先の土曜日、旧暦「霜月」の新月は、京都で迎えた。
「そこびえ」の古い街。
昼夜の温度差の激しい盆地では、
ところどころ、紅葉もキレイだった。
日曜にはグッと冷え込んで。
早朝のお寺の凛とした静けさ。
真夜中の路地裏の闇の、シンとした空気。
持っていったもの全てを着込んでも、少し寒かった。
初雪も降った。
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東京に戻ると。
寒さはまだまだ。
ビルの中では完全空調。
ラッシュアワーの電車の中では、コートを着ていると、汗ばむよう。
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季節の変わり目に遠くへ旅をすると、
それぞれの土地の季節の違いに、
カラダも、ココロも追いつかず、
なんだか落ち着かないもの…。
時差ボケだけでなく、「季節差ボケ」ってのもある。
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そう言えば。
今年の「十五夜」(旧暦八月十五日、新暦では9/18)は、北海道で。
東京を出た昼には、気温32度。
夜、釧路についたら、14度。
1週間の旅の後、東京はまだ厳しい残暑。
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思えば。
僕らは、そうして、タイムマシーンに乗っているんだ。
季節という時を行ったり来たりすることは、今や、可能なんだな。
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僕の師、山尾三省氏は、時間というものを捉えて、“3つの時間”として語っている。
・直線的に進歩してやまない文明の時間
・回帰循環をくりかえす地球の自然時間
・今、という時間
「 直進してやまない文明の時間と、回帰してやまない自然の時間の両面性の中を生きているぼく達に、二つの時間を内包した現実として、今が立ち上がってきます。その今は、不思議なことに、時間性でありながら、“ここ”という空間性を持っています。今が、抽象概念ではなく現実に生きているぼく達の今であればあるほど、その今が“ここ”というもうひとつの事実に分かちがたく結ばれていることに、ぼく達は気づきます。
時間性が空間性に交わり、空間性が時間性に交わる四次元世界というものが立ち上がってくることが、今という時の大きな特徴であるといえます。」
(『屋久島の森のメッセージ』 山尾三省、2000年、大和出版)
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京都の今、東京の今、北海道の今、屋久島の今。
また、北欧の今、ネパールの今、日本の今、カナダの今。
それぞれにリアルな僕の“今・ここ”をぶった切って繋げてしまう、飛行機や新幹線って、実は、タイムマシンなのかも…。
それは、ダイナミックに、時間というものを僕に見せてくれる、“文明の利器”なのかも知れない。
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一方で。
この霜月。
節気では、小雪、大雪、冬至へと。
月が一巡りする間に。
僕らは太陽からもっとも遠くはなれて。
また、近づき始める。
そうして巡ってゆく、自然の時…。
僕はそれを、今度はじっくり、味わいたいと思っている。
それは、例えば、サーフィンのような気持ちよさ?
タイムマシンなどなくても、十分ダイナミックで、ドラマティックでロマンティックじゃないか。
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いま・ここを、いま・ここで。
…BLOGのサブタイトル、替えてみました。
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霜月を 小雪・大雪・冬至へと 時空の旅の いま・ここ を行く …街や自然・日々や旅・季節や未来をみつめるBlogです
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これからも、どうぞよろしく…。
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追記:
旧暦の霜月(十一月)ついたちは、太陽暦(グレゴリオ暦)では、12月2日だった。
その新暦の12月のことを指して、世間一般では「師走」と言っている。
確かに、新暦にあわせて暮らしを営む現代では、新暦の12月が慌しい「師走」なのかも。
でも。
季節を感じるには。
ニッポンの美を観るには。
新暦ではなく、旧暦。
そして、月を旧名で呼ぶ時は、新暦ではなく、旧暦で考えるのがいいと、僕は思う。
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