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草枕

都立中高一貫校・都立高校トップ校 受験指導塾「竹の会」塾長のブログ
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合格への道程 ~都立中高一貫校への道

2011年04月09日 09時58分07秒 | 
 旧山手通りを教室まで行く途中咲き誇る桜が目に映った。「そうかもう満開なのか」とまぶしいばかりに花開く桜の花を見遣る。心なしか淋しそうに見えるのは私の心の反映であろう。毎年の桜の季節と違い今年は春の到来のこともすっかり忘れていた気がする。今年は毎年人々が花見に浮かれていた光景もなく静かな春の訪れであった。原発, 原発で心休まることもなく私は身も心も憔悴したままにとにかくその日その日の指導に心を砕いてきた。
 合格発表の日, 学校を廻り掲示板を見に行くのが, 私の指導の締めくくりになっている。掲示板に子どもたちの番号を見つけることが, 今は私の仕事の一部になっている。番号を見つけた時, 子どもたちの喜ぶ顔が想像されて胸が熱くなる。涙が出てくる。母が死んだ時, ひとり空港で涙を流した, そうかあの時から私は涙もろくなってしまったのかもしれない。
 子どもたちの番号を合格掲示板に見届けること, ここまでが私の仕事と心得ている。合格をするであろうとの感触を得た子のみに私は受検番号を教えてもらう。合格掲示板に自ら確かめに行くためにである。私に受検番号を訊かれるのは合格する可能性が強いということである。私は例の手帳に受検番号を書き留める。例のとは毎年書きとめている手帳のことだ。
 4月の指導が始まった。私は黙々と「指導」を日常のこなし仕事のようにこなしていくだけである。指導方法に迷いはない。ただ黙々と私の指導方法を, つまりは竹の会の指導方法をこなしてゆくだけである。
 かつてないほどの完成域にあると思われる私の指導技術は, 子どもたちをぐんぐんと伸ばし, 開花させていくであろう。この今の指導技術, 指導水準を手にするためにこれまで私はどれだけ苦しみ, どれだけ悩み, 試行錯誤を重ねてきたであろうか。
 たとえばである。
 英語の初手の指導は, 単語の暗記である。これは子ども次第のところがある。ここで覚えられる子となかなか覚えられない子が峻別される。覚えられない子の前途は厳しい。
 初手の指導で単語を覚えた子のそれからの指導は早い。あっという間に中1英語の基本をマスターしてしまうであろう。これに要する時間は長時間指導が数回もあればいい。
 数学なら, 最低の条件がある。レジュメの私の解説を「読み解ける」だけの能力は最低必要である。以前に「先生の言うことがちんぷんかんぷんでまるでわからない」という小6女子がいましたが, こういう子の指導は無理です。私のレジュメ解説は, かなりに「わかりやすい」というのが, 定評です。とくに知能優秀な子は, 私のレジュメ解説だけですべてを悟りもうほかに何の説明も要しないというのがふつうです。とにかくそういう子は伸びます。天井を極めます。
 ところで, そもそも「わからない」という子どもに説明することそのものが, 無駄であり無益なことなのです。わからないという子は, 能力的に無理なのか, 現段階での理解能力が無理なのかどちらかです。後者であれば, これから段階的に理解が進めばある時期からは理解可能となるはずです。竹の会で指導可能なのは後者までです。
 理解のステージが, まだ低段階なのに, それより上の問題を「わからない」からといって説明するのは愚かなことです。竹の会では, 説明が「わかる」ということもその子の理解能力の段階がかなりに上にあることを示すことになるのです。
 よく世の中には, 「わからない」というとその子の能力段階を問わずに「教え方」「説明の仕方」ですべて解決するようなことを言う塾がありますが, これはまやかしです。ウソに決まっています。
 子どもたちを文書を読んでその意味を理解できるだけの子に育てること, それが指導です。竹の会では, そういう能力を育てるためにまず文句なしに計算をマスターすることから始めます。難関中学に出されるような複雑な分数や小数や大中小のかっこを使った四則混合演算を解けるようになるということは, かなりに抽象的形式的思考作用ができるということです。さらには, 逆算をもマスターしたということであれば, かなりの高度な抽象的思考の世界に踏み入れることができたということです。
 次に, 私が指導で重視するのは, 「割合」の概念の理解です。割合の概念を立体的にそれぞれの子どもたちの頭の中に組み込むことです。そのために割合だけに特化した様々なレジュメで頭を鍛えていきます。とにかく思考を鍛えていくのが指導です。
 子どもたちには, 漢字を覚えることも大切なことです。漢字の書けない子, 知らない子というのは, まず国語はできません。読解力もつきません。それとゲームに夢中な子というのは, 国語ができないし, できなくなるということは, 覚悟していたほうがいいでしょう。文章というのは, 文と文との「つながり」から, 意味を手繰るものです。関係を理解する作業です。ゲームをする子というのは, 単語に反応し, 感覚的にすぎて, 関係を辿るのが苦手です。子どもにゲームは害悪です。脳を破壊するだけですから。

 私の指導技術は, 様々な科目に及びます。様々な指導のノウハウを私は25年以上かけて研究・獲得してきました。私は, 決して勉強を教える先生ではありません。高校にしても, 中学にしても, 小学にしても, それは変わりません。私は, 子どもたちの志望する目的のために, 何をすればいいのか, どうすればいいのかを「導く」人であると思います。
 ただ「導く」にしても, 私のことばが理解できるだけの理解ステージに子どもたちを高めるための様々な指導はします。思考力を育て上げ. 後は子どもたち自身が自分の頭で理解し問題を解いていくだけです。私はそういう人間にすることのお手伝いをするだけです。決して「教える」先生ではないことを理解してください。わからないときにわからないことを「教えてもらえる」先生ではありません。
 私は思考を育てる人です。それが指導の真の意味です。
 
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