(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十四章 親と子 四

2008-05-01 20:52:58 | 新転地はお化け屋敷
 でも庄子ちゃんは清明くんの霊障の事は知らない筈だし、何がそんなに心配なんだろう? ――と思ったけど、
「一緒に入ってもいいですかって言われて、でもそしたらみんなが困るだろうし、どうしたらいいのか分からなくて」
 気が強い(まあ、兄に対しては、だけど)とは言え、庄子ちゃんはまだ中学生。「そう思うならきっぱり断ればいいじゃない」なんて言ってしまうのは、やっぱり酷ってものなんだろう。
「……ちっ」
 庄子ちゃんのそんな様子に、大吾が小さく舌打ち。そんな心配の仕方に、相変わらず不器用なお兄ちゃんだな、と一人っ子の僕は思うのでした。
「分かった。いろんな意味でありがとうね、しょーちゃん。中にみんないるから、入っててくれていいよ」
「いろんな意味」というのが引っ掛かるのか、今までのそれとはちょっと毛色の違う困った顔をする庄子ちゃん。だけどそれでも返事は「はい」で、次に部屋の主である清さんに「お邪魔します」と一言断って、当然のように「どうぞどうぞ。んっふっふ」との返事を頂いてから、102号室の敷居を跨いで靴を脱ぎ始めた。
 うーん。清さんの姿は見えていないだろうに、相変わらずしっかりした子だなあ。
「いやあ、しょーちゃんがあそこで止めてくれて良かったねえ」
 庄子ちゃんと、それに続いて清さんと大吾が居間へ入ると、改めて「いろんな意味」を口にする家守さん。
 そう。もし庄子ちゃんが清明くんをここまで連れてきていたら、玄関を開けた清さんに反応して清明くんが頭を痛める事態になっていた。その事を知らず偶然そうなっただけとは言え、それを防いだ庄子ちゃんにはお礼の一つも言ってしかるべきだろう。言ったのは家守さんだけど。
「どっちが行く? どっちも行く?」
「どっちもでお願いします」
 僕と自分を交互に指差す家守さんに、僕はそう答えた。


「あれ? ……あの、初めまして。えっと……」
「初めまして、庄子ちゃん。うふふ、お兄ちゃんとは違って可愛いわねえ」
「あ、あの……?」
「私は楽明美。後ろの『清さん』の、奥さんです」
「え!? あっ、は、初めまして!」
「うふふ、二回目ね。初めまして」
「あっ……えっと、もしかしてお邪魔だったりとかは」
「みんないるから大丈夫だよ、庄子ちゃん。栞も成美ちゃんも、今はお昼寝中だけどサンデーも」
「あ、そうなんだ」
「気を遣ってもらったみたいで、ごめんなさいねえ」
「え?」
「話は聞こえてたわ。外にいた子、私達の子どもなの。……で、いいのよね? あなた」
「ああ、噂をすれば清明だったよ」
「ええぇっ!?」


 初めて会った時は、正面玄関からやや離れた道路の向かい側。次に会った時は、裏庭。そして今回は、最もお客さんらしく玄関の真正面。
「こんにちは」
 そこに一人でぽつんと佇む清明くんに、家守さんはのんびりした口調で声を掛けた。顔はにこにこと、まるで清さんか明美さんのように笑った形になっている。
 対して清明くんは、挨拶じゃなくて謝っているのだろうかと思うくらいに深々と頭を下げて、
「あっ、こ、こんにちは」
 やっぱり挨拶。
「こんにちは。昨日も会ったね」
 返されたこんにちわに、負けじと更にこんにちは。そうしてトリを飾ったのは僕でした。非常にどうでもいい事ですけど。
「は、はい。あの、昨日の犬……えっと、ジョンくんは今、ここにいますか?」
「ジョン?」
 なんとも突然かつ意表を突いた質問に、僕と家守さんはいったん顔を見合わせ、そして現在ジョンがお昼寝中の102号室へ目を遣る。最後に清明くんを向き直って、
「実は今お昼寝中なんだけど、呼んでこようか?」
 そう言えば、最初は怖がってたけど帰り際には手を振ってくれたんだっけ。
「あ、寝てるならいいです」
 そんなお断り一つ言うのにも眉をひそめる清明くん。ジョンなら多分、尻尾振って大喜びで出てきてくれると思うんだけどなあ。
「んん? もしかして、うちのジョンと仲良くなってくれたのかな? 昨日もここに来たっていうのは知ってたけど」
「な、仲良くって言うか……」
 ますます困ったような顔になる清明くんは、少しの間下を向いて、それから僕のほうへとやっぱり困ったままな視線を向けた。ので、
「仲良くなってくれましたよ」
 と代弁しておいた。
「あう」
 そんな声を出してまたしても下を向いてしまった清明くんだったけど、家守さんはそんな事をまるで意に介さない。
「そっかそっか、ありがとうねー。ジョンが懐くって事は、きみはいい子なんだろうね」
 おや、不意に新説。
「そうなんですか?」
「いやあ、だってみんないい人でしょ?」
「そりゃ、まあそうですけど」
 でもそれだと「悪い人には懐かない」っていう例が無いわけですし――ああ、まあいいやそれは。今全然重要じゃないし。
 というわけでそんな事はさておき、家守さんが突然、ずびしっと清明くんを指差しました。
「そこできみっ!」
「はいっ!?」
「お名前は?」
 にっこり。
 その緩急に何の意味があるかは分からないし、恐らく最初からそんなものは無いんだろうけど、釣られてややにっこりする清明くんを見るに最終的には意味があったなと。
「あ、えっと、楽清明っていいます」
 その名前はもちろん、僕も家守さんももう知っている。でもそれをわざわざ尋ねると言う事はそういう事なんだろう。
「清明くんね。アタシはここの管理人。顔ぐらいは、見た事あったりする?」
「い、いえ、ない……と、思います」
「ありゃ、そっか」
 家守さんは、やや残念そうだった。それでも「たはは」と笑顔は絶やさないけど。
「そっちのお兄さんは、昨日と三日前にも会ってるんですけど」
「ね」
 一方で僕は、最近よく清明くんと会う。と言っても本当に「会っただけ」で、家守さんと違うのは顔を知られてるって事ぐらいだけど。――それで、
「それで今日は、わざわざジョンに会いに来てくれたの?」
 会ってみれば真っ先にジョンが今ここにいるかどうかを尋ねてきたのだから、普通に考えればそうなるだろう。だからこそそう尋ねてみたんだけど、やっぱり別の思惑もあるわけで。
 なんたって今、102号室に両親が揃ってるんだから。
「あ、あの、そういうわけじゃないんですけど、いるなら会いたいなって。でもお昼寝中みたいだから、それはやっぱりいいです」
「ほうほう。それじゃ、本当はうちにどんな用事があったのかな?」
 予感通りジョンに会うのが本来の目的では無いと言う清明くんに、家守さんがその先を促す。すると清明くん、明らかに動揺を見せ始め、家守さんのおかげでせっかく明るくなった表情がまたしても普段通りに。
 ――よくよく考えれば、あのニコニコしっ放しのご両親とは正反対だよなあ。いや、逆に似ているって気もするけど。
「あの、ここの管理人さん、なんですよね」
「そーだよー。住んでる人が少なくてお金のほうが大変だけどね」
 おどおどしながら尋ねる清明くんにおちゃらけた様子で返す家守さんは、言い終わった後に僕を見てウインクをした。
 ――了解、そういう事になるんですよね。まあお金が大変なのは事実でしょうけど。
「あのその、ここに……いえ、ここって、本当にお化け屋敷なんですか?」
 一度言い直して、でもあんまり言い直せてないような気がする清明くんの質問は、「唐突なようなそうでないような」というなんとも宙ぶらりんな感覚を引き出してきた。
「そう言われてるみたいだね。でもアタシがそのお化けだったら、もっと立派なところに住むけどなあ」
 そりゃまた、きっついお話で。
「……違うって事ですか?」
「アタシとジョンとこーちゃん……えーと、こっちのお兄ちゃんがお化けって呼ばれてるんじゃないなら、違うね。他に誰もいないしさ」
 少なくとも「そう呼んでる人達からすれば」、そうですね。
「そうですか……そうですよね」
 元から困った表情の清明くんはかっくりと肩を垂らし、なんだか一層悲壮感が増したと言うか、つまるところ嘘言って心が痛みます。言ったの僕じゃないですけど。
 なんて思ったその時、清明くんの顔と肩が持ち上がり、少し怒ったような表情が、こちらに向けられた。
「じゃあ、管理人さんかお兄さんは、僕のお母さんと友達なんですか? 今、ここに来てますよね?」
 少しだけ勢い付いてそう言った清明くんだったけど、
「うん、アタシが友達」
 管理人さんにあっさりと言い放たれ、一気に勢いを失う――と言うかいっそ、泣き出しそうなほどにその表情が落ち込んでしまう。
 この反応はもう、確定だろう。清明くんはここが「お化け屋敷」であって欲しいと思ってる。そして、ある特定の「お化け」がいて欲しいと思ってる。「ここがお化け屋敷かどうか」という話に続いたお母さんの話題に「じゃあ」という言葉が付いたんだから、その特定のお化けが誰かは考えるまでも無い。
「……お母さんって時々、機嫌がいいんです」
 泣きそうな顔に見合った泣きそうな声で、清明くんが話し始めた。
「どこかに車で出かけていって、帰ってきたらいつも嬉しそうなんです」
 家守さんはにこやかな表情を崩さないまま、その話に耳を傾けている。
「そういう日はよく、晩ご飯がハンバーグになるんです」
 ハンバーグ?
「お父さんの、大好物だったんです……」


「あの、清さんの奥さん」
「あら、名前で呼んでもらっていいわよ庄子ちゃん? 『清さん』なんだし。うふふ」
「は、はい。それじゃあ、明美さん」
「なあに?」
「外のあの、えっと、清明くんは……ここの事を知ってるんですか? 兄ちゃんみたいな、幽霊さん達が住んでるところだって」
「いいえ。教えてないし、ちょっと事情があって、そもそもあの子はここに近付けないのよ」
「事情、ですか?」
「ええ。幽霊アレルギーって言ったら分かりやすいかしら? 頭が痛くなっちゃうのよ、幽霊に近付くと」
「そ、そんなのあるんですか? よかったぁ、外で待っててもらって」
「ええ、そこは本当にありがとう」
「いえ、知らずにやった事ですし」
「…………うーん、しっかりした子だわあ。怒橋君にこんな妹さんがねえ」
「それ、オレの妹だと意外って意味ですか?」
「ええ」
「……………」
「兄妹揃ってしっかり者だなんて、逆に珍しいでしょ? ねえあなた」
「へ? ……んっふっふ、そうですねえそうですねえ」
「あら? 私、変な事言っちゃった感じかしら?」
「あー、目上の人にだけはそんな感じですから。うちの兄ちゃん」
「……なあ成美。ここはオレ、喜ぶべきなのか?」
「でないと喜ぶ場面は他にないぞ。勿体無いから喜んでおけ」
「うーん、やっぱりどうも馬鹿にされてる気が……」
「そんな事ないと思うよ? 大吾くん」
「そんな事あると思うよ? 栞さん」
「あう。そうなのかなやっぱり」
「『やっぱり』って喜坂オマエ……」


「だから、だから僕、変な事なのは分かってるけど、お母さんが遊びに行ってる時はお父さんと会ってるんじゃないかなって、そう思うようになっちゃったんです」
 なっちゃった、と清明くんは言う。まるで、そうなってはいけないような言い方だった。
「なっちゃったんだ」
 そしてそこを突くように、家守さんが繰り返す。
「なっちゃったんです」
 応じて、更に繰り返される。
 自分が言ったのと合わせて計三度目のその言葉の後、家守さんはゆっくりと腕を組み、それでもやっぱり微笑んだまま問い掛ける。
「それで、『お化け屋敷』?」
「はい……」
 考えてみれば、そして今更な上に仕方が無い事とは言え、明美さんだけが清さんと会えるっていうのは相当に不公平だと思う。もちろんそれで明美さんが清さんに会う事自体を否定するつもりもないけど、しかもそもそも清明くんからすれば清さんは存在してないんだから明美さんが会おうと会うまいとなんら変わりはないんだけど、それでも片方が会って片方が会えないっていうのはなんとも、どうにもならないと分かっていても「どうにかならないかな」と思ってしまう。
 どうにもならないからこそ今こうして、家守さんがとぼけているというのに。
「でもさっき言った通り、ここにはアタシとジョンとこのお兄ちゃんしか住んでないよ。今は……清明くんのお母さんとさっきここにいた女の子が来てくれて、ちょっと賑やかだけどね」
 そう言いながら家守さんは一度、102号室を振り返った。
 意識をそちらに向けてみれば人の声が聞こえないでも無い。この正面入口で耳に届くのはそんな程度の音量だったけど、でもまあ確かに賑やかという事になるのだろうか。聞こえてくる声が果たして清明くんにも聞こえるものなのかどうかは、分からないけど。
「そうですか……」


「あ。って事は清明くん、清さんが――って言うか、自分のお父さんがここにいる事も知らないんですか?」
「それ以前に幽霊がいるって事自体、ね。さっき言ったアレルギーの事もあるし、そもそも見えてないから。幽霊さん達の事」
「でも、ここに来たって事は……このあいだにもここの前に立ってたし」
「あら? それって、昨日の話――じゃ、なくて?」
「え? 清明くん、昨日も来てたんですか?」
「………………うーん、やっぱり感付いちゃうものなのかしらねえ。どう思う? あなた」
「親が子を見るように、子もまた親を――なんて、説教臭い台詞が浮かんだよ、今。というわけで、そうなんじゃないかな? あの怖がり屋さんがわざわざ『お化け屋敷』に来てるんだし」
「うふふ、いつも見てる割に気付かなかったわ。あの子もだんだん立派になってるのねえ」


「いえ、あの、自分でもおかしな事言ってるのは分かってるんです。だから、ごめんなさい。お邪魔しました」
 空気に耐え切れなくなったのか、特にこちらが非難するような言葉や視線を投げ掛けたわけでもないのに、清明くんが突然頭を下げる。そして同時に、もう帰ると言い出した。そんな清明くんに、
「帰っちゃうの? お母さんに顔出さなくてもいい?」
 家守さんが言う。母親が来ていてその息子さんも来ているとなれば、そういった類の事を訊いておくのがまあ自然な流れなんだろう。「そうします」とでも返されたらどうするんですか、とも思ったけど。でも――
「実はさっきから、って言うかここを通りかかるといっつも、頭がちょっと痛くなるんです。よく分からないんですけど」
 でも、「そうします」とはならない。この場合、家守さんはそれを知った上で尋ねた、という事になるんだろう。
 そして清明くんの返事の内容について、さも何も知らないといった調子で「ふーん?」と語尾を持ち上げる家守さん。大層な演技上手であった。
 その一方、さっきから話を家守さんに任せっきりな僕は、ボロを出さないためにやっぱり沈黙――と言うかそれ以前に、ジョンがどうたらの話が済んでしまえば何と声を掛けていいのやら分かりゃしない。清明くんは自分でもあり得ないだろうと思いながらここに来てるのに、こっちは清さんがここにいる事を知っている。この意識の差を産めて自然に会話をするには自分の何をどう抑えて口を開けばいいのか、と考えている間にぐいぐい話が進んでしまって結局追いつけないというか、そんな感じ。
 要は頭の回転効率が悪いって事だよね。はあ。
「よく分かんないけど、頭が痛くなっちゃうなら止めといたほうがいい――のかな? それじゃあ逆にお母さんを呼んできてもいいんだけど」
「いえ、いいです。お母さんに会いに来たわけじゃないですから」
 ならばと提案される家守さんの案へ清明くんはあっさりと、そしてさっきからの落胆を隠さないまま、お断りの意を告げた。そして次に、ぺこりと頭を下げる。
「お邪魔しました。お客さんが来てるのに」
「いやいや、このくらいはなんとも。良かったらまたジョンと遊んであげてね」
「はい。それじゃあ、お邪魔しました」
 清さん、と言うかお父さんの件が空振りだった事へのガッカリ感を隠し切れないまま無理に笑顔を作り、二度目の「お邪魔しました」を経て、清明くんは今度こそ帰路につこうと踵を返す。
「ばいばーい」
「また来てね、清明くん」
 ひらひらと小さく手を振る家守さんに続いて、僕は久々に口を開いた。久々と言っても精々二分か三分かそこらだけど、その間ずっとすぐ隣で会話が続いていた事を考えればやっぱり久々と言っていいと思う。
 そしてその久々の一言は「また来てね」だったわけだけど――これは、ちょっと駄目だったかもしれない。だって清明くんはここに来ると頭が痛くなるわけだから、「また来てね」というのはどうにもこうにも空気が読めてない。やっぱりこういうのって駄目だなあ、僕は。
 と、少し離れた所でこちらを振り返り、わざわざ足を止めて頭を下げる清明くんを眺めながら、僕はそんな事を考えた。
「ん? なんか浮かない顔だねこーちゃん。どしたん?」
「あ、いえ、なんでも」
 家守さんに言っても仕方がないし、その上なんとなく恥ずかしくなりそうな気もする。
 という事で僕はベタベタな誤魔化し方をしたわけだけど、その時ふと、思いつく。その話の代わりに訊いておきたい事を。
「なんとか……なんとか、一目だけでも会わせてあげられませんか? 本当にすぐそこにいるのに、しかも清明くん自身が殆ど気付いてるようなものなのに、門前払いしかできないなんて」
 家守さんは、腕を組んだ。そして、ちょっとだけ困った顔をした。そして、ちょっとだけ間が空いた。
「気持ちは分かるけど、どうしようもないよ」
 それまで清明くんを相手ににこにこと話を続けていた家守さんは、僕よりよっぽど辛そうに見えた。
「……すいません」
 だから僕は頭を下げた。こういうのを、世間一般では「余計なお世話」って言うんだろう。こういう誰の得にもならない、後先考えない気遣いの事を。
「さ、部屋に戻ろう。みんなこっちの事、気になってるだろうしさ」
 家守さんの表情が元に戻るのに、大して時間は掛からなかった。
 僕とは違って。


「あ、お騒がせしました家守さん。それで、どうなりました?」
「終始ぺこぺこされちゃいましたよもう。なんかもう虐めてるみたいで、こっちがはらはらしちゃいました」
 102号室へ戻ると、真っ先に会話を始めたのは明美さんと家守さん。それは笑い話みたいなノリだったけど、それに続く明美さんの「ありがとうございました」に付け加えられる深々としたお辞儀を見る限り、明美さんも当然ながら分かっているんだろう。目の前で笑っている家守さんだって、実のところは――
「お帰り孝一くん。なんだか疲れた顔してるよ? おはよう孝一くん」
 部屋を出る前と同じ配置にという事で、栞さんの隣に座り込もうとする。と、その直前に足元から子どもじみた声が。もちろん子どもと言ってもそれは清明くんではなく、その喋り方と足元から声がするようなそのサイズからして、誰なのかは言うまでもなく。
「起きてたんだ、サンデー。おはよう」
 言ったけど。
「カァッ」
 サンデーのおはように釣られたように、隣でお座りのジョンが大あくび。人間のそれと違って、犬のあくびは短くて歯切れがいい。こっちもおはよう、ジョン。
「んー、マジで疲れた顔してねえか? 孝一、向こうでなんかあったのか?」
 動物が動けばこの男も動く――というわけでもないんだろうけど、大吾がこっちの顔を見上げながら覗き込むようにしてサンデーの言葉を確認してきた。
 お気遣いはありがたいけど、答え辛いよ大吾。いや、そりゃそっちは知らないんだから何も悪くはないんだけど。
「まあまあ、いいではないですか怒橋君。――日向君、ありがとうございました」
 どう答えたものかと困っていたところへ、テーブルを挟んだ位置の清さんが助け舟を出してくれた。ついで、頭も下げられる。
 それに答えようとして大吾のほうから清さんのほうを向き直る直前、大吾は成美さんと庄子ちゃんに両サイドから肘で小突かれていた。別に大吾が悪いわけじゃないから申し訳なくも思ったりしつつ、僕は清さんに答える。
「いえ、僕は何も」
 謙遜でなく、本当に何も。
 後ろから大吾による「何だよ?」という戸惑いの声が聞こえる中、僕はそんな情けない返事しかできなかった。外面だけは良さげな言い回しだけど。
 そして僕が宜しくない表情をしていたからか、それとももしかしたらそんな事は何の関係もないのか、外での一件についての話はここで終了。と言ってもまるで別の話題になったわけでもなく、清明くん中心なのは変わらない。では何が変わったのかと言えば、要するにさっきの外の一見に触れなくなっただけ。
「疲れてるならお昼寝するといいよ、孝一くん。疲れてない時はお散歩したいよね。今日はもうしたから我慢するけど」
「ワウ」
 ちょっとずれたところで話題が変わらないニワトリくんもいるにはいるけど、ちょっとずれてるからそれはまあ。
「あはは、この場でお昼寝はちょっと」
「場? 寝にくいって事なら、喜坂さんに頼むといいと思うよ。ボクがジョンにぬくぬくさせてもらったのと同じようにさ。きっと気持ちいいよ?」
 サンデーがそれを言い切る前に、栞さんの名前が出た時点で、その本人が「ふぇ!?」と声を上げたのは言うまでもない事なのかもしれない。
 ちなみに、僕は堪えた。特に意味もない我慢だけど。
「だからありがとうね、ジョン」
「ワンッ!」
 ……あっさり次の話に進むなあ。相変わらず。
 というわけで、サンデーに倣って僕達の話も次へ進むのでした。


「あら」
 次の話と言ってもやっぱりあんまり中身が変わってないような、そんな話が続いて暫らく。不意に腕時計に目を落とした明美さんが意外そうな声を上げた。
「もうこんな時間ねえ。お昼ご飯、作りに戻らないと」
 との事なので、僕は視線を腕時計ではなく壁時計へ。十二時を三分ほど過ぎていた。
 食べ物と言えばちなみに、成美さんが買った饅頭と僕が買った煎餅はみんなで分けた結果、残るは既に空の箱だけ。人数が人数なんで一人分は少なかったけど、まあそもそも量を期待して食べるものじゃないしね。
 と、そこへ。
「あ、じゃああたしも……」
「ん? ここで食っていきゃいいじゃねーかよ。まだ来たばっかだろオマエ」
 庄子ちゃんが明美さんに続こうと立ち上がり、隣の大吾がそれを制する。何? 庄子ちゃんにいて欲しいの? ――とかいう冗談はさておき、確かに庄子ちゃんはまだ来たばかり。ここで帰ってしまうというのは、タイミング的に少々気持ちが悪い。
「一回帰ってお昼ご飯食べて、またすぐ来るって。家、すぐそこなんだし」
「僕のところで良ければ、何か出せるけど?」
 庄子ちゃん本人はお断りモードだったけど、気持ちが悪いので誘ってみた。朝の買い物で食材も余裕があったしね。
 すると、大吾がなんとも素な表情をこちらへ向ける。それはあまりにも素で、いっそ呆れられているようにすら感じられた。して、なんぞ。
「『僕のところで良ければ』も何も、最初っからオマエ便りなんだけど」
「あれ、そうなの?」
 よく考えれば、と言うかよく考えるまでもなく、その通りだった。大吾達は普段食事しないし、
「うええー? だいちゃん、アタシはぁ?」
 ――あ。


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