ず、意識レベルも低かったキチキチさんは、やがて元気になってゆく。

しゃべることは全く出来なかったが、泣いたり笑ったり出来るようになった。

「お大事に」の言葉に、笑顔が見られるほどにまで回復した。

しかし、肝心の入院料金の支払いが滞っていた。

病院とはいっても、慈善事業ではない。

我々にも生活はあるし、支払いが滞れば倒産もありうる。

病院にとっても、お金は大切なのだ。

一人息子に、生活保護の手続きを取るようにすすめるが、理解できないらしい。
(こういうときに、教育は本当に大切だと感じる。充分な教育を受けていないため、生活保護を受ける方法がわからないらしい。誰かに尋ねる、という方法すら思い浮かばない人もいるのだ。)

パチンコ屋に並んでスロットにコインをつぎ込む方法はわかるのに、生活保護を申請する必要性はわからない。

それを人に尋ねる言葉も持っていない。

もともと、金を借りる以外に頭を下げたことがない人種らしい。

仕方なく、院長先生は方々に手を尽くし、セイホ(生活保護)の手続きを取り揃えた。

これで安心して治療が受けられる。

キチキチさんは笑顔だった。


ある日、いつものように話しかけると目を合わせようとされない。

すごくふさぎ込んだように見えた。

どうしたのだろう?担当の看護師に尋ねてみる。

「キチキチさん、退院が決まったのよ。まあ、自宅で十分な療養ができるか心配なんだけどね。」

完全介護の病院と違い、またほったらかしにされるのではないか、その不安から沈んでいたらしい。

私には、そんなキチキチさんにかける言葉がなかった。


退院して1ヶ月、車椅子のキチキチさんを見ることが出来てほっとした。

介護施設に入所しているとのこと。とりあえずは安心である。

診察を終えた車椅子のキチキチさんを見送った。


ふと見ると、受付で浅黒い男性患者が受付の女性をからかっていた。

「また今から飲みに行く。じゃあの。へへへっ。」

男性は去ってゆく。

半そでから見える腕に、青い彫物が見えた。

だれ?という視線を受付に向けると。

「セイホのゴクドウさん。朝まで飲んでて、べろんべろんに酔って朝の時間外にやってきて、無理やり点滴させて、今までベットで寝てたみたい。まったく、ここはホテルじゃないっていうの。」

セイホにもいろんな患者がいる。

急に気分が悪くなった。

いつの間にか、向かいの山が夕陽に照らされていた。



※ご注意
この物語はフィクションであり、登場する人名や場所、
事件などは実在するものと関係ありません。

なお、薬剤名は実在しますが、その使用方法は医師に
直接お尋ねになり、参考にすることはご遠慮下さい。
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