矢・島・慎・の小説ページです。

「星屑」
    沖縄を舞台にした若者のやまれぬ行動を描くドラマです。
    お楽しみ下さい!

三章

2005年04月02日 | Weblog
「ほんと、びっくりした。まさか来てくれるなんて」
 安江は興奮した表情で和昭にいう。
「ダチが、明日手術だって、知らせてくれなかったら、行ったかどうか分からなかった」
「ひどいの、鑑別所の教官が二、三日したら病院に移すって言ってただろ。もうどうにでもなれって思っていたけど、和が来てくれたので、もう迷わない。産む。どんなことがあっても」
 安江の決意だった。相手の男が自分に見せた鮮やかな誠意に、安江は「和昭についていこう」と心に決めた。
「着替え用にジーパンと、上に着るものを持ってきた」
と言って和昭は、後ろ座席の紙袋をとった。安江は、背中に番号の入ったブルーのパジャマを脱ぐと、半そでのトレーナーに着替え、足を伸ばしジーンズに履き替えた。隣のハンドルを握る和昭の手に、血の流れを見た安江は、
「あ、血が。どこで切ったの?」
「防潮提の所でだろう、だが大したことはない」
 安江はティッシュを探したが見当たらなかった。
「宏志さん無事に戻ってるだろうか」
「戻るといっても、俺達のことは察にはもう割れるだろうから、うまく逃げてくれればいいが」
「里美さん、夜仕事してるんだろ、どうするの、この後」
「あいつのことだ、彼女には関係ないようにするだろう。暫くは宏志一人で、どこかに潜んでいるだろう」
 車は安謝川を渡り浦添市に入った。車の数が減るに従い、和昭はスピードを上げた。
 暫く走り、コンビにの明かりが見える交差点でハンドルをきると、細い道にに入った。木陰の薄暗い場所で車を止め、ライトを切った。
 エンジンが止まると、鳴っていたラジオの音がく急に大きく感じられた。
「ラジオで何か言うかな?」
 安江は選局ボタンを押す。
「まだ分かるわけないだろ」
 和昭は、上着のポケットからタバコを取り出した。駐車した場所はめったに車は通らなかったが、時おり車のライトが走ると、二人は身をかがめ、過ぎ去るまで目を離さなかった。
「それで和、どうするのこれから?」
 安江の心配そうな表情だった。
「宏志が、浦添にいる宮城に連絡を取ってくれてるはずだ」
「来るだろうか?」
「三十分経って来なかったら、宏志に何かあったことになる。その時はこのまま逃げる」
「場所は確かなんだろうな」
 安江は心配だった。暫くするとライトの光が車内をよぎった。二人は振り向いてリアウインドウ越しに目を凝らした。
「あの車じゃない?」
「そうだ、宮城だ」
 和昭はダッシュボードに手を伸ばし、ハザードをつけた。宮城もそれに気づき、速度を落とし近づいた。宮城は和昭の車に、ピタリと横付けた。和昭がサイドウインドウを下げると、宮城の車のエンジン音がやかましく聞こえる。宮城もウインドウを下げた。
「和、事情は宏志から聞いた。今頃警察が動き始めたころだ。国道は検問が張られているから今夜は動くな。お前の車は察に見られてないか?」
「大丈夫だ」
「動くのは交通量が多くなってからの方がいいだろう。どっちへ行くつもりだ?」
「コザにダチがいる」
「そうか。俺は今から那覇に行き、お前たちが那覇にいるよう細工してきてやる。これ弁当と飲み物だ。適当に揃えた。それとお前たちの着替えた者をこっちによこせ。捨ててやる」
 和昭は、食料を受け取り、安江の鑑別所でのパジャマや、不要になったものを紙袋に入れ宮城に渡した。
「お前たち、逃げ切るんだぞ。いいな」
「宮城さんも気をつけて、逃げ切れたら連絡するから」
 安江は感謝で一杯だった。自分たちが警察に追われるのは当たり前だが、宏志や宮城さんまでもが、と思うと安江は口を真一文字に結ぶ。
「これ何かの足しにしてくれ」
 宮城はポケットから財布をだすと、そのままポンと和昭に投げた。
「すまん宮城」
「宮城さん、私絶対産むから……」
 窓から身を乗り出さんばかりに安江は自分の決意を表せた。
「何かあったら俺に連絡してくれ」
 宮城はライトをつけるとアクセルを踏んだ。和昭と安江は無言のまま見送る。和昭らは再び闇の中にうずくまった。
「和、これからどうするの?」
「今夜はここで眠る。動くのは日が上がってからだ」
 二人はリクライニング・シートを倒し、体を横たえた。

 浅い眠りをむさぼった和昭は、うっすらと目を開いた。隣の安江は、すでにシートを立てて起きていた。
「和、だいぶうなされていたよ」
「うーん、背中が痛え」
 そういいながらシートを立てる。フロンとガラスの向こうに、木立をぬう朝日の帯があった。和昭はダッシュボードのタバコをとり、口にくわえ火をつけた。安江がラジオのスイッチを入れた。
ーーでは次のニュースです。今朝午前二時ごろ、那覇市西三の那覇少年鑑別所に、ストッキングで覆面をした男二人が、拳銃とナイフを持って侵入しました。二人の賊は、宿直室で仮眠中の宿直者二人と、途中物音に気づいた宿直教官一人を脅し、鑑別所に収容中の十四歳の少女を連れ出し、現在逃走中です。犯人は二人とも身長百六十から百七十センチで、暴力団風ということです。犯人らは少女を連れ出す際に、教官の頬に五センチの切り傷を負わせ、二人の宿直者にも殴る蹴るの暴行を働きました。警察では市内全域に非常警戒をしき、犯人の行方を追っています。--
「とうとう手が回ったな」
 和昭は両手を後ろに回し、安江も心配気名表情を和昭に向けた。
「どうするの、和」
「ちょっと黙ってろ」
「……」
「コザの糸数だ。あいつなら手を貸してくれる」
 そういってポケットのコイン入れを確かめると、
「安江、糸数に連絡とってくる。ここで待ってろ」
と、ドアを開け、近くの店先の公衆電話まで駆けていった。糸数と和昭とは少年院からの付き合いで、気ごころの知れた仲だった。
 和昭は直ぐに戻ってきた。ドアを開け、息を切らせ座席に滑り込む。
「連絡がついた。コザの手前で糸数と落ち合う。
「和、私、腹ペコ」
「ふらついて察に見つかったらパーだ。我慢しろ、途中で買えたら買ってやる」
 気がつくと、太陽が高く昇り、眩しいほど明るくなっている。車を停めている道路脇にはデイゴの木が茂っていた。デイゴは沖縄の県花で、その美しさを際立たせているが、逃げることに必死な二人にとって、深紅の花は不気味としか映らなかった。
「安江、お前の那覇にいるダチはいないか?」
「コザに行くんじゃないの?」
「細工するんだ」
「那覇にミーがいる。アパートで一人住まいしているよ」
「よし、そいつに電話してこい。俺たちの居場所は那覇の与儀公園に居ることにしてだ」
「分かった」
「まっすぐ行って右にまわったところにコンビニがあって、公衆電話がある。いって来い」
 安江は和昭から小銭入れを受け取ると、駆けていった。
 和昭は辺りをじっと見張った。
 やがて安江が手にビニール袋を抱え、戻ってきた。
「どうだった? 連絡は取れたか?」
「うんアパートにいた。でも朝に警官が尋ねてきたと言っていた」
「そうか……」
「それでもし警官がまた来たら、与儀に居ると言ってた、と言ってと伝えた」
「それでいい」
「久しぶりに話して懐かしかった」
「安江、これからはやたらと電話はするな。どこから足がつくかわからんからな」
「腹ペコだから、コンビニで食い物買ってきた。食べよ」
 二人は、おにぎりをかぶりつくようにして食べた。そして食べながら和昭は車を発進させコザに向かった。車は浦添市を抜けると、国道330号に乗り、北に方向をとった。330号は那覇から浦添市を通り沖縄市まで、本島を縦断する幹線だ。コザは沖縄市の旧名だ。
 宮城らの細工のおかげで、警察はまだ和昭らが那覇市内に潜伏しているとして、那覇市内に非常警戒を敷き、知り合いの家からホテルに聞き込み捜査を続けていた。和昭と安江は検問にかかることなく、宜野湾市を通り沖縄市に入っていた。 
 沖縄市の入ったすぐにあるファミリーレストランの駐車場で和昭と糸数は合流した。糸数が和昭の車に乗り込んだ。糸数は小柄な体格で、髪はアフロヘアーにし、口ひげをはやしていた。後ろ座席に座った糸数が口を開いた。
「和、俺の家に来るか」
「お前のところは家族と一緒だろ。コザの潤のところに行こうと思う」
「それはいいが、コザの潤の店は一週間前に警察の手入れがあったばかりだぞ」
「潤の店に手入れがあったら、反対に安心だ。暫くガサいれがないってことだからな。よし決まりだ、潤のところへ行く」
「そうだな、そこで暫くおとなしくしてれば、警察も手薄になるだろう。そうなったらまた俺のところに連絡いれろ。それと和の車もそろそろヤバいぞ。俺が潤のところへ送ってやる。それとお前の車も俺がどこかへ隠しておいてやる」
「よし、お前の車に移る。あとを頼む」
 そういうと三人は潤の車に移った。潤はコザの街中に車を走らせた。日はすでに沈み街の明かりがつき始めていた。
「和、宏志が捕まったぞ」
 糸数が思い出したように言った。和昭と安江は差し入れのハンバーガーを取り出そうとした手をとめた。
「朝、アパートに戻ったところを察に踏み込まれた」
「宏志がパクられた? あいつはおとなしく手錠(わっぱ)なんか掛けられる奴じゃないのに、何で察が張ってるのを承知で、のこのこ戻っていったんだ」
 和昭の荒々しい声だった。
「コザの潤は何してるの?」
 安江が糸数に聞いた。
「潤か、奴はクラブを任されている」
「たいしたものね、クラブのマネージャーか」
 安江はコーヒーを飲みながら感心していた。
 沖縄市は、アメリカから沖縄返還がされるまではコザ市と呼ばれていた。市の経済の多くは米軍に頼っている。近くには東洋最大を誇る嘉手納空軍基地があった。