(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十二章 過去形 三

2013-01-28 21:02:58 | 新転地はお化け屋敷
 というわけで、トランプです。定番ということを考えるのであれば、いろいろと落ち着いてかつ外に出る時間でもなくなった夜ごろに行うのがこれまた定番ということになるのかもしれませんが、まあそこらへんは良しとしておきましょう。落ち着いたというのはもちろん、時間帯からそうなったのではないにせよ、外に出るのも控える方向になったわけですしね。
「大吾、トランプとはどういう遊びなのだ?」
「あー、それ自体が遊びの名前ってわけじゃなくてな。あのカードの束がトランプって名前で、遊び自体はいろいろあるんだよ」
「ほうほう」
 というような説明をするのは大吾にとっては慣れたものですし、大吾がそう言った説明をするのは僕達にとって見慣れたものなのですが、けれどそれはあまくに荘内での話。大学の友人四人は、虚を突かれたような顔をするのでした。
 トランプを、遊び方が分からないというだけでなくその存在、概念からして知らない。
 そりゃあ驚きもするでしょう。
「なんせ猫だからな」
 自分へ向けられた表情に気付いた成美さんは、むしろ胸を張って自慢げにそう言ってみせるのでした。いや、胸を張るのはともかく自慢げなのはちょっと違うような気がしないでもありませんが。
「まあ気にしてくれなくても大丈夫だ。まずはここから、何をどうするものなのか見ていることにするからな」
 ここ、というのは、特に移動もしない以上は当たり前ながら大吾の膝の上なのでしょう。もちろんのことそれはこれまで通り、かつ今更どう言うようなものでもない展開ではあるのですが――
「なんか可愛いね。あのままトランプするって」
「えっ。えー、あー、まあ」
 言っちゃっていいもんなんだろうか、と躊躇っていた台詞を、それこそ躊躇いなく口にしてくる栞なのでした。しかもその同意を僕に求めてくるっていう。自分だって膝にウェンズデーを座らせているというのに。
「よく分からんが可愛いらしいぞ大吾」
「あーそーだな」
 単純な褒め言葉だと受け取ったのでしょう、成美さんは嬉しそうにしていたのですが、それに対する大吾の同意は実に棒読み口調なのでした。いやまあ、単純でない褒め言葉だからといって、貶しているというわけではないんですけどね?
「じゃ、じゃあ神経衰弱とかにしましょうか。分かり易いだろうし」
「むむ、なんともえげつない名前の遊びだな」
「ぶふっ!」
 笑いを堪えて神経衰弱を提案してきた異原さんでしたが、そんな努力も虚しく見事に撃沈されてしまうのでした。
「す、すいません」
「ふふん、そういうことにももう慣れたものだ。大吾がいるなら問題はない」
「オレがいるからって何がどうなるんだ?」
 大吾が何か動きを見せる前にそう言い切ってしまっている以上、フォローを入れてくれるとか、そういった話でもないようでした。じゃあなんなのかと言われたら、そりゃあ。
「皆まで言わせる気か?」
「いやいい」
 フォローを入れる必要すらなく大吾が傍にいるだけで、自分が猫であることに起因する失敗を恐れる必要はなくなる。それを一言で表現しようとするなら、どうしても気恥ずかしくなるような単語が出てくることになるのでしょう。というわけで大吾、首を横に振ってみせるのでした。
「さっき怒橋さんに慰めてもらったばっかりですもんね、成美さん」
「はは、そうだな。それで余計に、というのもなくはないのだろうな、やはり」
 成美さんと同じく大吾を占領しているナタリーさんが、肩の上から成美さんに一言。それに対して成美さんがやや照れ臭そうな笑みを浮かべたところ、それは部屋中に拡散し、結果、なんともこそばゆい空気が出来上がってしまうのでした。
「オレなんか悪いことしたか……?」
 やや照れ臭い、どころか顔を真っ赤にしている大吾なのでした。
 無論、良いことをしたからそうなってるんだけどね。

「まあ要は同じ数字――ああ、アルファベットも入ってるけど――同じ数字か同じ文字が書かれてる二枚のトランプを当てるゲームだな。ハートとかスペード――黒い木みたいなやつとか、あのへんの記号は無視していいから」
「ほう」
 開始前に大吾から成美さんへ神経衰弱の簡単な説明が。
 しかしそれに耳を傾けていたのは成美さんだけではなかったようで、
「それなら自分でもできそうであります」
「じゃあ一緒にやってみよっか」
「はいであります!」
 神経衰弱をするペンギン。ううむ、出すとこ出せばひと稼ぎできちゃいそうにも……。なんて、もちろんちょっと思ってみただけですけどね。
 ちなみに、さすがに人数が多過ぎるだろうということで、参加メンバーは異原さん音無さん大吾そして栞ウェンズデーペアの四人だか五人だか四人と一羽だかになりました。見ての通り、それぞれのカップルの片割れのみが出場という形です。
「なんか罰ゲームとかねえの? せっかくこういう分け方したんだったら、負けたらその人のお相手にキスするとか」
「ななななんちゅうこと言い出すのよあんた!」
 …………。
 割と面白そうじゃないですか?
「そんなの、みんな反対するに決まって――!」
 と言いつつその「みんな」を見渡した異原さんはしかし、みるみるうちに情けない顔に。
「ない、みたいですね」
「ええと、まあキスくらいだったら私は」
 さすがに申し訳なさそうな口調になりはしていたものの、けれど言い切ってしまう栞なのでした。
「というか、キスって罰ゲームに含むようなものなんですか?」
 平気に過ぎて罰ゲーム扱いすらしてくれないのはナタリーさん。そうですよね、ちょくちょくしてますし。……いや、もちろん、罰ゲームとしてのキスとなったらそりゃあ口と口でってことになるんでしょうけどね? ナタリーさんの「ほっぺにちゅっ」ではなく。
「正直な話そこまでのものでもないような気はするが、しかしまあ人前で積極的にするようなことでもないのは確かだな。ナタリーがしているものは親愛の証としてだからいいにしても、わたし達の場合は愛情、というかいっそ痴情の証なのだし」
 成美さんのそれはそれで言い過ぎのような気もしますが、けれどそうでないとは言えないのでしょう、やはり。大なり小なりそういう気持ちが込められているからこそ、人前ですることを避けたいと思うわけですし。
「ちちち痴情って」などと異原さんは慌てふためくわけですが、そういう反応こそがその証左であるわけです。なんて言ってしまうと可哀想な展開になるのは目に見えているので、口は噤んでおきましたけどね。
「静音は? 静音はどうなの? そんなさらっと軽く人前でキスなんかできちゃうの?」
「ええと……キスどころか、さっきまで自分の胸の話してたんですけど……」
「そうだったー!」
 ええ、まあ、そうでしょうとも。しかもその話の解決策を見付けだしたのは他ならぬ異原さんご自身だったりもしますしね。詳細はまだ秘密とのことでしたが。
「そろそろ観念しとけよ由依。大丈夫だって、そんなムチャクチャなことしねえから」
「ムッ……うわあああやめて! 集中できなくなって本当に負けちゃいそうだからやめて! しかもそのくせ負ける前提の言い方だし!」
 ムチャクチャなキス。ええ、そりゃもうすっごいのを想像しちゃったんでしょう、風呂上がりの時よりよっぽど赤くなりながら耳を塞いでしまう異原さんなのでした。
「そうよ! ちくしょう! 負けなきゃいいのよこんにゃろう!」
 耳を塞いだまま声を張り上げるその様からは鬼気迫るほどの必死さが見て取れましたが、ともあれやる気にはなって頂けたようでした。一体それがどこから湧いているのかは不明でしたが。

 で。
「ビリ脱出確定ー!」
 カードは五十二枚。ペアは二十六組。そして参加者が四名であるなら、ペア全体の四分の一以上となる七組めを取った時点で最下位は有り得なくなるわけです。
 というわけでその七組めを今まさに当てて見せた異原さん、ちょっと泣いているようにすら見えたのですがどうだったんでしょう。
「流れ的にお前が負けるとこだったろうに」
「知るかー! わっはっはっはっはー!」
 なんかもう性格変わっちゃってませんかね。
 と、あまり軽口を叩いていられるような状況でもなかったりします。
「外れたー! わーっはっはっはっはー!」
 八組めゲットならず、といったところで順番が次の音無さんへ。その手に収まっているペアの数は二で、対する栞と大吾はどちらも三。これまで取ったペアの数だけで言うなら音無さんが現状の最下位ではあるのですがしかし、異原さんだけが突出していて他は横並び、と言って差し支えないのが現実に即した今のこの状況なのでしょう。
「負けちゃったらごめんね、哲くん……」
「逆に変な気分になりかねんから謝らんでくれ」
「ふふっ……」
 そこで笑ってみせちゃうと「そういう反応を期待してわざと言った」みたいに見えちゃうんですけどいいんですかね音無さん、そういうふうに見てしまって。
「うーん……分かってたところ、殆ど由江さんに取られちゃったからなあ……」
 結局、音無さんがその回で取ったペアは一組のみ。一応、ちゃんと残念そうにしている口元を窺わせつつ、順番を栞とウェンズデーに回します。
「ぐぬぬぬぬ、これはもう勘でいくしかないであります」
「それがちゃんと分かってるだけで偉い偉い。そうだよね、分かってるの全部取られちゃったんだし」
 簡単なルールとはいえ実践するとなるとまた勝手が違う、というのはどんな分野にでも言えることなのでしょう。というわけでここまで丁寧にウェンズデーへ説明やアドバイスをしながらゲームを進めてきた栞なのですが、そのウェンズデーが唸り声を上げるような状況に陥っても尚、自分が手を出そうとはしないのでした。
 とは言っても、トランプをひっくり返すのだけは栞の役目なんですけどね。ウェンズデーの手というか羽先ではちょっと辛いのです。と、これについては余談ということにしておいて。
「なんかえらく余裕じゃない? そこまでキツい罰ゲームじゃないっていっても、もうちょっとくらいは」
 と、その罰ゲームの内容からやや照れがちにそう言ってみたところ、
「うーん、ウェンズデーとキスってどんなだろうってちょっと楽しみだったりしてね」
 あれ?
 ……そうなるの?
「キツくないどころか楽しみになんかしちゃってたらもう、全然罰ゲームになってなくて申し訳ないんだけどね。あはは」
「いや! でもやるからには勝ちたいであります栞殿!」
「うん。頑張って」
 勝手に自分がキスするものとばかり思っていた、と恥ずかしがる自分がいたりするものの、一方でいやいやそれはなんか違うだろう、とそんなふうに思う自分もまた。冷静なのかそれとも反骨心からそう言っているだけなのか、というのはともかく。
 そしてそれらを両立させてしまったがためにどう出ていいのか分からず、ならば僕は沈黙してしまうのでしたが、
「栞サンがウェンズデーとって、じゃあオレの場合はどうなるんだこれ?」
 混乱したのはどうやら僕だけではなかったようでした。とまあ、こういう安堵の仕方というのはあまり褒められたものではないんでしょうけど。
 ともあれ大吾の話ですが、彼は現状、膝の上に成美さん、肩の上にナタリーさんを乗せているわけです。ということであればまあ、どっちとキスすることになるんだっていう。
「したいほうとすればいいだろう。何にせよ、参加しているのはお前なのだから決めるのはお前だ」
 ウェンズデーと同じくルール把握の最中であり、これまで睨むくらいの勢いで散らばったトランプを凝視していた成美さんは、その視線を外さないままどうでもよさそうに言うのでした。いや、もちろん、成美さんにとってキスがその程度のものだという話ではなく、ルール把握のほうに熱を入れ過ぎているからということなんでしょうけど。
「オレが決めるって、なんかもう完全に罰ゲーム扱いじゃねえ気もするけど……でもまあしたいほうとしろって言われちゃあな。成美選ぶしかねえわな、今日式場見学までしたとこなんだし」
「え、ええい気が散る。集中している時に変なことを言うんじゃない」
「言わせたようなもんだろ」
 そりゃまあそうだよね、と大吾の意見に内心頷く僕だったのですが、ではウェンズデーを選ばれてしまった自分は一体どう解釈すればいいのでしょうか? 今日式場見学をしたところだというのは、こっちだって同じなんですが。
 といったところでナタリーさんがふふっと笑みを溢したのですが、もちろんそれは大吾と成美さんの遣り取りに向けられたものなのでしょう。まかり間違っても僕を笑ったなんてことは有り得ないんですしね、心を読まれでもしない限り。
「では栞殿、それをお願いするであります」
「これ?」
「もう一つ手前の――そう、それであります」
 そんな話をしている間にウェンズデーは腹を括ったようで、今まで一度もひっくり返されていない札を選択。確定で取れるペアが一つもないこの状況なら誰だってそうするものではあるのですがしかし、初挑戦のゲームで「誰だってそうする」ように行動できるというのは、感心していいものなのでしょう。偉いぞウェンズデー、このままいけば式場見学の当日に妻の唇を他の男に奪われなくて済むかもしれないぞ。
 なんて。
「おおっ! これは、これはどこかで見たことがあると思うであります!」
「そーだねー。王様は十三だよー」
 というわけでひっくり返した札は王様ことKだったのですが、当たり前ながらそれが十三扱いであるという説明はこの場合全く必要ありません。なんせ今やってるのは数字の大小が関係ないゲームなんですしね。
 しかしウェンズデーは、その全く必要のない説明に食い付くのでした。
「そういえば栞殿、女王様は十二でありましたよね?」
「そうだよ」
「王様のほうが女王様より数字が上なのでありますか?」
「うん」
「ううむ、あまくに荘に済んでいるとどうもそうとは……」
 なんて悲しい話なのでしょうか。
 異原さん達大学の友人メンバーが、笑っちゃ悪いということなのでしょう、顔を背けるなり口元を手で押さえていたりする中、けれど成美さんは「はっはっは!」と遠慮なく笑い飛ばしてみせるのでした。
「ふふ、まあしかしウェンズデー、それも仕方のないことではあるのだ」
「というと、どういうことでありますか?」
「他人の目につかないところでは良くされているばかりだからこそ、そうでない場では強気に振舞わせて貰っている、というかな。だからお前の目に付かないところではちゃんと――そのトランプの話で言うなら、大吾のほうが数字は上、ということではあるのだぞ?」
「でありますか」
「うむ。もしそういう時の自分を外から眺めるようなことがあれば、恥ずかしさのあまりちょっと泣いてしまうくらいはするかもしれん。デレデレ、というかもうデロデロだ」
 それは大吾の数字が上がるというより成美さんの数字が下がると言ったほうが正しそうな言い方ではありましたが……ええ、実際、そのほうが正しいんでしょう。
「そこでなんで私のほうを見てくるのかなあ?」
 実例の一つへと目を向けていたところ、叱られてしまいました。
 が、それはそれとして。
「あのな成美、オレのこと持ち上げてくれるのはまあ嬉しいんだけど、だからってそこまで言わんでも。デロデロて」
「そうか? ううむ、今はキスが罰ゲームになるような時間なのだし、こういう話も特に問題にはならないと思ったのだが」
「あ、いや、うん、それは確かにそうなんだけどな」
 キスよりよっぽど罰ゲームだし。と、顔にそう書いてありはするものの、それ以上は口にしない大吾なのでありました。その瞬間、僕の中でだけかもしれませんが、大吾の数字は成美さんを上回ったのでした。
「エロい」
「あんたァ!」
 一方はゲームの参加者、一方は観客ということで、口宮さんは異原さんから見て背後に位置していた筈なのですが、しかし異原さんはそんな悪条件をものともしないほど素早くかつキレのある殴打を見舞うのでした。
 まあ、間違いなくエロい話ではあったんですけどね。なんたってデロデロですもの。
「しまったであります!」
「どうかした?」
「話を聞いている間に記憶の片隅にあった王様が綺麗さっぱり跡形もないであります!」
 綺麗さっぱり跡形もない。その王様を自分達の代わりに見立てられたあまくに荘男性陣の一員としては、なんというかこう、エレベーターに乗っていてふっと浮き上がった時のような薄ら寒さが背筋を走り抜けるのでした。
「し、栞殿は覚えていないでありますか?」
「うーん、なんとなーく覚えてはいるけどね。でも教えないよ、そういうのも含めてゲームなんだから」
「むむむー、ピンチでありますー!」
 喜んだ時にそうするように、羽をぱたぱたと上下させ始めるウェンズデー。不思議なもので、全く同じ動きであっても、普段とはまるで逆のその内情がきちんと表現されているように見えるものなのでした。
 というわけでウェンズデー、見るからに大慌てです。
 ですがそれでも、どれか一枚を選ぶしかないわけで。
「で、では……栞殿、あれを」
「これ?」
「はいであります」
 プルプルと震える羽先で恐る恐る指した一枚の札。それを栞は躊躇いも遠慮もなく、どころかむしろ楽しそうに、くるんとひっくり返しました。
「やったでありますー!」
 当たりでした。よし! いいぞウェンズデーその調子!
 と僕が喜ぶのは正当な筈でありながら不純な気もしないではなく、そしてそれはどうでもいいとして、守られるべき唇の持ち主は今の今まで浮かべていた楽しそうな表情を曇らせているのでした。
「栞?」
「あはは……もし私が教えたら外してたっていうね……」
「あらまあ」
「嫌味な笑顔だなあ」
 それが嫌味から来るものじゃないんだよ栞、この笑みは。
 ――で、結局のところ。
「一つ取れただけでも良かったであります」
 負け惜しみでなく本気で嬉しそうに漏らしたその言葉の通り、ウェンズデーが取れたのはその一組だけなのでした。なので既に最下位脱出が確定している異原さんはともかく、同じく一組だけに止まった音無さんとの差は変わらないまま、次の大吾へ順番を回すことに。
「今ウェンズデーがミスったので一組は確定したな」
「やはりそういうことになるか」
 説明であることを悟らせないような説明、ということでいいのでしょうか。もしそうであるなら、さすが大吾手慣れてるもんだ、ということになりましょう。
「ここで二つ取れたらウェンズデーも抜けるんだけど――」
 軽い口調でそう言いながら、確定していた一組をひょいひょいと。そして、
「さあどうだ」
 と、さっきウェンズデーがそうしたのと同じく、これまで一度もひっくり返されていない札をめくってみせたところ。
「お、これさっきあったろ」
「うむ。ふっふっふ、どうやら最下位は免れたかもな」
 キスは何とも思っていなくとも、それでもやはり負けたくはないのでしょう。得意そうな笑みを浮かべる成美さんなのでした。そりゃそうですよね、罰ゲームを抜きにしても勝負は勝負なんですし。
 などと余裕ぶっている場合ではありません。こちらはそもそもキスについて何かしら思っているわけで、ならば成美さん以上に負けたくない――というか、負けて欲しくないのです。ええ、自分でやってるわけじゃないんですもんね。
 もちろん異原さんの場合とは違って大吾の最下位脱出は完全なものではないのですが、しかしそうなる確率が大幅に高くなったのは間違いありません。ということは、楽観視というものをしないのであれば、既に音無さんとウェンズデーの一騎打ちなわけです。
 それが勝ちを決めるためのものであれば格好良いのに、なんて。
「じゃあこれで」
「うむ、それだな」
 というわけで大吾、なんの迷いも見せないまま二組目をゲット。ああ。
「んー、こんだけ減ってきたら適当で当たってくれてもいいと思うんだけどなあ」
「そうだな。異原のようにがばっと取ってみたいものだが、なかなかそうもいかんか」
 三組目はゲットならず、ということで順番は絶好調の異原さんへ。二組で済んで良かったと見るべきか、はたまたその二組で勝負がついてしまったと見るべきかは難しいところではありましたが、しかしまあ取り敢えずは異原さんの動向を見てからということにしておきましょう。
 なんせ絶好調であらせられるので、もしかしたら残りの札を全部一気に持っていってそのままゲーム終了、ということも在り得るといえば在り得るわけです。そうなってくれれば最下位は音無さん、ということになるのですが……。
「これもうあたし最下位脱出どころかトップじゃない!?」
 結論から言って、異原さんは二組ゲットという結果になったのでした。
 これまでの分と合わせて異原さんの手持ちは合計九組。そして場に残っている札は十枚、つまり五組分。となると異原さんをトップから引き摺り下ろすためには現状二位、手持ちが五組の大吾が残り全ての組を一人で手に入れるしかなく、ならばもう、仰る通りトップ確定も同然なのでした。
「誰も注目してねーよそんなとこ」
「へっへー、知ーらなーい」
 よほど以上に罰ゲーム回避が嬉しいのでしょう、順番が一周してもまだ高いテンションを維持してらっしゃる異原さんは、口宮さんの茶々すら意に介さないのでした。
 そんな普段見せない一面を曝け出している異原さんを、口宮さんはどう見ていることでしょうね。
 というのは、言い掛かりのようなものでしかないとして。
「うーん……一つは取れるけど、それだけじゃあ……」
 暫定最下位の音無さん、口元を歪ませています。
 一つは確実に取れる。けれどそれだけではウェンズデーに並ぶだけでしかなく、しかも札の残り枚数からして次の順番が回ってくる前に決着がついてしまうのはほぼ間違いありません。更にはミスをすればそのミスを元にウェンズデーが一組取れるわけで、ならばもう、少なくとも二組は取っておかないと最下位は免れないのです。
 そのまま負けてしまえばいい、なんて酷い台詞はとても口に出来たものではありませんが、けれどそれと意味を同じくする感情は湧かせずにはいられないのでした。
 そりゃそうもなりますとも。ウェンズデーが負けないということは、ウェンズデー以外の誰かが負けるってことなんですから。
「あれ……?」
 ん?
「あれ……!?」
 んん!?
「あー……最後の最後で……」
 音無さん、二組どころか三組ゲット。
「成美」
「なんだ」
「……ごめん」
「うむ」
 残り五組のうち、三組が場から消えました。当然、残りは二組。次はウェンズデーの番。
 そして、ウェンズデーと大吾の差は一組です。
「あの、栞殿」
「ん?」
「こういう勝ち方でいいのでありますか? 自分というよりは、静音殿の動きで全部決まってしまったようなものでありますが」
「うん。そういうゲームだからね」
 残り四枚の札は、音無さんによって二枚がひっくり返され、そして元に戻されました。つまりひっくり返っていない札を選びさえすれば、それが残り二種の数字のうちどちらであっても、ウェンズデーは確実に正解を選ぶことができるのです。
 そして残った最後の二枚については、宇宙の法則がひっくり返りでもしない限り、間違えようはありません。二枚のうち二枚を選ぶだけなのですから。
「大吾殿、成美殿、ごめんなさいであります」
 ウェンズデーは、申し訳なさそうにそう言ってから、栞に指示を出しました。
「栞殿、あれを」
「うん」
 ウェンズデー、二組ゲット。


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