Sakura De Prog!

プログレ(伊)などの日本未公開記事のインタビュー, オフィシャル情報をご紹介します。無断転載・複製を禁止します。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

新譜 パオロ・シアーニfeat.ヌオヴァ・イデア Paolo Siani feat.Nuova Idea

2016-05-12 | プログレッシブ・ロック

Paolo Siani feat. Nuova Idea - 'Faces with no traces'

2016年5月27日に新譜'Faces with no traces'を発表するパオロ・シアーニfeat.ヌオヴァ・イデア。今回も前作同様にパオロ・シアーニを中心にニュー・トロルズ関連の(現MITO New Trolls)のウザイ、ベッローニ、そしてワンダーワールド及びソロで活躍するロベルト・ティランティ、ガリバルディのゾッケンドゥなど豪華な「フレンズ」と大ベテランでヌオヴァ・イデアきっての知性派らしい重厚な作品となっています。流石に70年代プログレではなく、シアーニ自身が「これが現在の自分としての解釈したプログレ」の曲はケルト風味あり、民族楽器の導入あり、そしてカヴァーながらも、ロベルト・ティランティのヴォーカルがおそらくここ数年では最高と思われるQuartermassのカヴァーPost War Saturday Echoは必聴です。

<5月27日Black Widow Recordsから発売>

パオロ・シアーニ(Paolo Siani ft. Nuova Idea) ヌオーヴァ・イデアの発売予定の新譜Faces without tracesからプロモ’Eriu(エウル―)’。ケルトを強く意識したインスト曲。前半はオーケストラル、後半はアイリッシュダンスとヌオヴァ・イデアきっての知性派シアーニが旧友ら(ニュートロルズ関連メンバー)そして最旬のヴォーカル、ベースプレイヤーのロベルト・ティランティと制作。現在、過去、未来と自らの半生記的なThree Things。

ドラマーのみならず、プロデューサーとしても経験豊富なシアーニが最近の自己ミキシング指南書について、言及したエッセイとともに、新譜から初のプロモ'Eriu'(エウル―)を紹介します。この曲はマルコ・ゾッケドゥ(ガリバルディ、グリーメン)がアコーデイオンを担当。

PAOLO SIANI ft. NUOVA IDEA - Three Things

MAT2020(c)

パオロ・シアーニ 「ミキシング:テクニックかハートか?」

 最近ミキシングに関して多くのマニュアル類、ウェブ講座、ビデオ、高価な本を見かけます。

プラグ・インのうまい手法で音を劇的に良く響かせるとか、ミキシングをプロ級に格上げできるようなコツや秘伝が多く掲載されています。一歩も部屋から出ないで、自慢の機器で作業できるわけですから。こういった講座や講師に少し興味を抱いたのです。

初心者にとっては、オーヴァーロードなど明らかなミスを避けるヒントになるでしょう。しかし、私のことをよく知らない人でもミキシングが出来てしまうことにはぞっと鳥肌が立ちました。

これが、現在どの曲も同じように聞こえてしまうという結果となって現れているのではないでしょうか。私はこれまでの経験から機材の水準が高いスタジオでプロのエンジニアと意思疎通をしないとだめだと思っています。しかし、初対面のエンジニアとも仕事をしなければならないことももはや避けられない時代です。短時間で自分の音を追求しなければならないのです。機材に投資するほど、ミュージシャンが心で想像する音に近づくことは間違いないでしょう。

ミキシングというのは未知と永遠に存在するもののバランスです。これは個人的な経験による結論です。創造性は常にテクニックを凌駕しないとなりません。しかし現在ではこの2者が逆になっています。いい具合でこのバランスが崩壊するのはミキシングの過程で技術的に完璧を追求するよりはるかに重要です。ミュージシャンはそれまで自分が取り組んできた曲の「仕様」を放棄してはなりません。むしろエンジニアと共に自分の心に描いていた音を追求しないとだめなのです。ミュージシャンが最初に描いていたオリジナリティの追求にはもちろん最低限の技術が必要ですが、ベテランのミュージシャンが選択した音を左右するようではだめです。音のコンプレッションは基本的に技術面では好ましいことではないのです。

まとめると、テクニックというのは手段であって創造性を持ったミュージシャンの持ち味から離れた音にしてはいけないということです。

 05/05/2016 Paolo Siani (パオロ・シアーニ)

 


この記事をはてなブックマークに追加

Gianluca Ferro Interview ジャンルカ・フェロ インタビュー<Accordo it.>

2016-05-03 | プログレッシブ・ロック

ジャンルカ・フェロ、日本ツアー出発前のインタビュー


http://www.accordo.it/article/viewPub/86564 (all rights reserved) 

 

我らがジャンルカ・フェロが日本でコンサート・ツアーを行います。私たちの指導者でもあるジャンルカ。いつもチャレンジングなテクニックに挑むジャンルカですが、新譜では更なる高みを目指します。そんな日本ツアー直前のジャンルカに話しを聞きました。

 

Q: 日本へは二回目のツアーですね。今回はどのような趣向ですか。

G: 今回は10日間のツアーで東京、大阪、名古屋と回る予定です。(訳注:予定は変更になりました。)素晴らしいミュージシャンと共演します。Isao Fujita (g), Kiyoshi (b)- マーティ・フリードマンのベースプレイヤー、矢吹卓、大変な才能と人気のあるキーボードプレイヤーです。ドラマーはニック・ピアースの予定でしたが、健康上の都合によりBabymetalの神バンドの前田遊野が担当します。今回は自分の曲とIsaoの曲、そしてニックとのプロジェクトの曲Breath Of Nibiruを演奏予定です。

 

Q: 全部複雑でとても難易度が高い曲ばかりですね。

G: 今回は全部を事前に準備するのが本当に難しい曲ばかりです。日本ではプログレバンドでメンバーの変更はよくあることと聞いています。日本のミュージシャンのレベルは平均的には高いと思います。細かい部分まで譜面で送ってくれるのです。距離はありますが、遠隔でお互い一か月練習します。演奏の密度を最高潮にするために、プログラミングした部分で演奏します。あとはどうか本番でうまくいきますように!と祈るのみです。

 Q: 最難関の箇所とかありますか。

G:もちろん、ヴィデオではいちばん大変だった難所を三か所弾いています。スコアもつけました。

このリフでの難所は絶え間なく変拍子がある部分です。最初の部分は4/4と3/4, 15/16, 9/8 ..を重ねています。しかも最速でオルタネイトピッキングで16連打しています。

 Q:新譜の状況はいかがですか。

G:全曲ほぼラフに完成しています。ドラムは8割レコーディングが終わっています。日本から戻ったら、6月末を目指して完成させるつもりです。

 

Q:もうレーベルは決まっていますか。

G:今回はレーベルなしで制作するので、クラウドファンディング・キャンペーンを立ち上げました。(Musicraiser)キャンペーンに参加した方にはご協力の度合に応じて特典があります。もしよろしければ、こちらからご参加いただけますと嬉しいです。

https://www.musicraiser.com/projects/5531

 

Q:これまでユニークなドラマーと共演していますね。

G:変わったドラマー、ユニークなドラマーだね!なぜドラマーにこだわるかっていうと、僕はリズムとスタイルのニュアンスを曲に応じてこだわりたいんです。アルバムのダイナミクスに応じて多様なスタイルを採用したいのです。

新譜ではより多様なリズム、変拍子にチャレンジしています。まずガイドラインを作って、あとは遊びの幅を与えてフュージョン、ロック、メタルを超えたおもしろいリズムを出したいと思いました。今のところいい感じに仕上がっています。

 

Q:今回参加したドラマーは誰ですか。

G: 今回はスタードラマーばかりです。エリック・トゥリッシオ、ニック・ピアースはテクニカル・プログレッシブ・メタルの部分を担当しました。同じく、マルコ・マッジョーレ、彼は南アフリカで非常に人気のあるフュージョン・ドラマーです。そして、ロブ・ヤクーリ、まだ若いのですが、テクニック、人柄、音楽すべてが素晴らしいです。来年彼と北米ツアーをする予定です。エウジェニオ・ヴェンティミーリァ、セバスティアン・ペルジーニも参加しています。

 

Q:日本での使用機材は何でしょうか。

G:Blackstar, HT Metal 100 plus two boxes of one X12 the HTV-112

ESP Custom HRF NT8 Silver Sparkle, pedals Chrono delay and Anadime of Providence and a mini-houses with A Noise Gate-Rocktron Hush and a Digitech GSP1101

 

では5月4日に初台The Doorsでのライブ、よろしければお越しください!

 

(要訳 Yoshiko PK)


この記事をはてなブックマークに追加

Z-Fest Update ズッファンティの近況とZ-Fest概要、ホストソナーテン新譜

2016-03-21 | Fabio Zuffanti

毎年の恒例行事と化したZ-Festこと「ズッファンティ祭り」。マジンガーZも登場するのでは?と噂されるフェス、多彩な活動、そして待望のホストソナーテン新譜についてHameling Progがインタビューしました。

2016年4月1日 Z-fest に賭けるファビオ・ズッファンティ

 インタビュアー:Hamelin Prog © All rights reserved

 4月1日に恒例となった「ズッファンティ祭り」(Z fest)の出演者およびプログラムの全容が明らかになりました。主催者のファビオ・ズッファンティに詳細を聞いてみました。

 

HP:まずZ festについてお聞きします。昨年このイベントは音楽活動20周年記念として行いましたね。毎年の恒例行事にしたのですか。

F.Z .: 昨年は確かに記念行事だったね。僕の音楽を情熱をこめて演奏してくれる人たちでステージがあふれたよ。もうあれ以上の感動はなかったな。で、またやりたいな、と思ったんだ。でも、毎年僕の音楽生活を祝うのはばからしいので、いろいろなジャンルのミュージシャンが集い、何か特別なライブにしたかった。演奏するのは僕の曲だけど、新しい解釈でいろいろなミュージシャンにお願いするんだ。

 HP: 今回も見事に実現に至ることになりましたが、そこまでの水面下での「調整」は大変だったのではないですか。

F.Z .: 昨年は僕のZバンドで長年の協力ミュージシャンらを招いたけれど、今年はもっと門戸開放して、多種多様なミュージシャンらを呼んでるよ。プログレだけでなく、僕の音楽を異なる視点から解釈し演奏してくれる人たち。プログレが単に一角獣やメロトロンの世界だけじゃないってことを披露できるよ。

他のジャンルからのいい意味での「混淆」を狙ってるんだ。プログレを360度解放してね。僕の曲をどのように解釈してくれるか楽しみだ。すごくいい刺激になるよ。出演予定はラ・クルヴァ・ディ・レスモでも歌ってもらった若い女性シンガーソングライターのベアトリーチェ・アントリーニ、声の探究者のボリス・サヴォルデッリ、ソングライターのアンドレア・ティック、ファビオ・チンティ。伝説のジャンボからアルヴァーロ・フェッラ、ピエルジョルジョ・パルドー。新進気鋭のザ・ウィンストンズからロベルト・デッレーラ、リノ・デ・ジット、そしてマスケラ・ディ・チェーラからはシンガーのアレッサンドロ・コルヴァーリャが出演するよ。

僕のイベントとはいえ、あまり「ズッファンティ色」を出しすぎたくないので、新進バンドも出てもらう。露出のチャンスを与えてあげたいんでね。今年はパラディゾ・デリ・オルキを選んだよ。僕がアルバムをプロデュースした。あと、ロ・ゾー・ベルリノ!というユニークなポスト・ロックでアレア、ザッパの路線を継承してるバンドだ。

最近ではいちばんおもしろいバンドかな。この2バンドの新譜はZ-Festで販売するよ。当日は僕がリッカルド・ストルティ氏と共著の本の記者会見も行うよ。写真展もあるんだ。シルヴィア・レッリとロベルト・マゾッティのデメトリオ・ストラートスとアレアの写真展だよ。

そして、伊PROG誌のプレゼンを発行人のグイド・ベッラキオーマ氏自ら行うよ。このイベントの協賛者でもあるし。数年に渡り温めてきたイベントを実現にこぎつけたのも、氏のおかげなので、感謝している。

 

HP: イベントではホストソナーテンの新譜"Symphony # 1: Cupid & Psyche"のプレミエ試聴会も予定していますね。このアルバムはホストソナーテンの新しいチャプターとなっているのでしょうか。

F.Z .: ホストソナーテンの新しい扉を開くアルバムと断言できる。過去の作品よりシンフォニックでオーケストラ満載だよ。ホストソナーテンの作品は常に描写的な音楽が特徴で、インスト中心のプログレ・シンフォニックで優美だ。自然な歩みで何か本当のクラシックを導入したかったのだけど、ロックの刺激的な部分とパワーはキープしたままにしたかった。パワフルなドラム、ベースとギターなどは残しておきたかった。まずアイデア段階からルカ・スケラーニを交えて、彼をホストソナーテンのフルタイム・メンバーとしてプロジェクトに参加してもらった。これまでホストソナーテンとは常に複数のミュージシャンの集合体で、その時の僕の要望に応えてもらう形式だった。今回は弦楽器、吹奏楽器をフルに導入してみたんだ。結果は素晴らしいものになったよ!ルカとは過去に協働したことがある。彼は素晴らしいクラシックの演奏家でもあるけれど、自分の音楽がオーケストラのパワーによってロックと融合したものを聞いたときはもう心臓が破裂するかと思ったよ。あまりに感動的だったよ!

今回お願いしたミュージシャンはオーケストラ、そしてパオロ・パオロ・ティキシ(元イル・テンピオ・デッレ・クレッシードレ)、ラウラ・マルサーノ(過去のホストソナーテン及びズッファンティのソロに参加)、ダニエレ・ソッロ(b)など。このアルバムに関しては、自分は今回はプレーヤーとして一歩引いてみようと思ったんだ。ベースペダルでさえ、僕は踏んでないよ。指揮と監督に徹してみようと考えたんだ。ルカは自分のキーボードに専念してもらった。(笑)アルバムのテーマは神話のクピドとプシケです。今秋同名のバレエ作品の音楽としても採用される。4月1日のイベントでは限定ボックスセットを販売するよ。

 

HP: 「クピドとプシケ」は前作「老水夫の歌 第一章」より4年経過しています。最も大きい違いは何でしょうか。「老水夫の歌 第二章」的な感じでしょうか。

F.Z .: 「老水夫の歌」シリーズも完結させる予定だ。おそらく次のアルバムになると思う。老水夫よりも先に「クピドとプシケ」を実現させたいと思ったんだ。もう長年の夢だよ。オーケストラとバンドを融合は。そして実現に至ったんだ。もうこれ以上待つことはないと判断したよ。

「老水夫」と「クピドとプシケ」の最大の違いは前者がコールリッジの詩をベースにしており、ギター、ベース、ドラム、キーボードという層を基盤にしているのに対し、後者は完璧インストルメンタルでオーケストラいり、ということだね。

ホストソナーテンにおいてインストルメンタルは親和性が高い。四季のアルバムを御聞きいただければおわかりかと思うよ。いつかは「老水夫」は完成させるので、もうしばらくご辛抱ください。

 

HP: 4月1日のZフェスですが、他にサプライズはありますか。

F.Z .: まだまだゲストがいるよ。あとは当日のお楽しみです。

 

HP: ズッファンティ活動の今年の第一歩は"PROG ROCK! 101 Records 1967 to 1980 "という著作をリッカルド・ストルティ氏と共著で出版しましたね。この共著に至る経緯と、収載されたアルバムの選出方法について教えてください。

F.Z .: まず多くの人が僕に好きなプログレのアルバムは何かと聞いてきた。それで自分の101選を1967年から1980年までのアルバムをセレクトし、コメントを書いてみた。2年前に着手した。半分書き終えてから出版各社に打診を行ったよ。各社ともプロジェクトの趣旨は気に入ってくれたけれど、「個人の情動に偏向しすぎている」との意見が出たんだ。音楽的な分析部分は少なく、歴史的、歌詞やコンセプトについて僕は多くを書いてみた。その時点でストルティ氏とはラジオ、テレビで意見を交換しており、僕が「情緒」的な部分を担当して、彼に専門的な分析と作業を分担することにした。彼に原稿を送り、音楽的分析など、肉付けをしてくれた。次に出版社にプレゼンをした時にはもう原稿は実質的には完成していた。出版社は新しい原稿を見て、すぐにゴーサインを出したよ。

 

HP: では、別プロジェクトの「ラ・クルヴァ・ディ・レスモ」についてお話しいただけますか。コシェンツァ・ディ・ゼーノのステファノ・アニーニとのプロジェクトですね。

F.Z .: このアルバムは僕のこれまでの作品の中でいちばんチャレンジングなプロジェクトだよ。僕はステファノを卓越したソングライター、作詞家として一目置いていた。これは彼と仕事をする絶好のチャンスと思ったよ。まず「La Posa dei la morti」を仕上げた。もうこの時点で僕はフルアルバムを作成しようと決心した。ステファノのアイデアを僕の作品に取り入れていった。本当にこの作品は誇らしく思う。イラストレーターのグイド・クレパックスの一員となれたことは誇らしいよ。ジャケトのシンボルのヴァレンティナはいわば、ケーキの上に載せるアイシングみたいなものだね。ステファノと僕は風変りな面もあるので、2人のコラボは予期せぬおもしろい結果をもたらしたことと思う。

 

HP:あなたの創造のパワーは衰えることはありませんね。では、近い将来、ファビオ・ズッファンティは何をしていることでしょうか。

F.Z .: 「4人目の犠牲者」に続くものをもう1年間準備している。このアルバムでは強力な何かを達成したと思っているので、次作ではよりステップアップしながらも、達成したものは維持したいと思ってるよ。今回はズッファンティ・バンドのキーボード奏者、ジョヴァンニ・パストリーノと曲を作っているよ。わくわくするような結果が出ているので、正しい方向に進んでいると感じている。2017年初めにはリリースしたいので、今年秋にはレコーディングしたいな。そのほかはまだ秘密のプロジェクトがあるよ。お楽しみに。

他バンドのプロデューサーとしての活動は継続しています。パラディゾ・デリ・オッキを今回は担当したよ。他はまもなく着手するプロジェクトがあるんだ。

 

HP: ありがとうございました。今後のご活躍を期待しています。

 

 

【Z-fest出演予定者】

 

ベアトリ-チェ・アントリーニ(ラ・クルヴァ・ディ・レスモ参加のシンガー)

ボリス・サヴォルデッリ

アンドレア・ティック

ファビオ・チンティ

アルヴァロ・フェッラ(ジャンボ)

ピエルジョルジョ・パルド(エゴキッド)

ロベルト・デッレ―ラ、リノ・ジット(ザ・ウィンストンズ)

アレッサンドロ・コルヴァーリァ(ラ・マスケラ・ディ・チェーラ)

ロ・ゾー・ディ・ベルリーノ

イヴァーナ・ガッティ

パトリツィオ・ファリゼッリ(アレア)

http://www.hamelinprog.com/intervista-a-fabio-zuffanti-z-fest-e-altre-novita/

要訳:Rockprogresso

タイムリーなイタリアプログレ情報はFacebookでRockprogressoをフォローしてください。

https://www.facebook.com/RockprogressoItalianprog/?ref=bookmarks

 

 

 


この記事をはてなブックマークに追加

Keith Emerson / Vittorio Nocenzi ~Vノチェンツィ、キースへの言葉

2016-03-15 | プログレッシブ・ロック

本記事の無断転載、再使用を禁止します。All rights reserved V. Nocenzi/Rockprogresso

ヴィットリオ・ノチェンツィ、キース・エマーソンへの言葉

悲しい知らせは昨日知りました。本当に信じられません。おそらくこの特別なアーティストを愛する他の多くの人もそうだと思います。

キースはとても親切な人でした。ロックスターであるにもかかわらず、いつも微笑みを浮かべていました。バンコのファーストアルバムをマンティコアからリリースする前にロンドンでレコーディングのために滞在した際にキースと交流することができて幸せでした。ELPがサウンドチェックに利用していた劇場で彼の白いヤマハのオルガンで連弾したことは忘れられない思い出です。

キースはまさに偉大なプレイヤーならではの気遣いで私を楽屋に案内して、くつろげるように気を使ってくれました。オルガンの前に2人並んでペダルを踏んだことは忘れられません。私たちの前には3台のヤマハのキーボードとミニ・キーパッドが設置してありました。オルガンを弾いていない方の手でソロが弾けるような配置でした。オルガンのペダルは別のシンセに接続してあるというクレイジーな楽器でした。私にとっては強烈で楽しいアイデアでした。キースの隣に座って演奏していた自分が信じられませんでした。ぐっと彼を身近な存在として感じることができました。それはこの上ない幸せでした。今でも当時の興奮はさめやらずです。70年代初めのことでしたから。私はロンドンに到着したばかりで、しかもファーストアルバムのレコーディングという日々の合間に、キース・エマーソンの隣で演奏できたという幸福ときたら、言葉では言い尽くすことができません。かなり長い時間一緒に演奏していました。それまでに共演したことも全くなかった2人でしたが、ミュージシャン同士の不思議な共感がありました。私の隣で演奏しているのはロックスターのキースです。数日後にはグレッグ・レイクと深夜にスタジオに現れたのです。私たちはそれまでの疲れも一瞬にして忘れてしまいました。キースはその時、ミキシングボードの上にローストビーフのお皿を置いて、こう言いました。「さあ!これからこれをミキシングするよ!」私たちをリラックスさせてくれたのです。その時、ELPを一層身近に感じたことはいうまでもありません。

私自身、人との距離の近さを実感するエピソードは特に人に語る必要はないと思っています。キースをアーティストとして語る多くのファンの方がいらっしゃると思います。私はキースとの昔の接点を踏まえて、このように彼を語りたいと思います。私はキースの演奏、その即興的なフレーズ、いつも斬新で楽器の枠を超える驚きの演奏をずっと尊敬してきました。巨匠としてのテクニックは彼の音楽には不可欠な要素であったと思います。音楽に造詣が深くないリスナーも、音楽を楽しめるような大胆さがありました。今では若いピアニストやキーボード奏者がキースの音楽を教材として勉強しています。しかしその深さと独創性を理解するには、何億光年もの距離があるのです。私がとりわけキースを身近に感じたのは、彼と同じクラシックの作曲家を敬愛していたからです。特にバルトークやコープランド作品への愛は特筆すべきものです。彼が去ってしまった今、余計悲しみを覚えます。

グレッグ・レイクとカール・パーマーとキースのご家族に心からのお悔やみを申し上げます。

私が愛する音楽の魔法、そして同じ音楽の魂を愛した血のつながった兄弟のようなアーティスト、キース、あなたを愛する人たちの前では永遠に演奏を続けてくれることでしょう。

ヴィットリオ・ノチェンツィ

2016年3月13日

 

和文要訳 Rockprogresso

https://www.facebook.com/vittorionocenzi/photos/a.10150367931445354.593515.356384295353/10156862092120354/?type=3&theater


この記事をはてなブックマークに追加

ローマのプログレのドン グイド・ベッラキオーマ インタビュー Guido Bellachioma Intervista

2016-03-13 | プログレッシブ・ロック

ローマのプログレのドン グイド・ベッラキオーマ インタビュー Guido Bellachioma Intervista

Psycan Prog © インタビュー 聞き手:Antonio Silvestri (All rights reserved)

和文要約:Rockprogresso

グイド・ベッラキオーマはおそらくイタリアのプログレ・エキスパートの最強の人物でしょう。レポーター、プロデューサー、ラジオ・ディレクター、PROGイタリア版の責任者と多くの顔を持つ人物です。ローマのプログレイベントの主宰者でもあり、若手バンドの支援にも大変熱心です。ラ・ファブリッカ・デラッソルートは「最高の逸材!」とべた褒めです。

 Antonio Silvestri (AS): プログレは当初から予期もできない方向に進化するのでは?と言われてきました。今日では何が本当に「プログレッシブ」なのでしょうか。昔のクラシック・プログレを模倣することか、未来を見据えていくことなのでしょうか。

 Guido Bellachioma (GS): これは正直言って答えるのが難しい。だってまず「プログレ」の定義が人それぞれでしょう。世界レベルでも違うし。今でも何がプログレかってわかってない。今君が言った、未来を見据えて音を複製していくってのは、パンク、メタル、クラシック、ジャズ、シンガーソングライティング、エレクトロなど全部に当てはまる。ポップやインディーズも。今では真に目新しくて実験的な音楽を探し出すのは難しい。でも、危険を冒してでも、新しい領域に踏み込んで探していかないとね。

ニルヴァーナはいいけど、ジェネシスはだめ!って言う風にもとれるね!音楽だけじゃないけど、音楽の自発性を重要視しなきゃだめなんだ。

プログレっていうのは、音楽の混血みたいな感じで誕生した。ジャンル間の濃い交わりで、おそらく音楽の中でここまで濃密にジャンルが混淆したものはこれまでにはなかったと思うよ。 今では多くのジャンルが派生してる。あらゆる音楽ジャンルにおいてね。

 AS: イタリアではプログレが人気で、関連の本も多く出版されています。深い分析本もありますが、これまでの出版物で認識が誤っていたものとかありますか。

GS: 今は実に多くの音楽本が出ている。でも、その中でまったく音楽をきちんと聞いていないものがある。ネットは発達しているし、音の供給過剰ともいえる。

音楽をダウンロードし、そのまま。ハードディスクに落としても、カヴァーもなし。聴かないでそのまま。供給は多いのに、聴かないという変な現象が生じている。

プログレの定義については何が正しいか間違っているかはもう決めるのは不可能だ。

プログレの「純粋さ」は決してアーリア民族のものだけではない。たまに純粋なプログレの定義にぴったりくるような音楽と出会うとふふっとほくそ笑んでしまう。プログレというのは、ロマンティックなシンフォニック・ロックだけではないのだよ。

70年代のプログレ・バンドはどの本にも尊敬の対象として描かれている。でも、そのあと数十年のバンドはプログレではないとされることが多いのはなぜ?と思う。

AS: PROG誌イタリア版はプログレ専門ですね。出版にこぎついたのはなぜでしょうか。

 GB:音楽だけどね。シンフォニックからジャズ・ロック、エレクトロニック、フォーク、プログレメタル、カンタベリー、サイケデリックなどね。精神を開放し、プログレッシブなアプローチをする音楽なら何でも扱うよ。音楽はボーダーレスだからね。60年末に生まれたいわゆるプログレはいまだに元気だし。メディアはもうプログレを放棄してしまっただけの話しだよ。ジャーナリストらがプログレへの投資をやめたからだけじゃないんだ。PROG誌イタリア版が生まれた拝啓には僕のように、音楽を存在意義のトップに置いてる人たちの情熱から生まれたんだ。

PROG誌イタリア版は特に読者層を開拓しなくても、購読者が見えていることが重要なんだ。だから、妥協して聞きやすい音楽を特集する必要がない。

編集で気をつけているのは、ありきたりのレビューはしないこと。いつもトピックを深堀すること。近日中にサイトでアルバム・レビューやライブ・レビューを載せることにしてる。しがらみなしでね。紙媒体の雑誌はおもしろい話しを載せなければという義務感はある。

PROG誌イタリア版の成功は自分でもびっくりなんだ。知的かつ率直に雑誌に協力してくれる人たちが実に多かったこと。記事の長さも注意して、登場するバンドも新旧取り合わせるように割合を考えてくれているんだ。PROG誌イタリア版は隔月刊だ。裏表紙も表表紙よりもぐっとアーティスティックに仕上げているんだ。

立ち上げ時は4人しかいなかったけれど、大変信頼を置ける人たちなんだ。イタリアの出版会はいつも砂上の楼閣みたいなものだけどね。うちの雑誌はネットを恐れない雑誌かな。逆にネットで広めてもらっている感じかな。

FacebookのページでPROG誌イタリア版を持った沢山の人の写真を見てほしいよ。これは全部自発的なんだ。

私たちはプログレだけを愛しているのではなく、全ての真剣な音楽を愛している。私たちの血肉や感情の素になるような音楽のことだよ。

イタリアンプログレは求心力をもって人々を呼び寄せてくれた。そして、2016年にこのような雑誌が発行できることになったわけ。流行の音楽でもないのに、何が大好きかがわかる人たち。創刊当時はNo.4まで続くとは思わなかった。皆さんのおかげです。トレンド雑誌でもないでし、読者の皆様なしでは単なる紙の浪費だよ。

売店などで見つけて買ってくれる方が大勢いらっしゃいます。本当にありがたいです。

AS: No. 3ではTerreractというややメタル寄りのバンドを取り上げていますね。プログレのいわゆる分派か、プログレメタルはもう確立した地位を築いたのでしょうか。

GB: 僕は前からメタルも大好きだと公言してるよ。みんなが気づく前からメタルというものはプログレ的なアプローチがあるんだ。アーティスティックな価値があるし。このバンドはいいし、自分も一緒に成長してきたつもりだよ。

AS: プログレとサイケデリックは同じでバンドであることが多いですね。まるでプログレの変化形がサイケデリックみたいに。(逆もありますが)サイケデリックとプログレ双方の素養を持つバンドは何かありますか。

GB: プログレとサイケの完成双方を持つグループは多い。だから、この2つのバリアはそう大きくないと思うよ。ジャンルについて論じる出版物は多いから、うちではもうそこはあえて語らないよ。雑誌では個別のバンドや個人に焦点を当てることにしている。あるいはレーベル研究とか。

 AS: プログレはロックから派生していますね。近年ではエレクトロの勢力が伸びています。ごく一部のファンの間だけかもしれませんが。オズリック・テンタクルズのように未来のエレクトロ・プログレとの架け橋のようなバンドもいくつか誕生しています。将来エレクトロ・プログレはもっと成長するのでしょうか。

 GB: オズリックはもう終わりかな。頑張ってたんだけどね。もうエド・ワインと家族バンドになってしまっているから。エレクトロニクスはいろいろな新しい発見をしているね。でもどんどん進化しているので陳腐化してくるんだ。表現だけしたいんなら、アコースティックギターあればいいんだし。

 AS: プログレはLPが人気ですね。LPだとアルバムジャケットの美的センスを保つことができますからね。ただ現在音楽は液状化していますね。ストリーミングやデジタルフォーマットなど。いつでもそこにあり、アクセスが容易になりました。また無料であることもあります。このような現象と未来の音楽シーンの進展はどのようにお考えですか。

 GB: 液状化した音楽に大した意味はないよ。MP3は加工途上で温室劣化することがある。どんな形状で聞いてもいいけど、音質は高音質でないとね。音楽は背景に流れる効果音ではなく、別物だよ。聴くときは時間をかけないと。さもないと、感情的にお腹いっぱいになるだけで、新たに気づくことが少ないよ。

 僕は過去への拘りはないけれど、LPやジャケットアートなど芸術的な意味では尊敬の念がある。僕は音楽は芸術の一部だと信じてるよ。無料であることは、その音楽の消費期限にも関連すると思う。ま、これに関しては今劇的なソリューションはないかな。

今やなんでも無料の時代に紙媒体の雑誌の意義というのは、自分たちの居場所を作りあげないといけないってことだ。今やインターネットが全てだからね。うちの雑誌もそう。でも、皆さんはわざわざ街のスタンドに買いにきてくださるんだ。嬉しいことだよ。

AS: 今日はお時間をいただき、ありがとうございます。最後の質問です。これまで聞いてきた中で、プログレではなく、「クラシック・ロック」では何がお好きですか。これまで過小評価されていると思うアルバムは何ですか。

 GB: うーん、僕は君とはちょっと分け方が違うかもね。

僕は多くの人たちがいいと思うものを否定する趣味はあまりないので、みんながいいというものは素直にいいと思ってるよ。ジェントル・ジャイアント、ELP、ジェネシス、キング・クリムゾン、イエス、ジェスロ・タル、VDGG、ピンク・フロイドとか。但しクリムゾン、ジェントル・ジャイアント、ハットフィールド、VDGGはある時期はちょっと苦手なものもあるね。ジェネシスもアルバムによって意見が異なるかな。

 

http://www.psycanprog.com/interviste/intervista-a-guido-bellachioma-ideatore-della-fantastica-rivista-prog-italia/

 

#guidobellachioma #progitalia #fabbricadellassoluto #italianprog #psycanprog 


この記事をはてなブックマークに追加

La Fabbrica dell'Assoluto Concert Review (11 Dec 2015)

2016-02-27 | La Fabbrica dell'Assoluto

*English summary is provided below.*

--------------------------------------------

ラ・ファブリッカ・デラッソルート ライブ・レポート

2015年12月11日、La Claque (ジェノヴァ)

 『オセアニアとは何?それは全体主義の偽善、人心の操作と息がつまりそうな情報管理が蔓延する場所。本当の戦争と架空の戦争が存在する場所。そして人が過去に埋葬されたと信じる場所。主人公のウィンストンはここに暮らす。もう記憶から失せた過去と決別させられようとしている。過去は日々記憶から薄れていく。現在しか生命は存在しない。党とビッグブラザーによって定められた筋書に従ってのみ存在できる。正体不明の指導者のビッグブラザーは統制のためには一瞬たりとも監視体制を緩めない。オセアニアには人間性は存在しない。あるのは敵への憎悪と単調な生活への無力感だけ。これがウィンストンに新しい気づき与えることになろうとは…』

(ラ・ファブリッカ・デラッソルート アルバム’L’Ultimo Uomo d’Europa’の前書きより)

 ジョージ・オーウェルの小説『1984』をモチーフにしたコンセプト・アルバムで快進撃を続けるローマのバンド、ラ・ファブリッカ・デラッソルート(LFDA)のジェノヴァでのライブ参戦の記録と、ファブリッカとのおしゃべりから垣間見たバンドの素顔についての雑記である。

 2015年12月11日(金曜日)ライブ会場はジェノヴァの中心部のLa Claque。トリは地元で大人気のデリリウム。その前座がLFDAでした。21時過ぎになり開演となったが、まだ客足は7割弱。ローマのバンドで、しかも殆どライブ経験がなかったため、また休みの夜のライブは皆で歌わなきゃ!というイタリア人のメンタリティにはあまりにもシリアスなアルバムだ。通常プログレのライブは司会がオープニングするが、この日はいきなり演奏開始。メンバーは全員青い作業服で登場。これは小説の「全体工場」での作業着。まず最初のダニエレ・フリーニの放つヴィンテージな攻撃音から70s好きな人は感動のあまり、一瞬血の流れが止まる。思わず、「今は21世紀なのか!」と問い返す。インスト部分のあと、シンガーのクラウディオ・カッシオが登場。拘束を象徴するように、頭の上で手首を重ねている。彼の作業着の胸に6079の数字。小説で登場する象徴的な数字。アンコール以外、徹頭徹尾アルバムのテーマから離れたパフォーマンスはなし。完璧なまでにアルバム再現に徹する。しかしただ無味乾燥に演奏していたのではなく、5人からは溢れる音楽への情熱がびしびしと感じられた。後述するが、全員公私に渡る友人同士であるLFDAは日中も音楽のことばかりを考えているような良い意味の「音楽ばか」なのだ。楽器パートの加入でなく、全員が一致団結していることから、バンド名ファブリッカがつけられているのが頷けた。

数あるヴィンテージ機材の詳述は達人に譲るが、あれだけの音を今に再現する苦労は図りしれない試行錯誤と準備が伺えた。キーボードのダニエレは自分でもリペアを行い、常にキーボード仲間と情報交換および機材の達人と知識を深めている。同じような若いバンドのイングラナッジ・デレ・ヴァッレ、そしてベテランではタプロバンなどローマのプログレバンド同士は活発に交流している。このライブでは目立ったキーボードトラブルは皆無。自前の楽器をローマから車で運んだ。陸路約6時間!自前のエンジニアも帯同したため、音は驚くほどクリアで快適であった。LFDAの場合、シンガーの声がクリアなため、これは重要。彼のクリアーな高音は楽器との調整がことさらキモだ。全パートの音がくっきり聞こえ、これまでのライブでは最高の音響であった。当日は早朝ローマから車で来たためコンディション的には疲労感もあったが、日頃からかなりまめにリハを行っているため、演奏は完璧に近かった。

今回のライブが実質2回目のLFDA。曲がコンセプトものなので歌うほうも演技的演出が多いのは仕方ないが、観客との距離感が少しあったような気がする。これはトリのデリリウムが客席一体型ライブなので比較するのもナンセンスであるが、今後の成長の課題であろう。先述したが、各パートは十分エモーショナルに演奏しており、その気合いは聞く者をファブリッカ・ワールドに誘うに十分であった。傍で聞いているだけで、震えるくらいの感動レベル。

前回のローマでのライブ同様、ゲストは元ロヴェッショ・デッラ・メッダーリャの伝説的シンガー、ピノ・バッラリーニがわざわざスイスから参加した。彼はファブリッカのアルバムでも一曲ゲストで歌っている。今回のライブはゲスト曲に加え、ロヴェッショの「Contamiazione」から名曲Alzo un muro elettricoを演奏。円熟したピノの声が若いクラウディオとのコントラストで味わい深い曲となっていた。

シンガーのクラウディオは前にイエスのトリビュートバンドで歌っており、ミュージカルの出演経験もある。ステージでもかなり演劇的な雰囲気がした。歌詞も一語一語はっきり聞き取れ、ストーリー性のある歌には最適だった。他のロック色の強いプログレバンドではまずこの声と表現力を確保するのは大変だろう。

ドラムのミケーレは特に派手ではないが安定したドラミングの合間に細かいリフをはさんで、きちんとプログレしていた。

ベースのマルコはファブリッカ中最もジャズ・フュージョンの要素が濃いプレーヤー。ベースラインは細かく、どことなくジャコ敬愛を伺わせた。インストのフュージョン的な部分のリードをとっている。

2人のダニエレ(Keyもダニエレ)でも「大ダニエル」のあだ名があるギターのダニエレ・ソプランジはKeyのダニエレとうまい拮抗関係に一役買っている。どちらかというとKeyはクラシカルに傾倒しやすいが、ギターのダニエレによってほど攻撃的な良いシュレッディングがファブリッカをロックバンドにしている。イタリア人プレーヤーらしい「泣き」はさすがで、ゲストのピノ・バッレリーニと歌うLA CANZONE DEL CASTAGNOはゲイリー・ムーアを聞いているように、落涙ものだった。LFDAが単なる70年代プログレの再現バンドにならない鍵の一つがこの大ダニエレのギターであることは言うまでもない。

アルバムでも、キーボードと適度なせめぎ合いがこれまたファブリッカの快感のひとつなのだ。

そしてサウンドの要のキーボードのダニエレに関しては、その音を一瞬聞いただけで、こだわりがわかるだろう。アルバム・レコーディング時にはスタジオに自分の愛用ピアノを持ち込んだほどのこだわりぶりだ。ジョー・ヴェスコヴィを敬愛するプレイはライブではひときわ際立つ。ロマンティックなピアノが大好きという好みは、曲中のリストやシューマンを彷彿とさせる旋律で輝きを放っていた。

 まだライブ2回目、アルバム一枚のファブリッカであるが、イタリアのプログレ界の期待は相当なものだ。ジェニー・ソレンティ、リノ・ヴァイレッティ、タプロバン、レーベル各社、そしてイタリアの主要プログレライターとローマのプログレ界の黒幕ドンまでがファブリッカにべたぼれで全力応援しているのだ。全員が口を揃えてこう言うのである。

「音楽への愛情、信念、そしてそれを演奏する人間的にも素晴らしい前途明るいボーイズなんだよ!」

 Text: Rockprogresso

Set List

11 December 2015, La Claque, Genova

1) I DUE MINUTI DELL’ODIO

2) 4 APRILE 21984

3) CHI CONTROLLA IL PASSATO CONTROLLA IL FUTURO, CHI CONTROLLA IL PRESENTE CONTROLLA IL PASSATO

4) O’BRIAN

5) BISPENSIERO

6) LA BALLATA DEI PROLET

7) L’OCCHIO DEL TELESCHERMO

8) GIULIA

9) LO SGUARDO NEL QUADRO

10) PROCESSO DI OMOLOGAZIONE a. Il risveglio b. La Tortura c. 2+2=5

11) LA STANZA 101

12) LA CANZONE DEL CASTAGNO

13) AMAVA IL GRANDE FRATELLO

Bis: Alzo un muro elettrico

 

 The Genovese venue La Claque was filled with excitement to welcome this Roman band’s first gig in Genova. The headliner was Delirium and La Fabbrica dell’Assoluto (LFDA) opened the evening after 21:00.

LFDA is a Roman band and this was the second time to play live after the release of their debut album. The gig started without any introduction, all of sudden. Usually there is an MC that opens the gig, but not this evening.

The members were all dressed in blue overalls, that signified the working uniform of the novel. The first sound of Fabbrica was Daniele Fuligni’s vintage keyboard arpeggio. Those who love the 70s keyboards would firstly be knocked out by his organ. I was virtually frozen being in the middle of such vintage sounds. ‘Is this really 21st century now?’ I asked to myself. After the instrument section, the singer Claudio Cassio came on stage with the wrists crossed above the head. Perhaps this signified some restrained spirit. On his overall were the numbers 6079, that was the symbolic number in George Orwell’s novel 1984.

Apart from the bis, their performance was strictly performed in the order of their album. Perfectly, but not just reproducing the album sound. The five boys released a serious energy and love for music, and you can easily feel those energy.

They are friends in their personal lives, too, and also a big music freaks in a positive sense. No wonder the band is named ‘Assoluto’, meaning absolute but with quite friendly and positive interpretation.

I leave the explanation of the vintage keyboards to other occasion, but just want to mention the tremendous time and effort spent to create that vintage sound. Daniele Fuligni does all the repair work and adjustment of the instruments by himself. He even helps other musicians with his skills of the instrument. LFDA is exchanging lots of information with their fellow Roman prog bands such as Ingranaggi delle Valle and Taproban. All the vintage keyboards were brought with them all the way from Roma.

They had brought their own engineer, and the sound was very clearly produced. Surprisingly good sound. This was very important for the band, since the singer’s voice is clear and the sound needed to be carefully balance with the instruments.

 This was virtually their second live performance. The album has serious concept and required substantial dramatic effects. This seems to have made some distance between the audience and the band, compared with the headliner band. LFDA may need to develop some little more contact with the audience in future. Nevertheless, playing from a concept album is a sort of ‘acting’ and communication with the audience seems somewhat difficult.

As their previous Roman gig, Pino Ballarini joined the band as a guest and sung ‘Alzo un muro elettrico’. This was a nice contrast of the matured voice of Pino and the clear stretched voice of Claudio. The duet song ‘Le Canzone del Castagno’ from the album was so emotional, and you cannot listen to them without shedding some tears. Daniele Soprandi’s aggressive shredding guitar turned into a Gary Moore like solo. I bet all Japanese rock fans would love this song! One important factor that kept LFDA from being a ‘copy’ band of the 70s sound is this guitar. The interaction between the vintage keyboards and the heavy shredding guitar make them sound contemporary. The balance between the vintage and contemporary is the biggest attraction of LFDA. The two Danieles play the crucial role in the band.

Once you hear Daniele Fuligni’s keyboards, you can easily tell his serious pursuit of the vintage sound. Particularly in live performance his solos were reminiscent of the late Joe Vescovi. Also his piano inspired by the School of Romanticists works is one of the finest feature of LFDA.

The expectation of the Italian prog community to LFDA is enormous. Various prog musicians such as Jenny Sorrenti, Lino Vairetti, Taproban and Ingranaggi delle Valle are expressing bright future of this band. Also, Italian labels and the major prog writers and critics praise the devotion and love of music of this young band.

They are certainly improving gig by gig, so a must to see band for all Italian prog fans.

(Reviewed by Rockprogresso)

 

 #lafabriccadellassoluto #fabbricca #italianprog #laclaque #danielefuligni #claudiocassio


この記事をはてなブックマークに追加

【CUMA2016 D.C. についてリノ・アイイェーロからのコメント】

2016-02-19 | プログレッシブ・ロック

【CUMA2016 D.C. についてリノ・アイイェーロからのコメント】

 現在、イル・バレット・ディ・ブロンゾは異なるジャンルの音楽で、2バンド存在します。私が関与する方はイル・バレット・ディ・ブロンゾ コン リノ・アイイェーロ エ マルコ・チェチオーニ(Il Balletto di Bronzo con Lino Ajello e Marco Cecioni)と申します。これはバレット・ディ・ブロンゾの歴史的生い立ちに発したもので、「Sirio 2222」そして「Ys」という全く異なる音楽で独自の歩みをしてまいりました。

 今、同じグループ名でこれほど異なる音楽性を追求するバンドはこのバレット・ディ・ブロンゾ以外はありません。バレット・ディ・ブロンゾのメンバー、私、マルコ、ジャンニなど歴代メンバーは長年にわたり、各自異なる音楽を追求してきましたが、お互いの友情はずっと継続しています。今後も私たちの友情は永遠に続くことでしょう。

 この場をお借りし、私たちの音楽を長年あらゆるジャンルや形態で応援してくれた皆様にお礼を申し上げたいと思います。

 ジャンニ・レオーネのバレット・ディ・ブロンゾは4月にメキシコ公演を行います。私たちのイル・バレット・ディ・ブロンゾ コン リノ・アイイェーロ エ マルコ・チェチオーニも近日中にライブの計画があります。どちらもお楽しみになさってください。

 どうぞよろしくお願いいたします。

Lino Ajello (リノ・アイイェーロ)

2016年2月19日


この記事をはてなブックマークに追加

ジャンカルロ・ゴルツィ、64回目の誕生日にあたり、モレノ氏から

2016-02-10 | Museo Rosenbach - ムゼオ・ローゼンバック

今日はジャンカルロ・ゴルツィ氏の64回目の誕生日にあたります。昨年8月、あまりにも急に去ってしまわれたゴルツィ氏に、盟友のアルベルト・モレノ氏の送る言葉をご紹介します。(一部抜粋)

ムゼオ・ローゼンバックのアルベルト・モレノが語るジャンカルロ・ゴルツィとの思い出(記事抜粋)

 

私たちが出会ったのは、ビート・ミュージックの夜明け、The Rokesが流行ったころです。当時のリヴィエラは当時多くのバンドが誕生していました。私たちもそんな新参バンドのひとつでした。私は当時のムゼオのキーボード・プレイヤーとして紹介されました。ジャンカルロはスタジオに来て、すぐに音の相性がぴったりだとわかりました。素晴らしいドラマーとの前評判どおりでした。それからはThe Fifth Avenueとバンド名を変えました。68年頃です。多くの変化があった年でした。

 

ジャンカルロとの忘れられない思い出は東京でのことです。ツァラトゥストラ組曲発表から実に40年経った時でした。日本で私たちの演奏を20年間待ち続けいた観客の前でフルで演奏を要請されたときのことです。まさに開演の幕が上がろうとする直前まで、私たちは買い物をしていました。ジャンカルロは笑ってこう言いました。「さあ、いっちょやるか!」何十年もムゼオの完璧な演奏を待ち構えて、一音一音を身構えて聴こうとするお客さんたちを前にして、これは大きな賭けとしか言いようがありませんでした。

もうひとつの思い出というと、1973年にサンレモの劇場でツァラトゥストラ組曲をプロモーションで完全再現したことがありました。当時は大物が見に来てくれました。イ・ジガンティ、イル・ヴォーロのヴィンス・テンペラ、フランチェスコ・グッチーニ、アントネッロ・ヴェンディッティなどです。ここでも、並み居る大物たちを前にして、ジャンカルロは平静を保っていました。舞台でもスタジオでも同じ心構えなのです。で、何が起こったかといいますと。

サンレモ音楽祭での事です。当時、ムゼオは人気歌手のDrupiと同じレーベルに所属しており、彼は突如としてコーラス人員が必要という事態になりました。大ヒット曲の’Vado Via’を演奏するために必要だったのです。当時のムゼオのメンバーは全員テストされました。勿論私はおじけづいて、すぐに選からはずれ、変わりにジャンカルロとギタリストが選ばれ、晴れの舞台でDrupiと歌ったのです。サンレモ音楽祭においてです。それはテレビでも放映されました。これはミュージシャンにとって芸術的な感動です。

 有名な司会者のカルロ・コンティにアリストンでのステージについて、ジャンカルロについて一言コメントしてくれるといいと思います。マティア・バザールとして1978年と2002年の2回大成功を収めていますからね。2002年はジャンカルロの「音楽の娘」であるシルヴィア・メツァノッテと出演しています。この大会場で2回も舞台で大成功を納めたバンドは歴史上他にありませんから。

私はアントネッラ・ルッジィエロ時代のマティア・バザールでロード・マネージャも務めていました。ジャンカルロはマティアにこの重要な任務を任せてくれるようにグループを説得してくれました。この経験から多くの事を学びました。当時の音楽業界の中心でしたから。

そして2012年再びムゼオは復活しました。ジャンカルロと共に、このプログレの火を絶やしてはいけないと語りあっていました。私たちはジェノヴァに渡り、今のPFMのマネージャを紹介してもらいました。これにより、アルバムBarbaricaをリリースすることができました。また、ツァラトゥストラ組曲のスタジオ・ライブも制作できました。そしてムゼオの傑作とも言える「Live In Tokyo」を発売しました。日本での記念すべきコンサートを収録したものです。これは単なるリヴァイヴァルではありません。プログレの進化形なのです。ジャンカルロ、元気でやってるかい!

http://www.lindro.it/sanremo-ricordando-giancarlo-golzi/2/#sthash.hoMrooJQ.dpuf

#giancarlo #golzi #museorosenbach 


この記事をはてなブックマークに追加

Solare Early Tapes/Ciro Perrino-'79作Solareをオリジナル再現

2016-02-07 | プログレッシブ・ロック

本記事の無断転載及び再利用を禁止します。Ciro Perrino (c) All rights reserved

Ciro Perrino(チロ・ペリーノ)~

'79Solareをオリジナル再現

SOLARE EARLY TAPESの歴史

 チェレステ(Celeste)の創設メンバーのチロ・ペリーノ(Ciro Perrino)が1978年に制作したソロ SOLARE をオリジナルの音で再現したSOLARE EARLY TAPESを制作しました。

 まず、チェレステ及びチロ・ペリーノについてご紹介します。

チェレステはムゼオ・ローゼンバックと並んで1972年にサンレモで結成。イ・システマ解散後のメンバーが中心となり活動開始。メインはチロ・ペリーノ(Lead Vo, Key, Flute, Mellotron)。チェレステ解散後、1980年にソロでSOLARE をリリース。今回ご紹介する作品は当時レーベルの意向により修正を余儀なくされた音源をオリジナルに復元したものです。

Photo (c) HamelinProg 

SOLARE EARLY TAPES復元までの経緯

 やっと長年ののち、このSOLAREの音源に着手することができました。1978年当時制作したものの、レーベルのディレクターに「スペース感があり過ぎる」と却下された作品です。

 自分にとってこの作品は環境や遥か何億光年向こうの世界に思いを馳せた作品です。当時の自分の感性にぴったり合致していた音でした。レーベルの要請により大幅な変更を余儀なくされましたが、肝心のメロディー部分は手をつけませんでした。ハーモニーはシンセサイザーの多重サウンドで夢のような世界を構築できたと思います。二台のEMS AKSとMini Moogをメインに使いました。

 レーベルの指摘後、まず「スペース感」を削除することから始めました。当時自分がした作業については後悔していません。そのおかげで今日こうして皆さんと新しい音を38年ぶりに再発見できているからです。今では最新の機材で経年の音を消去することができます。

Photo (c) HamelinProg

昔の「犠牲」になった音を復活させることで、40分もの純粋なまま保たれていた音楽を再生できました。

 まずURANUS (天王星)を1978年の冬の始めに書きました。書き始めてから一年半後に、ようやくソロ・アーティストとして最初の契約にサインすることになりました。

 地球がないのにお気づきのことと思います。これは愛する地球のために別のオペラを書いているからです。

Photo (c) HamelinProg

水星、金星、木星、火星、土星の環、土星、天王星、海王星、冥王星

 この惑星の音を全て再現できました。私はこの惑星をプレアデス星団にあてはめようと考えました。当時、レーベルがジャケットの写真にプレアデス星団の写真を使おうと調査したところ、NASAが著作権を所有しており、当然ジャケットへの使用許可は下りませんでした。仕方なく、別の画像を使うことになりました。友人の天体写真家が偶然プレアデス星団の写真を持っており使用許可が出ました。奇跡的でした。今回のサンプル映像に使用した写真がこの写真です。

 

オリジナルの音とオリジナルのジャケットが揃い、1979年の作品が完璧に再現できました。ちょうど自分が現在別のプロジェクトBACK HOMEを進めている時期で、また偶然に驚いています。全てがうまく呼応して動いている気がします。Homecoming, 自分の心に戻ること。私は今この作品を皆さんと分かち合いたいと思います。私の旅に終わりはありません。ゴールが重要なのでなく、そこに至る旅路が重要なのです。

 1978年の音源を復活させたSOLARE EARLY TAPESをお求めになりたい方は、英語で下のアドレスまでご連絡ください。

 e-mail : ciroperrino@alice.it

Bandcampでも音源を公開予定です。https://ciroperrino.bandcamp.com/

公開時期は次のFacebookページにてお知らせします。

https://www.facebook.com/RockprogressoItalianprog/

 


この記事をはてなブックマークに追加

La Fabbrica dell'Assoluto ラ・ファブリッカ・デラッソルート インタビュー II

2016-01-31 | La Fabbrica dell'Assoluto

ラ・ファブリッカ・デラッソルート、ハーメリン・プログ インタビュー

© Hamelin Prog – All rights reserved  無断転載を禁止します。

伊のプログレをメインに扱うハーメリン・プログのインタビューをご紹介します。通常ファブリッカは全員としての回答が多いのですが、今回は各メンバーが識別可能に回答しています。

HP (聞き手 ハーメリン・プログ誌): 今日はファブリッカの皆さん、よろしくお願いします。

CC (クラウディオ・カッシオ Vo): 今日はお招きいただきありがとうございます。

DS (ダニエレ・ソプランジ G): こんにちは。よろしくお願いします。

DF (ダニエレ・フリーニ Key): この機会を設けていただきありがとうございます。

MP(マルコ・ピローニ B): ありがとうございます!    

MR (ミケーレ・リッチャルディ Dr):ありがとうございます。皆さんとお話しすることができて嬉しいです!

 

HP:まず、ファブリッカ誕生のいきさつを教えてください。バンド名は1922年のチェコの戯曲家カレル・チャペックの小説のタイトル「絶対製造工場」から取っているのですか。

CC: バンド名は活動開始後しばらくしてからつけました。僕たちが結束できるような名前がなかなか見つからなかったんです。なので、この工場(ファブリッカ)という言葉を使いました。工場に毎日出勤し、労働者が力を合わせて何かを作り上げるという概念です。僕たちの場合は、その製品は音楽と芸術一般になります。

DS: 本当はバンド名とチャペックとは関係ないんです。もちろんチャペックの著作は全員知っていました。僕たちの創造行為を工場の組み立てラインに例えて、一度ラインに載せたら、個人の力ではなく、全員総力で目標に向かうという意味で絶対(アッソルート)という言葉を使いました。

DF: ファブリッカは全員が元から友人同士で、友情、そして音楽への情熱から結成されました。バンドの創作活動を工場での作品の完成に例えたのです。全員が音楽を作ります。実験的なセッションは長い時間をかけます。

MP: ファブリッカを結成した目的のもうひとつは、音楽を自由に創造すること、これまでの規制枠にとらわれないことです。

MR: ファブリッカのバンド名はチャペックの小説とは直接関係ありません。ただ、僕たちが取り組む音楽の総称として工場(ファブリッカ)を選びました。個性を統合して目標に向かうスタイルです。互いを切磋琢磨し、共通の創造目的に向かう、しかも独自の個性も尊重するという方針です。

 

HP: メンバーのそれぞれの音楽バックグラウンドは何ですか。

CC: 僕はドンナ・オリンピアとトレヴェッキアのポップス音楽スクールに通い、ローザ・ロドリゲス先生に師事しました。その後はヴォイスクラフトという唱法をサラ・ベルニ先生に師事しました。特に2006年にティト・スキパJr氏の「オルフェオ9」のリメイクでサトラー役をお受けしたことが大きな転機となりました。2008年から2012年までイタリアのイエス最大のトリビュートバンドのイエスソングズで歌いました。僕はずっとどのジャンルでもその良さがあると思っていました。特にロックで好きなのはツェッペリン、スティング、ルーチョ・ダッラ、バンコ、キング・クリムゾン、ジェフ・バックレー、イエス、ルーチョ・バッティスティです。

DS: 僕の初恋は70年代ロックで、パープル、サバス、ツェッペリン、フロイドなどです。その次にプログレと出会ってから開眼しました。この音楽の持つニュアンスや多彩さはもうじっとしていられませんでした。興味が絶えず湧きあがり、特にイタリアの代表作に誇りを感じるまでになりました。プログレの効能は僕にとってこの永遠の魅惑の世界に誘ってくれ、自分を試すチャンスをも与えてくれました。

DF: 僕の人生にはいつもクラシックがありました。ショパン、シューマン、ベートーヴェン、シャリアピンなど。最初にクラシックピアノを勉強しました。かなり後からプログレ愛が芽生えて、ヴィンテージ楽器に興味が湧きました。ヴィンテージ楽器の修理やカスタマイゼーションも積極的に行っています。僕の演奏に大きな影響を与えた音楽は全部イタリアのクラシック・プログレです。オルメ、バンコ、ビリエット・ペリンフェルノ、ロヴェッショ・デラ・メッダーリァ、ロカンダ・デレ・ファーテ、ムゼオ・ローゼンバック、セミラミス、バレット・ディ・ブロンゾ、アルファタウルス、あとあまり有名でないのですが、グロセット出身のイ・ブロッブが好きです。

MP: 僕が音楽に熱中し始めたのは中学に入った頃にクラシックのイタリア音楽を聞いてから。でもビートルズは衝撃的で、今でもビートルズ・マニアです。エレキベースにしたのは、よくあるケースで、「ギターはもういるから、ベースやって!」のノリからです。しかし弾いているうちに、メロディックでもリズムの支柱になるベースラインがあることに気づきました。楽器は独学で、最初はポリスなどのロックをコピーしていました。しばらく独学後、ロレンツォ・フェリチアーティ先生に師事し、基礎を習得しました。24歳にして、マリオ・サッチュッチ先生からジャズ理論を学び、4年間ジャズ・ラボ・アレキサンドリアで活動を共にしてきました。そして僕のイタリアとイギリスのプログレ愛が芽生えました。すぐにイタリアン・プログレのトリビュートバンドを作りました。音楽で僕が影響を受けたものは、ビートルズ、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーン、ジャミロクワイ、パット・メセニー、ピノ・ダニエレ、PFM、アレアです。

MR: 僕はかなり早くからイタリアン・プログレを聞いていました。チェルヴェッロ、セミラミス、PFMはかなり前から大好きでした。プログレの他、フュージョンも大好きです。ジャズ・ロックを融合したバンドもかなり好きでよく聞きます。アレア、ナポリ・チェントラーレ、アルティ・エ・メスティエリ、Brand Xなどは音楽の幅を広げてくれました。

 HP: 皆さんは若いですが、2015年発表のファーストアルバムはもう何十年もの蓄積がある音ですね。オーウェルの小説をモチーフに選んだのはなぜですか。

CC: 音楽は単に音符の羅列ではありません。概念とメッセージを音符を通して具現化する作業です。オーウェルの小説は全員が影響を受けており、現在の社会の縮図だと思っています。アルバムでは現代社会に生きる私たちのメッセージを発しています。

DS: テーマは全体の調和、です。小説の雰囲気や空気感を出したいと思いました。まだまだ成長段階ではありますが、小説への情熱は僕たちの創作を後押ししてくれました。聞いてくださる方がこの情熱を受け止めてくださると嬉しいです。

DF : アルバム創作は素晴らしい時間で魔法のようでした。全員が創造する音楽に向かって探求しました。全員が一致してオーウェルの「1984」がいいと合意し、アルバム完成までの道乗りは長く、大変でした。しかし、小説をテーマに選んだからにはその雰囲気、息遣いを適切に表現すべきだと思ったのです。

MP: 全員この小説は読んでいて、しかも気に入っていたので、正解でした。全員でどうやってこの世界を音で表現しようか考えました。今、その結果を見ると、本当に正しい選択だったと思います。道のりは険しかったですが!!!

MR: 全員が一致して同じ意見を出した瞬間をよく覚えています。誰もまったく躊躇いなく!こんな偶然は本当に滅多にないと思います。もう運命共同体ということでしょうかね。まだ創作初期の段階でも十分にハーモニーも決まっていました。全員が落ち着いて、この創作活動の一歩を踏み出せて本当に良かったと思っています。

HP: このアルバムは耳にした瞬間に70年代の音です。曲作り、音の方向性で影響を受けたアーティストは誰ですか。

CC: 僕は声の純粋さをキープするようには心がけてきました。自分が歌う際に影響を避けるためですが、どうしても好きなアーティストの影響は出ていると思います。ロバート・プラント、ジョン・アンダーソン、ルーチョ・ダッラなどです。

DS: うーん、僕はリスナーとして無意識に取り込んでしまっているかもしれないです。ピンク・フロイドやゴングとか。バレット・ディ・ブロンゾ、トリップ、レ・オルメ、クリムゾンなどハードで緊張感のある音が好きですが、聞いている方が判断していただいたほうがいいかもしれませんね。(笑)

DF: 僕はずっと真剣にどんな音を出したいかを真剣に追求してきました。その音を出すための適切な機材を自分向けにカスタマイズするなど。2007年にリッカルド・サルティーニという天才的なオルガン技術者との出会いによりハモンドオルガンの魅惑の世界にはまってしまいました。ハモンドの秘密を解明できつつあります。

MP: 僕たち全員には70年代の作風がもう中にあるのです。まずスタジオでジャムをして、その音を確認するのです。

MR: 特にこのアルバムで影響を受けたアーティストはいます。その方は部分的というよりも作品全体にイタリアと国際的な拡がりを与えてくれました。

 HP: 音楽以外にアルバムジャケットのアートも重要な要素ですね。このアルバムカヴァーはチェーザーレ・モデストの「選択の自由(1982)」で、このカヴァーのための描き下ろしですね。この画家とのコラボのいきさつについて教えてください。

CC: チェザーレの絵で感銘を受けたのは、シンプルながらも芸術の奥義が表現されていること。僕たちの使用許可を快く受けていただきました。僕たちの芸術の友人としても大切な方となりました。

DS: この絵の提供前からすでに良き知り合いだったのです。僕は彼と最初にギターの世界で出会い、その聡明な人間性と自在なユーモアのセンスに惹かれました。彼とのコラボは時間の問題でした。あの絵を見た瞬間に全員息を飲みました。的確に僕たちの音楽を絵にしていただいて、もう感謝以外の言葉はありません。

MP: 絵は素晴らしいものです!チェザーレ氏が過去の作品を見せてくれたときに、全員もうこの画家以外は考えられないと思ったのです。ある日チェザーレ氏の画集を見ていたら、この「選択の自由」を見て、これは僕たちの1984の作品にぴったりだと合意しました。僕たちの音楽がこの絵によってより豊かな表現力が備わったのです。チェザーレ氏には本当に感謝しています。

 HP: デビューアルバムはブラックウィドウレコードがリリースしました。ジェノヴァの人は用心深いことで有名ですが、どのようにしてこのレーベルと出会ったのですか。

CC: 16分のデモテープを作り、聞いてくれたらいいな程度の気持ちで送りました。その後は本当にラッキーでした。イタリアの最高のレーベルのひとつで、どんな状況でも援助してくれる素晴らしいレーベルです。

DS: 実際、本当にブラックウィドウの熱意により誕生したようなアルバムです。僕たちに実際会ったこともなく、実際の演奏も聞いたことないにもかかわらず、実際に会ってデモを聞いてもらうまで至りました。ローマ、ジェノヴァと距離的に遠いですが、レーベルの方の音楽への愛と尊敬でデビューアルバムが実現しました。現在も継続して支援していただいていますが、感謝の言葉しかありません。

DF: 内部関係者だけで、デモテープを聞いていただく会を主宰しました。最初からブラックウィドウと仕事が出来ればと思っていました。正直言って、他のレーベルは考えていませんでした。ブラックウィドウのレーベルとしての価値をよく知っていたからです。もうイタリアでの唯一の価値あるレーベルと言えます。

MP: レーベルの方がデモを聞いて、即座に僕たちの音楽を信頼してくれました。もう感謝しかありません。

MR: ローマで内部関係者での試聴会の最初からブラックウィドウとはいい関係が築かれていました。人間的にも音楽的にも僕たちとブラックウィドウとは多くの共通点がありました。この信頼関係は日を追うごとに強くなりました。アルバム制作のステップごとに大変お世話になりました。あらゆるサポートに心からお礼を申し上げます。これがまだまだ今後も続くことを祈ります。

HP: 現在のイタリアのプログレシーンについてどう思いますか。あなたがたのように若い有能なバンドが成長できる余地はあると思いますか。

CC: 一般的に、音楽というものは流れつづける川のようなものです。プログレシーンも山あれば谷ありです。これから少しは盛り上がる予感はしますが、すぐに萎えてしまう勢いかもしれません。ともあれ僕たちは音楽を作りつづけ、それを通して、山でも谷でもメッセージを出し続けたいと思います。

DS: ここ数年で、プログレに対する興味の新しい盛りあがりがある気がしています。黄金時代とはあらゆる環境が違いますが、この種の音楽がもたらす豊かさと自由な表現手法が注目されているのだと思います。プログレが伸びる余地があることを期待しています。僕たちはもうスタートしているので、より多くの人と分かちあい、プログレを振興していきたいと思っています。

DF: ここ数年でプログレへの関心が高まっていて、素晴らしいシーンが形成されつつある気がしています。僕たちもようやく、おさまるべき場所に行けるような気がしています。レコードという媒体を取り巻く環境は激変していますので、僕たちのような若いバンドはこの変化を吸収できるように、あらゆる手段を講じなくてはならないと思います。

MP: 個人的には今いいプログレバンドは多数あると思います。でも残念なことに全部が僕たちのように、適切な活動場所におさまっていないということがあります。イタリアには残念ですが、芸術が適切に評価されない風潮があります。沢山の才能があるアーティストがそのため、浮上できないでいるのです。

MR: 提供する側と受けての双方に新しい発見があったのが最近のプログレシーンかと思います。ここ数年で多くの良いバンドを耳にします、しかもすごく若い人たちです。自分よりも若い人たちとよく話し、プログレへの情熱などを語りあったりしています。こういった若いいいバンドが発表できる環境と空間がもっとあればと思います。僕はプログレの将来は楽観視しています。

 HP: 2015年9月にはローマでプログレ・フェスに参加しましたね。

CC: 貴重な体験でした。長いレコーディング期間後、最初の公式なライブだったのです。ライブハウスのプラネットは評判の高いライブハウスで、そこの雰囲気だけで、通常の表現ラインを超越した情熱が湧いてきました。

DS: あのフェスへの参加は僕たちにとってまるで洗礼のようでした。どんな形容詞を使っても、あの雰囲気を表現することはできません。演奏したいというエネルギー、観客の反応、緊張とそれにつながる感動、満足と応援してくださる方の励ましはもう表現しようがありません。共演バンドとの交流で繋がりを認識したり、もう一分たりとも成長していない時間はありませんでした。主宰者の方に心からお礼を申し上げます。

DF: ローマのフェスは僕たちがアルバムを丸ごと演奏した最初のライブなんです。全員の情熱はピークに達しており、ライブとしては最適の日でした。僕たちの友人でもあるサウンドエンジニアのルイジ・ヴァルジョルのおかげでステージでは演奏に集中できました。彼はラッテ・エ・ミエーレ、ニュートロルズ、PFM、ジェスロ・タル・スティーブ・ハケットなどと仕事をこれまでにしてきました。

MP: アルバムのリリースとほぼ同時の素晴らしいライブデビューでした。感極まりました。

MR: 観客の方が僕たちにあのように熱心な応援をしてくださり、もう絶対にがっかりさせてはいけないと気持ちを高めることができました。このような経験ができて、主宰者の方には感謝しています。

 HP: もう次作にはとりかかっていますか。近い将来は何があるのでしょうか。

CC: もう脳内は新しいアイデアで一杯ですが、今はここ数年心血を注いできた作品のアウトプットに集中したいと思っています。

DS: 正直言って、今はまだそこまでは追いついていないです。今はとにかくライブをすることを考えています。本当に長い期間スタジオで曲を作ったり録音ばかりしていたので、この閉じ込めていた情熱を開放してエネルギーを得たいと思います。ライブには刺激が沢山あります。これまで多くの時間をリハーサルに費やしてきましたから。

DF: いつから次作にとりかかるかはまだわかりませんね。今はまずアルバムのプロモーションです。大変なエネルギーと時間を費やしましたから。本当にライブを沢山したいと思います!次の作品のアイデアがまだない、とは言いませんが。

MP: 今はライブができるようにいろいろ動いています。でもご心配はご無用です。工場(ファブリッカ)は引き続いて製品を生産しますので!

MR: 僕たちは演奏を続けて、お互いに話たり時間を共有することを重要視しています。ここから新しいアイデアを練りだすことが重要なのです。でも当分は将来やる事の締め切りは設定しないでいます。今の優先事項はライブをし、リスナーと方と直接触れあうことです。これは誰も引き留めることができませんね!

HP: 今日はありがとうございました。何か私ども編集にご意見がありましたら、どうぞ。

CC: ありがとうございます。特に僕たちのような新しいバンドに誌面を割いていただきありがとうございました。このような記事で、自分たちはより成長できると信じています。

DS: お時間と誌面を割いていただきありがとうございます。僕からは、このようなプログレを今後とも取り上げていただければと思います。プログレのファンの方には非常に有益な情報になると思います。

DF:どうか継続して、新しい情報を発信してください。今のプログレシーンはそれを必要としています!今後のご発展を祈念します。

MP.:どうぞ続けてください。

MR: 僕も皆と同じです。このプログレという素晴らしい音楽ジャンルを取り扱い続けてください。情熱を持ってプログレを愛する人たちに向けて続けてください。

 

http://www.hamelinprog.com/intervista-a-la-fabbrica-dellassoluto/

Summary translation: Rockprogresso

 

La Fabricca dell’Assoluto info:

https://www.facebook.com/La-Fabbrica-dellAssoluto-177990319062729/?fref=ts

http://www.lafabbricadellassoluto.com/


この記事をはてなブックマークに追加

RanestRane Concert Review (12 Dec 2015@Milano)

2016-01-23 | RanestRane

RanestRane Concert Review

12 December 2015, Casa di Alex (Milano)

On 12 December 2015, I was lucky enough to attend the gig of RanestRane who were about to finish their final leg of the new album H.A.L. tour.

The last time I saw and heard RanestRane play live was in 2013 in Japan. They came to play in Japan to support the legendary Enzo Vita of Il Rovescio della Medaglia. I knew already that they were renowned for their high aspiration of music with technical skills, but the ‘cine concerto’ was quite new to me. In Japan, they played ‘Contaminazione’ in entirety with much ease. I remember Daniele Pomo (lead vocal, drums, perc) saying that ‘RanestRane songs are much more complicated.’ So my imagination grew to anticipation of ‘how technical will be the RanestRane live performance?’.

The band have been touring some European countries since the end of October and was about to close the tour with this Milano gig. Some several days earlier, they did a gig near Verona. It was obvious that more audience came to see the gig in Milano. Fans from other European countries came to see the show. The solid fan base of Marillion nicely supports RanestRane, who actually played with the Marillion members in the past few years. Very positive interaction among such fans was noted.

Many prog fans and musicians around Milano also came to see the show, which proved a sign of high interest in the band and also showed the popularity of Marillion family bands and musicians. Riccardo Romano (keyboards, vocal) has joined the Steve Rothery Band as the permanent member for some years. RanestRane also played live with other Marillion musicians, and no wonder their presence on stage was incredibly increased. Obviously the band made a big progress as a unit spiritually and musically by touring with these prestigious musicians.

The first half of the show was played from H.A.L. This album is more strong rock-oriented compared to the previous Monolith. The gradual rising of the tension in the music made me anticipate of the big climax. Daniele sang and played the drums skillfully, if this could be the right expression. I immediately noticed his respect to the great Phil Collins’ style. Playing complex rhythm and sing along perfectly. At times, he concentrated in singing. His voice is the soft and velvety one that many of the Italian prog fans in Japan adore.  

Maurizio Meo (Electric bass and contrabass) gave diversity to the sound by using two types of basses. His bass sound overall this time was more aggressive than what I heard in the previous album. A nice contrast was heard between the sensitive fraction of the drums and the dynamic distorted bass sound. Besides RanestRane, Maurizio played in the Dire Straits Europe member and highly respected for his career.

The excited discovery was the guitar player Massimo Pomo whose presence has tripled on stage than I saw him play in Japan. In the album, the guitar part well blended into the ensemble. However as played live, it was full of emotional solos and edgy shredding.

The romantic and emotional keyboards played by Riccardo Romano should be one of the must-to-see of the RanestRane live. His passion arisen from the live music was the one you should experience the live gig. 

The highlight of H.A.L. was ‘Computer Malfunction’. This track was really played with much tension, and I felt I was in breathless suspense. The tension of the screen and music perfectly blended into unity.

Following a 20 minutes intermission the second part of the show commenced from some music from Shining. Due to the nature of the original film, the tracks of Shining sound much thrilling and tense. My previous notion of ‘cine concerto completely went away when I saw the synchronization of the film and the music.  The scene where the husband smacked an axe onto the door perfectly matched with the music. What impressed me was the sequence of the music thereafter. ‘Cine concerto’ was much more complexed than what I imagined. In my amateur opinion, I felt tracks of Shining required more skills to perform than the Space Odyssey series. Also the musicians’ were highly concentrated at this moment.

While the band played songs from the Shining, they made me feel as if four actors were acting right there on the stage with the image on the screen. They were blended so well into the movie. This is what I thought the biggest excitement of the ‘cine concerto’, that this band has been trying to pursue over the years, in a very successful manner. Probably the experience of live performance with Shining led to the arrangement of the Space Odyssey music, in consideration of more  suited to live performance. (Hope I’m right…) In this concern, Space Odyssey is now the BEST style of live performance of RanestRane.

Six tracks from the first album Nosferatu were played. In hindsight, I felt the synchronization of the sound and image was much basic than Shining. At the time of Nosferatu, the music had more tendency to that of the sound track. (Hope I’m right…)

Personally I prefer the songs from Nosferatu, as they are terrifically beautiful. Particularly, ‘Via da Wismar’ always brings me to tears with the emotional melody. I read in the band’s Facebook posting that some days ago that they really visited the town considered to be ‘Wismar’; no wonder the emotion risen from the performance was so convincing. Each time I hear RanestRane sing in Italian, I am proud of myself that I have supported this band. Their strong belief of singing in Italian lyrics should be maintained.

I prefer the literature concept such as Nosferatu, but imaged it difficult to give dynamism in terms of sound. (Who knows RanestRane may make another album based on some literature!?)

Two songs were played at the encore. Oh, was it already the end of the show? After all, I was happy to hear my favorite Nosferatu and Shining played live. Nosferatu is still the main part of RanestRane’s charm to me.

The performance was simply outstanding in terms of technique and presentation, and no wonder the band is gaining greater support globally. I hope they have some opportunity to come back to play live performance in the near future. The Japanese prog community MUST experience this grandiose emotion.

 

<Set List>

HAL: Jupiter Mission

Discovery One

Broadcast News

Freddo Al Cuore

AE-35

Spacewalk

La Perfezione Che Si Cerca

Sonno Come Morte

Buio Intorno

Computer Malfunction

= Intermission =

SHINING: Redrum

Ora Nessun Nemico Passerà

In Fuga

Nel Labirinto

Vittima Di Se Stesso

NOSFERATU Lucy

L'Ufficio Di Reinfield

Passerà Presto

Via Da Wismar

La Locanda Degli Zingari

La Montagna

=ENCORE =Materna Luna

Monolith Part Two

 

Reviewed by Yoshiko PK


この記事をはてなブックマークに追加

RanestRane Live Review ラネストラーネ・ライブ・レポート(2015 12月)

2016-01-18 | RanestRane

本記事の無断転載及び再利用を禁止します。 

RanestRane Live Review (December 2015, Milano)

ラネストラーネ ライブレポート 

2015年12月12日 Casa di Alex (ミラノ)

 ミラノで新作『H.A.L.』の欧州ツアーの最終日を飾ったラネストラーネ(RR)。彼らのライブはロヴェッショ・デッラ・メダーリァ(RDM)の構成員としてオリジナル・ギタリストのエンゾ・ヴィータのサポートとしての来日公演以来だ。当時からラネストラーネがローマの実力派集団であることは認識していたが、実際に映像と音楽を融合させる「チネ・コンチェルト」は今回初体験だった。来日公演ではRDMの「Contaminazione」を軽々と再現したラネストラーネであったが、ドラムズ、パーカッション、リードヴォーカル担当のダニエレ・ポモが当時「RDMの曲は、自分たちの複雑な曲に比べたら、比較にならないくらい簡単だよ。」と話しているのを耳にし、ラネストラーネのライブはどれだけテクニカルなのかと想像した。

Photo: Catia De Cicco (c)

過去に『ノスフェラトゥ』『シャイニング』と聞きごたえのあるアルバムを発表しているラネストラーネの新作は「2001年宇宙の旅」をベースにしたコンセプトアルバム三部作である。第一作が『A Space Odyssey Part I Monolith』で、今回が二作目の『H.A.L.』だ。2015年10月下旬から『H.A.L.』の欧州ツアーを開始し、この日のミラノが最終日であった。数日前にヴェローナ近郊でもライブを行っているが、場所柄ミラノの盛りあがりとはスケールが異なっていたようだ。当日は他の欧州諸国から熱心なファンが来場しており、ラネストラーネの特に北ヨーロッパ諸国での人気の高さを示していた。マリリオンのハードコアなファンがそのままラネストラーネを応援するという、ポジティブな相乗効果が奏功していた。

会場にはミラノのプログレ愛好家の常連多数、ラネストラーネ・ファンクラブの熱心なファン、ユーゲンのパオロ・ボッタ、マクソフォンのマルコ・クローチ、UBIマイヨールのマルチェラ・アルガネーゼなどが来場しており、イタリアのマリリオン人気の高さを実感した。ラネストラーネはここ数年スティーブ・ロザリーをゲストに迎え、アルバムやライブ参加で着実にマリリオンのファン層をも取り込んできた。キーボードのリッカルド・ロマーノは一昨年から正式にロザリー・バンドのメンバーとなり、一層マリリオン・ファミリーとしての存在感を高めていた。何よりもバンド全体としての音が、大物とのツアーで練磨されていたのがすぐに聞き取れた。

Photo: Catia De Cicco (c)

ショウの前半は『H.A.L.』から全曲を演奏。『H.A.L.』は前作と比較してより力強くロック的である楽曲が多い。オープニングはこれからの盛りあがりへの期待をさせた。やはり、ダニエレの言う通り、複雑な譜割りにリードヴォーカルをのせて歌う技術はすごいものであった。彼は音楽学校でドラムの教師であるが、種々のパーカッションを混ぜて叩いて歌う様子は尊敬するフィル・コリンズを強く意識したスタイルであると直感した。ヴォーカル強調部分はドラムセットから立ち上がって歌いあげるのだが、その声はいかにもイタリアンプログレのウェットな声でしっとりと歌いあげている。ベースのマウリツィオ・メオは通常のベースの他に、アップライトベースを弾くなど曲による変化をつけている。 メオはダイヤーストレーツの欧州ツアーメンバーも務めており、その実力と温厚な人柄はラネストラーネの最年長としても尊敬されている。『H.A.L.』のインタビューでも言っていたが、今回は前作と比較してベースのディストーションを多く用いたという。それだけドラマティックなスケールが大きい曲が多い『H.A.L.』なのだ。何よりもライブで驚いたのが、ギターのマッシモ・ポモの存在感であった。アルバムでもあまりギターを全面に出していない感じがあったが、今回は情感あふれるソロを多く、強いロック調の曲では激しくシュレッディングし、ソロでは歌いあげるギターであった。女性ファンの人気独占と言われるキーボードのリッカルド・ロマーノの情熱的なプレイはアルバムからは想像できず、見る者を惹きつけるスター性を感じた。リッカルドの「音処理」のセンスは他のプログレミュージシャンからも一目置かれており、今後ミキシングなどのゲスト参加が多く見込まれるらしい。

Photo: Catia De Cicco (c)

前半『H.A.L.』の演奏終了後、20分の休憩後、後半がスタートした。『シャイニング』から連続4曲。宇宙ものとは異なり、スリリングな曲が多い『シャイニング』は演奏の難易度も高いと感じた。映像で斧をドアに打ち付けるシーンは実に見事に音楽とシンクロしており、演奏するメンバーも高度の集中力を駆使しているのが分かった。宇宙の旅シリーズはおそらく、『シャイニング』の難易度が教訓になっており、よりライブ向きに曲を仕上げた印象だ。『シャイニング』はミュージシャンが演奏しているというよりも、4人の役者が背後のスクリーンに溶け込んで、熱演しているというくらい、観客も手に汗握る迫真のステージであった。これぞ「チネ・コンチェルト」の真骨頂!と感じた。実際、この「チネ・コンチェルト」形式が現在の形に至るまでには多くの試行錯誤を経たと聞いていた。宇宙の旅はその経験則を踏まえたライブでもベスト形態に近づいたフォルムであろう。

最後はファーストアルバム『ノスフェラトゥ』から6曲を演奏。これも初期の作品で映像とのドッキング度は『シャイニング』よりはベーシックな形態であった。映画作品が淡々としたものであるためか、まだサウンドトラック的な要素を多く感じた。しかし、楽曲は素晴らしく、ラネストラーネ作品では自分的トップである。架空の欧州の街ウィスマールをテーマに歌うメロディーの美しさときたら、これ単体で歌手が歌ってもいい出色だ。この曲を聞くたびに、ラネストラーネがイタリア語で歌い続けて良かったと思う。彼らはイタリア語を歌詞にすることに強い信念があり、おそらく今後もイタリア語で歌いつづけてくれることであろう。個人的には宇宙ものよりは、この文学路線の方がいいのだが、アルバムとしては動的変化がつけにくいのかと想像した。

Photo: Catia De Cicco (c)

アンコールでは2曲前作から演奏。全体の印象としては、『シャイニング』『ノスフェラトゥ』と徐々にスローダウンし、あれ?もう終わり?そして最後に前作から2曲のみ。おそらく新作と前作とを混同しないための熟慮の上のセットリストなのであろう。やはりラネストラーネにとって『シャイニング』は欠かすことができない曲である。そして前半の今回のメイン『H.A.L.』のアルバム及びライブでの完成度の高さは今絶好調のラネストラーネの実力と欧州各国で増加しつつあるファン層の拡大を証明した。今後は北米に向けて美しいイタリア語と壮大な演奏を展開してほしい。そして、また日本でもラネストラーネとし来日公演が見られることを切望する。

 

今回のツアーの一週間前のオランダの映像を数点リンクを拝借した。ほぼ同構成であるが、ミラノ公演の方がテンションが数段高いように感じた。

Many thanks to Henri Strik of the Background Magazine.

http://www.backgroundmagazine.nl/Gigreviews/20151206RanestRane.html

 

 

HAL: Jupiter Mission

Discovery One

Broadcast News

Freddo Al Cuore

AE-35

Spacewalk

La Perfezione Che Si Cerca

Sonno Come Morte

Buio Intorno

Computer Malfunction

= Intermission =

SHINING: Redrum

Ora Nessun Nemico Passerà

In Fuga

Nel Labirinto

Vittima Di Se Stesso

NOSFERATU Lucy

L'Ufficio Di Reinfield

Passerà Presto

Via Da Wismar

La Locanda Degli Zingari

La Montagna

=ENCORE =Materna Luna

Monolith Part Two

 

レビュー:Rockprogresso

 

参考ページ:HALに向けてのインタビューhttp://blog.goo.ne.jp/sakuradeprog/e/aca9250199cc554c8f8469af0c452bcc

モノリス インタビュー

http://blog.goo.ne.jp/sakuradeprog/e/7af8cb394be1b385fc885a014d8dc191

ラネストラーネ初紹介

http://blog.goo.ne.jp/sakuradeprog/e/ad15fdff7b79e70a500ea9673ced821e

2001年の旅アップデート

http://blog.goo.ne.jp/sakuradeprog/e/ee09b7ea421dd49ffd50122772883efa


この記事をはてなブックマークに追加

BlackWidow代表Massimo Gasperini インタビュー 2016年に向けて

2016-01-10 | BlackWidow

ブラックウィドウ代表 Massimo Gasperini (マッシモ・ガスペリーニ)インタビュー

2016年に向けての活動予定

 

サイケ、プログレ、ハードロック、ダーク、フォークとユニークなバンドを紹介し続けるジェノヴァのレーベル、ブラックウィドウの代表マッシモ・ガスペリーニ氏に最新情報を聞きました。1990年に開業以来、それまでアンダーグラウンドに埋もれていた音楽に照準を当て、欧州及び全世界で事業展開に成功したキーパースンです。

 

INTERVIEW

聞き手 Alessandro Freschi @Distorzione.net

 

Q: 今日はよろしくお願いします。90年に開業以来、このニッチ分野に焦点を当てた動機はなんでしょうか。当時懸念などありましたか。

Massimo Gasperini (Black Widow Records) :懸念は全くなし!!!自分がやりたいことは分かっていましたから。大きな事を決断するときは、信念を持って取り組みます。レコード・フェアなどでの経験は豊富だったので、当時ジェノヴァで何が求められているか、またイタリアでは何を要求されているかはわかっていました。僕の人生において、決断は成功の鍵です。スポーツ、調査、仕事などは全部情熱で進めています。あと業界の広い理解も必要。そして、少しの「幸運」かな。イタリアでは何かが足りないと感じていました。もう他にあるものをまた作るのはばかげてるだろう、と。BWではすぐにLPに重点を置いて、レコードに集中しました。レコードはロックには理想的な媒体です。情熱と技術の双方が込められています。レコードはジャケットが重要なアートになっています。少なくとも、70年代はそうでした。僕たちは未だにその考えに共感しています。他のメディアではあらゆる媒体が絶えず進化しています。CD開発の当初目的は海賊版防止だって知ってましたか?今の状況を知ると、何とも言えませんね。レコードは健在。今ではメジャーもレコードを生産している。でも、BWは先駆者です。今ではストリーミングの話しも多いですが、それは合法ダウンロードには有効だと思います。でも、だからと言って、ミュージシャンに経済的な恩恵があるとは思えません。ストリーミングは音楽を聞くためのものだけど、その後結局CDを買ってるし、僕はこの方法が長く続くとは思えないです。

 

Q:BWのカタログを見ると、優れた新人バンドが多く散見されます。バンド発掘などはどうされているのですか。

MG:発掘作業に終わりはないですね。レーベルとしての方向性は一貫していますが、アプローチは多方面からあります。友人のすすめであったり、ミュージシャンのアドバイスであったり、デモを送られたり、ネット経由で聴いたり、ライブだったりいろいろです。まず一度聞いて、よりバンドを知り、その後契約というパターンが普通です。いいバンドが素晴らしい音源を送ってきても、私たちの話しに聞く耳を持たなかったり、提案を聞かなかったりすると、チャンスはないですね。理想のバンドは、知性と教養、いいアイデアがあり、ワタシたちのレーベルと仕事をする気があるバンドです。こういうバンドは沢山のチャンスに恵まれます。

 

Q:BWカタログには新人だけでなく、大ベテランもいますね。同じジェノヴァのデリリウムなど。

MG:若いバンドと大ベテランとの働き方は基本同じです。ワタシたちが企画するライブやフェスでも大ベテランは若手と同じステージを共有しています。こういうやり方をワタシたちは好むからです。そこではバンド同士の交流が生まれます。若いバンドはエネルギーと新鮮なアイデアをもたらします。ベテランからは経験と歴史を学びます。音楽というものは時間軸がありません。音楽は永遠なのです。

 

Q:レアな作品の復活もあります。プロジェクトを動かす動機の主たるものは何ですか。決断は自分だけで行うのですか。

MG:常に自分たちの興味のみです。古いバンドの復活で、商業的には売れそうでも、自分たちが好きでなければ、後押しはしません。古いバンドの場合は、その前に権利関係などが長年にわたり混乱しているので、まずその交通整理からです。中には50年前の盤の権利に高額なライセンス料をふっかけてくる人たちもいます。こういう方面は最新の注意が必要です。

 

Q:現在のBWの仕事ぶりを教えてください。

MG:バンドやレア盤の調査と販促が主な業務です。実店舗での販売や通販もあります。SNSへの露出もあります。同僚のピノ・ピンタボナは国際業務と広報を主に担当し、アートグラフィックも行っています。

最近ではピノの働きで、チェリーファイブやラ・ファブリッカ・デラッソルートなどのバンドとの仕事が進みました。アルベルト・サンタマリアは主にカタログ関係業務、店舗販売と通販を担当しています。イタリア国内出張も多く、多くのバンドとコンタクトを取っています。ワタシの妻のラウラは会計業務を担当しています。重要な決定事項は全員で行っています。

 

Q:2015年は傑作豊作の年でしたね。おもしろいアルバムが多数出ました。来年は何が控えているか教えていただけますか。

MG:極秘だよ!!!まあ、イギリスのダークなバンドLandskap(ランズカップ)のセカンドです。すごいバンドです。こんなすごいバンドを聞いたことがないです。ドアーズ、ブラック・サバス、アトミック・ルースター、ダンツィグを取り入れながら、自分の色もしっかり残している。聞くと驚くよ!!!

あとは、ゴブリン・リバースのダブルLP、CD-DVDのライブ盤です。Goblin 4 (Four of a Kind)のボーナストラック付CDも出す予定です。あとはイル・テンピオのサード・アルバムを世界的なゲストを迎えて制作予定です。Annunnakiというニック・ターナー(元ホークウィンド)、ヘリオス・クリードと他の英米ミュージシャンでサン・ラへのオマージュとして" Space is the Place "というアルバムも制作予定です。

あと、イタリアの伝説的なダーク・サウンドのバンドもあるのですが、まだちょっと発表できません...あとはヌオヴォ・イデアのパオロ・シアーニのセカンドでは元ニュー・トロルズのリッキー・ベッローニ、マルコ・ゾッケッドゥ、ジョルジョ・ウザイ、ロベルト・ティランティなど豪華ゲストが参加しています。

LPのみのリリース予定ですが、トリップの72年のライブ・アルバムを発売予定です。昨年亡くなったジョー・ヴェスコヴィに捧げるLPです。ヤクラのアントニウス・レックスも新作を予定しています。そして、ミトロジーという謎のバンドがいます!そして、偉大なバンビ・フォッサーティの新譜。きっとサプライズも沢山あるかと思います。

 

Q:最近でのいちばん気になる音楽の動向はなんでしょうか。

 

MG: いい音楽ならなんでも好きです。でも自分に欠かせないのはこの人たち。Tレックス、マーク・ボラン、ホークウィンド、ニック・ターナー、Can、ハイタイド、ブラック・サバス、マグマ、アンジュ、Redまでのキング・クリムゾン、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ユーライア・ヒープ、アモン・デュール、モット・ザ・フープル、ブルーオイスターカルト、センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド、ダムド、ジョイ・ディヴィジョン、(Meddleまでの)ピンク・フロイド、アーサー・ブラウン、キャラヴァン(5枚目まで)、’Movin Pictures’ ‘2112’のラッシュ、レナード・スキナード、ファミリー、ブラック・ウィドウ。それから、プログレ、ダーク、ハード、へヴィ、グラム、パンクの間にいる何百ものまだ知られていないバンド、一枚で消えたバンドなど。勿論、イタリアのプログレも好きです。アレアからヤクラ、デリリウム、ゴブリン、ヌオヴォ・イデア、ガリバルディ、アントニウス・レックス、ラッテ・エ・ミエーレ。スキャントスは5回見ましたが、最もオリジナリティを感じるイタリアのバンドだと思います。もうファンクでも、ベティ・デービスでも何でも聞きます。

2016年はというと、北欧系があります。そしてニック・ターナーとビリー・コブハム、スティーブ・ヒレッジの "Fusion Space Odyssey"、チェリーファイブ、ラ・ファブリッカ・デラッソルートなど。まだ何か忘れているかもしれません。

 

Q:今、ジェノヴァで何か仕込みが始まっていることはありますか。

MG:次回の音楽フェスティバルFIMを企画中です。今回はジェノヴァから離れて行うつもりです。7月にジェノヴァでポルト・アンティーコ、とその周辺のライブハウスで数回コンサートを企画しています。マランゴロとピニャテッリのゴブリン・リバースはもちろん、イル・セーニョ・デル・コマンドとカップリングします。FBの公式ページをご覧ください。いつも目を見開いて、注意深く、悪い人に騙されないように、そしてロックを楽しみましょう。Prog-On Forever. 

http://www.distorsioni.net/canali/interviste/elogio-del-vinile

要約:Rockprogresso


この記事をはてなブックマークに追加

Elisa Montaldo エリーザ・モンタルド 初ソロインタビュー

2016-01-07 | Elisa Montaldo

Elisa Montaldo " Fistful of planets 初ソロ インタビュー

 イル・テンピオ・デレ・クレシードレのキーボードプレイヤー及びコンポーザーとして知名度を高めたのエリーザ・モンタルドはバンドとしてこれまで2枚のアルバム、そして北米、韓国とEU諸国でツアーを行っています。現在仕事の関係で、ジェノヴァから離れて暮らすことを余儀なくされているエリーザは内面の訴えを音楽を通じて表現しようと試みました。一人キーボードを前にアイデア、経験、感情を実験的にジャンルの壁を超えて表現しようと模索し、マチヤスなどプロの手を借りて世に出したソロです。本ソロはボーダーレスに自由に感じていることを音楽で表現しています。

Elisa Montaldo "Fistful of planets part I" - teaser

 インタヴュー

インタビュアー:アトス・エンリーレ借りて (Athos Enrile-All rights reserved.)

 Q: ソロではエリーザの新しい面が伺えます。制作のきっかけはなんでしょうか。

エリーザ・モンタルド(EM): 本当は特別新しいものではないのです。少なくともここ5年はずっと自分のソロを練っていました。でも時間とタイミングを逃してしまいました。結局、昨年一人で作業できる環境にあったので自分のプロジェクトに取り組むことができたのです。数年間で多くの曲のストックが完成していましたが、ゼロからスタートしたかったのです。ですから、構想は前からあったのですが、曲は新しいというわけです。

 Q: 自身の精神性が音楽で具現化したコンセプトアルバムでしょうか。あなたの思う惑星とは何ですか。

EM: 曲はぱっとひらめいて、本能的に書きました。ここ数年は自分の住んでいた場所を離れて仕事をする必要があり、一度出かけると何か月も帰宅できませんでした。夜宿泊先で、自由に思ったままを書き留めて録音することがすごく楽しくなったのです。物理的に機材が揃っていなくてもです。自分一人でCD制作の全工程をプレミックスまでこなせるようになりました。

曲はいろいろな場所で生まれました。その場の雰囲気を吸収しています。あとは個人の体験です。まるで未知の宇宙に来ているような感覚でした。惑星が沢山で、曲が次々と誕生する新星のような感じで生まれてきました。曲はそれぞれ異なる色の惑星のようでした。短い曲の断片がサテライトのようになっていました。惑星同士は深く関わりがあります。全部自分という銀河系の一部なのです。このアイデアをブックレットで表現したかったのです。

また、どこで作曲したかもわかるように、惑星の位置を明確にしたつもりです。地球の位置もいれました。想像上のマクロとミクロの宇宙なのです。

 Q:どういう方がサポートしてくれたのですか。

EM: できる限り自分で全部こなしました。というのは、当時自分は外に対して心の扉を閉ざしていた時期だったのです。個人的に深刻な危機状態でした。もう引きこもり状態でした。雪に閉ざされた宿泊先で、孤独で作業をするのは辛くもありました。でも、成し遂げたいという情熱があったので、仕事でやっているレストランでの演奏をしながら、自分の曲も自由に演奏することが可能になっていました。作曲、音作りは大変孤独な作業でした。

ここ数年間よくイギリスのオクスフォードを訪れVLYのレコーディングをしていました。中にカントリー的な曲があります。これは自分の新しい側面です。こういった音楽は大好きで、ずっとカントリーぽいことをやりたいと思っていました。環境音や会話をのせて、より曲が映像視できるようにしました。

マルチェロ・キアラルーチェは"Weeping Willow"の夢見るような雰囲気をとても気に入ってくれました。そこで、彼にストリングスのパートを書いてもらうことにしました。当初自分にはラフな案しかありませんでした。彼は私が思ったとおりの音を書いてくれました。しかも情感豊かにです。音は最終的に当時スペインにいたナナウエのマッテオ・ナウームが処理してくれました。仕上がりは素晴らしいヴァーチャル演奏になりました。

元エングラゴーのマチヤスも音楽で全面的に協力してもらいました。彼とはアメリカのニアフェストで、ライブ後のジャム・セッションで出会いました。絶対に何か一緒にやろうと約束しました。彼とはVLYもやっていますが、ソロへの協力も依頼しました。実際には時間が不足して、ミックスの締め切り数日前に作業をしたのです。マチヤスの創造性はあふれ出る泉のようです。パーカッションとキーボードを少しだけ参加してもらいました。おかげさまで、リズムにエッジが利いて、全体が暖かくなるようなヴィンテージな音になりました。

ジェイムズ・カステラーノと出会っていなければ、ここまで自分で音作りに凝ることはなかったと思います。彼とビデオを制作したときのことです。夏の仕事でフィレンツェにいました。ここで多くを彼から学びました。ギタリスト、セッション・ミュージシャン、コンポーザーとして。また素晴らしいビデオ製作者でもあります。私はあえて、苦労して取り掛かる覚悟を決めたのです。彼も応援してくれました。アレンジやサウンドの構成をよりプロのレベルまで引き上げてくれました。

ジェームズは"eclectic rocks"で少しだけギターを弾いてくれました。ホテルの部屋で録音したにもかかわらず、ほぼ自分のお手製で作ったにもかかわらず、非常によい雰囲気を出すことができました。全てはジェームズのスキル、経験、忍耐に負うところが大きいです。

単独作業はある意味簡単かもしれませんが、ヒトとの意見のぶつけ合いも重要なのです。チームで作業する際の強みと弱み、自分のどこを主張するのかなどです。単独もチーム作業も賛否両論あります。チーム、たとえばイル・テンピオでは曲が数人によってかなり姿を変えてしまいます。そのため、作業に時間もかかりますが、切磋琢磨しあい、改善して、異なる視点を取り入れ、最終的に共通するゴールに向かいます。マイナスもあります。作品を管理しきれなくなります。個人の嗜好や意見の対立で方向性が見えなくなります。自分の意見が他人によって介入され続け、自己の色が見えなくなることがあります。幸いイル・テンピオではいつも良い結果になりました。これはチームワークのいわゆる欠点よりも利点が勝っているからです。

孤独な作業と言うのは、ある意味自分が自分の主人になるということです。私はよく自分の作品を友人や弟に聞かせて意見を求めます。常に他人のフィードバックを必要としているからです。

ある点では結果のことは考えずに自由に進行させます。創造し、体験するのです。これはいつも素晴らしい旅路のようです。禅のようだと思います。誰もが、限界を超えることができます。これまで超えることができなかった高さの山を踏破できる感じです。多くを学び、自分のスタミナを増強し、意思も強くなります。

完成品を聞くと、自分がどれだけ感じた世界を表現できているか、まだまだ表現できたのでは、と思います。とても率直で、個人的な考えですが、自分がこうありたいと願う姿に近づいているかな、と思います。

 Q:今回から声、つまり歌を少しずつ増やしてきていますね。この進化はどこから来ているのでしょうか。まずは自分が満足し、その結果がいろいろ形になったという感じですか。

EM:自分がフルタイムのミュージシャンになった瞬間から、歌を習おうと思っていました。仕事でのピアノ・バー、エンターテインメント、結婚式などで、歌が必要とされたこともありました。2年間歌のレッスンを受けました。でももっと続けたいです。ジノ・ペコラーロといういい先生と出会えました。私の中の感情を濃縮して、ヴォーカルとして取り出してくれたのです。

もう物理的に可能であれば、もっと多くのことをやりたいです。毎日6時間、4か月連続で仕事していますが、まるでジムに通っているみたいです。

今の仕事はおかげさまでうまく行っています。自分の声にあったレパートリーを確立しつつあります。アルバムでは、あまり自分の思うようには歌えていないのです。録音条件がすごく悪かったのです。孤独で、分厚いカーテンの部屋で、周囲の音を遮るように防音状態を作りました。あまりマイクの構造的な知識もなく、録音の知識もあまりなかったのです。今後もっと勉強したいです。

 Q:アルバムではテンピオから2曲はいっています。これはテンピオであることを忘れないために、あるいはアーティステックな選択ですか。

EM:理由はいくつかあります。まずは宣伝です。仕事で私のCDがないかと聞かれることが多いので、そのためのソロでもあります。テンピオの曲を2曲収録することで、プログレを聞かない人にもテンピオの音楽を知ってほしかったのです。できるだけ多くの人にテンピオを聞いてほしいからです。次に、個人的な理由ですが、自分だけが歌っている曲、そして魔法めいた曲だからです。ダンス~はテンピオ結成前から作ってあった曲で、最愛の曲だからです。ただ、ブックレットでは曲のクレジットが逆になっていたことに最近気がついたばかりです!

 Q:今回のソロはPart 1とあります。これはエリーザにとって新しい音楽世界のPart 1ですか。

EM:Part 1としたのは、アルバムとして未完成の気持ちだからです。意識的にある段階で作業をストップしました。これまでのプログレの長尺曲と明確に区別したかったので、あまり手をいれることをあえてしなかったのです。ソロのおすすめの聞き方があるんです。お教えしますね。まるで映画のようにつぎからつぎへと仕事場所の移動、高速道路ではあらゆる色彩を楽しみ、音楽を聞いてみてください。休日は仕事のストレスから解放され、うちで目を閉じてソファでくつろいで御聞きください。

速やかにPart IIの制作にとりかかりたいと思っています。もうマテリアルもそろっています。あとはホテルの部屋、雪、感動、涙と笑いが必要です…。まずは自分の感情、感性を整えて、テンピオの3rdとVLYのセカンドに取り組む予定です。

私は音楽を仕事としました。音楽は人間を超越していると思います。もっとわくわくしたいし、時にはおセンチになりたいです。他の人の音楽にどっぷり浸りたい時もあります。私は音楽が持つ深い力を信じています。自分が行うことはまだまだ小さいことですが、全力で取り込むつもりです。

 http://faremusic.it/2016/01/04/elisa-montaldo-fistful-of-planets/

 Photo credits of Chiara Benelli


この記事をはてなブックマークに追加

驚異のヴィンテージサウンド、ファブリッカの鍵盤ダニエレ インタビュー

2015-12-08 | La Fabbrica dell'Assoluto

70年代イタリアン・プログレ黄金時代の音を継承するラ・ファブリッカ・デラッソルートのキーボード、ダニエレ・フリーニ インタビュー

聞き手:パオロ・カルネッリ(Open.it)

ダニエレ・フリーニはラ・ファブリッカ・デラッソルートという車の原動力とも言えます。2015年ローマのプログレッシブメンテ・フェスで行ったライブでは観客は度胆を抜かれたようになりました。ブラックウィドウズから発売されたデビューアルバムではダニエレは多くのヴィンテージ機材(ハモンド、ミニ・モーグ、メロトロン、ローガン・ストリングス等)を用いて演奏しています。伝説のビンソン・エコーレックなど、先達の偉大なキーボードプレイヤーの機材を踏襲しています。実験的な試みからオリジナルの音までを究めた、機材への愛情を感じます。

More info: www.lafabbricadellassoluto.com   

 そのダニエレにベスト曲とその思い出を聞いてみました。

 Le Orme "Collage" (1971)

これは生涯のベストです!このアルバムは僕の人生のあらゆる瞬間を思い出させてくれます。13年前に始めて聞いて以来、飽きることなく、これからもずっと愛聴すると思います!

素晴らしい音の要素がすべてこの中にあります。サイケデリア、純粋なプログレ、ミニマルだけど完璧なアレンジではオルガンとピアノがユニークな方法でミックスされています。歌詞も稀なる美しさでメロディーも洗練されています。僕にとってこのアルバムはもう重要するて、自分の音の組み立ての基礎としているほどです。アルバムでは大量のエコーが僕の大好きなビンソン・エコーレックでかけられています。このアルバムのハモンドを聞いて、僕はオルガンを弾き始めたくらいです。

 Il Rovescio della Medaglia "Contaminazione" (1973)

魔法のアルバムです。イタリアン・プログレのベストの一枚です。バンドの最高時期に作られたアルバムで、バカロフ氏が関わっており、道理で完璧なアルバムなんだと納得しました。このアルバムの技術的な達成度は世界的なレベルだと思います。

客観的な評価を超越して僕はロヴェッショのヴォーカリストのピノ・バラリーニと共演できたことがとても光栄でした。このアルバムの秘話なども教えてもらいました。ピノとはこれがきっかけで大変懇意にしていただき、尊敬の念が絶えません。ロベッショの名曲La Mia Musicaについて教えていただいたことは、このクラシカルなロマンスとロックの融合で崇高な宝石のようなものです。僕が理想とする音そのものです。

 King Crimson "In the Court of the Crimson King" (1969)

プログレ・ハードの最高峰、国宝級です。偉大なエネルギーの応酬が見事です。

演奏は完全無欠ですが、どのステップも細に入り過ぎることなく、どのアレンジも構築的過ぎず、即興的な感じを受けます。木管楽器も素晴らしいです。甘さとアシッドさが交互に現れ、メロトロンがアルバムを夢のような雰囲気にしています。レイクの声で世界の完成です。エピタフがいちばん好きです。

 ELP "Tarkus" (1971)

エマソンは僕にとって現在のロックシーンにおける最強のキーボードプレイヤーであり続けています。真の音楽マシンのような方です。素晴らしい音楽、最高のテクニックですが作曲のテイストも素敵です。(反対の意見もあるかと思いますが。)レイクの描写力のある声に包まれたこのアルバムは永遠の音楽の金字塔です。好きなのはタルカス全曲です。

 Yes "Fragile" (1971)

イエスの初体験がこのアルバムです。いちばん衝撃を受けたのもこのアルバムです。大曲が多く、重いアルバムだと思います。ウェイクマンの鍵盤は後進のプレイヤーに多大な影響を与えていると思います。 スクワイヤのベースは重低音でアタックとパンチを曲に与えています。アンダーソンの甘い声は曲にユニークな仕上がり感を与えています。ハウとブルフォードにしても、他のジャンルのユニークなスタイルがあり、無二の存在です。有機的なバンドアンサンブルに関して言うと、イエスは僕たちにいちばん影響力を与えたと言えます。好きな曲はHeart of the Sunriseです。

 シューマン 幻想小曲集Op 12" (1837)

僕が音楽を始めたきっかけはクラシックだったので、これをはずすわけにはいかないですね。音楽が好きになり、生活の一部となったのも、この曲がきっかけです。

シューマンは大好きな作曲家です。360度満点の芸術家です。ピアノのみならず、偉大な文化人です。音楽で精神状態を描写し、創造を再生していると思います。狂気、サイケ、見識もあり、ロマンティックでもありました。おそらく最もプログレッシブなクラシックの作曲家だと思います。飛翔がいちばん好きです。

 Pink Floyd's "Live at Pompeii" (1973)

個人的にはフロイドの最高の時期の作品だと思います。僕の人生のサウンドトラックの一枚です。好きな曲はEchoes (part 2)です。

 Battisti "Il nostro caro Angelo" (1973)

ずっと大好きなシンガーで、稀な美しさのアルバムです!詩の世界にどっぷり浸かっているアルバムです。

稀なる雰囲気を醸し出し、決して戻ることがない過去の季節を歌い上げています。

自分のいろいろな思い出もこのアルバムに込められています。アヴァンギャルドで実験的なアルバムで、ラテン、ソウルなどの面も聞けます。好きな曲はQuesto inferno rosaです。

 Terry Reid "Seed of Memory" (1976)

これも好きです。テリーはロブ・ゾンビのおかげで出会うことができました。サウンドトラックの一部でした。ツェッペリンやパープルとも接点がありました。とにかく僕のナンバーワンです。この曲はフォーク・ロックの魔法のような曲です。テリーの声は変わって聞こえますが、聞いているだけでわくわくしてきます!好きな曲はTo Be Treatedです。

 Biglietto per l'inferno "Same" (1974)

自分が形成された素になるバンドのひとつです。このバンドを聞いてからプログレ寄りのアプローチをするようになりました。大きな強い情感があります。鍵盤は実験的でもあり、クラウス・シュルツェが選んだバッフォ・バンフィを使用しているだけあります。

まるで岩が溶けるような熱を持っており、不安の要素、詩的な要素もあります。

おいしいサイケデリックの素材に加え、アルバム全体は最初から最後までこのムードに包まれています。歌と作曲のクラウディオ・カナーリはとにかく素晴らしい即興性で、純粋なインスピレーションから発した音楽ということがわかります。特に大好きで、もう愛しているアルバムです。好きな曲は L’amico Suicidaです。

http://www.opento.it/islands_fuligni.htm


この記事をはてなブックマークに追加