(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十七章 ふつうなひとたち 四

2008-08-20 21:01:32 | 新転地はお化け屋敷
「お? なんだ、お前にしちゃあサッパリしたもんだな。ついこないだ俺らに兄ちゃん追いかけさせたばっかの癖に」
 そして口宮さんの嫌味。それは多分、僕が初めて今ここにいるみんなと会った時の話なんだろう。栞さんと二人で(と言って、チューズデーさんも一緒だったけど)公園に出かけた時の。……大学からあんな所まで追いかけさせられた事を考えればそりゃあ、嫌味の一つくらいは言いたくもなるだろう。そうじゃなくてもこの人なら言いそうだけど。
「そこで駄目だったから諦めたのよ。別に今更、今までずっと分からないままだったんだし」
 対して異原さん、口宮さんから声を掛けられたにしては珍しく、そして口宮さんの言ったように、さっぱりとした表情。
 ――それまでずっと分からないままだったところに僕という「ヒントになりそうなもの」と出会って、実際に会ってみて、でも結局分からず仕舞い。当然ながら僕は異原さんのそれまでを知っているわけじゃないけど、でもそこで諦めようと考えるのも、無理もない事なのかもしれない。
 そう考えると、答えを知っているのに隠しているという自分の立場がそれこそ嫌味に思えてくる。今ここでの異原さんは何ともなさそうな顔をしてるけど、やっぱり悩んだ事とか、あるんだろうと思うし。
 部屋の雰囲気とはまた別に一人でしんなりしていると、
「のう日向くん、ちょいと訊きたいんじゃが」
「あ、はい?」
 同森さんに声を掛けられた。ただそれだけなんだけど、気落ちしている時に掛けられる声というのは安直に言って逃げ道になる。ただこの会話を逃げ道として捉える場合の問題は、後に続く話題が「逃げたい話題」とは別のものに切り替わっていなければならない、という条件が付いている事なんだけど――
「彼女ってのはどんな人なんじゃな? 最近引っ越してきたんじゃし、今は遠距離って事になるんかの?」
 良かった、そっち側についての話で。
「いえあの、その人とはこっちに越してきてからなんで、割と近所の人だったりしまして」
 と言うか、隣の部屋の人なわけでして。
「んなぬ?」
 しかし同森さん、川を流れている真っ最中の河童を目撃したかのようなとんでもなく見開いた目を決して河童ではない僕へ向ける。何ですか、冷蔵庫からきゅうり持ってきましょうか。
「いや、だってじゃな日向くん、こっちに来てからまだそんなに経ってないじゃろ? ……意外と手が早かったりするんかの?」
「てて、哲郎さん……! 何言ってるんですか……!」
 まあ今までにもそんな事言われたような気がしますし、自分でも早かったとは思いますけど。いやまあ、手がどうのの話じゃなくてですけどね? だからそんなに慌てないでください音無さん。なんだか恥ずかしくなってきますから。
「よっぽどその女の人と相性が良かったか、それとも本当に日向くんの手が早いかよね」
「早くないですって。相性のほうも……どうなんだかって感じですし」
「え? もしかしてその、もうお別れムードだったりとか?」
「あ、そういう意味じゃなくて。別れるだとかそんな話、考えた事もないですけど」
 ん。今のじゃあ、そんなな捉え方をされても仕方がないかな? ……どうも言い方に少し問題があったようだ。
 ――そりゃあ、性格とかの面では相性が良いのかもしれない。なんせ言われている通り、初めて会ってから付き合い始めるまではかなり短かったし。それに一緒にいるだけで楽しいし、可愛いし、向こうも僕の事を好きでいてくれてるし。
 ただ僕は、そんな彼女を度々泣かせてしまうから。今日だって、異原さん達が来る直前にそんな一幕があった。それでも傍に居続けたいと、恋人で居続けたいと思うのは、もしかしたらとんでもなく身勝手な話なのかもしれない。異原さんが言ったように、こんな状況だと「別れる」という選択肢を選ぶ人もいるのかもしれない。
 だけど僕はそうしない。それは別に、そのほうが正しいだとか別れるのは間違ってるだとかいう話じゃなくて、ただ単に僕がそうはしたくないと思っているからそうしないだけの話だ。
「まあ、人と付き合ってて何も問題がないほうが変なのかもしれないですよね」
「んー? なんだかよく分からないけど、お付き合いは順調って事なのかしら? それとも逆?」
「ああ、すいません変な事ばっかり言っちゃって。順調ですよ、喜ばしい事に」


「ぷく?」
「ん? サーズデイ、どうかしたのか?」
「くいくい」
「怒橋? ――おお、なんだそんな難しい顔して。静かに考え事なんて、らしくないじゃないか」
「ワウ」
「うっせーよ。……さっきのと似たような話だから言い出せねえだけだっつの。その事で謝った手前」
「懲りないなお前は」
「思い付いたもんはしゃーねえだろ。だからこうして黙ってたんじゃねえか」
「あの、でも、わたしが見た限りじゃ喜坂さんは嫌がってたふうでもなかったような……」
「うん、全然嫌なんかじゃないよ。だから大吾くん、何かあるなら言って欲しいな。成美ちゃんもお願い」
「まあ、喜坂本人がそう言うならなあ。というわけで怒橋、存分にどうぞ」
「なんかまだ馬鹿にされてるような――いや、まあいいか。えーとだな、なんつーか、先に謝りたくなるくれえに酷い話なんだけどよ」
「そうなの? ちょっと怖いような――あはは、嘘嘘。大丈夫だよ、大丈夫」
「じゃあ言うけど……孝一ってやっぱ、まだ生きてるんだよな。いや、言うまでもねえ事なんだけど。それでほら、今日みたいな事もあるだろ? さっき成美が言ってた『幽霊相手の付き合いと生きている者相手の付き合いが相容れない』ってのも分かるし。それでなんだ、その……これから先もあると思うんだよ、こういう事って」
「うん。ある、だろうね。たくさん」
「それ分かってて付き合ってられるのってすげえっつーか……なんだその、辛いとかって、ねえもんなのか? オレはほら、成美も幽霊だし、自分じゃ分かんねえっつーか」
「あると思うよ。うん、ある。だからさっきも泣いちゃったんだろうし。でもね大吾くん、泣いておきながらこんな偉そうな事言うのも変な話だけど――付き合うって言っても結局はやっぱり他人同士でしょ? まして、孝一くんとは昔からの知り合いだったってわけでもないし」
「そうだな。オレと成美だってそうだし」
「そもそもわたしは元猫だ。他人がどうとか以前に別の生き物だからな」
「だよね? だからね、幽霊とかそうじゃないとかの差を抜きにしても、やっぱりすれ違うところってあると思うの。付き合ってる人達でも喧嘩とかになっちゃう事ってあるだろうし。――栞達の場合、付き合い始めが口喧嘩からだったんだけどね」
「ああ、アレは確かにな。……そっか、別に『幽霊だから』とかに限った話じゃないか。口喧嘩なんてオレ等もしょっちゅうだしなあ」
「あはは、大吾くん達のはまた違うと思うけどね」
「にこにこ」
「言うな喜坂。微笑むなサーズデイ。否定するつもりは無いが、だからと言ってだな……」
「人間の恋愛って、なんだか大変そうですねえ。楽しそうでもありますけど」
「ワウ」


「しっかし、お化け屋敷なんて聞くからちっとは期待してたんだけどな。普通だよなここ」
 不意にぐるりと辺りを見渡した口宮さんは、急にそんな事を言い出した。いや、そういう評判がある所に出向く事になった以上、あちらからすれば急でもなんでもなく最初から気になってたのかもしれないけど。
「あら? あらあら? あんたまさか信じちゃってるわけ? ここにお化けが出るって」
「アホか。火のない所に煙は立たねえっつうだろ? 幽霊が出るなんて思っちゃいねえけど、何か変なところくれーあると思ったんだよ。掛け軸の裏にお札とか」
 旅館じゃないんですから。
「まあ、確かにのう。どこぞの廃墟ならともかく人が住んどるアパートじゃし、評判の割には『ここで事件があった』なんて話も聞かんしの。お約束の」
「や、やめてくださいよー……そんな事言ってて……本当に何か出てきたらどうするんですかぁ……」
 同森さんの言う通り、そういう噂には大抵「前の住人が自殺した」だとかの物騒極まりない話題がセットになっている場合が多いように思う。確か、実際にそういう事があったら契約にも影響するんじゃなかったっけ? 具体的に何がどうなるのかまでは知らないけど。
 そして音無さん。出るまでもなくいますよ、幽霊さん達。全然怖くない人ばっかりですけど。唯一怖いのは――小さな女の子の幽霊さんが怒った時ですかね? 下手したら総員退避な事態になっちゃいますし。
「ひ、日向さん……何も出ませんよね……? ここって……」
「当たり前じゃないですか」
 だって幽霊は、突然出たり消えたりできるものじゃないんですから。生きている人達と同じように、ただのんびり暮らしているだけなんですから。
「で、ですよね……」
「と言うか、言っちゃ悪いかもしれませんけど、音無さんの格好のほうがよっぽど――」
 もしお化け屋敷どうこうでここを嫌っている人達があまくに荘から出てくる音無さんを見たりしたら、それこそ「お化けだ!」と騒ぎ出すんじゃないでしょうか。非常に酷な話ですけど。
「え? あ……いえ、これはその、いえ、それなりに事情が……好きでこんなに着込んでるわけじゃあ……」
 しかし、そんな返事。随分と慌てた様子もあるけどそれはともかく、その内容は僕にとってかなり意外なのでした。
「え、そうなんですか? いやてっきりそういう趣味なのかとばっかり」
 しかし、厚着しなければならない事情って何だろう? 日焼け防止……は、まだまだ気にする季節じゃないし。……いやいや待て待て、もしかして。
「音無さん、肌が弱かったりするんですか?」
 高校の時は普通の格好だったから薄い線だとは思うけど、何かの病気の影響とか、そういう事もあるのかもしれない。思いっきり想像でしかないけど。
 するとここで、異原さんと同森さんの帯びる雰囲気が気まずそうやら恥ずかしそうやらな、何と言うか半笑いなものに。そして音無さん本人にいたっては、きゅっと身を縮めて「そういう事は……ないんですけど……」と非常に困ってしまった様相に。
 しかし一人だけ何ともなさそうな人が。そう、口宮さんです。
「んー、なんつうかな」
 どうやら説明しようとしてくれているらしく、でも上手い言葉が出てこないらしい。軽く首を捻って思案のポーズ。
「ちょっとあんた、何言い出すつもりよ」
 異原さん、割と真剣に怒りを孕んだ口調。しかし口宮さんは止まらず、
「さっき言ってた兄ちゃんの彼女って、チチでかかったりするか?」
 はあ?
 ……………はあ?
「言うならせめて胸って言えこのド阿呆!」
「ごぬっ」
「て言うか言うな!」
 一瞬何を訊かれたのか分からなかったけど、異原さんの訂正のおかげで正しく理解。その異原さんにグーで殴られた口宮さんはこの際どうでもいいとしましょう。うん。
 で、殴った後の異原さんの台詞からして、今のはまるで関係のない質問ではなかったようで。しかし僕にはその質問と現在の話の関連性が見出せず、
「あの、僕の彼女の胸の大きさが音無さんの格好と一体どういう関係が?」
 と結局何も分かっていないも同然の質問。だって分からないんですもん。
「いや、直接関係はないんだけど、一例と言うか何と言うか……あは、は」
 明らかに「言っちゃ駄目」な空気を纏わり付かせた口宮さんの質問に付いて尋ねるのは、異原さんを虐めてるみたいでちょっと後ろめたいような気も。だけど栞さんのその……バストサイズなんてものが話に出てきた以上、見過ごす訳にはいかない。気にするなってほうが無理な話ですよこんなの。
「まあなんじゃ日向君、高校で同じクラスだったんじゃし、昔の音無は知っとるわな?」
「え? まあ、はい」
 知ってるも何も一時は隣の席な上、片思いの相手だったんですから。
「要するに今はその時と比べて」「待ってくださいーーーー!」
 突如、聞き覚えのない大声が部屋に響く。いや、音無さんの声なんですけど、あの人の喉からここまで張りのある声が出るとは夢にも。
 当然同森さんの口は止まり、その視線は音無さんへ。もちろん同森さんだけでなく、僕も含めて部屋内の他メンバーも。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 その音無さん。一声上げただけで息が上がり、全力で百メートル程走ったかのように肩を上下させていた。
「隠すためにこんな格好してるのに……酷いですよぉ、口宮さんも哲郎さんも……」
 それはもう、殆ど泣き声と言っても遜色のない声。もしあの顔をすっぽりと隠している前髪がなかったら、本当に泣いていたりするのかもしれない。
「ちょっとこら男ども! あんたらデリカシーってもんはないの!? こっちの馬鹿どころか哲郎くんまで!」
「いや、しかしじゃなあ。いつまでも隠すというわけにもいかんじゃろ? 今ですら浮いとるのに、ましてや夏でもその格好のままじゃおれんじゃろう? 日向君なら前からの知り合いじゃし、克服の切っ掛けにはいいと思ったんじゃがなあ」
「そりゃそうだけど、実際はこの通りじゃないのよ」
「それに関しては弁解の余地もないのう。すまん、音無」
 俯いて時折目元を拭ったりしている音無さんの前に、ぱちんと合わせられる同森さんの両の手の平。でも音無さん、顔が隠れてるもんだから多分だけど、そんな同森さんを見てすらいない。俯かせた顔を上げたくないのか上げられないのか、下を向いたまま。
 ……何だろう、この状況。
「結局音無さんが何を隠してるかは――」
 びくり、と音無さん。
「――訊かないほうが良さそうですね」
「そうね。手遅れだったりするかもしれないけど」
 ですね。さすがに、大体のところは想像付きますし。
 でももしちゃんと教えてもらえたなら、「ここの大家さんは全く気にしてませんよ? いっつもシャツ一枚ですし」と元気付けてあげる事もできるんだけどね。……それで元気になるかどうかは別問題だけど。


「なんか今、女の悲鳴みたいなのがしたよな?」
「したね。――ああ、そうそう。友達っていうのは男の人と女の人が二人ずつだから、女の人が一緒にいるのは最初から了解してるからね?」
「そっか。……って、別に気にしたわけじゃねーけど」
「あの、今更ですいませんけど」
「ん? 何かな?」
「えっと、確かここって近所の人間達から怖がられてる場所なんですよね? 幽霊が出るって。楽さん……じゃなくて清さんから今朝、そんなふうに聞いたんですけど」
「『清さん』って呼ぶように言われたのもその時なのかな?」
「あはは、まあ。お好きにどうぞとは言われたんですけど、せっかく紹介してもらった呼び方なので」
「ふふ、そっか。それでえっと……そうだね、ここは確かに怖がられてるよ。いっそここが嫌いって人もいるくらいに」
「生きてる人間って普通は幽霊が見えてないんですよね? 家守さんや日向さんが特別なだけで。それで、幽霊が本当に存在してるって事も知らないんですよね? だったらどうして幽霊を怖がって、ここを嫌うんでしょう? どうせ見えもしないのに」
「うーん……」
「人間だからだろう。他の動物に全く無いとは言わんが、人間は特に和を乱すものを排除しようとするからな。幽霊の存在を信じていなくても『得体の知れないもの』というだけで、嫌う理由としては充分なんだろうさ」
「そうなんですか? その気持ちは、正直よく分からないですけど……」
「ぷく……」
「なんだよ、頭良さそうな言い草の割に暗い話だな。どっかの学者かオマエは」
「学者ではなく、元猫だ。人間と違う生き方をしていたものでな、考え方の差がはっきりと分かってしまうのだよ」
「そういうもんなのか? ……まあそりゃ、人間だけやってりゃ比べるもんがねえしなあ」
「自然にそうなっているのか誰かのおかげか、どうやら日に日に人間に近付いているようだからな、わたしは」
「誰かって誰だ? ヤモリか?」
「ふ、まあそういう事にしておかれても問題は無いがな」
「あの、怒橋さん、それってどう考えても」
「ナタリー、ここはストップだと思うよ」
「あれ、言っちゃ駄目なんですか?」
「おい喜坂、なんで止めんだよ」
「無自覚なのって格好いいかなってね。成美ちゃんはどう?」
「馬鹿は馬鹿のまま放置しておくに限るからな。見ていて楽しいし。……そんな顔をするな怒橋、これでも褒めているんだ。本当だぞ?」
「話自体が見えてねえのに分かるかよ、んなもん。褒めてるっつうんなら褒めてるやつに分かるように言えっての」
「喜坂が言った通りだよ。わたしは、無自覚――要は遠慮や配慮でなく自然に『そうしてくれる』お前を気に入っている、という事だ」
「そうするったってなぁ。オレ、オマエに何してんだ?」
「あはは。無自覚なんだから分からないのは当然だし、教えちゃったら無自覚じゃなくなるもん。だからそれは答えられないよ大吾くん」
「にこにこ」
「オマエ等なあ……………けっ、じゃあもういいってんだよ」
「おいおい怒るな。誰もお前を本気で馬鹿にしたりはしていないぞ? わたしだって口では馬鹿と言ってはいるが」
「怒ってなんかねえよアホ」
「……ふ。ならいいんだがな」
「ワフッ」


「んあー、まだ微妙に時間あんだなあ」
 座った姿勢からそのまま後ろへ倒れ込み、暇だと言わんばかりに伸びをしながら寝転ぶ。
 それが誰かは言うまでもないとして、壁時計から読み取る現在の時刻は十二時三十五分。ここから大学までが五分で次の講義の開始が十二時五十分からなので、やや無理をすればあと十分ここでこうしていられるという計算になる。まあ、今家を出ても全然問題の無い時間ではあるけど。
「本当に微妙だけどね。――良かったわね静音、何も起こらずに済みそうで」
「あ、あはは……」
 意地悪口調と意地悪顔でそう言う異原さんに対し、弱々しく笑う音無さん。その弱々しさの意味するところが怖がっている自分を恥じているというものなのか、はたまた未だに恐怖が抜け切っていないというものなのかは、僕には判断が付かなかった。どっちでもいいと言えばそうだし、本気で知りたければ本人に訊いてみればいいだけの話なんだけどね。
「しかしそれはいいとして、しつこいようじゃがやっぱり少々寂しい気もするのう。日向くん以外には大家さんしか住んどらんのじゃろ?」
「あ、でもその大家さんがかなりフレンドリーな人なんですよ。昼間は別の仕事でいないんですけど」
 もし僕が幽霊の見えない体質だったとしても、あの人がいるならそれだけで楽しそうな気もする。もちろん、他のみんながいる現状のほうがそれに比べて何倍も良いんだけどね。中でも栞さんは特に。
「ん? という事は日向君、その大家さんとよく話したりするんかの?」
「え? あ、はい。まあ」
 毎日夕食を共にしてますからね。話をする量で言うならそりゃもう仲の良い友達並に。
 しかしそれだけの話の筈が、同森さんは占い師が顔の相を見るが如くにこっちをじっと睨み付け、そのうえで何か思いっきり悩んでいるような表情。一体僕の顔に何が起こったんでしょうか? と思ったら、
「……うーむ、確かになんとなく年輩の方から可愛がられそうな印象はあるような……」
 何か誤解しているようでした。
 そう言えば僕も家守さんを初めて見た時は驚いたっけなあ。僕が御年輩に可愛がられそうとかそういう話は置いといて。
「いや、ここの大家さんって若い女の人なんですよ。そりゃあ僕よりは年上ですけど、年輩って程じゃあないですよ? 二十台って言ってましたし」
 と伝えてみたところ、お客様四名全員の目が普段よりちょっとだけ広く見開かれる。と言って、やっぱり音無さんの目は前髪に隠れて見えないんだけど。
 ――やっぱり、アパートの管理人とかいうとおじさんおばさんをイメージしてしまうものなんだなあ。特に意味はないけど、自分だけの先入観というわけではなさそうな事になんとなくホッとしてみたり。
「そりゃまた、幽霊どうこう全然関係無いところで特徴的だわねえ。何? お約束通り美人だったりするの? その大家さん」
 一体何のお約束ですか、と突っ込みたくはなったものの、その回答が「漫画やドラマ」なのはほぼ確実な気がするので横へ流す。となると残るは大家さん、つまり家守さんが美人かどうかという話なのですが、
「まあその、綺麗な人だと思いますよ。……と言うか、美人で通ると思います」
 なんとなく悔しいのは何なんだろう。どこかから家守さんが意地悪な時の笑い声が聞こえてくるような……。
 ――あ、そう言えばさっきの話。
「えーと、蒸し返していいものなのかどうか分かりませんけど」
「ん? 何?」
 訊き返してくる異原さんと向かい合い、一呼吸。お下劣さが顔に出てしまわないよう、やや気合を入れて切り出す。
「かなり胸大きいですよ、大家さん」
 決して厭らしい意味ではなく、事実として。
 そしてその瞬間、部屋内の視線が誰に集まったかは言うまでもなく。
「え、あ……その、日向さん……蒸し返して良くないです……」
 駄目でしたか。
 とここで、異原さんが困ったような目をこちらに向け、「日向くんまでそんな事言っちゃう?」と。自分で言うのもなんだけど、恐らくは僕だからこの程度で済ませてくれているんだろう。
 もしこれが同森さん、ましてや口宮さんだったりしたら、と考えると自分の発言を後悔せずにはいられないのですが、しかし異原さんは再び視線を音無さんへ。
「とは言え、さっき哲郎くんが言ってたのもそうよねえ。実際ずっとコート着込んだままってわけにもいかないし」
「あうぅ……やっぱり、そうですよね……。今でも日によっては、暑かったりですし……」
 僕は女性じゃないんで当然ながら分からないんですけど、そこまで恥ずかしいものなんですかねえ? うちの管理人さんを見てるととてもそうには。そりゃあ個人差ってのもあるでしょうけど、それにしたって対照的過ぎると言うか。だってあの人シャツ一枚ですよ?
「日向さん……あの、大家さんは普段どんな格好を……?」
 考えた途端ですか。
「上はシャツ一枚に下はホットパンツです。仕事にはスーツで行ってるんですけど」
「シャ、シャツ一枚だけ……!? それにホットパンツってもしかして……足が殆ど、太ももまで丸出しなあれですか……!?」
「あれです」
 深夜の通販番組とかで大袈裟に驚いてるサクラさん達がもし本気で驚いてるならこんな感じなのかな、と思えるくらいに驚く音無さん。でも、しつこいようですがやっぱり顔は見えません。うーん、これは見たかった。
「若い人とは言っても、大胆ねえ」
「それで会って話とかしてんだろ? 兄ちゃんの事誘ってんじゃねえのか?」
「黙れド馬鹿!」
「ごばっ!」
 仰向けに寝転んでいる口宮さんへ目掛け、異原さんの拳がうなりを上げる。さすがに痛そうだったので、拳の着地点がどこかまでは見届けない事にしました。そして、
「むう、もしかしたらその大家さんがさっき言っとった彼女なのかもしれんな。どうかの? 日向君」
 家守さん、なんだかごめんなさいこんな話になっちゃって。


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