順風満帆の人生を送ってきた祖母・松子さんには、この苦境がつらかったにちがいない。
松子さんに反抗した子供などこれまで誰もいなかったのだから。
それにしても松子さんは自分のこの苦境の原因がどこにあるのかを理解しようとはしなかった。
そして、それは最後までそうだった。
「イチロウちゃんの精神衛生上、どこかに小さなマンション持たはるのもええかもしれんよ。
生活切り詰めはって、ほんで あとから大きいのに買い換えはったらええわ」
松子さんがこう言えば、竹子オバサンはこう言う。
「あなた達の為に賃貸マンションの月々の費用がどれくらいかかるか、おかあちゃんに頼まれて
近くの不動産屋で調べたのよ!」
自分の家があるのに、なぜ、別にマンションを借りなくてはならないのだろう?
”生活を切り詰めはってマンション”って?? ”不動産屋で調べた”って??
しかし、ふたりとも決してそのおかしさに気付かない。気付こうとしない。そして竹子伯母は
「考えが同じ者同士なら 何でもすーっと分かるのに」なんてことをさらっと言うのである。
7月に入って、松子さんは一枚の紙切れを持ってきた。それは母屋と私たちの家が建っている土地の分割図※だった。
それには子供たち4人(父・竹子伯母・梅子叔母・四郎叔父)の土地の持ち分が、きれいに色鉛筆で色分けされていた。
「この分割図、そっちに渡しとく。ほら、この左にあるイチロウちゃんの分、右へスライドさせたらちょうど
(ここの土地全体の)半分になりますやろ。これさえ持ってたら もう安心」 そう言って
“ 私の仕事はこれで全部済んだ ” と ゆったり笑った。
※分割図参照先:貝になった松子さん