その一言に我々法学部の学生は怒りに打ち震えた
時は今からおよそ20年前、場所は名古屋市内にある某大学での出来事だ
その大学では、社会学系3学部は、”ア”法学、”タワ”経済、”ヨ”経営という蔑称で呼ばれるなど、ありとあらゆる”言われなき差別”を、大学の看板学部である外国語学部の学生から受け続けていた
「オレらの講義は200人規模の大教室のくせに、ヤツらは20人ぐらいの教室ばっかり使いやがって!」
「おまけにオレらがメインで使ってるG棟なんざトイレに紙もロクにねーってのに、あいつらが使う棟にはウォシュレットかよ!」
「よーし、今からそのD棟に乗り込んで、ウォシュレットとやらを使いこなして、法学部の心意気を見せてやろうじゃねーか!」
こうして在学4年目にして初めて侵入したD棟…そこは紅毛碧眼の男女と、一目で「コレは法学部じゃない」とわかるファッションの男女が理解不能な言語で語り合う異次元空間だった
意気揚々と乗り込んできた我々だったが、いつのまにかコソコソと人目を忍ぶように階段を駆け上がり、這々の体で目的の地にやってきた
「コレだよ。コレがウォシュレットだよ」
「ちょっと押してみろよ」
「・・・反応がねーよ」
「壊れてんじゃねーか?」
「ケッ、英米の連中の使う便所だって、コレじゃG棟と変わんねーじゃん!」
「まったくだよ。で、どーなんてんだ?このウォシュレットってーのは…う、うわぁーーーーっ!」
そのメカニズムを見ようと、便座に顔を近づけて内部をのぞき込もうとした瞬間、もの凄い勢いで”シャワー”が吹き出したのである
「ぎゃははーー!オマエ、便器で顔洗ってんじゃねーよ!」
「キッタネー!」
「笑うなーーーーーーーーーっ!」
それが自分のウォシュレット初体験だった…
時は流れ、その数年後。場所は沖縄へ向かうフェリーのトイレの中での出来事…
豊橋から大阪までバイクで走り続け、乗り込むや否やオリオンビールの自販機がカラになるまで飲み続け、2晩(この時は低気圧の影響で40時間ほどの船旅だった)を過ごした朝、トイレでひとしきり力んだ後にケツを拭いた紙を何気なく見たとき、戦慄が走った
「なんじゃぁ、こりゃーー!」
そこにあったのは、紛れもない鮮血(ちょっとだったけど)だった
沖縄から帰ったその日のうちに、近所のホームセンターへ駆け込み、あの日”屈辱の洗顔”を体験したウォシュレットを買い、取り付けた
で、一旦コレに慣れてしまうと、もう”紙で拭く”という野蛮で前近代的な生活には戻れない
たまに外出先等でやむを得ず紙を使うと『キミ、まだ紙で拭いてるの?オー、マイガーッ!』という小人の囁きがどこからともなく聞こえくる始末だ
そこで、外出先や勤務先での”不測の事態”に備え、携帯用のウォシュレットまで購入し、憲法25条で保障された”健康で文化的な生活”を営むことができることとなった。メデタシメデタシ…
と、ココまで書いて気が付いたが、オレが使ってるのはウォシュレット(TOTO社の登録商標)じゃなくて、INAXの”シャワートイレ”ってヤツだった(笑)
ゴメンね、INAXさん
*所有欲:携帯式は手押しより電池式に限る
*機 能:縄で拭くより100万倍素晴らしいぞ!
*価 格:安い便座式と、高級なハンディタイプがほぼ同価格なのはどうかと思う
*総合点:たまに電池が切れてると限りなく悲しい…☆☆☆☆