ろかぶろぐ

ネトゲのだらだら日記blogだったはずの何か

与太話:人権侵害の為の人権擁護法案

2005年03月17日 | 与太話
平蔵さんが危惧し広めていたようなので、
少し私的主観によるこの法案を少し書いてみます。

一つ前置きして置きますが、私は人権擁護自体には賛成です。
守られるべくして守られるものかと。
ただ今回のこの法案に置いては反対の立場です。
余りに曖昧な定義の法案でありながら、
委員は恐ろしいまでの特権を持つ事が可能になりえるからです。


判りやすい例を考えてみました。

A・B・Cと言う3人が居て、Cは人権擁護委員。
BとCは親しく、BはAを嫌ってるとします。



B「Aってむかつくんだよね」

C「ああ、そうだね」

B「色々言って来るし」

C「差別的なニュアンスの発言があったら上げ足取ってやろうか?」

B「頼むよw」


場面は変わり。

A『Bって○○だよね』

B『それは差別だ』

C『差別と認めます。強制捜査します』

A『差別してる訳じゃない、強制捜査なんて冗談じゃない』

C『拒絶ですか?なら罰則を科します』

A『なんだよそれー!』

B(上手くいったぞw



こんな馬鹿な話がまかり通る法案です。

法案の第一の問題点として、人権侵害、差別の定義が曖昧な点があります。
人権擁護委員が差別としたら、それは全て差別になります。
例え通例で使われる言葉であろうと、委員が差別と言ったら差別。
馬鹿って言葉を差別としたら、発言しただけで逮捕される可能性があります。
言葉狩りが始まるかもしれません。


第二に、人権擁護委員会を止める手段がありません。
暴走が始まったら政府ですら止められません。
自らを処罰する機関が存在しないからです。
一応日本は3すくみの政治体系を取っており、
各自監察する事が可能になっています(チェックは甘いですが
しかし、この委員会はそれから外れる事になります。
このような自浄作用を持たない機関は、必ず腐敗の温床になります。
過去の歴史から見て帝政の末路がそうであったように。

委員は所詮は人間です。そこには必ず主観があります。
同じような主観を持つ人が多く委員になったら……?

ちなみにこの法案制定を呼びかけている解放同盟と言う団体曰く、
「被差別出身者、女性、障害者、在日外国人などを人権委員にする」
と言っているようです。
一般的定義で言われる被差別者を委員にする、と。
これでは、委員自体が差別される側の主観で動く事は明白です。


一つ、伝えたい事があります。

差別と指摘する人が、一番の差別主義者です。

誰かが差別と定義しない限り、個人間で終わる話もあります。
人間に個体差がある限り真の平等は存在し得ません。
個体差による不平等は区別であり、差別ではありません。
区別と差別の見分けが付かないのに、差別と叫ぶ人も多いのです。


そして、世の中には差別利権者と言う方が居ます。
差別されてるから保護しろ、と声高に叫ぶ方々です。
温情により保護されますが、
実際はそれ程差別されている訳ではない、と言う……

一つ例に上げると、在日の方は他の外国人と区別されています。
永住権が優先的に与えられてますから。

朝鮮総連と言う組織がありますが、こちらは税金が免除されています。
色々あるので細かくは書けませんが……
この直下組織に入っている商工会などは、税金が半分だとか、
色々免除される項目も多いのです。
それでも、尚差別と叫ぶ在日……
多くの在日が帰化しないのは、差別利権の為、とも言われています。

関係にも、同様の差別利権者は存在しているようです。
無論国家により、一定の利権や保証は成されて居ます。
それでも尚、利権を欲しがる……ように私は見えてなりません。
無論本当の意味での差別と戦っている方も居るでしょうが……


実際何処まで透明か判らない差別問題なのに
強制力が強い委員会を成立させてしまうと、
こう言った差別利権者の糾弾すら出来なくなってしまう可能性があります。

基本的人権である言論の自由が封殺される可能性が十二分にあるのが、
この人権擁護法案です。

人権擁護する立場が人権を侵害すると言う、
何ともお粗末な結果になりかねません。

こんなザル法案なのにマスコミが騒がないのは、
マスコミ関連に関する規制は凍結とされている為です。
よって、マスコミは我関せず。

日本のマスコミは利権主義で、公正な報道をしている所は在りません。
マスゴミ、と表現したくなるくらいです。
だから自分たちに直接関係無いこの法案はスルー。
ネットは確実に弾圧の対象になりますが、
マスコミはネットを敵と思っているようですから、
法案が通った方が好都合なんでしょう。

圧力もあるのかも知れませんけどね。


一応、この法案自体は延期になりました。
でも、廃案になった訳ではありません。
何時また、再提出されるかわからない状況にあります。

その時どう動くべきか。
しない善よりする偽善と言う言葉があります。
傍観は肯定と取られる世の中なのです。
少しでも反対の意思があるのならば、
どうすべきか、自分の足で回ってみて下さい。
まずは興味を持つ事、そして知った上でどう動くか、です。

私は反対なので、反対の意思を持って行動しています。


稚拙な文ですが、きりがなくなりそうなのでこの辺でw



追記:
これは極論の話であり、必ずしもこうなる、と言う事ではありません。
意図的に法案を過大解釈している部分もあります。
あまり長文では読む方も書く方も辛いので、
細かい部分を端折り、主観による書き換えをしています。
鵜呑みにする事を私は望みません。