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「”取り”はHiたかお」
いったん騒然とした場内は、一拍あけて言葉を継ぐ「FA637」に集中した。
「この”希崎”という人物が、”発病した”と言っている年月日なのですが、何か記憶にありませんか?そう、この協議会の開催直前に”おがたの尻”から出てきた「ファイル」の中にもこの”1990年代”があり、気になる記述があるんです。 では、もう一度、”あのファイル”をご覧ください。」
月の者256N 不定期・発信
1900・06・22 初起動 確認
1919・03・01 返還拒否 確認
1920・12・07 生き物バージョン5220076mbpより離脱 確認
1920・12・08 再度 返還拒否 確認
1940・05・21 誤作動頻発 進化の可能性 確認
1951・01・20 生き物バージョン0008099mbpより離脱 データ解凍に失敗 確認
1953・04・? 誤作動 確認
1962・10・06 全てのバージョンから離脱 未確認
1966・?・? 動きアリ 未確認
1990・?・? 動きアリ 未確認
199?・?・? 他生命とのリンクの可能性 検知 未確認
2004・?・? 「おがた」への発信 確認
「赤線の部分です。 月の者は”与一発足”の百年以上前の1900年に初起動を起こし、いく度も”返還”を拒み、その後も”誤作動”を繰り返しながら進化し続けた、そして199?年に”他生命とリンク”した。 この「他生命」とは「人間」ではないでしょうか? わたくしの憶測ですが、「リンク」された”人間”が希崎であって、それを希崎は”病気が発病した”と認識し、診察を受けた。 その「リンク」によって何んらかの症状があったのかも知れません。 医師がどう診断したのかはわかりませんが、「致死に及ぶ病」であると診断し、年月日も切って希崎に告げた。 そして、どの様なとらえ方なのかも全く分からないのですが、”告白”の中にあった”同義的に許す事のできない犯罪”を犯し、滅びる事を切望している。 これは、あくまでわたくしの飛躍した憶測かも知れませんが・・・。 しかし、 「返還」などという単語が普通に出て来るはずはないですし、ましてや「月の者256N」という名称に至っては・・・。
今の所、この希崎からの出し抜けのメッセージに対しての返答はまだ何もしていません。 ただ、メッセージの中の”同義的に許す事ができない犯罪”というのが何を指すのかは分かりませんが、”今年”と期日を限定しているからには、わたくしたちの対応もあまり悠長な事は言っていられないと思うのです。 皆さんの意見をお聞かせ下さい。 わたくしからの報告は以上でございます」。
場内は静まりかえった。 誰もがこの報告に対してどう対処したら良いものか、困惑し、思案していたのだ。 静まりかえった場内に、帰って間なしに眠ってしまった「一の妄」と「ケリー・糸3番」の”いびき”が小さく聞こえている。 「希崎」という人物の出し抜けの「告白」に対しての「FA637」の”飛躍した憶測”は、それを聞いていた全ての生き物たちにとって”飛躍している”ようには思えなかった。 ”飛躍”どころか、おおむね”その線”で正解ではないか? 皆、「よも清さん」の返答を待った。 しばらくの沈黙ののち、全ての生き物たちと同じく、長い首を折り曲げて深く思案していた「よも清さん」が、顔をあげた。
(よも清さん) 「・・・・・・・・見つけましたね。 この人物は恐らく”月の者”です。 ただ・・・その確証が何もない。 「希崎」という人物に「月の者」が”憑りついている”様な状態なのか、それとも「月の者」そのものなのか?・・・・。 いずれにせよ、まずはしっかりとした情報を集める事です。 その上でないと正しい判断はできませんし、もし私たちが判断を誤ってしまえば多くの人々が被害を被る事になってしまいかねません。 すでに「告白」の中でも、強く「犯罪を志向している事」をみずから述べています。 それに、この「告白」という”かたち”を取っての文書も、単純に”急に告白をしてきた”ととらえて良いものなのかどうなのか?・・。 自分自身の態度をハッキリと示しておいて、その上でこちらの”出方”を見ている様にも思えます。 いずれにせよ、不明な点が多すぎます。 ただ、「サソリ」や「カマクイ」たちとは「犯罪を思考している」という点では似ているようですが、少し違う次元で物事を思考する人物であるという事が、この文書から伺えます。
私たちの「大調査」において大切な事、それは、「調査の範囲」をどんどん”限定”し、狭めて行く事です。 もし違っていれば、「はじまり」にもどればいいのです。 この人物を「月の者と限定」し、今後の「大調査」を進めましょう。 「FA637」一名だけでは危険が多すぎます。 もしもの時を考え、誰か”相方”を連れて行って下さい。 そして、その人物に対しての返答は
”はじめまして。 私たちはあなたを「止める者」であり、あなたの「末裔(まつえい)」です。
今後ともよろしくお願い致します。”
としておきましょう。 送信名は ”与一” でいいでしょう」。
(FA637) 「わかりました。 では相方については熟慮の後にお伝えいたします」。
全ての生き物が緊迫していた。 しかし、今すぐに何かができる訳ではない。 どこまでも続いて行きそうなこの「協議会」の、ちょうど良い切り上げ時だと思った司会・生き物が、「協議会」の閉会の言葉をのべようとした時、会場の外側に位置する所から、慌てた口調の大阪弁が響いた。 「まいどまいどまいど~!!まだやってんですかぁ??お~疲れぇ~~ッス!!もう、終わってる思てましたがなぁ~!!!」。 「Hiたかお」が帰って来たのだった。 会場のあちこちから「たかおくんだ!!」というどよめきが起こった。 いつもなら「Hiたかお」は皆に愛想をふりまいて一つ二つは”おもろい事”を言っては盛り上げるのだが、勢いはいつもと変わらないのに、何か様子が違っていた。 居並ぶ生き物たちの中央突破をする様に、真っ先に「よも清さん」の前に進み出て、こう言った。
(Hiたかお)「よよよよよ、よも清さん!!!」。 (よも清さん) 「ああ!!たかおくん!!!お疲れ様でした!!本当にお疲れ様でした!!」。 (Hiたかお) 「よも清さん!!”そら”についての新しい報告なんですが・・・」。そこまで言って、なぜか急に言葉に詰まってしまった。 (よも清さん) 「??そらくんの新しい報告ですか?」。 (Hiたかお) 「はい、斎元さんへのメールがあまりに”ひつこくて”・・・で、やっと寝てくれたと思ったら・・・・」。 (よも清さん) 「思ったら??・・・」。 (Hiたかお) 「・・・思ったら・・・ですね・・・」。 と言うなり、「Hiたかお」は又言葉に詰まってしまい、その”鳥”を思わせる丸い瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。 (よも清さん) 「思ったら・・・たかおくん、どうしたのですか?何か起こったのですか?!」。 「よも清さん」だけではなく、そのやり取りを聞いていた全ての生き物たちが身構えるふうだった。 ”私たちのそらくん”に何があったのか??もし、何かあったら、どのような対応も厭わない・・・そんな思いで、皆が身構えていた。 (よも清さん) 「どうしたのですか?もしかして、神経的な新しい症状が・・・・・」。 (Hiたかお) 「いえ・・・ちがいます・・・。 泣いてるんです・・・」。 (よも清さん) 「んん??泣いてる?」。 (Hiたかお) 「はい。 眠ってからしばらくして・・嬉しそうな寝顔で、で・・・泣いてるんですよ・・」。 感きわまった「Hiたかお」の感涙は、”感きわまりすぎて”、「Hiたかお」の報告を困難にする程の勢いで、とめどない。
(Hiたかお) 「嬉しかったんですよ!きっと!・・・。斎元さんと手をつないだ事、それからメールのやり取りができるようになった事、親しくなれた事・・・・。よっぽど嬉しかったんですよ!!呼吸は完全に睡眠の状態でしたから、熟睡していました。 あんな・・・あんなに嬉しそうな笑顔で眠るそらは初めてなんです!!ボクはもう・・・あの子の気持ちを考えると、嬉しくて、嬉しくて・・・もう・・・もう・・・」。そこまで話して、ついに”オイオイ”泣き崩れる「Hiたかお」のオーバーな報告に、同感の涙を浮かべる生き物たちもいれば、笑いながらも賛同の拍手を送る生き物たちもいた。 場内は急にあたたかい空気が流れた。 (よも清さん) 「たかおくん!!それは、最高じゃないですか!!この協議会の最後を飾る、とても素敵な、そして何より素晴らしい報告でした!本当にご苦労さまでした!!たかおくん、あなたの真心からの”奉公”が実を結んだのです!!この任務をあなたにお願いして、まさに大正解でした!!たかおくん!あなたでないとできない、とても素晴らしいお仕事です!!皆さん、そう思いませんか?!!」。
満場の大拍手と喝采が爆発した。 しばらく続く全ての生き物たちの「大はしゃぎ」が収まるのを待って、司会・生き物の閉会の挨拶が響いた。
「それでは皆さん!、本当に長時間の協議、本当にお疲れ様でした!”希崎”について、そして”サソリとカマクイ”について、その他にも様々な新しい課題も多々出てきてまいりましたが、「協議会」としては、以上をもちまして閉会とさせて頂きます!!本当にお疲れ様でした!!!」。
波乱に満ちたこの「協議会」は、更なる波乱を約束するように終わった。 「協議」の中で、「分解えら子」や「メジ式」の新たな人事も行われたが、「Hiたかお」についても「24時間態勢で「そら」のもとに常駐」と、シフト変更がなされた。 もとよりこれは「Hiたかお」自身が望んでいた事でもあり、「そら」の今後を考慮しての事でもある。 「大調査」そのものも24時間態勢となり、城東区内全域と京阪沿線の各定点に散在していた全ての生き物たちについても、その全てが「希崎」のいる「やさしさ倉庫」の所在地でもある「鴫野町と、野江付近」にさらに範囲を限定し、進める事となったのである。
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