オレは女と二人、階下のラウンジに降りた。
コーヒーと紅茶を頼んだ。
出てきたのは泥水コーヒーと、ダストティー。
ヤレヤレ仕方ない、フェリー船中で贅沢いっても無理だろう。
「どこに行くのよ?」
コーヒーの味に顔をしかめながら女が切り出してきた。
「さて、どこだろう。定年したばかりでね、時間はあるんだ。行き先は賽の目で決めてもいいと思ってる。あんたは?」
「ふーん、定年なの。わたしは生まれ故郷に帰る途中。山また山の辺鄙なところよ。バスが1日に2往復しているだけ。それもたいてい空バス、ってところよ」
「両親が住んでいるのか?」
「ええ。すっかり老いてしまったけどね。町に出ておいでというんだけど、頑として離れたくないみたい」
「そうかい。大変だな。オレには幸か不幸か、そんな重荷な係累がないけどな」
「あなた行き先を決めていない、っていってたわね。どう?わたしを送っていかない?わたしアシがないのよ。オートバイツーリングの一環と思えばいいじゃない。あなたは話し相手ができる、わたしは楽ができる。名案と思わない?」
「藪から棒だな。しかしそれは無理だな。まずオレはオマエがどんな女なのかわからない。それに送る義理もない。第一、話し相手が欲しいとも思わない」
「旅は道連れ、っていうじゃない。それに送り狼になったってかまわないわよ。小娘みたいな駄々はいわないわ」
「送り狼ねぇ…。喩えが古すぎだ。今日日の小娘の方がさばけてるぜ」
「あら、そういう経験があるの」
「ないね。さっぱり。エロ週刊誌ネタだ。それにオレは女より酒かバクチがいい」
「バクチが好きなの?じゃあ、こうしましょ。途中に競輪場があるわ。その近くには温泉もある。競輪で遊んで、旅館で温泉に入って、酒を飲むという趣向はどうかしら?それで翌日、あなたはわたしを送る、と」
オレはグラッと心が揺れた。いや、この女にではなく、競輪と温泉、それに酒、だ。
「ふむ。悪くないな。よし、乗ろう。ただし、いっとくがな、おまえのスケジュール通りに進むとは限らんぜ」
「了解。いつまでに着かなきゃなんないってこともないの。両親に連絡もしていなしさ」
コーヒーも紅茶もすっかり冷たくなり、オレたちがうだうだとバカ話を続けるうちに、フェリーは港に入っていった。
女のヘルメットがないので、フェリー事務所で尋ね、買い求めに往復した。
さらに二人分の荷物をオートバイに括りつけなきゃならん。
ひどく難渋したが、なんとか強引に搭載する。
バランスが悪いが、仕方あるまい。
飛ばさなきゃいいんだ。
女が道を指示するというので、それに従ってオートバイをスタートさせた。
地図は荷物の底の底、もう取り出せやしない。
走りだすと腰に回された女の手が暖かかった。
なんだか遣る瀬ないような、情けないような、まあ、普通でない出来事にオレがオタついてるだけだろう。
とんだセンチメンタル・ジャーニーだな。
コーヒーと紅茶を頼んだ。
出てきたのは泥水コーヒーと、ダストティー。
ヤレヤレ仕方ない、フェリー船中で贅沢いっても無理だろう。
「どこに行くのよ?」
コーヒーの味に顔をしかめながら女が切り出してきた。
「さて、どこだろう。定年したばかりでね、時間はあるんだ。行き先は賽の目で決めてもいいと思ってる。あんたは?」
「ふーん、定年なの。わたしは生まれ故郷に帰る途中。山また山の辺鄙なところよ。バスが1日に2往復しているだけ。それもたいてい空バス、ってところよ」
「両親が住んでいるのか?」
「ええ。すっかり老いてしまったけどね。町に出ておいでというんだけど、頑として離れたくないみたい」
「そうかい。大変だな。オレには幸か不幸か、そんな重荷な係累がないけどな」
「あなた行き先を決めていない、っていってたわね。どう?わたしを送っていかない?わたしアシがないのよ。オートバイツーリングの一環と思えばいいじゃない。あなたは話し相手ができる、わたしは楽ができる。名案と思わない?」
「藪から棒だな。しかしそれは無理だな。まずオレはオマエがどんな女なのかわからない。それに送る義理もない。第一、話し相手が欲しいとも思わない」
「旅は道連れ、っていうじゃない。それに送り狼になったってかまわないわよ。小娘みたいな駄々はいわないわ」
「送り狼ねぇ…。喩えが古すぎだ。今日日の小娘の方がさばけてるぜ」
「あら、そういう経験があるの」
「ないね。さっぱり。エロ週刊誌ネタだ。それにオレは女より酒かバクチがいい」
「バクチが好きなの?じゃあ、こうしましょ。途中に競輪場があるわ。その近くには温泉もある。競輪で遊んで、旅館で温泉に入って、酒を飲むという趣向はどうかしら?それで翌日、あなたはわたしを送る、と」
オレはグラッと心が揺れた。いや、この女にではなく、競輪と温泉、それに酒、だ。
「ふむ。悪くないな。よし、乗ろう。ただし、いっとくがな、おまえのスケジュール通りに進むとは限らんぜ」
「了解。いつまでに着かなきゃなんないってこともないの。両親に連絡もしていなしさ」
コーヒーも紅茶もすっかり冷たくなり、オレたちがうだうだとバカ話を続けるうちに、フェリーは港に入っていった。
女のヘルメットがないので、フェリー事務所で尋ね、買い求めに往復した。
さらに二人分の荷物をオートバイに括りつけなきゃならん。
ひどく難渋したが、なんとか強引に搭載する。
バランスが悪いが、仕方あるまい。
飛ばさなきゃいいんだ。
女が道を指示するというので、それに従ってオートバイをスタートさせた。
地図は荷物の底の底、もう取り出せやしない。
走りだすと腰に回された女の手が暖かかった。
なんだか遣る瀬ないような、情けないような、まあ、普通でない出来事にオレがオタついてるだけだろう。
とんだセンチメンタル・ジャーニーだな。