大変遅くなりましたが、新年を迎えてから初の更新となります。(少数の)読者の皆様、本年もよろしくお願いいたします。
先月までは「この先どうなることか、、、」と不安でいっぱいでしたが、何とかやっています。今月からは指導医として一人立ちをして、まずは手術室3週間、CTICU 1週間という月間スケジュールで働き始めました。久々の手術室勤務のため麻酔業務をこなせるのか不安でしたが、すぐに慣れることができました。
さて、これから一か月分の記録を綴ってみます。
12月25日(金)ロックフェラーセンターに行き、クリスマスツリーの見学。観光客で会場はごった返していたので、身動きすることすら大変だった。日系のスーパーで予約してあったクリスマスケーキを購入し、おいしくいただいた。
12月28日(月)〜31日(木)6Cにて集中治療医(intensivist)として初めて一人立ちして勤務。
ある患者の妻が非常に気難しい人で、やたらと細かいことに関してナースや医師たちに質問や注文を投げかけてくる。いわゆるconstant complainerだ(日本で言うところのClaimerというのは和製英語で間違い)。当然、私にも質問をしてきた。自分なりに一生懸命に説明しているつもりでも、拙い英語のせいで、私が何を言っているのかよく分からないと言ってきた。挙句の果てには「お前の英語は理解不能だ!上司を呼べ!」とICUで怒鳴りだした。この後も色々あって、本当に嫌な思いをした。日米問わず、嫌な人間はどこにでも居るものだ。ハー、、、。
12月31日(木)年越しそばを食べた後、Times Squareでの Count Downをテレビ観賞して2009年が終わった。
1月1日(金)祝日。Pond外周をWalkingにて4周。今度は両方の膝が痛み出した。お雑煮を食べて新年の御挨拶。今年も息子にはUSドルでお年玉を渡した。
1月2日(土)−3/−8度。Pond外周をWalkingにて4周。この日も両膝痛にて足を引き摺りつつ帰宅した。
1月3日(日)息子の冬休みの宿題を作成。課題はShoe boxを利用してurban, suburban or rural sceneを作成せよとのこと。つまりは都会や田舎を表現するための簡単なジオラマを作れとのことらしい。
我が家の作品はこちら。折り紙を使って動物を作り、糸で上から吊るして作った。

実際には家内と二人で殆どを作り上げたので、息子はあまりタッチしていない(笑)。誰のための工作なんだか、、、(笑)。
1月4日(月)−3/−6度。この日から手術室にて勤務。General ORにて働くことになった。しかし、私がこの日から手術室勤務だとは関係者に知らされていなかったため、翌日からの勤務となった。
1月5日(火)実に1年半ぶりの麻酔業務。婦人科手術を自分一人で2件担当した。
1月6日(水)二人のレジデントと一緒に働いた。各々が一部屋ずつに配置されているので、二部屋を行ったり来たりとそれなりに忙しかった。手術室入室前には患者の情報把握、麻酔プランを話し、麻酔導入後にはレジデントにcoffee breakを与える。昼食時にはlunch breakを与えて、、、と二部屋同時に処理せねばならない。計3件担当。
1月7日(木)〜8日(金)5CにてIntensivistとして勤務。術直後の患者か、比較的状態の落ち着いた患者ばかりだったので、特に何事も起きなかった。
NY half Marathon(3月21日、21 Km)にacceptされたとのメールを確認した。NYの中心部(Times Square含む)を走り抜けるコースらしい。ワクワクしてきた。
http://www.nyrr.org/races/2010/nychalf/index.asp
1月9日(土)〜10日(日)初の週末(一人立ち)勤務。5C、6CおよびCCUの一部をPAとともに回診し、患者管理。内心不安な感情を抑えつつ、気丈なフリをしてどうにか乗り切った。
1月11日(月)土日と週末勤務だったので、2日間の休み。知り合いのコネでNY Sports Club(いわゆるスポーツジム)に格安の年会費で加入した。ハーフマラソンに備えてこれから可能な限り、トレッドミルでランニングすることにした。まずは腸頚靭帯炎を克服せねば、、、。
1月12日(火)ジムでジョギングとWalkingを1時間弱行った。この時期から右膝痛は消失し、左膝痛が出現。走る前後だけでなく就寝前にも入念にストレッチをし始めた。
1月13日(水)なんと手術1件だけで業務終了。帰宅後にジムでジョギング。息子を始めてジムに連れて行き、ボクシングの真似事などをして遊んだ。
1月14日(木)手術3件担当。16時半にOn callが来て、麻酔を引き継いでもらい、帰宅した。帰宅後、ジムへ。
1月15日(金)手術4件担当。17時過ぎにOn call teamにより帰宅を許された。ジムへ。
1月16日(土)ジムでジョギング+Walking。
1月17日(日)息子と、ジムのプールで泳ぎの練習。まだLife jacketなしでは泳げない。もっと練習させなくては、、、。
1月18日(月)祝日。買出しのために外出。ジムでジョギング。左膝の痛みにより40分で切り上げた。
1月22日(金)5CにてIntensivistとして勤務。一日だけの勤務だったが、問題なく乗り切れた。
1月23日(土)同じ勤務先の日本人医師たちと夕食を共にした。異国で医師として働く同志として話がたいぶ盛り上がった。
1月25日(月)手術室での勤務後、ジムへ。膝痛ほとんどなし。
1月29日(金)−4/−9度。一人で婦人科手術4件、および産科手術1件担当。部屋の準備、術前問診、麻酔導入、手術、麻酔覚醒、PACUへ患者を連れて行き、また次の症例の準備をして、、、と怒涛のような一日だった。
最後の症例は、体重110kgの妊娠女性に対する子宮頚部縫縮術。力士並みの体脂肪により、どこに針を刺入していいのかすら最初は分からなかったので、脊椎麻酔をするのが結構大変だった。この国では、本当に「肥満料金」を請求したい!と心底願った。
帰宅後にジムへ。1時間のジョギング。膝痛全くなし。
1月30日(土)ジムで1時間のジョギング。軽度の左膝痛が出現。
総じて一般麻酔業務に関しては日本で行っていたことと基本的に一緒のため、特別に書くことは無いような気がしています。ある日は自分一人で一部屋を任され、そこで麻酔を行い3−5件をこなしたり、翌日は二部屋にいる各々のレジデントと麻酔管理したり、またある日はCRNA(麻酔看護師)と仕事をしたり、、、という毎日です。特に自分一人で何件も業務をこなす日は、食事を摂る時間を確保することすら大変です。ただ夕方5時ごろ(遅くても6時過ぎ)までには帰宅を許されるので、日本で仕事をしていた頃と比較して格段に自分の時間、家族との時間が確保できています。収入に関してもバイトをせずに同等以上を確保できています。言葉の問題さえ無視すれば、生活の質(QOL)はこちらの方が総じて高いと実感しています。
しかしながら私の場合、麻酔科Chairmanの意向で麻酔業務はGeneral ORでのみ行うことになったので、cardiac anesthesiaと比較するとやりがいはあまり感じません。婦人科や一般外科手術などの担当ばかりのため、せっかく身に着けた食道エコー(TEE)を使う機会にも恵まれません。CTICUは月に1週間だけのため、今のところさほど負担に感じていません。
折角Fellowshipをした心臓麻酔部門で働けないという仕事内容に少し不満はありますが、General ORとCTICUで働けることは約束されています。例えて言うならば、「2本の刀を磨いておいたのに、一本は使わずにしまっておけ」ということです。もちろん使わなければ錆び付いていくのは目に見えています。将来的に日本に帰るにあたって自分の武器は一つでも多いほうが良いと思っているのですが、少し贅沢な悩みでしょうか?
実はPhiladelphiaの大学病院で、「心臓麻酔とCTICUを出来る人間を探している」という情報が知り合いの心臓外科医を通して入りました。「履歴書を送って、いつでも面接に来て欲しい」と言われていますが、総合的に考えて今のところあまり乗り気になれません。まずは自分の足場をしっかり固めようと思います。
今年の抱負としては、、、
1) レジデントや他科の医師にナメられないように、集中治療および麻酔部門の知識を増やす(Web course受講。4月にBoard review受講予定)
2) NY half marathonでの完走(頻回に行うストレッチおよび日々の練習により腸頚靭帯炎を克服できそうな気がしてきた。右側は完治したので、今後は左側を克服せねばならない。近いうちに「腸頚靭帯炎」に関してブログ上でレポートをまとめようと思う。NY City Marathonのクジに当たるかは?のまま)
3)英語論文を最低でも一つ掲載(現在、Case reportのネタは一つある)
4)英会話の先生と週に一度の会話練習(ボランティアのESLの先生と、会話練習をすることになった)
5)Skypeを通してAccent reductionのコースを受講(予定)。
とまあ、こんな感じです。
私は「うさぎとかめ」で言えば、「カメ」の方なので少しずつ地道にやっていければと思っています。
先月までは「この先どうなることか、、、」と不安でいっぱいでしたが、何とかやっています。今月からは指導医として一人立ちをして、まずは手術室3週間、CTICU 1週間という月間スケジュールで働き始めました。久々の手術室勤務のため麻酔業務をこなせるのか不安でしたが、すぐに慣れることができました。
さて、これから一か月分の記録を綴ってみます。
12月25日(金)ロックフェラーセンターに行き、クリスマスツリーの見学。観光客で会場はごった返していたので、身動きすることすら大変だった。日系のスーパーで予約してあったクリスマスケーキを購入し、おいしくいただいた。
12月28日(月)〜31日(木)6Cにて集中治療医(intensivist)として初めて一人立ちして勤務。
ある患者の妻が非常に気難しい人で、やたらと細かいことに関してナースや医師たちに質問や注文を投げかけてくる。いわゆるconstant complainerだ(日本で言うところのClaimerというのは和製英語で間違い)。当然、私にも質問をしてきた。自分なりに一生懸命に説明しているつもりでも、拙い英語のせいで、私が何を言っているのかよく分からないと言ってきた。挙句の果てには「お前の英語は理解不能だ!上司を呼べ!」とICUで怒鳴りだした。この後も色々あって、本当に嫌な思いをした。日米問わず、嫌な人間はどこにでも居るものだ。ハー、、、。
12月31日(木)年越しそばを食べた後、Times Squareでの Count Downをテレビ観賞して2009年が終わった。
1月1日(金)祝日。Pond外周をWalkingにて4周。今度は両方の膝が痛み出した。お雑煮を食べて新年の御挨拶。今年も息子にはUSドルでお年玉を渡した。
1月2日(土)−3/−8度。Pond外周をWalkingにて4周。この日も両膝痛にて足を引き摺りつつ帰宅した。
1月3日(日)息子の冬休みの宿題を作成。課題はShoe boxを利用してurban, suburban or rural sceneを作成せよとのこと。つまりは都会や田舎を表現するための簡単なジオラマを作れとのことらしい。
我が家の作品はこちら。折り紙を使って動物を作り、糸で上から吊るして作った。

実際には家内と二人で殆どを作り上げたので、息子はあまりタッチしていない(笑)。誰のための工作なんだか、、、(笑)。
1月4日(月)−3/−6度。この日から手術室にて勤務。General ORにて働くことになった。しかし、私がこの日から手術室勤務だとは関係者に知らされていなかったため、翌日からの勤務となった。
1月5日(火)実に1年半ぶりの麻酔業務。婦人科手術を自分一人で2件担当した。
1月6日(水)二人のレジデントと一緒に働いた。各々が一部屋ずつに配置されているので、二部屋を行ったり来たりとそれなりに忙しかった。手術室入室前には患者の情報把握、麻酔プランを話し、麻酔導入後にはレジデントにcoffee breakを与える。昼食時にはlunch breakを与えて、、、と二部屋同時に処理せねばならない。計3件担当。
1月7日(木)〜8日(金)5CにてIntensivistとして勤務。術直後の患者か、比較的状態の落ち着いた患者ばかりだったので、特に何事も起きなかった。
NY half Marathon(3月21日、21 Km)にacceptされたとのメールを確認した。NYの中心部(Times Square含む)を走り抜けるコースらしい。ワクワクしてきた。
http://www.nyrr.org/races/2010/nychalf/index.asp
1月9日(土)〜10日(日)初の週末(一人立ち)勤務。5C、6CおよびCCUの一部をPAとともに回診し、患者管理。内心不安な感情を抑えつつ、気丈なフリをしてどうにか乗り切った。
1月11日(月)土日と週末勤務だったので、2日間の休み。知り合いのコネでNY Sports Club(いわゆるスポーツジム)に格安の年会費で加入した。ハーフマラソンに備えてこれから可能な限り、トレッドミルでランニングすることにした。まずは腸頚靭帯炎を克服せねば、、、。
1月12日(火)ジムでジョギングとWalkingを1時間弱行った。この時期から右膝痛は消失し、左膝痛が出現。走る前後だけでなく就寝前にも入念にストレッチをし始めた。
1月13日(水)なんと手術1件だけで業務終了。帰宅後にジムでジョギング。息子を始めてジムに連れて行き、ボクシングの真似事などをして遊んだ。
1月14日(木)手術3件担当。16時半にOn callが来て、麻酔を引き継いでもらい、帰宅した。帰宅後、ジムへ。
1月15日(金)手術4件担当。17時過ぎにOn call teamにより帰宅を許された。ジムへ。
1月16日(土)ジムでジョギング+Walking。
1月17日(日)息子と、ジムのプールで泳ぎの練習。まだLife jacketなしでは泳げない。もっと練習させなくては、、、。
1月18日(月)祝日。買出しのために外出。ジムでジョギング。左膝の痛みにより40分で切り上げた。
1月22日(金)5CにてIntensivistとして勤務。一日だけの勤務だったが、問題なく乗り切れた。
1月23日(土)同じ勤務先の日本人医師たちと夕食を共にした。異国で医師として働く同志として話がたいぶ盛り上がった。
1月25日(月)手術室での勤務後、ジムへ。膝痛ほとんどなし。
1月29日(金)−4/−9度。一人で婦人科手術4件、および産科手術1件担当。部屋の準備、術前問診、麻酔導入、手術、麻酔覚醒、PACUへ患者を連れて行き、また次の症例の準備をして、、、と怒涛のような一日だった。
最後の症例は、体重110kgの妊娠女性に対する子宮頚部縫縮術。力士並みの体脂肪により、どこに針を刺入していいのかすら最初は分からなかったので、脊椎麻酔をするのが結構大変だった。この国では、本当に「肥満料金」を請求したい!と心底願った。
帰宅後にジムへ。1時間のジョギング。膝痛全くなし。
1月30日(土)ジムで1時間のジョギング。軽度の左膝痛が出現。
総じて一般麻酔業務に関しては日本で行っていたことと基本的に一緒のため、特別に書くことは無いような気がしています。ある日は自分一人で一部屋を任され、そこで麻酔を行い3−5件をこなしたり、翌日は二部屋にいる各々のレジデントと麻酔管理したり、またある日はCRNA(麻酔看護師)と仕事をしたり、、、という毎日です。特に自分一人で何件も業務をこなす日は、食事を摂る時間を確保することすら大変です。ただ夕方5時ごろ(遅くても6時過ぎ)までには帰宅を許されるので、日本で仕事をしていた頃と比較して格段に自分の時間、家族との時間が確保できています。収入に関してもバイトをせずに同等以上を確保できています。言葉の問題さえ無視すれば、生活の質(QOL)はこちらの方が総じて高いと実感しています。
しかしながら私の場合、麻酔科Chairmanの意向で麻酔業務はGeneral ORでのみ行うことになったので、cardiac anesthesiaと比較するとやりがいはあまり感じません。婦人科や一般外科手術などの担当ばかりのため、せっかく身に着けた食道エコー(TEE)を使う機会にも恵まれません。CTICUは月に1週間だけのため、今のところさほど負担に感じていません。
折角Fellowshipをした心臓麻酔部門で働けないという仕事内容に少し不満はありますが、General ORとCTICUで働けることは約束されています。例えて言うならば、「2本の刀を磨いておいたのに、一本は使わずにしまっておけ」ということです。もちろん使わなければ錆び付いていくのは目に見えています。将来的に日本に帰るにあたって自分の武器は一つでも多いほうが良いと思っているのですが、少し贅沢な悩みでしょうか?
実はPhiladelphiaの大学病院で、「心臓麻酔とCTICUを出来る人間を探している」という情報が知り合いの心臓外科医を通して入りました。「履歴書を送って、いつでも面接に来て欲しい」と言われていますが、総合的に考えて今のところあまり乗り気になれません。まずは自分の足場をしっかり固めようと思います。
今年の抱負としては、、、
1) レジデントや他科の医師にナメられないように、集中治療および麻酔部門の知識を増やす(Web course受講。4月にBoard review受講予定)
2) NY half marathonでの完走(頻回に行うストレッチおよび日々の練習により腸頚靭帯炎を克服できそうな気がしてきた。右側は完治したので、今後は左側を克服せねばならない。近いうちに「腸頚靭帯炎」に関してブログ上でレポートをまとめようと思う。NY City Marathonのクジに当たるかは?のまま)
3)英語論文を最低でも一つ掲載(現在、Case reportのネタは一つある)
4)英会話の先生と週に一度の会話練習(ボランティアのESLの先生と、会話練習をすることになった)
5)Skypeを通してAccent reductionのコースを受講(予定)。
とまあ、こんな感じです。
私は「うさぎとかめ」で言えば、「カメ」の方なので少しずつ地道にやっていければと思っています。




























