まほろば俳句日記

毎日見たこと聞いたこと感じたことを俳句にします。JーPOP論にもチャレンジ。その他評論・エッセー、学習ノート。

【北斗賞】一秒ほどの夢・学校のうさぎ・金魚の墓・・だから大丈夫/新俳句入門(9)

2017-04-19 23:53:13 | 新俳句入門

北斗賞とは、俳句総合誌「俳句界」が毎年40歳までを対象に、新作150句を募集し、俳句の未来を拓く若い俳人を輩出することを目的とした賞である。最新の第7回の受賞作は西村麒麟(33歳)の『思ひ出帳』(1月号)であった。その受賞第一作『如来』(10句・同誌3月号)に付され、自身の来歴を披露したエッセイをまず見てみたい。

僕は、体は弱いし勉強も出来ない。外国語も出来なければパスポートもない。人見知りで酒飲みで、ワインやクラシックにも詳しくない。カラオケも嫌いで地図は読めない。子どもの頃から周りの人のことがいつも羨ましかった。それでも自信満々に生きているのは俳句があるからだろう。僕には俳句がある。花を見て嬉しい、蝶が来て幸せ。なんなら美味しい空気を吸うだけでも満足できる。だから、大丈夫。

今日、若者たちはこのように人間一般とその社会の隅々にまで蔓延する《生》の希薄感の底辺で、かろうじてその日々の自我の充足感を与えられている。その彼らが自ら立ち上がり、自信を持って自己主張出来る何らかの手段を手に入れることは極めて稀なことであろう。にもかかわらず、西村は《俳句》によって『自信満々に生きている』とあえて言い切る。それは、言い換えればそれだけ青春期を言い知れない孤絶感の中に送って来たということである。思えば、私たちもまた半世紀近い過去から現在までの長い時間を俳句表現とはかけ離れた場所で、やはり甚だしい孤絶感を持って費やして来た。その個有の時間の累積と、現在の若者たちの謂わば《個》の垣根を超えた全面的な孤絶を現出する空間との違いはどこにあるのだろうか。とりあえず、受賞者の作品群を俯瞰してみたい。

鮟鱇の死後がずるずるありにけり/栃木かな春の焚火を七つ見て/鳥帰る縄のごときを連れ立ちて/墓石は金魚の墓に重からん(田中亜美抄出) 蛍の逃げ出せさうな蛍籠/天牛の巨大に見えてきて離す/学校のうさぎに嘘を教へけり(立村霜衣抄出) 白とも違ふ冬枯の芒かな/どの鴨も一回りする流れあり/ストーブや一秒ほどの夢を見て/帰宅して気楽な咳をしたりけり(受賞第一作より)

賞の決定は3名の審査員の合計点による。その中の立村霜衣の選後評に注目した。

そもそも、この人々は旧世代のある群の作家たちのように、自分の立ち位置を決めて、そこから、いわば演繹的に、俳句を作り出すことはしないのである。かつての、イデオロギーのごときものを設定し、その線に沿って世界を見、その線に沿った作品を発表する、そうして、その設定の段階で仮想できる敵に対し、おなじみの文言で批評なり反論なりを用意しておくという、それらしく見えて本当は楽な創作との関わり方には、はじめから目もくれないのだ。

・・・《続く》

 

 

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