その女、規格外。
僕に初めてできた後輩は、何もかも想像を上回るニュータイプでした。一つ一つを説明すると本当にキリがなくなるので、大まかなところだけ言うと、「空気読めない」「仕事が雑」「22歳に見えない」「目つき悪い」「余計なひと言がイラッとする」ってな感じでしょうか。ここまで「ダメ、合わない!」と思う人は初めてかもしれない。そもそも、そんな人とはまず接触を避ける。だがしかし、職場の後輩とあっては関わらざるを得ない。
四月からの僕といえば、後輩の突拍子もない行動に驚くばかりの毎日で、珍しくイライラしっぱなしで「おぉ、これが胃が痛むってやつか?」と初体験した気がする。でも、後輩のことは僕にすべてお任せらしく、上司や周りの同僚は一定の距離をとって観察しているような状態。「みんなで育てていこう」って言ったじゃないですか(泣)! 投げ出せるものなら僕も投げ出したい…。
人を教えるということの難しさを、日々噛み締めています。
やっぱ僕には教師なんて向いてなかったんだろうなぁ、なんて。
先日、後輩と二人きりで出張に行くことがあり、いい機会だと思って話をしてみた。(それまで仕事以外の話はほとんどしなかった僕も社会人としてどうなの、って感じだけれど)どんな音楽を聴いているのかとか、普段は家で何をしているのかとか、そんな普通のこと。で、問題は「なんでここに入ったの?」っていう質問をした時のこと。
彼女曰く、
・週休二日
・育休産休がとれそう
・潰れそうにない
・家から近い
とのこと。
まさにジェネレーションキャップ。あわわ。
そりゃまぁ、仕事を選ぶ基準なんて自由だ。給料に惹かれようが勤務形態に惹かれようが、それは個人の自由な選択。僕が「文章を書く仕事がしたい」と思うことも、他人からしてみれば理解不能かもしれない。だから、後輩が「安定」を求めて就職したのだとしても、今の編集という仕事に特別な思いがないのだとしても、それは仕方がないし、僕がどうこう言えることではない。もちろん非難できることでもない。そう、彼女は間違っていない。
でも、僕は自分と彼女との間に、想像以上の隔たりがあることに今更ながら気づいて、何も言えなくなってしまった。それまでは、小さい職場ではあっても編集者を志して来たのなら、僕も僕なりに育てていかなければいけないと思っていた。原稿を真っ赤に直して嫌な顔をされても、それが次に繋がるなら構わないと思っていた。直されて直されて、最後に自分の納得のいく記事ができた時、必ず得るものがあると知っているから。
だけど、その思いは結局、無意味だった。
僕にとっての「仕事」と、後輩にとっての「仕事」。
それらは、深い谷によって絶望的に隔てられている。
その距離を埋める術を、僕は知らない。
僕に初めてできた後輩は、何もかも想像を上回るニュータイプでした。一つ一つを説明すると本当にキリがなくなるので、大まかなところだけ言うと、「空気読めない」「仕事が雑」「22歳に見えない」「目つき悪い」「余計なひと言がイラッとする」ってな感じでしょうか。ここまで「ダメ、合わない!」と思う人は初めてかもしれない。そもそも、そんな人とはまず接触を避ける。だがしかし、職場の後輩とあっては関わらざるを得ない。
四月からの僕といえば、後輩の突拍子もない行動に驚くばかりの毎日で、珍しくイライラしっぱなしで「おぉ、これが胃が痛むってやつか?」と初体験した気がする。でも、後輩のことは僕にすべてお任せらしく、上司や周りの同僚は一定の距離をとって観察しているような状態。「みんなで育てていこう」って言ったじゃないですか(泣)! 投げ出せるものなら僕も投げ出したい…。
人を教えるということの難しさを、日々噛み締めています。
やっぱ僕には教師なんて向いてなかったんだろうなぁ、なんて。
先日、後輩と二人きりで出張に行くことがあり、いい機会だと思って話をしてみた。(それまで仕事以外の話はほとんどしなかった僕も社会人としてどうなの、って感じだけれど)どんな音楽を聴いているのかとか、普段は家で何をしているのかとか、そんな普通のこと。で、問題は「なんでここに入ったの?」っていう質問をした時のこと。
彼女曰く、
・週休二日
・育休産休がとれそう
・潰れそうにない
・家から近い
とのこと。
まさにジェネレーションキャップ。あわわ。
そりゃまぁ、仕事を選ぶ基準なんて自由だ。給料に惹かれようが勤務形態に惹かれようが、それは個人の自由な選択。僕が「文章を書く仕事がしたい」と思うことも、他人からしてみれば理解不能かもしれない。だから、後輩が「安定」を求めて就職したのだとしても、今の編集という仕事に特別な思いがないのだとしても、それは仕方がないし、僕がどうこう言えることではない。もちろん非難できることでもない。そう、彼女は間違っていない。
でも、僕は自分と彼女との間に、想像以上の隔たりがあることに今更ながら気づいて、何も言えなくなってしまった。それまでは、小さい職場ではあっても編集者を志して来たのなら、僕も僕なりに育てていかなければいけないと思っていた。原稿を真っ赤に直して嫌な顔をされても、それが次に繋がるなら構わないと思っていた。直されて直されて、最後に自分の納得のいく記事ができた時、必ず得るものがあると知っているから。
だけど、その思いは結局、無意味だった。
僕にとっての「仕事」と、後輩にとっての「仕事」。
それらは、深い谷によって絶望的に隔てられている。
その距離を埋める術を、僕は知らない。