(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十章 伸びない髪 八

2008-01-30 21:00:27 | 新転地はお化け屋敷
「じゃあ何の事だよ?」
 隣のヤツにも分からないらしく、オレのその返事に合わせて庄子に目を遣る。
 良かった良かった、今回はオレが馬鹿ってわけじゃねーんだな。
「だからその……一月に一回ルールをね、無しにしてもらえたらなって」
 ああ、そう言やあビンタ騒動の原因はそれだったっけか。
「そういう話になっていたのか?」
「まあな。今はもう孝一がいるから『お化け屋敷』じゃねーんだと」
「ほう、なるほどな」
 庄子が一月に一回だけ来るってルールを作った理由。それをコイツに話した事はない。けど、庄子から聞くか、それともコイツの事だから自分で勘付いたりしたんだろう。オレの説明不足っぽい説明に頷くと、あとは涼しい顔。それ以上訊いてこようとはしなかった。
「兄ちゃん……」
 庄子が、返事を急かすように声を掛けてくる。今しがたオレの説明に頷いた小さいのも、真顔のまま無言でこっちを見上げてくる。
 ――オレ、なんて答えたらいい? どう答えたら馬鹿扱いされない? さっき庄子が大声を上げた時に言った通り、オレと庄子は家族だ。兄妹だ。そりゃ一月に一回じゃあオレだって『アイツ今どうしてっかなー』とか思う事ぐらいは、たまにある。別に庄子に意地悪くしてるつもりとかじゃねーんだし、孝一云々もその通りだ。でも、もうこうなって二年だし、今更になって――ってのもやっぱあるんだよな。
「おい、怒橋」
「なんだ?」
 頭の中で理屈と意地がぶつかり合って、しかも全く決着がつかないでいると、やや下げた視界の更に下側から、微妙に怒ったような声が。見下ろしてみると、ソイツはやっぱり微妙に怒っているようだった。
「わたしが口を出す話ではなさそうだから内容については触れんが――」
 そこで一旦、一呼吸。
「ウジウジするなお前らしくもない。こういう時こそ普段通りすっぱりと答えたらどうだ」
 なんだよ、結局そっちがお望みかよ。
 ――悩んで損した。
「んじゃ、そーさせてもらうよ」
 後で礼でも言っとくかな。
「オマエが来たいってんなら、いつでも来たらいい」
「い、いいの?」
「ああ。……本当に悪かったな、変な意地張っちまって」
「ううん。ありがとう、兄ちゃん」


 結局、心配性な親に連絡してから随分経ってようやく庄子は家に帰った。その背中を見送って「歩いて来るような距離なのにな」と思うのは毎度の事。
「しっかし、アイツ立ち直り早過ぎるっつの。人の事引っぱたいたらあっさり機嫌直りやがって。泣いてたんじゃねーのかよ?」
「本人がいなくなってから愚痴られてもな。……本当に仲が良いよ、お前達二人は」
 今の台詞のどこからそういう結論に達するのか、オレと並んで庄子の背中を見送ったソイツが合間に鼻を鳴らしながらそう言った。そして更に、
「なあ怒橋。お前は、年を取りたいと思うか?」
 ……今の話のどこからそういう展開になるんだよ。
「なんだよ急に」
「いやなに、庄子が以前言っていたのだよ。もし自分の目が幽霊を見る事ができたらお前は年を取るのだろうか、とな」
 ああ、そう言や今日もそんな話をしかけてたような。確か買い物から帰ってきた辺りだっけか?
「別に年を取りてえなんて思った事ねーよ。得な話ってわけでもねーだろ?」
 清サンも髭剃り面倒臭えってたまに言ってるしな。
「そうか」
 それについて思うところはもうちょいとあったんだが、相手があっさりと納得してくれたので、その話はそこまでにしておいた。――こっちからも話、あるしな。
「なあ」
「なんだ?」
「さっきのウジウジすんなっての。あれ、すげえ助かった」
「それは良かった。怒った甲斐があったというわけだな」
 妙な感じだが、嬉しいもんだな。好きなヤツが「らしくない」って言ってくるくらいに自分を知ってくれてるってのは。……知った結果が「すっぱりと答える」――要するに考え無しの馬鹿だってのも、まあ今は良しって事にしとこう。
「ありがとうな、成美」
「ふ、どういたしまして」


「あ。あの車、もしかして……」
「――こんばんは、しょーちゃん。来てたんだ」
「こんばんは、家守さん。と言ってももう帰るところなんですけどね」
「んー、ちょっーと残念だなー。まあ、ここで会えただけでも良しとしますか」
「普段はなかなか会えませんもんねえ。――ところで、今日はいろいろびっくりさせられましたよ。兄ちゃんと成美さん、先月までなんの進展も無かったのにいきなり付き合い始めてるし」
「いろいろって言うからには、他にも?」
「はい。成美さんが大きくなっちゃうし、引っ越してきた人はいるし、しかもその人が栞さんと付き合い始めてるし」
「いやはや、忙しい月でした」
「あはは、家守さんはいつも忙しそうですけどね」
「ん? それはアタシの気分次第だけどねー。で、いつもと変わらない部分はどうだったのかな?」
「と言うと?」
「だいちゃん。なっちゃんの事を抜きにして、どうだった? 今回も不満爆発だった?」
「そりゃもう。成美さんがいなかったら、あたし一人であの馬鹿たれを捌き切れたかどうか」
「そりゃ良かった。付き合い始めても無理してないって事だね、どっちも」
「そう言えば、そういうところの変化は……あんまり無かったかな? まあ、あたしがいたからってのもあるかもしれませんけど」
「かもしれないけどね。……ん? しょーちゃん、その紙は何?」
「あ、これ――そうそう、これにも驚かされたんですよ今日」


『いただきまーす』
「――いやー、あれは可愛かった。いっそサーズデイにはずっとあのままでいてもらおうかな?」
「随分お気に入りですね家守さん。『可愛かった』ってもう何回言いましたか? この部屋に来てから」
「えー? だって、こーちゃんも見たんでしょ? それなら分かってくれないかなあ、この気持ち」
「いやまあ、分からないでもないんですけど」
「楓さん、料理中もずっとその事言ってたもんね。そのせいで砂糖と塩間違いそうになってたし」
「それを言われちゃうとねえ……あ、そうだ。しぃちゃんのカツ丼はどう? 味付け、上手くいった感じ?」
「はい。今回は上手くいったと思いますよ。……珍しく」
「あはは。んじゃあさ、一口ずつ食べ比べしてみようよ。結構違ったりするかもしれないよ?」
「んー、そうですね。それじゃあ早速」
「あの、僕は除け者ですか?」
「だってこーちゃんのは食べるまでもなく美味しいに決まってるもん。そんなのと自分の比べたら――ねえ? しぃちゃん」
「ショックだったりするかもしれませんもんね~」
「そうですか……まあ、自分の料理に自信が出てきた事の裏返しって事なんですかね……」
「ではしぃちゃん、一口いただきます」
「それじゃあこっちも」
「……どうですか? お二人とも」
「しぃちゃん、これ、甘くない?」
「楓さん、お醤油強くないですか?」
「あらら。……あはは、味身も自分でしましたからねえ。それぞれの好みが出ちゃったんですかね」
「はぁ。まだまだ人様に出せる域じゃあないって事かぁ~」
「自分では美味しいと思ったんだけどなぁ」
「これにめげずに、これからも頑張ってくださいね」


 庄子が帰ってから随分経ち、今はもう九時を少し過ぎた辺り。
 この時間、今日もアイツ等は三人で晩飯食ってるんだろうな。
「今日は楽しかったよ。すまないな、結局一日中付き合ってもらって」
 三つ隣の部屋の様子を思い描きながら、テーブルを挟んだ真正面からの声に耳を傾ける。
 今日一日の余韻っつーかなんつーか、なんとなく喋ってる間になんとなくこの部屋に入り込んでいた。本当はもう一つ隣の自分の部屋に直行するつもりだったんだが、あんまり引きずる事もなく適当に駄弁ってる間にこの時間だ。
「別に礼言うような事じゃねーだろ」
 ……そう言や、本当に一日中だったんだよな。朝からずっと一緒にいたし。
 朝には雨で気が滅入っていたソイツはオレの返事に薄く笑いながら肩を竦めると、
「ふ、確かにな。楽しかったのは殆ど庄子のおかげなのだし」
「なんだそりゃ」
 そういう意味で言ったんじゃねーんだけどな。――とまで言って「じゃあどういう意味だ?」とか返されたら困るから言わね―けど。その返事の裏にあったのが「一緒にいるのが当たり前」だもんなあ。
 あ、でもよく考えりゃあ単に意識し過ぎなだけか? 住んでるのがここな時点で誰と一緒にいても当たり前なんだし。別にコイツ相手に限った話でも――
「冗談だよ。難しい顔をするな」
 ――なんだよ。
「オマエ、その冗談っての好きだよな」
 見せ付けるように大袈裟な溜息をついてから、呆れたような口調でそう返してやった。つってもそれは意識してやったわけで、本心から呆れてるのかどうかはオレ自身にもよく分からねえ。実際んとこ、どうなんだろな?
「そうか? わたしとしては特に意識してやっているつもりもないが」
 その割には「どうしてそんな冗談を言われるのか一度よく考えてみろ」とか説教染みた事言われたし、「冗談だよ」っつう締め括りもしょっちゅう言われてる気がするが、
「ふーん。まあ、別にどーでもいいんだけどよ」
 ほじくったら今度はどんな冗談吹っ掛けられるか分かったもんじゃねえんで、この話はここまで。
「確かにどうでもいいな。妙なところに拘らず、お互いのんびりいこうではないか」
「だな」
 例えばヤモリに「なんでそんなオッサン臭い事ばっか言うんだ?」とか訊いてもしゃーねえしな。そういう性格だから、ってだけの話だろうし。って事は、今の話もそういう性格だって事で済むんだろう。
 ん? そんじゃあ逆に、オレはどうなんだ?
「なあ」
「なんだ?」
「オマエから見て、オレってどんなヤツなんだ?」
 ふと頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出してみると、こっちを見詰める目が大きく丸くなった。
「と、唐突だな」
 そうか?
「どういう…………急に訊かれてもなぁ。何と表せばいいのか」
 オレの中ではそんなに切羽詰った話でもなかったんだが、そのまま腕を組んで顔を下げ、うんうん唸り始めた。
 でもちょっと待て。何と表せばって事は、
「それ、答えは浮かんでるって事か?」
「まあ、な」
 その割に、持ち上がった顔と返事は浮かない感じ。浮かんでるならそのまま言やいいのにな。
「じゃあ言ってみろよ。何を悩んでんだ?」
「いや…………いや、分かった」
 何かを否定して、そんでそれをまた否定して、こくりと頷く。
「ただ、悪い意味で、ではないからな。良い意味で、だからな」
「はあ」
 何が言いたいのかいまいち分からねえ妙な日本語にオレが気の抜けた返事を返すと、
「愛すべき馬鹿」
 と馬鹿にされた。
「……もうちょっとこう、なんだ、こんな時くれーはそこから離れてくれてもいいと思うんだけどな」
 今は二人だけなんだし、そういう意味での色のある返事っつーかよ。そういうの期待するのって、変なんだろうか?
「いやだから、決して悪い意味ではないのだ。……うむぅ……」
 人を馬鹿と貶す事の何がそんなに難しいのか、またも腕を組んで考え込む。
 悩むくれーなら言うなよ。まあ、言えって急かしたのはオレだけど。
 とまあ我ながら無茶な愚痴を頭の中で垂れていると、その無茶の相手が何か思いついたのか、「そうだ」と顔を上げた。
「庄子はよくお前を馬鹿にするが、それでもお前を嫌ってるわけではないだろう? つまりはお前のちょっと間抜けたところが、むしろお前のいいところと言うかだな」
「あんま言ってる事変わってなくないか?」
 名案だと言わんばかりにハキハキと喋りだした割に、結局馬鹿にされる話が続くだけだった。ので、話の途中みてーだったが早々に突っ込ませてもらう。
「ぐぬ。うぅ、どう言えば伝わるのか――いやだから、最初から『何と表せばいいか分からん』と言っているではないか!」
 突っ込まれたソイツは何故か急に逆切れ。テーブルに拳を振り下ろして、低く、そして歯切れのいい音を部屋の中に響かせた。
 ――あれ? もしかして、またオレが悪いのか? よく分かんねーけど、ここってオレが馬鹿にされて怒るべきとこじゃねーのか?
「……ふう、庄子が来た後はどうも駄目だな。二人掛かりに慣れるせいか、一人で流しきれん」
 テーブルに八つ当たりして落ち着いたと思ったら、またわけの分かんねえ事を。
「今この場に庄子がいればなあ。もう少し余裕も持てただろうに。――む、そう言えば」
 今度はなんだよ。
「別れ際に『好きな日に来い』とは言っていたが、庄子はいつ来るつもりなんだろうな?」
 ああ、そこか。良かった良かった、これ以上意味も分からずキレられねーで。……でも、んなもんオレだって知らねえよ。アイツ、特に何も言ってなかったし。
「さあなあ」
「なんだ、つれないな。最愛の妹だと言うのに」
「最愛ってお前な」
「幽霊が見えたらお前が年を取るかどうか、と気にする程なんだぞ? つまり妹側からすれば、お前は最愛の兄なのだよ」
 最愛とかこっ恥ずかしい台詞使うんなら、もっと普段の振る舞いをそれっぽくしろっての。――まあ、別に、そうされなきゃ分かんねえってわけでもねーけど。今日泣いたのだって、それがあっての事だろうし。
「……とにかく、アイツが自分の好きな時に来るとしか言えねーよ」


「じゃあこーちゃん、今日はこれで――あ、そう言えばさ」
『どうしました?』
「しょーちゃんがね、別れ際に『多分明日も来ます』って言ってたんだけど、一ヶ月ルールって無くなったの?」
「……栞さん、何か聞いてます?」
「ううん。何も聞いてないよ」


 この部屋の壁一枚向こう側、つまり階段からの足音が微かに聞こえてくる。それが意味するところは、孝一の料理教室がお開きになったって事だ。
「オレ、そろそろ部屋に戻るわ」
 別にあっちの料理教室がオレに関係してるわけじゃないが、その足音になんとなく「帰る」という事を意識させられ、意識させられた通りに立ち上がる。時間も時間だしな。
「む。そうか?」
 そう言いながら、玄関までの見送りって事なんだろう。今日一日一緒にいっぱなしだったソイツも、九時半を指し示す時計に目を遣りながら立ち上がった。
 そうして二人揃って短い、と言うか殆ど台所の一部のような廊下を進み、冗談抜きであっと言う間に玄関へ。
「じゃあ、また明日な」
「ああ。また明日――いや、そうだ。一つ言い忘れていた」
 挨拶を済ませながら靴にもそもそと足を突っ込んでいると、そんな展開。
「なんだよ?」
「『最愛の兄』だとか、『お前が年を取るか気にしていた』だとかをわたしが言っていたと、庄子本人の前では言わないでくれよ? さすがに怒られそうだ」
 ……庄子がコイツにキレるってのはどうにも想像しにくいが、
「言えって言われても言えるかよ。んな話、こっちが恥ずいっての」
「はは、それもそうか」
 割と真面目な話のつもりだったんだが冗談と受け取られたのか、軽い笑いを向けられた。
 しかしその軽い笑いは、その軽さに合わせるようにすっと消え去る。そして次に向けられる表情は、笑ってるって程ではない、やんわりした微笑だった。
「だが、口にはしなくても頭には留めておけよ? なんせ髪や髭が伸びたりはしないのだ。目に見える変化が無いからと言って、うっかり忘れないようにな」
「うっかり過ぎるだろそれ」
「ふ。まあ、お前がそう言うならそれでいいさ。しっかりな、お兄ちゃん」
「へいへい。――そんじゃあな」
「うむ。今度こそまた明日」
「ん」


 ドアをくぐり、それを閉め、見送りが終わると、外では緩い風が吹いていた。今いた部屋から自分の部屋までは歩いて数歩の距離だが、そのやや冷たい風に、ほんの少しの間だけ足を止める。
 ――なあ成美。多分、そうはならねえよ。もし庄子がオレを見れても、オレの髪は伸びねーと思う。大袈裟っぽい表現だが、そりゃあ家族だ。愛してるっちゃあ、そうなんだろう。だけどな、それだけじゃねえんだよ。アイツがオレを見れて、そんで愛し――うん、まあ、そんなで。その二つももちろんそうなんだが、もう一個あるんだよ条件は。オレは多分、それを満たせてねえ。その証拠に、オレが今住んでるのは――
 なあ成美。兄貴ってのは、そのもう一個も満たさなきゃ駄目なのか? 今の状況はオレなりに考えての事なんだ。それでも……
 オレは、この件に関しても馬鹿なのか?


 ――オレがこの、幽霊アパートの202号室に住み始めて、二年になる。


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