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秋田禎信『エンジェル・ハウリング9 握る小指』

2007-11-03 | ライトノベル
エンジェル・ハウリング(9) 握る小指――from the aspect of MIZU
秋田 禎信
富士見書

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「ただひとつだけ。ここで学べなかった距離はただひとつだけだった。触れ合う距離。ほんの弱い力でいい。相手の存在を確かめるために肌と肌を摺り合わせる距離だけが、ここにはなかった。
 いや、かつてはあったはずなのに忘れてしまった。
 ほんの弱い力。近い距離。
 そこにある手を握るだけの力と距離。
(そうか。それは……人を好きになる距離だ)
 それを失っていた」(P55)

「イムァシア人は完全なる武器が実在すると信じた。問いかけには常に完璧な答えがあると信じてしまった。自分の英知が万能だと信じた。答えのでない問いが何故この世界にあるのか、それを忘れてしまった……支配できないものとともに生きることが怖かったから。彼らは恐怖に耐えられなかった」
「ならばミズー・ビアンカ。君は疑問を恐れないのか?」
「いいえ、でも今なら受け入れることはできる。疑問と恐怖をもたらすのは他人の存在。自分だけであれば世界は安堵できる。でもその世界は――」
「その世界は?」
「きっと、硝化しているんでしょうね。他人事じゃあない。まさに私の中に、その硝化が巣くってる」
「それで、どうする?」
「中のものは吐き出す。離されたものは取りに行く。シンプルにね」(P234)

 『エンジェル・ハウリング』ミズー編の最終巻。やっぱり良いですな。私的には、ライトノベルっぽくないところを除けば、最高のライトノベルだと思う。まあ、かなりマニアックだけど。

 『エンジェル・ハウリング』のミズー編のあらすじ。
 かつて双子の姉とともに「絶対殺人武器」という最強の暗殺者として育てられたミズー・ビアンカだが、ある日姉のアストラは連れ去られ、その3年後にミズーは彼女を閉じこめていたイムァシアという街を滅ぼして脱出。その後、暗殺者として生きていたが、ある日アマワという謎の精霊に、彼女が姉の「契約」を相続したことを知らされる。アマワと契約について知るために、彼女は答えを知っていそうな、退役軍人のベスポルド・シックルドに会いに行くが、彼のいる地で帝国の暗殺執行部隊黒衣の一団とアストラの夫だと名乗るウルペンという男と接触。戦闘にはかろうじて勝利するが、ベスポルドは連れ去られてしまう。ベスポルドを追おうとするミズーだが、そのもとにジュディアと名乗るミズーたちより前にイムァシアで暗殺者として育てられた女が、事態を影から操ろうとする神秘調査会のアイネスト・マッジオの差し金で現れる。もともとミズーをイムァシアに引き渡したのも、アイネストだという。ジュディアのおかげでベスポルドに会い、アマワと契約について訊ねる彼女だが、明確な答えは得られぬまま別れる。次に、ミズーとジュディアは、組織の力を借りるために、ペインというギャングが仕切る街に入るが、そこで再び黒衣とウルペンと戦闘。アストラの生存を知ったミズーは、帝都にアストラを救い出しに行くことを誓う。度重なる戦闘やジュディアとの交流を通して、殺人者としての自分に疑問を感じはじめるミズー。ペイン・ギャングのファニクの力を借りて帝都に入り、遂にアストラを見つける彼女だが、アストラは心を失い、精霊になっていた! アストラとの衝突を切り抜けるミズーだが、不死者の棺と呼ばれた帝都は崩壊。殺人精霊として全ての人を殺し続けようとするアストラを追跡する旅にでるミズーだが、ウルペンの誘導にして襲撃にあう。遂にアストラを追ってイムァシアにたどり着いた彼女はウルペンを退け、アストラに再び会い、殺す。戦いを終えた彼女は、ジュディアとともに、再び旅に出るのだった。

 ……という話である。「獣の瞬間」とか「精霊」とか「距離」の設定のおもしろさやフリウやマリオといった登場人物のことは抜かれているけど、説明し出したらきりがないので仕方ないか。

 最初はハードボイルドな暮らしをしていた(実は泣き虫な)女職業殺人者が、様々な人に出会うことで、殺人者としての自分に疑問を持ち、かといってただ剣を捨てるのではなく、剣をもつ他の理由を見つけ、かつ別たれてしまった双子の姉に愛を伝える、という超ロマンチックな話なのである。けっこう恥ずかしがりながらも、物語の力を素朴に信じている秋田先生らしい小説である。
 いやー、しかし「愛」という凡庸ったら凡庸なテーマをこれだけ真正面から、深く書けた小説ってないんじゃないかなあ。恋愛小説とかだと「恋愛ステキ☆」ってだけで上滑りしているし、古今東西の文学でも「愛」というのをそのままテーマにしたのは咄嗟には『嵐が丘』くらいしか思い浮かばない。
 「愛」ってなんだ? この問いにこれだけ答えている小説も、ないんじゃないかと思うのである。

 それと、私論をつけ加えておくと、ファンタジーって、世界や社会の「野蛮さ」がデフォルト設定だから、ファンタジーほど「倫理」を描けるジャンルはないんじゃないかと思っている。SFは「世界」で、純文学は「人格(自意識)」、恋愛小説は「コミュニケーション(の不確実性)」、ミステリーは「反省(問い直すこと)」。この分類でいくと、最近の萌え&ノージャンル化したラノベは「(非)日常」かなあ。まあ、私論にして試論です。

 というわけで『エンジェル・ハウリング』は最高。しかし、こういうラノベだと、最近の緊張感のない垂れ流し的なラノベが売れている風潮では、売れないわなあ。というか、『オーフェン』があれだけ売れたのも今となっては不思議といえば不思議だし、……もう忘れられてるし。秋田先生はまたこういう小説書いてくれないかしらん。

「精霊アマワ……お前にくれてやるのは、この一瞬だけ」「ほかはわたしのものだ!」(P244)

「あなたはなにもかも奪おうとする。でもあなたには奪えないものがある。だからなにも手に入らないのと同じ。あなたは哀れよ。気をつけることね。わたしはもうあなたを恐れない……わたしの前に現れたなら、負けるのはあなたよ」(P247)

「暗闇の中、誰にも声がとどかないとしても、失望せずとも良い。
 言葉は語るためのものではなく、伝えるためのものだ。
 語らずとも、生きて伝えることはできる。彼女の言葉を必要としていて、探している者ならば、彼女が語って聞かせなくともいつか必ず見つけてくれるだろう。それで良い」(P254)

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