断腸の記  「凄まじい話」の巻

2008年06月20日 | Weblog



▼おのれの仕事ぶりに、このごろ不満がつのって、胸の奥が悲しい。
 シンクタンクの社長として、講演やテレビ・ラジオで拙いなりに話す語り部として、大学の客員教授として、ひとりの物書きとして、みずからのどの仕事にも、あまりに未完成という自己評価を下して、暮夜、ひそかに唇を噛む思いでいる。
 朝に向けて、苦しみ抜くこともある。

 プロフェッショナルというものは、おのれだけに課した厳しい基準をどうにか満たしていると胸のうちで静かに感じることができて初めて、プロであることができる。

 未完成は、つらいことだけれども、命の豊かな余韻でもある。
 すべてのクラシック音楽のなかで、ぼくはシューベルトの交響楽「未完成」がいちばん好きだ。
 途中までの楽章があまりに美しく書きあがり、シューベルトがどうしても残りの楽章を完成させることができなかったという伝説の残る、この曲ほどに、みずみずしい響きはわたしたちの世にないと思ってしまうのだ。
 それは、未完成であることがむしろ生み出した、人智を超える清冽かもしれない。

 だが、おのれの仕事の未完成ぶりには、夜半に耐えがたくなることがある。
 特に今は、きょうリリースされる新著について、あともう少し時間があれば、という思いも募る。


▼もっとも、三菱総研の研究員だった時代に、凄まじい話を聞いた。
 当時のぼくも、多忙に多忙が重なって、本がなかなか出せないでいた。

 すると、三菱総研生え抜きのベテラン研究員が、こんな話を聞かせてくれた。
 三菱総研には、一時代を画した、たいへんに高名なエコノミストがいた。
 もう故人になられたから、この話もここに書くのだけど、テレビ出演も多く、一般のひとにもよく知られた日本を代表するエコノミストだった。仮にX(エックス)さんとしよう。
 著作もとても多く、何冊もベストセラーになった。と言うより本を出せば、たいていはベストセラーの仲間入りをした。

 ぼくが共同通信から三菱総研に移ったころには、もう高齢で第一線ではなかったが、まだしっかり在籍されていた。フロアが同じだったから、姿を拝見することもよくあった。

 ベテラン研究員は、若いころに、このXさんにアテンドする役割だった時代があったという。
 たとえば、Xさんが京都へ講演に行く。
 すると新幹線のなかで、この研究員が用意した雑誌や新聞をXさんが、さぁーと読み散らし、記事のいくつかにボールペンで丸を付ける。
 それらはXさんの書いた記事ではない。すべて他人の記事である。
 京都に着いて、Xさんが講演をしているあいだに、研究員は、この丸が付いた記事を切り取り、『きっと、こういう順番だろうナァ』と考える順にその記事を並べて、スクラップ台紙に貼り、クリップで仮ファイリングする。
 え? なんの順番かって?
 それらの記事をXさん著の本にするなら、こういう順にトピックを並べるだろうなという順番なのだ。
 Xさんは講演を終えて、帰京する新幹線に乗ると、そのファイルを見て「ここは、この順番に入れ替えて」と指示したり、すこし何かコメントを言ったりする。
 それはさして長い時間ではない。Mさんは、やがて寝てしまう。
 そのあいだ、研究員は記事の並べ替えをして、Xさんの一言二言のコメントを台紙の余白に書き込んだりする。
 東京駅に着くと研究員は、待機していたフリーライターに、そのファイルを渡す。
 フリーライターは、このファイルをもとに適当に、180ページから200ページ弱ぐらいまでの読みやすい本の原稿に仕立てて、研究員に戻す。文体は「Xさん風」にちゃんと、してある。
 研究員はそれをチェックして、ほとんどそのまま出版社の編集者に渡す。
 やがて出版社からゲラが出るから、研究員がチェックして、出版社に戻す。
 はい、これでXさんの新刊がまた書店に並び、好意的な書評も新聞に載り、かなり売れる。
 Xさんは、フリーライターの書いた原稿をチェックすることもなければ、ゲラに触れることもない。

 ベテラン研究員は、自分の若い時代のこの仕事の話を、なぜぼくにしたか。

「あのXさんだって、こうやって本を次々、出していたんですよ。時間がないことでは、青山さんはXさんより苛酷な状況なんだから、そんなに文章にこだわったりしていては本など出せませんよ。同じやり方をしろとは言わないけど、ざらっと柱だけ書いて並べて、あとは出版社のライターに任せればいいんですよ。ノンフィクションの本は、コンセプトが大事なんだから。文章に凝るのは、青山さんが別途、純文学を書くときだけでいいじゃないですか」

 ベテラン研究員は繰り返し、こう話した。  
 もちろん、まったく皮肉とか、そういうものは混じっていなかった。本気で、そのように奨めていた。

 ぼくは内心ですこし呆れた。
 ただし、ひとさまの仕事ぶりは批判しない。そんなに、えらくない。
 しかし同時に、ぼくは決してそんなふうに本を書かない、生きている限り永遠に。
 そう思った。


▼たぶんXさんには、自分が物書きだという意識が、全くなかったのだろう。
 だからコンセプトを示せばよかったし、たとえば学者の論文にも、他人の論文を批評して、その積み重ねによって自分の論文として仕上げていく手法があるのだから、Xさんのようなやり方も、ひょっとしたら天が許すこともあるのかもしれない。
 その通り、Xさんは、いわば幸せな充実した仕事人生を、最後まで無事に終えられた。

 Xさんの手法は、盗用とか剽窃(ひょうせつ)にあたるとも、必ずしも思わない。
 他人の文章をそのまま引用することはなく、ライターの手によって違う文章に書き換えられているのだから。
 Xさんのバランスの良いコンセプトが、どしどし世に出てくるのは、Xさんファンにとって幸せだったのだろう。

 しかし、ぼくはまさしく物書きだ。
 夜半に、ひとつの句読点をどこに打つかが定めきれなくて、そのまま朝になることもあるし、すでに印刷されて世に出た文章のたとえば動詞ひとつが拙劣であったと気づいて、がっかりと腰が抜けるように落胆することもある。

 わずかな救いは、逆に、その落胆にある。
 そのときは『全力を出し切った。これ以上はもはや推敲できない』と思った文章が、何年か経つと、文章のリズムを変えたいところ、言葉の繋がりを正したいところ、直しどころばかりの文章に思える。一変する。
 すこし辛いけれど、それは、ぼくの文章力が伸びたことの証左かもしれない。まぁ、ひょっとしたらね、の話だけど。





▽みなさん、新刊にたくさんの予約が来ているらしいことに、驚き、深く感謝しています。
 新刊は、不充分ではあっても、これを物書きとして再生する一歩と、必ず致していきます。

 この書き込みは、いつものように機中と、タクシー車内で書きました。
 機中、たまたま山本潤子さん(元ハイファイセット)のナチュラルな哀愁を帯びた歌声をすこしだけ聴いて、断腸の思いが短いあいだながら、やわらぎました。
 歌はいいですよね、いつだって説明抜きだから。






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40 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
新刊発売 (淀のへろへろ)
2008-06-20 09:19:36
毎日の激務、お疲れ様です。

ようやくこの日が来ました。
私も買わせて頂きます。

福田政権の間違った政策には、何らかの形で反対意見を、声をあげていきます。

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抗議の声を官邸に送ろう (想い出の赤いヤッケ)
2008-06-20 10:27:43
18日に抗議文を作成し、首相官邸、町村官房長官、山崎拓、加藤紘一等に送りました。
首相官邸には毎日送るつもりです。
返信する
為政者ではなく”偽政者ですか (HAYABUSA2)
2008-06-20 11:05:19
「あぁ新刊」の巻にコメントさせていただいた続きを、と思っておりましたら新投稿が出現していてびっくりしました。
青山さん、お疲れ様です。
わかったような口をきいて恐縮ですが、青山さんのその作家としての御姿勢そのものが読者の心を打つのだと思います。だからこそ、こんなにも多くのファンが青山さんの新刊を待ち焦がれているのだと思います。
X氏の文体はなんとなく想像がつきますが、ゴーストライターによる量産本は、参考や指針にはなっても、そう簡単に人の心に沁みこむものではありません。

「あぁ新刊」の巻へのコメント続きですみません。
前述の「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」で上映されましたとご紹介したドキュメンタリー映画、
「ヒマラヤを越える子供たち(Escape Over the Himalayas)」
http://jp.youtube.com/watch?v=WEaSJU9ecb4
ですが、是非とも皆様にご覧いただきたい映画です。
子供たちの親への思いがあまりに切ないです。
また、会場で販売されていたDVDも併せてご紹介致します。
「TIBET TIBET」
http://www.tibettibet.jp/story.html

今回のニュースアンカーについて

今回のニュースアンカー(北朝鮮問題部分)を拝見して、私も皆様同様、ハラワタが煮えくり返る思いです。昨日、首相官邸に抗議電話及びメールをしました。
メールも有効でしょうが電話もかなり効果的です(こちらが名乗っても相手は名乗りませんので、私たちが名乗る必要はありません)。
今回は焦眉の急である北朝鮮問題に特化して15分ほど話しましたが、途中何度も一方的に切られそうになりました(一度、一方的に切られました。もちろん即かけ直しましたが)。
担当官は相当イラついた様子で、「ずっと抗議電話ばかり受けているんだから手短にして下さい」と、つい本音を洩らしたりしました。
そうなんです。首相官邸には引っ切り無しに抗議電話が掛かっているんです。メールも同様でしょう。皆様もどんどんお電話して下さい。また、様々なネットの威力も亡国の為政者たちに見せつけてやりましょう。
また、担当官は当初「私は総理でないからわからない」の一点張りでしたが、
◎ 拉致問題の解決なくして国交正常化はありえない
◎ 拉致被害者全員の帰国、実行犯の引渡し、真相の究明こそが肝要だと主張し、「現時点での北朝鮮に対する経済制裁一部解除など言語道断です!あなたもそう思いませんか?」と聞いたところ、「私も個人的にはそう思います」との返答でした。最後に、「必ず私の意見を福田総理にお伝え願いたい」と告げ、「皆さんの意見とまとめて伝えます」との返答をもらった後、電話を切りました。
福田総理、小泉元総理、菅代表代行他亡国の議員連盟の皆様。我々日本国民をなめないでいただきたい!

余計なお世話ですが、こういう電話をしても効果がないのでは…とはお考えにならず、きっと効果がある!と自分に言い聞かせて、何よりも一人一人の信念にもとづいてお話になることも大切かと思います。
以前も少し触れましたが去る6/2、日朝国交正常化推進議連事務局に抗議電話をした際、担当者が「70名まではすぐに集まったんですけど、なんだか急に加盟する人が少なくなってしまって…」とぼやいていたのを思い出します。青山さんの、そして国民一人一人の祖国を思う気持ちは必ず大きな力になって少しずつでも現状を打破していくと信じています。

青山さん、この場をお借りしてのこのような発言お許し下さい。

※総理大臣官邸(首相官邸)
03-3581-0101
※意見メール
http://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken.html

やめておこうかとも思いましたが…neo-conさん
あなたから個人的にメールがこないと思っていたら、いつの間にか準工作員呼ばわりですか(あなたは、そんなことは言っていないと仰るかもしれませんが、これは受け手側の問題です)。
確かに意味不明なコメントや中国語訛りで中国を擁護?するようなコメントもあります。しかし、ここを訪れる皆様のほとんどは良識のある方だと思います。祖国を愛する方々はそんなへなちょこコメントに決して惑わされませんよ。
ご自分の意見に固執されるのもいいですが、あなたの石平氏に関する論理、論点は支離滅裂です。
またzazaさんの最新コメントに徹頭徹尾賛成です。
あなたは私の質問にもとうとう答えてくださらなかったですね。論点を変えてコメントされても、何の発展性もありません。まずは石平氏の書、寄稿(ネットも含め)等を今一度よくお読みになることです。石平氏=中共工作員と初めから決めてかかっていては話になりません。

>彼らが日本の愛国者や民族主義団体に近づいて情報を集める
>目的というのは、日本人に対する思想統制を研究するためだと
>言われています。
も結局答えになっていません。

ここで石平氏についてあなたとコメントし合うのは最後です。どうしてもという場合は前述の通りYouTubeメールで。
石平氏以外でのあなたのコメントは参考になる部分も多々あります。
これからはお互い発展性のあるものにしましょう。
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文章力より心 (セロリ)
2008-06-20 11:50:45
青山さんが、文章力が云々と書き込まれていますが、私は人の文章を拝借して書き上げるより、ご自分の言葉で文章になさるのが何よりも訴える力があると思います。アンカーやぶったまとかのコーナーで話される青山さんの言葉に引き込まれるゲストの表情見てもそれはわかります。視聴者である私達に一言も聞き逃さないように真剣に聞く思いにさせる青山さんに文章力云々は全く関係ないことのような気がします。
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新著、予約させていただきました! (kazuhito)
2008-06-20 12:09:24
いつもご苦労様です。
新著は予約が多いそうで、こちらまでうれしいです。今まで予約してまで、本を購入したことないのですが、製本所に張り付いてさらに超特急で購入したいぐらいです。

 Xさんの行いって、僕にはちょっと受け入れられません。理屈の前に「裏切り」「ペテン」だって思いました。
 商売していて感じるんですが、人がお金を出して買うってたいへんな行為だなって。千数百円であっも、ほんとうに工面して買う状況にある人も実際おられますから。

青山さんの、ご安全、ご活躍、ご健康、お祈りします。
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総理官邸とのコミュニケーション (kazu)
2008-06-20 12:43:21
HAYABUSA2さん、ありがとうございます。
首相官邸のTEL番号 とりあえずメモリーに入れておきます。
担当官も苦情電話ばかりで参ってる事でしたら、苦労をねぎらってあげるのも良いかも知れませんね。
官邸スタッフが良心的な方なら、あのリーダーの元で働くのは嫌だと思います きっと…
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Unknown (haru)
2008-06-20 13:23:00
本買わせて頂きます。

山崎拓、首相官邸、加藤紘一、に抗議のメールを
送りました。
日本国民として許せない思いと残念な思いでいっぱいです。青山さんと共に戦います。
青山さんの健康を願っております。
返信する
予約してます☆ (ぷー式)
2008-06-20 13:57:45
本予約してます。。。
早く書店から電話が来ないかな~。
午前は出ていたのですが、留守番電話にするのを忘れていたので、確認電話をしようとPCを開いたところでした。


水曜日のアンカーを視て大変なショックを受けました。
そして二度目となる首相官邸へのメールを送りました。

福田総理は一部の政治家の既得権益を守るために総理大臣になられたのか?
国会議員になられたのか?
私たち国民は、(今回は拉致問題・東シナ海の油田問題に関して)誰に、どこに助けを請うたらいいのか?
そう問いかけました。。。
少しでも、福田さんが何かしらを思い、立ち止まって考えてくれたら…私なんかの拙いメールではありますが。そう思ってメールしました。


青山さんはいつでもどんな時でも、相手に対し真摯に対応する、本を介せば読者ですよね。
本当にそのまっすぐなお姿、尊敬いたします。

それが、青山さんのなかで不完全であっても、相手には伝わります。
青山さんのまっすぐな思い。
青山さんからは、本当にいろいろなことを教えていただきます。
どうぞこれからもご自愛のうえ、ご活躍してくださいね!!!

さぁー電話するぞ~(笑)。
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視点を変えると (とうふ)
2008-06-20 15:55:16
Xさんのやり方はとてもえげつないと思いますが、ベテラン研究員さんがいいたいことは、もっとプロデュース的な要素を増やさないと体が持たないぞということなのではと思いました。
たまたまベテラン研究員のかたは本を書くという話題においてそのことを伝えようとしたがために青山さんの反感を買ったのかもしれませんが。
青山さんにとっての本の領域ではなく、他の領域でそのアドバイスを生かしてもいいのでは?
青山さんの生き方、活動、信念は国をだめにする有力者の多い今の日本でとても貴重なのです。
仲間とともにどうか、より活動を大きくしていただきたい。
とても難しいことと思いますが、健康とともにがんばってください!
返信する
今日のアメリカでの出来事 (アメリカ)
2008-06-20 16:28:43
20日木曜日の夜にアメリカのPBS(日本のNHKの様な公共放送)で、横田めぐみさんのドキュメンタリーが放送されました。(題名はABDUCTION) 多分、全米で放送されたと思います。

内容は、日本語に英語の字幕で放送されていました。

ライス国務長官のテロ支援解除の話の直後なので、もしかしたら政府の中にテロ解除に抵抗するグループがけん制をするために放送したのではないかと思います。それと、本当にタイムーリーな放送なので驚いています。


日本のNHKでもこのように放送できるといいですね。

アメリカより
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