(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十四章 親と子 五

2008-05-04 21:03:57 | 新転地はお化け屋敷
「どーせカップヌードルじゃねーのかよオマエは」
 みんなが普段は食事をしていないという先行感からか、何故だか家守さんまでがそうだと頭に書き込まれていたらしい。なんだかもう、抜けまくりだなあ僕。
 しかしそれを口には出していないので誰から何を言われるでもなく、家守さんが反応するのは大吾の発言について。腕を組み、失礼な、と言わんばかりに、顔をやや上向きに。
「これでも毎晩こーちゃん大先生にご指導賜ってるんだし、そろそろそんな事ないってえ。やろうと思ったらちゃんとしたお昼ご飯の一つや二つ、作って見せるよ?」
「ほー。なら見せてもらおうじゃねえか」
「残念。今は材料が無いんだよね。って言うか、普段からなんだけどさ」
「……なんだそりゃ」
 まあ、そうだろうとは思いましたけどね。
「えーと……」
 なんて言ってると、誘われる側かもしれない側の庄子ちゃんは困ってしまうわけです。当然ながら。ではそんな様子を見て救いの手を差し伸べるのは誰かと言うと、
「まあこう言ってるんだし、ご馳走になればいいと思うぞ庄子。物理的に不可能な家守はともかく、日向にならな」
 実は母親の経験がある成美さんなのでした。この場合、それは関係無いけど。


「お昼の後はどうする? また来るのか?」
「いいえ、遠慮しておくわ。あの子も不安でしょうしね。私がここにいると」
「そうか。そうだね。それじゃあ、清明によろしく」
「ええ。――ねえ、あなた」
「ん?」
「あの子も、早くここに来れるようになるといいわね」
「んっふっふ、そうだねえ」
 ――と、去り際に旦那さんとそんな会話をして、最後に僕達全員へぺこりと頭を下げて、明美さんは帰っていった。あんまり長い時間の滞在ではなかったけど、ここが「ここ」である事を考えれば仕方のない事なのかもしれない。数日前まであった庄子ちゃんの「一ヶ月に一度ルール」っていうのも、それが絡んでたんだろうし。
 で、現在。誘ったら承諾された、と言うよりは流れ的にそうせざるを得なくなった、という感じで、僕は庄子ちゃんとお昼をご一緒する事に。
「あの、ありがとうございます日向さん」
「あの兄にしてこの妹」ではなく「あの兄にしてこの妹?」な庄子ちゃん。律儀にも頭を下げ、それに合わせて揺れる二つのテールは可愛らしい。「栞さんがこの髪型だったら」なんてつい妄想し、次に「でもそのためには髪がもう少し長くないと」なんて考え、そのためにはちょっと条件が……いや、まあ、それはね。お恥ずかしい。
 一人でもじもじしていても気味が悪いだけなので、お辞儀に対するお返事を。
「ううん、これくらい。……それに」
 僕はここ、204号室の居間の中央に位置するテーブルを見渡した。
「これだけいると、たった一人の人数の差なんてねえ」
 そんな事を言いながら、多分僕は苦笑しているんだろう。ちなみに、庄子ちゃんは苦笑していた。
 右隣に栞さん。左隣に成美さん。そして向かい側に庄子ちゃんと大吾の怒橋兄妹。今回のお客様の数は合計四名にも上るのでした。いやまあ、さっきまでもっと集まってたわけですが。
「ご飯のほうはほんとに、お構いなくね。孝一くん」
 もっとも、今栞さんが言ったそんな感じで、食べるのは僕と庄子ちゃんの二人だけなんですけどね。多分人数が気になったってところなんだろう。


 そんなわけで。
「できたよー」
 と台所から呼びかけ、二人分の皿を同時に持って居間へ。ちょっと重い。
 どうせカップヌードルだろう、と家守さんへ言い放った大吾の手前ちょっと出し辛い感もあるけど、まあ食べたいと思ったんだから仕方が無い。本日の昼食、焼きそばの到着です。
「おお、凄い」
 誇張も謙遜も無しに、ただの焼きそば一人前。それが盛られた皿を目の前に出された庄子ちゃんは、それでも何故だかそんな感想を漏らした。料理関係で感心されるのは、喜ばしい事にちょくちょくあるんだけど……なんだかモヤモヤ。「ああ、こんな気分になるならいっそ気合入れて豪華な昼食にしておけば」とも一瞬思ったけど、過ぎたるは及ばざるが如しなんて言葉もある。うん、やっぱり昼食って言ったらこのくらいのものだよね。
 という一連の思考を経て、
「いやいや、ただの焼きそばだし」
 と照れ笑いを浮かべてみた。モヤモヤとは言えほら、やっぱり嬉しい事は嬉しいし。
 すると庄子ちゃんは皿と一緒に差し出した割り箸をパキンと割りながら、
「それでも凄いですよ。調理実習とかで、野菜切るのってみんな結構手間取ってたりしますし」
 確かにこの焼きそばには、それなりにカットされた野菜がそれなりに加えてある。詳しく言うなら豚肉も少々。しかししかし、
「そんくれーだったら喜坂でもできるんじゃねえのか? そろそろさすがに」
「なんだかちょっと酷い言い方だね、大吾くん」
 そんな感じで栞さんが笑顔のまま首を傾かせてしまう程度には、簡単な作業なんだよね。
「あ、そう言えば栞さんって、日向さんに料理習ってたんだよね」
「うん。楓さんと一緒に、毎晩欠かさずね」
 本当は何度かだけ欠かした事があるけど、まあわざわざ掘り返すような話でもないのでそれは気にしないでおく。あの花見の日から――まあ、掘り返さないでおく。
「どうだ、魚くらいは捌けるようになったか? それさえできれば、少なくともわたし以上だとは名乗れるぞ」
「成美ちゃんまで少なくともとか言うぅ」
 大吾に対しては怒りながらも何とか笑ったままだった栞さんだったけど、二連続となるとさすがにがっくり。ここまで責められると可哀想な気もしたけど、しかし栞さんの肩が落ちていたのは短い間の事だった。
「でも、捌けるようになったよ。まだ触るのがちょっと怖かったりするけど」
 そう言って嬉しそうにする栞さんを眺めながら、僕と庄子ちゃんはほぼ同時に焼きそばの一口目を口へ運ぶ。
 ずぞろろ。
 むぐむぐ。
 ごっくん。
「それにしても、本当に驚きましたよ」
 一口の間に誰も口を開かなかったので、なんとはなしに次の話題。いやまあ、このまま嬉しそうな栞さんを褒めちぎっても良かったんだけどね。
 で、「何の話だ」と一斉にこちらへ向くみんなに、僕は続ける。
「成美さんに子どもがいた、なんて」
 それぞれの、特に庄子ちゃんの反応を確認。特に異常なし。あまつさえ「日向さん、知らなかったんですか?」なんて言われてしまう。うーん、やっぱり周知の事だったのかあ。
「あ、焼きそば美味しいです」
「それは、どうも。誰が作っても殆ど同じだろうけど」
 なんせ粉末ソースまでがセットのものだし。
「そんなに驚かれるとはなあ。まあ、この姿になってから知り合ったのではそうなってしまっても仕方がないのかもしれんが」
 腕を組んだ成美さんは、それでも少し不満げに顔をしかめていた。しかし言うまでも無く、その幼い容姿に「母親」の印象を受ける事はまるでない。非常に申し上げにくいですけど。――それと、もう一つ。
「そりゃあ見た目もあるんですけど」
 僕がもう一言付け加えようとすると、意外にもそれが意外だったのか、成美さんは組んだ腕を解き、改めてこちらを真っ直ぐに捉えて、「なんだ?」と一言。
「ついこないだまで大吾とあんなだったですし、なんて言うか初々しかったって言うか……ねえ?」
 と、振り返ってみれば何を言いたいのか分かり辛い文章。なんでそんな事になってしまったかと言うと、「丁寧に言わなくても分かってもらえるかな」という期待が半分、「丁寧に言うのは気恥ずかしいな」という物怖じが半分。後者は最後の「ねえ?」にも表れてる……ような気がする。
 そんな事を言ってみれば当然のように大吾は苦い顔になり、庄子ちゃんは見えてもいないだろうにそんな隣のお兄ちゃんへ意地悪そうな笑みを向け、栞さんはくすくすと小さく笑い、
「人と猫とでは勝手が違うのだ。初々しいも何も、本当に初めての体験も同然なんだから仕方がないだろう?」
 成美さんは、再び腕を組んで憮然とした表情。
 咄嗟に追質問をしようとした僕だったけど、「ねえ?」の後に焼きそばの二口目を口へ放り込んでいたので、暫らく時間を頂く事に。
 ――ごっくん。
「具体的にどう違うものなんですか? ちょっと興味があるんですけど」
「具体的? ……具体的ねえ」
 憤った事により組まれていた腕は、その瞬間に悩みの仕草へと、動く事無くシフトした。ぱっと訊かれても困ってしまうものらしい。
「猫は、そうなってもそこまで一緒にいるわけでは無いと言うか……今から考えると『冷めたものだった』という感想だが、その時はそれが普通だったなあ」
 そうして腕を組んだまま当時の思い出にしみじみとする成美さんの様子は、ちょっとばかし意外だった。普段だったらこんな話題を振れば恥ずかしがってしまうか、いっそ怒り出してしまっていたのに。
 こうして対応が変わってしまうほど、人間と猫のそれは別物なんだろうか?
「うーむ。人間に比べて寿命が短い分、まさに生き急いでいる、というやつなのかもな。あくまで人間と比べて、だが。だから猫だった時には気にならなかったのかもしれん」
「おお、なんかちょっと格好良いですね成美さん」
 なんだか一見哲学的な事を、実体験を元にして話す成美さん。そんな成美さんに、庄子ちゃんが感嘆の声を上げた。もちろん今は耳を出してないから、大吾と同じくこっちも見えてないんだろうけど。
「そ、そうか? 自分でも半信半疑なのだが」
 ここでようやく表情に照れが入る成美さんだったけど、「もっと聞きたいです」と庄子ちゃんの関心はここで止まらず。
「あの、やっぱり自分の子どもって可愛いですか? ……って、当たり前な質問ですけど」
 そう言って軽く自嘲の笑いを見せた後、その口へ焼きそばを挟んだ割り箸を持っていく。そうしてもぐもぐしながら成美さんを(正確には、成美さんがいるほうを)、期待の眼差しで見詰める。やっぱりこういう事は男性より女性のほうが興味あるのかな、なんて思いつつ、だからと言ってお前は興味ないのかと言われればそうでもないので、庄子ちゃんと同じように。もぐもぐ。
「そりゃあ、まあな。わたしの子達は四つ子だったのだが、全員が纏めて擦り寄ってくるとそりゃあもう可愛らしいものさ。あの時が一番幸せだったと言っても、決して言い過ぎではないだろうな」
 と。成美さんはここではっとしたように大吾へと視線を向ける。
「いや、もちろん猫だった時の中で、だが」
 しかしそんな弁解の相手はどうにもそれどころではないらしく、話を聞いて何を思うのか、とても気まずそうに顔を伏せっていました。
「大吾くん、どうしたの?」
「え? 兄ちゃん今、どうかしてんの?」
 栞さんがそんな大吾に声を掛け、それによって庄子ちゃんにも大吾がどうかした事が伝わって。そんなこんなで女性二人に声を掛けられた大吾はゆっくりと、しかし誰を正面に捉えるでもなく、顔を上げました。
「あのよ……子どもとか言われると――いや、な、なんでも」
「ドスケベーッ!」
「ぐほっ!」
 瞬間、右ストレートが脇腹へ。誰の右が誰の脇腹へ、とまでは言いますまい。「見えてないのによく当てられるな」とは毎度の感想であって、割り箸は宙を舞い、それでもなんとか皿の上に落ちて、カンカンと小気味いい音が二つ。
「そ、そういう意味じゃ……いや、でも結局そういう……いややっぱ違うっての!」
 ちょっと迷った挙句に、結局怒る大吾。しかし僕も庄子ちゃんと同意見だったので、違うなら何なんだい? とちょっと虐めてみたくなる。
 ――後になってみればそれは大きな間違いだったんだけど、まあ、この時の僕はそんな事知らないわけです。
「違うならなんなのさ変態!」
 同じくそんな事は知らない庄子ちゃん。成美さんの現彼氏である大吾がよからぬ妄想をしたと思い込んで大爆発です。元々成美さんの事はかなり「目上の人」な感じで見てたわけなんで、それもまあ分かるといえば分かるんだけど……
「庄子ちゃん、ちょっと待ってあげて。多分、本当に違うから」
 栞さんが悲しそうに、いやいっそ辛そうに、庄子ちゃんに制止を掛けた。どうにも大吾が可哀想になったというわけではなさそうです。
「え?」
 一方で庄子ちゃんは、意外なところから声が掛かった事にきょとんとした表情。一度栞さんのほうを見て、それから再度大吾を見る。見えてないけど。
「……でもまあ、この場で言う事でもねーよな?」
 庄子ちゃんの頭にぽんと手を乗せ、その手の動きが見えていなかったが故に庄子ちゃんが「わ」と声を上げる。その反応を確認するように見下ろしてから、大吾は誰かに確認を取るようにそう言った。
 急にどうしたんだろう、この空気。昼食の時間とは言え、普通に焼きそば食べてていいんだろうか。
「そうだな」
「今は、いいよね」
 大吾と同じように成美さんは栞さんへ確認を取るかのような視線を向け、その栞さんは苦笑しつつ大吾に同意する。話の内容は当然分からないけど、みんなのそんな様子に不安感は掻き立てられた。焼きそばを食べつつも。
「うむ。だから庄子、ここは見逃してやってくれ。その代わり、他に何かあったら蹴りでも何でもくれてやって構わんからな」
「え、あ、はい」
 ぱっと笑顔を作り、庄子ちゃんに語り掛ける成美さん。いつもなら「何言ってやがんだ!」とでも怒鳴りだすであろう大吾は、でも結局何も言わなかった。
「さあ、話を戻そう。と言ってもわたしの親馬鹿話だがな」
 こくこくずるずる。
「さっきも言ったが、わたしは子ども達に囲まれてとても幸せだった。だから――こう考えるのは少数派なのだろうが、『次の子どもはいらない』と思ったのだ。その時の子ども達と一緒にいる事を、最高の思い出としておきたかったのだろうな。今考えれば」
「いいお母さんですねえ」
 僕とは違って端を動かす手を止めていた庄子ちゃんは、この話で気持ちが切り替わったらしい。さっきまでの困惑した表情はどこへやら、うっとりしたような顔で成美さんへ感心の意をあらわにしていた。どうやら、成美さんに子どもがいたという事は知っていても、それについての詳しい話を訊くのは初めてなようで。
 でもそこで、成美さんはくくくと笑う。
「いやいや、そうではないのだろうさ。人とは違って、猫はその生涯に沢山の子を産む。わたしはそれから外れていたからなあ。猫だったと言うのに」
 そこまで言って少しだけ、ほんの少しだけ気落ちしたような表情を作る成美さん。
「だがもちろん、相手――人間的に言うなら夫か。は、そうではなかった。一緒にいたのは短い間だけだったな」
 大吾ほど動物に詳しくない僕でも、その程度なら分かる。なんだか良くない言い方な気もするけど(そしてそれはやっぱり人間的な感覚でしかないんだけど)、飼っていた猫があちこちで子どもを作ってくるだとか、そういう話。その夫猫さんは、普通の猫と同じように行動しただけなんだろう。
 だから、という事だと思う。成美さんは、その夫猫さんの事を悪くは言わなかった。
「そして子どもが大きくなってわたしから離れていくと、わたしは独りで暮らしていくようになった。次の夫を探すでもなく、猫の集まりに混ざるでもなくな。……不器用だとしか言えないが、わたしはそれで満足だったよ。幽霊になる瞬間まで――いや、今でもか」
「ほええ……」
「むう」
 焼きそば冷めちゃうよ庄子ちゃん、とはさすがに言えない。それぞれ声を漏らす怒橋兄妹の気持ちも充分に理解できるからだ。僕も口の中が焼きそばでいっぱいじゃなかったら出てただろうし。声。
 ところで大吾と庄子ちゃん、それぞれどんな感想を持ったんだろう?
「なあ成美、なんて言うか」
「ん? どうした?」
 声を掛けておいてから、大吾はそわそわと周辺を気にしだす。何も言われずにそんな様子だと、成美さんが眉をひそめて首を傾げるのも仕方が無い。
「……まあ、ちょっとこっち来いよ」
「ああ……?」
 大吾に小さく手招きされると、よく分からないといった表情のまま、そして座った姿勢のまま、誘われるままにずりずりと大吾に擦り寄っていく成美さん。そしてその結果、
「えーと……これは、どういった事なんだろうか」
 あぐらをかいた大吾の前で、人形のようにして抱っこされる。そして向けられた質問に対する大吾の返答は、「いや、なんとなく」というものだった。
 うーむ。やっぱり現在の彼氏の立場となると、色々思うところがあるんだろうか。
「えっと、今成美さん、どうなってます?」
「怒橋に抱っこされてるな」
「ほえー」
 この状況が見えない庄子ちゃんの質問に、いかにも呆けているという様子の成美さん。普通に考えれば恥ずかしい場面だし、こうなる前に大吾がそわそわしていたのもそういう事なんだろう。だけど成美さん的には「何これ?」のほうが勝っているらしく、抵抗する様子も何もない。本当に、何もなかった。こっちの箸も止まるってもんですよ全く。
「大吾くんは、人だもんね」
「……まあ、そういうこったろうな。オレにもよく分かってねーけど」
 ふんわりと微笑む栞さんに言われ、そうなんだろうと曖昧な返事を返した大吾は、ちょっとだけ成美さんの前に回した両腕を締めた。本当にちょっとだけ。
「怒橋……」
 気難しそうな顔の大吾を下から見上げ、成美さんはぽけっとした顔のままふと、その名前を呼ぶ。もちろん僕には分からないけど、本人も意図せず声を「出してしまった」というような、そんな感じ。
「うーん、本当にうちの兄ちゃんなんかで釣り合うのかなあ。不安だなあ」
「まぁたオマエはそんな事言うかこの野郎」
「ラブラブ抱っこ中にそんな事言われてもなんだかなあ。見えないけど」
「まあまあ、庄子。普段はともかく、今は釣り合ってくれていると思うぞ」
「ありゃ」
 ラブラブ抱っこという表現はいかがなものかと思ったけど、成美さんからすればそれは好感触なものだったらしい。「普段はともかく」という注釈を付けつつも、自分を包んでいる腕にその白くて小さな手をそっと、あてがうのでした。
「へへ、それは良かったです」
 成美さんが嬉しそうだから「良かった」なのか、それとも大吾が認められたから「良かった」なのか。どちらにせよ庄子ちゃんも成美さんと同じく、嬉しそうに微笑むのでした。
 焼きそばは全然減りそうにありませんでした。


「お父さんお母さんかあ」
「ワウ?」
「ん? どうしました? サンデー」
「あのね清一郎さん、ボクのお父さんお母さんって誰なのかな?」
「んっふっふ。それは当然、卵のサンデーを産んでくれたお父さんお母さんでしょう?」
「うん、それはそうなんだけど、ボク達ってみんなお屋敷のお爺ちゃんお婆ちゃんにお世話してもらってたでしょ? ボクを産んでくれたお父さんお母さんも」
「そうですねえ。いえ、お父さんお母さんは今初めて聞きましたけど」
「ワフッ」
「そしたらね、もしかしたらお爺ちゃんとお婆ちゃんも、お父さんお母さんになるのかなって。お父さんとお母さんって、どっちも一人ずつじゃないと駄目なのかな? やっぱり」
「――ふむふむ、なるほど。私達の子どもの話があったから、今の話を考えたのですね?」
「うん、そうだと思う。ボク達みんな、お爺ちゃんとお婆ちゃんの事、大好きなんだよ」
「でしょうねえ。話を聞いているだけでもよく分かります。――サンデー。私は、ですがね? お父さんとお母さんは沢山いてもいいと思いますよ。人間の親と子でも、産みの親育ての親、なんて言葉がありますからね」
「そうなの? でも、人間だとどっちも同じ人じゃないの? 清一郎さんのお家がそうでしょ?」
「ワウ?」
「中にはそうでないお家もあるんですよ。それぞれ色々な事情はあるでしょうが――それはまあ、別としましてね」
「へー」
「サンデーがお爺さんお婆さんの事が大好きで、それで『お父さんお母さんなのかな?』と思ったのなら、それはもうお父さんお母さんでいいんだと思います」
「わあ、やったあ」
「ワンッ!」
「ところでサンデー、他のみんなもそう思ってるんでしょうか?」
「うーん、ウェンズデーが『恐れ多いでありますー』とか言って恥ずかしがったりしてるけど、大体みんなおんなじだよ」
「んっふっふ。それはそれは」


 たっぷりたっぷり時間を掛けて、庄子ちゃんの昼食が終了。
「ご馳走様でした、日向さん。美味しかったです。……ちょっと、冷めちゃいましたけど」
 空いた皿を二人並んで台所へ持っていく途中、庄子ちゃんはそう言って苦笑する。
「お粗末さまでした」
 皿を運ぶ直前に「僕が持つよ」と言ってみれば「いえ、これくらいは」と言って皿を持ち上げた庄子ちゃんは、相変わらず礼儀正しいと思う。実の兄以外には。実にいい子だ。
 そして居間へ戻って、二人ともにさっきまでと同じ場所へ座ってみれば、
「すまんな日向。せっかくの料理を駄目にしてしまったようで」
「面白い話でしたし、駄目にしただなんてそんな」
 成美さんが大吾に抱っこされ始めてから今までの十分ほど、成美さんの昔話は続いた。夫猫さんとの出会いから、親しくなるまで。子どもが産まれて、夫猫さんが姿を消すまで。愛らしい子ども達の世話から、親離れまで。独り身になってから、寿命を迎えるまで。とても十分しか経っていない事が信じられないくらいボリュームのある話に、時々相槌やらを加えながら、基本的には静かに耳を傾けていた。
「子どもがいるのは前から知ってたけど、こうしてその時の話を聞くとまた違うね。大吾くんはどうだった?」
「オレ?」
 今もまだ成美さんを腕の中に納めている大吾は、栞さんから感想を求められて意表を突かれたような顔をした。まあ、実際に意表を突かれたんだと思う。
「そ、そうだな……んー、なんつーか、やっぱすげえなって言うか」
「それじゃ小学生の日記とか読書感想文のレベルだよ兄ちゃん……」
「うっせえ! もうちょっと待て!」
 呆れる妹に、怒鳴る兄。なんとも上下が逆転してるけど、そんな兄の懐でその彼女さんは、楽しそうに微笑んでいた。そして兄がうんうんと唸り声を上げて感想を搾り出している間、その顔を下からじっと見上げていた。
 そんな中、兄はついに語り始める。
「オレは、って言うかオレ等はほら、親になった経験とかねーだろ? だからなんつーか……そういう話ができるのってやっぱ気分いいんだろうけど、実際はいい事ばっかりってわけでもねえと思うんだよ、やっぱ」
「まあ、確かにな。時には嫌な事だってあるさ。もちろん」
「だろ? でもさっき、ずっと嬉しそうに話してたから――テレビとかでよく言うだろ、『いつか笑って話せるようになる』とか。それが実際にできるのって、やっぱすげえなって」
「――はは。褒めてもらえるのは嬉しいが、それは誰でもやっている事だと思うぞ? 年齢に関わらずな。庄子も喜坂も日向も、もちろん怒橋、お前もだ」
「そうなのか? いや、全然自覚ねえけど」
「そうでなかったらお前は、嫌な思い出ばかり語るウジウジした男になっているところだぞ? それではとても『釣り合っている』とは言ってやれんな」
 そう言って成美さんは大吾にもたれかかり、上半身の体重を、自分より二回り以上大きい大吾の胸板へぽすんと預けた。その時の成美さんはからかっているような挑発的な顔をしていたけど、
「……………」
 大吾、そんな成美さんから視線を逸らして沈黙。嬉しいのか恥ずかしいのか、それとも両方なのかは、はっきりしない。


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