(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十八章 ここにいない人の話 六

2012-07-07 20:48:58 | 新転地はお化け屋敷
 話をしていた場所はトイレ前、ということで、トイレを出てしまえば一貴さんはすぐそこに。
「お待たせしました」
「いえいえ、むしろ待たせちゃってるのはこっちだし」
 本来なら僕にだけ話をするつもりだった一貴さんはそう言って軽く笑い、本来ならこんなトイレ前で足を止める必要がなかった深道さんも、するとそれに倣ったように軽く笑い返します。
「まあ、トイレが多少長くなったってそれを不審がる人はいないでしょうし」
「三人揃ってっていうのがちょっとアレだけど――なんてこと言ってる暇があったら話を進めろってね。うふふ、駄目ねえあたし」
 そうして本題へ入る一貴さんでしたが、けれどそれはそれで、ということだったりもするのではないでしょうか。無駄話ができる余裕がある、というふうに捉えれば。
 一貴さん自身はもちろん、だったらこっちも余裕が持てるってもんですしね――というのはもちろん、トイレを出る直前に深道さんが言っていた話です。
「さっき言ってた落ち込んだ状態からはなんとか立ち直って、それと関係があるかどうかはともかくこういう人間になっちゃったあたしなんだけど」
 本題に入ったところで、一貴さんは自分の胸に手を当てながらそう言いました。こういう、というのはやっぱり、「オカマっぽい」ということについて言っているのでしょう。
 ぽい、なんですよね。飽くまでも。
「亡くなったからってその子への気持ちが変わったわけじゃないし、っていうのもあるにはあったんだろうけど――でもそれ以上に、またあんな思いするのが怖いっていうのがあってね。人を好きになるのを避けるようになっちゃってたのよねえ。愛香さんに会うまでは」
 とてもそんなふうには見えませんけど、と言いはしないまでもそう思ったところ、一貴さんはまるで勿体ぶることなくその話の終着点を曝け出してくるのでした。
 諸見谷さんに会うまでは。
「日向くんはもう分かってるだろうし、深道くんだってなんとなく察し始めてたりするかもしれないけど、愛香さん、恋愛ってものを全く高尚だと思ってなくてね。それどころか『低俗の極み』みたいな扱いしてる人なのよ」
 ですよね、と僕が内心頷いたところで、「だからって、軽視してるってことじゃないんだけどね」と付け加えの一言が。それにもまた、ですよね、と内心だけながら頷くばかり。
「初めから好きだったわけじゃないけど、そんな愛香さんと先輩後輩やってる間に、いろんな意味で惹かれちゃってね。異性としてっていうのは、まあ今の関係を見てもらえれば一目瞭然なんだけど……それと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、自分にはこの人が必要だって、そんなふうに思っちゃって」
 自分にはこの人が必要。
 それは同時に「他の人では駄目だ」という意味も含んでいるのでしょうし、一個人を特別な位置に据える恋愛というものの中ではそう珍しいことではないというか、むしろ大なり小なり全ての恋愛の中にそういう要素は含まれているのでしょうが――。
 こうして口頭で、しかも独り言でもその一個人相手でもなくただの知り合い相手にその言葉を伝えられるほどとなると、それはもう「大なり小なり」の枠から大きく外れるほど大きなものなのでしょう。
「他にいそうにないものね。以前付き合ってた子のことでくよくよしてるのを『それがどうした』って言って呆れてくれて、そのうえでちゃんとあたしを男として見てくれる人なんて」
「一貴さんは」
 と。
 ここで僕はつい、質問を指し挟んでしまうのでした。
「その前の彼女さんのことは、その頃もまだ」
「ええ。というか、今でも好きよ」
 聞きに徹するつもりだった、というのもありますし、そもそもその質問は、質問するまでもない内容ではあったのでしょう。
「凄いでしょう? その子のことは自分には関係ないから亡くなってるだとか今でも好きだとかは知ったこっちゃない、とか言っちゃうのよ? 愛香さん」
 すると一貴さん、なんだか眩しそうな表情を浮かべて「ああ、今でもはっきり覚えてるわ」と。
「『だから私が好きならそんなしょーもないこと気にしないでそう言えばいい。しょーもないことくらい纏めて受け入れてやれる度量はあるんだぞ舐めんじゃねえ』ってね。あたし、告白を強要されちゃったようなものだったのよ」
 …………。
「するしかないですよね」
「ええ、そりゃもう。ボロ泣きしながら『付き合ってください』ってね」
 質問してしまった身としてそれくらいの受け答えはしておきつつ、なんて軽口を思い浮かべることすら躊躇われるほど、それは胸を打つ話なのでした。なんせその当事者が目の前にいるわけですから、この人がボロ泣きしながらあの人に、なんて想像がいとも容易くできてしまうのです。
 無論、それが胸を打つというのは、「いい話」というだけの意味ではなく。
「普通の人なら、ただ別れたってだけならまだしも、相手が亡くなってるとなったらちょっとくらい畏まるものでしょう? で、あたしはあたしで自分から他人とは一歩距離を取ろうとしてたから――相手が亡くなってようがなんだろうがお構いなしにずかずか踏み込んで来てくれる愛香さんみたいな人じゃないと駄目だった、というか無理だったのよね」
「いい話」というだけの意味ではなく、ではある筈なのですがしかし、でもやっぱり一貴さんはこれまでと同様の笑顔を崩しはしません。
 これまでの話から諸見谷さんがどれだけ強い人なのかは、全てとは言わずともある程度把握したつもりではあります。――が、それは例えば僕が栞に見て取っている「強さ」とはまた違うものであって、ボタンの掛け違えというか、一歩間違えれば親しい人ですら傷付けかねないような強さなんだろうなと、勝手ながら思うところではありました。
 であるならば、です。
 その「強さ」に惚れ込んで、実際これまで上手くやってきているであろう一貴さんもまた、そんな諸見谷さんに敵うほど強い人なのではないでしょうか。諸見谷さんが一貴さんの「しょーもないこと」を受け入れているというのなら、一貴さんだって諸見谷さんの「強さ」を受け入れられているのですから。
 だからこうして「いい話」というだけではない話を笑って僕達に話せてるんだろうな、とこれまた勝手に、僕はそう思いました。
「さて、愛香さんについてのお話も済んだところで二人にちょっと質問なんだけど」
 そう思った途端に、一貴さんの笑顔はすっと引っ込んでしまいました。だからと言って暗い表情になったというわけではないんですけど、これまでとの落差というか、やっぱりちょっと気になってしまいます。
 二人に、ということで深道さんの顔色を窺ってみたところ、訝しげに眉をひそめていました。多分、僕もそれと同じような顔をしていることでしょう。
 けれどもしかし、何を質問されるか全く見当がつかないというわけではないのです。というか、まず間違いなくこれだと確信できるものが一つあるのです。二人に、というその二人が、どういう人間であるかを考えると。
「幽霊がいるってことを最近知ったあたしは、じゃあどうするべきなんだと思う? 前に付き合っていた子のこと」
 …………。
 やっぱり。と、言ってしまって問題ないでしょう。なんせ僕達は、幽霊に関わりがあるということで声を掛けられたわけですし。
「と言っても、これまでの話からしてある程度限られますよね。どうするかっていうのは」
 深道さんが言いました。この話が出てきたこと自体に焦点を向けていた僕は、まだその内容まで意識が向いておらず、なので深道さんの言葉には理解が追い付かなかったのですが、
「もしその人を捜すことにしたとして、もし無事に見付けられたとしても、諸見谷さんとその人のどっちか一人を選ぶっていうのは無理なんじゃないですか?」
 そういうことなのでした。あれだけ諸見谷さんのことを語っていた一貴さんは、けれどその亡くなった前の彼女さんについても、「今でも好き」だとはっきり言っているのです。
「……お察しの通りね。無理だわ、あたしには」
「ですよね。なら――」
「もっと言うと、そこについては完全に一択よ。一人を選ぶのは無理だけど、二人とも諦めるっていうのはもっと無理だもの」
「――そうですか」
 言おうとしていたことと完全に同じ内容だったのでしょう、深道さんは遮られた部分を言い直そうとはしませんでした。
 一人を選ぶのも、二人とも諦めるのも無理。ならばつまり、二人とも選ぶと、そういうことになります。
「情けないっていうのは自分でも分かってるんだけどね。でも、お話を聞いてもらってる時に意地張って本音を隠しちゃったら、お話を聞いてもらう意味がなくなっちゃうし」
「俺は別に、情けないなんてふうには思いませんけどね」
 自嘲気味な笑みを浮かべる一貴さんに、深道さんは腕組みをしながらそう返しました。
 しかしそれについての詳細は述べないままに、「まあともかく」と別の話へ。
「なら問題は『捜すか捜さないか』ってことになりますかね」
「ええ。どうかしら」
 捜すか捜さないか。そんな話になったところで一つ、思い付くことがありました。
「あの、いいですか」
「何かしら?」
「前にも多分話してたと思うんですけど……その、天国っていうのは本当にあって、だからもしその人がそっちに行ってたとしたら」
「ああ、しっかり覚えてるわ。その場合は――まあ、諦めるしかないわよねえ」
「あ、いえ、そういうことじゃないんです」
「え?」
 もし覚えてたとしたらそういう考えに至るんだろうな、とは思いました。その話をした時の一貴さんは亡くなった彼女さんの話を全くしていなくて、だから僕としても、そう深いところまで説明するには至れなかったのです。
 僕は、控えめな笑みを浮かべながら言いました。
「その時一緒に話したと思いますけど、うちのアパートの管理人さんが霊能者なんですよ。で、その人なら天国にいたとしても問題ないんです。連れて来ちゃえますから」
「…………す、凄いのねその人」
 その間は単に驚きから生じたものなのか、それとも疑いから生じたものなのかは分かりませんが、それはこの際どちらでも構わないでしょう。いきなり信じろというのはやっぱり無理な相談ですし、信じてもらえようがもらえまいが家守さんならどうとでもしてくれるというのは変わりないからです。
 ちなみに、深道さんも驚きの表情だったり。
 ――で、どちらでも構わないというのなら一体何が問題なのか、ということになるわけですが。
「ただその場合、『こっち』にいられる時間っていうのが相当短くて……二時間、だったと」
 絶対に言い忘れてはいけない情報、ということになるでしょう。
 とはいえ、まあさすがに忘れるようなことはありません。話にそう聞いていたというだけだったら分かりませんが、それを実際に経験しているわけですしね。マンデーさん達やナタリーさんの親代わりであるお爺さんお婆さん、山村夫妻が、「あっち」から呼ばれてきた時に。
 これについてはさすがに多少なりとも残念そうな表情を浮かべる一貴さんでしたが、けれど僕から言うべきことはもう一つありました。
「あと、亡くなった彼女さんの方が『会いたいけど会えない』っていう状況かもしれないっていうのは、なんていうか、考慮に入れておいた方がいいんじゃないかなと思って」
 それについては家守さんどうこうは関係なく、一貴さんが天国はあるという話を覚えていた時点で無駄な話だったわけですが。
 というわけで、もう一言。
「もちろん、天国じゃなくてこっちにいたとしても、やっぱり『会いたいけど会えない』なのかもしれませんけど……その、心情的な面で、やっぱり」
 それは例えば幽霊になった直後の栞が病院から出られなかったとか、これまた栞がつい最近まで実家に一度も戻っていなかったとか、そういう話です。いくら自由に行動できるとは言っても、それを実行できるかどうかはやっぱりその人の意思にかかってくるわけです。
 そしてそれは幽霊に限った話ではありません。一貴さんだって正に今、亡くなった彼女さんを捜すかどうかを僕達に尋ねてきているわけですしね。
「そうね。それは確かに、ちゃんと考えないとね。……考えてあげられるのは、その子を知ってるあたしだけなんだものね」
 そうなのです。僕と深道さんが今ここで何を言おうが、その亡くなった彼女さんの意向次第ではそれが全部ひっくり返ってもおかしくないのです。
 そして当然、一貴さんだってその女性本人ではないわけですから、その意向を完全に予測するなんていうのはやっぱり無理なわけです。寂しいことを言うようですが、そりゃまあ、恋人だって元はと言えば赤の他人なんですし。
 ……こういうことを本人の目の前で、というか本人に対して言えちゃうのが、諸見谷さんってことなんでしょうね。
 なんてことをふっと思ったところで、言っておくべきことが更に追加されました。
「あ、そういえば――捜すとなったらそれ、諸見谷さんはどう」
「ああ、それは大丈夫。さっき言った告白の強要の時だってそうだったけど、そういう気遣いが苦手みたいだから。心配なんかしたら余計に怒られちゃうわ」
 まあ、そういうことになるのでしょうか。
 すると一貴さんは、「でも」と言いつつ躊躇いがちに口の端を緩ませました。
「だからって全く心配しないっていうのは、それはそれで駄目よねえ」
 すると、深道さんが笑います。
「はは、俺なんかそのせいでしょっちゅう怒られてますよ」
 ならば、僕もそれに続きます。
「えーと、僕もまあ、回数は少ないですけど以前に喧嘩をしたことは」
 ――と、いうわけで。
「彼氏って辛いわねえ」
『ですねえ』
 いやまあ、彼女側だってそれは同じことなんでしょうけどね。
「まあともかく」
 話を仕切り直したのは深道さんでした。
「さっき言った通り最終的な判断は一貴さんと諸見谷さん次第ってことになるんですけど、それでも一応俺の意見を言っておくなら、捜すべきだと思います。今の話じゃないですけど、怒られると分かっててもしておくべきことって、やっぱりあると思いますし」
 …………。
 僕が言えることってもうないような……。
 というわけで全くその通り、深道さんと意見がぴったり一致してしまったわけですが、けれどそれでも話の流れはこうなるわけです。
「やっぱりそうよね。うん、ありがとう深道くん。日向くんはどう?」
 なったわけです。
「僕も深道さんとは同じ意見なんですけど、ええと、一貴さん」
「ん?」
「僕がさっき言った『心情的な面で』っていうのがもし本当にそうだったら、助けてあげてください」
 そんな返事をなんとか捻り出せたのは、元の話をしたのが僕自身だからなのでしょう。――と、それはともかく、言った後になってこんなふうにも思うわけです。
 うわあ僕は何を当たり前なことを! と。
 だってその彼女さんは一貴さんからすれば今でもまだ大事な人であって、だったらそんな人が目の前で困ってたら、誰に何を言われなくたって誰でも助けようとするに決まってるじゃないですかそりゃ。
 ……と思ったのですがしかし、そんな当たり前だったはずの僕の言葉に一貴さんは驚いたような表情を向けてくるのでした。なんでしょうか、当たり前過ぎて驚いたとかそういうことなんでしょうか。
「駄目ねえあたし。拒絶されたらそれっきりにしておいたほうがいい、とか思っちゃってたかも。ふふ、ありがとう日向くん。ちょっと目が覚めたわ」
 それは――いや、でも、そういう判断をしても仕方がなくはあるのでしょう。恋人だって元はと言えば赤の他人、という話と似たようなものかもしれませんが、それが恋人であれ何であれ、幽霊はやっぱり異質なものなんですし。
 人間にとっては、という話にまでは踏み入らないでおきますけどね。
 話を戻して。
 異質なものであるのは間違いありませんがしかし、だからといってホラー映画やなんかのように、幽霊になった途端世にも恐ろしいことになっちゃったりはしないのです。性格が豹変するわけでもなければ、呪いとか祟りとか、そういう超能力的なものに目覚めちゃったりなんかもしませんしね。
「これは別に、助ける必要のあるなしに関係ない話なんですけど……難しいかもしれませんけど、相手が幽霊だっていうのは意識しないほうがいいと思います。だからどうしたって言われたら、別にどうってことないんですよ実際のところ。ものを擦り抜けられるとか、普通の人から見えないとか、そういうのはありますけど」
 その時点でどうってことある、なんて言われてしまうかもしれませんが、どうでしょうか。
「ありがとう、肝に銘じておくわ」
 という返事にほっとしたところへ、
「で、それってやっぱり経験談なのかしら?」
 ちょっぴり厭らしいような雰囲気も醸し出しつつ、一貴さんはそんな質問を投げ掛けて来ました。
「そうですね」
 と即答した僕でしたが、だがしかし。
「――って言っちゃうとなんか幽霊がどうのこうのでいざこざがあったみたいに聞こえちゃいそうですね。そうじゃなくて、えー、付き合ってるうちに『どうってことないんだな』っていう認識ができちゃってたっていうか」
「あー、分かる分かる。人目がある所ならともかく、そうじゃなかったらもういちいち意識しなくなっちゃったしなあ、相手が幽霊だってことなんか」
 どうやら深道さんも僕と同じだったようです。正直、最初からきっとそうなんだろうとは思っていたのですが、にも拘わらずなんだか嬉しくなってしまうのでした。
「ありがとうね二人とも。――よかったわ、あなた達に話して。すっごく頼りになったもの」
 喜んで頂けたようで何より。ですが、なった、ということは。
「もういいんですか?」
「ええ。それにさっき言って貰った通り、あとはあたしと愛香さんの気持ち次第だからね。怒られるかもしれないけど相談してみるわ、二人になった時にでも」
 そういうことならば、こちらから言うことはもうないでしょう。
 けれど一応というか、名残を惜しんでというか、最後にこう付け加えておきました。
「捜すってことになったら、連絡してもらえばうちの管理人さん――えー、霊能者さんに僕から話してみるんで、その時は」
 家守さん高次さんが商売として霊能者をやっている人である以上、別に相談を持ち掛けるのに僕を介する必要はないわけですが、そこはまあなんていうか、ここまで関わったなら実行に移るタイミングくらいは知っておきたいなと、そう思ったわけです。
 もちろん一貴さん側から知らせようとしてこない限り、その内容にまで自分から探りを入れたりはしませんけどね。
「ありがとう、もしそうなったらお願いするわね」
 それから一呼吸の間を置いてから、一貴さんは「じゃあ戻りましょうか」と。
 随分長いトイレになってしまいましたね。
 ……頑張ってください、一貴さん。あと、もしそうする必要があった場合は頑張ってあげてください。

 で、まあ、男三人ぞろぞろと席に戻ろうとしたわけですが、その途中というか途端というか。
「あら」
「おっす」
 すぐ傍の角になっている壁の影から、諸見谷さんがひょっこりと現れたのでした。
 このタイミングでここに、ということはつまり、
「あらやだ愛香さん、盗み聞き?」
「後になってこうして堂々と現れても盗み聞きってことになんのかね、やっぱり」
 ということなんだそうでした。トイレに行こうとして出るに出れなかったのかなー、という可能性も浮かばなかったわけではないのですが、それは何となく訊き難かったうえに訊くまでもなく違ったようで。
 ところで、僕や深道さんはそりゃまあ別にこの展開をどう思うということはないのですが、しかし一貴さんとしてはどうなのでしょうか。一応は内緒話だったものを盗み聞き――まあ盗み聞きでしょう、やっぱり――されていたというのは。
「何の話してるかってのは大体見当がついてたんだけど、それでもやっぱり気になっちゃってね。嫌だったんなら謝るよ」
 意外、と言ってしまうのは失礼なんでしょうけど、諸見谷さんのほうから頭を下げようとします。
 が、けれど一貴さん、「そんなことないけどね、別に」とそれに静止を掛けました。
「日向くんと深道くんがしてくれた話はともかく、あたしが言ったことなんて殆どは一度聞いた内容だったでしょう?」
 それは確かにそうなのでしょう。だからこそ諸見谷さんは話の内容に見当を付けていたんでしょうし、そもそも諸見谷さんに幽霊の話を伝えたきっかけが、亡くなった前の彼女さんの話だったんでしょうし。
 というわけで諸見谷さんは「まあね」と想定通りの返事をするわけですがしかし、その表情については想定外なのでした。なんというかこう、半分怒ったような笑顔というか。
「告白シーンの完全再現とかね」
「やん、敢えてそこを取り上げるなんていけずねえ」
 くねっと身を捩らせる一貴さんに、諸見谷さんは深い溜息を。どうやら今の表情は本心ではなく、それに対して一貴さんがどう出るのかかまを掛けてみた(オカマだけに、なんて話ではもちろんなく)だけだったようです。
「なーにが告白の強要なんだか。むしろこっちから告白してるようなもんだったじゃん、あれ」
「うふふ、まあねえ。でも、自分で言っちゃうのもどうかと思うけど、好き合ってるっていうのは確信してたし。あの頃にはもう」
「そんくらい、私だってそう思ってたさ。じゃなきゃあんなこと言えっこないし――それに勿体無いじゃん、せっかく好き合ってんのにあのまま引っ込まれたりしたら」
「そうよねえ」
 否定するどころか頷いている一貴さん。ということはつまり、諸見谷さんのあの「告白の強要」がなければ、一貴さんは本当に引っ込んでいたのでしょうか。
 ……ということは。
 むしろこっちから告白してるようなもんだった、と諸見谷さんは言いましたが、けれどそれでは駄目だったのではないでしょうか。ただ諸見谷さんが普通に告白しただけでは一貴さんはそれを受け入れられていなくて、ああして一貴さんの言葉を引き出す形にしたからこそ二人の気持ちが通じ合ったと、そういうことなのではないでしょうか。
「私が一貴のどこを好きか、なんてのはそれこそ内緒話にしておくとして、少なくともそれに前に好きだった人がどうのこうのなんて全く関係ないわけだよ。だったらそれが原因で引っ込まれるなんて私からすりゃお門違いもいいところなわけで――うん、勿体無いどころかいっそ腹立たしいよね。もしあの時振られてたらぶん殴ってたかも」
「あら怖い。……うふふ、でもそういうところ大好きよ、愛香さん」
「いや、だからそこは内緒話にしろっての。羞恥心を持て羞恥心を」
 ああ、この分なら亡くなった彼女さんを捜そうが何だろうがそれで二人の仲がどうこうってことはなさそうだなあ。
 と、冗談半分真面目半分に思っていたところ、「そういえば諸見谷さん、盗み聞きをしていた割にその彼女さんを捜す話には触れてこないなあ」と。――けれどもやっぱりこの分なので、それは不安の表れじゃなくて信頼の表れなんだろうなと、そう思うことができてしまう僕なのでした。
「俺もあんな感じに受け流すべきなのかなあ。甘んじて殴られるんじゃなくて」
 深道さんは何だか違う方向に感心しておられました。


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