(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十二章 過去形 四

2013-02-02 20:50:57 | 新転地はお化け屋敷
「一応言っとくけど」
 皆の視線を集める大吾、しかし罰ゲーム実行の前にこう一言。
「犯罪ではないので」
 見た目だけの話ながら、小さい女の子とキスをすることになったわけです。
 僕達は重々承知だしそもそも二人のキスシーンもちょくちょく目にしているのですが、ということで、その注釈は大学の友人メンバーへ向けたものだったのでしょう。
 結果、その向けられた方々からは生温い笑みが返されるわけですが、けれどそんな中で「ははは」と遠慮なく笑うのは当の成美さん。
「何だったら耳を出そうか?」
「いやそれはいい。着替え挟むの面倒だし、それ以前に着替えるスペースねえし」
「ふむ。まあ、便所くらいしかないな」
 玄関と室内を分けるふすまぐらいはありますが、だからといってじゃあ玄関で着替えろというのはなんだか酷い話ですもんね。
 というわけでやはり小さい姿のまま罰ゲームに臨むことになった成美さんですが、なんでしょう、その様子を窺っていた音無さん、なんだかほっとしたような口元をしているように見えなくもないような。
 それが「見てみたい」いうことであるなら――まあ、分からないこともないんですけどね。そしてそれを抜きにしても、成美さんがそうだったように音無さん側も成美さんを気に入っていた、なんてこともありますし。
 で、さて。
 キスをするというだけのことに特別な前準備なんかは必要ないわけで、ならば早速と、それまで大吾の膝に座っていた成美さんが体勢を整えます。身体の向きを反転させて大吾と向き合い、かつそれまでお尻を乗せていた大吾の太腿の上で膝立ちになって、そこまでしてようやく大吾よりやや高くなった目線から、ほんの少しだけ照れが混じった優しい笑みを浮かべつつ大吾を見下ろして。
「これは、罰ゲームということになってはいるが」
 あとは唇を重ねるだけ、というところで、しかし成美さんは大吾に話し掛け始めました。
「見ていただけとはいえ、わたしも一緒になって遊びに参加していたようなものだからな。うむ、だから、少なくともわたしからは、罰という形にはしないでおくぞ」
「じゃあどういう形なんだ?」
「よく頑張ってくれた、というのと、あとはわたしに任せてくれ、といったところか。ルールは覚えたからな」
 遊びに対して「よく頑張ってくれた」というのもどうかと思いはしましたが、しかしそういえば大吾、負けが確定した時に言ってましたっけね、「ごめん」って。
「はは、もう一回やる気満々か」
「当たり前だ。わたしの愛する夫ただ一人だけが負けたままで終了などと、そんなこと許せるわけがないだろう? なに、二人揃って負けたとなったら、それはそれで笑い話にしてしまえばいい」
「そうだな」
「お疲れ様、大吾」
 そう言って、成美さんは身体を少し沈み込ませ、大吾の唇に自分の唇を重ねるのでした。
 いやはや、大吾だけが負けたままで済ませるわけにはいかない、とは。微笑ましいというか、怖いくらい微笑ましいというか。
「鼻息荒いぞ」
「ふぁんっ!?」
 異原さん……。
「お前も口の端がピクピクしとるぞ」
「ご、ごめん……なんかこう、いいなって……」
 そりゃまあそうなんでしょうけどね。
 というわけで異原さん音無さんともに大喜びというか大興奮していただけたところで、次のゲームに参りましょう。どうやら、成美さんの再戦希望についてはごく自然に受け入れられているようですしね。
「じゃあもう一回神経衰弱やるとして、罰ゲームはどうしましょう? キスのまんまだと、万が一成美さんが負けちゃった時に今とおんなじこと繰り返すだけになっちゃいますけど」
 全体へ向けてそう問い掛けてみたところ、他のみんながそれぞれ嗜好を巡らせるような仕草を見せ始めたところで一人だけ、口宮さんだけがさっと意見を提出してくるのでした。
「じゃあ負けた人は次のゲームしてる間、お相手に膝枕してもらわなきゃならないとか」
「あんたなんでそんなのだけぱっぱぱっぱ意見出せるわけ? キスだって言い出したのあんただったし」
「なんでって言われてもなあ」
 とぼけているのか本気で理由なんてないのか、異原さんの追及にあたまをぽりぽり掻きながらそう答える口宮さんなのでした。
 まあしかし反対意見も特になく――罰ゲームに反対意見っていうのもなんだか妙な話ですしね――ならばそういうことで神経衰弱の二戦目が開始されたのでした。
 あ、罰ゲームの内容からして参加メンバーはもちろん、「一戦目の参加者からそれぞれのカップルが入れ替わりで」ということになるのですが、無事というか何と言うか、ウェンズデーの代わりは僕ということにして頂けたのでした。

 で。
「あんたわざとやったんじゃないでしょうね!」
「そう見えてたか?」
「ぐぬぬ、ちゃんとやってるように見えてたけどさあ……!」
 敗者、口宮さん。というわけで次のゲーム中、異原さんはその太腿の上に口宮さんの頭を乗っけることと相成りました。
 口宮さん、自分で発案した罰ゲームを自分で行うことになったというのに、微塵も悔しさを感じさせません。だからこそ異原さんに疑いの目を向けられたんでしょうけど、でも確定で取れるものについてはちゃんと取ってたんですよね。要するに運が悪かっただけっていう。
 ともあれその罰ゲームで定められた体勢に移行するお二人なのですが、するとここでもひと悶着が。
「硬くなんのは分かるけど正座は止めろ正座は。枕が高過ぎて首が痛え」
「か、硬くなってなんて!」
「やーらけえのに勿体ねえだろ」
「ふぎえっ!?」
 足を崩しこそすれ、むしろ硬くなる異原さんなのでした。
 が、しかし口宮さん、それ以上異原さんにどうこう言うようなことはなく、異原さんの太腿に頭を預けたその姿勢のまま皆へ向けてこんな質問を。
「次の罰ゲームはどうすんの?」
 その体勢からして物凄く偉そうに見えてしまうんですけど、罰ゲームに準じた結果なんですよねこれでも。
 ともあれ、最初に返事をしたのは音無さん。
「えーと、これだったら……同じ組がもう一回ってことになっても、結果まで同じってことにはならないですし……次も膝枕でいいんじゃないですかね……?」
 キスの時は「次また同じ人が負けたらすること同じだし」という話になりましたが、でもそうですよね、膝枕でする側とされる側が入れ換わるとなったら、それはもうまるで別なわけで。
 などと、ちょくちょく膝を差し出す側になっている身としてはそんなふうに。
「まあ俺はなんでもいいんだけど」
 口宮さん、素っ気なくそう言いつつも、皆の反応を窺うようにきょろきょろと。となればそりゃあ、目線だけでなく頭も少々程度には動くことになるわけですが、すると。
「あ、あんま動かないでくれる?」
 異原さん、顔を赤くしながら苦言を呈するのでした。そしてその手は浴衣の裾をぎゅっと押さえていて、つまり、頭を動かされると裾がはだけていってしまう、ということなのでしょう。
「頭動かさないで目玉だけぎょろぎょろさせても気持ち悪いだろ」
「そりゃそうなんだけど……」
「まあ気を付けはするけど」
 今回は大人しく引き下がる口宮さんなのでした。本気で困っているとなれば、やっぱりそうもなりますよね。
「うう、あんたが負けてあんたが食らった罰ゲームの筈なのに、あたしばっかり被害を被ってるような」
「いやあ、そうでもねえだろ」
 そうですとも。口宮さんの優しいところを一番知っているであろう異原さんからすればなんでもないことなのかもしれませんけどね、ということで不思議そうな表情を浮かべる異原さんだったのですが、口宮さんはそれを無視。
「じゃあ罰ゲームは次もこれってことでいいとして、罰じゃないほうのゲームはどうする? もう一回神経衰弱?」
 そういえばそっちも決めないとな、といったところで、今度は成美さんが。
「わたしはもう満足したぞ。一位ではなかったとはいえ、勝ちは勝ちだったからな」
 大吾が負けたまま終わらせるなんて、ということで、二度目の神経衰弱を提案した成美さん。二位で決着ということになりはしたのですが、どうやらそれでもご満足いただけたようでした。が、それだけに止まることなく、
「頑張った頑張った」
「んふふー」
 大吾に頭を撫でられて更にご満悦のようでした。頼んだことではないとはいえ、大吾からすれば自分のために勝ってくれたってことにはなるわけですしね。
 ちなみに一位は僕だったのですが、まあそれはどうでもいいでしょう。ええ。
「うーん、定番で考えたらババ抜きなのかなあ」
 どうでもいい話はどうでもいいとしておいて、そんな提案は栞から。まあまず間違いなく出てくる名前だよねそれは、なんて思っていたところ、今の今までいい笑顔を浮かべていた成美さんがやや苦い顔に。
「婆抜きとは、なんとまあ耳が痛くなる名前だな。神経衰弱といい、トランプの遊びはこんな名前ばかりなのか?」
「言わなきゃ誰もそんな発想しなかったろうにオマエ、自分からそういうこと言うか?」
 という話にあまくに荘メンバーは控えめに笑い、一方で大学の友人メンバーはなんのこっちゃというような顔に。
「というのは、どういう?」
 同森さんが尋ねてきました。というか、尋ねてくれた、と言ったほうがこちらの心情としては正解になりましょうか。だって、訊かれる前にこちらから、というのも中々に考えものの内容ですしね。
「成美ちゃん、お婆ちゃん猫ですから」
「ああ、ちょろっとだけそんな話も聞いたような」
 何度もするような話でなし、しかも普段の成美さんはこの姿ですからね。お婆さん、という情報を即座に結び付けるというのは、かなり難しい話なのでしょう。
「キスの時に大吾が『犯罪ではない』と言っていたが、だから罪に問われるとすれば、それはむしろわたしの方になるわけだな」
 何故か自慢げに語る成美さんなのでした。が、大吾から即座に「いやそれはねーけどな」と否定されもするのでした。そこまで考慮するとなったらそもそも成美さんは猫なわけだし――と、大吾は別にそこまで考えて言ったわけじゃないんでしょうけどね。
 といったところで、「まあともかく」と成美さん。
「その婆抜きとやらを初めてみてくれ。さっきの神経衰弱を見ている限り、見物しているだけで把握できそうだからな。説明の時間は取ってもらわなくて構わんぞ」
「右に同じであります」
 とのこと。ならば成美さんは大吾と入れ換わるだけとして、ウェンズデーも見物ということなので、今度は栞が直にゲームに参加することになりました。
 であるならば、これを気にしないわけにはいきますまい。
「あの、栞」
「ん?」
「罰ゲームってどうなるわけ? ウェンズデーか僕かっていう」
「うーん、ウェンズデーは膝枕しようにも膝がないからなあ」
 …………。
 そうですね、そういえば。
「そんな必死になんなよ孝一」
「ぐぬぬ」
 必死ではない、なんて、言ってみたところで虚しいだけなのでしょう。なんせウェンズデーに膝がないという事実に気が付かないほどだったのですから。
「ちなみに栞サン、風呂でもその話したんですけど、膝がないんじゃなくて正確には膝が腹の脂肪に埋まってるんですよ」
「へー、そうなんだ」
 そういえばそんなこと言ってたっけね。というわけで栞、ウェンズデーのお腹をなでなで。膝が埋まってる、なんて言われたら、僕だったら逆に迂闊に触れなくなっちゃいそうな気もしますが。
「くすぐったいでありますー」
 少し前もあったよねこんなこと。というわけでウェンズデー、今回に限って見えない膝の痛みを訴えるようなことはもちろんないのでした。つまり僕のは考え過ぎというわけですね。
 ――と、余談はこれくらいにしてババ抜き開始。
 配られた札から各自捨てられるものを捨てていたところ、ウェンズデーから栞に質問が。
「今度は一人ずつ手に持つんでありますか?」
「そーだよー。隣の人から一枚だけトランプを貰って、同じ数字のが二枚揃ったら捨てられるの。それを順番に繰り返していって、全部捨てられた人から勝ち抜け。で、ジョーカーっていう一枚しか入ってないのがあって、それを持ってると負け。一枚しかないから捨てられないんだよね」
 説明の時間を省いたところで結局は説明が入るわけですが、しかしまあババ抜きの最中でも出来るということで、時間の節約にはなります。だからって特にそんな、時間が押してるってわけでもないんですけどね。
「そのジョーカーというのを誰が持っているかは……?」
「分からないんだよねえ。だからウェンズデー、もし私が引いちゃっても、ばれるようなこと言っちゃ駄目だよ?」
「分かりましたであります」
 などと言っている時点で栞の手札にジョーカーが入っていないことは明らかになってしまっているわけですが、しかしまあスタート時点なら特に問題もないでしょう。終わるまで一切ジョーカーが動かないまま、なんてことはないんでしょうしね。
「わ、わたしも気を付けないとな」
「そんな気張らんでも」
 当たり前ですが、隣では成美さんがウェンズデーと同じ立場に立たされているのでした。
 そんなことを言っている間に各々の手札の整理も済んだようで、
「じゃースタートー」
 口宮さんから号令が発せられたのでした。いやまあ、そうは言ってもまずは順番決めのじゃんけんからなんですけどね?
「なんか恥ずかしい以上に腹立つわね、その格好で仕切られると」
 とここで異原さん、自分の膝元を見下ろしながら。そこにはもちろん横になった口宮さんが頭を乗っけているわけですが、
「恥ずかしいだけってのとどっちがいいよ」
「…………」
 沈黙する異原さんなのでした。

「どんどん捨てられていくでありますね」
「最初のうちは揃わないほうが珍しいからねー」
 ぺしぺしと札が場に出されるその様子を見ているだけで楽しいのか、それこそジョーカーが来たというわけでもないのに声を弾ませるウェンズデーなのでした。だからこそ、ジョーカーが来た時に調子を崩したりしないかどうかと心配になりもするわけですが。
 罰ゲームのことを考えると一蓮托生的なアレな気もするので、一応は栞以外の参加者の手札は見ないことにしています。というわけで今のところ、誰がジョーカーを持っているかは傍から見ていてもさっぱりなのでした。さすがに、分かりやすい反応をしてくれる人なんかそうそういないわけで。
 ……まあ音無さんについては、分かりやすい反応をしたうえでもまだ気付けないという可能性が捨て切れないわけですが。だって口しか見えないんですもの。
 なんてことを考えている間にもどんどんゲームは進み、ならば札もばんばん捨てられていくわけで、とうとう全員の手持ち札が三、四枚程度にまで。
 ババ抜きではむしろこれくらいからがスタートと言っても過言ではないのでしょうが、しかしそれにしたってここまで一度もジョーカーが動いた気配がないというのは、拍子抜けすべきなのか逆に緊張すべきなのか、という。
 もちろん動いた気配がないだけで実際には動いているのかもしれませんが、しかし少なくとも栞の手には一度も渡っていません。となれば、大吾が持っているという可能性も低いと見てしまっていいのではないでしょうか。隣の人から札を一枚取る、というルール上、栞を介さずに大吾の手にジョーカーが渡ることはないわけですしね。
 となれば異原さんか音無さんということになるわけですが、そうなってくるとちょっと厄介です。残り手札三、四枚なんて、順調に手札が揃えばあっさり勝ち抜け可能な段階なわけで、ならばそんなところまでゲームが進んでから手元にジョーカーが飛び込んでくるというのは、はっきり言って危険なのです。だというのに、二分の一の確率で隣の、つまり直接手を伸ばさなければいけない音無さんの手札の中に、ジョーカーが入っているかもしれないなんて。
 と、思っていたら。
「…………」
 来てしまいました。ジョーカーが。
 栞はそれまで浮かべていた笑みを崩すことなく平静を装えていますし、ウェンズデーも特にこれといって妙な反応を見せることはありません。もちろんそれを眺めている僕自身にしたって、客観的に見てどうか、といったところまでは鏡でもない限り分からないわけですが、可能な限りの努力はしているつもりです。
 ばれてはいないことでしょう。手元からそれを引き抜かれた音無さん以外には。
 ただし、それだけで安心はできません。
 手札を捨てられなかった、という時点で警戒する人はするんでしょうし、されなかったにしても、それで確実にジョーカーを持っていってくれるというわけでもありません。
 なので結局のところは栞の手札に手を掛ける大吾の指先一つに掛かっているわけですが――。
「ふう」
 安堵の溜息を吐いたのはウェンズデー。というわけで大吾、見事に今来たばかりのジョーカーを持っていってくれたのでした。
 が、ここで突然、栞がウェンズデーのお腹を急速なでなで。
「あわあわ!」
 これまでと同じくくすぐったかったのでしょうが、声を出さないようにしていたせいか変なリアクションを取ってしまうウェンズデーなのでした。
「んー、まあ今ので分かっちまうわなあ」
 どうして栞が急にそんなことをしたのかというのは、大吾のその言葉と意味を同じくしているのでしょう。つまり、「ふう」とか言っちゃったら他の人からでも分かっちゃうよね、という。
「むむむ、やるなウェンズデー」
「いや、今みたいな『ついうっかり』ってのはまあゲームの一部として見れなくもないけど、わざとやるのは駄目だからな」
「そうなのか?」
「じゃなかったら『今取られた』って言えばいいだけだし」
「言われてみれば」
 当たり前なこととはいえ、成美さんがそれに納得するのはそうおかしなことでもないでしょう。なんせババ抜き、どころかトランプに触ったのが今日で初めてなのですから。
 しかし成美さんはいいとして、何故か僕まで「言われてみれば」と見事に成美さんと同じ感想を持ってしまうのでした。
 当たり前過ぎて意識してませんでした。いわゆる灯台もと暗しというやつですね。――なんて言い訳っぽく言ってみたところで、やはり僕の場合はおかしいということになってしまうんでしょうけど。
「次からは気を付けるであります」
「さすがウェンズデー、言わなくても分かってるねえ」
 大吾から言われたようなものではありましたが、とはいえはっきり駄目だと言われたわけでもないので、ならばそこは栞のその評価に任せておくことにしました。
 で、まあ、ジョーカー所持が確定してしまった大吾が異原さんに手持ちの札を差し出すわけですが、
「成美、見過ぎ」
「むむ、済まん」
 これでもかとばかりにジョーカーを凝視している成美さんなのでした。いや、仕方のないことではあるんでしょうけどね。
 というわけで成美さん、指摘されたからにはジョーカーを見ないように努め始めるわけです。しかしその方法というのが、そうまでしないと誤魔化し切れないということなのでしょう、ジョーカーばかりを見ないようにするのではなく、かといって目を逸らすとか下を向くとかでもなく、目を瞑るというものなのでした。しかも、それでもまだジョーカーが気になって仕方がないということなのでしょう、顔がプルプルし始めるほどの全力で。
「かっ」
 どの札を取ろうかと大吾が差し出す手札に手を伸ばしていた異原さん、しかしその手からふっと力が抜けます。
「可愛い!」
「お前のほうが可愛いぞ」
「いひゃあい!?」
 なんで即座にそんなこと口走ろうと思うことができるんですか口宮さん。
「ははは、せっかく褒めてもらったというのに照れる暇すらないな」
 眼を瞑ったままではありましたが、けれどおかげで良い具合に脱力したらしく、顔のプルプルが止まる成美さんなのでした。
 そうして目を瞑ったままにっこりしてると、なんだか清さんみたいだなあ、なんて。もちろんあの人は目を瞑っているわけじゃなくて、そう見えるほどうっすらとしか目を開けてない、ということではあるわけですが。
 そんなことを考えていると、清さんに限らず今回一緒に来られなかった人達のことが頭をよぎったりもしてしまうのですが、しかしそれはともかくここで同森さんから一言二言。
「しかし同じおちょくるにしても、異原を褒める方向でというのは珍しいというか、ワシが聞いてきた限りでは初めてなんじゃないかのう? よくもまあ照れもせずにそんなこと言えたもんじゃな」
「んー、初めてってか。なんかさらっと言っちまったけど、そういやそうかもな」
 そんな指摘を受けても尚照れる様子などまるでない口宮さんは、ならば引き続きその調子のままでこんなことも。
「まあ、それが嘘だってんなら照れるだろうけどな、さすがに」
 えーと、
「はいいいいっ!?」
 はい。
「いやだってお前、嘘でんなこと言うってなんかキザったらしくてキモいだろ」
「ああいやそれはそうなのかもしれないけどっていうかそうなのかそうじゃないのか全然分かんないけどそういうことじゃなくて」
 異原さんのそういう反応はもはや定型のものとして、口宮さんの言い分は確かにその通りかもしれません。
 嘘にしたって、「あれって可愛いと思う?」というような質問をされていろいろな配慮をした結果、そう思ってはいないながらも「可愛いと思う」と言ったのであればまだ分かります。しかし今回の場合口宮さんは自分からいきなりそう言い出したわけで、ならばそれが嘘であった場合、何もないところから唐突かつさらっと「可愛い」という嘘が出てきた、ということになるわけです。どんな思考回路してんだって話ですよね。
 とはいえ、だから嘘じゃなければ恥ずかしいことなんかない、ということになるかと言われたら、首を捻らざるを得ないんですけどね――とまあその話はここらへんにしておいて、実はまだ終わっていない異原さんのお話なのですが。
「あ、あた、あたしが、か、か、か、可愛いって」
「お前が可愛くなかったら誰が可愛いんだよ」
「ひいいーっ!」
 その叫び方はどっちかっていうと怖い目に遭った時なんじゃないでしょうか異原さん。
 そしてその叫び声が上がっている中、口宮さんは「だって彼女だぞ?」と一言付け加えていたのですが、果たしてそれはきちんと異原さんの耳に届いたのか否か。
 彼女だからこそ可愛い。平たい言い方をすれば「贔屓」の一言で済んでしまうそんな理屈ですが、賛否はどうあれ、それが存在するということそれ自体を否定する人はそういないでしょう。なんたって彼女です、その時点で自分にとって特別な女性であることは間違いないわけですしね。
 というわけで今の一言が耳に届いたかそうでないかでかなり受け取り方が変わってくるわけですが、どうなんでしょうか異原さん。顔を真っ赤にしてわたわたしているところを見る分には届いていなさそうですが、でもこの人の場合、届いていてすら同じような反応をしかねないですもんね。
「気付いてねーような気がするから一応言っとくけど、もう引いてるぞお前」
「ひ、引くってそんな酷い」
「気分じゃなくてトランプの話な」
「あっ」
 大吾の手札へ伸ばしていた手は、いつの間にか札を一枚そこから引き抜いていたのでした。ええ、僕も気付きませんでしたとも。
「ということはもう目を開けてもいいのか?」
「あ、は、はい。ごめんなさいお待たせしました」
 引いたカードを慌てて自分の手札に加え、なんとも気恥ずかしそうにしている異原さん。お疲れ様です、なんて話はともかく、どうやら捨て札はないらしいのでした。大吾がジョーカーを持っていたことは確定だったので、ならば異原さん、もしかしたらジョーカーを引いてしまったのかもしれません。
 もしそうだとしたら踏んだり蹴ったりで本当にお疲れ様です――ではなくて、ならば充分に注意を払わないといけないでしょう。僕、というか栞としては、自分の次の番である大吾の手元にジョーカーが残り続けてくれればかなり安心だったんですけどね。
「……え、へへ」
 照れが引いたということなのでしょう、ここで異原さんの口からはそんなくすぐったそうな笑みが零れます。そしてそれを膝の位置から見上げる口宮さんも、微かながら口の端が持ち上がっているのでした。


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