(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十八章 先輩 五

2008-09-29 20:45:49 | 新転地はお化け屋敷
 するとまるでそのタイミングに合わせたかのように、栞さんが再び口を開いた。
「そう言えば結局、深道さんとはどんな話してたの? 庄子ちゃんのほうは分かったけど」
「え、いや、だから愛について」
 大学からの帰路でも言った事をもう一度。しかし栞さん、あからさまなほど不信感を募らせた顔に。
「……あの、これ冗談でもなんでもないですよ? 本当にそういう話をしてたんですけど」
 本当なのに、自分でも嘘臭く感じてしまうのは何故だろう。五十音順の一番目と二番目の連続という適当な発音だから、だろうか。まあそれは冗談だけど。
 ここまで言えばさすがに信じてもらえたのか、栞さんの表情から毒気が抜ける。しかしどうも抜け過ぎたらしく、今度はきょとんとしていた。
「えーと、じゃあ、どうしてそんな話を? あの時の状況からして、孝一くんから話を持ち掛けたんだよね?」
「それは――あれですよ、霧原さんって『年を取る幽霊』じゃないですか。だから深道さんは……」
 とまで言って、言葉が詰まる。もちろん「霧原さんを愛している」と続くわけですが、どうにも口に出し辛いと言うか。
「だから、その辺りについて訊いてみようと思ったんです。……すいません、こんなので伝わったでしょうか」
「う、うん。伝わった」
 それは良かったと胸を撫で下ろすものの、どもっているところから察するに、背後の思惑まで伝わってしまったらしい。つまり、それを深道さんに尋ねて僕がどうしようとしたか。――そんなの、考えるまでもなく決まっているわけで。家族なんかを除けば、僕が愛だなんてのたまう相手は、現在目の前にいるこのたった一人しかいないわけで。
「深道さんは、どんな事言ってたの?」
「『隣にいて欲しい』から『隣にいるのが当たり前』になるって言ってました。当たり前過ぎていちいち意識しないくらいになるって」
「そっか。じゃあ」
 少しの間俯いて、考えるような仕草を見せる栞さん。そしてその顔が再びこちらを向くと、
「栞はまだだね」
「僕もまだです」
 栞さんは微笑んでいた。多分、僕も微笑んでいた。今の状況を「目標があり、しかしそれを達成できないでいる」というふうに捉えるならば、それはこうして笑いながら言い合える事ではないのかもしれない。
 だけど、この件に関してはそうでもない。
 二人揃って「まだ」と言う。それはつまりお互いに「傍にいて欲しい」と思っていて、しかもゆくゆくは「傍にいるのが当たり前」な状態になりたいと思っている。そうでなければ、「まだ」なんて言い方にはならないだろう。
 自分がそう思っているのは自分が一番よく知ってるけど、あちらもそう思ってくれているというのは、単純に嬉しい。だから僕は、栞さんに笑い掛けた。笑い掛けることが出来た。
「お互いまだまだだけど、これからもよろしくね」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 栞さんが部屋に戻り、適当に時間を潰して、そろそろ寝るべき時間。就寝準備はもちろん、明日のお出掛けの準備も始める。家守さんは「荷物はいらない」と言っていたけど、それでも一泊するわけなんだから着替えとタオル数枚、それに洗面具くらいは必要だろう。
 それこそ学校行事においての遠足前夜のような緩い興奮を募らせながら、それら準備物をバッグに押し込む。とは言え大した量ではないので、作業時間は五分程度。さあ後は寝るだけだ――と布団に潜り込もうとして、一つ、思い出した。
「熊の置物、置きっ放しだ」
 置物を置きっ放しにして何が悪い、とかいう突っ込みがふと思い浮かんだものの、実際にそれを言ってくる人はもちろんいない。
 電気を消して真っ暗になっている居間へ入り、再び明かりを点ける。すると、隅の棚の上で手の平サイズの熊が仁王立ち中。「置き場所を考えるのは後にしよう」と放置してから、すっかりそのままなのでした。
 それは迫力のある熊である以前に、栞さんからの贈り物。はて、ではどこに置くべきか。
「……まあ、ここよりはあっちなのかな?」
「ここ」とは居間。「あっち」とは私室。
 この場所が204号室である以上、居間であろうが私室であろうが僕の部屋なのは間違いない。だけどもその二つを比較すればより「個人的な空間」である私室のほうが、彼女からのプレゼントを安置するには相応しいのではないだろうか。――という計算結果を、こういった経験が初めてである僕の頭が弾き出す。それがどこまで信用していい回答なのかはさておき、熊を掴み上げた僕は、取り敢えず私室へ。
「で、どこがいいかな」
 と言ってはみたものの、候補が大量にあるわけでもない。と言うか、物を置くような場所が二ヶ所しか。将来的にはもうちょっと賑やかな部屋にしたいところだけど、しかし今この部屋にあるのは、背の低いタンスとさっぱり使っていない勉強机だけ。せめてベッドがあればもうちょっとは、なんて考えは捨て置こう。今は。
 部屋を見渡し、机、タンス、そして布団の位置関係を確認。私室の入口から見て正面の壁沿い、窓側から机、布団、タンスの順。以上。
 ……決め手が無い。
「まあ、机に置いとこう」
 結局は「まあ」なんて理由で位置を決め、そこへ熊を配置。他に置く物がない所へぽつんと立たされ、それでも変わらず勇ましい熊は、ちょっとだけ格好良く見えた。
 暫らく眺めてから電気を消し、今度こそ就寝体勢に。そしてまだ温まっていない冷え冷えの布団に包まり、ほんの少し、本当にほんの少しだけ考える。
 ――栞さんとの交際において、それを念頭として接するかどうかは栞さんから一言あったものの、今が栞さんを知ろうとしている段階だというのは間違いでもないと思う。そして今日、初めて栞さんの私室に上がらせてもらい、置物コレクションを見せてもらい、しかもその内の一つを貰った。つまりは今日もまた栞さんについて知るところがあったわけで、しかも明日は泊まりでお出掛けだ。もしかしたらまた何か、知る事があったりするかもしれない。
 以上、ほんの少しの考え終了。よし寝よう

 ……………無理だって。
 暫らく寝ようとしてまるで寝付ける気配がなく、それはつまり脳が活発なせいであって、ということは考え事があるわけです。望もうが望むまいが。
 ――さっき考えた話はもちろんのこと、今日はその方面についてのいろんな話を聞いた。口宮さんからは、恋人らしい事はちゃんとしておけという話を。そして、そうでなかった自分達がどうなったかを。深道さんからは、愛というやや近寄り難いような気もするものについての、実体験に基づいた私見を。庄子ちゃんからは自分の中の恋愛感を確認させてもらい、それについて栞さんから意見を貰った。
 一日を通してそんな話ばっかりだったのか、とじわじわ温まりつつある布団の中で思い返し、すると今度は、それについての考えが頭の中を駆け巡る。悪循環もいいとこだ。
 ――口宮さんと、深道さんと、庄子ちゃん。まず庄子ちゃんは、今のところ気になる異性はいないとの事だった。次に口宮さんは、異原さんとそういう関係になった事があるものの、後にそれが自然消滅してしまったとの事だった。そして深道さんは、現在も霧原さんと交際中。
 この中で現在の僕の立ち位置は、庄子ちゃんと口宮さんの間、というところだろうか。もちろん今の自分としては自然消滅なんて考えられないけど、まだまだ栞さんと付き合い始めてから期間が浅いのもまた事実。この後どうなるかなんていうのは、分からない。
「分からないだらけだなあ」
 栞さんと過ごす時間は本当に楽しく、同時に嬉しい。どうしてかと言うと、栞さんが好きだからだ。でも同時に僕は、栞さんを探ってもいる。今の時点で知っている範囲の「栞さん」を好いていて、しかしそれでも満足せず、まだ知らない部分を引き出そうとしている。現状が楽しくて嬉しいなら、そんな事をする必要はないはずだ。愛とかいうよく分からないものを目指す必要も、同じくないはずだ。
 ……でも、理由は分からないけど、僕の意識は確実にそこを目指している。現状に満足してないだとか、そんな理由ではなく。なんせ大満足だし。
「その辺も訊いておけば……」
 どうしてあなたはあの女性を愛しているんですか。
 現に一人の女性を愛しているあの先輩に、そういった向きの話を。
「すー……すー……」
 現在壁を挟んだ向こう側で寝ている筈のあの人は、どう思っているだろう。どうとも思っていなくて、僕が質問した瞬間から必死になって考えてくれるのだろうか。
 ……ああ、頭にその光景が浮かぶようだ。だから可愛いんだ、あの人は。
 腕を組み、俯き、栗色の髪と赤いカチューシャをこちらに向けて、必死に頭を働かせるあの人。僕はそれをテーブルを挟んだ向かい側から、にこにこと眺めている。

 その日見た夢はそんな、他愛もない探り合いの現場なのでした。


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