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脳はなぜ「心」を作ったのか

2016-06-05 06:13:46 | 趣味人的レビュー

以前「時空と生命 1」という記事で「この『時空と生命』は今年(2015年)読んだ中でもホームラン級の1冊」と書いたが、もしかしたらこの『脳はなぜ「心」を作ったのか』は、2016年のホームラン級の1冊になるかもしれない。


実際、脳と意識の問題に関してはこの他にも、ダニエル・C・デネットの『解明される意識』やフランシスコ・ヴァレラらによる『身体化された心』なども読むことを予定していたのだが、この本を読んだら「もういいや」と思えて、読むのをやめた。そのくらい、この本に書かれた内容は衝撃的で、現在の脳科学のパラダイムを根底から覆しかねないほどの破壊力を持っている。



現在、脳についての研究やそれをAI(人工知能)などに応用する研究が世界的に凄い速さで進んでいて、ある面では既に人間の脳を凌ぐまでになっている。それでも機械に「心」を持たせるまでには至っていない。「心」あるいは「意識」とは何か、それはどのようにして生み出されるのか、いやそもそもそれは本当に脳にあるのか、という部分はいまだ謎のままだ。

著者の前野隆司は、まだ解明されていない「心」あるいは「意識」の謎を次の3点にまとめている。
1.〈私〉の不思議
2.バインディング問題
3.クオリアの問題
このうち、1の括弧つきの〈私〉とは、私の中の「自己意識の感覚──生まれてからこれまで、そして死ぬまで、自らが生き生きと自分の意識のことを振り返って、ああ、これが自分の意識だ、と実感し続けることのできる、個人的な主体そのもの──のこと」。
2のバインディングとは、1つの対象であっても、そのさまざまな属性が脳のバラバラの場所で処理され、認識されるわけだが、その全てを1つのものとして統合しているもののこと。
そして3のクオリアとは「心の質感」。例えば夕日を見た時、それを単なるオレンジ系の色のグラデーションと認識するだけでなく、そこに切ないような思いを感じるもの。
これらはいずれも未解決の問題であり、「心」とは何かとは、これらを一元的に説明できるものでなければならない。

この問題に、前野が「天動説から地動説への転換」と語る発想の逆転で挑み、解き明かしたのが、この『脳はなぜ「心」を作ったのか』である。その基本となるコンセプトは、「『意識』が脳の中のどこにあるか、ではなくて、脳の中でどんなシステムとして存在し、なぜ、どのように働いているか」ということだ。

一応、謎解きミステリっぽい書き方がなされているのでレビューでもネタバレになるようなことは避けるが、本のサブタイトルが『「私」の謎を解く受動意識仮説』となっているので、これは出してもいいだろう。そう、結論はズバリ「受動意識仮説」だ! それはザックリ言えば、「心」あるいは「意識」とは決して主体的なものではない、というものである。この「受動意識仮説」の考え方は極めてシンプルで美しい。

だが「受動意識仮説」は現在の脳科学の定説とは真逆の考え方であるがゆえに、脳科学研究の主流派からは受け入れられないだろう(もし、それを受け入れてしまえば、自分たちは膨大な費用と時間を費やして全く見当違いの研究をやっていることになってしまうから)。だが、その脳科学の定説では解けない「心」についての問題が、この前野の仮説を使えば全て一元的に説明できてしまうのだ。だから、もしかしたら本当にこれが正解かもしれない。


ちょっと話がそれるが、この「受動意識仮説」は数学で言うとゲーデルが不完全性定理を証明した時のようなものかもしれない。当時、数学の世界ではドイツ数学界を率いるヒルベルトが「数学の体系が完全であることを証明する」プログラムを推し進めていて、世界中の名だたる数学者たちがそれに参加していた。だが1人、ゲーデルだけは「そんな完全な体系は存在しないのでは?」と考え、その結果、誰よりも先んじて不完全性定理に到達したのだ。ゲーデルの論文を読んだフォン・ノイマンは「最初からゲーデルと同じ方針で臨んでいたら、決して後れを取ることはなかった!」と悔しがったという。

不完全性定理が今なお数学のみならず、科学、哲学などの分野にインパクトを与え続けているように、前野の「受動意識仮説」も、「仮説」が取れた時には恐るべき衝撃を持って受け取られることになるだろう(その辺りのことも、第4章「心の過去と未来──昆虫からロボットまで」の中で語られている)。それが楽しみでもあり、怖ろしくもある。

これは「ブクレコ」に『脳はなぜ「心」を作ったのか』のレビューとして書いたものに加筆修正したものである。


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