イタリアの風に吹かれて                               ~con te partiro~

前世(かこ)から未来(いま)へと紡がれし時の記憶
あなたと交わした約束の欠片を辿る遥かなる愛しき旅

複雑な気持ち

2017年03月05日 06時00分37秒 | 日常のあれこれ



どんな作品が生まれるのか見当もつかず ただ感じるままに
 インスピレーションで描いた完成した作品
は沢山の渦巻き模様とドットが混在していました。

描いている時、解放された魂はどこまでも広がり言い知れぬ心地良さを感じました。
以来、手の動くままに 次から次へと産み出される作品たち。

以前伝えられた「作品に触れた人の心を癒す」という言葉が脳裏をよぎり
ブログを立ち上げ作品たちをupしはじめました。
2010年5月のことでした。

ヒーリングアート、エナジーアートと言って頂く 私の
分身の様な作品たちは
「さぁ、皆さん今日はりんごを描きましょう。」と、すでにそこに有る物、
静物画を絵画教室の先生に言われ一斉に描くのとは違います。

表現方法も、考え方も、身に纏う物も、【人と同じ】を好まない、
オリジナリティーを大切に思う私ですが、その思いは産み出すものに対しても同じです。


私の作品から影響を受けた方が「自分も同じように描いてみよう」と
真似をする、ここで終わりならいいのですが
私の表わした作品から影響を受け、それを真似て描いたものを
許可なく ネットの世界にその親御さんが
ご自身のお子さんのインスピレーションとして出されることはタブーです。

インスピレーションで産まれた 世界に1つだけのオリジナルに
泥を塗られたような気がします。

かつてfacbookで繋がっていた別の方に同じようなことを
続けて2回されたことがありました。
得たものを 自身の言葉でfacebookで紹介したのですが、
その私の記事をご覧になって それを知ったある方は、
のちに私が書いた記事にアレンジを加え
ご自身が元の発信者であるかの如く ご自身の頁でシェアされましたが、
そこに「○○さんの記事を拝見しシェアしました」の一言はありませんでした。

その少し前、ある番組である本を1時間の再現ドラマ形式で
紹介していたことがあり、約1時間のその番組の内容を
長い文章で 本とともに紹介したことがあるのですが、
その時も同じように、私の記事をご覧になって知った内容を
ご自身が最初に持ってきたもののようにアレンジを加え
 ご自身の頁にあげていらっしゃり、そこには やはり
「○○さんの記事を見て知りシェアしました」の言葉はなく
その時、意外にも礼儀がない人だな、と思いました。

「え? SHOKOさん、なんでそんな小っちゃいこと気にするの?」と
思われた方もいらっしゃるかもしれません。

でも、私の経験上、人の思いに頓着なく、
こういう事を悪びれず平気でやってしまう方って、
失礼な言い方になってしまいますが、他の部分においても
え? と いうことが多々あります。

例えば、親しい人から思いがけず 
紹介じゃないと知り合えないような人を紹介頂いた時、
「表だって活動されていない方だから他言しないでね」と言われたのに、
色んな人に平気で「私○○さんの連絡先知ってるのよ」と
あたかも自分の知り合いのようにペラペラ喋ってしまったり、

素敵な隠れ家的なお店を見つけ 友達に話したら確認もとらずに
まるで自分が見つけてきたお店のようにブログでUPしてしまったり

これって横取りに他ならないと思います。

作詞でも、作曲でも、デザインでも、文章でも
ものづくりをする人が絶対にしてはいけないことは、
誰かが産み出したものを真似し、
それをまるで自分のオリジナルとばかりに悪びれずシレッと
snsなどにあげてしまうことだと思います。

著作権があるのは自分の産み出したものを許可なく使ってしまうなどの
トラブルを防ぐ為にあると思います。

2010年当時より 当ブログにお立ち寄り頂いている皆様は
ドットや渦巻き模様が自由に織りなす独特な作風をご覧になられると、
「あ、SHOKOさんの作品!」とすぐ分かって頂けるように思います。
本来作品とはそうしたものであり、それは創作者冥利に尽きます。

ジミー・大西さんの感性ほとばしる鮮やかな色の世界に触れた時
「あ、ジミーさんの作品だ」とすぐにわかるのも、

書家の武田双雲さんの勢いのある筆の運びが
パッとテレビ画面に映った瞬間それが武田さんの書と分かるのも

作品に創造者そのものが生きているからです。

ゆえに、影響され リスペクトしているからといって
その人のインスピレーションで産声をあげたもの、
何らかの天の采配がありその人を通して形となり齎された作品を
「あら~、いいわ」とマネをし、それを描くにいたった元々のいきさつを
ちゃんと開示しないまま ネットに堂々と挙げてしまうってどうなの?と

嫌悪感を感じるとともに 横取りされたような気さえします。

先月下旬、以前交流していたある方の夢を見ました。その数日後 思いがけず 
その方の現在のお姿を画像を通して拝見する機会があったので

どんな風にお過ごしかしら?と思い 久方ぶりにブログに立ち寄りました。
幾つかの記事を拝見し、ある記事に触れたとき
「え?」と衝撃が走り 
目が点になってしまいました。

その方と交流があった頃、その方の娘さんも
私がブログにUPした作品をお母さんと一緒によくご覧になっていたということは
そのお母さんから聞かされていたので知っていました。

ある時、お母さんにあたる かつて交流があったその女性から
「娘がSHOKOさんの作品の影響を受けているみたいです。」と
渦巻き模様など確かに「あ、私の作風を取り入れている」と一目瞭然で分かる
複数の作品を
画像を通して見せてくれたことがありました。

その方の娘さんは元々先生について絵を習っていて、以前から時折、
そのお母さんはご自身のブログに娘さんや息子さんの作品をUPしていました。
粗削りだけれど媚を売っていないピュアで個性豊かな当時の娘さんの作品に
私はアートを感じ素敵だなと心惹かれていました。


それから暫くして、私の作品の影響を受けているとお母さんから伺った後
「これです」と娘さんが描いた作品を画像を通して見せて頂いた時、

あんなところも こんなところも、私の作品とよく似ていたので
「アートってマネじゃないのにな・・・」と その時、複雑な思いでした。
というのは、私の作品をご覧になられる前と後とで描いた
娘さんの作風は
明らかに変わっていたからでした。

今回、久しぶりに立ち寄ったその方(お母さん)のブログには
娘さんの作品が数点紹介されていましたが見た瞬間、
過去、自身が描いた作品と色々な点で似通っていると感じさせられたので

かなり驚いてしまいました。

かつてその方は多くの人を引率するお仕事に就かれていた様なので、
元々の性質はおっとりしていて、どちらかというと
もたもたしていて 鳶に油揚げを的なことが多い私とは違い
抜群の行動力や人脈もあり、集客のノウハウをはじめとし

プロデュース能力があるのでご自身も含め、人を引き付ける為の見せ方、
表現の仕方もよくご存じで「私を見て」という自己顕示欲も強い方なので

今後もご自身のブログなどを通し娘さんもガンガン推して行かれる事が想像できますが
お母さんご本人は全くそんなことは思っていなく、
全ては娘さんの想像力のたまものと思っていらっしゃり
様々な面において自信があるからこそsnsに挙げていると思うのですが、
二番煎じ的な、生き馬の目を抜くようなこうしたやり方には
いささかあきれ、いやぁな思いが大きくなっています。

様々なメッセージを受信する方なので
本当の意味で 人のまねではない独創性、オリジナルとは何なのか、を
 遠からず 娘さんに
説かれる日が来ることを願ってやみません。

その方ご自身、以前から口癖のように
「私がブログでこの本を読みました、と書けば 
私も買いました、となって
沢山の人が私のする事をマネするので
最近は本を紹介するのもやめました」と仰り、
常々「○○(←あるメーカー)の服はみんな同じで個性がなくて嫌だから着ない」と
ご自身のSNSでメーカー名を出して堂々と仰るような、

何より ご自身が最も人からマネをされたり
誰かと同じであるということを大変嫌う方なのに、

何故? 
インスピレーションで産み出した尊い作品がマネされるのは
それ以上に嫌だということに、そう感じる人がいるという事実に
気づかないのだろう?と不思議に思うのです。

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