ずぼら男の旅日記~そして日常 WithLab~

旅が好き!山がすき!そんな三十路男のブログです。国内・海外、山旅・街旅なんでもござれの旅ブログです。最近はトレランに夢中

本能を呼び覚ませ!

2010-12-23 23:22:39 | 日記
さて、前回の話の流れをくんで

それは、とにかく今、走りたくてしょうがないということである。

今回の東山トレイルでも、走りながら「今回が今までで一番きつい!なんでこんなしんどいことしてるんやろ?」って考えてました。そしてそれは過去4回のトレランで毎回思ってること。特に今年の3月に初めてトレランのレース(20キロ)に出た時は、ゴールした瞬間には「もう二度とトレランのレースに出ることはないやろうなあ。」と考えていたのに、その数日後には何をトチ狂ったのか7月の志賀高原50KMにエントリーしていました。

「これってなんなんやろ?しんどいってわかってるのに一つレースが終わると次はどのレースにしようか考えるのが楽しくてしょうがない!っていう感覚は?」
と、漠然とは考えていましたが、ちょうど東山トレイルの前後で読んでいた本にその答えを見つけた気がしました。

ランニング雑誌でも紹介されていたので知っている方も多いでしょう。
「BORN TO RUN~走るために生まれた~」です。
アメリカ人の自身も(ごく普通の)市民ランナーであった著者が「なぜ私の足は走ると痛むのか?」という疑問を解決するために、メキシコの峡谷の奥地で暮らす走る民族・タラウマラ族を通じて、人はなぜ走るのか。走るとはどういうことなのかを理解していくというようなルポです。




この本の紹介としては「人間は裸足で走るためにできている。」という、現代の科学的トレーニングや最新ギアへのアンチテーゼとしての主題が紹介されていますが、僕にとっては、そういうことよりもっと深い啓示を受けたり、同意を感じたりしました。

大きくわけてざっくり書くと
・ヒト(ホモサピエンス)はなぜ原人・類人猿の競争の中での生存競争に勝ち残ったのか?
それこそが「走る能力」にあったということ!走るということに関してホモサピエンスは原人・類人猿のみならず世の中の動物の中でもっともアドバンテージがあるというのです。通常人間はチーターや馬やシカに比べて走る能力がないと思われるのは「速さ」を基準にしているからであり「遠くへ」という基準でならもっとも優れているということです!事実、大昔のホモサピエンスも現代のブッシュマンの一部も「動物を追いかけ続け、走り死にさせる。」という狩猟をしていたというのです。

つまりは人間は本能的に「走る」ということに生命維持の必要性も感じているし、楽しみを感じているということだと私は理解しました。

しかしながらそこで問題なのは人間は理性が最も発達した生物でもあるということです。理性というのは生命維持のために効率を求めるものであり、現代社会において「走る」ことは必要とされない、無駄なことと判断していしまうということです。

そういうわけで、世界各地で市民レベルのマラソン大会・トレランレースが活況を呈すとともに、それをはるかに上回る数のの人間がそれを遠巻きに、冷やかに傍観しているという状況が現代社会なのでしょう。

そういう僕もつい最近までは傍観者の一人でした。しかし、今は走ることの楽しさ気持ちよさを知った。ブログタイトルのとおり元来ずぼらな僕がその感情を維持させるのは義務感などではなく、人間が本来持っている「走りたい!」という本能を全開にし続けることなんだろうと思うのです。

・次に。走るということを突き詰めていくと人は粗食になるということ。
タマウマラ式にいうと、「少なく食べること」と「よりよく食べること」。つまり肉や加工された炭水化物から、野菜や果物中心の食生活にするということ。
これはまあ、いわれなくても薄々気づいていたことではあるし、当然そうすることが健康全般のためにいいことだとはわかっている。けれども、焼き肉を食べたい衝動を抑えられずにきて、少々お腹も出つつある現状。
しかし僕はトレランに出会って、そしてこの本に出会って、本能に従い、走るということにもっと真剣に向き合おう!と心突き動かされたのです。
そんなわけで、いきなりベジタリアンになるのは無理な話だし、完全なベジタリアンになるというのも社会生活上、精神衛生上、僕には無理そうなので、まずは極力お肉は食べないということから始めようと思います。というか始めました!

・最後に、この本では走ることを突き詰めていくと人は「よりいい人間」になると言っています。
その体現者が、アメリカウルトラトレイル界の聖人・スコットジュレクであり、彼こそが現代社会のランナー代表としてタマウマラ族と競い合うのです。
彼こそが人間が本能的に「走る生物」であるということを生涯を通じて実現していると。それはつまり「人がレースするのは相手を打ちのめすためではなく一緒に過ごすためである。」ということです。
それは、なんとなくわかる。トレランで苦しくてつらい時、誰かに勝つためなんて考えていないし、周りにいるランナーのすべてが同じような状況で、そんな時には「みんな頑張って完走しよう!」って気持ちになるし、どんなにしんどい時でもサポートの人やすれ違うハイカーに声をかけられれば笑顔で応えたくなる。
そんな心理状態を経て、自分に打ち克ってゴールした時の喜び、達成感!それこそが麻薬的にこのスポーツにのめりこませる要因であり、少なくともその時は、良い人間に近づいているのかも!?


さらに最後にもう一つ。この本の中で気に入った一節。
ジェン・シェルトンというちょっといかれた女子大生ランナーの言葉。
「ウルトラを始めたのはもっといい人間になるためなの。100マイルを走れたら禅の境地に達するんじゃないかと思ってた。ブッダになって世界に平和と愛をもたらすの。私の場合はうまくいっていないけど、自分がなりたい人間に、もっといい、もっと平和な人間になれるって望みはいつもある。」
「長い距離を走ってると、人生で大切なのは、最後まで走りきることだけだって気がしてくるの。そのときだけは、あたしのこんがらがった頭もずっとこんがらがったりしていない。なにもかも静まり返って、あるのは純粋な流れだけになる。わたしと動作とその動きだけ。それがわたしが愛するもの。ただ野蛮人になって、森を走ることがね。」

本を読めばわかるけれど、本当にぶっとんだヤンキー女がこんなことを考えたりする境地に至らせるって、本当に極限まで、自由に走るってことはすごいことなんだと感動しました。


というわけで、この本のおかげもあって今の僕は当面走ることに真剣に向かい合っていこうと思っています。
しかしながら、僕という人間は根性無しでへたれなずぼら男なので、まあはなし半分で聞いといてもらえたらと思いますが、今の僕の強みは、ごく身近にランモチベーションを刺激してくれる仲間がたくさんいるということでしょう。

まずは3月の篠山マラソンにみんなで走るぞ!
そして、大いなる野望・無謀としては5月の日本初100マイル!トレラン・UTMFに出る!かも!?
100マイルなんて絶対無理やと僕も思うし、回りはなおさらでしょうが、「無理かもしれないけどやってやれないことはないんじゃないか」と思わせてくれるのがトレランの一番の醍醐味ですから





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