矢・島・慎・の小説ページです。

「星屑」
    沖縄を舞台にした若者のやまれぬ行動を描くドラマです。
    お楽しみ下さい!

二 章

2005年04月02日 | Weblog
キィーッっとタイヤが鳴った。ガチャッとドアが開き二人の男が降り立った。
 波の音が耳に届く。海岸が近いことをにおわせた。
「和、車の予備キーだ。どちらかが何かあったら残ったほうが車で逃げる、いいな」
そういって宏志がポーンと和昭に鍵を投げた。
「分かった。もしばらばらになったら落ち合う場所はここにしよう」
 二人ともジーンズのズボンに薄地のジャンパーを着ている。和昭が160センチ程の背丈でやや痩せ型。宏志は170センチでがっしりした体格だ。皮膚に張り付くような薄手の手袋をはめ、スニーカーの紐を締めなおす。空に月はなく、生温かい風が二人を吹き抜ける。
「モデルガンは俺が持つ、ナイフは持ってるな、和」
「大丈夫だ。宏志、ストッキングだ」
 二人はナイロンストッキングを頭からかぶる。顔にあたる風が遮断され、頬に火照りがきた。
「よし、行くぞ」
 波音を背に暗闇の道を進んだ。あたりの民家はすっかり寝静まり、犬の声すらなかった。しばらく歩くと、前方に丸いガスタンクが見えてくる。そろそろ近づいてきた。やがて水銀灯に照らし出された鑑別所のブロック塀が見える。
「ついたな」
 宏志の行動開始の合図だった。鑑別所は、正面入り口が鉄格子の門で閉ざされ、その中に灰色に浮かび上がる鑑別所収用棟があった。二人は鉄格子の門を通り過ぎ、ブロック塀の角まで進む。あたりに人影はなく静まりかえっている。
 二メートルの高さの塀の上には有刺鉄線が張られている。宏志は和昭の肩に登り、塀の先端に手を掛け、一気に上に上がった。かがむように手を伸ばし、下にいる和昭の手を掴むと、ぐいと引き上げた。まるで猫が塀を駆け上がるように、宏志の横に登る。有刺鉄線は潮風でぼろぼろになっていた。
 人影のないのを確かめると、二人はポーンと内側に飛び降りる。足音を殺し、背をかがめ、するするっと鑑別所収用棟のドアに張り付いた。水銀灯の明かりに、灰色に映えるドア。その横に、すりガラスのはまった、ドアの半分ほどの幅の板が建て付けてあった。和昭はナイフを取りだし、ガラス切りチップを引き出すと、すりガラスを円形に切った。続いてナイフの底をカーンとガラスに当てる。ガラスがこぶし大割られ、ぽっかりと穴があいた。
 手慣れた作業だった。和昭はあいた穴に手を差し込み、内側のサムターンを回す。カチッとロックが外れ、ノブを回す。ドアはかすかな軋みをたて開いた。まるで吸い込まれるように二人は中に入った。
「こっちだ」
 宏志が低い声で手招きし、足音を忍ばせ、宿直室のドアの前で止まった。二人は鑑別所内のレイアウトを調べていた。宿直室のドアに耳を当て、中の様子をさぐっていたが、物音がないのを確かめると、取っ手を静かに引いた。
 身をかがめた二つの影が、すっと部屋の中に忍び入った。中は豆電球の明かりがあった。畳敷きの部屋に布団が敷かれ、男が二人眠っている。二人とも気づいていなかった。小さな寝息が聞かれた。宏志が一人の男の横に屈みこむと、眠っている男は人の気配を感じ、うっすら目を開ける。だがまだ意識がぼーっとしているせいか、宏志の顔を怪訝な表情で見る。その瞬間、宏志は手のモデルガンを男のでこに当てた。
「騒ぐな、騒ぐと撃つぞ」
 宏志の低い声ではあったが、男は顔を引きつらせた。もう一人の男の脇には和昭がいた。こちらの男も目を覚まし、がたがた震えている。男の咽には和昭のナイフが当てられ、その恐ろしさから唸り声を出している。年は五十前後に見えた。
 宏志に銃を突きつけられた男は、髪を短く刈り上げ、二十四五の青年だった。
「収容棟の鍵を開けろ。死にたくなかったら騒ぐな」
 宏志が拳銃に力を込めると、若い男は恐る恐る立ち上がる。パジャマ姿の男がそのままドアに向かおうとすると、宏志は男の後頭部に拳銃の底でガーンと一撃を加えた。
「鍵も持たずに行くのか、この野郎!」
 宏志の声に男は、後ずさりし壁の鍵束を掴んだ。和昭にナイフを当てられた男も立ち上がる。若い男を先頭に宏志が続き、その後をナイフを当てられた男と和昭が続いた。男の持った鍵束がカシャカシャ鳴った。二人の宿直員の目には、ストッキングで覆った無表情な宏志らの顔が不気味に映った。
 四人が廊下に出たとき、二階からパタパタと駆け下りてくる者がいた。下の宿直室の物音に気がついて走り降りてきた男だった。階段を下りたとたん、四人が突っ立っているのでびっくりした。
「誰だ!」
と叫んだときだった、和昭が息づくまもなく、二階から来た男の背後に回る。和昭は男の胸を手で抱えると、右手のナイフを男の頬にピタリと当てた。
「静かにしろ!」
 和昭の声に驚いた男は、手を振りほどこうと身をよじらせた。その瞬間、急に身動きを止め、顔を引きつらせた。ナイフの刃先が男の頬を切り、赤い血筋が刃に沿ってついた。男の顔は顔面蒼白。その光景を見たほかの宿直員も氷のように立ち尽くした。
「廊下にうつ伏せになれ! ぐずぐずするな。聞かんと殺すぞ!」
 宏志が威圧した。三人の宿直員は廊下に腹ばいになった。
「腕を上に伸ばせ! 指も開くんだ!」
 うつ伏せの男たちの上から声が飛ぶ。
「早くしろ!」
 和昭は、若い男の手首を掴むと、力を込めて腕を引っ張った。瞬間、男の手首の腕時計がはじけ飛び、カシャーンと廊下を滑った。
 宏志は鍵束を持った若い宿直員を足で蹴り、
「立て! 立って女の部屋を開けろ」
 若い宿直員は、立ち上がり、宏志の拳銃に押され廊下を進む。和昭は廊下でうつ伏せの男を見張った。若い男は、女子収容室の前で止まり、ドアを開けた。
 中では、廊下の物音に気づいた収容者が立ち上がっていた。
「安江はいないか?」
 宏志が収容者に声をかけた。パジャマ姿の数人の収容者中から一人の女が進み出た。安江はストッキングで顔を覆った宏志を、目を凝らし見ていたが、すぐ宏志だと分かった。
「わたし、安江」
と小声で答えた。宿直員はやっと事情がつかめた。
ーーこいつら、比嘉安江を連れ出しにきたのかーー
宿直員は胸の中でつぶやいた。安江はパジャマ姿のまま廊下に出る。
「閉めろ」
 宏志の声に宿直員は収容室のドアを閉め、鍵を掛けた。
 身長160センチ。長い髪を後ろで束ね、素足の安江は廊下にでると事情を掴んだ。薄暗い明かりの中ではあったが、和昭の姿は容易に区別がついた。言いようのない嬉しさが身体を駆け巡る。
 宏志は廊下二うつ伏せの宿直員に
「立て! 手は頭の後ろに組め!」
 と叫んだ。立ち上がった宿直員3人刃スリッパを履き、宏志らに後ろから押されるように表にでた。
「騒いだら、お前ら頭をぶち抜くぞ!」
 宏志は宿直員を脅し続け、海岸に向かって黒い行進が続いた。
 暫く進むと、六人の耳にザーッザーッと波音が聞こえた。と同時に潮の匂いが鼻をつく。前方に見上げるような防潮堤が現れた。高さは数メートルもあり、六人は一歩一歩コンクリートの登り階段を踏みしめた。
 周りは暗闇に包まれ、防潮堤を進む六人は、足先で窪みを確かめながら摺り足を続ける。十分も歩くと人家の影はまったく消え、辺りは墨色の海原と暗闇に包まれた。
「腹ばいになれ!」
 宏志が海鳴りの中で、叫んだ。だが一人の宿直員が突っ立ったままでいるのをみて、
「ぐずぐずするな!」
というなり、宏志は男の膝を後ろから蹴った。ゴツンと男の膝頭がコンクリートに当たった。
「うつ伏せになれ!」
 宏志は宿直員全員をコンクリートの上に腹ばいにさせた。拳銃を宿直員の頭にむけつつ、和昭と安江に合図をおくった。和昭は手のナイフをたたみ、安江の手を取り止めてある車めがけて駆けた。
 防潮堤の上では宏志が宿直員を脅し続けた。腹ばいの宿直員のパジャマをはがし、頭にかぶせた。
「いいか、少しでも動いたら、ぶっ放すぞ! ここでぶっ放しても銃声は誰にも聞こえねんだ」
 騒がれず、少しでも永く時間を稼ぐ宏志の作戦だった。まだ頭上に銃を持った男がいると思わせ、宏志は一歩一歩、摺り足でその場から離れた。