お早うございます。今日も朝の気温は5℃とかなり低いですね。冷たい空気が張り詰めたベランダにはランチュウが4匹泳いでいます。去年の9月だったか愛知県の業者から買ったものです。久しぶりの青空でも目と鼻は花粉でぐしゃぐしゃですから気分爽快というわけでもありませんが、天気がいいというのはいいですね。この3月の時の進み方はとりとめもなく今の私にはいいですね。これからのことをいろいろと考えるにはちょうどいい。あれほど山積みになっていた文庫本ももう数冊ほどになってしまいました。
これから中1になる小学6年生は3月はいよいよ小学校を卒業していよいよ中学生になります。小学校は6年間ですからずいぶんと長かったですね。ここまで育ててこられた親御さんにも感慨深いものがおありになると思います。
いよいよ中学ですが、中学は3年間ですからとにかく早い。そのことは中3になる現中2のみなさんがいちばん感じていることではないかと思います。もう来年は高校受験ですからね。そして今中2のみなさんは実はもう中3になっていよいよ受験勉強の年だと思っている人も多いでしょうが、実はすでにあらかた勝負はついているということには気がついてはいない。ほとんどの生徒がこれからがんばって希望の高校へ行くのだと楽観していることでしょう。
考えてもみてください。今中2のみなさんは、今年の9月にはおそらくV模擬などの模擬試験をほとんどが受けることでしょう。そのとき例えば、英語ではすでに長文問題があなたたちをいちおうの完成された学力あるものとして出されるのです。あなたたちは50分の時間内にそうした問題に80%以上の正解を出さなければもはやトップ都立の芽はないのです。中3になると数学だって、英語だっていきなり難しくなります。特に理社がいけない。模擬試験では中1と中2で習った全範囲から出題されるのです。ところが中3は中3で理社は新しい内容を学ぶ。5月には中間テスト、6月末には期末テストがありますから、まともに受験のための勉強などできる時間はないのです。夏休みだって数学と英語だけで潰れてほとんど他の科目には手が回らない。中2までかなり勉強してきた生徒でも中3で成績を維持しようと思えば1日7時間ぐらいは頑張らないとダメでしょう。中学は3年間しかないのです。いや最終内申が確定するのは、中3の11月に実施される期末テストですから、実は中3は4月から11月の実質8か月しかない。つまり2年8か月後には自分の行ける都立(そして私立も)は決まるということです。
そのへんの事情をふまえてどこまで覚悟ができているのかです。入学してすぐに部活に入り激しい練習で疲れ果てて日々の勉強も結局やらないままに、時折の定期テストのときだけ形だけの試験勉強をするという生活を送ることになる多くの凡人中学生たちの行きつく先はすでに見えているわけです。
そうならないために自分を律してどこまで勉強にスタンスを置いた中学生活を過ごせるかです。
私は自分の中学時代を振り返ってみると結局いつも勉強のことで悩みどうしたら成績が上がるかばかり考えて勉強していたように思います。もともとは大分県の別府市の生まれなのですが、国鉄に勤めていた父の転勤で中学は宮崎県の延岡市の中学に入りました。実はそこも1年半で別府市の中学に転校するのですが。
小学時代はまず勉強とは縁がなかったですね。通知表は5段階でたいていは3でどちらかというと2が多い。4も1つくらいはあったと思いますが。ただ1年から6年まで唯一図画工作がなぜか5でした。とにかく5というのがあったことがすごいと思います。親もまわりも勉強ができないと思っていました。祖母はいつも「頭がいい」といってくれたのですが。小6のとき学校で知能テストというものがありまして、この結果を見た担任が驚いて母に言ったので間接的に私の耳にも入りました。
延岡中学に入るというので、小学校のときの教科書を夜中の12時頃まで読みました。試験勉強というものをやったことがなく、感動しながら勉強した記憶がありますね。なにしろ小学時代は勉強などしたことがありませんから。延岡中はマンモス校で中1だけで500人以上いました。全校生徒も1500人以上です。入学するとすぐにテストがありましたが、成績順に廊下に名前が張り出されるのです。だいたい200番位までは白くて長~紙に延々と名前が載りますね。
廊下では生徒が集まりそれは大変です。私は自分の名前が66番目にあるのを見つけました。これには両親が驚いて大喜びしていたのを覚えています。そのときからですね。私は勉強に目覚めたのは。学年で2番とかいう友人の勉強を観察したり、ノートを見せてもらったりととにかく勉強についていろいろ学ぼうとしていましたね。延岡中では結局成績は20番位で落ち着き、中2の2学期から郷里の別府市に戻りました。ここでも生徒数は550人ほどでしたが、成績は不思議と変わらず20番です。クラスで2番です。万年2番です。1番というのは、学年で2番という奴でこいつにはかなわないと思いましたね。私はどうしたら成績が上がるかといつも思い続けて勉強に励みました。中3の最後の実力テストでは、5科目中3科目が100点で、2科目は90点台でした。例のクラス1番の子ができがよくないのを知って私は自分が始めてトップクラスに躍り出たことを悟りました。あの頃の私は1日7時間は勉強しました。
どうですか。中学というのは、勉強するためにあるのですよ。私はそう思います。
これから中学に入るみなさんが勉強することに前向きに、そういつも勉強のことばかり考えて前に進まれることを祈っています。
これから中1になる小学6年生は3月はいよいよ小学校を卒業していよいよ中学生になります。小学校は6年間ですからずいぶんと長かったですね。ここまで育ててこられた親御さんにも感慨深いものがおありになると思います。
いよいよ中学ですが、中学は3年間ですからとにかく早い。そのことは中3になる現中2のみなさんがいちばん感じていることではないかと思います。もう来年は高校受験ですからね。そして今中2のみなさんは実はもう中3になっていよいよ受験勉強の年だと思っている人も多いでしょうが、実はすでにあらかた勝負はついているということには気がついてはいない。ほとんどの生徒がこれからがんばって希望の高校へ行くのだと楽観していることでしょう。
考えてもみてください。今中2のみなさんは、今年の9月にはおそらくV模擬などの模擬試験をほとんどが受けることでしょう。そのとき例えば、英語ではすでに長文問題があなたたちをいちおうの完成された学力あるものとして出されるのです。あなたたちは50分の時間内にそうした問題に80%以上の正解を出さなければもはやトップ都立の芽はないのです。中3になると数学だって、英語だっていきなり難しくなります。特に理社がいけない。模擬試験では中1と中2で習った全範囲から出題されるのです。ところが中3は中3で理社は新しい内容を学ぶ。5月には中間テスト、6月末には期末テストがありますから、まともに受験のための勉強などできる時間はないのです。夏休みだって数学と英語だけで潰れてほとんど他の科目には手が回らない。中2までかなり勉強してきた生徒でも中3で成績を維持しようと思えば1日7時間ぐらいは頑張らないとダメでしょう。中学は3年間しかないのです。いや最終内申が確定するのは、中3の11月に実施される期末テストですから、実は中3は4月から11月の実質8か月しかない。つまり2年8か月後には自分の行ける都立(そして私立も)は決まるということです。
そのへんの事情をふまえてどこまで覚悟ができているのかです。入学してすぐに部活に入り激しい練習で疲れ果てて日々の勉強も結局やらないままに、時折の定期テストのときだけ形だけの試験勉強をするという生活を送ることになる多くの凡人中学生たちの行きつく先はすでに見えているわけです。
そうならないために自分を律してどこまで勉強にスタンスを置いた中学生活を過ごせるかです。
私は自分の中学時代を振り返ってみると結局いつも勉強のことで悩みどうしたら成績が上がるかばかり考えて勉強していたように思います。もともとは大分県の別府市の生まれなのですが、国鉄に勤めていた父の転勤で中学は宮崎県の延岡市の中学に入りました。実はそこも1年半で別府市の中学に転校するのですが。
小学時代はまず勉強とは縁がなかったですね。通知表は5段階でたいていは3でどちらかというと2が多い。4も1つくらいはあったと思いますが。ただ1年から6年まで唯一図画工作がなぜか5でした。とにかく5というのがあったことがすごいと思います。親もまわりも勉強ができないと思っていました。祖母はいつも「頭がいい」といってくれたのですが。小6のとき学校で知能テストというものがありまして、この結果を見た担任が驚いて母に言ったので間接的に私の耳にも入りました。
延岡中学に入るというので、小学校のときの教科書を夜中の12時頃まで読みました。試験勉強というものをやったことがなく、感動しながら勉強した記憶がありますね。なにしろ小学時代は勉強などしたことがありませんから。延岡中はマンモス校で中1だけで500人以上いました。全校生徒も1500人以上です。入学するとすぐにテストがありましたが、成績順に廊下に名前が張り出されるのです。だいたい200番位までは白くて長~紙に延々と名前が載りますね。
廊下では生徒が集まりそれは大変です。私は自分の名前が66番目にあるのを見つけました。これには両親が驚いて大喜びしていたのを覚えています。そのときからですね。私は勉強に目覚めたのは。学年で2番とかいう友人の勉強を観察したり、ノートを見せてもらったりととにかく勉強についていろいろ学ぼうとしていましたね。延岡中では結局成績は20番位で落ち着き、中2の2学期から郷里の別府市に戻りました。ここでも生徒数は550人ほどでしたが、成績は不思議と変わらず20番です。クラスで2番です。万年2番です。1番というのは、学年で2番という奴でこいつにはかなわないと思いましたね。私はどうしたら成績が上がるかといつも思い続けて勉強に励みました。中3の最後の実力テストでは、5科目中3科目が100点で、2科目は90点台でした。例のクラス1番の子ができがよくないのを知って私は自分が始めてトップクラスに躍り出たことを悟りました。あの頃の私は1日7時間は勉強しました。
どうですか。中学というのは、勉強するためにあるのですよ。私はそう思います。
これから中学に入るみなさんが勉強することに前向きに、そういつも勉強のことばかり考えて前に進まれることを祈っています。