私は筋腫持ちでしたが、できた場所が割合珍しい子宮頚部だったので、
妊娠そのものには影響が少なく、自分の計画どおりに妊娠できたので、
このことはとても幸運だったと思っています。
自分の生○の周期や身体の具合で、妊娠した直後から、
自分が2人目を身ごもったことは感じましたが、
上の子を連れて病院に行くのも億劫で、
3ヶ月くらいになって初診でもいいかな~なんて思っていたら、
不正出血があり、慌てて6週くらい(妊娠2ヶ月)で産婦人科に受診しました。
幸いなんでもなかったので良かったのですが、やはり妊娠したと思ったら、
早めに病院に行くべきねとその時は思ったものです。
だってねぇ、妊婦の検診って保険きかないもんね・・・。
2人目の妊娠の経過も割合順調で、つわりも上の子の世話に追われていたせいか
あまり感じず、体重も最終的に7kg増で抑えられました。
2人目の妊娠が分かった頃は、このまま筋腫が大きくならず、
また普通分娩で産めたらいいなと思う反面、辛かったお産と産後が再びと思うと、
気が重かったです。
また、筋腫が大きくなって普通分娩が無理なら帝王切開も有りかな~?とも、
思っていました。
でも、自分のお腹を切って子どもを取り出すなんて、それも怖かった。
実際は、妊娠が進むに従って筋腫は赤ちゃんと共にスクスク育ち(ホルモンの影響でしょう)
左足の付け根でそれとわかるほどプックリ膨らんで、
妊娠後期にはコブのようになっていました。
産道横で筋腫がそんなに大きくなっているのですから、
子宮も圧迫し、お腹の赤ちゃんは逆子のまま固定してしまい、
妊娠後期になってもお腹の下に下りることもできず、
私も肋骨のところに赤ちゃんの頭があるのが感じられますから、
背中を丸めると赤ちゃんの頭がつっかえて苦しく、後期には食事もあまり食べれませんでした。
ある日の検診で、とうとう帝王切開の宣告を受けました。
「どうせお腹を切るのだったら、赤ちゃんと筋腫、どっちも取り上げて下さい!!」
と、お願いすると、できるかどうか検討すると言われました。
赤ちゃんを産んだ後、また後日開腹して筋腫核出するのはイヤだ~と思っていたら、
願いどおり、帝王切開時に筋腫も取り出すことになりました。
陣痛が来る前の計画的帝王切開ですから、子どもの誕生日は、
手術日に決まります。
手術日は11月9日と11日、どっちにしようか?
・・・う~ん、どっちでもいいんだけど。
!!!待てよ!今年は平成11年。
ハハハ~誕生日は平成11年11月11日!これで決まりッ!!!
せっかくお腹切るんだもん、このくらい面白く?なきゃ!
とうとう帝王切開を受ける日。
最初に子宮筋腫を見つけた女医さん、産婦人科の先生、筋腫核出術に慣れた医師と、
3人の医師による帝王切開、筋腫核出術となりました。
手術室に入り硬膜外麻酔をかけられ、意識はある中で帝王切開によるお産でした。
ゴリゴリとお腹が切られる感じ、子どもが取り出されスッとお腹が軽くなりました。
そして筋腫核出術。
時間が経つにつれ、極度の緊張状態にあったのでしょう、
私はパニックになって、呼吸が荒くなり過呼吸を起こしてしまいました。
苦しくて苦しくて苦しくて、怖かった。
口になにか当てられ、私は目をぎゅっとつむり、
看護婦さんの手を握りつぶすくらい強く握っていました。
看護婦さんがかけてくれる声がどんなにありがたかったことでしょう。
術の合間に「よし、取れたよ。もうすぐ終わるよ」と声をかけられたような・・・。
もう、よく覚えていません。
それでも母子手帳を見ると、手術に要した時間は30分程だったのでした。
そんなで生まれた2人目は3420gの男の子。
一緒にお腹に入っていた筋腫ちゃんの実物は見ませんでしたが、
写真では、10cm直径のりんご大でした。
「こんなのがお腹に入ってて、痛かったでしょう?スージーさん我慢強いわ~」
なんて言われましたが、他の人の身体が分からないので、
こんなもんだと思っていました。
大きな子と筋腫のせいで、私の妊娠中の腹囲は凄くて、
帝王切開後の縫合も伸びた皮を上手く縫うのに大変だったみたい。
今もへそ下に縦に走る大きな傷は、どうしても必要だった傷だけど、
やっぱり切らずに済めばそれに越した事は無いよね、と思ってしまいます。
変股症で手術を受けたくないのは、傷に対するそういう思いもあるんですよね・・。
心配していた産後は、自然分娩の時とは大違い!!
1人目の産後は2ヶ月後もヨロヨロしていたのに、
2人目は2週間後に買い物で歩き回っていました。
そのことで、やっぱり骨盤の戻りに関係があるんじゃないかって思い至りましたね。
ただ、帝王切開後の痛み止めが合わなかったのか、ものすごい蕁麻疹が出て、
10日後に退院した2日後にはまた病院に行って、
蕁麻疹止め?の注射をしてもらったことを覚えています。
花子2歳8ヶ月、太郎3ヶ月の時の私の大好きな写真です。
妊娠、出産のそんなこともこんなことも、この笑顔に会うためのもの。
私が痛かったことも、苦しんだことも、過ぎればみんな過去のこと。
この笑顔と子育てに比べたら、出産なんてチョチョイのチョイよっ!
ぷぷぷ・・・そんなわけ無いか
長くなりました。 最後まで読んでくれてありがとうございます
妊娠そのものには影響が少なく、自分の計画どおりに妊娠できたので、
このことはとても幸運だったと思っています。
自分の生○の周期や身体の具合で、妊娠した直後から、
自分が2人目を身ごもったことは感じましたが、
上の子を連れて病院に行くのも億劫で、
3ヶ月くらいになって初診でもいいかな~なんて思っていたら、
不正出血があり、慌てて6週くらい(妊娠2ヶ月)で産婦人科に受診しました。
幸いなんでもなかったので良かったのですが、やはり妊娠したと思ったら、
早めに病院に行くべきねとその時は思ったものです。
だってねぇ、妊婦の検診って保険きかないもんね・・・。
2人目の妊娠の経過も割合順調で、つわりも上の子の世話に追われていたせいか
あまり感じず、体重も最終的に7kg増で抑えられました。
2人目の妊娠が分かった頃は、このまま筋腫が大きくならず、
また普通分娩で産めたらいいなと思う反面、辛かったお産と産後が再びと思うと、
気が重かったです。
また、筋腫が大きくなって普通分娩が無理なら帝王切開も有りかな~?とも、
思っていました。
でも、自分のお腹を切って子どもを取り出すなんて、それも怖かった。
実際は、妊娠が進むに従って筋腫は赤ちゃんと共にスクスク育ち(ホルモンの影響でしょう)
左足の付け根でそれとわかるほどプックリ膨らんで、
妊娠後期にはコブのようになっていました。
産道横で筋腫がそんなに大きくなっているのですから、
子宮も圧迫し、お腹の赤ちゃんは逆子のまま固定してしまい、
妊娠後期になってもお腹の下に下りることもできず、
私も肋骨のところに赤ちゃんの頭があるのが感じられますから、
背中を丸めると赤ちゃんの頭がつっかえて苦しく、後期には食事もあまり食べれませんでした。
ある日の検診で、とうとう帝王切開の宣告を受けました。
「どうせお腹を切るのだったら、赤ちゃんと筋腫、どっちも取り上げて下さい!!」
と、お願いすると、できるかどうか検討すると言われました。
赤ちゃんを産んだ後、また後日開腹して筋腫核出するのはイヤだ~と思っていたら、
願いどおり、帝王切開時に筋腫も取り出すことになりました。
陣痛が来る前の計画的帝王切開ですから、子どもの誕生日は、
手術日に決まります。
手術日は11月9日と11日、どっちにしようか?
・・・う~ん、どっちでもいいんだけど。
!!!待てよ!今年は平成11年。
ハハハ~誕生日は平成11年11月11日!これで決まりッ!!!
せっかくお腹切るんだもん、このくらい面白く?なきゃ!
とうとう帝王切開を受ける日。
最初に子宮筋腫を見つけた女医さん、産婦人科の先生、筋腫核出術に慣れた医師と、
3人の医師による帝王切開、筋腫核出術となりました。
手術室に入り硬膜外麻酔をかけられ、意識はある中で帝王切開によるお産でした。
ゴリゴリとお腹が切られる感じ、子どもが取り出されスッとお腹が軽くなりました。
そして筋腫核出術。
時間が経つにつれ、極度の緊張状態にあったのでしょう、
私はパニックになって、呼吸が荒くなり過呼吸を起こしてしまいました。
苦しくて苦しくて苦しくて、怖かった。
口になにか当てられ、私は目をぎゅっとつむり、
看護婦さんの手を握りつぶすくらい強く握っていました。
看護婦さんがかけてくれる声がどんなにありがたかったことでしょう。
術の合間に「よし、取れたよ。もうすぐ終わるよ」と声をかけられたような・・・。
もう、よく覚えていません。
それでも母子手帳を見ると、手術に要した時間は30分程だったのでした。
そんなで生まれた2人目は3420gの男の子。
一緒にお腹に入っていた筋腫ちゃんの実物は見ませんでしたが、
写真では、10cm直径のりんご大でした。
「こんなのがお腹に入ってて、痛かったでしょう?スージーさん我慢強いわ~」
なんて言われましたが、他の人の身体が分からないので、
こんなもんだと思っていました。
大きな子と筋腫のせいで、私の妊娠中の腹囲は凄くて、
帝王切開後の縫合も伸びた皮を上手く縫うのに大変だったみたい。
今もへそ下に縦に走る大きな傷は、どうしても必要だった傷だけど、
やっぱり切らずに済めばそれに越した事は無いよね、と思ってしまいます。
変股症で手術を受けたくないのは、傷に対するそういう思いもあるんですよね・・。
心配していた産後は、自然分娩の時とは大違い!!
1人目の産後は2ヶ月後もヨロヨロしていたのに、
2人目は2週間後に買い物で歩き回っていました。
そのことで、やっぱり骨盤の戻りに関係があるんじゃないかって思い至りましたね。
ただ、帝王切開後の痛み止めが合わなかったのか、ものすごい蕁麻疹が出て、
10日後に退院した2日後にはまた病院に行って、
蕁麻疹止め?の注射をしてもらったことを覚えています。
花子2歳8ヶ月、太郎3ヶ月の時の私の大好きな写真です。
妊娠、出産のそんなこともこんなことも、この笑顔に会うためのもの。
私が痛かったことも、苦しんだことも、過ぎればみんな過去のこと。
この笑顔と子育てに比べたら、出産なんてチョチョイのチョイよっ!
ぷぷぷ・・・そんなわけ無いか
長くなりました。 最後まで読んでくれてありがとうございます