以下は,日刊県民福井の6月8日の朝刊に載せてもらった私の散文です。
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思い出のジェントルマン
カナダの大西洋岸漁業の現地調査をしている最中に,片田舎で私はあるジェントルマンに出会った。
ケベック州のある町を訪れた時のこと。その町には1泊だけして,翌日には別の町までタクシーで行くことになっていた。その町に向かう飛行機は50人乗り。乗客はジェントルマンと私のたった2人。席が離れていたので話すことはなかった。
空港に着くと嫌な予感がした。私は日本語と英語しか話せない。ケベック州の公用語はフランス語だが,たいがいの場所には誰かしら英語の話せる人がいるもの。だが,この町には英語の通じる人が少ないようだ。
空港からホテルまではタクシーを使わなければならない。空港の係員に呼んでもらったタクシーを待っていると,飛行機で一緒だったジェントルマンが英語で話しかけてきた。「自家用機みたいだったね?」「どこから来たの?」「僕はここの出身だよ。」などなど。そして,同じタクシーに相乗りすることになった(タクシーが少ないこの町では,相乗りが当たり前なのだ)。
私は困っていた。明日のタクシーをどうしようか。ホテルのフロントは英語が通じるだろうか?そこでジェントルマンに「運転手に明日○○○まで連れて行ってくれるように頼んでくれませんか?」とお願いした。運転手はフランス語しか話せなかったから。ジェントルマンはすぐに運転手に話してくれた。どうやら明日は大丈夫なようだ。
次の日,予定の時刻にはホテルの前に違う色のタクシーが止まっていた。私はあせった。これに乗って良いのだろうか?するとフロントの人が私あての電話だというゼスチャーで受話器を渡した。受話器の向こうから「やあ。飛行機とタクシーで一緒だった僕だよ。タクシーはちゃんと来てるかい?英語が少し話せる運転手のタクシーに変えてもらったよ。」
私は思った。この親切は,誰か次の人に手渡そうと。だってそのジェントルマンには二度と会えないのだから。
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思い出のジェントルマン
カナダの大西洋岸漁業の現地調査をしている最中に,片田舎で私はあるジェントルマンに出会った。
ケベック州のある町を訪れた時のこと。その町には1泊だけして,翌日には別の町までタクシーで行くことになっていた。その町に向かう飛行機は50人乗り。乗客はジェントルマンと私のたった2人。席が離れていたので話すことはなかった。
空港に着くと嫌な予感がした。私は日本語と英語しか話せない。ケベック州の公用語はフランス語だが,たいがいの場所には誰かしら英語の話せる人がいるもの。だが,この町には英語の通じる人が少ないようだ。
空港からホテルまではタクシーを使わなければならない。空港の係員に呼んでもらったタクシーを待っていると,飛行機で一緒だったジェントルマンが英語で話しかけてきた。「自家用機みたいだったね?」「どこから来たの?」「僕はここの出身だよ。」などなど。そして,同じタクシーに相乗りすることになった(タクシーが少ないこの町では,相乗りが当たり前なのだ)。
私は困っていた。明日のタクシーをどうしようか。ホテルのフロントは英語が通じるだろうか?そこでジェントルマンに「運転手に明日○○○まで連れて行ってくれるように頼んでくれませんか?」とお願いした。運転手はフランス語しか話せなかったから。ジェントルマンはすぐに運転手に話してくれた。どうやら明日は大丈夫なようだ。
次の日,予定の時刻にはホテルの前に違う色のタクシーが止まっていた。私はあせった。これに乗って良いのだろうか?するとフロントの人が私あての電話だというゼスチャーで受話器を渡した。受話器の向こうから「やあ。飛行機とタクシーで一緒だった僕だよ。タクシーはちゃんと来てるかい?英語が少し話せる運転手のタクシーに変えてもらったよ。」
私は思った。この親切は,誰か次の人に手渡そうと。だってそのジェントルマンには二度と会えないのだから。