Kereta dan Kucing

・・・猫と懐かしい列車に出会う旅・・・

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祝!!三井化学専用鉄道19号機全検出場

2012-04-23 23:58:46 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
ここ数日、東京では寒暖の差が激しい日が続いた影響か、すっかり風邪気味だったのですが、先週迂闊
にも風邪をこじらせてしまい、病院で急性気管支炎と診断されましたので、大人しく寝ておりました(涙)
(皆さんも風邪にはどうかご用心下さい)

といった事もあり、すっかり意気消沈していたところ、”眠れないマクラギを数えて”でお馴染のUTXC様より
三井化学専用鉄道の嬉しいニュースが飛び込んで参りました。

昨年、出場した東芝製45t電機18号機に続き、僚機の19号機も全般検査から出場したとの事です。

一昨年訪問時に見たマルーンの褪せた色もなかなか渋くて良かったのですが、

新車のように美しく蘇った姿を見るとやはり嬉しくなりますね。

現在も日常的に繰り広げられる奇跡的な光景。45tの18号機は今年で76歳、22tの9号機は何と95歳!!

各地で地方私鉄や貨物列車が消えて行くなか、ここ大牟田のオールドタイマー達がまだまだ元気に
活躍 を続けてくれるのは嬉しい限り、私も折を見て久しぶりに再訪してみたいと思います。
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三池港駅と19号電車

2011-06-23 00:40:54 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
当サイトからもリンクをさせて頂いている、”眠れないマクラギを数えて”でお馴染のUTXC様より、
三井化学専用線の18号機が全検を無事出場したという嬉しいニュースが飛び込んで来ました。

製造からまもなく80年も経つ古強者が、現役でいるだけでも奇跡的なのに、ピカピカに整備されるとは!!

この記事に影響され、三井三池鉄道健在時の全検明けはどうだったかな~?と思い、古いフィルムを掘り出してみると
18号機はありませんでしたが、全検明け間もないと思われる19号機の写真がありました。

今は亡き、港3号踏切を通過する19号機、昨年数年ぶりにこの地に再訪し、あまりの変わりように茫然としましたっけ・・・

三池湾をバックに走る19号機、確か閉山間近頃に撮影したような気がします。

マルーンの車体と端梁の警戒色が三池鉄道の伝統でしたが、亡き後もこの伝統は守られているようですね。

四ツ山の九電発電所で石炭を降ろし、三池港駅に戻る返空列車を牽く19号機

私が訪問していた頃、石炭列車の運転は三池港から四ツ山までの僅かな区間のみでしたが、
まだ三川抗・有明抗共に健在で、採掘された石炭を火力発電所に運ぶ重要な役割を果たしておりました。

なんて記事を書いていると、久しぶりに大牟田に行ってみたくなりますね。
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1997年の宮浦操車場

2011-03-27 23:39:39 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
古いポジフィルムから出て来た1コマ。

三池炭鉱が閉山する直前の1997年3月、三池港駅へ行った帰りに撮影した三井三池鉄道宮浦操車場です。

今と変わらず11号機が常駐しており、忙しそうにタキの入換をしておりました。

この当時はタンク車しかおらず、黄タキ・銀タキが入線中。

バックは三井東圧化学(当時)の工場群です。

ヤード終端付近の様子。

遠くには銀色のタキも見えますね。

このカットを撮影していた当時、この光景も近い将来見納めになるのでは?と思っていたのですが・・・・
14年の歳月が経った現在まで、まさか残っていてくれるとは!!夢にも思いませんでした。
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三井化学専用線へ再び その2

2011-02-01 23:39:39 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
またまた九州・大牟田の三井化学専用線の話題で恐縮です。

仮屋川操車場で、DE10との共演を撮影した後はダッシュでチャリンコを漕ぎ、宮浦操車場へ向かいます。

するとJRから銀タンコを収受した18号機牽引の列車がやって来ました。
しかし、この日は敷地内の駐車場に車が居たため、なんとも間抜けな写真に・・・・(涙)

列車が到着後は直ちに機関車が切り離され、早々に入換作業が開始。

昭和初期に生まれた凸電と、最近生まれたコキ200の顔合わせは何度見ても違和感が有りますね。

パンタグラフを下げた45t電車の代わりに貨車を牽引するのは

大正生まれの生え抜き、22t電車9号機。

蓄電池を搭載したデ1形電源車とコンビを組み、貨車を1両づつ切り離し、三井化学の工場へと入って行きます。

実はこの踏切、道路改修の為、この日を気に暫く閉鎖されるとの事でした。

ひょっとしたら、チリンチリン鳴る、この打子式踏切ともお別れかも知れません。

かつて東急池上線荏原中延駅を始め、至る所でみられた、この警報機も本当に少なくなってきましたね。

暫く待つと、工場に貨車を置いた9号機が再びやって来ます。

積み荷が無い為か、軽々と出てきた後。

操車場からコキを1両牽引し再び工場へ。

多くの仲間達が鬼籍入りしてしまった後も、こうして活躍を続ける三井三池鉄道生え抜きの車両達。

DLを導入すれば一発で置換えられそうなのに、一体何故残っているのか?と思ってしまいますが、
揮発性を伴う化学薬品を扱う特殊な環境のため、奇跡的に残ったのでしょうね。

今年も機会があれば、またこの路線に行ってみたいと思います。
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三井化学専用線へ再び その1

2011-01-30 23:39:39 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
今月は帰国以来、ずっとジャボタベックの記事が続きましたので、今日から一休み。
昨年11月に訪問した、九州・大牟田の三井化学専用線の話題です。

三池炭鉱の閉山により三井三池鉄道から譲渡され、三井化学専用線として何とか存続したこの路線ですが、
極端に距離は短く、大牟田駅構内にある仮屋川操車場と宮浦駅間の1.8キロのみとなりました。
しかも大部分は民家の裏や、工場内を走るため撮影出来るポイントは、ほんの数ヵ所のみ。

中でも一番有名な撮影ポイントなのが旭町1号踏切、片側3車線の大きな道路を凸形電機が横切ります。

訪問時は、この踏切横のホテルに宿泊しておりましたので、新たなアングルを探すべく、早朝より
自転車で周辺を探索してはみたものの、撮れそうなところは私有地ばかりで容易には近づけませんでした。

諦めてホテルに戻り、ふと閃いたのが宿泊していた部屋から撮ったこのアングル。

窓が少ししか開かず厳しい状況では有りましたが、俯瞰気味に撮影が出来ました。

続いて、何度トライしても必ず失敗する西鉄・JR・三井化学との3線並走区間での並びにも再チャレンジ。

しかし結果は今回も見事玉砕・・・機関車が来る直前にJRの電車が行ってしまい、西鉄は新栄町に停車中。
大幅にトリミングし、かろうじて西鉄電車とは並びましたが(涙)

直ぐに振り返り、後打ちでもう一カット撮影。

東芝40t電機の武骨さをイメージし、あえて広角で撮ってみました。

撮った後、大急ぎで自転車で後を追い仮屋川操車場へ向かいます。

今回もDE10と18号機の並びが撮れましたが、踏切周辺では道路の立体化(地下化)工事が前回よりも進んでおり
踏切からこんな光景が撮れるのも、どうやら後僅かとなってしまいそうですね。

つづく
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三井三池鉄道 三池港駅跡を訪ねて・・・

2010-12-21 00:39:39 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
11月の文化の日、大牟田市にて行われた近代化遺産の公開イベントですが、万田抗跡を見た後、
循環バスのルートに入っていない三川抗跡・三池港駅跡へと行ってみる事にしました。


無料循環バスの折り返し場所は三池港フェリー乗り場です。

この場所に訪れたのは初めてですが、想像していた石炭積み出し港というイメージとは異なり、
とても静かな波止場といった感じでした。

三池港フェリー乗り場から勘を頼りに歩いて行くと、突如空虚な空間が出現。

まさかこの場所が!!と一瞬思いましたが・・・・・

よくよく見てみると、唯一残された建物にどうも見覚えが??

初めは信じられませんでしたが、この場所が三池港駅跡だと確信しました。
あまりの変わりように、暫し茫然と立ち尽しますが、うっすらと13年前の記憶が蘇って来ます。

家に帰り古いアルバムを開いてみると、ほぼ同じ場所で撮影した写真が出て来ました。

踏切の奥に見える機関車横の建物は鉄道課の詰所で、当時の課長さんには大変お世話になりましたっけ・・
因みにこの18号機は三井化学専用線にて現在も現役にて活躍中です。

その後、辺りを見回してみて、鉄道時代の痕跡と判明出来たのは唯一この場所のみ

おそらく選炭場と思われる建物に入っていた古い煉瓦作りの高架線築堤跡です。

この写真左側に見えるのが、その高架線ですが、私が訪問した頃には既に使用されていませんでした。

次々と行き交う列車やベルトコンベアーの音で、喧騒としていたのが思い出されます。

現在は宮浦機関区で部品取り車として眠る20号機の雄姿

写真2枚目と同じ方角での撮影、閉山後こんなにも変わってしまうとは・・・・

三池港駅跡を見た後、当時の記憶を頼りに三井三池炭鉱三川抗正門があった場所まで行ってみると

何と、当時とほぼ変わらぬ姿のまま残っておりました。

しかし門の隙間から覗いてみると、残されているのは正門周辺の建物だけの様子で

直ぐ先には建設機械らしき物が置かれ、跡地の再開発が迫っているような雰囲気でした。

現役時代をチョッピリ知るものとして、あまりに寂しい三池港駅再訪とはなりましたが、
何時の日か、保管中の”あの機関車達”がこの場所に帰ってくる時が来るのを信じて止みません。
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三井三池炭鉱 万田抗跡

2010-11-16 23:39:39 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
宮原抗を見学した後は、無料循環バスに乗りこの日に限り無料公開されている万田抗へと向かいます。

万田坑は宮原坑より南に1.5Kmほど離れた場所に有り、かつて国内最大の竪坑で県境を越えた熊本県荒尾市に位置しました。
閉山した現在では国史跡に指定され、普段は有料にて公開が行われております。

まず入口に位置する、万田抗ステーション

椅子に座っているのは、地元荒尾のミュージシャン・原えいじさん、この炭鉱を描いた歌の生ライブが行われておりました。

建物内部はお土産物屋さんと資料室になっていて

かつての万田抗周辺を再現した、精巧な模型も展示中です。きっと手前は三池港本線だったのでしょう?

そして万田抗全景です。

宮原抗より規模が大きく、堂々とした印象を受けました。

構内に入るとまずトロッコのレールに目が行きます。

右に分岐したクラの中には、きっと趣ある動車が残されている!!と思ったのですが、残念ながらカラでした。

続いて普段は非公開の竪坑櫓跡へ向かいます。

蔦の絡まった赤煉瓦の建物が歴史を感じさせますね。

途中で見かけた非公開区域へと向かう通路、消火器や冷水機が生々しく残ります。

残念ながら、この場所へは完全に立ち入り禁止です。

ポツンと取り残された炭車が寂しげな抗口

早速、煉瓦作りのポータルを抜け中に入ってみます。

かつての詰所跡

ここでは厳しい手荷物検査が行われ、入坑する人は炭塵爆発の原因ともなる火気類の持ち込みを、
出抗する人には発破に使用されたダイナマイト等の持ち出しを厳しく検査していたとの事でした。

抗内に残る鉄格子が何とも不気味です・・・

因みにこの抗内に降りたのは人だけでは無く、炭車牽引用の動車が発達する前は馬が使用され、
ポニーのような小型馬が高温で過酷な環境の中を1日中酷使され、僅か2~3年で死んでいったそうです・・合掌

解説スタッフの方から、様々な炭鉱でのお話を伺った後

抗内から外を見ると、不思議と空がより一層美しく見えました。
原えいじさんの歌っていた、先ほどのあの歌が頭をよぎります。

抗道入口の後は、普段非公開の捲揚機室へ。

”きけん””高圧”の看板が歴史を感じさせますね。

頭をぶつけないよう注意しながら階段を登って行くと捲揚機の大きな歯車が

お話を伺うと、何と!!今現在でも稼働状態にあるとの事でした。

その後、構内にバテロコやマイニングロコの残骸が無いか溝内を探したのですが

残念ながら錆びついたグランビー抗車をみかけたのみ・・・

炭鉱から縦横無尽に伸びたトロッコのレール

きっとこの線路を上を、石炭を乗せたトロッコが縦横無尽に走っていたのでしょうね!!
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三井三池炭鉱 宮原抗跡

2010-11-11 20:01:18 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
文化の日に開催された”大牟田市 秋の近代化遺産一斉公開”では三池鉄道の機関車達の他にも、
市内に多数点在する炭抗跡や近代化建築等も特別公開されました。

三井化学の工場内にて三池鉄道の保存車両をゆっくりと撮影した後

無料の巡回バスに乗り向かった先は


三井三池炭鉱宮原抗跡です。実はこの場所、1997年にも訪問した事がありました。

この当時、宮原抗は廃坑となっていましたが、まだ三川抗と有明抗は操業しており
列車の運行こそ無かったものの、宮原抗の前には三池鉄道のレールが健在でした。

久しぶりの再訪となった宮原抗跡

当時と殆ど変わっておりませんが、国の重要文化財に指定されたとか!!

目の前を通っていた三池鉄道のレールは剥がされ

生活道路になってしまっております。

美しく整備された竪坑櫓跡、とても明治時代に建設された物とは思えません

これで地中深くへ物や人を運んでいたのでしょう

竪坑櫓跡の周辺には未だトロッコのレールが残ります。

レールの上にはポツンと平トロが1両置かれたまま

非公開の捲揚機室も公開されていたので、入ってみると。

操業当時の機器が未だに残されておりました。

捲揚機の大きな歯車にもオイルがしみ込んだまま

当時は轟音をあげ、慌ただしく動いていたのでしょう

トロッコのレールは捲揚機室前まで続き

ズリ捨て場だったと思われる、隣の敷地へと続きます。

捲揚機室の前では、スタッフによる解説が行われておりますが

案内の掲出に使われているのは、何とグランビー鉱車

資材置き場らしき所にも、グランビー鉱車が保管中でした。

竪坑櫓の昇降機が小さい影響か、この炭鉱の鉱車は他より小さいですね。

この場所へ向かう途中バスの車内よりレールが見えたので、少し戻って寄ってみました。

廃線から13年、未だ三池鉄道のレールが残っているとは驚きです。
一度で良いからこの周辺を走る列車を撮影してみたかった・・・・
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三井三池鉄道 機関車公開!!その2

2010-11-09 23:59:50 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
大牟田市が所有する三池鉄道の保管車両達は4両、どれも明治から昭和初期に製造された貴重な車両達ばかりです。

まず最初に目に付いたのは昭和12年製造の東芝製45tの17号機

戦中から戦後に同型機が多数製造され、かつて日本全国の私鉄に在籍した東芝の40t凸形電機ですが、
三池に在籍した3両は希少な最初期製造のグループで全体的にスリムなのが印象的でした。

17号機の車内は正に極上の保管状態。マスコンやブレーキハンドルも輝いており、直ぐにでも動き出しそうです。

かつて6両が在籍した45t機は戦前製の17・18・19の3両と、戦後製の20・21・22の3両に分かれておりました。
戦前製の3両は、保存されたこの17号機をはじめ、現在も現役にて活躍中の18・19号機を含め全車健在なのに対し、
皮肉にも戦後生まれの3両は閉山と共に全車廃車となってしまい、部品取り車として残る20号機以外現存しません

続いて明治44年製造のシーメンス製22t1号機、

私が初めてに三井三池鉄道に訪問した1994年当時はまだ現役でした。
日本の鉄道黎明期に遥々ドイツからやって来た貴重な舶来車両です。

1号機の車内、こちらも状態は良好ですね。

昭和59年の従業員輸送列車廃止までは、客車列車の牽引機として活躍していたとの事でした。

その隣には明治41年製造のGE製15t5号機、通称"ガメ"(福岡弁でカメの事です)

この"ガメ"と1号機は、永らく三池港駅の踏切脇に展示されており、当時お世話になった鉄道課の課長さんのお話によると、
15t機で唯一走行可能な状態との事でしたが、残念ながら走る姿を見る事は出来ませんでした。

有りえないくらい狭い、”ガメ”のキャブ内。

恐ろしい事に、この車両には扉が無く、乗務員は窓から出入りしていたとか!!

最後に大正4年製造の三菱造船製22t5号機(1号機のコピー機)です。

僅か数年の間に、輸入機を元に同じ物を作り上げてしまう当時の日本の技術力には脱帽ですね。
そして誕生から90年以上経った現在、同世代の9号機11号機は今も現役にて活躍中。

5号機の車内。1号機とほぼ同じレイアウトとなっております。

この大きなマスコンもシーメンスからコピーした物なのでしょうか?
それとも1号機が後年、国産のマスコンに交換されたのかもしれませんね??

車内に残るスローガン

アナログなスイッチ類も今となっては希少です。

キャブ内には経済産業省から贈られた近代化産業遺産の認定プレートも掲出されておりました。

この当時の経済産業大臣は甘利明氏、そういえばこの人、今年は自演転倒事件に巻き込まれ酷い目に遭いましたね・・・

保管されているテントの先にもレールは続いていますが、残念ながら立ち入り禁止となっております。

閉山直前の1997年に撮影して以来、本当に久しぶりの再会でしたが、どの車両も美しい状態を保っており安心しました。
しいて欲を言えば三池港辺りの廃線跡を整備した上で、歴史的にも貴重なこの機関車達を利用し、門司港のようなトロッコ列車でも運転するなど、何らかの活用方法を模索して頂きたいところです。

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三井三池鉄道 機関車公開!!

2010-11-07 17:18:19 | 大牟田 三井化学専用線(三井三池鉄道)
毎年文化の日に合わせ、福岡県大牟田市では炭鉱跡をはじめとした普段は非公開の近代化遺産の公開が行われております。
この公開でいつも気になっていたのが、大牟田市教育委員会にて保管されている三井三池鉄道で活躍した機関車達。

普段は工場敷地内にて厳重に保管されていて、一般公開されるのは年に1度のこのイベントのみとの事で、
いつかは行ってみたいと思っていたところ、今年はちょうど休日と公開日が重なりましたので思い切って行ってみました。

西鉄2000系を撮りに行った先月に続き、羽田発6時20分のANA981便で福岡へ。

福岡空港到着後は地下鉄で天神まで出て

西鉄電車で大牟田へと向かいます。

前回は平日だったので一般車の5000系が特急でしたが

今回はクロスシートの8000系の特急でした。

大牟田駅に到着すると駅前がいつも以上に賑やかで

駅前の特設ブースでは近代化遺産巡りのパンフレットを配布中です。

まずは最大の目的である炭鉱電車を見に行くため
この日のみ運行される無料巡回バスを待とうとすると

既にバス乗り場は長蛇の列・・・・・・

やがて、何とか乗れたものの車内は満員でした。

大混雑の車内ですが、バスが最初に立ち寄る「炭鉱電車」の経緯についてスタッフが案内を行います。

駅から10数分後、バスが到着したのは三井化学系の工場構内。

立ち入り禁止!!撮影禁止!!の看板が掲げられた構内で、恐る恐るバスを降りると、スタッフの誘導で移動開始。

途中、道路沿いにはこんな光景が・・・・

宮浦操車場の終端部と、その前には最近設置された海上コンテナステーションが見えます。
ということは、ここはかつての本線だったのですね

順路を進んで行くと、工場敷地内の何やら怪しげな場所に出ました。

この道を更に進むと、三井化学系の工場敷地へと続いて行きます。

受付のテントで来意を告げ、坂を降りると

いきなり5台の機関車達がお出迎え♪

次回は保存車両達の詳細をご紹介致します!!
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