(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 九

2014-10-21 21:01:22 | 新転地はお化け屋敷
「あー、すっきりしちゃったなあ、これで」
 特に相談をしたというわけではありませんが、ひとまずは控室に戻ることになるでしょう。というわけで家守さん高次さんと別れ、親族控室を後にしたところ、栞はぐっと伸びをしながらそんなふうに。
 それは本当に部屋を出た直後だったので、もしかしたらドアの向こう側にいる家守さん達の耳に届いてしまったかもしれませんが――むしろそれも込みということだったりするのかもしれませんね、栞なら。
 とはいえ、ドアの前で足を止めるなんて露骨なことはせず、ならば話の続きはそのまま廊下を進みながら。
「しちゃった、ね」
「そりゃまあ、寂しいっていうのはあるしね。やっぱり」
 返事と共に返してきた何かしら含むところがありそうな笑みは、果たして照れ笑いなのか苦笑いなのか。普段なら迷うようなことではないのですが今回はそうでもなく、ということはつまり、普段は表情だけでなくその時の状況も考慮に入れて判断している、ということなのかもしれません。
 というわけでこれは、栞にとってはそのどちらともが在り得る話なのです。どちらとも、という可能性ももちろんながら。
「――あ、ちょっと座っていこうか」
 丁度いいところに、と言ってもこの廊下はもう何度か往復しているのですが、前方に長椅子を見とめた僕は、そう栞に誘いを掛けました。
「あ、うん」
 急いで控室に戻る必要があるというわけではないにせよ、座るだけならそれこそ控室でいいというか、あちらの椅子の高級さを考えるとむしろ控室の方がいいというか――と言いつつ、家具に目が利く僕ではもちろんないわけですが。それにそもそも、必要があるというわけではない、なんて言うなら廊下に居座る必要こそありはしないわけで。
 と、それらの疑問を挙げるでもなくあっさりと頷いてくれたということは、もしかしたら栞も同じような気分だったのかもしれません。ちょっとだけ二人だけで話がしたいかな、という。
「いやまあ、まずはお疲れ様でした」
「いえいえ、そちらこそわざわざお付き合いして頂きまして」
 早速とその長椅子に腰掛けつつ、まずはそんな社交辞令から。社交どころではない、というのは言うまでもないところではありますが――
「本当にありがとうね、孝さん。一緒に居てくれて」
 というわけで、社交以上の辞令も同時に頂くことになったのでした。
「本当に一緒に居ただけだったけどね」
「手間暇のことを言ってるわけじゃないんだけどね」
「まあ、分かってるんだけどね」
「分かってくれてることを分かってるんだけどね」
 と、あちらではこんな話ばかりしていたわけですしね。もちろん、表面上は、ということでもありますし、裏にあるものが表に出てきた瞬間だってありはしたわけですが。
 軽く、かつ薄い、溜息にも似た笑みを浮かべ合ったところで、本題へ移らせるのは誘いを掛けた僕から。
「家守さんが泣いた……って、ほどでもないか。ちょっと目が潤んだ時、ああこれは栞もどうかなって思ったけど、案外平気そうにしてたね」
「それはまあ、その時楓さんが言ったことが引っ掛かったからっていうのもあったし」
 自分なんかのことを好きになってくれて。
 僕もはっきり覚えていますし、引っ掛かりを覚えたというのも同様です。
 が、しかしまあ、それについての話はその時に済ませたわけで、ならば本人がいないこの場でそこを取り上げることもないでしょう。
「『も』ってことは、他にも?」
「あ、それ訊いちゃう?」
 聞かなくても分かると思ってたんだけどなー、みたいな空気をこれでもかと言わんばかりに醸し出しながら、つまりは僕を小馬鹿にしながら、栞は意地悪くそう言ってくるのでした。
 が、
「ん?」
 思い当たる節は残念ながらなし。自分が馬鹿だと認めるのにはさほど抵抗があるわけではなく、ならば別にそれでも構いはしないわけですが。
 というわけでそれはともかく、正解のほどは如何に。
「それこそだよ孝さん。それこそ、孝さんが隣に居てくれたからって話だよ」
「……ああ」
 なるほど、と自分で納得するのも随分とむず痒い話ではありますが、でも、なるほど。
「嬉し泣きとか感動して泣くとかは、別に抑える必要もないんだろうけどさ。でもあれは私からしたらやっぱり悲しい話、寂しい話で、だったら孝さんの前で易々と泣くわけにはいかないんだよね。そうならないために頼らせてもらってるんだから」
 うーん、栞はどこまで行っても栞だなあ。
 と、改めて惚れ惚れしていたところ、しかしその栞は照れ臭そうな笑みを浮かべながら――今回は判別が付きました――こんなふうにも。
「って、今更力説するようなことじゃないんだけどねこんなの。孝さんだってそのつもりでいてくれてるんだろうし、というかそうしてもらってる私よりも、そうしてくれてる孝さんの方がよく分かってるんだろうし。馬の耳に念仏ってやつ?」
 …………?
 …………。
「釈迦に説法じゃないかな」
「ん? あ、多分そっち――なの?」
 なのです。文意的に、恐らくは。
 ――がしかし、それより何より自分が夫を馬扱いしたことには気付いてらっしゃるのでしょうかこの人は。
 いや動物と仲良くさせてもらってる身で言う台詞ではないとは思いますが、でもそこは諺の意味に基づいた話、ということで。……まあ実際、じゃあお前は念仏の意味が分かるのかと言われたら、そりゃもちろん分からないわけですが。
「まあ、たまにそういうのがあるっていうのも栞の魅力ってことで」
「うーん、フォローっていうよりは馬鹿にされた感じだねえそれ」
 勘付きはしつつ、けれどそれで機嫌を損ねるでもなくただただ照れ臭そうにしているばかりの栞なのでした。実際には「馬鹿にするというフォロー」くらいの認識ではいるわけですが、とはいえそれを本人に対して主張するというのは、それこそ機嫌を損ねてしまいかねませんしね。
 馬鹿にするところをフォローするのでなく、馬鹿にすること自体がフォローだという話。だったらそれは一体何をフォローしてるんだ、と言われるとそれは、こうして時々表れる栞の知識不足が何に由来しているかという話を、ということになります。笑い飛ばしてしまうことで、話がそこにまで及ばないようにしているわけです。
 がしかし、なんせこれは栞自身の話です。僕がそうしてフォローをしたところで、
「まあいいんだけどね、『学校に行けてなかったから』っていう逃げ道はあるわけだし」
 本人がまるでなんでもないふうに言ってしまうと、その甲斐がすっかりなくなってしまうわけです。
 が、とはいえ、それで気分がもやっとさせられたりする僕ではありません。それどころか逆に栞に惚れ惚れしていたり――って、さっきからこればっかりのような気もしますけど。
 学校に行けていなかった、ということについて「逃げ道」という表現をした栞ですが、しかしそれは純然たる事実であり、ならば逃げ道でもなんでもないわけです。諺一つの話となると大したことがないように思えてしまうわけですが、だからそのまま大したことではないなんて、まさかそんなふうに考えるわけにはいきますまい。
 ――で、そうして厳しい評価を下しはしつつ、けれどそれをなんでもないふうに言えてしまうのが、栞という女性なわけです。大好きです。
 とはいえ残念ながら、今しているのはそういう話ではなかったりもするんですけどね。
「楓さんがいなかったら、それだけになっちゃうところだったんだよねえ」
 栞はそう言い、上体を逸らして天を仰ぐように。とは言ってももちろん、ここでそうしたところで見えるのは天井でしかないわけですが。
 それだけ。
 というのは、学校に通えていなかったという話……では、なくて。
「逃げ道?」
「そう。逃げ道をとぼとぼ歩いてるだけの人生だった。――なんて、ちょっとそれっぽく言ってみちゃったりなんかしてね」
 そう言って、やはり笑ってみせる栞。ともなればそれについて再び惚れ惚れすることもできたのでしょうが、しかしそれだけというわけにもいきませんでした。
 逃げ道というのはその名の通り、逃げるための道なわけです。そして普通、人は逃げる時には走るわけです。可能であれば乗り物を使ったりもするのでしょうが――歩きはしないでしょう、少なくとも。
 栞の今の発言がそこまで考えてのものだったかどうかは定かではありませんが、もし本当に歩いていたということであれば、つまり栞は、逃げることすら諦め掛けていたということになるのかもしれません。
 ……いや、実際に諦めていたのかもしれません。なんせ栞は、幽霊になった以上は自由に出入りできる筈の病院から、ずっと出られないでいたのですから。
 というようなことを考えたところで、「いや」と栞。
「それっぽくも何も、今更な話だったかな? 孝さんとしては」
「まあね」
 その通り、今更な話ではあるのです。こんなことはこれまでもう何度も考えてきました。
 ただ、何度耳にしても、その度にこんなことを考えずにはいられないというだけです。
「――うん。こういうところだよね、孝さんの魅力は」
 何度も同じようなことを考え、その考えの表れとして手に手を重ねてきた僕に対し、栞はそんなふうに言ってくるのでした。
 嬉しい言葉ではありますが、元より承知の上だというのもまた事実。なので、元の話題を見失ったりはしないで済むのでした。
 ほんの少しだけ、二、三秒だけその空気に浸らせてもらってから、
「家守さんの話だけどさ」
 と、栞にそう告げます。ならばこちらに合わせて二、三秒だけ口を閉じてくれていた栞も、「うん」と。
 それを告げる必要があり、そしてそこに疑問をもつことなく頷いてもみせているということはつまり、少しの間だけとはいえ話題が逸れていたということにはなるのでしょう。
 そんなにガッチリと話題を固定しなければならないというわけではないのですが、まあ、意識くらいはしておくことにしまして。
「卒業、って言い方だと断言し過ぎのような気もするけど……今日これで、家守さんがお母さんみたいな人だっていうのからは、卒業したことになるんだよね? 栞は」
「うん。し過ぎも何も、好きなだけ断言してくれていいよ」
 好きなだけと言われても、表現として好ましくないかなあと思ったから言い淀んだわけですが……ううむ、さすがは。
 とまあ、それはそれとしておいて。
「気が向いたらね。で、じゃあ、これから先はどういう扱いになるの? 一気に『ご近所さん』とかになるのか、それとも少しくらいは特別性が残るのか」
「それねえ。私も考えてはみたんだけど――」
 そう言って栞が最初に浮かべた表情は、悩みのそれでした。ということは、いま僕に言われずとも考えてはいた、というのはどうやら本当のことだったようで。
 とはいえしかし、結論を聞かせてもらうより先に言っておきたいことが一つ。
「あ、別に残すのは良くないとか、そんなことを言うつもりはないからね? このことに関しては栞の判断を尊重するってことで」
 僕は栞の個人的な問題について、口を出すべき、とまでは言わないにせよ、口を出すことに不自然はないと、そう言い切ってしまって問題がない立場にいるのでしょう。と、そう自認しながらの今の発言ではあったのですが、ならばそれに対する栞はというと、嬉しそうに首を傾けてみせたりしながら、「あ、そう?」と。
 でもまあ、口を出していてもそれはそれで歓迎してくれていたんでしょうけどね。
「そういうことなら――うん、やっぱり、多少は残したいね。どうしたって残っちゃう、ってことでもあるんだろうけど」
 そういうことなら、ということで、どうやら僕がこの話に対してどういう反応をするかが気に掛かっていたらしい栞なのでした。
 となれば、こちらから話を振れたのは運が良かったな、と。向こうから振られて頷いたんじゃあ、同意を求められたからそれを理由に同意した、みたいな感じになってしまいかねませんしね。
 というわけで、僕の本音に本音を返してくれた栞に対しては、
「まあね」
 と。
 多少は残したい。どうしたって残ってしまう。それは僕も、僕でもそう思います。
 なので今ここで重要視すべきなのは実際のところがどうかということではなく、栞の気持ちはどうか、というところなのです。もちろん、僕が勝手に重要視しているだけ、ということではあるわけですが。
 そしてその素直な気持ちを語った栞は、ならばその理由について、続けてこんなふうにも。
「みんなの中で私が一番楓さんのことが好きなんだぞーってね」
「あ、そういうのもある?」
「あるねえ、そういうのも。……あ、高次さんはさすがに例外ね?」
 言わずもがな。
 旦那さんのことはいいとしておいて、「お母さんみたいな人」でなくなったからといってこれまで持っていた好意が薄れるというわけではもちろんなく、ならばそんなふうに考えるというのも別に可笑しなことではないのでしょう。
「あとはまあ、孝さんが美味しいところを持って行っちゃったって言っても、それまでの恩が帳消しになるってわけじゃないんだしね。過去の話ってことにはなる、いや、なったわけだけど」
 これも今の好意の話と同じでしょう。好意が残るのであれば恩も残るのです、やっぱり。
「それでいいと思うよ、僕も」
「美味しいところ持って行っちゃった?」
「っていうのも含めてね」
 否定はしません。
 というかそもそもそれって僕が言った台詞なんだから、否定するくらいなら最初から言ってません。
 冗談めかした問答ではありましたが、しかしそれだけということでもないのでしょう。隣に座っていたその位置から更にこちらへ身体を寄せ、ぴったりとくっ付いてくる栞なのでした。
 そんなふうに思ってくれると確信出来たからこっちも遠慮なく持って行けたんだけどね。と、そこまで言うと野暮になりそうな雰囲気だったので、黙って寄り掛かられるままにしておきましたが。
 というわけで、それから少しばかりの時間は、そのまま栞の重さを受け止め続けていました。寄り掛かられているとはいえ力いっぱい押しているというわけではもちろんなく、なのにそうされているのと同じくらいの強さを感じてしまうというのは、やはり僕もどこか感傷的になっているということなのでしょう。
 栞は強い人ですし、だから喜ばしいだけではない話を自分から積極的に、しかも笑顔さえ交えながら進めてもいたわけですが、しかしそれでも、感傷それ自体が小さくなったり、ましてや消えてしまうわけではないのです。栞が大きいから相対的に小さく見える、というだけの話で。
 喜んで、と言うとなんだか矛盾しているような気もするのですが――だから僕は、喜んで栞と感傷を共有するのでした。ほんの少しでも彼女の負担を減らせるのなら、そして彼女の強さに触れていられるのなら、と。
「やっぱり、いいことだよね。実際に口に出して言うっていうのは」
 もたれさせた身体はそのまま、暫くすると栞はそんなふうに。
「ん? っていうのは、ここまで話してきたこと?」
「うん。今後楓さんはどういう扱いになるのか、ってね。頭で思ってるだけだと、どうしてもイメージがぶれちゃうし。今はよくてもいざって時に困るしね、そんなんじゃあ」
「まあね」
 どんな状況になっても「いざ」というほど緊急性が求められるような情報ではないような。
 とは、言いますまい。なんせ、
「とは言っても、これまでだってそんな感じでやってきたんだけどね。何かあったらすぐ話し合うっていう」
「あはは。うん、そうだよね」
 と、こういうことになるからです。ここまではお互いそれで上手くやってきたわけですし、だったらこれからも、そのやり方でもって日々を過ごしていくことになるのでしょう。
「じゃあ、これからもそういうことで宜しくお願いします」
 ここでそう言って、ぺこりとお辞儀をしてくる栞。なんせ初めから密着しているので危うく頭突きを食らいそうになってもしまいましたが、それはすんでのところで回避しつつ、
「こちらこそ」
 と、目前に迫った栗色の髪を見詰めながら。
 栞ならロングヘアーも似合うことでしょう、きっと。
「よし、じゃあ大好きなお隣のお姉さん達が出てくる前に戻ろっか。ずっとここでデレデレしてたって思われたら恥ずかしいし」
「今になって恥ずかしがるようなことでもないとは思うけどね……」
 というのはもちろん冗談なのでしょう。が、冗談以上にカモフラージュという意味合いの方が強かったりもするのではないでしょうか。
 実際に口に出すのはいいことだ、と言ったばかりではあるにしても――大好きなお隣のお姉さんとはまた、それこそ恥ずかしそうな顔してまで言わなくてもいいでしょうにね。

「お帰りなさい」
「すいません、お待たせしました」
 親族用でない控室に戻った僕達は、そう言ってまず頭を下げることになりました。それが誰に対してのお詫びかというと、大好きなお隣のお姉さん、もとい家守さんの友人四名に対してのものです。控室にいる間の同行を申し出ていたのはこちらだったわけですしね。
「どうでしたか? なんて、聞いちゃいけませんよね。すいません」
 最初にその質問を投げ掛けてきたのは、出迎えの言葉に引き続いて髪の長い女性なのでした。無論それは冗談で、ならば微笑みながらのものだったりもしたわけですが。
 わざわざ他の人と重ならないタイミングを見計らって家守さん高次さんに会いに行った僕達は、何の話をしに行くかというのはともかくそのこと自体は隠さなかった――というか隠しようがないというか――なので、そんな様子を見れば他人に話せるような話をしに行くのではない、というのは誰の目から見ても明らかだったところでしょう。
「ふふ、まあ、良い結果が得られたとだけ」
 冗談でしかないその質問に対し、栞は微笑み返しながらそう答えるのでした。
 多分、僕も微笑んでいたことでしょう。
「僕も話の中身を訊こうとしたりはもちろんしないけど」
 と、ここで髪の長い女性と同じ立場を取ることを表明したのは背の高い男性。そしてそれに続け、こんなふうにも。
「そういう話を持ち掛けてくれる人がいるってだけでも、ね。安心できるっていうか」
「別に家守ちゃんの保護者ってわけじゃないだろ、僕達は」
 苦みを含ませた笑みで彼にそう言い返したのは、背の低い男性。さっきまでなら僕も、もしかしたらそれと同じような表情を浮かべていたのかもしれませんが――。
 良い結果が得られた。家守さんと話をしに行ったことについて、さっき栞はそう言いました。もちろんそれは栞自身の話――ということはつまり僕の話でもあるわけですが――についての評価がその大部分ではあるのでしょうが、しかし僕としてはそれだけというわけでもなかったりするのです。
「いえ、でもやっぱり、そんなふうに見てくれてる人がいるっていうのは僕達……ええと、『そういう話を持ち掛ける人』側からすると心強いですよ」
 家守さんを許せていないと語り、それもあってか何かにつけて皮肉めいた言い回しをしてきた背の高い男性。そんな彼に僕が不信感を抱いていたのは事実なのですが、けれど先程の家守さんの話を聞いている中で、それは解消されていたのでした。
『アタシの好きな人達は、大体みんなそう言うね』
 過去に自分が友人達にしてしまったことを話題に上げ、しかしそれでも現在の自分への信頼を揺るがせなかった栞に対して、家守さんはそう言いました。着ているのがウェディングドレスだというのに姿勢を崩し、いつものあの厭らしい笑みを浮かべながら。
 もしここで、その「好きな人達」の中にそれに反するような人がいたとしたならどうでしょうか。たとえ同じことを言いはしてもそれは、あの姿勢とあの笑みを伴いはしなかったのではないでしょうか? しかもそれが、あの過去の話をした直後ともなれば一層に。
 だから彼も、栞と同じようなことを言ったとまでは断言できないにせよ、少なくともそれと反対の態度を取るなんてことはしなかった筈なのです。
 であれば自然、たとえ栞と同じようなことを言っていなかったとしても、それは言わなかっただけ、言うような機会がなかっただけということになりましょう。なんせ彼は今日、ここに来ているのです。それ自体を家守さんへの皮肉や当て付けと見てしまうことも無理ではなかったのでしょうが、しかしその線がないとなればこれはもう、単純に家守さんへの好意からということにしかならないわけですしね。
 そして――。
 ……なんだかんだと言ってはみてもやはり、家守さん自身がそう言ってもいたように、かつて家守さんが彼に、彼らにしたことは帳消しにはならないわけです。
 しかし逆に、そんな中においても優先される「好意」ともなれば、それが半端なものでないというのは第三者の目にも明らか、ということになりましょう。
「孝さん」
「ん」
 といったところで栞から肘で軽く小突かれてしまったわけですが、しかし今回ばかりは自覚はありましたとも。自覚があって続けてるんじゃあ余計性質が悪いわ、という声もあるのかもしれませんが。
 というわけで、今回ばかりは明確にそれを自覚したうえで考え過ぎていた僕なのでした。
「日向さんがそう言ってくれるってことなら、僕もまあこれ以上は」
 自覚あってのことなので時間を見失ってもいません――などと自慢げに言うようなことでは間違いなくないわけですが、五秒ほど返事をお待たせさせてしまった背の低い男性は、引き続き苦いものを残している笑みをこちらへ向けながら、そんなふうに。
 とはいえその「苦いもの」というのは、背の高い男性に対して少し前まで僕が持っていた不信感とはまた別のものなのでしょう。髪の短い女性は彼のことを「悪い人ではない」と言っていましたし、そしてこの四人が共通の友人である以上、それは彼女だけが持っているものというわけではないんでしょうしね。
 ではどうなるかというと、そこはまあ、会ったばかりの僕と栞に対して勘違いさせるようなことばかり言うなと、そういうことになるのでしょう。となればそれは後に尾を引くようなものではないわけで、ならば僕から不用意にフォローを入れたりはしないでおいたほうが良いのではないでしょうか。
 そんな考えもあって、こちらからは特に何も言わないでいたところ。
「で、じゃあそれはそれとして」
 あちらとしても、僕に変に気を遣わせる前に、という考えがあるのかもしれません。背の低い男性、口調も表情も取り直させて、あっさりと次の話題へ移行しようとするのでした。
「この後ってどういう予定になるのかな。場合によっては僕ら、またちょっと面倒くさい動きをしなきゃいけないかもしれないんだけど」
 そうなりそうだったらまたご一緒させていただきますよ。という話は、後からでもいいとして。
「次は披露宴になりますね!」
 まあまたドレス着られるわけだしね、ということなのかどうかは知りませんが、大層嬉しそうに報告する栞なのでした。


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