深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

大きな輪を描く

2012-03-09 12:51:29 | Weblog

Era(イーラ)の歌う『Amero』をバックに──。

私の読む小説といえばほとんどがミステリの類だが、文学にも一応関心があって、だから河出書房新社から出ていた池澤夏樹個人編集による「世界文学全集」は、新刊が出るたびに本屋で手にとって見ていた。そして実際にその中の1冊、イザベル・アジェンデの『精霊たちの家』は買って持っている(まだ途中までしか読んでいないが)。


この「世界文学全集」は当初、2期24冊の刊行予定だったが、好評だったため更に3期の6冊が加えられ、全30巻として完結した。その30巻の中にたった1冊だけ日本人作家の作品が入っている。

まだ第2期が刊行中だった時、第3期の刊行が決定したことと、そのラインナップを知らせる折り込みがシリーズの新刊の中に挟み込まれているのを本屋で見た。第1期、第2期が12冊ずつだったのに第3期が6冊というのが妙にアンバランスな感じがしたことを覚えている。そして第3期としてラインナップされている中に、その名を見つけた。

その本の名は『苦海浄土』といった。


著者の名前は石牟礼道子。知らない名前だが、そもそも文学、特に日本文学には縁遠い人間なもので、著者の名前を知らないことは別に驚くには当たらない。本の紹介を読むと、どうやら水俣病の話らしい。水俣病か…日本人としては知らなければならないことだけれども…今じゃなくてもいいか──。一応、出たら手に取って見てみたいけど、買うことはないかも──と、その時は思った。

が、なぜかその『苦海浄土』という名前が心に棘が刺さったように妙に気になった。


それから何カ月かして刊行された『苦海浄土』を手に取って見た。池澤夏樹の「世界文学全集」は帯に、池澤夏樹による「ぼくがこの作品を選んだ理由」と、本文の一部が引用されている。そして『苦海浄土』の帯に引用された一節

あるが刺身とる。かかは米とぐ海の水で。
沖のうつくしか潮で炊いた米の飯の、どげんうまかもんか、
あねさんあんた食うたことあるかな。そりゃ、うもうござすばい、
ほんのり色のついて、かすかな潮の風味のして。

を読んだら、なぜだか涙が出てきて、これは買うしかないかと思った。


とは言っても4100円(税別)もするし、買ってもすぐに読めそうもない。まあ、そのうちに──と思っていた頃、あの震災が起こった。

震災の後、何かに憑かれるように『苦海浄土』を近所の本屋で取り寄せてもらって買った。それはもしかたしたら、池澤夏樹のあの文章が頭にあったからかもしれない。彼は『苦海浄土』の帯に「ぼくがこの作品を選んだ理由」をこのように書いている。

ある会社が罪を犯し、その結果たくさんの人々が辛い思いをした。糾弾するのはたやすい。しかし、加害と受難の関係を包む大きな輪を描いて、その中で人間とは何かを深く誠実に問うこともできるのだ。戦後日本文学からこの一冊を僕は選んだ。

池澤が書いた「ある会社」とは、もちろん有機水銀を排出して水俣湾を汚染したチッソのことだ。だが震災と福島第一原発事故の後、その「ある会社」が東京電力のことを指しているようにも見えた。

そして思う。

福島のキャッチフレーズは「うつくしま福島」だという。ならばこそ、いつか誰かが新しい『苦海浄土』を書かなければならない。誰かを声高に断罪するのでも、被災した人たちの苦難をことさらに強調するのでもない、「加害と受難の関係を包む大きな輪を描」く、そんな物語を。


まだ何も終わっていない。しかし同時に、まだ何も始まっていないのだ。


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