矢・島・慎・の小説ページです。

「星屑」
    沖縄を舞台にした若者のやまれぬ行動を描くドラマです。
    お楽しみ下さい!

十一章

2005年04月01日 | Weblog
「和昭、すっかり日焼けして黒くなったね」
「お前が白すぎるんだよ」
「だってどこへも出かけられないもの」
 和昭は炎天下での仕事のため顔は褐色に焼け、一見するとたくましく見える。だが貧しい食生活のためか、体つきは弱々しかった。
「安江、育児書みたいな本かなにか持ってるか?」
「ここの貸し部屋の夫婦から一冊もらった。出産のほんだけど、あるのはその一冊」
「それだけでは心配だろ。仕事の帰りでも買ってきてやる」
「頼むね」
 安江は腹の膨らみに合わせた、ゆったりとしたワンピースを着ている。化粧はすっぴん顔であった。夕食の後片付けする安江。外は細い雨が落ちている。和昭と安江の親川村での生活が梅雨空の下で続いていた。二人は僅かな稼ぎを細々と食いつなげる生活で、貸し部屋は質素なたたずまいを雨の中にけぶっていた。親川村に来てから一ヶ月半の月日が流れている。
「和昭さん、和昭さん見えるかね」
 ドアの外で弱々しい声がする。
「はい……」
 安江が、声を出しドアを開ける。外に立っているのは賢吉の父親だった。
「何か……」
「ちょっと話が……」
 父親の目が赤く充血している。その重苦しい様子に和昭もドアに寄ってくる。
「賢吉に何か?」
 和昭が父親の顔を見つめながら声を出す。
「どうしてこんな事に……」
 父親は涙声を出す。
「どうしたんです? 賢吉」
「馬鹿なやつでして、事故起こしたんです」
「ええ! それで賢吉は?」
「息子のやつ、わしより早く……。あの親不孝者めが」
 和昭と安江は顔を見合わせ、息をごくりと呑んだ。
――死んだ? 賢吉が――
「事故で賢吉が?」
 詰め寄るような和昭に親父は、
「くだらん死にかたしよって……」
「いつ?」
「今日の昼過ぎに」
「事故で?」
「昼に警官が来たんですよ。入り口でわしと警官が話している最中に、裏口から飛び出して行って。その後をパトカーが走って行って。途中の橋げたにぶつかって……」
「それで?」
「病院に担ぎ込まれて、連絡があったから慌てて病院に行ったけど、駄目だった。そんなバカな……」
 父親は、体から生気の抜けた表情で話す。和昭の目が激しく反応した。
「え、警察に追われて死んだ?」
 賢吉に対する突然の悲しみと、賢吉への捜査が自分たちにも及ぶ危惧。その二つが混ざり合って和昭を襲った。
「後からとも思ったんですが、早い方がいいと思って……。息子が渡してくれって言うもんだから」
「え? 賢吉が俺に?」
「病院でまだ意識があるとき、息子がわしに、和昭さんに渡してって。自分の机の引き出しに入っているからって言って。帰って見たらこの封筒が」
「そうですか……」
 そう言って賢吉は親父から封筒を受け取った。
「親父さん、明日ぐらいに葬式があると思いますが、俺たちちょっとわけがあって。葬式には出られないと思うので……」
「何か? ま息子だって警察に追われ死んだんだから……、ま何も聞きません。和昭さんたちのいいようにしてください」
「世話になっていて、親父さんすまんです」
 安江も和昭の考えが想像できた。
「ほんとにお父さん、お世話になります。何にもお礼するものがありませんが……」
「気にせんといてください」
「親父さん」
 和昭が改まった声で親父に話す。
「世話になりっぱなしで、こんなこと言えた義理じゃないけど、俺たち金がないんです」
 和昭の言葉に父親は、
「分かってます。部屋代なんていいです」
「すんません親父さん」
 和昭は深く頭を下げた。安江も、
「ほんとにお礼のいいようが。ありがとう」
と涙ぐんだ。
「それじゃ私はこれから何だかんだと準備がありますので」
「親父さんも気を落とさないで……」
「えぇ、じゃあこれで」
 そう言って戻って行った。安江がドアを閉めると、和昭は立ったまま、渡された封筒の封を切った。  
「何? 和、中は」
「何だろうな」
 そういいつつ和昭は封筒の中のものを取り出す。便箋二枚と一万円札の束が出てきた。
「和、賢吉さんに預けていたの?」
「預けたことはない」
 和昭は札の枚数を数えた。一万円札が二十枚あった。和昭は便箋を広げ、明かりの下で読んだ。
「何て書いてあるの?」
 そういう安江にも見せつつ文字を追った。ボールペンで書かれた字は紙に押し付けるように書かれていた。

     和昭たちへ

   もし俺が捕まってもお前たちは絶対逃げ延びてくれ。逃げて逃げて
   逃げまくれ。俺は捕まったって四、五年もすればシャバに戻れるから
   心配するな。ムショなんてどうってことないからな。俺が捕まったと
   しても、ムショからでたらまた会おう。
   金は使ってくれ。たいしたものではないけど、俺のしてやれる精いっぱいの
   ことだから使ってくれ。
                            賢吉


 和昭は読み終えると、便箋とお金をポケットに捻じ込んだ。
「安江、すぐ支度だ。明日には察がここへ来る。今夜中にでるぞ」
「持ってくものは?」
「身の回りのものだけだ」
「どこか当てはあるの?」
「もうどこもない。本土へ行くしかねえかも」
「誰か知り合いはいるの? 本土に」
「いることはいるが……。船だったらヤバイな。女のカツラつけるか」
「そうでもしないと見つかるかもね」
「お前持ってるか?」
「一つある、和急がないと」
「よし、バスの時間に間に合うように急ごう」
 和昭は、髪の長いウイッグを頭にかぶった。ひげと足の毛をを綺麗にそり、安江のスカートをはいた。シャツはサイズが一回り小さく、体にぴったりと張り付きどこか不自然さを感じさせた。それでも手回りの日用品と衣類の替えを紙袋四つに詰め込み、二人は貸し部屋を後にした。 

 和昭らは名護までバスに乗り、名護から那覇行きの最終バスに乗った。明日になれば和明の身元が明かされ、一斉捜査が始まる。動けるのは今夜だけだ。なんとしても名護から離れなければならなかった。
 深夜の那覇に降り立った二人は、バスターミナルから公園に向かった。
「安江、誰か友達はいないか。明日の夕方のフェリーに乗りたい。そこまで車で送ってくれる」「もっと早い時間のフェリーはないの?」
「大阪に向かうフェリーは、確か夕方出港だった。夕方までどこかでじっとしてないと」
「わかった、美香がいるから電話してみる。美香はスナックで働いているから、まだ仕事してると思う」
「あそこに公衆がある。電話番号、分かるか?」
「大丈夫、メモがあるから」
 二人は公衆電話まで歩き、安江が電話番号を押した。
「もしもし、私、お店の美香の知り合いですけど、美香と代わってもらえないでしょうか」
 安江は店の店員に美香の呼び出しを頼む。
「はい美香ですけど。どなた?」
「私、安江。分かる?」
「え? 安江。もちろん分かるよ。で、今どこ? 追われているんでしょ?」
「そう、今晩一晩泊めてくれない。一緒だけど、前話したことの和昭という……」
「分かった、分かった。店は二時に終わるから、わたし車だからそっちへ行くよ」
「来てくれると助かるわ」
「で、どこにいるの?」
「那覇のバスターミナルの近く」
「じゃあちょうど二時半、前一緒に行ったことがある、トロピカーナの前で待ってて。分かる?」
「大丈夫。じゃあお願い。迷惑かけるけど頼むね」
「気にしないって。じゃあ」
 受話器を置くと、和昭はほっとした表情だった。
「安江、うまく話がついたようだな」
「二時半にすぐ近くの店へ迎えに来てくれる」
「今十一時だから少し時間を潰さないと。ここに来る途中にあった公園の物置にでも入る」
 二人は公園の物置に戻った。公園の一角に物置小屋が建てられている。和昭は入り口ににかかっている南京錠を、近くに立てかけてあった鉄棒を差込み、一気にねじごと外した。小屋の中は清掃道具や木材が立てかけてあった。
「安江、虫に刺されるな。刺されると一週間は真っ赤にはれるぞ」
「わー、何か匂うな、和」
「ホテルや旅館が一番やばいんだ。我慢しよう」
「本土のどこ? 友達がいるのは?」
「岐阜にいる」
「フェリーはどこまで?」
「大阪だ。そこから私鉄か新幹線で向かう」
「ともかくもう沖縄はやばいよね」
「フェリーにさえ乗れれば、もう大丈夫だ。港に手が回ってなければいいが」
「和、逃げ切ろう。大丈夫だって」
 安江は見知らぬ本土での生活に不安が募った。しかし事情がどうであれ、本土しか行くあてがないとなると、その不安も一筋の希望に変わっていった。
「そろそろ時間だ。安江、行くぞ」
 和昭は物置小屋のドアを開け外に出る。通りの車の数もまばらになっていた。約束の店の前に来ると、既に美香の車が待っていた。二人が近づくと後ろドアが開く。
「美香、ありがとう。きてくれたのね」 
 そう安江が声をかけると、
「いいから早く乗って」
と、美香は二人を後部座席に乗るよう手で指示を出す。小型の車であったが乗るのに不自由はなかった。
「私のアパートでいい?」
「助かるわ、明日の夕方の船に乗る予定。ともかく頼むね」
 安江は、大きくなっているおなかをかばうようにして座席に座る。
 車はすぐ美香のアパートに着いた。美香は部屋にはいるとキッチンで食べ物をつくった。そのあいだ、安江と和昭は交代で風呂に入った。二人とも、いままで湯で体を流すだけのものだっただけに、湯船にゆっくり入れる感慨を味わった。
 湯から上がると、美香の作った食事を二人は流し込むように食べた。
「安江、体は大丈夫?」
 美香が安江の体を心配した。
「何も分からないから心配。でも順調にいっているみたい」
「よかった。二人が鑑別所抜けたとき、新聞に大きく出てたから、そのあとどうなったか心配だったよ」
「ありがとう、それで美香、ぼろでいいから着れるもの少し頂戴。見ての通り、彼女装してるでしょ。私のちっちゃいのサイズが。美香のだったら和昭が着ても不自然じゃないから」
「何でも持ってって。船の中で食べるものも冷蔵庫にあるもの好きなだけ持ってって」
 美香の好意に二人は感謝した。
「じゃあ明日午後四時ごろ車で那覇新港に送るよ。ちょうど私は店に行く時間だからちょうどいいし」
「助かるわ、そうしてもらうと」
「少しでもいいから休もうといいよ。寝てないんだろ」
 美香の食事をおなかいっぱいに食べると二人を眠気がどっと襲った。和昭はキッチンで毛布に包まって寝、美香と安江は美香のベッドで深い眠りについた。