瀬谷とーさんの雑記帳

DIYに関連したこと、そうでないこと、色々と書きとどめておこうと。

皆さん大丈夫?

2011年03月12日 | できごと

金曜日の大地震・・・私は仕事で会社にいました。
わずかな揺れに気づいて、地震速報を見ようとすぐにテレビをつけました・・・そうしたらどんどん揺れが大きくなり、書類は飛び出すは、キャビネットは倒れそうになるは、者は落下するは・・・当時事務所にいたのは私一人で、とっても怖かった。
本気でビルが崩れると思いました。
私のいた事務所は、1フロアーが20坪程度で、9階建てのいわゆるペンシルビルだったもので、固有振動と地震の振動が共鳴したのか、命の恐怖を感じました。
揺れが収まってから、内部を確認すると、

私のデスクの上は、ごらんのようにPCや書類が倒れ、散乱していました・・・さらに社内を確認すると壁のコーナー部分にはクラックが。

このほかにも鏡が倒れたり、各引き出しが飛び出したり。

とりあえず本社に被害状況を連絡するため、携帯で話していたところ、2回目の大地震。
1回目よりもやや弱かったものの、再度同じ恐怖を味わいました。

こんな怖いビルにいるのは嫌になったので、帰宅することにしたのですが、電車は全て運転取りやめとのことで、とりあえず東京駅まで歩いて向かいました。
東京駅に着いてみるとすでにすごい数の人が、地べたに座り込んで運転再開を待っている状態。
東京駅八重洲北口の大丸は、

こんな張り紙がしてありました。

いつかは再開するものと期待して待っていたのですが、今晩は運転見合わせとの知らせを受け、地下鉄・私鉄に狙いを変えて徒歩で新橋まで移動。
ここでもいつになるかわからないとの知らせがあり、タクシー、バス等を利用しようとするも、タクシーなど全くこない・・・ということで結局あきらめて、缶酎ハイを買い込んで会社に逆戻り。
この時点で、コンビニからは弁当・パン・カップ麺等は消えていました。
たびたびの余震に睡眠を妨げられながらも椅子を3脚並べて4時間ほどの睡眠をとり、早朝からpcにて交通機関の運行情報を収集・・・7時よりJRが運転再開との事で会社を7時に出たのですが、結局家に着いたのは12時頃でした。
私も大変でしたが、もっと大変な思いをしている方がたくさんいることを思うと、心配でなりません。

こんな時こそ、「困ったときはお互い様」です。
募金等も含め、できる範囲の手助けをしていきたいと思います。


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