11人の侍

「生きている間に日本がワールドカップを掲げる瞬間をみたい」ひとたちの為のブログ

ケニー・ミラーの咆哮

2008年09月09日 21時33分42秒 | サッカー
欧州各地の試合中継を見慣れた現代のサッカー好きからすると、スコットランドのダービーマッチお世辞にもハイレベルとは言い難い。しかしいつも試合が終わるたびに、満足に2時間を費やした気分になるのはどういうわけだろう?
アナログ回線を介してなお極東の地に届くほどのスコットランド人の圧倒的な情熱と、ひとり別世界にいるように優雅な中村俊輔の存在があるからに違いない。

スコットランド王者セルティック・グラスゴーの主役は今シーズンも中村俊輔。
8月31日に行われたグラスゴー・レンジャーズとの大一番でスコットランド現地の実況担当が繰り返し名前を挙げていたことが何よりの証明だ。
この日、2対4と完膚なきまでに叩きのめされたセルティックだけど、中村の出来は悪くなかった。
長髪を振り乱しながらプレイする細身の25番は、チームの指揮者でありながら、ひと時たりとも同じ場所に留まることはない。自慢のテクニックを披露するために、つねに空いているスペースを求めて動き回る。

マンチェスター・ユナイテッドのパク・チソンにしても同様だけど、豊富な運動量は今後、東アジアの選手が欧州で成功を収めるうえで最も重要な資質になるはずだ。東アジアの選手は少なくとも欧米やアフリカの選手より長い距離を走る体力がなければならない。
そして中村の場合、マークを振り切り足元にボールを収めさえすれば、スコットランドの各チームを震え上がらせる破壊的プレイヤーに変貌する。

今シーズンもセルティックは右に中村、左にドリブラーのエイデン・マグギーディーというタイプの異なる両翼を中心としたボールポゼッションを大切にするチームで、そのスタイルはデイヴィッド・ベッカムとライアン・ギグスを擁した10年昔のマンチェスター・ユナイテッドを髣髴とさせる。
一方のレンジャーズはさらに古典的な英国スタイルを踏襲し、センターフォーワードのダニエル・クザン目掛けてロングボールを蹴り込むことでスコットランド王者に対抗した。

クザンは185センチ85キロの巨漢のうえ空中で肘を振り回すものだから、度が過ぎて退場になってしまうまでの75分間で、徹底的にセルティック守備陣を痛めつけた。アフリカ大陸ガボン出身のセンターフォーワードは37分に、ディディエ・ドログバと見間違うようなパワフルなドリブルからたったひとりで先制点を強奪している。

そのクザンはレッドカードによる次節の出場停止を気にする必要がない。
移籍市場が閉まる直前に、プレミアリーグのハル・シティーが3年の契約で迎え入れることを決めたからだ。
セルティック守備陣はほっと胸を撫で下ろしたに違いない。

一方、この試合で2得点を挙げたケニー・ミラーは昨シーズンをプレミアリーグのダービー・カウンティーのレギュラー・フォーワードとして過ごし、チームの降格に伴いスコットランドに戻ってきた選手だ。
ダービーに移る前はセルティックで、オランダ代表ヤン・フェネホールオブ・ヘッセリンクとエースの座を争った。この争いで分が悪かったミラーは、帰郷に際してセルティックではなくレンジャーズの方を選んだ。

ミラーは体格にもスピードにも恵まれているわけではなく、世界最高峰のプレミアリーグで1シーズンをレギュラーとして過ごせたのが不思議なくらいに思える。しかし英国選手らしく闘争心が旺盛で、心身ともに我慢強く、卓越したシュートスキルと獲物を狙う鋭い目を持ちあわせている。
日本にこんなストライカーが増えてくれれば、と思わせてくれる選手だ。

後半7分、左サイドからクロスボールが送られてきたとき、ミラーの目はほんの一瞬、しかしはっきりとゴールの左隅を捕らえた。そしてクロスボールに目を戻すと、彼はボールを蹴るというよりはむしろ、“どんっ”と右足を合わせてみせた。
するとボールは三遊間を抜けるかのようにゴールキーパーの手とゴールポストの僅かな間を通過して、豪快にネットへ突き刺さった。
有能なストライカーを見分けるのには1秒もかからない。ストライカーは全能である必要はないし、勤勉である必要もない。
ミラーはこのたったひとつのプレイだけで、ストライカーとしての質を証明してみせた。

確固たる地位を築くことができなかった古巣に復讐を果たしたミラーは、狂ったような雄たけびで喜びを露わにした。
そんなミラーをテレビカメラは超アップで捕らえる。1994年のアメリカワールドカップ、ギリシャとの試合でゴールを挙げた後にみせたディエゴ・マラドーナの咆哮を思い起こさせた。

圧倒的な情熱。ただしミラーの身体からアンフェタミンは検出されない。
スコットランドリーグが面白いのも無理はない。